ラスボス魔女ちゃんの疑問   作:お昼寝サソリ

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ちょっとしたおまけ(というか後日談)です。ご査収ください。


おまけ

「どうしよう……絶対、怒ってる……」

 

 神々の世界へと到達した翌日。私は誰も寄り付かないような裏路地で一人、頭を抱えていた。神様相手にどこまで通用するか分からないが、一応認識阻害と人払いの魔法をかけてあるので、見つかりにくいはずだ。

 

「ああー! テンション上がりすぎるのが私の悪い癖だって、魔族の王にも言われてたのにいいー!!」

 

 昨夜、空高くからウンエイ様への呼びかけを行った後の神々は、さながら大混乱の様子だった。ピーポーという不可思議な音を立てる白黒の車が行き交い、こちらに板のようなものを一心不乱に向け続ける群衆。ついには、バラバラという騒音を立てながら飛ぶ巨大な金属の鳥(私の見立てでは神々の遣いだ)が、こちらへと向かってきた。そこで私はやっと気が付いたのだ。あれ、これってマズくない?

 

 今の自分を客観的に評価するならば、「いきなり家に訪問してきて『主人を出せ!』と喚き散らすはた迷惑な客」である。おまけにそれを、神々に、ウンエイ様にむかって!

 

「うううう……」

 

 恥ずかしさと申し訳なさで頭痛がしてくる。一刻も早く謝罪に出向かねばならないのは百も承知だが、それはそれとして怒られるのは怖い。罰として存在ごと消滅だ、なんてのもあり得ない話じゃない。だから、そう。できるだけ穏やかで優しそうな神様を見つけて、ウンエイ様のところに連れて行ってもらおうと考えたのだ……決して、問題を先送りにしている訳じゃない。うん。

 

「あっ! あの方ならどうだろう……?」

 

 そうして裏路地から、行き交う神々を観察すること数時間。昼下がりの穏やかな日差しの中で、私は丁度良さそうな神様を一柱、発見した。

 

「あ、あのー……」

「ん? おねーちゃん、どうしたの?」

 

 私は内心の緊張を隠しつつ、路地の暗がりからスッと彼女(女神様だし、間違ってはいないだろう)の前へ躍り出た。見た目は私より一回り幼く、口調も舌っ足らずな感じで、ここが神々の世界でなければただの幼子にしか見えない。

 

「そのー……突然で申し訳ないのですが、お聞きしたいことがありまして……」

「おねーちゃん、上級生ー? なんねんせい?」

「えっ、上級生? とは?」

「青い目、とってもきれーだね! 外国から来たのー?」

「えっ、あっ、ある意味ではそうですね……?」

 

 なんだこれは。話が通じていないというか、進まないというか。やはり神様とのコミュニケーションは一筋縄ではいかないのかもしれない。いや、そもそも会話できること自体が光栄なことなのだけれども。

 

「あの、お聞きしたいことが……」

「そのお洋服もきれいだね! マント?」

「い、いえ。これはローブ……えっと、魔法使いとしての正装をですね」

「魔法使い? あはは、とっても似合ってるね」

「!」

 

 待て! 言葉の裏を読むんだ、ファーレ・リル・ハイト! 神々の奥ゆかしい言葉を、そのまま受け止めるなど愚の骨頂。つまり、目の前の彼女が言いたいのは……「私は普段着なのに、貴様は正装とは。分をわきまえろ」これだ!

 

「……失礼いたしました。少々お待ちください」

「へっ?」

 

 とはいえ、私は神々の普段着など知らない。そこで、ひとまず目の前の彼女が纏っている服を真似ることにした。軽く、ローブに魔法をかける。

 

「こちらで、いかがでしょうか」

「すごーい! 体操服になっちゃった! どうやったの!?」

 

 私が服をローブから変換すると、彼女はとても喜んでいた。どうやら、この対応は正解だったらしい。

 

 それにしても、神々の普段着(タイソウフク?)と言うのはどうにも布面積が少なくて落ち着かない。半そでに短パンとは……肌をこんなに露出したのは久しぶりだが、これが礼儀であるならば仕方ない。

 

「コホン……それでは、改めまして。私はファーレ・リル・ハイトと申します。あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ファーレちゃんっていうんだー。よろしくね! 私は、七瀬鈴(ななせりん)だよ」

「リン様、ですね」

 

 リン様は、服の胸元に書かれた「りん」を指さしながら言った。なるほど、そこは名前を書くスペースだったのか。

 

 私は自分の胸元の同じ位置に「ふぁーれ」と書き込んでから(フルネームを書くには少し狭い)、跪いて言った。

 

「リン様にお願いがございます。何卒、お聞き届けいただきますよう……」

「ファーレちゃんって、面白いねー。なになに?」

「ウンエイ様、という方をご存じではないでしょうか?」

「ウンエイ……?」

 

 リン様は少し考え込む素振りを見せてから言った。

 

「うーん……雲梯(うんてい)なら、公園にあるけど?」

「ウンテイ、ですか」

 

 ウンエイ。ウンテイ。言葉の響きとしてはよく似ている。そして、そういうものは大体関係し合っているものだ。世界中を旅した私の経験則に狂いはない。

 

「……では、そのウンテイの場所を教えていただけませんでしょうか?」

「いいよー。帰り道の途中にあるから、一緒に行こっか」

「案内までしていただけるとは、恐縮の至り」

 

 私はリン様に手を引かれ、ウンテイのある場所へと向かった。幸いなことに道中、他の神々に出くわすことはほとんどなく、何度かすれ違った時も微笑ましいものを見るような目を向けられるだけで済んだ。

 

 そうして到着したウンテイの前で、私は唸っていた。

 

「……これが、ウンテイ」

「そうだよー? ファーレちゃんもやるー?」

 

 どうやら、今回は私の経験則の敗北らしい。ウンテイはどう見ても、世界の創造神ではない。それは何というか、支えを付けた四つ足の梯子(はしご)のような器具だった。

 

 リン様はウンテイを掴んで、体をぶらぶらさせながら言った。

 

「ほらー。ファーレちゃんはやらないの?」

「えっと……これは、どういったものなのですか?」

「あっ、そっか。外国には無いのかな。こうするんだよー、ほら」

 

 その声と共に、リン様は身軽な様子でウンテイを端から端まで二本の腕で渡りきった。その顔はどこか誇らしげだ。

 

「ねっ? 私、これ得意なんだー」

「……」

 

 分からない。これの一体何が、そこまでリン様を惹きつけるのか。

 

 そもそも、これの用途は一体何なのだ? トレーニング用具としては、やたら場所をとる割に非効率的なように見える。腕の筋力増強の効果はあるかもしれないが、それなら他にスマートな方法がいくらでもあるだろう。リン様は、これにぶら下がりながら移動していたけど、それによって報酬が得られるシステム、というわけでもなさそうだ。というか、これを行なうことで何かしらの利益が発生するとは思えない。

 

 結論、ムダの塊である。

 

「……あの、リン様」

「なーにー? ファーレちゃんもやるでしょ?」

「えっと、リン様はなんの意味があってこれを……?」

 

 我ながら、神様に向かってなんとも失礼な質問をしたと思う。だけど、リン様は一切気分を害した様子はなく、あっけらかんと言った。

 

「えー? だって、面白いじゃん!」

「!!」

 

 雷に打たれたような気分だった。

 「面白い」……そうか。そうだったのか。

 

 調べものに没頭するあまり、いつしか忘れていた幼い頃の記憶。あの頃の私が、両親に見守られながらしていた泥遊び。あれに、ごちゃごちゃした理由を挟む余地など無かったじゃないか。「面白い」……ただそれだけが、この上なく重要な理由だったのではなかったか?

 

 ウンエイ様も、きっとそうだったのだ。魔物が現れない世界は、平和だけどもつまらない。「面白くない」。世界が都合よく五つの大陸に分かれ、それぞれに別の種族が暮らし、魔物がいて、それを狩る冒険者がいる。全部ぜんぶ、そうであった方が「面白い」のだ!

 

「……お見それいたしました。リン様」

「えっ? どうしたの? お顔が汚れちゃうよ?」

 

 私は地面に頭を擦りつけんばかりに平伏して言った。リン様が慌てた様子で立ち上がるように言ったけど、もう少しだけこのままでいさせてほしい。

 

 私は彼女の見た目に惑わされていた。心のどこかで、神とはいえどただの幼子だと侮っていたのだ。でも違った。彼女は、このお方は、間違いなく神々の中の一柱なのだ。自分の浅はかさが恥ずかしい。

 

「ほら、ファーレちゃん! 顔を上げて!」

「……はい」

 

 これ以上は困らせてしまうため、私はゆっくりと顔を上げた。リン様は聡明なだけでなく、お優しい方のようだ。もしかしたら、平和を司る神様なのかもしれない。

 

「あの」

「なーに? 雲梯、一緒にやる?」

「……はい!」

 

 不敬だとは知りつつも、私は日が暮れるまでリン様と一緒に遊んだ。

 

 その時間は、これ以上ないほどに楽しかった。

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「あっ、もうこんな時間……」

 

 リン様はふと、公園の時計を見て言った。日は完全に傾き、空は一面オレンジ色に染まっている。

 

「ファーレちゃん、そろそろ帰ろっか。おうちはどこ?」

「あー……えっと、ですね」

 

 言い淀む私に、リン様が不思議そうな目を向けてくる。神様相手に、というかリン様に嘘はつきたくなかった。

 

 仕方ないので、ギリギリ本当のことを話す。

 

「ちょっと家が遠いんですよね」

「あっ、そうなんだ。どうりで、今まで見たことないと思ったよー」

「あはは……」

「……じゃあ、もしかして、明日は会えない?」

 

 ずっと明るい表情だったリン様の顔が、初めて曇った。彼女にそんな顔をしてほしくないけど、いつまでもこの周辺にとどまっているわけにもいかない。ウンエイ様を探さなくてはいけないのだから。

 

「……すみません」

 

 多分、明日どころの話じゃない。ひょっとしたら、もう二度と会えないかもしれない。だけど、それを言うのは躊躇われた。それはリン様のことを思ってというよりも、自分のためだった。私も、こんなに楽しかったのは久しぶりだったから。もう二度と、なんて言いたくなかった。

 

「そっかー……せっかくお友達になれたのにね。また会えたら、遊んでくれる?」

「ええ。必ず」

「うん。じゃあ、またね!」

「あっ、ちょ、ちょっとお待ちください!」

「なあに?」

 

 不思議そうに振り返ったリン様に、私は提案した。

 

「あの、今日はありがとうございました。それで……ほんのお礼をさせていただけないでしょうか?」

「おれい?」

「ええ。微力ではありますが、私に何かできることがありましたらお申し付けください」

「うーん……あっ、そうだ」

 

 リン様はパッと顔を上げて言った。

 

「あさって、小学校の遠足なんだけど……雨が降るみたいなんだよね」

「なるほど」

「だから雨を降らないようにして……って、ジョーダン——」

「分かりました」

「えっ?」

「エンソクが何かは存じ上げませんが、要は明後日雨が降らなければよろしいのですね」

 

 私は異空間収納の中から、「てるてる坊主」を取り出してリン様に渡した。最初はポカンとしていた彼女だったが、すぐに楽しそうに笑い出した。

 

「アハハ! やっぱり、ファーレちゃんって面白いね!」

「恐縮です」

「うん……天気予報が外れることもあるもんね! 私も帰ったらつーくろっと!」

 

 楽しそうに言うリン様を見てほっとする。だけど、やっぱり彼女も神様なのだし「てるてる坊主」くらい自分でも作れるようだ。

 

 ではなぜ、雨の心配などしていたのだろう。そう思った時、私の脳裏に雷鳴が走った。

 

「なるほど……私としたことが。せっかく教えていただいたことを、無にしてしまうところでした」

「ん?」

「すみません、ちょっとそのてるてる坊主を渡していただけますか?」

「? うん」

 

 私は受け取った「てるてる坊主」に、ちょっとだけ追加の魔法をかけてから、リン様に返した。これでいい。

 

「ありがとうございました。どうぞ」

「ありがとうはこっちだよ、ファーレちゃん。あっ、そうだ。はい、これ」

「これは……?」

「私の好きなイチゴミルク飴! 間違えて体操服のポケットに入れちゃってたんだよね。お返し!」

 

 なるほど。この聡明な神様には、全てお見通しという訳か。

 

 私は心からの笑顔と共に、彼女に手を振った。

 

「今日はありがとうございました、リン様。また、いつか」

「うん、またねー!」

 

 夕暮れの公園で、私はリン様の背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

|||〇△〇|||

 

 

 

 

 

「おかーさん、おはよー」

「おはよう、鈴。晴れてよかったわね」

 

 私が目をこすりながらキッチンへ行くと、お母さんがお弁当を作っているところだった。窓の外を見れば、眩しいほどの青空が広がっている。

 

「やったー! 遠足だ!」

「うふふ。ほらほら、顔を洗ってきなさい」

「はーい」

 

 にっこりと笑ったお母さん促されるままに身だしなみを整えて朝食をとっていると、急にパラパラという音が聞こえてきた。

 

「何かしら……? まさか、雨?」

「えー!」

 

 咄嗟に外を見ると、確かに空は雲一つないのに、何かが降っている。私は窓を開けて身を乗り出した。それは。

 

「おかーさん! あめが降ってる!」

「えー、あんなに晴れてたのに? 遠足は中止かしら……」

「違うよ! 雨じゃなくて、飴が降ってる!」

 

 駆け寄ってきたお母さんと二人、空を見上げる。お母さんは口をあんぐりと開けて、何も言えない様子だった。やがて、リビングのテレビから慌てたようなアナウンサーの声が聞こえてきた。

 

『速報です! ○○区を中心に、空から飴が降るという怪奇現象が起こっています! これはコマーシャルでも、いたずらでもありません! 今回の件には、先日の空飛ぶ少女が関わっているとみられ、政府はこの後九時から記者会見を……繰り返します……』

 

 呆然として固まってしまったお母さんは放っておいて、朝食の残りを食べる。ふと横目に見えるのは、一昨日出会ったお友達のファーレちゃんから貰ったてるてる坊主だ。なんだか、ドヤ顔しているようにも見える。

 

 私は、綺麗な青い目をした彼女を思い浮かべながら、てるてる坊主に言った。

 

「ありがとね、ファーレちゃん! こんなに『面白い』ことってないよ!」

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