トレーナー君はおしまい!–タキオンの薬で『女の子』になった男トレーナーが担当ウマ娘にお世話される話–   作:カンヌシ

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サトノダイヤモンド:その7『ビーチフラッグ』

 

 

 

 ブォオオオオオオオオオ!!!

 

 

 轟音と波飛沫を上げながら一艘のモータークルーザーが海上を疾走している。運転席に座っているのは鋭い目付きをした茶色髪のウマ娘、シリウスシンボリ。その背後に更に2人のウマ娘が楽しげな雰囲気で前方の海の景色を眺めている。

 

 

「凄い凄ーい! 私こんなスピードで進む船に乗るの初めて! 専属のドライバーの方はいつも危ないからってゆっくりとしか運転してくれなかったの!」

 

 

 天真爛漫な明るい声ではしゃぐのはファインモーション、サトノダイヤモンドと同じチームに所属するとある王国の正真正銘のお姫様である。彼女は運転席のシートに手を掛けてシリウスの背後に立っていた。

 

 

「それはそうだろう。一国の姫を乗せて海難事故なんて起こしたら『良くて』極刑だ。ま、今はそんな事気にしちゃられないけどな。そちらのご令嬢様は船旅を楽しんでるか? この先、揺れがずっと続くが本当に平気なんだろうな? 途中で体調を崩してもすぐには港に戻れねぇぞ」 

 

 

 チラリとシリウスは振り返り言った。ファインより後方の座席にはガラス細工の様に華麗なウマ娘、メジロアルダンが両手を揃えてお淑やかに座っていた。

 

 

「お気遣いありがとうございます、シリウスさん。ですがご心配なさらず。私、昔から船酔いは全くしない体質ですので、もっとスピードを上げてもよろしいですよ?」

 

 

 ニコリと微笑むアルダンの声を聞いてシリウスはニヤリと笑う。

 

 

「なら遠慮は要らねぇな。舌噛まねえよう気をつけな−−−−飛ばすぞ!」

 

 

 シリウスの発破の如き喊声と共にモータークルーザーはドドドドドォッ!と加速する。「キャーッ!!」とファインが笑顔でジェットコースターを楽しむ子供みたいな声を上げ、アルダンは涼しい表情も姿勢も崩さず座っていた。

 

 

「そーいやお姫様、アンタのボディガード……港に置き去りにしちまったが良いのか? 今頃大騒ぎしてんじゃねーか?」

 

「いいのいいの! トレーナーさんを探さなきゃいけないのに『危険な事態に巻き込まれてはことです!』って全然自由にさせてくれないんだもん!」

 

 

 プンプンとお怒りの殿下を横目で見て、シリウスはやれやれと言った表情になる。

 

 

「それと、アンタらが掴んだ情報……信用して良いんだろうな?」

 

 

 そう尋ねるシリウスにファインは少し困ったような顔で答える。

 

 

「んー、でもトレセン学園もその周辺も、トレーナーさんの実家も調査して見つからないんだもの。だったらダイヤちゃんと一緒に居る可能性が1番高いんだって」

 

「だが、トレーナーの姿が確認された訳ではないんだろう?」

 

「それはそうなんだけど、何だかあの人たち変な事言ってて、気になっちゃって」

 

 

 ピクンとシリウスの耳が動く。

 

 

「ああ? 変な事って、なんだそれは。まだ私らに言ってない事があるのか?」

 

「えっとね……」

 

 

 ファインは一呼吸置いて呟く。

 

 

「ダイヤちゃんが『2人』居るんだって」

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 燦々と輝く太陽に照らされるビーチ、白い砂浜には2人の美少女ウマ娘が居た。1人はコバルトブルーに流線型模様の装飾が施されたビキニを着けたサトノダイヤモンド、もう1人はフリルの付いた布面積の際どい白のビキニを着けたサトノトパーズ……もとい、ダイヤのトレーナー(本来の性別:♂)である。

 

 2人は足元に引かれた線に並び立ち、その視線は前方に向けられている。

 

 視線の先には砂に突き刺さった黄色い旗。そう、2人は砂浜のスポーツの定番『ビーチフラッグ』をしていた。

 

 

「行くよ、トパーズちゃん。よーい……ドン!」

 

 

 サトノダイヤモンドの合図とともに2人は綺麗なスタートダッシュを決める。後方に飛び散る砂に混じって、まるで宝石のような2人の汗が弾ける。実は彼女たちはかれこれ1時間ほどビーチフラッグに興じていたのだった。休憩を挟みつつ10回勝負が行われていたが、今のところトレーナーの戦績は0勝10敗、自分の担当ウマ娘に惨敗を喫していた。

 

 普通の人間ならば、1時間も砂浜を走り続けるなどあり得ないだろう。肉体的にも精神的にも拒否反応が出るはずである。しかし、彼女たちはウマ娘、走ること以上の娯楽は存在しないと言っても過言ではない。トレーナーは自分の感性の変化に気づく事なく、ダイヤにビーチフラッグで勝負を挑み続けていた。走ることの楽しさが、彼に時間の経過を忘れさせていた。

 

 

「ふふっ、いくら妹でもコレだけは手加減できないよ! はぁああああああっ!」

 

 

 ダイヤは加速してトレーナーを1バ身ほど突き放す。トレーナーは必死に彼女に食らいつく。

 

 

「くっ……うぉおおおおおおおっ!」

 

(くそっ! 流石に敵わないか……なんせこっちはウマ娘になってたった数時間しか過ごしていない。多少慣れてきたけど、身体の感覚が全然違って上手く走れない!)

 

 

 そう、当然といえば当然である。サトノトパーズの身体はあくまで仮のもの。アスリートとしてトレーニングを積んできたダイヤに勝てる道理などあるはずもない。

 

 

(だけど、この胸の奥から湧き上がってくるマグマのような熱……これがウマ娘の『勝ちたい』という本能なのか?)

 

 

 チームのウマ娘たちと接する中で彼は幾度となく目にしてきた、彼女たちがレースで見せる猛り立つ闘志を。

 

 

(知りたい……俺はウマ娘を、チームの彼女たちをもっと深く理解したい。今のこの状況はレースの神様がくれたチャンスなんじゃないか? ウマ娘の身体になるという、この奇跡のような出来事は)

 

 

 そう、コレこそが彼の最大の強みだった。彼は誰よりもウマ娘を知りたいという欲求が強かった。だからこそ、普通の人間なら向き合うだけで精神が擦り減り逃げ出してしまうような高貴で気丈なウマ娘たち相手に、真正面から向き合い指導できたのだ。

 

 走ることにより精神が研ぎ澄まされ、彼はウマ娘の本能に飲み込まれるどころか、むしろ本来の自分を取り戻しつつあった。

 

 

(観察するんだ、ダイヤを。彼女は先行を維持していれば俺に負けることはないと思い込んでいる。だったら、そこに付け入る隙がある。追われる者は追う者より気力を消費するのは勝負の世界の常識だ。それをもう10回も繰り返してきたのなら、その均衡を崩せば……!)

 

 

 トレーナーは今までトラックのラチ外から遠目に見ていたダイヤの背中を目の前に見ることができる。彼女の呼吸を感じ取る事など、本職で鍛え抜かれた観察眼を持つ彼にとっては造作もなかった。

 

 彼は先の勝負と違って、ダイヤの背に張り付くように追いながら脚を溜めていた。レースにおいてウマ娘は加速と減速を繰り返しながら走る。息を入れ減速するタイミングが最も無防備になるのだ。それに合わせて加速するのが最も効率の良い『差の詰め方』となる。彼は慎重に、慎重に、ダイヤが呼吸を入れる瞬間を窺っていた。そして……

 

 

 

 

「ハッ! ハッ! ハッ!(スゥ……)」  ダイヤの空気の吸引時間がコンマ1秒長くなった。

 

 

 

 

(今だッ!!!)

 

 

 トレーナーはその瞬間に大きく踏み込んだ。一瞬にしてダイヤとの差を詰めると、僅かにハナを取ることに成功した。

 

 

「えっ……えっ!?」

 

 

 ダイヤは混乱した。彼女にはトレーナーが超加速したように見えたのだ。しかしそれはダイヤの減速と合わせてトレーナーが加速したので、相対的にそう感じただけである。

 ウマ娘になったばかりの彼がそのような高等テクニックを使うなど、彼女には想像すらもできなかった。突然の事態に呼吸が乱れれば、後はトレーナーの思う壺である。

 

 

 更に加えて、そろそろ忘れてしまいそうだが、全て原因であるアグネスタキオンが作った薬は『イメージトレーニングを現実化する薬』だった。では、この世で最もウマ娘の走りを濃密にイメージしているのは誰だろうか?

 

 ウマ娘本人? 

 

 いや、『トレーナー』という人種である。

 

 タキオンの薬はそのイメージを肉体に再現する点において確かに効果を発揮した。ウマ娘の走りを観察し、分析し、考察し、改善点を見出す作業を脳内で何千何万も繰り返してきたトレーナーだからこそ、仮初の肉体でもサトノダイヤモンドという現役のレースウマ娘との勝負で勝機を掴めたのだ。

 

 

「はああああああああっ!!!」

 

 

 フラッグまで残り10メートルの地点でトレーナーはダイヤを追い越した。後はトップスピードで全身全霊で走るのみだった。

 

 

「くっ、やああああああっ!!!」

 

 

 ダイヤも負けじとギアを上げるが、動揺し呼吸が乱れた状態を立て直すには時間が足りなさ過ぎた。トレーナーを追い抜く頃には既にフラッグに到達してしまう。

 

 そして……

 

 

 

 ドシャアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

 

 2人はフラッグに手を伸ばして砂に突っ込んだ。それを手にして立ち上がったのは……

 

 

 

「ヨッシャアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 白いフリルを揺らしてトレーナーはフラッグを手に大きくジャンプする。勝利の喜びを噛みしめる彼を見つめながらダイヤは立ち上がる。

 

 

(……完全に侮っていた。本来ウマ娘でなくとも、トレーナーさんは私よりも遥かにレースを熟知している。敗因は……)

 

 

「意表を突かれてペースを崩したな。ダイヤの悪い癖だぞ」

 

「え……?」

 

 

 不意にかけられた言葉にダイヤは固まってしまう。その声のする方を向くと、キリリとした笑顔の『男性』のトレーナーが立っていた……気がしたが、ただ自分と同じ顔をしたウマ娘が立っているだけだった。

 

 

「トレーナーさん…………?」

 

 

 ダイヤは思わず呟いた。自分が最も心を許し惹かれた男性の面影を彼に見たからだ。そしてハッと口元を手で押さえる。

 

 

「ん、ダイヤ何か言ったか?」

 

 

 トレーナーにはダイヤのつぶやきは聞こえなかったようだ。

 

 

「う、ううん! なんにも言ってないよ、トパーズちゃん!」

 

 

 ダイヤは慌てて取り繕うが、さっきの彼の面影が頭から離れなかった。

 

 

(うう……やっぱり、トレーナーさんはトレーナーさんなんだ……)

 

 

 ウマ娘になったトレーナーに対してかかり気味だったダイヤは少し落ち着いたようだ。しかし……

 

 

 ピリリリリリリリリリリリリ!!

 

 

 と、電話の着信音が先ほどダイヤがトレーナーにマッサージを施した大型パラソルの方から鳴り響く。2人は耳をピクンと反応させた。そして、それを聞いたダイヤは険しい表情になる。

 

 

「あれ? なんかケータイが鳴ってるような……」

 

「私が出てくるから、トパーズちゃんはこっちで待ってて!」

 

 

 ダッダッダッダッダッ!とダイヤはパラソルまで急いで駆けて行った。トレーナーはそんな彼女に呆気にとられるが、自分が電話に出る必要もないから今は任せようと、波打ち際を散歩し始めるのだった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 ダイヤはパラソルの下で携帯電話を手に取ると、トレーナーが近くに来てないことを確認してピッと通話ボタンを押した。

 

 

「私です。余程の事態が起こらない限り連絡はよこさないように取り決めたはずですが……何かあったのですか?」

 

『ダイヤお嬢様! それが実は……この島に向かって海上を進む船が一隻確認されました。無線通信で進路を変更するよう呼びかけましたが応じませんゆえ、お嬢様たちはすぐビーチから撤退なさるのがよろしいかと!』

 

「そのくらい何とかして下さい! せっかくトレーナーさんとビーチフラッグを楽しんでいたというのに……不審な船舶に対しては最悪、強硬手段を使ってでも追い払うよう指示は出したはずです!」

 

「い、いえ! 強硬手段を用いて万が一のことがあった場合……国際問題に発展する恐れがありますゆえ……!」

 

「え…………はっ、まさか!?」

 

 

 ダイヤは海の方をバッと振り向く。

 

 

(そんな、この島の存在は秘匿されてるはず! 私たちがここにいるという事実も漏れないように細心の注意を払ったのに、どうやって『彼女たち』は……)

 

 

 ダイヤの見つめる先に、一艘のモータークルーザーの姿があった……

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「あれがサトノグループの所有する島か……流石は巨大コンツェルンと言ったところか」

 

「わあ〜、中々立派だね! 祖国にある『私の』プライベートアイランドを思い出しちゃうなあ〜」

 

「まあ、中々に雄大でございますね。『メジロ家』の所有する島にも劣りません」

 

 

 所有する島を比較すること自体が庶民の感覚からかけ離れているが、船内にはそれに突っ込む者は誰もいなかった。

 

 

「ところでシリウスさん……先ほどは無線の警告を無視してしまいましたが、大丈夫なのでしょうか?」

 

 

 アルダンが不安げに呟く。

 

 

「はっ、トレーナーが居ようが居まいが結局同じように門前払いだ。だったら直接乗り込んで確かめるしかないだろう。ちょうど島のビーチが見えるな。突っ込むぞ、舌を噛むなよ!」

 

「わあ! なんだかスパイ映画みたいだね!」

 

 

 と、ファインがワクワクを隠しきれなそうに言うと同時に、船速が一段階スピードアップする。目的地はもう目の前だった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 一方、トレーナーはサクサクと砂を踏みしめる感覚を意識しながら散歩していた。この感覚を覚えていれば、トレーニングに役立つ発見があるかも……?と頭の片隅で考える。

 

 

「ん?」

 

 

 ブオオオオオオオオオオオオオオ〜!!!

 

 

 と彼はモーター音が聞こえてくる方に目を向けると、一艘の船が彼の方に向かってきているのが見えた。

 

 

「なんだあれは? って……なんか、こっちに真っ直ぐ向かって来てるような……う、うわあああああ!!!」

 

 

 

 ドドシャアアアアアアアアアアアアア!!!!!

 

 

 派手な砂飛沫を巻き上げて、モータークルーザーは砂浜に物凄い勢いで乗り上げた。トレーナーは間一髪で走って避けたが、転んで転がり砂まみれになった。

 

 

「うう、ペッペッ! 口の中にまで砂が……何なんだ一体!?」

 

 

 トレーナーは身体の砂を払い落としながら、モータークルーザーを見上げる。すると、ガシャンという音とともに、1人のウマ娘が看板に立ち、トレーナーを見下ろした。

 

 

「ようやく見つけたぜ……トレーナーが行方不明だってのに派手な水着でバカンスを楽しんでるとは、随分と余裕があるもんだ。それともお前、トレーナーの居場所を知ってるのか? どうなんだ……『サトノダイヤモンド』」

 

 

 シリウスシンボリは不敵な笑みを浮かべて、『サトノトパーズ』を睨みつけるのだった……

 

 

 

 

 

 

 




 続きなるはやで出せるよう頑張りますぅ!一応多分次回でダイヤ編は終われる予定です。
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