ある日、螢多朗の家のチャイムが鳴る。玄関前に誰が待っているのか何となく予感しながらドアを開けた。
「螢くーん!」
「お出掛けしよう」
予想通りそこに居たのは詠子と夜宵であった。そして、流されるまま準備をさせられ詠子の車へと乗せられる。
「それで……今度は何処の心霊スポットへ行くの?」
「話が早い」
「螢くんも大分慣れてきたね」
褒める夜宵と喜ぶ詠子。慣れというよりも諦観に近いと思う螢多朗。それでも胃が痛むのを感じる。
「今回は心霊スポットじゃない……でも、場合によってはそうなるかも」
「え……? どういうこと……?」
助手席に座っている夜宵はナビを操作し、目的地を示す。そこはほぼ未開拓の森で郊外から離れた場所である。地図上では何も無い場所だが、螢多朗には既視感があった。
「もしかして、そこは──」
「そう。パワースポットがある場所」
パワースポットとは龍脈と呼ばれる大地の気が流れに重なる場所。そこでは霊的エネルギーが発生しており、夜宵はこれを理由して強力な霊を安置し弱体化を防いでいた。
「そこに置いておいた卒業生を回収するの?」
「逆。この子を置きに行く」
夜宵が取り出したのはクマのぬいぐるみ。デフォルメされているが全身をフカフカとした毛で覆われていて少しだけ本物に近付けている。だが、愛らしい首と胴体が離れている。ただし、切断部分にジッパーが付けられいつでも接合可能な作りになっていた。
一目見て螢多朗は恐れを覚える。ただ、何となくだが今までの感じた恐怖とは少し違ったように感じられた。今日に至るまで凶悪な悪霊たちから命を狙われてきたからこそ特異な恐怖。
「な、何か違う……! も、もしかしてそれも特待生……!?」
「流石螢多朗。良く分かった。恐怖の違いが分かる男」
何とも嬉しくない褒め言葉を送られ、螢多朗は引き攣った顔になる。
「夜宵ちゃん。何でその子を移すの?」
「今まで保管していた場所に置けなくなった。この子は大食い」
夜宵曰く、その特待生を満足させる為に有数の心霊スポットに配置したのだが、そこら一帯の悪霊を全て喰らい尽くしてしまったとのこと。このまま彷徨っている善霊や一般人に被害が及ぶかもしれないと思い、霊的エネルギーが常に湧き続けるパワースポットへ移動させることを決定した。
「そ、そんなに凄い霊なんだ……」
「私の手持ちの中でも一、二を争うぐらい狂暴。──でも、決して馬鹿じゃない。寧ろ、慎重で狡猾」
その特待生は自殺の名所になっている森を縄張りにしていたのだが、特待生はそこに彷徨う悪霊を全て喰い尽くすことはせず、最も強い悪霊を敢えて生かして恐怖と力で屈服させて自分の配下にし、与えた一帯を守らせることで強固な牙城を築いていた。更には本来ならば特定の場所にしか現れない霊を無理矢理動かさせ、新たな霊を自分の縄張りに引き摺り込むということをしている。
「私も手を焼いている。だから、こうして今は意識を断っている」
二つに分かれたクマのぬいぐるみを掲げる。
物に憑く霊は物の状態に同調する。夜宵はこの性質を利用して度々捕獲した悪霊を躾ける。夜宵が手を焼いているという狂暴な特待生も今は首が切断された状態で思うように動けないのだろう。
「言葉が通じないから大変」
「まあ、悪霊だしね……」
「──じゃないから」
夜宵が何か小声で呟いたが、螢多朗も詠子も聞き逃してしまった。
「詳しい話はまた後で話す。今は目的地へ急ごう」
「そうだね。あんまり悠長にしてたら日が暮れちゃうし」
車内での会話は一旦止めにし、三人は目的地へ向かう。
「れっつごー!」
「すと!」
お決まりの合図と共に。
◇
結論から言うと特待生のパワースポットへの安置はすんなりとは進まなかった。何故ならパワースポットが悪霊たちの巣窟と化していたからだ。霊的エネルギーを安定して得られる場所を悪霊が見逃す筈が無い。出発前に夜宵が懸念していたことがこれであった。
何より質が悪いのはその悪霊たちが一体の悪霊によって支配されていた。
霊は一対一ならば力が強い方が勝つ。だが、幾ら強くても多対一ならば数の暴力で決着が着く。多くの悪霊を率いるその悪霊へ決して強力な悪霊ではなったが、下の悪霊たちに反逆されることなく完全に統率していた。
多くの悪霊たちに襲われる中で夜宵たちは見た。一体の悪霊が他の悪霊たちに虐げられた挙句に貪られる光景。そして、その集団は別のグループによって虐げられる。悪霊たちの中で明確な階級が付けられていた。
それを行っているのは集団を率いる悪霊である。彼は生前、所謂半グレという無法者であり、間接的には勿論のこと直接的にも人を殺めている。
その結果、自分が殺めた者たちの霊によって憑り殺されたのだが、彼は悪い意味で霊としての才能があった。霊になった瞬間、迷うことなく自分を憑り殺した者たちを捕食。
悪霊として一定以上の力を手にすると、今度は死者ではなく生者に目を付け、生前長けていた暴力や脅し、男女問わずの性的な暴行などより生きた状態で心をへし折り、そこから死に追いやるか直接手を下すかして霊にし、自らの奴隷とする。そして、奴隷となった霊に階級を与え、扱いの差をつけることで手を組むことをさせず奴隷同士で見張り合い、蹴落とし合わせた。
そうして階級の下の霊は他の霊たちに虐められ、時には食われる。そうならない為に上の階級の者たちに気に入られる為に奉仕するか、もしくはもっと弱い立場のものを作る為に新たな犠牲者を生み出すという地獄のような円環。
鬼畜の所業であるが、悪霊が生きた人間を殺し、死んだ後も弄ぶことは決して珍しいことではない。
そうして、彼らを束ねる悪霊──暴虐の悪霊は自分の縄張りに入ってきた夜宵たちを排除し、奴隷の霊たちは自分よりも下を生み出す為に夜宵たちを襲う。
だが、暴虐の悪霊たちも知るまい。その最低な円環が今日、終わりを告げることを。
「夜宵ちゃんっ!」
螢多朗は叫んだ。群れた霊たちの一体が夜宵へと襲い掛かったからだ。だが、夜宵は幼いながらも高い身体能力を持つ。あの程度の霊の攻撃ならば避けられる──かと思っていたが、何故か夜宵は避けようとしない。
鉤爪のような手で夜宵が斬り裂かれる。螢多朗と詠子は息を呑んだ。
うぎゃああああああああっ!?
何故か悲鳴を上げたのは襲った方の霊であり、腕が消し飛んでいる。一方で夜宵は攻撃された影響はない。彼女は霊を憑依されているぬいぐるみに自分の一部を埋め込むことで身代わりに出来る。しかし、身代わりにした霊の特異性故か攻撃した方が深手を負っていた。それが特待生たる所以であり『流刃若火』を身代わりにしたならば相手は燃やされ、『無為転変の呪霊』なら変形させられる。
身代わりの直後、分割されたぬいぐるみの胴体から巨大な何かが飛び出し、悲鳴を上げていた霊は足首から下を残して消し飛んだ。
(意識は断ってあるのに……)
動けない状態になっている筈の特待生が反撃を行ったことに夜宵は内心驚いていた。
(凄まじい執念)
特待生の持つ怒りや執念の強さを見誤っていた。だが、この計算出来ない程の強さこそ夜宵が求めるもの。いずれ自分に牙剝く悪鬼羅刹であったとしても戦える力を持っているなら利用する。
常識など通用しない無法の地へ踏み出す覚悟など父の命と母の尊厳を奪われたときから出来ている。
夜宵は分かたれていたクマの頭と胴体を繋ぎ合わせる。これにより特待生は完全に意識を取り戻した。
「や、やよ、夜宵ちゃん……!?」
ぬいぐるみから放たれる圧が一気に増し、螢多朗は震えて歯がカチカチと鳴り、舌も回らなくなる。同時に囲っていた霊たちもぬいぐるみの圧に後退りし出す。
「暴力と凌辱で数多の尊厳を踏み躙ってきたお前に真の暴力と蹂躙を教えてやろう」
元の形に戻ったぬいぐるみの頭を掴み、暴虐の悪霊らに突き付けながらその名を呼ぶ。
荒らして──
ぬいぐるみから上げられる咆哮。それは人のものではない。
『鬼首赤兜』
バアハァァァァァ!
地面が揺れているのかと錯覚する大声量。ぬいぐるみから飛び出したそれは一目で人ではないのが分かった。
螢多朗も詠子も他の霊たちも自然と見上げてしまう。
壁がそこに現れたのかと思ったが違った。十メートル近い巨体を有しているのだ。全身から生える茶色の獣毛。柔らかさなど皆無である鋼糸のような硬さが備わっている。大木を思わせる四肢の先には禍々しいという言葉を煮詰めたような太く、長い爪。頭の頭頂部から臀部に掛けて伸びる赤毛。赤兜の名の由来はそこから来ているが、鮮やかというよりも流れた血のような怖さしか感じられない。
熊。それも既存のどの熊にも当てはまらない規格外の巨大過ぎる熊。
螢多朗と詠子は今更ながら夜宵の言葉の意味を理解する。『言葉が通じないから大変』、人の霊では無く動物の霊ならば言葉が通じる筈が無い。
「あれが貴方の縄張りを奪った連中」
夜宵が暴虐の悪霊たちを指差す。だが、赤兜が暴虐の悪霊たちではなく夜宵の方へ目を向けた。
赤兜には右眼が無い。それが返って迫力を生む。
人間の小娘風情が! オレに指図するか!
当然ながら赤兜の言葉は夜宵には通じない。だが、何を言っているのか意志としては伝わっている。
「私は事実を言っているだけ。貴方の縄張りになる場所は既に霊が奪っている」
夜宵は一歩も退かず、赤兜の眼光を受ける。
赤兜は狂暴であるが普通の獣には無い知性を備えていた。生前、人間や武器である銃を警戒し銃の射程距離などを把握するなど獣らしくない行動もとっていた。
赤兜は夜宵に強い怒りを抱いているが決して侮ってはいない。自分を封じた相手、どんな手段を隠しているのか把握し切れていない。
睨み合う両者であったが、我に返った暴虐の悪霊が喚いて霊たちへ指示を出す。
赤兜は何を言っているのか分からなかったが、言葉の中に自分への侮辱の意思が込められているのは伝わった。
人間共がっ!
赤兜を怒らせるにはそれで十分であった。赤兜は両手を掲げて威嚇する。まるで巨山の如き威圧感。それだけで普通の霊は一発で心が折れてしまった。
考えてみて欲しい。普通の人間が熊と戦えと言われて戦えるのだろうか。幾ら死んで霊になり霊障や呪いなどの特別な力を身に付けたとしてもせいぜい武器の一つを手にしたに過ぎない。果たして武器一つだけで心が変わるのか。
答えは『いいえ』である。ましてや、相手は十メートル近い怪獣かと思わせるような体格。戦う気など一ミリたりとも起こる筈が無かった。
しかし、それは人間の都合。赤兜には通用しない。
ゴガァァァァ!
腕の一振りで霊が五体纏めて千切れ飛んだ。頭に喰らい付けば一瞬で嚙み砕かれる。突進で十体の霊が轢き殺された。
戦う気などあろうが無かろうが関係無い。赤兜の前に立ったのならば全て等しく排除される存在となる。
三分の間に二十を超える霊たちの血が赤兜の爪や牙に吸われていた。それらは全て赤兜の糧となる。
「う、ううう……!」
螢多朗は我が身を抱き締めながら両膝を着く。詠子は驚いて彼の顔を見た。螢多朗の顔色は青白くなっており、唇も変色し出している。
「け、螢くん!?」
「さ、寒い……」
震え続ける螢多朗。霊を感知したものとは違う、体温を保持させる為の生理現象。漏れ出す螢多朗の息は白くなっており、明らかに季節違いの現象が起こっている。
「詠子。螢多朗に何か着せてあげて」
「夜宵ちゃん! 螢くんに何が!?」
「あの子の霊現象。螢多朗は霊媒体質だから影響を受けている」
螢多朗は感じていた身を切るような冷気を。触れていた体温を一瞬で奪っていく冷風に。見えていた吹雪く雪山が。
赤兜の住んでいた山の再現。それが赤兜の霊現象であり呪いのようなもの。効果は至って単純で相手は凍えさせること。だが、これの恐ろしいところは効果の対象が生者、死者問わないことである。
現に螢多朗だけでなく霊たちも凍え始めていた。彼らにしてみれば防寒着の無い状態で突然冬の吹雪く雪山に連れて来られたに等しい。そして、最も過酷なのはそんな状態で赤兜と戦わせられるということ。
凍え切って満足に動けない霊たちを赤兜は容赦無く蹂躙していく。砕き、潰し、裂き、喰う。弱肉強食という言葉をこれ以上無い程までに体現する。
暴虐の悪霊は堪らずパワースポットから逃げ出した。消滅しなければいずれは巻き返せると考えての行動だろう。しかし、その考えは浅い。
逃げても逃げても雪、雪、雪。赤兜が創り出した幻の雪山から逃れることが出来ない。冷たさはやがて痛みに変わり、その痛みも無くなって足の感覚が無くなってしまう。
もう歩けない、もう動けない。そう思う度に雪山に響く赤兜の鳴き声。それは嫌という程に本能を刺激し、疲れ切った体を無理矢理動かさせる。
それをどれだけ繰り返させられたであろう。半ば凍り付いた体で暴虐の悪霊は倒れ伏した。最早、指一本動かすことも出来ない。
次の瞬間、体が持ち上げられ、凄まじい力で左右から挟まれる。
ああああああああっ!?
搾り出される暴虐の悪霊の悲鳴。赤兜が暴虐の悪霊を持ち上げていた。
赤兜の隻眼が暴虐の悪霊を射抜く。それだけで声が上げられなくなる。
ゴガァァァァ!
彼が最期に見たのは、奈落の底のような赤兜の口が迫り来る光景であった。
動物の悪役としては有名な赤カブトとなります。名前だけなら聞いたことがあるかも。
ダークギャザリングでは動物霊ってどんな扱いなんでしょうね。