それは悍ましい光景であった。
『痛い……痛い……』
『やめて……もう止めて……』
壁一面に張り付けにされた男女の霊たち。上下に真っ直ぐ伸ばされた手足には刃物が突き刺さっており、それにより壁に張り付けにされていた。
まるで磔刑のようであったが、実際はもっと残酷である。
蛇を彷彿とさせる容貌をした男の霊。一目で悪霊と分かるその男の霊は、包丁を垂らしながら張り付けにされている女の霊の傍に立つ。
『いやぁ……やめて……』
包丁を見せつけられ、悲鳴を上げる女の霊。その悲痛な声に男の霊は醜悪な笑みを浮かべる。
そして、徐に女の霊の体を摘み、引っ張る。伸びた体の一部の下に包丁を当てるとゆっくりとノコギリでも引くようにその部位を削ぎ始めた。
『ああああああああっ!』
女の霊が痛みで絶叫を上げる。しかし、男の霊は削ぐ包丁を止めない。女の霊の絶叫を聞いて恍惚とした表情を浮かべている。
やがて、体の一部を削ぎ取ると男の霊は女の霊に見せつけるようにそれを口の中へ放り、くちゃくちゃと音を立てて頬張る。
『いやぁ……いやぁぁぁ……』
女の霊は我が身が食われていく様にか細い声を出すことしか出来ない。男の霊は咀嚼しているそれを吞み込むと、再び女の霊の体を削ぎ始め、女の霊はまた絶叫を上げる。
意識があるまま体を削ぎ落していく残酷な行為。かつての中国にあった史上最も残酷な形である凌遅刑そのものであった。
時代と共に廃れた筈の刑罰を再現する。男の霊の異常さを表す行為。故にそれを見ていた者には大きな衝撃と恐怖を与える。
「な、何、あれ……」
カチカチと歯を鳴らして震える螢多朗。顔色はすっかりと失われていた。
「な、何が見えたの? 螢くん……?」
彼の恋人である詠子が心配して肩に手を置く。螢多朗の震えが直に伝わって来る。
「ご、ご、ごめん……言えない」
あまりに残酷なので説明することも憚れる。
「詠子は知らない方がいい」
螢多朗とは対照的に顔色一つ変えることない夜宵。彼女の重瞳には男の霊の残虐行為がしっかりと映っている。
一人だけ霊が見えない詠子は疎外感を感じるが、二人の気遣いも感じるので孤独感は無い。
「よっぽどヤバいんだね……」
見えないものは想像するしかないが、場に満ちる冷たい空気がここが異様な場所であることを教えてくれる。
「ああやって善霊たちを取り込んでいる。一思いにせずにわざと時間を掛けて。あれはきっとあの悪霊の趣味」
夜宵は無表情のまま悪霊を分析する。螢多朗の方は霊の体の一部を咀嚼する光景に吐き気を覚えて口を押さえているというのに。
吐き気を堪えながら螢多朗は言う。
「夜宵ちゃん……やっぱりあの霊は……」
「間違い無い。あの事件の犯人」
夜宵たちは事前に周辺のことを調べており、その中で目を惹いた事件があった。
十数年前に一人の男による大量殺人。
当時二十だった男が車による暴走を起こし、三人の人間を轢殺。その後、車から降りた男は火炎瓶を集まった野次馬たちに放り投げ、それにより十人を焼殺。更に持っていた包丁を振り回して五人を殺害している。
その後犯人は逃走を図ったが警察に追い詰められ、この場所で喉に包丁を突き立てて自殺している。
十八人の命を奪った男は、法で裁かれることなくこの世を去るというやるせない結果となった。
そして現在、霊を嬲っているのがそのときの犯人であった男の霊である。
この場所では度々不審死が起こっているが、その原因があの通り魔の霊であるのは間違い無い。
何よりも凶悪なのは──
「……被害者の霊も囚われている」
「な、何だって……!?」
磔にされている霊の中には、この場所で不審死をした者たちの霊も混じっていた。命を理不尽に奪われた挙句、死後も凌辱され続けるという地獄。夜宵は無表情だが、その目は絶対零度の冷たさを宿しており、言葉には出さないが通り魔の霊への義憤を募らせている。
「すぐに終わらせてくる」
夜宵はそう言って一人先に行くので螢多朗と詠子は慌てて止めようとする。
「危ないよ!」
「そうだよ! ちゃんと対策を──」
「大丈夫」
夜宵は二人を安堵させる為に持っているぬいぐるみを見せる。天使をデフォルトした可愛らしいぬいぐるみ。
「事前に調べていたからこの子で十分」
自信を以て言う夜宵。二人は今回の為に用意されたぬいぐるみを見るのだが──
『ッ!?』
──二人は揃ってぬいぐるみから目を逸らしてしまう。恐怖はある。だが、それ以上に言葉に出来ない感情が心をかき乱し、そのぬいぐるみを直視出来なくさせる。
ぬいぐるみを見ないようにしながら、螢多朗は夜宵に訊く。
「そ、それも特待生なのかい……?」
「この子は特待生で……留学生」
留学生が何の意味を指すのか分からない。訊く前に夜宵は行ってしまう。
「行ってくる」
後は夜宵を信じて待つしかない。夜宵は賢い少女である。勝算があるからこそ一人で行ってしまったのだろう。
夜宵は、一人通り魔の霊の近くまで行く。夜宵の存在に気付き、通り魔の霊は嬲るのを止める。夜宵の視線に気付き、相手が自分を視られることに気が付いて少しだけ驚いた表情をするが、すぐにそれは嗜虐に満ちた表情で覆われた。
新たな獲物が現れたと思っているのだろう。それが思い違いであることをすぐに知ることとなる。
夜宵はぬいぐるみを掲げた。内に宿る力を放つ言霊を口に出す。
裁いて──
真っ白な天使のぬいぐるみが内から染み出て来る赤黒い液体により変色していく。
『レッドピラミッドシング』
今までの和名とは異なる横文字の名。すると、ぬいぐるみから染み出た液体が滴り、地面に落ちて広がる。液体は内側から突き上げられるように膨張し、爆ぜて中から異形が姿を現した。
袖の無いコートのような薄汚れた衣服。黒い長靴を履き、手にはゴム手袋を填めているが、何故かそのゴム手袋は人差し指、中指、薬指が繋がった不便な仕様になっている。だが、そんな要素など気にもしなくなる最大の特徴が頭部にあった。
頭部を覆う巨大な装甲。赤錆に汚れたそれはあらゆる角度から三角に見える。ピラミッドの名が示す歪んだ多面錐の頭部を持つレッドピラミッドシングは、夜宵の身長よりも長い大鉈を垂れ下げて持ち、先端で地面を削りながらゆっくりと通り魔の霊へ寄っていく。
通り魔の霊の反応は劇的であった。レッドピラミッドシングの姿を見た途端、恐怖で顔を引き攣らせる。過剰と言える反応であったが、決して大袈裟ではない。
「う、うう……!」
「っ……!」
呼び出されたレッドピラミッドシングの姿を見て、螢多朗と詠子もまた目を背けて顔を蒼褪めさせていた。レッドピラミッドシングを見ると恐怖、羞恥、後悔などの感情がとめどなく湧き、見ることが出来なくなる。
通り魔の霊は奇声を発し、レッドピラミッドシングへ飛び掛かると持っていた包丁を突き立てようとする。
包丁の刃先がレッドピラミッドシングの腹に突き立てられ──なかった。
「何をしても無駄。お前はこの子を倒すことは出来ない。それどころか傷一つ付けられない」
レッドピラミッドシングは手を伸ばして通り魔の霊の顔を掴み、腕を振り下ろす。通り魔の霊の顔半分から皮膚が剥ぎ取られ、通り魔の霊は絶叫を上げた。
通り魔の霊は不利と悟って即座に逃げ出そうとするが──
「だから無駄」
──背後にいつの間にか現れていた二体のレッドピラミッドシングが持つ槍に突き刺される。背中から入った槍は腹を突き破り、穂先が地面にまで達し通り魔の霊はその場で縫い止められる。
通り魔の霊は再び絶叫を上げる。
「その痛み、苦しみは罰の重さ」
レッドピラミッドシングの呪い──というのは正確ではない。夜宵が分析する限り、レッドピラミッドシングは霊ではない。ならば何かと問われると夜宵は『よく分からない』と答えるだろう。
霊の捕獲をしている最中に偶然発見したのがレッドピラミッドシング。その性質から霊ではなく神に近い存在ではないかと夜宵は推測する。
レッドピラミッドシングは罪を犯した者に罰を与える処刑人のような存在。故に罪人の罪が多ければ多いほどにレッドピラミッドシングは力を増す。
自らの罪を認めない、目を逸らす者には無敵の存在となり、犯した罪の分だけその数を増やすことが出来る。
貫かれた槍の痛みで顔を俯かせる通り魔の霊であったが、背後のレッドピラミッドシングたちに頭部を掴まれ、正面に立つレッドピラミッドシングを無理矢理直視させられる。
「目を背けるな──」
震える通り魔の霊を夜宵の冷たい言葉が追い詰めていく。
「──お前の罪が罰に変わるこの時を」
大鉈を持つレッドピラミッドシングがゆっくりと大鉈を振り上げる。
「──そして、下される裁きを」
レッドピラミッドシングは大鉈を振り下ろす。罪人を罰する為に。
これでネタ切れになったので多分最後になる予定です。
何かを思い付いたら書くかもしれません。