クロスギャザリング   作:K/K

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不思議の国の

 四方八方、上から下からあらゆる角度から穿つように、妬むように、飢えるように、呪うように視てくる目、目、目。

 夜宵、螢多朗、詠子は群れ為す目の中心に立ち、瘴気染みた視線を浴びせ続けられていた。

 夜宵たちを円で囲む白い粉。これは夜宵が撒いた清められた塩。その塩の結界の向こう側では、さながらゾンビ映画の如く大量の悪霊たちが呻きながら蠢いている。

 幸い塩の結界のおかけで円の内側に入って来られていないが、悪霊が塩の結界に阻まれる度に地面の塩が黒く変色していく。いずれは穢れにより効果を失って結界が破られてしまう。

 

「ごめん。敵を見誤っていた」

 

 夜宵は蒼褪めている二人に謝罪する。

 こうなる少し前、いつもの如く有名な心霊スポットで悪霊の捕獲を試みた。

 使役している夜宵の霊の攻撃により心霊スポットで最も強力な幽霊に致命傷を与えた──筈であった。

 攻撃を受け、弱ったかと思った瞬間、その霊の体が崩れて大量の悪霊となって夜宵たちに襲い掛かってきたのだ。

 一瞬にして周りを囲まれた。夜宵一人だったのなら切り抜けられたが、戦う術を持たない螢多朗と詠子が居たので夜宵は迎撃ではなく二人を守る為に塩の結界を作り上げ、今に至る。

 

「この大量の悪霊は分霊。どうやら喰った霊の分だけ自分を増やしていたらしい」

 

 多くの霊の集まりである集合霊は融合しない。分霊とは自分の魂を幾つも分けること。前者の条件に当てはまらない為、分霊と判断する、

 

「一体一体は大した力は持っていない。けど──」

 

 夜宵の前で分霊の一体が頭から結界に突っ込んで来る。しかし、見えない壁に阻まれて結果として首から上が消滅した。すると、別の分霊が首を失ったそれを喰らい出す。間もなくして全てを喰らい尽すと、その分霊の体が裂けて二体になった。

 即席の結界を破れない程度の力しか持っていないが、消滅し掛けた分霊を他の分霊が吸収、分裂することで数が減らないという厄介な性質を持っている。

 

「分霊だから全部本物。一体でも取り逃したら元の数に戻る」

 

 魂を切り分けて増えているので偽者など居らず、全てが本物。夜宵が分析したように一体でも仕留め損ねたら先程のように喰って再分裂をする可能性がある。そもそもこの数を目晦ましにして逃げられる可能性もあった。

 

「ど、どうするの?」

 

 螢多朗は青白い顔で夜宵に訊く。死の恐怖はある。しかし、この絶体絶命の状況でも聡明な彼女ならばきっと切り抜けられるという信頼があった。

 

「……」

 

 夜宵は沈黙する。限られた時間の中で頭を高速回転させ、状況を打破する方法を模索する。時間にすれば五秒程度。夜宵はその短い時間の中で一つの解決策を導き出した。

 提げている鞄を開き、中から鎖で繋がったビニール袋を取り出す。

 透明のビニール袋の中に在るのは塩とそれに漬かる首だけの熊のぬいぐるみ。鎖はそれに巻き付けられおり、錠前も付けられている程徹底している。

 

「そ、それって……!?」

「……?」

 

 それが何かを知っている螢多朗は激しく動揺し、初めて見る詠子は困惑する。

 

「螢多朗、詠子」

 

 夜宵は二人に何かの束を投げた。渡したのはノイズキャンセリングイヤホン。

 

「爆音で音楽を聴いていて」

 

 夜宵の指示に従い、螢多朗たちはスマホにイヤホンを接続させて音楽を聞こうとするが──

 

「夜宵ちゃん……イヤホンは?」

 

 ──夜宵がイヤホンを付けていないことに気付いた。

 

「二人分しか用意していなかった……私(・)は(・)大(・)丈(・)夫(・)。二人は付けていて」

「だ、ダメだよ! 聞き続けたらダメって夜宵ちゃんが言ったんだろ!」

 

 これから何をしようとしているのか前に体験した螢多朗は、夜宵の行為を咎めるが夜宵は真っ直ぐ螢多朗を見詰める。

 

「今回は大丈夫。私を信じて」

 

 夜宵はビニール袋の中からぬいぐるみの首を取り出し、錠前を開錠しようとする。こうなっては螢多朗も夜宵を止められない。彼女を信じてイヤホンを耳に填め込む。

 

 弔って──

 

 開錠され、鎖が解かれたぬいぐるみの首の目が妖しく輝く。

 

『邪経文大僧正』

 

 ぬいぐるみから滴る闇から呼び出されたのは僧。

 剃髪し、合掌し、数珠を持ち、絢爛たる刺繍を施された法衣を纏った高齢の僧。悪霊の対極に居る筈の存在だが、瞳の無い目、歯を剥き出しにして笑う邪な笑みが、この僧がまともではないことを表している。

 邪経文大僧正はぶつぶつと経を唱え始める。しかし、それは言葉として認識が出来ないものであり、音で辛うじて経であると分かるようなもの。

 

 怨 怨 怨 怨 怨

 

 邪経文大僧正の経はただの経ではない。聞いた者を生死問わずに強制的に成仏させるもの。ただし行き先は地獄。

 螢多朗は以前に邪経文大僧正を使っている所を見たので能力を知っている。だからこそ、この経を聞いてしまっている夜宵を心配していた。魂を抜かれて地獄へ無理矢理送られるか、或いは廃人にされる危険がある。

 しかし、螢多朗の心配とは裏腹に夜宵は平然とした表情をしている。そのとき、螢多朗は気付いた。夜宵が熊の首のぬいぐるみ以外の何かを持っていることに。

 邪経文大僧正の周囲から手が伸び、近くにいる悪霊たちへ伸びていく。地獄へと誘う邪経文大僧正の魔手。

 形勢逆転かと思いきや、事態はそう易々とは変わらない。

 周囲の塩の結界も限界を迎えようとしている。このままでは悪霊の群れがなだれ込んで来る。

 邪経文大僧正は広範囲だが遅効性の呪い。時間の猶予が無いこの状況では不向き。

 だが、夜宵もそれは分かっている。邪経文大僧正は前準備に過ぎない。

 

「ここからは合(・)わ(・)せ(・)技(・)」

 

 遅効性の呪いを速攻性に変える。

 夜宵は握っていたそれを掲げた。水色のワンピースを着た金髪の少女の人形。常にぬいぐるみを持っている夜宵には不似合いな代物。

 

 遊んで──

 

 水色のワンピースが群青色へと変色し、人形から闇が立ち昇る。

 

『アリス』

 

 闇が人の形となる。群青色のワンピース、肩まである金髪、白い肌。人形がそのまま人に成ったかのような可愛らしい少女。名が示す通り、服の色を除けば不思議の国のアリスがそのまま出て来たかのよう。

 

『ふふ……夜宵ちゃん、久しぶりー!』

 

 夜宵に抱き着き、頬に頬を添える。今まで見てきた悪霊の中でも普通の少女のようなスキンシップをするアリスに螢多朗たちは驚く。

 

「じゃれつくのは後……やって」

『はぁーい』

 

 アリスはクスクスと笑いながら今も経を唱えている邪経文大僧正の傍へ行くと、後ろから肩に両手を乗せ、邪経文大僧正の横顔に自身の顔も並べる。

 一見すると祖父に甘える孫のように見えるかもしれないが、邪経文大僧正の邪笑とアリスの無邪気を通り越して底が分からない笑みが、その考えを消し飛ばす。

 

『じゃあ、やろうか? お爺ちゃん』

 

 邪経文大僧正は近寄ったアリスを拒むことはせず、経のみ続ける。

 

(邪経文大僧正は広範囲だけど効果が遅い。アリスは逆に範囲は狭いけど効果は速い)

 

 ならば、その二人の長所が交わればどうなるか。

 

(二人の呪いが同調していく)

 

 夜宵には二人が放つどす黒いオーラが混じり合っていく光景が見えていた。二つの呪いが一つとなっていく。

 

「ねぇ……」

 

 アリスは徐に悪霊たちを指差す。その瞬間、全ての悪霊たちの口が引っ張られるように無理矢理開かれた。

 

死 ん で く れ る ? 

 

 愛らしい声が紡ぐ残酷で、無邪気で、容赦の無い言葉。それはアリスの口からだけでなく開かれた悪霊たちの口からも同じ声が発せられていた。

 次の瞬間、阿鼻叫喚の地獄が顕現する。

 体を膨張させていく悪霊たち。臨界まで達すると口から手品のようにトランプを吐き出すが、それだけでは処理が追い付かず、体が内側から裂けて大量のトランプを撒き散らす。

 別の悪霊は体を仰け反らせたかと思えば、口から鋭い槍が飛び出た。その槍は振り下ろされて悪霊の体を切り裂くと、中からトランプの体を持った兵士が現れる。

 更に別の悪霊は体が一気に二倍以上に膨らみ、膨張に耐えられなくなって内側から裂かれると中から大きな熊のぬいぐるみが出てくる。

 幻想的でありながらも悍ましい光景。それがアリスと邪経文大僧正によって引き起こされる。

 先に仕込んでいた邪経文大僧正の呪いを火薬にし、アリスの呪いを火種にして一気に溢れ出させる。互いの欠点を補った合わせ技である。

 螢多朗も詠子も幻想と恐怖が混沌した光景に蒼褪めて言葉を失っていた。

 一方的蹂躙は終わり、残るのは残骸同然となった本体と思われる霊のみ。

 夜宵は回収しようと動くが、それを阻む存在があった。

 

「──────」

 

 夜宵が呼び出した邪経文大僧正自身である。敵は全滅したというのにまだ経を唱えている。

 確かに夜宵たちにとっての敵は全滅した。だが、邪経文大僧正にとっての敵──夜宵はまだ生きている。

 大量の悪霊による蟲毒で生まれた卒業生と呼ばれる悪霊の邪経文大僧正。隙を見せれば主である夜宵やその親しい者にすら牙と呪いを剥く。

 

『お爺ちゃん。ダーメ』

 

 このまま経が唱え続けられると思いきや、アリスが邪経文大僧正の頭を抱き締めながら、その口を小さな手で覆う。

 

『夜宵ちゃんは、アリスの友達になるんだから』

 

 アリスの力で邪経文大僧正の経が封じられる。夜宵がイヤホン無しでも経に耐えられたのはアリスのおかげであった。

 邪経文大僧正をアリスが抑えている内に夜宵は手早く邪経文大僧正をぬいぐるみへ封じる。

 

「……ありがとう」

『ウフフ。どういたしまして』

 

 愛らしく微笑むアリス。だが、螢多朗も詠子もその微笑みに寒気しか感じない。

 

『地獄へ行ったらお友達になれないもの。夜宵ちゃんはアリスのお友達になるの……だから、早く死んでくれる? そしたらワタシと夜宵ちゃんはずーっと一緒』

 

 彼女にとっての友達とは死人。アリスにとって死は終わりではなく相手と自分を繋げる永遠。

 

「……私が道半ばで命を落としたら好きにすればいい」

 

 悪鬼羅刹も踏み台にして修羅の道を進む夜宵にとっては、望まれた死すらも強力な霊を所持する為の交渉のカードに過ぎない。

 夜宵の胆力にアリスは愉しそうに微笑む。そして、自らの意思で人形の中へ戻っていった。

 

『だから大好きよ、夜宵ちゃん』

 

 人形の中でアリスは笑う。無邪気にも邪悪にもとれる声で。

 




邪経文大僧正登場記念に投稿しました。
原作でもそのうち同時召喚するんでしょうかね?
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