一般歌手志望ゆかりんとスーパーシンガーIAちゃん   作:アザミマーン

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8年前くらいにpixivかなんかで見たゆかいあが見たくて、でもタイトルも作者様も忘れて、ゆかいあだけで探したけどなかったので自分で書き起こしたら原型がなくなった話。あとは百合描写と心情描写の練習も兼ねました。
まぁせっかく書いたので供養。

もしこれじゃね?ってのがあったらコッショリ教えてください。
現物を見つけたら消します。



夢破れた少女と夢叶えた少女

 

 

 

 ぷかり、と口に溜めた煙を輪の形で窓の外に吐きだす。下らないことだがこれでも形になるまでそれなりに練習したものだとふと思った。

 差し込む西日に目を細め、時計を見上げたらもう17時をとっくに回っていることに気づく。帰ってきてお昼を食べたあとずっとここに座っていたことを考えるとかなり長い時間何もしていなかったことになる。その割には手元の灰皿に溜まった吸い殻は大した数ではなく、これならそこまで喉に影響はないか、などと他人事のように呟いた。

 

「何をやってるんでしょうかねぇ、私は…」

 

 もう何度目かも分からない自虐の台詞。余計に落ち込むだけだと分かっているのにやめられない、一体誰に向けて言っているのかすら定かではない。いや、一種の自己保身から出てくるものだと本心では分かっているのに、それを認めたくないだけだ。

 

 そのまま夕日がゆっくりとビルの合間に沈んでいくのを眺めていると、玄関からガチャリと音がしてこの部屋の本来の持ち主が帰ってきたのを私に知らせた。

 

「ただいまー」

 

 透きとおるクリスタルボイス。決して大きな声ではないのに、遠くまで届いて耳に残り、いつまでも聞いていたくなる。こちらに駆け寄る音が聞こえ、振り向いた私の視界に美しい白が入った。

 まるで穢れのない、清廉潔白を体現したかのような白髪を腰まで伸ばして、ほんのりと色付いた肌は程よく健康的な印象を受ける。前髪の奥から覗く碧眼は、私を見つけた瞬間嬉しげに細まるが、直ぐに眉根を寄せたしかめ面になった。そんな顔をしても可愛いというのはとてもズルいといつも思う。

 

「おかえりなさい、IAちゃん」

「あ、ただいま。…って、そうじゃなくてゆかりちゃん!」

「何ですか?」

「またタバコ吸ったでしょ。タバコくさいよ!」

 

 私の手元にある灰皿を凝視してイアちゃんはぷんすかと怒る。はっきり言って全然怖くないが、こればかりは完全に私が悪いので苦笑いを1つこぼす。今日くらいは許してくれないかなと言おうとして、いつもそんな言い訳をしていることを思い出して今回は黙り込む。返す言葉もないとはこのことだろうか。

 

「そんなに吸ってないですよ、ほら。昼過ぎからここに居たっていうのに、4本くらいです」

「あ…」

 

 昼過ぎから帰っていた、というところでイアちゃんは察したようだった。というのも、実は今日はオーディションがあったのだ。その場で合否が告げられるタイプのもので、合格ならばそのまま1回目の打ち合わせが始まる。そのことを昨日の夜にイアちゃんにも言ったことを覚えていたらしい。

 

「あの、ごめん…」

「何でIAちゃんが謝るんですか、実力不足の私が悪いんです」

 

 そう、イアちゃんに全く非はない。それなのに、何故かこうして毎回イアちゃんから謝るのだ。そしてその申し訳なさそうな顔を見るたび、その綺麗な声を聞くたび、少しずつ私の心にどろどろとした真っ黒な感情が募っていく。

 

「ううん、わたしがデリカシーを欠いてた…」

 ────────なんでそんなに綺麗な声なの

 

「そんなことないです、IAちゃんが私のことをいつも気にかけてくれてるのはとても嬉しいです」

 ────────なんで私は心まで汚いの

 

「ゆかりちゃんも、焦らなくていいんだよ? わたしは、ゆかりちゃんの声大好きだよ」

 ────────私のことを気遣えるほど余裕があるってこと? 

 

「ええ、分かってます。今更急いても仕方ありませんしね。そういえば、IAちゃんの収録のほうはどうでしたか?」

 ────────私はあなたに勝っていることなんてひとつもない

 

「うん、わたしはいつも通りかな。現場の方々も良くしてくれたし」

 ────────私も大きな仕事をあっさり終わらせて、そんなセリフ言ってみたい

 

「それなら幸いです。では、今日は無事収録も終わったということでちょっとお祝いにしましょうか。私買い物に行ってきますね」

 ────────親友の成功も素直に喜べないほど嫌なやつなのか、私は

 

「わたしも行くよ、ゆかりちゃん!」

 ────────1人にさせてほしい

 

「いえ、IAちゃんは疲れているでしょう。ここは今日半分ニートだった私が行きます」

 ────────なんで余計な言葉が出るんだ、これじゃ皮肉ってるみたいじゃないか

 

「あ…うん。よろしくね…」

 ────────ほら、悲しそうな顔をさせた

 

 財布を持って足早に玄関を出る。もう心の内は真っ黒だ。これ以上顔を合わせていたら声を荒げてしまっていたかもしれない。そうしたらあの子はまた悲しそうな顔をするだろうか、それとも怯えてしまうだろうか。そんな顔を見られるのは自分だけだという優越感に僅かに浸ると同時に、自分の性格の救いようのなさに呆れ返る。

 

 もう日は沈み、暗がりが目立つ。駅から少し離れた所に建つこのマンションのそばには、あまり人が通らず、夜になれば尚更だ。ただ、おそらく今私の頬を伝う塩水は周りに人がいようと構わず流れていただろう。また自己防衛の涙。本当に、いつも自分のことしか考えてないな。

 

 零れた雫を乱雑に拭った紫色の袖は、濡れて黒くなっていた。もしかしたら真っ黒な心の中が涙になって溢れたのかなと考え、心の黒い醜い嫉妬が全く衰えてないのを感じてひどく滑稽な気分になった。

 

(相応の努力もせずにタバコなんか吸って、落ちるのなんて当たり前じゃないか)

 

 フッと思わず出た笑いには、嫉妬して、それでもその相手に依存している、そんな自分に対する嘲りの色が多分に含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 イアちゃん(IAは芸名)とは高校で知り合った。2人とも同い年、芸能科で歌手を目指していたこともあり、すぐに意気投合した。イアちゃんは普段は少し引っ込み思案だったが、歌にかける情熱は半端なものではなかった。歌のことになると饒舌になり、本当に歌うのが好きだということがよく伝わってくる子だった。

 私は高校のときから今までほとんど声質が変わらず、終始落ち着いた声だとよく言われた。しかし落ち着いているのは声だけで、私もIAちゃんに負けないほど歌が好きだった。落ち着いた、というのは抑揚に欠けるというのと同義だったが、私は努力すれば何とかなると本気で信じ、精一杯発声練習などをやっていた。

 イアちゃんは当時は今よりも声が通らず、そのせいか細い印象を聴く側に与えてしまう歌声だった。よくイアちゃんと一緒に練習していた私には、イアちゃんの声の良さが分からない教師たちに見る目がないと思っていた。私も負けるつもりはなかったが、それでもこの子は私よりも才能があると確信してしまうほどの差がこの頃からあった。ただ、子供の頃から歌を学んできた私と、中学の終わり頃から歌を始めたイアちゃんとでは流石に技術的な差があり、才能の差があっても実力的には同じくらいだった。

 

『ゆかりちゃん、ここなんだけど…』

『えっと…ああ、ここは教本通りの歌い方ではイアちゃんには合いませんよ。普通の人よりも繊細な声ですからね。伸ばすのではなく、遠くに届かせる、飛ばすようなイメージのほうがいいかもしれません』

『なるほど…! やってみるね!』

 

 少し声質が特殊なこと、教師の見る目がなかったことがあり、イアちゃんは上手く表現できない箇所があると私に相談してきた。本来ならばいくら同じ学校に通う者同士とはいえ、歌手界の狭き門を考えれば、同い年の私たちはライバルである。教えるなどという行為は敵に塩を送ることに等しいのだが、ライバルである以前に私たちは親友だった。欠席が多い芸能科に通う中で、殆ど取っている授業も同じ、目指す場所も同じ、実力は同じくらい。心を預けられる友達となるのは必然だったのかもしれない。でも、あのときの私は多分そんな難しいことは考えていなかった。私がイアちゃんに教えたことが上手くいくと、イアちゃんは必ず最初に私に報告してきた。

 

『ゆかりちゃん、ありがとう! 上手くいったよ!』

 

 その、凍りついた雪すらも溶かしてしまうような温かな笑顔が見られるだけで、私は惜しげもなく自らの持つ技術をあの子に教えられたのだ。

 

 

 

 高校を卒業した私たちは大学には行かず、すぐに音楽活動を始めた。さまざまな事務所への売り込みに歌番組のオーディション、路上で自作の曲を歌ったりもした。拠点があったほうがいいということで、都内に2人で部屋を借りた。駅から遠いということで値段もそれほどではなく、2人でバイトすれば余裕で賄える金額だった。

 

 最初は大変だった。親元から離れて慣れない自炊生活に、生まれて初めてのバイト。更に、各事務所への売り込み。もちろん練習も欠かさなかった。学校よりも忙しいことがあるなんて思いもしなかった私たちは、よく体調を崩したり、疲れてお風呂も忘れて寝たりもした。苦労も多かったが、それ以上に楽しかった。自主練では少しずつ実力が向上していくのが分かったし、路上でのライブもどきで拍手を貰えたときは嬉しすぎて泣くかと思った。

 

 私はじわりとした成長速度だったが、イアちゃんは技術を習得すると、めきめきと実力を伸ばしていった。もともと才能はあったのだ、それは高校時代から感じていたことだ。声質の違いから2人で一緒の活動をすることは無かったが、それでも同じ業界にいる者として噂はよく耳に入ってきた。

 

 曰く、白銀の天使。

 曰く、老若男女を問わず魅了するクリスタルボイス。

 曰く、50年に一度の逸材。

 

 嬉しかった。ようやくイアちゃんの才能が認められたのだと、自分のことのように喜んだ。やはりあの教師陣は見る目がなかったのだと、イアちゃんはすごい才能を持っているのだと、それはそれは褒めちぎった。イアちゃんはそれを聴くたびにいつも耳まで真っ赤にし、それでも満更でもなさそうな様子だった。

 

 そこまでは良かった。

 イアちゃんの活躍を見て、私もすぐにそこに追いついてみせると息巻いていた。

 卒業して1年が経ち、イアちゃんは大御所の事務所に就職が決まった。

 2年が経ち、イアちゃんは自分の曲をいくつか出した。もちろん私も全て聞いた。素晴らしかった。

 3年が経ち、イアちゃんの名前はIAちゃんに変わった。私も小さなオーディションに受かった。

 そして5年が経ち。イアちゃんは今や日本全国を駆け巡る一流アーティストになろうとしている。

 

 

 そして私は、その場で足踏みしたまま動けていなかった。

 

 

 いつからだろう、イアちゃんの成功が、素直に喜べなくなったのは。その顔をマンションの部屋よりもテレビで見る回数が多くなったのは。その背中が、 遥か遠くに見えるようになったのは。綺麗なイアちゃんの顔を見るたびに、声を聞くたびに、名前を呼ばれるたびに、醜い汚いどろどろとしたものが湧きだすようになったのは。

 

 いつしか私はタバコに手を出すようになっていた。自主練も最低限になっていた。手当たり次第に応募していたオーディションは、小さな規模のものだけに絞るようになった。そんな風にやさぐれていく私にも、イアちゃんは態度を変えなかった。タバコを注意することはあるけど、止めはしない。悲しそうな顔をするけど、それだけだ。タバコで現実逃避していた私には、そのあまり構わないくらいの態度がむしろありがたかった。

 

 応募して、落ちて、バイトして、自主練して、寝て。そうしてだんだんと気力を失っていく毎日の中で、ふと見ていたテレビに、誰もが知る、私もよく知っている綺麗な女の子が映っていた。こんな番組に出るなんて聞いてないな、と思いながらぼぅっとチャンネルをそのままにしたまま見ていると、画面の前のイアちゃんはインタビュアーに対して透きとおる声でこう言った。

 

『確かに、最初から生まれ持つ才能というのも勿論あります。ですがわたしは、それだけでは無いと思っています。とてもありがちなんですけどね。〈努力をすれば報われるわけではないけれど、成功した人は皆須らく努力をしている〉。その通りだと思います。そしてもう一つ。努力する人は秀才、ではないのです。努力を続けられるというのもまた、才能なんだと思います』

 

 ぼんやりしていた私の頭の中にも、その言葉はスッと入ってきた。テレビを通しているせいか、いつも私と話しているときの声よりは少し冷たい印象を受ける。だがその冷たさが私の頭を急激に冴えさせた。そうして私は大切な親友からの言葉でようやく、とても遅まきながらその事実に気づいたのだ。

 

 

 私は結局、生まれ持った才能も、努力を続ける才能も無い、ただ少し歌が上手いだけの凡人だったのだということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も仕事の予定は無し、ではない。たまたま久しぶりに、バイトではなく、声を使う仕事だ。ただ、歌の仕事ではないと聞いている。詳しいことが分からないのは、2年ほど前、私がやさぐれ始めた頃からお世話になっている弦巻マキさんという先輩が、詳細を語らずに私を今日の仕事に誘ったからだ。マキさんの本業は歌手ではないのだが、歌もできる。一緒に仕事をしたのは2回くらいなのだが、なんだか気があうので、初めて仕事して以来ちょくちょくお茶したり飲みに行ったりしている。

 待ち合わせ場所のビルの前に着いたが、マキさんはまだ着いていない。一応先輩なので敬うのが筋なのだが、何というか、マキさんはマキさんという感じであまり先輩という感じがしないのだ。本人もそれを気にする風も無く、いつも適当でいいよーと言ってくる。

 ビルの前で待っていてほしいと聞いているので待っているのだが、私が来てから既に20分、待ち合わせ時刻に10分遅れている。流石に場所を間違えたかもしれないと心配になり始めた頃、駅のほうから金色の長い髪が見えた。

 

「やっほーゆかりん。遅れてごめんね!」

 

 爽やかな柑橘系の香水の匂いを振りまきながらこちらに向けて走ってくる。いつも通り赤を基調とした派手めの服で、胸元は大胆に開かれている。自信満々な格好はその豊かな胸があればこそできることであり、私は自分の胸元に視線を落として小さくため息をついた。いつも通り、遅刻しているのにその声に悪びれた様子はない。

 

「おはようございます、マキさん。今日はお仕事を紹介していただきありがとうございます。…と言いたいところですが、私はまだ何の仕事をするのかすら伺っていませんが? 声を使う仕事とはかろうじて聞いていますが…」

「そーそー! そんだけ分かってれば十分だと思ったんだよね! ところでゆかりんさ、ゲーム好きだったよね? 前よく話してたじゃん」

「ええ、好きですよ。…最近は遊んでいるだけで現実が私を押し潰そうとしてくるので、集中できなくなって離れていますが…」

「重いよ…それじゃあ今日はそんなこと一旦忘れて、思いっきり楽しもうよ!」

 

 目的地はどうやらこのビルの上階らしい。エレベーターで上がりつつ説明を何となく受ける。どうやら仕事の内容はゲームの実況であるようだ。新作の発売に際し、旧作で使用されていた戦闘システムなどが重複する部分があるので、制作会社主導で公式の旧作実況を作成するという企画だ。

 本来ならばマキさんの事務所に所属する後輩が行うはずの企画だったが、大きな仕事が舞い込んできたことで、期待の新人であるその後輩はそちらに回されたらしい。とはいえもともと決まっていたこの企画をポシャる訳にもいかず、しかし他の人には他の仕事が当然あるので代役が見つからなかった。そこで今回はこのゲームを過去にやったことがあり、そしてなかなか良い声をしていて尚且つ暇そうな私に話が回って来たという訳だ。

 暇そうなどと歯に衣着せぬ物言いは普通に失礼だが、私はこの気の置けないやりとりが案外気に入っていた。最近イアちゃんと物理的にも精神的にも距離が離れてこういう会話が出来なくなっていたので、こうしてマキさんと下らない話をするのがかなり心の安定に寄与していた。週に一度くらいは電話している気がする。

 

「本当なら、いくらゲームの実況なんて小さめの仕事とはいえ、外部の人間に頼んだりはしないんだけど────」

 

 マキさんは少し溜めを作り、こちらにウィンクしていかにも楽しげに言う。

 

「ゆかりんは何度か私とかウチの事務所と一緒に仕事してるしさ、そんときの仕事ぶりとか見てゆかりんなら大丈夫かなーって私とか上が判断したんよ。信頼してるよ? ゆかりん!」

 

 マキさんはこんなちゃらんぽらんな見た目と性格をしているのだが、事務所内では結構上の地位にいる。なので、マキさんのお墨付きがあると言うことは、マキさんの所属する事務所からお墨付きがあるというのとほぼ同義だ。そんなに評価してくれているのかと思うと、顔が熱くなる。耳まで真っ赤になっているかもしれない。照れた私は顔を背け、ちょうど目的の階に到着エレベーターの扉を半ばこじ開けるようにして外に出た。マキさんがニヤニヤしているのが気配だけでも分かるが、決して振り返らないという鋼の意思を持って、用意された実況部屋の扉を力強くノックした。

 

 

 

 

 簡素な部屋に用意されていたのは、カメラとマイク、ヘッドフォンにゲーム機材など。実況に使うものが机の上に所狭しと並べられていた。軽くつまめるお菓子なども用意されていて、ご丁寧に汚れた手でコントローラーを触らないための箸もついている。

 

「ここで良いんですね?」

「うん。それで、ゆかりんはこのゲームやったことあるんだよね? 私は無いんだけどさ」

「ええ、以前そこそこやり込みましたよ。操作は任せてください」

「お、頼もしいね。とは言っても、今回は交代交代でやるよ。あと、次回からは私は来れないことが多くなるから、ゆかりん一人でやることも多くなると思うよ」

「そうなんですか?」

「うん。まぁでも、気楽にやりなよ。この仕事はそんなに緊張してやるものでもないからさ。私もいくつかやったことあるけど、やっぱりコメントの反応が面白いし嬉しいよね」

 

 この実況動画は録画したあと動画サイトに投稿されることになる。そこでは動画にコメントをつけることができるので、視聴者がどんな反応をしているのか分かりやすい。私もたまに見ていたから一応知識はある。

 

「今後評判が良ければ生放送とか、もしかしたら顔出しとかもあるかもね。ま、それはゆかりんが良ければだけど」

「私としては、名前を知ってもらえるだけでも十分なのですが…他の方の売り出しの機会を外部の人間が奪ってしまっても良いのですか?」

「いやいや、こっちにはまだ良い仕事も残ってるからね。これは所謂余りってやつだからね」

 

 わざとらしく念を押すように言うマキさんの目には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。いたずらが成功したときの子供のようなその表情に、私はすっかり毒気を抜かれてしまった。クスリ、と笑いがこぼれる。こんなに自然に笑ったのはいつぶりだろうか、マキさんには感謝せねばなるまい。

 

「マキさん、今日は本当にありがとうございます」

「…どうしたのゆかりん、そんな突然。もしかして、私の魅力に気づいちゃったかな? 好きになっちゃったかな⁈」

「別に、マキさんのことは結構前から好きですよ。もちろん、友達的な意味ですが」

「…ゆかりんがデレた」

「デレてません!」

 

 その後終始テンションの高かったマキさんをどうにか鎮めた後、ようやくゲームの実況に入ることができた。よく考えたら実況なんて初めてで、手が震えそうだが、大丈夫。あの子には遠く及ばないけれど、私は、声には自信があるほうなんだ。

 

「皆さん、初めまして。YUKARIと申します」

「いつもお馴染みのマキちゃんだよー! 今回はウチの事務所の所属じゃないんだけど、良さそうな野良の子を連れてきちゃった!」

 

 名前は捻らずそのままにした。私はこういった場に名前が出るのは初めてなので、特定はできないはずだ。マキさんが明るく自己紹介をしつつ、今回私が出演することになった理由を語る。

 

「いやー、仕事を貰ったは良いんだけど、空いてる子が居なくて! 急遽代打を頼むことにしました!」

「私も昨日急に言われて驚きました」

「その割には落ち着いてるけどね。実況初めてなんでしょ?」

「ええ。普段は歌の仕事なんかをしてたりします」

「知ってる。さて、前置きが長くなっちゃったね!」

「では始めましょう。この動画を見ていただき、まずは御礼申し上げます。この動画は、◯×ソフトウェアで新作ゲームであるアーマーアーミー4が発売されることになりましたため、その前作であるアーマーアーミー3を応援として実況するという主旨で行います」

「あ、実況者を交代することはちゃんと◯×ソフトウェアさんの許可は取ってるからねー!」

「ありがとうございます。さて、新作では3の操作システムが重複するところが多くあるということなので、今回の実況ではその復習も兼ねて解説していきたいと思います。────」

 

 

 このゲームは巨大なロボットを操り、また自らカスタムすることで強くし、ミッションをクリアしていくゲームだ。ロボットの形状は脚のパーツによって大きく分けられ、戦い方、使える武器などが異なる。今回は初心者のマキさんもやるため、一番使いやすい普通の二本脚を作成することにした。

 

「二本脚は一番初心者向けの脚ですね。積載量、移動速度、耐久力共にバランスのいい足です。今回はスタンダードに行きましょう。安めの単発銃に近距離ブレードで、遠近共に隙のない型です」

「積載量って普通に上に乗せられる量でいいのかな?」

「はい。このゲームでは脚の積載量を超える重さになると動作が非常に遅くなり、まともに動きません。では積載量が多ければいいのかといえばそんなことはなく、積載量が多い足はそもそも余り機動力がありません」

「なるほど。それで今回は一番その辺のバランスがいいやつを選んだってわけね。他の脚は今後紹介するの?」

「もちろんそのつもりです。それぞれの脚に特色がありますしね」

 

 それに加え、最初から選べる脚で二脚以外のものは性能が著しく低い。途中ミッションをクリアしていくことで作成できる脚も増えるので、それまでの辛抱ということだ。

 

「あれ、この単発銃と同じくらいの値段のやつあと2つくらいあるけど。そっちじゃダメなの?」

「あの2つは、それぞれマシンガンと光学系武器ですね。マシンガンは装填数が通常の武器よりも多いのが特徴ですが、連射速度も相応に速いです。なので、調子に乗って撃ちすぎるとすぐ弾切れになってしまいます」

「光学系武器ってのは、つまりビームってことでしょ? カッコいいじゃん! 使ってみたい!」

「光学系武器は威力が多少実弾武器より低いかわりに、圧倒的な超射程と機体のブーストを消費して撃つので弾切れがないという特徴があります。使いこなせれば強力な武器ですが、機動力が重要な二脚ではブーストを多用する戦い方をするので、あまり光学系武器は合いません。撃ちまくってたら大事な場面でブースト切れて攻撃が避けられませんでした、では話になりません」

「なるほど、色々あるんだねー」

「この辺はおいおい見せていくことにします」

 

 最初のミッションは動作確認のようなものなのでマキさんにやらせた。次に、戦闘ミッションも体験して貰う。

 

「これで最後! いやー、ブレード振り回すの楽しいね!」

「ブレードは射程が非常に短くほぼ接敵状態でしか当たらないのが難点なのですが、それに反比例するように、威力は全武器種の中でぶっちぎりで最高です。この辺の雑魚機械の群れでブレードが必要になる機会は正直無いのですが、楽しいので持ってます」

「この単発銃装填数多いしね。でもやっぱりロマンは必要だね」

「その通りです。ただ、今後使うと思いますが他の脚だと、機動力が足らずにブレードを持っていてもそもそも当たらないということになってしまうので、基本的にブレードは二脚と、逆脚と呼ばれる関節が逆方向についている二脚専用になります」

 

 最初は説明が長かったので、戦闘ミッションを1つ終わらせたところで20分を少し過ぎてしまった。今回はこの辺で終わりにして、次回からはもう少しサクサク進めていきたいと思う。

 

「それでは今回はこの辺で。見て下さった方、ありがとうございます。おそらくこれからメイン実況になるであろうYUKARIと」

「ちょくちょくお邪魔することになると思うマキでした! じゃあねー」

 

 ぶち、と録音機を切る。同時に張り詰めていた緊張の糸が切れ、思わず膝から力が抜ける。椅子に座り込んで動かない私に、マキさんが冷蔵庫からジュースを持って来てくれた。

 

「お疲れ様、ゆかりん。めちゃめちゃ良かったよ!」

「ありがとうございます…正直、緊張しすぎて自分で何を話したかさえあんまり覚えてないです」

「いやいや! 分かりやすい実況で助かったよ。一回も噛まないしね。何より、ゆかりんの落ち着いた声は頭にすっと入ってくるからなぁ〜。これからファン増えるんじゃない?」

「そうだと良いんですけどね。何はともあれ、今日はこの仕事を紹介してくれてありがとうございます。何とかやっていけそうです」

「うんうん、その調子だよ。これが上手くいけば、今度はゆかりん個人に実況のお仕事とか来るかもしれないしね!」

 

 そんなに上手くいくことは無いと思うが、満面の笑みで自信満々に頷くマキさんの顔を見ていると本当に上手くいきそうな気がしてくるから不思議だ。私はマキさんに軽く笑い返し、夕飯に誘うことにした。たまには外食もいいだろう。マキさんは勢いよく頷き、全身で賛同を示してくれた。

 

 帰り道にふと、昨日まで目から溢れ出すほどに溜まっていた黒い感情が、今日は存在感を消していたことに気づいた。

 

 

 




続きは気が向いたら書きます。これ書いたの何年か前ですしね笑
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