イコさんっているやん? 作:猫又猫々
禪院扇にとって禪院龍人という人間は、畏怖の対象であり、目の上のたん瘤の様な邪魔な存在であった。
嫌いな人間の忘形見。
嫌いな人間にそっくりな見た目と、禪院家を滅ぼし得る程の凶悪なその才能。
さらには、元々扇は龍人の父親である辰彦という人間の事を嫌っていたのも大きかった。
それらの理由さえあれば、扇が龍人の事を疎ましく思う様になるのは容易であった。
さて、では禪院辰彦という男がどんな人間だったのか。
話はそこからになる。
禪院辰彦。
現代の剣聖。
禪院家の落伍者。
彼を表す呼び名は、凡そこの3つであった。
禪院辰彦という男は、伏黒甚爾の1つ下の弟として生まれた。
彼の誕生。
それは奇跡にも等しかったと、後に禪院直毘人は語っている。
彼は所謂、現代で生まれる赤児の約9%がそうであると言われている、低出生体重児であった。
衰弱死寸前の母親の腹から抱き上げられた彼は、今にも死んでしまいそうな程に弱り切っていたそうだ。
さらには虚弱体質であった彼は、生まれつき弱く脆い肉体を持っており、その肉体は先天性の疾患を抱えていた。
他の子供達よりも発達が遅く、筋肉も付きづらい。
まともに動こうものならば、すぐに疲弊し倒れこむ毎日。
いつしか彼は、まともに布団から動く事すら出来なくなっていた。
落伍者の烙印を押された欠陥品。
それが、兄の禪院甚爾とは違った特質を持って生まれた禪院辰彦という男であった。
呪力は並、身体能力は一般人以下、術式も相伝ではない非力なものであり、結界術への適正も皆無。
そんな彼だが、術式範囲という才能に於いては別格であった。
それが彼の持つ術式「
そんな彼だが、脆い肉体とは正反対に、剣の冴えはピカイチであった。
一度剣を振れば、その太刀筋のキレはどんどんと増していく。
一度剣を交えれば、相手の技術をどんどんと吸収していく。
一度剣を教われば、一瞬でその奥義へと到達する。
一度剣を持てば、百戦錬磨の傑物と化すその姿から、付けられた渾名は剣聖。
また、呪力による肉体の強化によって、身体能力の貧弱さを多少は克服していた彼は、剣士として落伍者の汚名をいつしか返上してみせていた。
そうして落伍者から剣聖へと上り詰めた彼は次第に、とある男と比べられる様になる。
その男こそが、禪院扇であった。
では何故比べられる対象が、兄であり同じ欠陥品仲間であった甚爾ではなく、扇だったのか。
それは、彼が辰彦と同じ刀を扱う術師であったのも大きかったのだろう。
だがそれと同時に、彼の人間性の悪さが思わぬ形で牙を剥いた結果でもあった。
──辰彦殿は剣聖の名に恥じぬ剣の腕を持つ聖人であるというのに、同じ剣士の扇殿は……。
──扇様も辰彦様を見習ってくれれば良いのに。
──扇様には是非とも辰彦様の剣の腕以外も見習って欲しい物です。
それら全てが扇の周りで実際に囁かれていた言葉達だった。
それを聞いて、扇というプライドの高い人間が耐えられる筈もない。
あんな欠陥品が自分よりも上など我慢のならなかった当時の彼は、周囲の声から逃げるかの如く剣の修練にのめり込む様になる。
来る日も来る日も弛まぬ研鑽を積み続けた。
それでも禪院辰彦の、剣聖の剣には届かなかった。
扇から持ち掛けた模擬戦にて、彼は辰彦に手も足も出ずに惨敗したのだ。
その事実がどうしようもなく、扇の劣等感を煽り、嫉妬心を強くさせた。
何故届かない。
羨ましい、その才能が。
妬ましい、その剣技が。
疎ましい、その存在が。
心の中に
渾々と。
呪力量も、術式の強さも、身体能力も、呪術師としての実力も、自身が優っているというのに、この手が全く届かない。
その背中すら目視する事が出来ない。
その認め難い事実が、禪院扇という人間の心を侵蝕していく。
気付けば彼は、呪詛を吐く様に研鑽に励む様になっていた。
それがいつからなのか、扇自身にも分からない。
それでも確かなのは、自身の心に確かに存在する、彼への嫌悪感と劣等感。
それだけが彼を突き動かしているという事実であった。
昔はただ欠陥品だなどと侮蔑していただけだというのに。
気付けば彼は、禪院辰彦の事が嫌いになっていた。
いつの間にか、無意識のうちに。
何故だろうと、自問自答してみても、その答えは得られない。
扇が研鑽を積んでいた、そんな折だった。
辰彦の死亡が禪院家に通達され、さらに彼の妻が懐妊したのは。
禪院辰彦が死んだ。
その事実に悲しむ者は少なくなかった。
いくら禪院家を離れ、高専で活動していたのだとしても、彼が禪院家で生きた軌跡が消える訳ではない。
彼と少なからず関わっていた人間は、彼の死を惜しみ涙を流した。
その訃報を聞いた扇の心に最初に飛来したのは、途轍もない程の優越感と、虚しさであった。
呪術師なんて仕事を生業としている以上、理不尽な死は免れ得ない。
それは扇だけでなく、全ての術師が承知している事実だ。
それでも彼は考えてしまったのだ。
どうして勝ち逃げなんて卑怯な事をするんだ、と。
そんな死人に鞭打つかの様な感情を覚えた自分に、違和感を覚えなかった訳ではない。
それでも扇自身の心からは、すらすらと憎まれ口だけが淡々と湧いて出てくる。
落ちこぼれに負けたという受け入れ難い事実、が彼を狂わせていた。
それでも、そんな醜い感情を面に出す程、彼は未熟ではなかった。
しっかりと彼は悲しい表情を取り繕って葬儀にも参列した。
そうして1人、葬儀を終えて修業に戻った扇が感じたのは、今までに感じた事のない程の高揚感であった。
自身を苦しめていた元凶が死んだ。
その歪んだ事実が、なんだかまるで扇という人間を──自分自身を肯定してくれている気がして、彼は人知れず優越感を覚えてしまう。
彼は、禪院辰彦が死んだという事実を曲解し、まるで生き残った自分自身が上だとでも言うかの様に、自身に耳触りの良い言葉達を心の中で並べ立てた。
そうして生まれたのは、自分自身の実力を過信した、悲しき自尊心の塊であった。
それから扇は、こう考える様になった。
禪院辰彦は私に負け高専に逃げた落伍者であり、挙句の果てには呪いごときに遅れを取った欠陥品であるのだ、と。
さて、こうして禪院扇という人間の中に、禪院辰彦への嫌悪感、劣等感、嫉妬心、そうして彼を軽蔑する感情が刻まれた訳なのだが。
扇は此処から1つのミスを犯してしまう事になる。
それは彼に一生ものの心傷を刻み込み、彼の立ち位置を決定させる程の出来事となる。
辰彦の忘形見である禪院龍人が産まれてから3年と少しが経った、6月のとある日。
禪院扇は落伍者の遺した忘形見が、どれ程の存在であるのかを確認する為に、1人で離れにやってきていた。
初めは小さな好奇心からだった。
あの落伍者から生まれた子供がどれ程の落ちこぼれなのか。
どれ程の欠陥品なのか。
それを確認する為に、彼の存在を一目見ようと考えていたのだ。
その考え自体が致命的なミスであるのだが、所詮後の祭り。
たらればを語った所で、詮無い事であった。
『おっさん、誰?』
今でも時折夢に出てくるその姿。
自身の自尊心をバキバキに叩き割り、憎たらしい程に恐怖を植え付けた男──禪院甚爾に何処迄もそっくりなその面も。
まるで、こちらの事など眼中にすら無いかの様なその態度も。
興味の無さを微塵も隠す事のない、その冷ややかな視線も。
自身に見せつけるかの様に溢れ出ている、その莫大な量の呪力も。
世界に直接刻まれているかの様な、良くも悪くも他者を惹きつけて止まない、その存在感も。
禪院龍人という存在の全てが、彼のトラウマを刺激していた。
瞬間的に扇の脳裏に過ぎったのは、2人の人物。
どちらも禪院家との縁は切れている筈なのに、その存在は大きな傷を幾つも遺したままでいる。
そんな、強烈なトラウマを刺激された挙句、龍人から振り撒かれる死の気配に充てられた扇は、一目見たその瞬間には彼に恐怖してしまっていた。
禪院甚爾の再来。
いずれ禪院家に破滅を呼ぶ災厄。
そんな嫌な予感と恐怖が、扇を雁字搦めにする。
無意識に下がる足。
ブワリと全身を駆け巡る悪寒に、鳥肌が立つのを抑えられなかった。
死ぬ。
このままこの小僧を野放しにすれば、私は間違いなく殺される。
そんな、確信を抱いた扇は、その日からその立場を明確なものとした。
禪院龍人殺害擁護派閥。
それは、禪院龍人を次の禪院甚爾だとして恐怖し、警戒する人間達によって構成された元穏健派の保守派閥であった。
そんな彼らは、いずれ
禪院龍人を暗殺し闇に消してしまおうという、ド腐れ計画を。
そうして半年間の決議の下に決行された暗殺計画は、彼が4歳の頃より始まるという、大それた内容であった。
4歳から彼に監視役の人員を教師として就かせ、いざという時は弱い内にその芽を摘み取る。
もしもその監視役があっさりと絆され彼を育てた結果、そこから1級レベルにまで育ってしまったのならば、その時は事故に見せかけて殺す。
そんな、かなりアドリブ要素の多い計画であった。
扇はその計画にかなりの自信があったのだ。
搦手も、策略も、禪院家当主候補として多くを学んできた。
それを活かす良い機会だとすら思っていた彼は、そうして失敗した。
絶望的なまでの理不尽によって捻り潰された。
禪院龍人という理不尽によって。
────────────────────
ワールドトリガーの作品内に於いて、ボーダーで活動する隊員達は、色々なトリガー構成をしており、各々が十人十色な構成をしている。
そこには、各人の戦闘スタイルや性格が如実に表れており、トリガー構成を見るだけでもその人と成りが多少は理解できる事だろう。
そんなトリガー構成だが、日夜ワートリを読み耽り考察を繰り返す様なワートリ民の人達は、自分自身ならばどんな構成をするか、なんて妄想をするのは日常茶飯事なんじゃないの?
因みに俺は毎日の様にしてた。
さて、そこで俺が妄想していた物を挙げようと思う。
・メイン ・サブ
孤月 Free
旋空 Free
シールド シールド
Free バッグワーム
ざっとこんな感じだ。
え?
その構成はイコさんや辻ちゃんと一緒だろ、だって?
君は何を言うてんの?
世界で1番イコさんに憧れている(当社比)、この俺がやらなくて、だれがやるってんだよ。
うーん、これはまさに憧憬一途。
孤月一本でイコさんとやり合いてぇなぁ。
あと餅川さんとか、迅さんとか、辻ちゃんとか、ガンダムとか。
戦いたいやつが多すぎるっピ!
ああ、個人ランク戦がしたい。
なんでも良いから模擬戦がしてぇ!
はい。
と言う事で──
「──真希ちゃんを連れて来たで」
「誰に言ってんだよ」
そんなん誰だって良いだろ!
いい加減にしろ!
「急に模擬戦がしたい、とか言うから着いてきたけど、躯倶留隊の方で忙しいんだよな」
「ええ〜、そんな事言わんと俺とやろうや」
全く。
最近躯倶留隊に入ったとかで、全然遊んでくれないんですけど!?
俺のお友達取られちゃったぁ。
そうなんだよ。
なんか2年前くらいから急に真希ちゃんと真依ちゃんが、躯倶留隊と灯に入るとかで、それ以来みんな訓練が忙しくて、前みたいに遊んでくれなくなったんだよな。
遊ぶのが子供の特権じゃなかったのかよ?
教えはどうなってんだ。
教えは。
いやまあ、2人が俺から離れて強くなろうとしてるのは個人的には嬉しいから良いんだけどね。
なんというか、こう……努力する女の子からしか得られない栄養ってあると思うんだよね。
まあ、昔から結構鍛えてきたのもあってか、2人ともそこそこやってけてるらしく、他の奴らからいじめられるとかのハプニングには、今のところあってないそうだ。
こちらとしても安心する限りだ。
この家の連中はクソだからね。
虐めとか平気でやりそうで心配ですよ。
特に直哉とか言うパッキン野郎。
お前の事だよ!
「本気で来い。舐めた真似したら潰す」
「ほんなら行くで真希ちゃん」
なんか本気で来てほしいらしいので、本気でやります。
俺の本気が見たいだと?
あのぉ、俺が今まで本気出してないっていう風潮やめてくれませんか?
なんかそういうデータとかあるんすか?
いやまあ、手加減してたけどね?
女の子をボコす趣味はないんすわ。
とりま、真希ちゃんとの模擬戦を楽しむとしよう。
なんだかんだで鍛えまくったお陰もあったのか、最近の真希ちゃんは2級レベルの呪霊くらいなら余裕で祓えるくらいには強くなったんだよね。
マスタークラスぐらいはあると思います。
俺は攻撃手6位(勝手な思い込み)だけどな!
さて、やりますか。
俺の戦闘スタイルはイコさんリスペクトの一刀流だ。
剣速と抜刀の速さ、それから目の良さを活かした受け太刀と回避が長所と行ったところだろうか。
剣術も得意っちゃ得意だが、いかんせん我流の域を出ないんだよな。
なんでも教えてくれる先生でも、流石に剣術までは無理だった。
なので、我流で色々編み出したりしてる訳だ。
うお、あぶね。
フッ、素晴らしい剣捌きだな。
我ながらここまで育てられるとは、自分の才能が末恐ろしいわ。
「ちッ!流石に強えな。まともに攻撃が入ん、ねえ!」
そう言って、さっきまでとは比にならない程の速さで此方へと踏み込んでくる真希ちゃん。
うお、前から刃が!
これは避けきれん!
──と思うじゃん?
フッ、俺にやわな攻撃は当たらんぞ。
「甘いで真希ちゃん」
真希ちゃん渾身の一振りを受け止める。
そう。
チョコレートくらい甘いわ。
そんな迂闊に接近してきたら──
「──カウンターの間合いや」
受け太刀で鍔迫り合いになっている状態から、刀を右へと受け流し、相手の体重毎自分の後ろ側へと流す。
そうして出来た空白。
その間を利用して、即座に自身の右手の孤月を消してから左手に再現する。
これぞ物体入れ替えマジックである。
そんで、ガラ空きの真希ちゃんの胴体に一撃を入れる。
「ッ!?」
Q.俺と真希ちゃんが個人ランク戦で10本勝負をしたとしよう。その時の勝率はどうなると思う?
A.8:2で俺が勝ちます。
イコさんになる以上は、強くならないといけないんでね。
そう易々と負けてやる訳にはいかんのよ。
「……クソが!強すぎんだろ」
いやいや、真希ちゃんも大分強くなってるんだけどね。
あ、そういえば。
「俺、呼び出しくらってたんやった」
「おい、何勝ち逃げしようとしてんだよ!私に吹っ掛けるだけ吹っ掛けて、勝ち逃げかよッ?」
「いやでも、怒られたないし」
いやー、そういや直毘人の爺ちゃんから呼び出しくらってたんだった。
早く行かないと怒られちゃうわ。
いっけなーい!
遅刻遅刻!
私ったら、ホントにお茶目さん♡
「ほな、またな真希ちゃん」
「あ、おい!待てよ!」
あーーーーーー!
聞こえませーん!
何も聞こえませーん!
勝ち逃げとかそんな事言っても、俺には聞こえませーん!
────────────────────
悲報、俺氏死ぬかもしれんPart2。
真希ちゃんと模擬戦をしたあの後、直毘人の爺ちゃんに呼ばれた通り当主の部屋に行ってみたのだが、なんか扇の爺さんとか、甚壱のおっさんやら、NAOYAやら、禪院家の幹部みたいな人らがいっぱい居たんですよね。
なんか怪しいなぁ怖いなぁとか思ってたら、特級呪霊を祓って来いとか言われたんですよね。
怖いなぁ〜、怖いなぁ〜。
え?
特級って、1級のさらに上の化け物だよね?
それを祓えって。
そうか、俺に死ねと申すか。
「なんか、エライ雰囲気ある場所やな。俺これ死ぬん?」
しかも1人で行かされたし。
いや、これ絶対扇が俺の事殺す為に用意した罠じゃん。
前から俺の事消したがってたし、そういう事じゃん。
なんなら扇の野郎ちょっとニヤついてたし、もう確信犯じゃん。
言い逃れ出来ないねぇ。
しかも、当主命令って事は直毘人の爺ちゃんも公認って事じゃん。
はぁ〜〜(クソデカ溜め息)。
なんでやねん。
なんで、そんな俺の事消したがるん?
俺イコさんになりたいだけの一般転生者ですやんか。
人畜無害な12歳のピチピチショタですやん。
今んところ、双子姉妹とお友達になって、直哉をボコした以外に、これと言って特にやらかしてないやん。
なんでやねん。
クソがああああ!
やってやるよ!
特級呪霊がなんやねん!
こちとらイコさんやぞ!
おうおう、ひれ伏せヤァ!
真っ二つにしてやんよ!
よし。
気合いも入れた事ですし、目前の帳の中に入るとしますか。
いやぁ、どうやってブッコロそうか?
あれやな、そろそろ強化イベントが欲しいな。
て事で、ここで生駒旋空を物にしますか。
出来るかは分かんないよ?
でもね、ぼんち揚げの人も言ってたじゃん?
パワーアップはできるときにしとかないと、いざって時に後悔するぞってさ。
え?
今がその"いざって時"だろだって?
うるせえ!行こう!
ほな、お邪魔しま〜す。
うーん、見渡す限り木、木、木!
結界の中はあら不思議。
夜の様にくらい森の中であり、その中心には広大なスペースと、モロ鬼の見た目をした色とりどりの呪霊達が酒盛りをしているではありませんか。
呪霊って酒飲むんか?
それとも酒じゃない別のナニカでも飲んでんのかな?
この呪霊の被害者結構居た筈だし、それか?
まま、ええやろ。
『お"、お前も"酒を飲ま"ない"か?』
ほんで、問題は今こっちに話しかけて来た、集団の中心で偉そうにナニカを飲んでる、この黒い鬼よ。
なんやねんコイツ。
誘い文句が猗○座やんけぇ!
てか酒臭ッ。
ええ……特級呪霊ってこんななんか……。
なんか、もっとカッコいいとか思ってたわ。
角の生えたイケメンで、人間とそんなに変わらんみたいな感じの存在を期待してたのに……。
「俺の期待返してや……」
なんか、もういいや。
さっさと終わらせて、真希ちゃんと真依ちゃんとマグロカツ丼食いに行こ。
「せやから、本気で行かせて貰うで」
『お"おおおおお、お酒えぇぇええ飲めええ』
「
さあーて。
孤月の準備も出来たしやりますか。
生駒旋空ってホントに紙一重の技術だから難しいんだよな。
抜刀と剣を振る速度がとんでもなく速くないといけないし、旋空を発動するタイミングも重要で、ちょっとでもズレるだけで失敗しちゃう、激ムズ技な訳よ。
そりゃ、ボーダーで出来る奴がイコさんの他に居ない訳だよ。
実際にやってみるとホントに難しいんだわ。
こう考えると、イコさんの技術の数値ってどんぐらいあるんだろ?
結構やばそうだな。
生駒さん?
ヤバイよね。
序盤、中盤、終盤、隙が無いと思うよ。
でもオイラ負けないよ。
孤月の斬撃が躍動する戦いを、みんなに見せたいね。
ほな、やりますか。
俺と呪霊との距離は約35メートル。
全然射程圏内である。
相手はこっちの攻撃が届くとか思ってないのか、酒飲みながらなんか喚いて、ゲラゲラ笑ってるし。
今がチャンスでしょ。
相手に気付かれない為に居合の構えは、斬撃を放つほんの一瞬のみ。
それ以外は平静を装って、相手を油断させる。
そんで、裏では鞘の中で呪力を高速回転させておく。
この工程が重要なのよ。
これをするだけで、俺の居合の速度が段違いに跳ね上がる。
そして、俺のクソ良い目で狙い澄ます。
狙うはあの鬼どもの首だけだ。
俺は妖怪首置いてけ。
んでその序でに、ランク戦だったらカメラがあるであろう位置を即座に予測し、画角を意識しながら立ち位置を微調整する。
ん……よし、ここら辺じゃろ(適当)
それら一連の動作が終われば、一気に全身に流した微弱な呪力を全力開放し、居合の構えをとって──
──はい、今。
「──旋空孤月」
そして、戦いはクライマックスへ……。
呪霊の消失反応を尻目に、俺は渾身のカメラ目線をキメる。
ああ、これは大成功だわ。
そんな確信を抱きながら、圧倒的な余韻に浸る。
生駒の旋空気持ち良すぎだろ!
ヤッベェ、人生で初めて成功したわ。
あぁ……トぶぜ……。
成功体験って気持ち良いんだなぁ。
みつを。
────────────────────
禪院家本邸、大広間。
そこには幾人もの禪院家所属の術師達が集められていた。
部屋の中は騒然としており、各々の視線がたった1人の少年へと向けられていた。
「いやぁー、なんやオッカナイ呪霊やったな。俺死ぬかと思ってめっちゃ焦ったで、マジで」
禪院家本邸に帰還した龍人の、第一声がそれであった。
なんとも気の抜けた、1ミリも実感の籠っていないその言葉に、彼を嵌めようとした主犯格たる扇はブルりと身震いをする。
(なんなのだこの男は!?何故無傷で生還している!?相手は特級呪霊だぞッ!? たかだか12の小僧が1人で相手出来る程の存在ではないだろう!?……いや、だが任務に行く前とは明らかに雰囲気が変わっている。特級との戦闘で何か掴んだのだとしたら……話は変わってくる)
今回龍人が受けた特級呪霊討伐任務であるが、その主犯たる呪霊の名を、特級仮想怨霊──化身酒呑童子と言う。
高専によって登録されている特級呪霊は、2012年現在において15体。
その内の一体である酒呑童子は、特級の名に恥じない程の術式、呪力量を誇っており、高専をして五条悟派遣以外の祓除方法を思い付けなかった埒外の怪物。
それを龍人はたった1人、それも齢12歳という年齢で、無傷で祓ってみせたのだ。
そのあまりの理不尽さに、禪院扇は恐怖すると同時に、戦慄する。
任務に行く前とは明らかに違うその雰囲気。
それは特級呪霊との対敵によって、一皮剥けた事を意味していた。
その事実に気付いてしまった彼は、絶句する。
遂に誰の手にも負えなくなってしまったのだ、と。
邪魔な存在を消す為の計画だった筈。
それなのに、自分自身で彼が覚醒する為の一手を打ってしまった。
その事実が、彼の顔を強く歪ませる。
(計画は失敗かッ!このままでは彼奴の二の舞ではないか!?)
扇の脳裏に過ぎるのは、忌々しい落ちこぼれの姿。
呪力を持たない欠陥品。
禪院家を捨てた伏黒甚爾の姿であった。
「ほぉ、やるな龍人。単独で特級を祓ったか」
「いやいや爺ちゃん、俺の事見捨てたやろ。一歩間違ったら死んでたで?」
「最初から勝てると信じていた、と言えば?」
ニヤり、と笑う翁。
その姿と言葉に、龍人は笑う。
「俺は懐の広いイケメンやからな。許したる」
「今度飯にでも連れてってやるから、それで勘弁しとけ。クソがきが」
「忘れたらあかんで」
まるで仲のいい孫と祖父の様な会話。
普段からこの様な会話をしているのであろう事が容易に想像出来てしまう程度には、2人の雰囲気は気安いものであった。
それを見ていた他の人間達は気が気でなかった。
ただでさえ恐怖していた存在が、当主と親しそうに接しているのだ。
このままいけば乗っ取られる。
そんな最悪な考えが抑えられずに、幾人かが冷や汗をかく。
「なあなあ龍人くん」
ただ、龍人と直毘人が話しているだけだった空間に、自信と軽蔑に満ちた軽薄な声が響き渡る。
この異様な空間に於いても、禪院直哉はその他者を見下した態度を保ったままであった。
「ん?」
直哉に呼ばれた龍人は、直毘人との会話を切り上げると、顔を直哉の方に向け首を傾げた。
それを見ていた直哉はニッコリと嘲笑すると、周りが黙り込むのを待ってから、満を持して楽しそうに口を開いた。
「ホンマに君が祓ったん?それ、悟くんに頼んだんちゃうん?」
そんな彼から放たれたのは、ただの難癖であった。
何を話すのかと内心でちょっとワクワクしていた龍人は、彼の言い種に軽くズッコケそうになる。
それでもなんとか耐えられたのは、イコさんへの憧れか。
「俺が祓ったで?イッチの命を賭けてもええ」
「おい、人の命を賭けるな」
龍人にイッチと呼ばれた甚壱は、鋭い視線を彼に向ける。
それを受けてなお彼は、直哉を見たままだった。
直哉の難癖に動じる事もなく、淡々と対応する龍人ではあるが、ただ難癖を付けるのだけが彼の目的ではなかった。
「君、悟くんと密談しとったんやって?なんや彼からスカウト受けたらしいやん。ホンマは死ぬのが怖くて悟くんに頼ったんちゃうの?」
(スカウトの事バレてて草)
直哉の口から放たれたスカウトの話に、大広間に集まる一同騒然となる。
他の家に引き抜かれる。
それは、禪院家に於いては自身の家を売り、他家に取り入るのと同義。
禪院家第一主義である他の面々は龍人へと、信じられない者を見るかの様な視線を向ける。
「信じられない!我々の事を他家、それも五条家に売ったとでも言うのか!?」
「貴様はそれでも禪院の者なのか!?」
「恥を知れ!恥を!」
「この家から出ていけ!」
(ホンマ雑魚は御し易くてありがたいわ。少しは疑うって事が出来へんのかな?)
一様に騒ぎ出す面々を見ながら、直哉はただ1人笑みを深める。
自身の企みが順調に進んでいる事に対して、内心ほくほくであった。
ここに来て、龍人の迂闊な行動が浮き彫りとなる。
本人的にはスカウトが貰いたかっただけであるのだが、それ知った他の者がどう思うかは、また別である。
他家を下に見ており、さらには敵視すらしているとなれば、話は変わってくるのだ。
直毘人は直哉の話から黙り込んで、龍人の事を見つめるばかりで動こうとはしない。
直哉は依然としてニヤけたまま、龍人に嘲笑を向けている。
甚壱は目を見開いたまま、龍人を凝視している。
そして、他の者は悪し様に龍人を罵っていた。
(まて、この状況を上手く活かせれば或いは……)
それらを見ていた扇は、そこに勝機を見出す。
龍人が裏切り者の烙印を押されかけており、このままいけば恐らくは記憶を抹消した上で、禪院家を追放となる。
そして、現当主がその龍人と親しかったとなれば、一大スキャンダルである。
この状況を上手く扱える事が出来れば、このまま当主へと成れるのではないか。
そんな考えが、扇の脳内で浮かび上がる。
「なぁ、さっきから黙っとらんで、そこら辺話したらどうなん?」
「そうやな……」
遂に追い詰められてしまった龍人。
このままいけば、禪院家での立場を無くし追放である。
そうなって仕舞えば、彼と親しい双子がどうなるのか。
そんな簡単な予想が出来ない程、禪院龍人という人間はアホな訳では無かった。
龍人の言葉を固唾を飲んで待つ、直毘人達一同。
この部屋の雰囲気は、完全に直哉によって掌握されていた。
「……俺がスカウトに憧れてるって話したっけ?」
「「「「「………は?」」」」」
もれなく全員の惚けた声が、虚しく部屋に木霊する。
確かに、直哉の手腕は確かなものだったのだろう。
龍人の立場を無くすという目的に於いて、龍人が他家の人間に引き抜かれている、というのは強く不信感を煽れる材料であったのだろう。
それでも、禪院直哉という人間は、禪院龍人という異常者のイカれ具合を把握仕切れていなかった。
龍人の自分勝手さを計算に入れられていなかったのだろう。
彼は禪院龍人という人間を見誤ってしまっていた。
「俺な、何事でもええから誰かにスカウトされる奴って、モノすんごい強者やと思っとんねん。
せやからな、いつか高専にスカウトされるのを夢見とったんよ。まだかなまだかなってな? そうしたら、五条さんがスカウトしてくれるって言ってな。そんなん行くしかないやん? せやから俺、めっちゃ頷いたんよ。 だってスカウトやで?そんなんされたら頷く以外出来へんやろ!」
「ブッハッハッハッ!」
全員が訳が分からずにクエスチョンマークを頭に浮かべる中、直毘人だけが楽しそうに笑う。
龍人の言い分が愉快だからか、はたまたこの状況自体が愉快で仕方がないのか、或いはその両方か。
とにかく直毘人だけが、この状況で笑っていた。
「フッ、言いたいのはそれだけか、龍人よ」
「え?だってスカウトってカッコええやん?」
「そうだな」
「せやろせやろ」
「ああ」
直毘人は一頻り笑うと、龍人にこれ以上の言い分がないのか確かめる。
そうして、一度黙り込むと、それから楽しそうに目を見開く。
そうして大きく息を吸い込むと、口を開いた。
「お前は追放じゃあッ!!」
「アカ───ン!!!」
龍人はアホではないが、どうしようもないバカではある。
だから、選択肢をミスってしまった。
某お祭り男の様な叫び声が、禪院家に響き渡る。
この日、2012年6月の某日を以て禪院龍人は、禪院家を永久追放となるのだった。
・韜晦呪法:呪力に反応する黒い雲を自在に操る術式。用途は主に雲で視界を悪くしたり、呪力に反応する性質を利用して相手の場所を特定したりする。また、この雲は呪力の流れを阻害するという性質を持っており、敵は雲によって視界を塞がれた挙句、呪力操作が覚束無くなるという厄介ぶり。しかも術者本人は相手の居場所が分かるので、術式範囲の広大な辰彦とは相性が良い術式だったと言える。
・酒呑童子:高専に登録されている15体(2012年までで)の内の1体。「鬼主宴酒(きしゅえんしゅ)」という術式を持っていたのだが、龍人くんによって瞬殺された、禪院龍人被害者の会代表。領域展開も出来るくらいにはポテンシャル高め。殺した人間の血を酒に変えそれを摂取する毎に、配下の鬼の式神と、呪力量が増えていくという術式を持つ。また、1人の人間の血から出来る酒は1つだけである。
・直哉:彼はいったい何を企んでいるのか?
あの扇さんに悲しき過去が…!?
ある訳無いんですね。