イコさんっているやん? 作:猫又猫々
続きました。
6月16日、午前7時30分。
龍人によって気絶させられた真希が目覚めたのは、彼が禪院家を後にした6時間後の事であった。
跳び起きるかの様にして目覚めた彼女は、首を左右に振って辺りを見渡す。
彼女は起きてから真っ先に妹の姿と居なくなった少年の姿を探してしまっていた。
それも無意識のうちに。
だが、四方八方を行ったり来たりする彼女の視界に映るのは見慣れた自身の部屋であり、2人の姿は見当たらなかった。
そうして、周りに誰も居ない事を知った彼女は、ただただ拳を握り締める。
その手から血が滲むほどに強く。
「クソがッ……」
悔しさと、怒りの滲んだ声が、真希の口から漏れ出る。
激情に彩られたその声が、彼女以外に誰も居ない寝室に虚しく消えていった。
一方の真依はあれから睡眠も取らずに、ただただ茫然自失としていた。
ただ泣きじゃくる赤ん坊のように、部屋の隅で膝を抱え殻に閉じこもっていた。
そうして彼女は自身の現状を呪い、自分を置いていった少年へと思いを馳せる。
いくら灯に所属する術師と言っても、彼女は未だ11の幼き少女。
何処まで行っても彼女は、誰かに縋っていたい子供でしかなかったのだった。
「……どうして」
弱々しく震えた声。
限界に等しい真依の心から絞り出された言葉は、自分達を置いて行った彼への疑問だった。
しかし、その疑問に答えてくれる存在はもうこの家には存在しない。
その事実がまた、どうしようもなく彼女の心を苛んだ。
禪院家を1人で出て行った龍人。
彼に置いて行かれた少女達は、互いに絶望の朝を迎えていた。
それからしばらくして、2人の姿はリビングにあった。
今まで通りならば、龍人と、龍人の側使である理子も含めた4人で使っていた筈のリビング。
そこに居るのは今やたったの2人だった。
やっぱり理子さんもいない。
そんな考えが2人の脳内に浮かぶ。
龍人が家を出て行った後、置いて行かれたショックから泣き噦る真依と、気絶した真希を離れへと運んだのは、誰でもない理子であった。
真希と真依の事を心配した彼女は、自身が家を出る前に、最後に彼女達に手を差し伸べたのだ。
そうして、2人をそれぞれの自室のベッドへと運んだ彼女は2人分の朝食を作り終えると、自分の仕事は終わりだとでも言うかのように、荷物を纏めて禪院家を後にした。
実の所、龍人の側使であった彼女は龍人が追放処分を下されたと同時に、お役御免としてその雇用を終了させられていた。
元々は龍人の母である朱莉の側使としてこの家に仕えていた彼女だが、朱莉の遺言によって龍人の側使となったのだ。
そんな経緯があった事から、仕えている少年が家を出るのだから、必然的に彼女の仕事は終了したも同然。
そう判断した直毘人から多額の退職金を渡され、彼女も龍人と同様に家を追い出されたのだった。
可哀想な少女達に手を差し伸べる事すら出来ずに、置いて出て行かなくてはならない。
彼女はそんな歯痒い現状に歯噛みし、家を出るその最後の瞬間まで名残り惜しそうにしていたのだが、真希と真依がそれを知っている訳もなく。
唯々龍人と同様に自分達を見捨てた様にしか思えなかった。
「まあ、アイツが出て行ったんだから、理子さんが出て行くのも必然か……」
理子の残した朝ごはんを、もそもそと食べながら寂しそうに語る真希。
2人だけの空間に彼女のその呟きが嫌に響く。
それが益々自分達2人だけになってしまったのだという実感を強くする。
現実は非常だった。
それから数分、沈黙がその場を支配する。
「アイツが居ないと静か……だな」
「……うん」
いつもならば、これでもかと話しかけてくる筈の少年が居ない。
部屋を支配する沈黙が、そんな実感を伴って襲ってくる。
「たった1人の少年が居ないだけで、ここまで静かになるのか」と、真希は心の中で驚嘆する。
それ程までに、部屋の雰囲気はいつもと違い過ぎていた。
「「……ごちそうさまでした」」
結局その後も沈黙は続き、2人が朝食を食べ終えるその瞬間まで、互いの間に会話と呼べるものは存在しなかった。
自身の妹は完全に心を閉ざしてしまっている。
真希はそんな確信を得ていた。
いつもの真依ならば、真希の言葉に相槌を打ちつつ、楽しそうに自身も好きに喋る筈なのだ。
それがたった一夜明けただけで、必要最低限以外の事は喋らず、ずっと下を向いたままで、真希の目を見る事すらしない。
真希には、そんな彼女の様子が心配で仕方なかった。
そして心配すると同時に、こうも思ってしまうのだ。
姉である自分が何とかしないと、と。
真希にとって真依は大事な妹だ。
そんな自身の半身とも言える存在を、優しい彼女が放っておける訳も無かった。
朝食時に使った食器を洗って、食器棚へと片付けた真希は、ソファに座り項垂れている真依に話し掛ける事にした。
どうにかして、彼女に元気を取り戻して欲しいという、エゴとも言える感情が真希の身体を突き動かしていた。
「なあ、真依」
真依からの返事は無い。
それでも彼女は真希へと顔を向けた。
その、闇に彩られた真っ黒な瞳を向けた。
──ゾクゾクゾクッ。
真依の顔を見た真希の背中に、寒気が奔る。
瞳の中は深淵とも見間違う程の闇に彩られ、目の下にはくっきりと濃い隈が刻まれている。
尋常じゃない。
真希は自身の妹の顔を確認して、一瞬でそう勘付いた。
「……真依。私、な……」
言葉に詰まる。
分からない。
何を言えば良いんだろうか。
真希は彼女を元気付けるだけの言葉を、持ってなどいなかった。
それでも、必死に言葉を絞り出す。
どうすれば、彼女の心を引っ張り上げられるのか。
ただそれだけを必死に思考する。
「……私な、今以上にもっと強くなりたい」
「……急に、何?」
弱々しく、今にも消えてしまいそうな声だった。
真希の言葉に返ってきた真依の声は、とても儚くて、弱々しくて。
それを聞いているだけで彼女を抱きしめてあげたくなる。
それでも、その衝動をグッと堪えた真希は、話を続ける為に口を開く。
真希は必死だった。
「誰よりも強くなって、禪院家当主に私がなるんだ。そんで、あのうぜえ顔面にいつか1発ブチかまして、アイツを連れ戻してぇんだよ。オマエなら分かるだろ?」
強くなって禪院家当主となり、龍人を連れ戻す。
それが彼女の目的であり、彼女の強くなりたい凡その理由であった。
「……どうして、連れ戻すの? 私達を置いて行ったんだから……帰ってきてくれるかなんて、分かんないじゃん……」
此処に来て、やっと真依からまともな反応が返ってきた。
その事にほんの少しホッとしながらも、真希は真依の質問に答える。
真希は今、失意のドン底に居るであろう妹を焚き付けようとしていた。
人の持つ熱は、時として他者の心を動かす原動力となる。
以前、龍人からそんな事を聞かされていた真希は、たった今それを実践していた。
「私はアイツが出て行ったのには、何か裏があると思ってる。じゃなきゃアイツがそう簡単に約束を破る訳がねえ! 絶対に裏がある筈なんだ……。だから私はアイツを連れ戻す、絶対にだ。まあ、その前に1発ぶん殴ってやるけどな」
今までの生活から、龍人が簡単に約束を破る様な人間ではないと、彼女は心底理解している。
だからこそ彼女は、「龍人が約束を破ったのではなく、破らざるを得ない状況になってしまったのではないか」と、予測を立てていた。
また、その様な状況を作り出したのが禪院家の誰かである、というのも簡単に予測が出来ていた。
何故なら、龍人は良くも悪くも目立ちまくっていた人間だ。
そんな彼を邪魔に思っている連中は少なく無い。
龍人への陰口を普段耳にしていたからこそ、彼女はその事をよくよく理解していた。
それらの事情から彼女は、禪院家へと不信感を抱いていた。
龍人を追い出したのではないのか、と疑っていたのだ。
その考えに行き着いた彼女は、龍人を連れ戻したいと思ったのだ。
連れ戻して、また3人で一緒に生きたいと思ったのだ。
しかし、それを叶える為には当主になる事が絶対条件。
だから彼女は自身が当主になるという目標を立てた。
全ては、また3人で居る為に。
「……そっか。頑張ってね、お姉ちゃん」
そんなぶっきらぼうな言葉と共に、真依の暗い瞳が真希の顔へと向けられる。
フニャっと、力なく彼女は笑うと、そうして一拍の間を置いて、再び口を開いた。
「──私はもういいや」
真希の期待も虚しく、真依からの返事は空虚な諦めの言葉であった。
「……ッ!」
その姿に真希は「そうじゃないだろう」と叫びそうになって、喉元でその言葉をグッと抑え込む。
ちょっとでも油断してしまえば、妹に怒鳴ってしまいそうであったから。
真希から見た真依という人間は、誰かの為に動く事が出来る強くて優しい子、である。
過去に真依は、「頑張る2人の為に」と、灯に入隊してまで強くなる事を選んだのだ。
だから今回も、「頑張るお姉ちゃんの為に」などと言って、一緒に強くなろうと奮起してくれるだろう、と真希は予想していたのだ。
期待していたのだ。
それなのに、返ってきた言葉は全くの別物であった。
私が頑張るのだから、オマエも私と一緒に頑張ろう、だなんて。
そんな自分勝手が罷り通る程、そう現実は甘く無かった。
真希の予想とは裏腹に、真依にはもう頑張る為の、もう一度立ち上がる為の、熱が無かった。
気持ちを動かし得るだけの熱が無かった。
自分の嫌いな、痛みや、恐怖に耐えれるだけの理由が、彼女にはもう存在していなかったのだ。
時に他人の持つ熱は、人を動かす原動力となる。
だがそれは、相手にほんの少しでも熱が有った時だけの話に限られる。
水に火を点けようとするが如く、熱の無くなった人間を動かす事は出来ない。
熱の無くなった空っぽな人間をどれだけ焚き付けようとも、それは只々無駄でしか無いのだ。
例えその空っぽな筈の人間が、再び動き出したのだとしても、それは当人に熱が戻っただけであり、他人の熱に充てられたからなどという事では決して無いのだ。
「何で、だよ。真依も一緒に……」
真希の言葉が尻すぼみに縮んで消えていく。
気付けば彼女は、歯を食いしばり、手を力一杯に握り締めていた。
その手からは血が滴り落ち、床のカーペットを赤く染めていく。
涙で滲みそうになる目を必死に我慢して、彼女は激情のままに口を開く。
必死に抑えていた戸口が、遂に開いてしまった。
「オマエはこのまま落ちぶれていってもいいのかよ!? 私達を置いてったアイツを、私達を虐めてきたクソ共を見返さなくてもいいのかよ!? オマエは……悔しくないのかよ!」
激情に流されるままに、ついカッとなってしまった真希は、気付けば妹へと掴みかかりながら、そんな事を叫んでしまっていた。
「──私はッ!!」
一際大きな声が、空間を裂いた。
それは、真希ですら今までに聞いた事のない、喉が張り裂けそうな程の叫びであった。
下を向いて力なく項垂れていた真依の顔が、その叫びと共に持ち上がる。
そうして真希の目に入ってきたのは、瞳に涙を浮かべた大切な妹の姿であった。
「……私は、呪術師になんてなりたくなかったッ! 痛いのも、努力するのも、怖いのも、もう懲り懲りッ!! 私はあの人の為に頑張ってただけなのに……あの人は私を捨てた! だったらもう、落ちぶれたって良いじゃん! 適当に雑用こなして、適当に生きて、適当に知らない男の人と結婚して、それでもう良いじゃん!? それなのに、どうしてこれ以上頑張ろうとするの!?」
真依のその心からの叫びに、真希の顔が曇る。
それは、真希ですら知らなかった彼女の本心。
真希は知らなかったのだ。
本当は彼女が、頑張りたくなど無かったのだと。
だからこそ、真依のその叫びを聞いて、真希はどうしようもなく、自身の愚かさを悟ってしまった。
勝手に妹の内面を知った気になって、自身のエゴで妹の気持ちを踏み躙ろうとしたのだ。
それは許されざる傲慢だ。
真希の侵していい領分では無かった。
「……無理だよ、お姉ちゃん。これ以上頑張るなんて、私には無理だよ……」
「……そうかよ。オマエはそれで満足なのか?」
「…………」
真依からの返事は無かった。
ただ真希の問いかけに対して、沈黙を貫くのみだった。
真希は思考する。
このまま真依と落ちぶれた先に待つ未来を想像して、その未来で生きる自分自身について考える。
適当に家で雑用を熟す日々。
家で扱き使われる事を我慢して、適当に暮らして、いつか良く分かりもしない男と結婚して。
そうして、適当に寿命を使い潰して行く未来。
真希にとってそんな生活──
「──自分自身を嫌いになりそうだ……」
そんな生活を送るくらいなら死んだ方がマシだ、なんて。
そんな事を思ってしまう。
彼女にとって、自分らしく生きられない事は、何よりも詰まらなくて、そんな生き方を選んだ自分自身を嫌いになってしまいそうで仕方がなかった。
だから、此処で2人が別れるのは必然だった。
元々2人は互いに背を向け合って居たのだろう。
スタート地点は互いに同じでも、そこから向かう先は全くの逆。
どれだけ歩幅を合わせようとした所で、2人が一緒になる事など最初から無かったのだ。
「私には私の生きたい未来がある。どれだけオマエが大切な妹でも、そんな未来私は願い下げだね」
ヒュッ、と息を吸い込む音がした。
「だから、オマエとは一緒になれないよ」
結局、真希自身が当主になれば、真依が不当な扱いを受ける事は無くなるのだ。
だったら別に、今此処で真依が落ちぶれたのだとしても、自分が強くなれば全てが解決するのだ。
その思考に辿り着いた真希は、掴んでいた真依をゆっくりと離すと、用は済んだとでも言うかの様に、彼女から視線を外す。
「私は先に行くよ真依。やっと明確な目的が出来たんだ。それを叶える為に私は──」
それは、彼女なりの決意だった。
覚悟は決まった。
「──強くならないと」
今此処で決別する事こそが、彼女にとって決意の証だった。
今此処で切り捨てられない程度の温い心では、きっと将来で後悔する事になる。
そんな確信の下、彼女は自身の半身を切り捨てる事に決めた。
「ゴメン」
謝罪の言葉を呟いた真希は、たった一人で歩き出す。
定まった目標に向かって、一直線に歩き出す。
一度決まったのなら、後は歩き続けるだけなのだから。
後ろへは振り返らない。
歩みを止める事も無い。
覚悟は既に決まっているのだから。
「……お姉ちゃん」
床に力なく崩れ落ちた真依は、自身から離れていく姉の背中を見つめ続ける。
近いようで、あまりにもかけ離れてしまっていた彼我の距離を。
全てに絶望した彼女は、唯呆然と見つめ続けていた。
────────────────────
2012年6月16日、午前2時30分。
気絶させた真希を真依に託し、「高専で待つ」などと言ってそのまま姿を消すという、敵側の強キャラみたいな事をした龍人は、自身の荷物であるキャリーケース片手に、取り敢えず駅周辺部に向かおうと、京都の街中をマイペースにとぼとぼと進んでいた。
側から見れば子供が真夜中に、大きなキャリーケースを引いて歩いているという、警察もびっくりの光景を作り出している龍人。
そんな事を梅雨も知らずに、これからどうしようかと思案していた彼は、取り敢えず追放処分をくらった事を五条に伝えようと思い立ち、歩道の傍に逸れてスマホを取り出した。
「五条さんて、寝るんか?」
そう言いながら彼は、連絡先に登録された五条へと電話をかける。
プルルルと、鳴り出す呼び出し音。
それを聞き流しながら待つ事数秒。
『もしも〜し、寝起きでもイケボな五条さんだよ〜』
電話相手である現代最強の術師は、なんとも暢気そうな声で電話に出た。
それを聞いていた龍人は「うお…スッゲェイケボ」などと変な事を考えながら、要件を話し始める。
相変わらずバカはバカなままであった。
「もしもし五条さん?龍ちゃんやけど」
『おお、龍人じゃんお久ー。何々? この五条さんが恋しくなったのかい?』
五条はなんとも楽しそうに答える。
そこには、睡眠を邪魔された怒りなど微塵も無かった。
その事に内心少しだけホッとしながら、龍人は口を開いた。
「禪院家追放されてもうたわ」
『マジで?』
何て事でもないかのように語られた内容に、携帯の向こうでそれを聞いていた五条の笑みが深くなる。
「マジマジ」
『ナニソレ、ウケんね』
そして、爆笑した。
(面白くないわ!)
五条に爆笑された龍人は、何も面白くなどなかった。
龍人自身にとっては楽しみの1つを奪われた様なものだ。
それは、好きだったゲーム機を壊してしまったのとほぼほぼ同義な訳で、数日は引き摺る程の精神的ダメージを負っていた。
だが龍人は、そんな内心を易々と表に出す男ではない。
いつかイコさんになる事を、至上の喜びとして、今を直向きに生きている様な奇人だ。
いつだって生駒達人である事を意識しているプロフェッショナルな彼に、隙は存在しなかった。
「どないしよ? あ、取り敢えずご飯でも食いにいかん?」
取り敢えず龍人は、真夜中に五条を飯に誘う事にした。
そこにどんな思考が存在し、どんな過程を経てそうなったのかはイマイチ判然としないが、龍人は取り敢えずでそんな事を言っていた。
『フフ。明日の朝、始発で東京に来ると良い。駅に迎えを寄越すから取り敢えず高専においで』
「『明日の朝、東京に迎え』、了解」
五条の言葉を反芻した後、内容を理解した龍人は続け様に雑談を開始する。
この少年にとって他人の都合など、あまり関係など無いのかも知れない。
改めてそんな事を考える五条。
夜中に電話を掛け、剰え寝起きの人間を飯に誘い、さらには要件を伝えた後も電話を長々と続ける。
此処だけを切り取れば、かなり迷惑な輩であった。
その後、20分もの間龍人と五条は雑談を行う事となる。
龍人の雑談は止まるところを知らなかった。
因みにその間五条は「何だコイツヤッベー」などと考えているのだった。
龍人と五条の電話が終わったのは午前3時頃。
これは、龍人が高専に到着する約10時間前の出来事であった。
────────────────────
6月16日、午前10時頃。
龍人が高専からの迎えの車内にて、長々と揺られている頃。
禪院家本邸のとある一室。
畳張に和風家屋然とした、禪院家本邸の数ある部屋の中でも一般的な作りであるそこで、3人の人物が腰を据えて話し合っていた。
「それで、お前の目的は何なのだ?直哉よ」
部屋に集まっているのは、3人の中では1番若い金髪の一見チャラそうな年若い男──禪院直哉と、腰に刀を穿き長い髪を結っている初老の男──禪院扇。
そして、濃い髭を生やし、黒い長髪を乱雑に伸ばした男──禪院甚壱の、禪院家の中でも高い地位に就く3人であった。
「嫌がらせ以外にあらへんやろ?そんなん誰が見ても一目瞭然やん」
扇の問い掛けに、直哉が軽薄に応える。
一種の煽りとも取れる、その言葉を聞いても尚動じないのは、扇の積んできた多様な経験によるものであった。
「あのクソガキに嫌がらせしたんねん。俺はあんな偽物認めてへんからな」
「強さを認められん2流は3流としか言えんぞ、直哉よ。貴様のそれは、ただの私怨ではないのか?」
直哉の物言いが余程気に障ったのか、甚壱は不快感を露わにする。
「顔面ド3流が喋んなや。私怨がなんやねん。気に食わんからやる、それが嫌がらせやろ?」
そんな彼からの言葉も虚しく、直哉はヘラヘラと笑いながら彼へと、嫌がらせとは何たるかを語っていく。
「嫌がらせと言っても、あの男はもうこの家には居ないのだぞ。どうする気だ?」
「あのガキの事や、きっと今頃悟くんに拾われてるんちゃう?ほんで、高専に入学する筈や。そんなら歳下の奴らが入って来た時に、知る事になんねん。ずっと自分の側におった女が、眼中にすら無かった男の便器にされとる事をな」
扇の疑問に答える直哉の顔は、悪辣に歪む。
「ほんならあのガキ、どんな面するんやろなぁ?」
嫌いな人間への嫌がらせに、少女達の人生を踏み躙る事を何とも思ってすらいない、その悪性。
彼は本物のクズであった。
「あ、扇のオジさんの娘、2人とも壊すけど別にええよな?」
「ふん、あんな出来損ないの事など好きにしろ。アレらは、私には必要の無かった物だ」
扇の答えは実の父親とは思えない程に、冷徹で残酷なものであった。
禪院扇にとって娘という物は、自身の足を引っ張るだけの足枷でしかない。
だからこそ彼が彼女達への配慮をするなんて、万に一つもあり得ない事であった。
「出来損ないの子供を持つと責任転嫁が出来てええなぁ。俺やったら恥ずかしくて死んでるわ」
直哉がその言葉を放った瞬間。
部屋の中で呪力が膨れ上がった。
「何が言いたい?」
扇から放たれる強烈なプレッシャー。
それを間近で受けている筈の直哉は、何とも涼しい表情であった。
「いや? なんやオジさん、当主になれんかったのを娘の所為や言うてるらしいやん」
「それが事実だ。彼奴ら出来損ないが、私の道を阻んだのは偽り様の無い事実」
「ふふ、頭ん中空っぽなん?」
扇の額に青筋が浮かぶ。
直哉の煽りをもろに食らった扇は今にも手が出そうであった。
しかし、そんな剣呑な雰囲気を、至極詰まらなさそうな声が突き破る。
「聞くに堪えんな。俺はそんなものに付き合うつもりなど無い。お前ら2人で好きにやるんだな」
甚壱は心底不愉快そうに立ち上がる。
彼は直哉のゲスな行いに付き合うつもりなど、端からなかった。
彼の性悪さは理解していたつもりだった。
それでも話だけは聞こうとこの話し合いに参加したのが間違いだったのかも知れない。
甚壱はそんな事を考える。
「ええ〜、なんや付き合い悪いやん? ああ……そーいや甚壱くんは、あのガキと親しかったんやっけ?」
「直哉。人を煽るのは良いが口には気を付けた方が良い。人を呪わば穴二つと言うだろう?」
「甚壱くん、そんな見た目でインテリ系は人気出んわ」
「知るか」
甚壱は炳において、龍人と唯一関わりのあった人間だった。
彼の強さに敬意すら感じていたし、彼の人格を好ましく思っていた人間だ。
10歳という若さで特別1級術師になるのは、容易な事ではない。
だが、それを成し遂げるだけの龍人の努力を、甚壱は知っていた。
だからこそ、彼は龍人と関わりを持ったのだ。
龍人と知り合いであった甚壱にとって、直哉の企みは不愉快な物でしか無く。
彼らと同じ空間に居る事すら、甚壱にとっては、龍人への裏切りの様な気がして耐えられなかった。
(龍人よ。死ぬなよ……)
部屋を出る直前、甚壱は心中にてそんな言葉を溢す。
あのバカは、よっぽどの事が無い限りは死なないと頭で分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
「チッ! 調子狂うわぁ。何やねんあのブス」
「出来損ない共の事は好きにしろ。だが、お前の悪趣味な企みを手伝う程、私も暇では無いのでな。これにて失礼する」
扇もまたそれだけ言い残すと、甚壱に続く様にして部屋を後にする。
「腰抜けが。……まあええわ、俺1人でやった方が邪魔が少なく済むしな」
それをつまらなそうに眺めていた直哉は、気を取り直すと悪辣に笑う。
だが、直哉は気付かない。
近い未来双子に手を出す事はおろか、会う事すら不可能な事態になるという事を。
「楽しみやなぁ。一体どんな面すんねやろ」
直哉自身既にただの道化だという事を、彼は自覚出来ていない。
本物の道化は、道化である自覚すら無いままに踊る。
どこまでも無様に、踊り続ける。
呪術廻戦のアニメヤバイっすね。
見てたら久しぶりに書きたくなりました。
誤字報告、感想、評価、お気に入りありがとうございます。