Flos qui in fine vanitatis floruit   作:霜山美月

1 / 12
※プロローグ


Post pluviam / 雨上がり

 覚醒した意識が最初に知覚したのは、埃に塗れ朽ちた木材の、腐った果実のような甘ったるい匂いだった。

 寝惚け眼を擦りながら身を起こそうとして床に手を着いただけで、傷んだ床材は不気味な音を立てて軋む。起き抜けの脳内にかかった靄を払うのには最適の代物だ。

 

 今にも抜け落ちそうな床の上でなんとか立ち上がると、今度は一定のリズムを刻んで緩やかに滴り落ちる水音、ひび割れた窓ガラスが時折強風に打たれて揺れる音が耳朶を打つ。台風でも接近していたのだろうか、私たちに知る術はない。

 昨夜の豪雨のおかげでずぶ濡れになった私たちは、雨風を凌ぐためにこの廃屋に逃げ込むことを余儀なくされ、月明かりの差し込む隙間さえある屋根が崩れ落ちないことを祈りながら、穏やかな夜明けを待つ羽目になっていた。

 

 携帯の充電なんか数日前に切れているから、今の時間も今日の天気予報も知り得ない。ただ、窓の外は依然として暗闇に包まれており、しかしながら雨粒が屋根を激しく打つ音はいくらか鳴りを潜めている。

 あとは未だ幅を利かせている風の音に目を瞑ればゆっくり朝を待つこともできるだろうが、一度狂ってしまった体内時計を矯正するのは簡単なことではない。嵐が過ぎ去った後の惨状を知る由もない仲間たちの寝息を背に、私は窓際へ向かって歩みを進めた。

 

 わずかに残った水滴を散らしながらがたがたと荒ぶる窓ガラスに触れ、うっすらと反射した自分の顔を見つめる。別に物悲しげだとかやつれているだとか、そんな様子は見受けられない。些か表情の乏しいようにも見えるけれど、それも含めていつも通りの私、いつも通りの秤アツコという人間だ。

 それもそのはず。人気のない無法地帯を転々とする目標のない逃亡生活には慣れているし、この真夜中に目を覚ましてしまったのも、日頃から仲間に知られないよう、あの人と会う時間を作っているせいだから。

 

 空腹や身体の節々の痛みくらい、辛くも悲しくも何ともない。これが、私にとっての日常。

 あの人が救い出してくれる前と比べれば、むしろ自由でこの上なく希望に満ち溢れた日常だった。

 

 けれど、ひとつやるせなさを感じるとすれば、窓ガラスの向こう側に映る植物たち。

 鮮やかな彩りを見せていたはずの花々は、長時間降り続いた雨水に根こそぎ掘り起こされ、月の光に照らされながら濁った泥水に浮かんでいる。

 できることなら助けてあげたかったのに、仲間に手を引かれて脇目も振らず廃屋へ逃げ込んだ私は、ここ数日で蓄積した疲労に抗えず、間もなくして意識を手放してしまった。あの子たちは私と違って、自ら雨風から逃れることもできないのに。

 

 しばらく吐息で曇るガラスを指先でなぞりながら外を眺めていたが、ふと思い立ってその場を後にした。私は変わろうと、自分のすべきことは自分で決めようと誓ったはずだ。

 選択するまでもなく断念してはいけない。自分で考えて行動し、最後まで諦めないことが大事なのだと――あの人だけでなく、私の大切な旧友も、そう教えてくれたから。

 

 上着を羽織ってぎしぎしと不協和音を鳴らす床を急ぎ足で進み、フードを被って玄関の扉を潜る。雨はまだ止んでこそいないものの、まるで滝行でもさせられているかのような、大粒の雫が激しく打ち付けられる感覚はもうない。

 

 電気の通っていない廃屋の敷地内を、雨雲の隙間から顔を覗かせる月の光だけを頼りにして駆ける。不安定な地面に躓きそうになりながら裏庭へ回ると、そこには葉も根も茎もすべて水面に投げ出して萎れている花々の姿があった。

 ここはゲヘナやトリニティの自治区のように人員と費用を割いて管理されている地区ではないから、土壌が草花が育つのに適しているとはとても言えない。そんな中で人知れず必死に生きてきたのに、たった一夜ですべて奪われた花々を見て――最初から予定されていた死を待ち続けるだけだった、あの人に助け出される前の私の姿を重ねてしまったのかもしれない。

 

 私の身体は考えるより先に動いていた。

 この子たちはもう助からないかもしれないけれど、可能性があるならすべきことはひとつだ。

 泥水に浸かっている花たちを両手で掬い上げては、なるべく優しく、傷つけないようにそっと、辛うじて土としての形状を保っている軒下に植え直していく。

 

「……こんなことをしても無駄かもしれないけど」

 

 ぽつり、雨音に消え入るほどの声量で、誰に向けるともなく呟く。

 それでも、何もせずに見捨てることだけはできなかった。

 あの人が私を救ってくれたように、今度は私が誰かを救う番だ。

 それがたとえ、無意味な自己満足に過ぎなかったとしても。

 

「……っ」

 

 そうして水溜まりと軒下を何往復かした時、泥濘に足を取られて体勢が崩れた。そのまま尻餅をついて、手にしていた一輪のマーガレットが雨粒とともに地面に落ち、泥水の中に溶けていく。

 不快な地面の感触も、泥だらけになった上着や手袋も、慣れてしまった土の匂いも、止む気配のない雨の音も、すべてが意識の外であるかのよう。不変の空間が永遠を感じさせる中、額に張り付く前髪越しに、呆然とその光景を眺めていた。

 

「……」

 

 小さく溜息をつき、バランスを崩しそうになりながらも立ち上がる。

 救い出せた子はこれでやっと半分くらい。私が今こうしている間にも、あの子たちは生きるために根を張る場所すら奪われて苦しんでいる。

 助けなきゃ。私もそちら側の人間になるために。

 

「……姫、何してんの?」

 

 突然背後から掛けられた聞き覚えのある声に振り返れば、黒髪の下から生気のない瞳を覗かせる少女が、窓の縁に頬杖を付きながらこちらを見下ろしていた。

 

「ミサキ……」

「何、その恰好。小学生じゃないんだから泥遊びも程々にしてよ」

 

 アリウススクワッドの仲間――戒野ミサキは、呆れた表情で忌まわしげに言う。

 彼女も壁際で眠っていたはずだ、廃屋を出る際の足音で起こしてしまったのだろうか。もしそうなら、少し悪いことをしてしまった気分だ。

 

「ヒヨリは?」

「まだ眠ってる。……こんな場所、こんな天気なのに爆睡してるよ。神経が図太いのか、鈍いだけなのか」

 

 ミサキは私の問いに答えると同時に、大きな欠伸をした。

 私たちアリウススクワッドの元リーダーこと錠前サオリが不在の今、彼女に代わってミサキが私たちを率いていた。……率いるといっても、私とミサキの他には今も熟睡中の槌永ヒヨリしかいない、たった三人の無意味なグループなのだけれど――ともかく、最初は荷が重いだの何だの文句を垂れていたくせに、ミサキは思いのほか真面目に私たちの面倒を見てくれている。以前に増して眠そうに見えるのもそのせいだろう。

 

「で、姫がこんな真夜中に泥だらけになってるのも理由があるんでしょ」

「うん。この子たちが可哀想だったから」

「この子たち……」

 

 私の言葉を反駁しながら、ミサキは私の足元に視線を移す。その先にあるのは、濁った水面に歪に散らばる色とりどりの花々。

 豪雨という災害が産んだ自然の変化の例に過ぎないその光景を見て、彼女はすべてを察したかのように深くため息をついた。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 ミサキは吐き捨てるように言うと、瞑目しながら窓先から姿を消した。

 実際、客観的に見れば私の行動は愚か極まりないものだと思う。冷たい雨に打たれ、濡れた衣服の不快さに耐えながらすることが、誰も管理していない廃屋の庭にひっそりと咲く花の世話だなんて。

 彼女が呆れてしまうのも仕方がない。そう納得して、水溜まりの方へ振り返ると。

 

「……別に、私たちのものでもないのに」

 

 先程また二度寝に向かったものと思っていたミサキが、私の視線の先で、泥水に浮かんだマーガレットに手を伸ばしていた。

 

「ミサキ……?」

「……まったく。風邪引く前に終わらせよう」

 

 泥だらけの手で拾い上げたそれを、ミサキは私が植え直してきた花の横にそっと添えた。一度根が野ざらしになってしまったこの子たちはもう助からないかもしれない、そんなことくらい彼女もわかっているはずなのに。

 

「……姫、こんな感じでいい?」

「うん……ありがとう、ミサキ」

「別に。姫に風邪引かれたら私がリーダー……あー、サオリに怒られるし」

 

 ぶっきらぼうに言いながら、ミサキは残りの花たちの待つ水溜まりの方へ向かう。私もそれに続き、上着についた泥を払って救出作業を再開した。

 

 目立った会話もなくなんとかすべての花を救い出した時には、既に周りが明るくなり始めていた。日の出まではそう長くない。いつの間にか雨脚も弱まっており、それらにも気付けないほどには集中してしまっていたようだった。

 

「……もうすぐ夜明けか。姫、大丈夫?」

「うん。ミサキのおかげで早く終わった」

「この量、ひとりで片付けてたら確実に風邪引いてたよ。姫はもう少し自分の身体を労わって」

「それは……ごめんなさい」

「……ま、終わったからいいけど。もう戻ろう、服乾かさないと」

 

 ミサキはそう言って踵を返すと、私を待たずに歩き出す。

 多くを語らないその背中を追っていると、ふと微笑みが溢れた。

 

 サオリ――サッちゃんが自分探しのために離脱した今、私たちアリウススクワッドのリーダー的ポジションはミサキに引き継がれていて。

 また誰かに復讐しようと策略を企てたりするわけでもないから、指揮を執るような仕事もなくなったけれど……彼女は彼女なりに、この逃亡生活の最中で私とヒヨリを気にかけてくれている。それは今この瞬間も然りで、普段は素っ気なくても、隠しきれていない優しさに私は助けられていたのだ。

 

「ねぇ、ミサキ」

「……何?」

 

 私が呼び止めると、彼女は濡れた髪を指先でいじりながら、気怠そうに首だけでこちらへ振り向いた。

 夜明けを待ちわびているカラスたちが揃って輪唱し始めるのを背に、柔らかな地面を踏みしめながら私は言葉を紡ぐ。

 

「アズサが感じていたことって、こういうことなのかな」

「……ごめん、何の話?」

 

 ミサキは私の突飛な発言に数瞬戸惑いを見せてから、細い首を風に靡く花茎のように傾げる。私たち『家族』の一員に等しかった彼女の名前に応えてか、その虚ろな瞳は続きを促しているように見えた。

 

「アズサは、トリニティでできた新しい友達と、色々なことを勉強して努力して、色々な可能性を見つけていた。あの日久しぶりに見た顔つきは、私たちと一緒だった頃とはまるで別人みたいだった」

 

 雨雲の向こう側の空を見上げながら、一ヶ月と少し前くらいの、私たちと決別するために現れた彼女の姿を思い出す。

 白洲アズサ――それは、私たちアリウススクワッドの元メンバーで、サッちゃんが教育指導を買って出たとある少女の名だ。

 彼女は年齢こそ私よりひとつ上だけれど、その身形は私よりも小さくて、それでいて反抗心はメンバーの誰よりも強い子だった。自由の二文字からは程遠かった生活の中で、いくらサッちゃんがすべては虚しいものだと教えても、私たちが当たり前のように納得していた不条理に抗い続け、最後にはその身ひとつで私たちと敵対することを選択した……悪く言えば無鉄砲、良く言えば不撓不屈を体現したかのような、そんな子。

 

「私たちがあの子に勝てなかったのは、虚しさに抗い続ける強い決意が、自分の望み通りに生きようとする独立心が――そして、大切な友達の居場所を想って戦う覚悟が足りなかったから。サッちゃんだけは私たちをよく見てくれていたけれど……私たちは長年一緒にいたくせに、どうやって共通の憎しみに終止符を打つかを考えてばかりで、互いのことをほとんど理解し合えていなかった」

 

 エデン条約調印式の妨害、キヴォトス情勢の混乱、ゲヘナとトリニティの破滅、アリウスによる支配。

 かつての私たちは『習った憎しみ』に応え、絶望を叶えるだけのオートマタ――その関係は言わば、運命共同体に過ぎなかった。

 身寄りのない者たち同士が集まった『家族』と呼ぶことはできても、ともに切磋琢磨し合う絆はない。益体もない傷の舐め合いはできても、 咤激励し合う余裕はない。

 そんな生き方をしていたからこそ、亜麻色髪のお下げが印象的な少女とアズサの関係に憧れて。

 そんな私でも、アズサのように変われるのかもなんて夢を抱いてしまって。

 

「そんな私たちでも、これからアズサたちに負けないような、いい友達になれると思う?」

 

 虚しい運命共同体のひとり、戒野ミサキの瞳をまっすぐに見つめながら、私は問う。

 だんだんと薄明を迎えゆく灰色の空の下、ひんやりとした秋雨に打たれていることすら忘れながら見交わしていると、先にそっぽを向いたのは彼女の方だった。

 

「……本当、今となっては厄介な関係だよね。私たち」

 

 ミサキは上着のポケットに両手を突っ込み、半分だけ振り返りながら、吐き捨てるように言う。その視線は、回答に当てはまる言葉を探しているかのように地面を彷徨っていた。

 

「腐れ縁というか、何というか……なるべくしてなった被害者同盟みたいな関係から逃げられずに、いつの間にかこんなところまで来ちゃった。私は何度も終わらせようとしたけど、最後の一歩を踏み出すことさえできなくて、その度にサオリに引き止められて」

 

 彼女が苛立ちを誤魔化すように地面に転がる小石を蹴飛ばすと、それは飛び越えるのも憚られるほど大きな水溜まりの上を一度二度、三度四度と跳ね、ついには沈むことなく向こう側の土の上に転がった。

 その様子を見届けながら、彼女は自虐的に笑う。

 

「……多分だけど。正直、居心地は悪くなかったんだと思う。飼い主を失った猟犬がひとりでできることなんてどうせ何もないと思っていたけど、その点、危なっかしい姫やヒヨリがいてくれると退屈はしないし……私にも役目があるって、改めてわかったから」

 

 一度言葉を切ると、彼女は再びこちらを見た。

 前置きは冗長で、彼女らしく遠回しな表現だったけれど、彼女もきっと私と同じ気持ちなのだろう。どこか恨みがましさすら感じる眼差しがその証左だ。

 

「だから、まぁ……今からでも遅くはないんじゃない。……時間なら持て余すほどあるしね」

「……うん。私もそう思う」

 

 私が一拍置いてからそう返すと、ミサキは小さく鼻を鳴らしてから目を背ける。そして踏み出した一歩に負けじと追いつくと、私は彼女の横に並んだ。

 

「ありがとう、ミサキ」

「……何なの、本当に」

「ほら、早く戻ろう」

 

 心からのお礼を口にして彼女を追い越し、埃の臭いの染みついた廃屋へ足を踏み入れた。天井から雨の雫が滴り落ちる廊下を潜り抜け、休憩場所に選んでいた部屋へ向かう。そうこうしているうちに窓の内から見える空は白んでおり、晴れ間が覗いていた。

 思わずふっと笑みを漏らしながら奥の部屋に戻ると、熟睡中と聞かされていたはずのヒヨリの姿がない。彼女も目を覚ましてしまったのかと思えば――入口に近い部屋の隅で、青緑色の髪を左側側頭部で結い上げた少女が、体育座りをしながら縮こまっていた。

 

「……ヒヨリ?」

「姫ちゃん……?」

 

 私に声をかけられて、ようやく彼女は顔を上げる。その顔がいつもより一層青ざめているのは、秋雨がもたらした涼しさのせいではないだろう――そう確信した瞬間に、彼女は両手で顔を隠しながらまくし立て始める。

 

「うわぁん……私だけ役立たずだからって置き去りにされたのかと思ってました……! こんな人の寄り付かない場所に放置されて、誰にも見つけられることなく、この家と同化して忘れ去られてしまうのかと……裏切られる前に裏切らないと辛い思いをするだけなんだと……!」

「ヒヨリ、落ち着いて。私たちは仲間……友達だよ。見捨てていくはずない、裏切るなんて言わないで」

 

 その手をよけながら見慣れたヒヨリの涙をポケットの中のハンカチで拭おうとして、しかしそれもびしょ濡れになっていることに気付いて……ちょっぴり困った顔をしているであろう私とその元凶・ヒヨリを、ミサキが交互に見やりながら呆れたように嘆息する。

 こういう時に率先して場を宥めるであろうサッちゃんがいないのが玉に瑕だけれど……これが概ねいつも通りの私たち、そして私の大切な居場所だ。

 身体は冷えきってしまっているけれど、心がぽかぽかするような不思議な感触を覚える雰囲気に浸っていると、ヒヨリは何事もなかったかのように涙を引っ込めつつ、ポケットを漁って中から二台の携帯を取り出した。

 

「えへへ……この家、何故か電気が通っていたみたいなので、少しだけお借りしました。もちろん、姫ちゃんのも充電してあります、どうぞ」

「ヒヨリ、私でもわかるよ。それはいけないことだって」

「誰かが住んでいるわけでもないんですからいいじゃないですか。私たちみたいに、行き場を失くしているものに本来の役割を与えているだけに過ぎないんです。少しくらいお借りしたって誰も怒りません」

「私は責任取らないよ……」

 

 ヒヨリが持論を繰り広げ、私が自分なりに難色を示し、ミサキが知らぬ存ぜぬ我関せずといった素振りを見せながらも自分の携帯をしっかりと受け取り、反対側の壁際に背を預けながら操作し始める。

 かけがえのない日常を再認識した私は、窓の縁にもたれかかりながら手の中の電源ボタンを押した。

 

 数十秒待って表示された画面に映るのは、奇妙な関係を続けてきた私たち『家族』の写真。セルフタイマーなんか使ったことがなかったから少し不細工に写っているかもしれないけれど、今となっては手放せない思い出だ。

 マスクを膝元に置いて腰掛ける私を囲むようにして立っているのは、相変わらずしかめっ面のサッちゃん、興味なさげに目を伏せるミサキ、緊張していたのか瞬きと被ってしまっているヒヨリ、そして――私たちのもとから飛び立って行った無表情のアズサ。

 

 各人各様な写り方をしているこの写真に閉じ込められた時間からは、もう随分な変化を経てしまったけれど……それでも、私たちは今こうして生きながらえている。

 生きながらえてしまっているのなら、それが何なのかはまだわからないにせよ、すべきことを果たさなければならない。

 

「……いつか、私たちも、きっと」

 

 画面を閉じた携帯をポケットの中にしまいながら、雲の裂け目に広がる青空を見上げた。

 初めから決められていた運命を否定してまで私に生きる選択を与えてくれたあの人なら、もう答えを知っているかもしれないけれど。

 きっとあの人は教えてはくれない。その答えを自分たちで見つけることを、あの人は望んでいるだろうから。

 

()()になれるかな……先生」

 

 ぽつりと呟き、差し込む朝日に目を細める。

 こうしてまた、新しい一日が始まるのだ。

 先生がくれた、たったひとつの問いの答えを見つけるために。

 軒下で揺れる、一輪のマーガレットのように。

 ――今日も一日、抗い続けよう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。