Flos qui in fine vanitatis floruit   作:霜山美月

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すみませんちょっと語らせてください
この小説、書き始めたの自体は2022年8月なんですよ
で、10月から野際かえで先生の便利屋68コミカライズが連載開始されたじゃないですか

シャーレの先生のビジュアルが解釈一致しすぎてびっくりしましたよね
過労で死んだ目と眼鏡、非力で不健康そうだけど儚げな微笑の似合うなるほど女子高生受け良さそうな顔の良さ、ちょっとだらしない服装、私の想像していた先生まんまじゃん……ってなりました

誰かしら生徒が眼鏡をふと外した際に見慣れていたはずの中性的で整いすぎた顔つきを改めて認識したことにより死ぬ話とか書きたいですよね

以下は妄想なんですけど私の場合、二つ返事で治安最悪のキヴォトスに来る&生徒のためなら自分の命をも擲つ=元々精神的にやられてる、それ関係の過去の闇で恋愛感情も性欲もないために、
『いくら先生にアピールしても純粋な笑顔でいなされいよいよ我慢の限界を迎えたとある生徒がシャーレのオフィスで先生を押し倒すんだけど、どう頑張っても興奮してもらえないのと罪悪感の二重で凹む』シチュまで見えてます


Reunion / 再会

 長い針がカチコチと規則正しく時を刻む音、うっすらと漂う人工的な甘い花の香り、真っ白な壁紙の一室を彩るのはいくつかの寒色系を基調とした家具。

 端に置かれた半透明の収納ケースには、各学校の予備の制服らしきものやゆったりした部屋着、誰のセンスなのかわからない私服、更には替えの下着まで所狭しと敷き詰められており、今の私にもその中のひとつが着せられているようだった。

 

 改めて部屋をぐるりと見回した後、厚手のタオルケットがかけられた膝元に視線を落とす。

 ひんやり心地いいシーツの上で足を伸ばす私は、数ヶ月ぶりに襲いかかる妙な倦怠感にまでは抗いきれず、されるがままにこの部屋に担ぎ込まれていた。

 

「……それで、本当に風邪を引いちゃったと」

「……そうみたい」

 

 私が短く首肯すると、まだ二十代半ばほどに見える若い青年が苦笑しながら頭を搔く。

 癖のついた黒髪に、私を困ったように見つめる茶色のつぶらな瞳。

 立ち上がって背伸びしても届かないほどの身躯を飾りつける、着崩された明るめのグレーのシャツとストライプのネクタイ。

 ピピピピ、とくぐもった電子音が鳴り響くと、彼は成人した男性とは思えないほど色白で、女の子のようにきめ細やかな肌をした右手を差し出してくる。

 服の内側から取り出した体温計をその手に乗せると、彼は中性的な造形をした顔の前まで持っていき――左手でアンダーリムの四角い眼鏡の角度を変えながら目を細めて、それからようやく神妙な顔つきに変わった。

 

「三十八度七分……しばらく安静にしておいた方がよさそうだね」

 

 これまでも数回だけ訪れた連邦捜査部『シャーレ』のビル、そのオフィスに隣接した仮眠室にて。

 シャツの上に羽織られた、白衣のようにも見える真っ白なロングジャケットの印象も相まって、本当に病院の先生であるかのような――私たちを暗闇から救い出してくれたシャーレの『先生』と呼ばれる彼は、体温計をケースにしまってこちらを見た。

 

「それにしてもびっくりしたよ、あのミサキが焦った顔でアツコを背負いながら飛び込んでくるんだから。大事じゃなくてよかった」

「そういえば……ミサキは?」

「買い出しに行ってくれてるよ。ヒヨリも一緒だって。身体にいいものを食べさせてあげたいけど、生憎ここにはろくなものが置いてなくてね……」

 

 先生はベッドの隣へ移動した丸椅子に腰掛けながら事の顛末を説明してくれる。しばらくふたりの姿を見ないと思ったら、どうやらそういうことらしい。

 アリウスとの関係を断って上からの支給もない今、懐は寒いはずなのに……もしかして、先生が負担してくれたのだろうか。もしそうなら、この前助けてもらったばかりなのに、また借りを作ってしまったことになる。

 

 壁に掛けられた猫型デザインの時計を見ると、時刻はもう夕刻だ。

 ミサキたちが出掛けてどれくらい経ったかは定かではないけれど、少なくとももうしばらくはふたりきりの時間。話したいことは山ほどあるはずなのに、一体どれから話せばいいのかわからなくて、雑然とした思考から玉突きのように弾き出されたのは、今の純粋な気持ちだった。

 

「こんな形でも、私は先生と会えて嬉しい」

「はは……私はアツコがもっと元気な時に会いたかったよ。せっかく会えたのに遊びにも行けないでしょ」

「私は、先生とお話できるだけで十分。それに……先生、お仕事片付いていないのに遊びに行ってもいいの?」

「うっ、アツコは痛いところを突いてくるな……」

 

 私が悪戯っぽく言うと、先生はわざとらしく降参のポーズをしながら笑ってくれたが、その額には冷や汗が滲んでいる。恐らくは言い逃れもできないほどに図星で、私の話し相手になってくれている今この瞬間さえ、彼にとっては貴重なのだろう。その時間を割いてまで私を気遣ってくれていることがなんだか嬉しくて、口元がつい綻んでしまう。

 先生としてはいち早く仕事に戻るべきだろうが、私にとっても等しく貴重なこの時間を手放したくはない。そも、先生は毎日ろくに帰宅せずシャーレのオフィスに入り浸って仕事と向き合っており、その反動か時折書類をほっぽり出して抜け出す癖があるという話だ。なら、私がその手伝いを買って出ても何ら問題はないはず。何せここは仮眠室、それくらいのことなら許されてほしい。

 

「先生も、よくここで寝ているの?」

 

 舞い上がる気持ちを誤魔化そうと、やけに肌触りのいいシーツを撫でながら尋ねれば、先生はおもむろに立ち上がって歩き出した。

 

「前までは使ってたけど……最近はもっぱらオフィスのソファで寝てるかな。よくここに休みに来る生徒がいるっていうのもあるけど、こう……みんな来る度にこうやって部屋を飾っていくものだから、みんなの部屋って感じになっちゃって」

 

 壁際の引き出しの上から手に取って見せてきたのは、可愛らしさと不気味さが共存する絵面の虜にされるファンが続出中と噂の、モモフレンズのキャラクターのぬいぐるみだった。

 なるほど確かに、そのぬいぐるみは言われるまでもなく、猫の形を模した掛け時計も、甘い花の香りがする芳香剤も、この部屋に置かれたもののほとんどが先生の趣味とは考えにくい。私自身先生と会って日は浅いから、彼の何を知っているのだと言われるかもしれないけれど……彼はどちらかと言えば児童向けの玩具やスマホゲームなど非実用的なものにお金をかける傾向があり、自分自身とその生活に関しては悉く無頓着な人間だ。こと時計に至っては、現代人たるものスマホ一台あれば事足りると思っていそう……というのは私の偏見だろうか。

 

「……尊敬されているんだね、先生」

「……うん、まぁ、職業柄ね。嬉しいことなんだけど、全部みんなとの大切な思い出だから、増えていく一方だよ」

 

 デスクの周りでさえお菓子の包みが散乱しているのを見かけたことがあるし、先生は部屋を片付けられないタイプなのかもしれない。散らかすためのもの自体集まらない私たちには体験しがたいことだけれど、それがただのゴミではなく、生徒たちからのプレゼントだというのだから何とも贅沢な悩みだ。

 

 この部屋に置かれていたもの全部が、先生と彼に惹かれてきた生徒たちとの思い出。

 特別な想いを込めた品でふたりの関係を強く結びつけようというのは、ヒヨリが集めていた雑誌でもよく見た手法だ。

 私自身も、少し前に先生にもらった花束は大切にしている。もとは生け花をするものだと勘違いされていたから、地に植えることこそできないけれど。花瓶ひとつあれば拠点を移動する際も肌身離さず持ち歩けるし、かえって都合がよかったかもしれない……そんな宝物。

 

 私はいつも、先生に色々なものをもらってばかり。

 何ひとつとして、お返しができていない。

 それを理由にして、私も特別なものを渡せたらと考えるけれど、残念ながら持ち合わせはおろかアイデアすらない。考えることを放棄して、命令に従うだけの生き方を当たり前としていた皺寄せが、今更こんなところに来るなんて。せめて今ほしいものを聞き出すだけでも、進展にはなるだろうか。

 私の胸に渦巻いている感情は、おぞましい嫉妬に近いものなのだと思う。今の私が在るのは先生のおかげなのに、対する先生はたくさんの生徒たちと大切なものをプレゼントを贈り合うほど親密で、そしてきっとみんな、先生との付き合いは私より長い。故に、私なんかは先生にとってほんの一部の小さな存在にしかなれないとわかってしまうことが、なんだか寂しくて仕方がなかった。

 

「……アツコ?」

「……あ」

 

 存在しない出口を求めて彷徨い始めた思考が、先生の言葉によって寸断される。私の友人たちにも劣らないほどに整った、けれど目の下の薄い隈がそれを台無しにしてしまっている幸薄い顔がこちらを覗き込んでいたのに気付き、私は軽く頭を横に振りながら頭の中のごちゃごちゃした思考の欠片を霧散させた。

 どれだけの時間、沈黙していたのかはわからない。数秒か数十秒か、はたまた数分か。

 今になって気付いたのだけれど、初対面の時とは違う眼鏡を掛けているんだな……などと大したことのない観察力を介して冷静な自分を取り戻せたことを確認した私に、先生は心配そうな眼差しを向けながら続けた。

 

「どうしたの、眠いならもう休む?」

「ううん、何でもない。ちょっと考え事をしていただけ」

「そう? 辛くなったらちゃんと言ってね、病人なんだから」

「ありがとう。大丈夫だよ」

 

 返答に嘘偽りないことを示すために、私は少し微笑んで見せる。身体は重いし頭も痛むけれど、精神的には元気も元気、何の支障もない。アリウスの教育で知った痛みと比べればなんのこれしき。脱退したからといって、長年培った忍耐力まで無に帰すわけではないのだ。

 

 それでも私の言葉を疑っているのか首を傾げている先生を見つめていると――不意に、私も使っているトークアプリの通知音らしき音が響いた。

 反射的に身の回りを確認するが、私のスマホが見当たらない。ミサキに着替えさせられた時、元の上着のポケットに入れっぱなしになってしまったのかも。

 となれば発信源は消去法で先生の携帯だ。彼は上着のポケットから最新機種の携帯を取り出してその画面を開くと、何も言わずに口角を上げた。

 先生のプライベートなのだから詮索すべきではないとわかっていても、画面越しに先生の表情を変えてしまうような相手となるとやはり気になってしまう。

 

「先生?」

「うん、もう着いたってさ」

 

 着いたって……ミサキとヒヨリが?

 ふたりは風邪で動けない私のために、買い出しに行ってくれているという話だった。その行動自体はとてもありがたいのだが、それでは私と先生のふたりだけの時間が終わってしまう。まだまだ話し足りないのに、先生が欲しているものすら聞き出せていないのに……つい喉から出かかった文句を押し留めたのは、仮眠室のドアがノックされる音だった。

 

「はーい、どうぞ」

「先生、失礼する」

 

 ――ドア越しに聞こえたのは、ミサキの声ではなかった。彼女のものより高く透き通った声色は、二度と出会えないと思い込んでいた光景を想起させる。

 まさか、そんなはずは。あの日、私は確かに彼女と違う道を行くと決めたはずなのに。

 

「……アツコ、調子はどう?」

 

 静紋認証のロックが解除され、左右に開かれる自動ドアの向こうから現れた人物が誰だったかは、最早言うまでもない。

 あの日とまったく変わらない姿で、それでいてあの日よりはずっと生気のある表情を見せている――、

 

「……アズサ」

 

 ――白洲アズサ。

 エデン条約の一件で決別した、私の大切な『家族だった』少女が、毅然としてそこに立っていた。

 

 

 

 以前、先生がプレゼントしてくれた百科事典曰く。

 ――『家族』とは、婚姻を結んだ夫婦、及びその夫婦と血縁関係を持つ人々によって形成された集団を指す。親と子、同じ親を持つ兄弟姉妹、更に結婚相手の同じく親と子や兄弟姉妹、あるいは血縁関係がなくとも養子縁組によって成立した人間関係、エトセトラ……。

 それらが基本的な『家族』と呼ばれるまとまりだろうが、近年は別の形も重要視されてきているらしい。

 例えば、血縁関係や婚姻関係がなかったとしても、決して離れることなく、長年苦楽をともにしてきた者たち。

 即ち、アリウスで生まれ育った私たちのような存在も、その定義に当てはまるひとつの例と言えよう。

 

 けれど、そんな家族関係も永遠には続かず、一般的には思春期と呼ばれているらしい子供のように私たちと相反する意見を持ち、親離れして自立するかの如く離反していく子が現れた。

 家族との関係を代償にした選択が、彼女をそこまで駆り立てた決意が、帰するところ間違ってはいなかったという証明を――その小さな体躯で成し遂げた少女がどういうわけか、再び私の前に姿を現している。

 

「先生、お疲れ様。これ、よかったら食べて」

「お、ありがとう。お菓子かな?」

「うん。何かお土産くらい持って行った方がいいって、ヒフミが」

「夕飯の後にでもいただくよ。まったく、ヒフミも気を遣わなくていいって言ってるのに」

 

 あの一件の後で新調したらしい、皺ひとつなくぴしっとしたトリニティ総合学園の制服。

 腰ほどまである長い銀髪と、透き通るような薄桃色の瞳。

 昔、私が大して知りもしないお洒落を説きながら髪や羽根に飾り付けた花の意匠は今もそのままなのに、纏う雰囲気は記憶の中の彼女と似て非なるもの。

 一ヶ月ぶりに会う旧友は、平べったい正方形の箱が入った袋を先生に手渡しながら、ふるふると首を横に振った。

 

「でも、これは私が自分で選んで買ってきた。今日は――友達のお見舞いでもあるから」

 

 優しい声音でそう述べながら、アズサはちらりとこちらへ視線を向ける。

 どきりとした。これは罪責感か、単なる緊張に過ぎないのか、上手く言葉が出てこない。

 私たちが敗北を喫したあの日、もう二度と会えないかもしれないとすら思っていたのに。私たちアリウススクワッドは、スパイとして送り込んだ彼女を引き戻すために、あれだけ酷いことをしたのに。

 それなのに、彼女はまるでその記憶だけが抜け落ちているかのように、平常通りに振舞っていた。

 

「そうなんだ、アズサは偉いね。でも言いにくいんだけど……風邪で体調を崩している時にお菓子はあまりよくないんだよねぇ。糖分は消化に時間かけちゃうから」

「そうなのか……ごめん、知らなかった」

 

 私が沈黙を貫いていると、お菓子の箱を開けて吟味している先生がまさに先生らしく食の知識を披露する。食べ物の品質まで選りすぐる余裕のない私たちならともかく、それなりの生活基盤が保証されていながら荒れた食生活をしている先生のくせにやけに詳しい。栄養学か何かに詳しい生徒とでも仲良くしているのだろうか。

 

 まぁ、それはさておき。

 表情の変化からは読み取りにくいけれど、幼馴染の私にはわかる、あからさまに肩を落とした様子のアズサを見ていると、なんだか緊張の糸が解けたような気もして。

 

「そのお菓子、もらってもいい?」

「ん? ああ……でも、今は」

「大丈夫。心配してくれてありがとう、アズサ」

 

 昔の笑顔の作り方を思い出すように、この場が昔の私たちの関係と重なるように。

 アズサの手から小さなドーナツの小袋を受け取ると、できるだけ優しい声色でお礼を言う。すると、彼女の方もわずかに眉を下げて頷いた。

 

 先生はそんな私たちを微笑ましげに横から見ていたようだったが、割り込むようにピコンとまたトークアプリの通知音が鳴る。

 彼が携帯を取り出して画面をスワイプすると、途端に顔を顰めてしまった。

 

「ごめん、ふたりとも。急用ができたからちょっと行ってくるね」

「またお仕事?」

「ああ、アツコはゆっくり休んでて。アズサは……悪いんだけど、もしもう少しここにいるようだったら、ミサキたちが来ると思うから入れてくれるかな」

「ミサキが……うん、任せて」

 

 それじゃ、と一言残すと、先生は手提げ鞄を拾い上げて急ぎ足で部屋を出て行った。

 単なる生徒からのプライベートな連絡であれば焦る必要はないだろうし、憶測するとすればゲヘナの風紀委員会とかトリニティの正義実現委員会とか、常に危険と隣り合わせの武力組織に呼び出されでもしたのだろうか。まぁ、先生のことだから颯爽と解決して帰ってきてくれることだろうけれど。もしかしたらアリウスの追っ手がどちらかの組織の自治区内で暴れていたりして……いや、やめよう。笑えない冗談だ。

 

「……こうしてアツコと落ち着いて話せるのも久しぶりだ。……本当に久しぶり」

 

 私のくだらない想像を他所に、アズサは先生が残していった丸椅子に腰掛ける。

 私たちが最後に会ったのは一ヶ月ほど前だけれど、アズサが私たちの元を離れたのは更に数ヶ月前、トリニティへ転校した時まで遡るから、対面で会話する機会は誇張なく実に久々だ。

 

「……アズサ。この前のこと、だけど」

 

 だからこそ、先に言っておかなければならないことがある。私はじっと自分の両手を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ごめんなさい」

「……アツコ?」

「私たちは間違っていた。間違っていると知らずに、自分が利用されているとも気付かずに、アズサに酷いことをした。アズサの友達にも他のみんなにも、迷惑かけちゃった」

 

 話し始めたのは、世間を賑わせたあの騒動のこと。

 巡航ミサイルと多勢の軍隊によるエデン条約調印式の襲撃は、一時的とはいえゲヘナとトリニティの関係を大混乱に陥らせ、数えきれないほどの被害者を出した。もしあの場に先生がいなければ……本当にキヴォトスの情勢は変わっていたのだ。

 トリニティの指導者を暗殺するためのスパイとして送り込まれたアズサは、結果として強い意志で命令に背いたとはいえ、仲間であった私たちを裏切ることには少なからず抵抗があったはず。辛い選択を迫られ、新しくできた友人もろとも危険に晒され――その元凶の一因たる私にできることが、今は謝罪くらいしか思いつかなかった。

 

「……もう過ぎたことでしょ。それに、私だって何回も間違えた。最後まで前に進めたのは、間違いを教えてくれた先生がいてくれたからなんだ」

 

 それでもアズサは、私を受け入れてくれる。タオルケットを握り込む私の手を取り、白くしなやかな手で優しく包み込んだ。

 温かくて、心地いい。トリニティで『氷の魔女』と呼ばれていたという噂を否定するように、微かな熱が私の心を落ち着かせる。

 

「先生が言っていた。子供は何度も間違えながら成長していくもので、間違いを教えながら導いてあげるのが大人の仕事なんだって」

 

 彼女は、子供を優しく諭すように語る。こういうところで年上っぽさを感じてしまうのはちょっぴり悔しい。でも、それを茶化す気にもなれないほど、彼女の言葉に聞き入ってしまうのも確かだった。

 

「……私たちは、この先も変わらないといけない。ずっと間違えてきたことは、これからやり直せばいい。自分で考えて、自分に正直になって……たとえ間違えたとしても、今は先生がいてくれているから、何も怖くない。すぐには難しいかもしれないけど、もし、アツコが同じ気持ちでいてくれたら私は――」

「――うん。アズサの言う通りだと思う。私も……変わらなきゃ」

 

 わざと、アズサの言葉に被せるようにして呟いた。自分自身に強く言い聞かせるように。

 先生は、私を変えた。アズサを変えた。アリウススクワッドのみんなを変えた。

 それはまだ変化の始まりに過ぎなくて、これからどう変わっていくかは自分で考え、決定しなければならない。

 一昨日の私だって、そう思っていたはずだ。迷惑はかけてしまったけれど、風邪は引いてしまったけれど。

 先生は私を否定しなかった。その選択が間違っていたわけではなかった。旧友と会ったくらいで決意が揺らぐなんて、そんなのは私らしくない。だから、私も心の奥底にしまっていた本音を引き出す。

 

「……私も、正直に言うね」

 

 アズサは少しだけ驚いたような表情をしたが、私の目を見ると静かに頷いた。

 頭の中に思い浮かべるのは、やはり一ヶ月前の決別の夜で。

 

「あの時、アズサに撃たれて、痛かったし、悲しかった。あのぬいぐるみの爆弾なんて、本当に死んじゃうのかと思った」

「それは……」

「でも、友達ってこういうものなんだね。自分の思っていることを正直にぶつけたり、相手が間違っていれば止めてあげたりしてこそなんだって。……アズサに撃たれて、やっと気付けたの」

 

 もしかしたら彼女は、本当に私たちを殺してでも止めようとしていたのかもしれない。

 でも、重要なのはその動機。

 私たちが、本物の友達になるために欠けていたことを、アズサは教えてくれていたのだ。その感謝は、今この場で伝えておきたかった。

 

「だから……ありがとう、アズサ。私、頑張ってみる」

 

 アズサは爆弾のくだりで一瞬ばつが悪そうな顔をしたものの、最後まで私の言葉を聞き入れると、満足そうに頷きを返す。アズサの手が離れると、両手がとても軽くなったような気がした。まるで無意識のうちに自分でかけていた靄が、この数分で綺麗さっぱり晴れたかのよう。

 私の顔を見てそれを見透かしたのか、単に幼馴染の勘で感じ取っただけなのか……アズサは椅子を寄せて座り直しながら、穏やかな表情を浮かべながら話し始めた。

 

「他にも、話したいことがたくさんあるんだ。この数ヶ月、色々なことがあった。トリニティに転校してから、私を迎え入れてくれた友人たちと一緒に知らないことをたくさん学んで、思い出もたくさん作れた」

 

 アズサが語り始めたトリニティでの学校生活の日々の記憶を、私はうんうんと相槌を打ちながら聞いていた。ひとつひとつを、自分のことのように想像しながら。

 もし私がアズサのように、恵まれた学校へ転校していたらどうなっていただろう。

 もし私がアズサのように、友達と試験勉強に励んでいたらどうなっていただろう。

 もし私がアズサのように、放課後寄り道しながら友達と笑い合えていたらどうなっていただろう。

 

 もし私が、もし私が、もし私が。

 色々考えてみるけれど、そのすべてが幻想、叶えられない妄想。

 何故なら、それらはアズサがこれまでに体験した記憶であって、私の記憶ではないから。

 でも、そんなことはわかりきっている。妄想してみることが楽しいから、今はそうしているに過ぎないのだ。

 

 だから、それとこれとは別。私に過去のことを憂う時間なんてない。

 ついさっき、アズサも言っていた。

 これからの時間を、自分のしたいように変えていかなければならないのだから。




白洲アズサと秤アツコの絡みを無限に欲しているので公式にも無限に供給してほしいんですけど公式は無理にそんなことしなくていいので私に書かせてください
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