Flos qui in fine vanitatis floruit   作:霜山美月

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エデン条約編、全編ぶっ通しで見ると誇張なしに100回くらい泣きますよね
1話の間に3回涙出たりする
ティッシュの消費量ヤバ


Missio / 任務

 ブラインドの隙間から陽光の射し込むビルの一室。扉を開けて足を踏み入れた瞬間、肌に触れる空気ががらりと変わる。

 紙やインクの匂いが閉じ込められたオフィスには、金庫に書類棚に革のソファと、如何にもな重々しい雰囲気を演出する材料が散りばめられていた。

 中でも目を見張るのは、向かって左奥の壁に飾られている、『一日一惡』と毛筆で書かれた掛け軸。『一日一善』なら聞いたことがあるが、それをオマージュした造語だろうか。会社で働くにあたって事前に調べてきた情報によると、あれが社訓にあたるものなのかもしれない。それにしては、些か抽象的すぎる気もするけれど。書道に明るくない私でも思わず見とれてしまうくらい達筆なこの四文字が、オフィスに広がる空気をひとつにまとめ上げていた。

 

「ようこそ、便利屋68の事務所へ。とりあえず、自由に寛いでちょうだい?」

 

 私が仕事を請け負うことになった小さな会社、便利屋68の事務所にて、代表取締役社長のアルは最奥のデスクから私を歓迎する。

 言われた通り、手招きしてくる室長のムツキの向かいに腰掛け、マスクを外して膝に乗せた。

 事務所内を見回せば、壁際には腕を組んで佇んでいるサッちゃんと、見知らぬ顔がもうひとり。白黒のツートンカラーの髪をポニーテールに結い上げたその少女は、新参者の私の顔を見るなり、瞑目しながら首を横に振った。揺れる横髪の向こうで、黒いイヤーカフがわずかに光を反射する。

 

「社長。払えるの? 給料」

 

 彼女はアルの方を見ながら問いかけた。

 耳元に触れる指先は雪のように白く細い。冷たく無愛想なその口調からは、この組織における確かな手腕の程を感じられる。

 私たちアリウススクワッドのメンバーで例えるなら、ミサキのような――沈着冷静で中立的、リーダーにも意見できる参謀的立ち位置にあたる人物といったところか。

 

「ど……どうにかなるわよ、今日の依頼が成功すれば! ハルカが前回の成功報酬を受け取りに行ってくれているもの、今月分はそれと合わせて……きっと!」

「はぁ……また何事もなければいいけど……」

 

 ……サッちゃんが働いていると聞いたから来てみたけれど、経営状況はあまりよろしくないのだろうか。明確な目的があって金を稼ごうとしている今、無給で働くのはさすがに抵抗があるのだが。

 初めての出勤で早速不安を感じている中、彼女は呆れたようにため息をつき、今度は私の方を見た。

 便利屋68とは、アルを中心に学生仲間で創立した会社。即ち彼女も、アルの友人であるというわけで。

 

「私は鬼方カヨコ。一応、ここの課長ってことになってる。……うちは四人しかいないしいつもこんな感じだけど、できる限りフォローはするから。よろしく、秤アツコさん」

「……うん。よろしくお願いします」

 

 困ったように不器用そうな微笑を浮かべる彼女に、私はぺこりと頭を下げる。第一印象では威圧感が先行していたが、意外と怖い人ではなさそうだ。こういったところは、サッちゃんに似ているかも。

 代表取締役社長の陸八魔アルに、室長の浅黄ムツキ、そして課長の鬼方カヨコと、アルの口から出たハルカという人物。四人ということは、便利屋68はそれで全員らしい。過半数が『長』とつく上位職であることが確定しているのは……まぁ、そういうこともあるのかもしれない。社会経験のない私がとやかく口出しできることでもないだろう。

 

「さて……みんな集まったところだし、ハルカが戻ってくる前に、今回の作戦をブラッシュアップしておきましょう。ムツキ、準備をお願い」

「はーい。でもアルちゃん、うちにこんなの必要~? 結構高かったんじゃない?」

「だって……やってみたかったのよ、ほら、あった方が事務所っぽいじゃない……?」

「ん~、そうかな? 買っちゃった以上、使うしかないけどさ」

 

 アルの指示を受けたムツキが棚から取り出した白い機械は……プロジェクターだ。肩幅より小さい直方体のフォルムに、真ん丸のレンズを覆う投写窓。

 アルが立ち上げたパソコンを操作する横でムツキがそれとプロジェクターとをケーブルで繋いでセッティングし、向かいの壁ではカヨコが天井からスクリーンを垂らしていた。

 そうしてスクリーンに映し出されたのは、プレゼンテーションソフトの編集画面。図や記号を主とし、注釈程度に文章が書き加えられたスライドが、数枚にわたってずらりと並んでいる。

 

「よし、これで見えているわね……まず、今回の仕事はキリトリよ」

「キリトリ……?」

「……借金の取り立てか」

 

 知っている意味と結びつかない場面で登場した単語に思わず首を傾げた私と違い、壁際のサッちゃんは納得したように呟いた。

 

「えぇ。クライアントは、金融業者を名乗る人物。依頼内容は、彼が抱えている債務の回収。どうやら、期限を何ヶ月も踏み倒されている上に催促状も無視されて手を焼いているみたいね。直接声を掛けに行ってみれば、武力で抵抗されて手も足も出ない。そこで、私たちにお声がかかったというわけ」

「そういうのって、警察は動かないの?」

「アツコさん、いい質問ね。結論から言えば、警察に頼ること自体、論外だそうよ。何せクライアント自身、不十分な手続きでの法外な金額の貸付を売りにしている節があるもの。つまりはほぼ黒に近いグレーな商売。そんな彼が警察に詐欺罪として訴えようものなら、害を被るのは不当な貸付を行っている彼の方でしょうね」

「そもそもの話、返済する気はあるなんて言われたら詐欺罪にもならないから警察は動かないんだよね~。民事上の債務不履行なら、頼れるのは弁護士かな?」

 

 アルの説明に続き、ムツキが補足してくれる。やはりその手の仕事も受ける経営者ともなると、法律には詳しくなるのだろうか……?

 法律の話はよくわからないけれど、クライアントの抱える事情は何となくわかった気がする。現に私やサッちゃんも、エデン条約の一件で起こしたテロの主犯として指名手配されていると聞いているから、国家権力に頼れないといった点では案外似通った境遇にあるのかもしれない。

 

「ただ、彼は今回弁護士ではなく、私たち便利屋68に依頼を出した。相手も全力で抵抗してくるだろうから、強行突破も辞さない覚悟で臨んでほしいとのことよ」

 

 不敵に笑うアルがマウスを操作してスライドを切り替えると、今度はどこかの建物の見取り図が現れた。その横には、建物の外観らしき写真も添えられている。よくある四階建ての比較的小さなビルのようだ。

 

「今回の舞台はここ……詳しい場所は後で共有するわ。このビルまるまる一棟が相手方の経営する事務所らしいのだけど、警備は厳重で入口も二箇所だけ、ターゲットが常駐しているのは最上階。騒ぎを起こせば風紀委員会も駆けつけてくるだろうし、簡単な仕事ではないわね。救いがあるとすれば、無人でない限り、その部屋のセキュリティシステムは解除されていることくらいかしら」

 

 強襲するのは敵の本拠地で、しかも制限時間付き。

 中にはどれだけの警備員がいるかもわからないのに、こちらの戦力は最大でも六人。

 困難な依頼であることは誰の目から見ても明らかだ。なのに、さほど脅威を感じられないのは、アリウススクワッドとしての経験故か、それともそんな感情など遠い昔に置き去りにしてしまったせいか。

 そして、それほどに恐れ知らずなのは私だけではない。

 視線の先に立つ彼女は、腕組みを解いて前に進み出る。

 

「ゲリラ戦は得意分野だ。私が正面口から警備を陽動しよう。裏口近くは塀を隔てているから、気付かれずに接近できる。私が敵の気を引いている間に裏口の監視システムを無力化できれば、突入は容易になるだろう」

 

 サッちゃんは、アルの瞳を見つめながら、迷いなくはっきりと述べた。

 そう、私たちは本隊から分かれて少数精鋭での作戦行動を基本としていたアリウススクワッド。ゲリラ戦、それも屋内での戦闘において、私たちの右に出るものはいないと断言できる。決して慢心なんかではない、明らかな自信と信頼が、目配せしてきた彼女の瞳の中に映っていた。

 とはいえ、今行われているのは作戦会議。はじめに打ち出される案で事が動くほど単純ではないと言わんばかりに、そっと静かに右手を挙げる者もいる。

 

「……待った。残念だけどうちにハッカーはいないよ。システムの無力化はできない、かと言って破壊してしまえば一発でバレる。カメラの死角を探してこっそり侵入するのが関の山。……例えば、使っていない部屋の窓とかない?」

 

 サッちゃんの作戦に待ったをかけたのは課長のカヨコだ。堂々とした提案に対しても穴を指摘し、同時に代替案を述べるのは、いかにも参謀らしい振る舞いと言える。

 その問いを受けたアルは、オフィスチェアをギィと鳴らしながら苦い顔をした。

 

「その辺りもクライアントから情報をもらったけれど、一階の部屋はどの時間帯も隙がなさそうね。都合よくみんなサオリの陽動に乗ってくれるのが一番楽なのだけど……」

「可能性は低いね。それじゃ警備の意味がない。むしろターゲットに警戒されてしまうだろうし」

 

 堂々と正面突破を試みるのは無謀、セキュリティの穴を突けるわけでもなく、陽動作戦を取ったところでよりターゲットの警戒心を高めるだけ。

 考えるまでもなくカヨコの意見はもっともで、それは即ちどちらの案も却下されたということ。

 私も今日からこの便利屋68でお世話になると決まった以上、少しでも貢献して役に立つ人員アピールをするべく頭を捻ってみるけれど……作戦の立案に携わった経験がほとんどない私には、彼女らの輪に加わって発言できるほどの発想力なんてあるはずもなかった。

 ……もしこの場にアズサがいたら、彼女は前向きに対抗案を打ち出してくれていただろうか。

 

 そうして会議は八方塞がり、静寂に呑まれるものかとも思われたが……やはりかつての私たちのリーダーは、反論をものともせずに会議の舵を取り直した。

 

「……なら、屋上だ。余程のことがない限り、屋上からの侵入者までは想定していないはず。ターゲットに最短距離で接近できるから逃げられる心配もない。一度部屋に突入できさえすれば、警備が追ってきたとしても部屋の入口で足止めされるほかなくなる」

 

 黒マスクの奥から紡がれる彼女の言葉を反芻し、脳内でイメージを描いてみる。

 ――なるほど、屋上。

 もし屋上から侵入できるのであれば、最上階の一室で呑気にデスクと向かい合っているとされるターゲットを捕えられる可能性は段違いに高い。彼女の言う通り、まさか屋上からの侵入者だなんて普通は警戒していないだろうから。

 そうしていち早くターゲットのいる部屋へ飛び込み、目的を果たしつつそこを拠点に防衛戦……。

 そこまでならリスクは低いかもしれないけれど、問題は袋の鼠になった状態からどう撤退するのかという点と、何より――、

 

「屋上から……それ、とってもアウトローね! でも、どうやって屋上に行くのかしら?」

 

 突然目を輝かせながら私の抱いた疑問を代弁したのはアルだ。しかしながらそれを訊かれるのはわかっていたとでもいうように、サッちゃんはスクリーンに映ったスライドを指さした。

 

「その写真、隣のビルに非常階段があるだろう。飛び移るには少し距離があるが……訓練ではこれ以上の身のこなしを要求されてきた。突入班は私とアツコで行こう」

 

 その先に映るのは、目的地である四階建てのビルに隣接して聳え立つより高いビルと……真横に設えられた非常階段。隣接していると言っても何メートルかの隙間はあるように見えるが、高低差と助走、受け身を十分に考慮すれば、彼女の作戦に従うことは造作もない。

 ……もちろん、距離感を測り間違えてしまえば、事故物件を生み出してしまいかねないけれど。

 

「なるほどね。ちなみに、逃走経路は? まさか窓から飛び降りるなんて言わないよね」

「ターゲットが襲撃されたとなれば、警備もその部屋に集中する。そこで、残りのメンバーには手薄になった一階裏口側の窓から侵入した後二手に分かれて、集まる警備を両サイドから同時に奇襲してもらいたい。混乱した隙を突いて、全員でその窓から脱出する」

「確かに階段は二箇所あるようね……サオリ、あなたを見込んだ私の目に狂いはなかったわ!」

 

 サッちゃんの提案にアルとカヨコが反論や質問を重ね、私が口を挟む間もなく作戦の方針が固まっていく。

 最早会話の輪に入ることさえ憚られるほどに、三人の間で作戦会議がいかにも作戦会議らしくヒートアップしていく中。その様子をぼーっと眺めていることしかできなかった私と同じように、手持ち無沙汰にしている姿がもうひとり。

 

「三人とも難しい話してるね~。ぜーんぶまとめて爆破しちゃえばいいのに。姫ちゃんもそう思わない?」

「爆破……?」

「そ、ポップコーンみたいに全部吹き飛ばしちゃえば、時間かけて悩む必要もないじゃん?」

 

 室長のムツキは、両手で頬杖をつきながら、にやりと私の顔を見上げてくる。冗談のつもりなのか物騒なことを宣っているが、その瞳からは確かな好奇の色が漏れ出ていた。

 

「私はあなたたちと、サッちゃんの命令に従うだけだから」

「ふーん?」

 

 素っ気なく返答した私の顔を覗き込むように、ムツキはわずかに首を傾げる。

 昨日、カフェで初めて彼女の顔を見た時――社長の仰々しい服装と目つきの悪い表情につられてか、小柄な体躯に人懐っこく明るい雰囲気を纏わせているのにも拘わらず、その実計り知れない狂気を孕んでいるキャラクター性のようなものを連想させられてしまったけれど。

 先の発言が本音であるのならば、私の妄想じみた憶測は、あながち外れていないのかもしれない――なんて思ってしまうくらいには、その笑みの下に別の思惑が潜んでいるような気がしてならなかった。

 

「ま、アルちゃんさえいれば結果的に面白いことになりそうだから私はいいんだけどね~。……でも、これは姫ちゃんのためにも言ってるんだよ」

「……私の?」

 

 まるでそんな私の心の内を見透かしているように。

 彼女は、目を細めながら妖しげに笑う。

 社長のデスク周辺で会議を続けている三人の話し声さえ聞き取れなくなるくらい、難解な彼女の言葉に侵されていく。

 

「硬い殻の中に閉じこもって、他人に言われるがままにして、本当の自分を隠してる……いや、無意識に抱え込んでるって言うのかな? 昔そうだった子、私の傍にもいたんだー。もっと……パーン! って弾けた方が、ほしい答えに辿り着けるかもしれないのに」

「……ごめん、ムツキが何を言いたいのか、私にはわからない」

 

 ムツキは大袈裟に両手を広げるような身振りをしながら言うけれど、その発言はあまりに抽象的で理解に苦しむ。

 本当の自分を隠している? 何の話をしているのだろう。

 先生と出会うまで、他人に言われるがままに行動していたことは事実だけれど、それがどうして自分を隠していることに繋がるのか。……私がアリウススクワッドのメンバーに内緒で何度も先生と会っていたことなんて、会って間もないムツキに見抜けるはずもないし。

 

「まぁいいや、いきなり変なこと言ってごめんねー? あ、コーヒーでも飲む? 向こうの三人、まだ時間かかりそうだし」

 

 ムツキはぱっと表情を明るくして立ち上がった。私が真意を追及しようとするより早く、ふんふんと鼻歌を歌いながらその場を後にしてしまう。サイドテールを揺らす小さな後ろ姿からは、つい数秒前まであったはずの妙な緊張感は一切感じられなかった。

 

 一方、サッちゃん、アル、カヨコの三人は未だに作戦会議に没頭しているようだった。凡その方針は定まったから、今はより詳細な動き方を詰めているのだろうが……今更首を突っ込んでも話についていけるとは思えない。大人しく、サッちゃんの指示を待つとしよう。

 

 しばらく彼女らの会話を聞き流していると、ガリガリといった異音が割り込んでくる。音のした方向を見れば、それはどうやらムツキがセットしたコーヒーメーカーの中でコーヒー豆が砕かれる音らしい。

 シャーレにはインスタントコーヒーしか常備されていなかったのだが、知識の浅い私にはそれと比べれば随分本格的に見えた。

 

 作戦を打ち立てるにあたって意見を交わす三人の声、ご機嫌なムツキの鼻歌、コーヒーメーカーの駆動音と様々な音が入り交じる一室のソファでじっとしていながら考えていたが、そういえば、便利屋68の社員は四人いるとの話だった。

 社長のアルに室長のムツキに課長のカヨコ、残されたひとりの名前はハルカというらしいが、彼女にも失礼のないようにしなければ。

 今、彼女は前回の依頼の報酬の受け取りに出向いているとアルは言っていた。それと今回の報酬を合わせた額を、私を含めたメンバーの今月分の給料にするのだとも。

 そこから推測すると、役職は……営業部長、とかだろうか。見事に全員が『長』のつく役職の会社になってしまうが、既に三人が確定しているのでパターンとしては十分ありえる。もしそうなら、尚更ビジネスマナーとやらを意識した挨拶を考えておかないと。

 

 響き渡っていた異音が途絶え、コーヒーメーカーが抽出の工程に入る。

 コーヒーが出来上がるのを待ちながら、昨夜、スマホの充電を代償に調べ尽くしたビジネスマナーについての知識を掘り返していると――、

 

「アル様ぁ!!」

 

 バン! と事務所の扉が壁にぶつかって跳ね返る勢いで開き、見覚えのない少女が飛び込んできた。突如として舞い込んできた嵐を前にして会議も止み、全員が一斉に入口の方向を見る。

 ゲヘナの校章が縫い付けられた制服に短いスカート、編み上げのロングブーツに変わった形の帽子。胸元にショットガンを抱き抱える彼女の顔色は青ざめており、見間違いでなければ全身をわなわなと震わせていた。

 

「おかえりなさい、ハルカ。……えっと、その様子、どうしたのかしら……?」

「も、申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません、死んだ方がいいですよねっ、いえそれだけでは足りません、代わりに私の内蔵を売って――」

 

 アルが困り顔で入口まで出迎えると、少女は目を伏せながら壊れた機械のように謝罪の言葉を連呼し始める。

 ……今、アルの口からは確かに『ハルカ』という名前が発せられた。

 いや、この事務所に入ってきた時点でそれは真実であるのだが。冗談でも営業向きには見えない様子の彼女が、便利屋68の最後のひとりの――?

 

「ちょ、ちょっと、何があったのよ……報酬、受け取りに言ったのよね……?」

「はい……ですが、受け取ろうとした時、ちょっとした雑談になりまして……」

「雑談……?」

「ほとんど会社の自慢話だったのですが……高校生のくせに大した資金源もなく起業など計画性がなさすぎるだとか、唐突にアル様を貶めるようなことを……」

「ぐっ……言い返せないのがムカつくけど、それで……?」

「私、許せなくて……! 応酬として爆破したら、報酬もまとめて紙くずに……!」

「な……なんですって――――!?」

 

 コーヒー豆の砕かれる音を遥かに超える大音量が、小さな事務所に反響する。悲痛な叫びをこだまさせた張本人は、厳かな第一印象とは別人であるかのように目を剥いて放心していた。デスク付近ではカヨコがこめかみに手を当てて嘆息しており、ムツキなんかは吹き出すとともに手を離してしまったコーヒーカップを器用に空中でキャッチしつつ腹を抱えて笑っていた。

 

 アズサに勧められて、サッちゃんとも合流して、心優しい社員とも出会えて、すべてが順風満帆に進んでいる……そんな気がしていた私は。

 この瞬間、人生初の就職先に、人生最大の確かな不安を覚えた。

 

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