Flos qui in fine vanitatis floruit 作:霜山美月
戦闘描写が死ぬほど苦手
台詞を書くのはもっと苦手
状態異常:
最終編ボロ泣きオタク
最終編アズアツの波動オタク
最終編白洲アズサの口調に物申しオタク
空は快晴、湿度もほどほど。
暑くもなければ寒くもなく、四季の中で最も過ごしやすいと言っても過言ではない、私にとっての絶好の初仕事日和。
まぁ、結局現場は屋内だから、気候がどうあれ仕事に支障はないのだが。その辺りは気分の問題だ。あと、秋雨に降られて風邪をぶり返すのは避けたいというのも理由になるかもしれない。
ゲヘナ自治区、どこにでもあるようなビル街の中。周囲に見下されているかのような背の低い四階建てのビルの最上階にて、便利屋として債権回収の依頼を受託して来た私とサッちゃんは、まさに今、その目標と接敵していた。
しかし、私たちが向ける銃口の射線を遮るように立つ先客がひとり。黒髪ツインテールの彼女は見てくれからして生徒らしいが、身に纏う制服はゲヘナのものでも、トリニティのものでもない。
「急に銃声が聞こえて何かと思ったら……あんたたち、あの時の……!?」
銃口が向けられている以上、反射的にその反応になるだろうが……記憶が朧気な私とは違ってすぐに合点がいったらしく、彼女は応戦するようにアサルトライフルの照準をこちらに構えた。その瞳には敵意の色が滲んでいるけれど、それも仕方ない。私たちを知っているということは、あの事件で私たちが何をしたのかも知っているということなのだから。
とはいえ、そんな私たちも今は足を洗い、一般の顧客から依頼を受けて仕事中。これは業務妨害? とやらで排除対象になるのだろうかと、作戦のリーダーであるサッちゃんの判断を仰ぐべく横を見れば。
「用があるのはお前の方だ、『ホースファイナンス』社長。どうやら同業から借りた金を返さない、金融会社の風上にもおけない企業があるらしいな」
サッちゃんはあくまで冷静に、黒髪の少女のさらに奥で腕を組む――金融会社ホースファイナンス、その社長へと目を向けた。
今回の仕事の依頼主は金融業者、そして債権を回収すべきターゲットも金融業者。きな臭いというか、デスクに腰掛ける彼の濁った瞳が何を考えているのかはわからないけれど。
「はて……本日のお客様の予約はもうなかったはずですが、あなたたちは?」
「数ヶ月にわたる借金の踏み倒し、武力による返済拒否。身に覚えがあるはずだ。我々が依頼主に代わって取り立てに来た」
「存じませんね。ところであなたたちが何者か、正当なお客様なのかをお聞きしているのですが」
社長の男は毅然とした態度を崩さずにサッちゃんを睨めつける。その落ち着いた物言いから悪徳業者らしさを感じ取ることはできないが、だからこそ成り立っている商売なのだろう。
その振る舞いに敬意を評して、こちらも真剣に仕事と向き合わせてもらうしかない。銃口の照準はそのままに、私たちは一歩、二歩と部屋の内部へ足を踏み入れていく。
複数のデスクとオフィスチェアとノートパソコン、壁に飾られる絵画の額縁とカレンダー、分厚いファイルの詰まった棚、今も抽出中のコーヒーメーカー。
ざっと見渡す限りはごく普通のオフィス。その奥の一際大きなデスクに鎮座している彼に、少しずつ、近づいていく。
「とぼけても無駄だ。客を呼ぶくらいの金はあるのだろう? 力づくでも回収させてもらう」
「……ふむ。あまり横暴な態度を取られるようでしたら、こちらも相応の対処をさせていただくしかないのですが?」
余裕ぶった口ぶりではあれど、見る限り彼は丸腰だ。それらしい警備といえば扉の前にいたふたりだけで、彼らは既に気絶させてある。
この状況下で一体どんな策があるのかと抱いた疑問の答え合わせをするように。
サッちゃんの宣戦布告にも動じない様子で、彼は小さくため息をつき。
「我が社の重要な取引を邪魔する方には……速やかにお引き取り願います」
パチン、と指を鳴らしたその瞬間――、
――ババババババ――ッ!
「きゃあっ、今度は何!? って何よあいつら!?」
間一髪、こちらへ近づく足音を察知していたサッちゃんと私が同時に左右へ散ると、空気を跳ね返すような衝撃音とともに、元いた空間を銃弾が通過する。
入口を塞ぐように立っていたのは、そこで処理したふたりと同じ装備を身に着けた警備員だ。外したことに気付くや否やすぐに陰に隠れてしまったが、今度はひとりやふたりではない。
黒髪ツインテールの生徒が驚いていたところを見るに、彼女はあれの存在を認知していなかったのだろうか。
サッちゃんは入口へ向かって銃を構え直しながら、横目で背後を窺う。指示を下したであろう社長の方はといえば、武器を手にもせずに不敵に笑うのみだった。
「大事な取引ですからね。万一に備えて兵を用意しておりましたが、本当に呼び出すことになってしまうとは」
「万一に備えてだと? 逃げ場も押さえたこの状況を作り出せる力を隠す行為が、顧客の信用を落とさないとでも?」
「最悪のケースを想定しているからこそ『万一』なのです。表に出していればかえって警戒させてしまいます。あなた方が訪れなければ取引も円滑に進み、何事もなく成立していたでしょう。それに、お客様の安全を保護することにも繋がりますから」
他人の信用を得るための武装……教えられた憎しみのままに銃を手に取っていた私たちアリウスの出身者にはなかった気構えだ。経済を回す立場としてはこういった考え方も必要なのか、と私が納得しかけたところで、サッちゃんはそれを否定するような口ぶりで返す。
「……取引の現場を襲撃される可能性があるほど敵を作っているということか? 例えば……この兵も破談させたがる相手の脅迫に使っていたとか」
「出鱈目な妄言は控えていただきたい。あなたの発言は信用毀損にあたります」
彼女がやけにおしゃべりなのは便利屋68のメンバーによる奇襲までの時間を稼ぐためだったのだろうが、こちらが油断したとでも思ったのか、第二派の銃弾の雨が空を切る。
何発か掠りはしたけれど、狙いは杜撰で単純だ。私たちは床を蹴って跳びながら――ダダダダダダ――ッ!
「ぐああっ!!」
反撃は寸分の狂いもなく命中し、数人の警備員が床に倒れ伏した。さすがの精度というよりは、彼らの方があまりに未熟すぎるだけと評するのが正しい。
「――それにしても、お前の言うその『相応の対処』とやらはこの程度か?」
撃ち終わるなり素早くリロードを済ませ、サッちゃんはジャケットを翻しながら振り返す。私も彼女と同じようにしながら、この状況で未だに冷静な態度を崩さないホースファイナンス社長を見つめた。
「借りた金を返さずに信用とは笑わせる。契約書をよく読んでいなかった、じゃ済まされないだろうに」
「取り消していただきたいのですが、我々は何も返さないとは言っておりません。利子は嵩むかもしれませんが、契約を履行する意思があるのであれば、元金を増やしてからでも遅くないでしょう」
「回収に来た相手を武力で追い返したという話も聞いた。そしてそれは今回も同じ、これで何度目だ? 本当に信用を語る気はあるのか?」
「あなた方のされていることは強盗と何ら変わりありません。もし請け負った仕事としてこのような行為に及んでいるのでしたら、我々はあなた方を軽蔑しますよ」
互いに一歩も譲らず、両者の睨み合いが続く。銃口を向けられているというのに、彼は高姿勢でサッちゃんの言葉を切り捨てるのみだった。
……どうしよう。私たちが手早く回収を終えて脱出できればベスト、それができないと判断して警備員を処理しながら居座っているものの、彼は一向に降参する様子を見せない。
つまりは、また第三波が控えていると考えて警戒しておくべきだ。でも、できれば残弾が尽きてしまう前に、奇襲部隊と合流したい。
そういえば、アルたちはまだ顔を見せてすらいない。四階建てでエレベーターもないとはいえ、窓を焼き切って侵入、階段を上がってくるのにそこまで時間がかかるとは思えないのだけれど……。
「ちょ、ちょっと待って、私完全に置いていかれてない!? 話が飲み込めないんだけど、まず借金って何!? 私、今まさにこの人から借りようと思ってたんだけど!?」
社長の態度に耐えかねてサッちゃんが引き金を引きかけたその時、数秒間続いた沈黙を切り裂いたのは、この場にいる全員が存在を蔑ろにしていた黒髪ツインテールの少女の声だった。
もはや誰に向ければわからないといった様子でアサルトライフルを両手で抱えながら、彼女はわなわなと身を震わせていた。
彼女のような生徒にも、こういった胡散臭い企業からお金を借りなければならない理由があるのかと考えると気の毒ではある。
もしかすると、私たちと似た境遇である可能性も捨て切れない。
今の私に、赤の他人を気遣うほどの余裕はない。でも、私たち生徒が頼れる人なら知っている。
だから、少なくとも、彼女はここにいるべきではないと……事情を知らなければ詮索もできないけれど、それが私の抱いた感想だ。
「いや……心のどこかではわかってたわよ。利子は控えめ期限も数年、そんなに都合のいい話、あるはずないって。私、また騙されたってことね……」
「お、お客様はご心配なさらず! 私共ホースファイナンスは、厳正な審査の上、互いに信頼できる関係の構築を第一に、お客様の更なるご活躍を願って資金のご提供を――」
「戯言を吐くな。借りた金も返さない企業が又貸ししている金のどこに正当性がある。……そこのお前も、わかったなら面倒事になる前に手を引いた方がいい」
「この、大切なお客様の前で好き勝手を……! 早くこの者らを追い出せ!」
落胆する少女となおも取引を妨げる発言を続けるサッちゃんについに堪忍袋の緒が切れたのか、ホースファイナンス社長は入口の方へ向かって大声で呼びかけた。
「くっ、懲りないな……!」
それを合図にぞろぞろと足音を響かせていた正体がひょっこりと半分顔を出し、サッちゃんが発砲すると素早く引っ込んだ。
数も第二派までの非ではない。この人数を処理するのは不可能でこそないが骨が折れる。アルたちはまだだろうか、と部屋の外を注視していると。
――連続した、銃弾の雨を伴わない銃声。
誰かが誤射でもしたのかと思ったが、違う。
部屋の外――正確には、より離れたところで発砲が起きている。
二回、三回と鳴り止まないその音の正体は、まさか――。
「サッちゃん、携帯……!」
「……!」
彼女も予想に至ったのか、私が言い終わるより早くポケットからそれを取り出していた。
作戦開始前、カヨコが繰り返していた通り、その携帯では彼女とアル、ふたりの携帯と通話が繋がったままのはずだ。
敵に勘づかれないように設定していたスピーカーのミュートをサッちゃんが急ぎ解除した瞬間。
『あっ、サオリ……! ごめん、あいつら確かにサオリたちの方へ向かっているようだけど、予想以上に数が多い……!』
『階段で足止め食らうほど溢れてるってどういうことなのよ……!』
銃声が二重になり、その上に更に重なって聞こえたのはふたりの苛立ち混じりの声。
『ごめんなさいごめんなさい、私がのろまだったせいで……! と、特攻して死んできましょうか!?』
『いくら爆破しても減ってる気がしないんだけどー? もう建物ごと吹っ飛ばしちゃった方が早くない?』
続いて、マイクとの距離によるものだろうが、小さくはあるけれど残りのふたりの声も確認できた。
無事なのはわかったけれど、向こうも向こうで手一杯といった様子だ。これじゃ、作戦どころではない。
溢れ返るほどの兵力を、一体どこに隠していたというのだ。こちとら威嚇射撃に用いる弾の余裕もないというのに。
この状況を切り抜けるためにはどうすればいい。非道かもしれないけれど、社長を人質にするとか? ……いよいよもって、どちらが悪かわからなくなる。
難しいことは考えずに、直接社長を痛めつけて……いや、一瞬でも隙を見せれば数の差で圧倒されかねない。
「サッちゃん……」
「くっ……」
隣に立つ彼女に助けを求めるように目配せしてみたが、彼女にだって入口から目を逸らす余裕はない。
敵を逃がさずに捕らえられるメリットに目をつけた地形が、自分たちの首を絞めている。袋の鼠と化した私たちは、そのまま動けずにいるだけ。
「もう、本当に何なのよ、この状況……!」
私たちが行動を起こしたせいで事に巻き込まれた被害者である黒髪の少女の方を見やれば、苦虫を噛み潰したような表情で唸っていて。
通話の向こうでは攻防戦真っ只中。こちらはいつ突入されてもおかしくはない緊張感に飲み込まれそうになっていると……ふと、止まない銃声と爆音の中に、そのどちらにも該当しない轟音が混ざっていることに気付く。
それは徐々にこちらへ近付いてきている。
ババババババ――と、まるで高速で風を切るような――、
「――っ!?」
まさか、と背後を振り向く。
それの正体は、窓の外、すぐ先に見えていた。
滞空位置を定めながら向きを変え、側面に構えられたドアガンが、太陽光を反射して鈍く輝き――、
「サッちゃん、避けて……机の下へ!」
「な――っ!?」
私が声を上げたことを非常事態と判断してくれたのだろう。何事かと問う前に、彼女は半身を翻しながら横に跳んで死角へ飛び込む。それを隙と捕らえたのか姿を現した警備員をしっかり打ち倒しながら。
一方、ヘリコプターのドアガンは間もなく私たちが立っていた場所に狙いを定めて――私も反対側の机の下へ向かって跳ぼうとした時、射線上に取り残される黒髪の少女の顔が目に入った。
何が起きているのかわからないといった表情だ。ああ、私たちがここへ来た時からそれは変わっていないのかもしれないが。
射撃手はもう既に予備動作に入っている。
あと三秒もすれば、高威力の弾丸をその身に受けることになるだろう。私も、未だ事の重大さに気付いていない彼女も。
彼女を見捨てることは簡単だ。彼女は私を知っているようだったけれど、私に彼女に関する記憶はないし、偶然そこに居合わせただけの赤の他人なのだから助ける義理もない。
……そう、簡単なのは、わかっている。
わかってはいるのだ。もう発射まで残り一秒に迫った銃撃から、自分だけが助かる方法なんて。
――でも、そんな理由付けより大事なことを、私は誓った。
私を救ってくれた先生のように、私も誰かを救う側にならなければならないと。
「――っ!」
――コンマ一秒。
勢いよく床を蹴り、飛び出した。
机のある側方ではなく、前方へ。
――コンマ四秒。
これは……邪魔だ。
愛銃スコルピウスを横へ投げ捨て、身を屈めながら両手を突き出した。
――コンマ七秒。
突然のことに驚いたのか銃を構えかけた彼女のもとへ飛び込んだ。振り払われたその銃は、持ち主の手を離れて宙へ投げ出される。
――コンマ九秒、いや、一秒――!
身を反転させ、硬い床へ転がり込む。
その両手で、彼女のお腹の辺りを抱き抱えながら。
間に合うかどうかは賭けだった。
けれど、決死の判断が間違っているとも思わなかった。
当たり所が悪ければ、このまま私を雇ってくれた便利屋68のみんなの期待を裏切ることになってしまいかねないのに。
ついこの前、アズサと交戦した時だって、自分の身を投げ出すのは簡単だったから……今回も同じだと、慢心してしまったのかもしれない。
私の命運と決意を天秤に掛けた、そんな浅はかな行動とほぼ同時に。
高速の銃声がけたたましく鳴り響き、無防備な標的の前に立ち塞がる窓ガラスを容赦なく貫いた。
作中ではあまり触れないようにしていますが、当然モブはロボ系です