Flos qui in fine vanitatis floruit   作:霜山美月

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2日連続投稿なんて4年半ぶりとかじゃないですか?えらすぎる……


Larva / 覆面

 ――硬い殻の中に閉じこもって、他人に言われるがままにして、本当の自分を隠している。

 ――パーンって弾けた方が、ほしい答えに辿り着けるかもしれない。

 

 あの時、ムツキが求めていた答えを理解できたわけではない。そもそも、その問いに深い意味が込められているのかもわからない。

 閉じこもるも何も、私に大切な家族以外との関わりはほとんどなかったのだ。前提条件が崩れた議論は成り立たない。

 

 でも……他人に言われるがままだったのは事実。マダムに命令されたから、サッちゃんに指示を下されたから、先生がそうするよう求めてきたから。

 本当の自分を隠しているのは、嘘とは言い切れなかったのかもしれない。

 でも、より正確に言い表すのであれば……私自身、本当の自分を理解しようとしていなかったのだろう。

 そんな私が初めて赤の他人を救いたいと判断したことは、彼女の求めた回答になっているだろうか。

 

 砕け散ったガラスの破片が視界に舞う。

 背を向けているとはいえ、マスクを被っていてよかったと、この時ばかりはマダムに感謝した。

 銃声は止まり、プロペラが風を切る音も少しだけ遠のく。

 身体の節々は痛むような気もするけれど、我慢比べに勝利したとわかっただけでも十分だ。

 

「姫……ッ!?」

 

 サッちゃんが机から顔を出してこちらを覗き見ている。まだ敵も残っているのだから私より自分の身を心配してほしいと言い返したかったが、部屋のど真ん中を撃ち抜いた銃弾の雨は入口周辺の味方の警備員すら蹴散らしていたようで、彼らもこちら以上に動揺しているようだった。

 

「あ……あんた……っ」

 

 私に抱き抱えられたままの黒髪の少女は、驚きと困惑の入り交じった瞳で私を見る。

 今の一瞬で何が起きたのかをようやく理解したのだろう。

 全弾は躱し切れなかったけれど、彼女に命中することは避けられた。

 手を離し、深呼吸して身体の感覚を確かめる。

 

「……大丈夫。痛いのは慣れてるから」

 

 最近体験した『ヘイローを壊す爆弾』なんかに比べればこの程度の痛み、小石に躓いて転んだようなものだ。

 心配ないと微笑みかけるも、このマスクの奥にある表情を察することのできない彼女は黙り込んでしまう。

 あるいは私を敵と認識していたから、その行動に戸惑っているだけかもしれない。

 

「……くっ、一筋縄ではいきませんか。ですが、ひとりはもう動けないでしょう。さあ、次の攻撃を――!」

 

 いずれにせよ、反撃の手立てを考えなければ。

 ホースファイナンス社長の指示に従って、再度プロペラの生む轟音が近付いてくる。

 彼は私たちを過小評価しているらしいが、不意を突こうにもあのヘリコプターをどうにかしない限りは下手に動けないのも事実。生身で撃ち合っても不利だし、そちらばかりに気を取られていては入口側の警備員に背を向けることになってしまう。

 

 こうして悩んでいる時間なんかない。

 何か、ないのか。反撃に転じる一手は、窮地を覆す方法は。

 サッちゃんは私の安全を確認することだけはできたものの余裕がなく、すぐにこちら側から見えない机の陰に戻って警備員の対処に戻ってしまった。

 

 振り返って見れば同じ位置へ戻ってきたヘリコプターが、先程より正確に私の位置を見定めて射撃準備に入っている。陽光を乱反射させる半壊したガラスの向こうで、射撃手はしたり顔でこちらを見ていることだろう。

 こんな時、師であるサッちゃんに負けずとも劣らないゲリラ戦の達人、アズサがいればどんな機転を利かせただろうか――家族でありながらこれまで考えようともしなかった、私に模倣できるはずのない彼女の戦略を思い返そうとした時だった。

 

 ――ドガアアァァァァン――!!

 

 ドアガンの発砲音の代わりに、耳を劈くような爆音が間近で鳴り響く。

 白昼夢でも見ているのではないかと疑うほど、私は私の視界を信じられなかった。

 

「……え?」

 

 壁際で屈みながら間抜けな声を出すホースファイナンス社長、黒髪の少女、サッちゃんと攻撃を止めた警備員たち、そして私の視線が集う先。

 こちらへ狙いを定めていたはずの真っ白なヘリコプターは爆ぜながら墜落し。

 それに代わって、見慣れない校章のプリントされた、漆黒の機体が滞空していた。

 

「えっ……あれって……!」

 

 そういえば私に抱かれたままだった彼女が小さく声を漏らす。

 それが何を意味するのか、聞いた瞬間はわからなかったけれど、微かに引っかかっていた私の記憶がようやく線を結ぶのはその直後だった。

 

 間もなくしてヘリコプターは窓のすぐ傍まで接近し――、その中から飛び出した三人の人影が、残ったガラスを全壊させながら転がり込んできた。

 穏やかな笑みでそれこそヘリコプターに装備されるような厳ついミニガンを携える少女、季節を先取りしたマフラーを巻いた無表情な少女、そして、腰より長い桃色の髪とオッドアイが特徴的な、気怠げに立ち上がる小柄な少女。

 

「おやぁ、可愛い後輩を追いかけて来てみれば、珍しい顔ぶれだ~。お取り込み中だったかな?」

 

 最後に飛び込んできた小柄な彼女は、にやりと笑みを浮かべながらこちらを見た。

 

「せ……先輩たち!? どうしてここに……!?」

「ん、助けに来た。セリカがまた怪しい業者に引っかかってるかもしれないって」

「ヘリはアヤネちゃんがやっつけてくれました~☆ 間一髪、間に合ったみたいですね?」

『あはは……危ないところでしたが、かえって見つけやすくて助かりました』

 

 黒髪の少女――改めセリカの問いに、マフラーの少女とミニガンの少女がそれぞれ答える。最後の通信を介した音声は、あのヘリコプターの操縦席に座る赤眼鏡を掛けた少女……もとい、アヤネという名の彼女のものか。

 

 五人揃って初めて、彼女たちが私の記憶に新しい人物だと思い出すことができた。

 彼女たちとは一度だけ、私たちアリウススクワッドがアズサたちや先生に敗北したあの運命の日に出会ったことがあったのだ。

 

「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く――」

 

 中心に立つ小柄な少女は、芝居がかった口調で語りながら、一歩ずつこちらへ歩み寄る。

 

 あの時もアズサと、彼女の友人であるヒフミの窮地を救いに現れた五人組の――その名を。

 

「――覆面水着団、仲間のピンチに参上……ってね」

 

 

 

 予想だにしない闖入者に、その場の誰もが言葉を失った。

 かつての私たち……いや、もしかしたらそれ以上に優れた連携と個々の戦闘能力をもって悪を裁く覆面水着団――改め、アビドス高等学校の生徒会組織、対策委員会の面々。

 あの時は面白おかしい集団だと思っていたけれど、その実力は紛れもなく本物だ。生徒会にしてアビドス唯一の生徒たちであるという話を聞いた後だと、あの歴戦の勇士っぷりにも頷ける。

 

「あれ、今のはもっと驚くところだよ? もしくは笑うところ。無反応だとおじさんも恥ずかしくなっちゃうな~」

「ん、ホシノ先輩は決まってた。多分、恐怖で声が出ないだけ」

「そう言ってくれるのはシロコちゃんだけだぁ。ほんといい子に育ってくれておじさん嬉しいよ、およよ……」

『あはは……こちらからだと少し離れているせいか、皆さんに引かれているようにも見えますが……』

 

 ホシノと呼ばれた彼女が気の抜けた顔で涙を拭うような仕草をし、シロコというらしい無表情な少女がアサルトライフルのグリップを握り直しながらフォローに入る。

 実際、社長の方は絶句しながら一歩退いていた。どちらの意見がより正しかったのかは、彼らのみぞ知ることだ。

 

「水着はおろか、今回は覆面すら被っていないが……?」

「覆面水着団は、昼はアイドルとして活動して、夜になると悪人を成敗しに行くグループなんです。今回は緊急事態だったので、このまま来ちゃいました☆」

「いや、これまで夜に被ってたことなんかなかったし、これもう完全に顔割れちゃったじゃん! っていうかノノミ先輩、その設定まだ生きてたの!? あとホシノ先輩、ここゲヘナだし、トラブル起こしたらまずいんじゃ……」

「んー、大丈夫でしょ。風紀委員長ちゃんなら話せばわかってくれるよ~」

 

 私が抱いたものと同じ疑問をサッちゃんが口にすれば、ノノミと呼ばれた少女がミニガン片手にもう片方の手の人差し指を振りながら説明し、セリカが立ち上がりながら突っ込む。

 つい数分前までの緊迫した雰囲気はどこへやら、場の空気は瞬く間に覆面水着団によって支配されていた。

 

 第三者の登場によって訪れた和気藹々としたムードに私も流されそうになっていたが、注意を怠ってはいけない。

 債権回収の任務の真っ只中である私たちは、セリカを助けに来た彼女らと交戦したことのある存在だ。

 このグループの戦力は、人数の差があったとはいえ今の今まで私たちが苦戦を強いられていた警備員たちの比ではない。戦闘になってしまえば、さすがのサッちゃんでも撤退を余儀なくされるだろう。

 

 しかし、そんな警戒は杞憂だとでもいうように。

 青と黄色のオッドアイの少女――ホシノは、ショットガンを持つ手をぶらつかせたまま私に歩み寄り、

 

「ふぅん。何となく事情は察したけど、正直、ちょっと驚いたよ」

 

 私の真横にしゃがみ込むと、私だけに聞かせようとしているような声量で囁いた。

 

「……ありがとね。セリカちゃんのこと、助けてくれて」

 

 強ばっていた肩の力が抜けるような、優しく温かい声色。

 アヤネの操るヘリコプターの駆動音を忘れてしまうほど、か細くもはっきり明瞭に聞こえた声が、鼓膜を通り抜けて胸の奥へすっと入っていくようだった。

 たった一言だけ残した彼女は、私がその顔色を見ようとするより早く立ち上がってしまう。

 

「……ホシノ先輩? その子に何か?」

「なんでもないよ。変わったマスクだなーって思ったから間近で見たくてね?」

『嘘にしても無理があるんじゃ……?』

「いやいや、覆面水着団も同じ覆面ばっかじゃ飽きるでしょ? 次はあんなのもアリじゃない?」

「なるほど、名案ですね~。アヤネちゃん、発注お願いします☆」

『しませんって! ノノミ先輩も乗らないでください!』

 

 元の位置へ戻ってくるりと半回転した彼女は、やる気のなさそうな顔つきに戻って――今度は、眉を上げながらショットガンの安全装置を外した。

 

「さーて、どうしようか? どうせ、うちの学校の借金の話を親身になったフリして聞いて引っ掛けたんだろうけどさ。私たちの可愛い後輩ちゃんに手を出そうとした罪は重いよ~?」

 

 銃口の捉える先はホースファイナンス社長の胸元。

 次第に廊下で響く銃声は減っていき、長いようで短かった初任務のピークが通り過ぎていくのを感じる。

 それは、本件の決着が近付いてくることを示唆していた。

 

「う……今回に関しては私の自業自得、なんだけど……」

「関係ない。悪いのは騙される方じゃなくて騙す方」

「シロコ先輩……」

「それに、長話をして悪徳金融から借りるくらいなら、最初から銀行を襲った方が早い」

「シロコ先輩……」

「……ん、わかってる。それくらい、しない方がいいって意味」

 

 シロコはそう言葉を零しながら床に落ちていた銃を拾い上げてセリカに渡し、自らも白塗りのアサルトライフルを構えた。

 私の選択は間違っていなかった――そう証明するように、倍以上に増えてしまった強盗紛いの集団の銃身が牙を剥く。

 社長の方は、もはや威勢を放つ余裕もなく、引き攣った表情を浮かべながら後退りしていた。その背後には壁しかなく、逃げ場はないというのに。

 

「覆面、水着団だと……!?」

 

 まるで顔面蒼白といった表現が似合うような様子で叫んだ声は震えている。冗談なのか本気なのか、いや、セリカは『設定』と言っていた気もするが……ノノミ曰く、彼女たちはアイドルとして活動しているだけあって有名なのだろうか……と首を傾げていれば。

 

「カイザーローンを襲撃して大量の現金を奪い、武装したカイザーPMCすら壊滅させ、噂ではトリニティの大規模テロにも関与していたというあの……!?」

「……なんかちょっと話に尾ひれついてない?」

『あはは……言い方はあれですけど、一応事実でしょうか……』

「今はリーダー不在ですが、本当は六人組なんです。今度は連れてきますね♣︎」

「こ、今度なんてないから! もう騙されないし!」

 

 ……私たちがかつて戦った相手は、想像以上に優れた実績のある集団らしい。まぁ、学園間の戦争の火種を作った私たちほどではないかもしれないけれど……。

 

「バカな……! どうしてあのテロリストがこんなところに……お、おい! 早く増援を!」

 

 社長は大声で叫ぶものの、助けを求める声は虚しく静まり返った廊下へ霧散していった。

 信じられないという顔つきで固まる彼を見て、確信する。一時はどうなるのかと思っていたが――やってくれたのだ、彼女たちは。

 

「ようやく全部片付いたわ……まったく、手を掛けさせてくれるわね……!」

 

 彼の呼んだ警備員に代わり、肩で息をしながら部屋の前に現れたのは、我がチームのリーダー――アルだ。

 多少疲れているようではあるが、その身に怪我を負った様子はない。記憶違いでなければ相当な時間にわたって撃ち合いが続いていたはずなのに、彼女の羽織る高級そうなコートには汚れひとつ見当たらなかった。

 

「雑魚の癖に無限湧きするんだもん、さすがのムツキちゃんも飽きちゃうなぁ」

「でも、たかがあの程度の軍隊で私たちを追い返そうだなんて、私たちも甘く見られたものね……? 何たって私たちは――」

「はぁ……苦戦させられたのは事実だけどね」

「べん――い、いいじゃない言わなくても! 真のアウトローは常に余裕を見せつけていなきゃでしょ!」

「べ、便意……? アル様、お手洗いですか……?」

 

 続いて、残りのメンバーも続々と姿を現す。

 全員も全員、揃って無傷。私を迎え入れてくれた社員たちも、その力を生業にしているだけあって、覆面水着団に劣らない実力者だったようだ。

 

「あ、あんたたち……便利屋68……!?」

 

 密度が高くなってきた部屋の中でいち早くセリカが声を上げる。

 アルはチームメンバーと目標以外の人物がいることに気付くと、目を瞬かせながら軽く会釈した。

 

「あら……アビドスの対策委員会じゃない。こんなところで出会うなんて、奇遇ね?」

「あはっ、この前ぶりー。私の可愛いメガネっ娘ちゃんは? あっ、オペレーターだし学校か」

『えーと……こんにちは、便利屋68の皆さん、アヤネです。今日は輸送担当なので、一応外から見てます』

 

 どうやら私たちの雇い主はアビドスと面識があったらしく、妙に弛緩しきった雰囲気だ。

 過去に何度も事件を引き起こしてきた覆面水着団と、今自分たちの本拠地を襲撃している便利屋68。そのふたつの組織が敵対関係でないどころか仲睦まじい会話すら始めているところを目の当たりにしてしまえば、社長の気が動転するのも仕方なく。

 

「覆面水着団に……便利屋68……!?」

「……言ってなかったか?」

「聞いていません! あなた方があの便利屋68だと知っていれば、私だってこんなことは……!」

「では、借りた金は――」

「今すぐ用意します! あなた方の相手なんてしていたら、命なんていくつあっても足りませんので……!」

「えぇー……あんたたち、便利屋のバイトだったの……」

 

 いまいち場についていけていなかったサッちゃんが困惑したように問えば、彼は前のめりになりながら答えた。これまで私たちが苦戦していた苦労は何だったのかと後悔したくなるほどの必死さだ。横で別のことに呆れているセリカと合わさってシュールな絵になっている。

 

「なるほど、この子たちが便利屋で……ああいや、おじさんたちはセリカちゃんを助けにきただけでね、事情はよく知らないんだけどさ~。興味本位で訊いてもいい? 便利屋68と何かあったの?」

 

 彼が両手を上げながら金庫へ向かおうとすると、背中からホシノが呼びかける。

 彼が戦意喪失したことを察して銃を下ろしながら、幼い顔つきの上に疑問符を浮かべていた。

 彼女らはセリカの救出を目的に偶然居合わせただけで、私たちの目標は知らないのだ。しかし、守秘義務? としては教えていいものかと考える前に、本人の口からその顛末が語られ始めた。

 

「この方たちの仰る通り、期限を踏み倒している借金が……」

「借金? 金融業者が?」

「ああいやえっと……元々金貸しをやってはいたのですが、顧客拡大を狙ってカイザーローンに融資を申請したら断られまして……もうやけになって、別の業者から借りた金を元手にウマで増やそうかと思い立ってしまい……」

「……ウマ? 先輩、ウマって何?」

「競馬のこと。要するに賭け事でお金を増やそうってことだねぇ」

 

 初めて耳にする情報に、セリカが目をぱちくりさせている。振り返ってこちらのメンバーにも目配せしてみたが、アルもサッちゃんもふるふると首を横に振っていた。

 確かに成功すれば大きなリターンを得られるのが賭け事だが、社長ともあろう人物が事業に使う金を使い込んでいるとは、普通考えもしないことだ。

 そんな中で、会話に割り込んだのは意外にもカヨコだった。彼女は呆れたようにため息をついてから、社長の目を見つめる。

 

「……練度はどうあれ、あれだけの兵力を動員できてるんだから稼げてはいるんでしょ」

「ええ、利息でギリギリなんとか。ただウマの方が連敗中で……いえ、私の推し馬はまだまだ成長中なので、次こそは――」

「なるほどね。部外者が口出しするのもどうかと思うけど、それはやめた方がいいよ。日頃から賭け事に明け暮れてる学校も知ってるけど、ロクなところじゃない。あなたの経歴に傷を付けてるだけ」

 

 やや後半の言葉を強調して、彼女は社長を非難する。はっと顔を上げる彼に対し、カヨコは腕を組みながら続けた。

 

「さっき私の方で軽く調べてみたけど、ホースファイナンスの評価はそれなりに高い。否定的な口コミもほとんど見なかったし、むしろ賞賛の声が多かった。法外な金利も無茶な期限も提示して来ない、あれがゲヘナの事業主だとはとても信じられない、ってね」

「……確かに、私もそんな口コミを見かけたから来てみたんだけど……」

「それが今回のターゲットだって言うんだから、一体どんな裏があるんだろう、所詮信憑性に欠けるネットの情報なのかと思ってみんなには共有できていなかったけど……まさかギャンブルで落ちぶれていただけだなんてね。……もったいない、この一言に尽きるよ」

 

 カヨコはそう言い切ると、首を押さえながら瞑目した。

 社長は金庫に手をかけたまま目を伏せ、何も言い返せずにいる。

 

「ありゃ~、おじさんの早とちりだったか。いやぁ、歳をとると思い込みが激しくなっちゃってダメだねぇ」

『だからそんなに歳変わらないじゃないですか……』

「ホシノ先輩は間違ってない。前みたいに、真っ先にセリカがいないことに気付いて、探そうって言ってくれた」

「シロコちゃんの言う通りです! だからこそ、ホシノ先輩は私たちの頼れる先輩なんですから!」

「あ、あれ~? またそういう流れになっちゃう? 勘弁して欲しいなぁ、もう……」

 

 アビドスの面々も納得したらしく、青春とでも形容すべき空気感を形成していた。

 ホースファイナンスが悪徳金融でなく、セリカと合法な取引を行おうとしていたのであれば、彼女たちこそ本当に優良事業者の本拠地に乗り込んでただ騒ぎを起こしただけのテロリストになってしまうのだが……それは口にしない方が賢明だろう。

 

「……カヨコの言うことが正しければ、そうね。あなたたちがまともな事業をしているのは確かなら尚更、同じ経営者としてその汚点は見逃せないわ。最初こそ、この過剰すぎる警備も怪しさ満点だと思っていたけれど……まぁ冷静に考えて、このゲヘナで真っ当な金融なんてやろうと思ったら、これくらいの備えはないと怖くてやっていけないわよね」

 

 カヨコに代わって、今度はアルが話を引き継いだ。初めてカフェで出会った時のような、不敵な笑みを混じえた真剣な表情で。

 

「あなたには人を助ける力がある。稼ぐ力もある。顧客の信用も得ていて、実績もある。たかがギャンブルのために借りた金も返せなくなるような人じゃないはずよ。だから……やり直しなさい。そうしてくれればいつか、私が新しい顧客になってあげてもいいわ」

「ま、風紀委員会に目をつけられてる私たちみたいな不法事業者が言えたクチじゃないけどね~」

「ちょ……ちょっとムツキ!」

 

 しかしムツキの余計な一言で、キリッとしていた目元がまた崩れてしまう。

 それでも、社長にはどこか響いたようで、彼は憑き物が落ちたような顔つきをしていた。

 

「……はい。まったくもって、返す言葉もございません。信用を第一に考えていたはずなのに、自分を見失っていたようで……今、やっと目を覚ました気分です」

「……ええ」

「実は言うと、ウマで勝ったことなんて一度もありませんでして……誰かに止めてほしかったんでしょうか。ギャンブルは金輪際、やめようと思います」

「そう、それでいいわ」

「いつものアルちゃんなら、ここでかっこつけて借金も受け取らずに『出世払いでいいわ、そのお金で建て直しなさい』とか言いそうだけど、今回はこっちも新人のお給料払わなきゃだからね?」

「わ、わかってるわよ!」

「あ、いえ……大丈夫です、約束の金額は今ご用意しましたので……残ったお金で、何とかやってみせましょう。あの便利屋68の社長直々に太鼓判を押していただいた以上、引き下がるわけにはいきませんから」

 

 社長は金庫から取り出した札束をアルに差し出し、それを受け取った彼女は依頼のメモと照らし合わせながら枚数を数え始めた。横からアビドスの面々の視線が突き刺さっているような気もしたが、考えすぎかもしれない。

 

「……サッちゃん」

「……ん?」

「一件落着、だね」

「……そうだな」

 

 思い返してみれば、戦況が傾いたきっかけはアビドスの乱入、決着をつけたのは便利屋68のメンバーなので、私たちが何の役に立てたのかは疑問が残るところだが。

 ……仕事も必ず上手くいくわけではないのだとすれば、きっとこれもいい経験になったはずだ。

 微々たる戦果しか上げられていない私が今だけはそう肯定的になれるのは、私の耳元で囁かれた、ホシノの慈愛に満ちた一言のおかげだった。




モブはロボ(復唱)
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