──古今東西、世界には様々な神話が存在する。
天を裂き、地を砕き、大気を作り生命を育む。
流れる涙は雨となり、大地を潤し万物を癒し、溜まり溜まって海となる。
溢れる憤怒は
その形に差はあれど、神は星の頂点であった。
その御心に差はあれど、神は人を尊び、弄び、触れ合ってきた。
人の文化や歴史は世界各地、それぞれの地域でほとんど独自に発展してきた。だというのに、そのほぼ全てに、人の理を越えた神を描いた逸話は存在する。多少の違いはあれどソレらは全て人に似た姿で、人智を越えた力を用い人間よりも人間らしく、それぞれの神話を紡いだ。
──さて、ある神がふと疑問を呈した。「神話ってごちゃごちゃと沢山点在してるけどさあ、んでどれが一番凄いわけ? どうせ
一神の言葉は波紋を呼ぶ。細々と繋がっていた神話同士のネットワーク、そこでかの発言は物議を醸す。
開かれた会議の場で「いいじゃねえか喧嘩上等」、と日の本の一神は立ち上がる。「争いなんて野蛮だわ」とギリシアの一神は諌める。「静粛に」と場を静めたのはエジプトの一神だった。
「そんなに争いたいなら争えばいいではないか」と提案したのはある地の一神。
「白黒はっきりつけるのが一番。たまにはこういう催しが在るのもよかろうて」
「しかし我々が争うと地上や神界にも被害が……!」
「無論それはわかっておる。だから、こういうときのための存在がいるではないか?」
「こういう時のための存在……?」
「左様」
二ィッ、と笑ったその神は、雲の下の遥か下界を指差した。
「それぞれが代理を立て、人間に争ってもらうのがよかろうて」
──かくて、戦いは始まる。神の神による神のための、人を使った争いが。
此より紡がれるは最先端にして最終型の神話。この戦いは、発端となった神の原典を元に、こう呼ばれることとなる──
*
「とぅっ、とぅっ、とぅっ」
机を周期的に指で叩きながら、前髪の跳ねた少年が時計を眺めている。座ってる椅子の足を浮かせ、メトロノームを思わせる几帳面さで前後に運動を繰り返しながら、カチカチと進む秒針を見つめる。
「カチッ」
カチッ、とこれまでより少し強い音。針は立ち止まり、同時に中からは鳩が飛び出る。
「クルックー、クルックー」
クルックー、クルックーと小さな鳩が鳴く。五回鳴くと時計の中に引っ込み、同時に少年は立ち上がった。
「よっしゃ定時! 帰ろ帰ろ!!」
「毎度毎度よくやるよなあ……」
「あの元気を活動中に出してほしいもんだわ……」
立ち上がった少年の隣で、栗毛色のふわっとした髪質の少年は鞄を肩にかけ歩き出す。向かいに座っていたポニーテールの少女は次いで、窓際のカーテンを纏め部屋の電気を消した。窓から差し込む、茜色の自然光が室内を照らす。
「そんなに嬉しそうに帰り出すくらいなら、部活なんてやめちまえばいーのに」
その言葉を受けて前髪の跳ねた少年は、首を傾げて嘆息する。
「はあ、わかってないなあ。部活があるからこそ、夕焼けの帰路は煌めくのさ……!」
「何言ってんのコイツ?」
「すまん、俺もわからん」
「あー、早く帰ってラノベ読みたい〜」
「部室でも読んでただろ」
「あれはライト文芸なの。いい? 別ジャンルなの、別ジャンル。これでも一応僕らが文芸部だってことを考えて読む本を選んでるんだからね?」
「その謎の気遣いは活動の方に使ってほしいんだけど!」
キッ、と鋭い眼光で少女は二人を睨んだ。少年二人の間に挟まれる形になっているため、右に左に忙しなくガンを飛ばしている。
「最近なんてまともに活動してるの私だけじゃない!」
「はあ……俺に関しては今日は補習とか色々あったし、しょうがないだろ」
「そもそも補習になる方が悪いと思うけど、まあ今回は保留。問題はこのアホよ」
「ふええ?」
呼ばれたアホはあざとく首を傾げる。跳ねた前髪もぽよん、と少し弾んだ。少女の眉間に皺が寄る。彼はそれを見てフッ、と口角を上げた。
「一人だけまともに活動を行っていらっしゃった副部長は言うことが違うよねえ、書記殿」
「そうだな部長。んで、本日の副部長はどんな絡みを書いてたんだ?」
──文芸部所属……役職は副部長、一年四組出席番号六番
「私だってちゃんと、部活だってことを考えて書くジャンルを選んでるからね!?」
「やめとけ! やめとけ! あいつはBLしか書かないんだ……他のを書けよって誘っても楽しいんだか楽しくないんだか……」
欠点はただ一つ、腐りきっているという点のみである。彼女は俗に言う腐向け小説の読み書きが好きで、同好の士を求めて文芸部に入ったという、終わったエピソードを持っている。
「だー! かー! らー! 普通の小説を書いてたって言ってるでしょ!?」
「普通の、ってじゃあどんなのを書いたんだ……?」
「いや、いい。触れないでおいてやろうよ、来芽……君だって、他人にとやかく言われたくない趣味の一つや二つはあるでしょう?」
「そうか……」
「その『ああ、もう手遅れなんですね……』って感じの哀れみの目を向けるのをやめてくれる? 」
──文芸部所属・役職=書記兼会計、一年五組出席番号十九番
「手遅れって点で言えば水那月もそうでしょう」
「ん? 僕?」
「オタクなことに関しては私も同じだし何も言えないけど、コスプレはちょっとヤバイと思うのよ」
「コスプレくらいなら普通じゃない?」
──文芸部に所属、役職は不愉快ながら部長。一年四組出席番号三十二番
「お前らの言い合いって傍から見ると五十歩百歩って感じなんだよな」
「全然違う!」
「あー、似たようなもんだよね」
「違うって言ってるでしょ! あんたは認めないでよ!」
少年たちは笑い、少女は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに少し速く足取りを進めた。
「…………ん?」
「どうした水那月?」
「あのさ、アレってもしかして流れ星じゃない?」
多少街灯はあるが、割と郊外に位置する彼らの通学路は都心のそれと比べるとやや少ない。故にその光はより綺麗に──鮮明に確認出来た。最初は一つ。次には二つ。
三つ四つと増えていき、空を端から端までかけていくものもあれば、瞬くようにすぐ消えるものもあった。
「綺麗だな。今日って何かの流星群の日だったか?」
「確かそんな話はなかったと思うけど……」
鈴葉は首を傾げ、スマートフォンで何かを調べ始める。しかしその間にも流星群は続き、遂には──
「……なあ水那月」
「どうした来芽くん」
「あの流れ星、なんか何処かに落ちてるように見えないか?」
「ん、見えるね」
見ると、東の空に見えた流星は段々と高度を落とし──いくつか分岐して、近場に落下しているように見えた。
「丁度アレ、うちの近所に落ちてるような気もするけど……何気にやばくないかな? 怖くなってきたぜ僕」
「星が見えなくなった割に爆発も何も起こった様子はないし、大丈夫なんじゃないか。案外今のもただの見間違いかもしれんし」
「今日は特に流星群が降る予定はないみたいだけれど……何なんでしょうね」
調べ終わった様子の鈴葉が空を睨む。まあ綺麗ではあるし、危険がないのであれば構わないのだが──
「じゃあアレも見間違いかな?」
稀里椰は三日月の隣辺りを指差す。見ると、一際輝く赤、青、翠の星が、見るからにこちらの方角に向かってきていた。まるでアニメーションのように鮮やかに発光し、最初は豆粒くらいだったのがいつの間にか拳大の大きさに見える。
「ちょっと! アレ明らかに私たちの方角に来てるでしょ!!」
「大丈夫! 全力で走れば多分避けられるから!」
「あのサイズの星なら、何処に逃げようが関係ないだろ」
言い終わる頃には星はバスケットボール程の大きさとなっていた。しかし心なしかその速度は徐々に落ちているように見える。
「ここまで……くれば……大丈夫やな! せや、友達見捨てて一人で助かったろ!」
「何で関西弁!?」
ふう、と満足げに立ち止まった稀里椰は、二十メートルほど離れた友人へ振り返るが、無論あのサイズの隕石着弾の衝撃が、その程度の距離で防げるはずがない。
「……というか、離れた意味なんてなかったみたいだぞ」
「え?」
落下してきた内の一つ──赤い星が、
「え……えー……」
あまりにも現実感のない軌道に、夢ではないかと疑ってしまう。頬を抓ってみるが普通に痛い。ああ死ぬのか、なんて呆然と考えたが──前方に迫る隕石は淡く煌めき。かと思えば唐突に眩く発光して、思わず稀里椰は目を瞑った。
「ん……?」
痛みはない。苦しみもない。いつの間にか眩さも消えている。それすら感じぬ速度で即死したのだとすればある意味喜ばしい限りだが、そういうわけでもない気がする。
ゆっくりと目を開く。辺り一面は気が狂いそうなほど、ただただ白が続くだけの謎の空間。天井知らずであり、同時に平行の広がりも分からなかった。手を伸ばせば壁に触れる気もするし、いつまでも触れられないような気もする。そんな不思議な錯覚を味わう。
死後の世界という奴だろうか、いやいやそれはいくらなんでも……などと考えながら稀里椰が右を向くと、ボーッとした表情の来芽。思わず左を向くと、困惑した表情の鈴葉と目が合った。
「ちょ、ちょっと何よコレ!? どういうことっ!?」
「んなモン僕が知るはずないだろ! 人に聞く前に自分で考えなさいな!!」
「考えたって分かるはずないでしょう!? 分からないから聞いてるのよ!」
「僕だって分からないって言ってるでしょうがぁ!!」
「……ちょっと落ち着けよ、二人とも」
「「落ち着けるはずないだろうがっ!?」」
寧ろ落ち着いている様子の来芽に困惑する二人。こんな意味のわからない状況下で平然としていられるということに得体の知れなさすら感じる。
しかし言われた通りに落ち着こうと、同時に仲良くひとまず深呼吸する。
「ふー……ほっぺたをつみゃみゅといひゃいひゃら、ひんひゃっひぇわひぇひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「ほっぺたをつまんで笑いながら話すな! 何言ってるか分からないでしょうがっ!」
"ほっぺたをつまむと痛いから、死んだわけじゃなさそうだハハハハハハハ! "と喋りたかったらしい。
「怒るな怒るな。来芽の言ってた通りcoolにいこうよ鈴葉さん?」
「うざい……果てしなく顔がうざい……ッ!」
無駄に良い発音もイラつきのアクセントになる。そこまで言わなくてもよくない……? と少し拗ねる稀里椰だったが、傍から見ていた来芽から見てもムカつく顔をしていた。そればかりはしょうがない、と苦笑いし、何となしに空を仰いだのだが──
「……おい、上見てみろよ。二人とも」
「上……?」
言われた通り鈴葉は上を見上げる。稀里椰も釣られてそうすると、ただ白かったはずの空間の、遥か上の方で小さく亀裂が入ったのが見えた。ピキピキと徐々に広がっていき、やがて人一人が通れそうなほどの孔ができる。
唖然としながらそれを見守る三人の元に、孔から勢いよく飛び出した
「おめでとうございます♪」
にっこりと、
「おめでとうございます♪」
インプットされた行動を繰り返すAIのように、再び祝いの言葉を述べる。
「え、えーっと……何がっすか? あ、もしかして今日誰かお誕生日だったりして!?」
「俺は違うぞ」
「私も違うけど……」
「ええ……じゃあどういう……」
困惑する稀里椰に対して、
「貴方達は神に選ばれました♪」
──神。全知全能、凡そ出来ないことはないと思われる万能の存在。平常時に言われれば『何を馬鹿なことを』と笑い飛ばしかねないその発言は、しかしこの状況下においてはとてつもない信憑性を誇っていた。
映画やドラマで見られるような、古代ギリシア風の衣装──キトンを身に纏い、頭上には黄色い輪がぷかぷかと浮いている。特徴的なのはその背中で、純白の大きな翼が悠々と開かれていた。
少し長めと思われる金髪をポニーテールにした、見目麗しい少女。それを一言で形容するなら天使という他なく。思わず鈴葉が疑問を呈した。
「あのー……あなたは一体何なんでしょう? 天使?」
「はい♪ 私は神の僕であり天に遣わされた存在──天使です♪」
その実天使であった。稀里椰の質問にそう答えた天使は、「失礼。こんな殺風景な所ではおちおち話もしていられませんよね」と言って右手を軽く振る。するとそこから温かな波動が広がっていき、同時に殺人的な白色は柔らかな緑へと変わり。いつの間にかこの場所自体がなだらかな草原へと変化していた。
「何これ……? 夢かしら……?」
「夢ではありませんよ♪ みなさんの常識からすればとても不可思議な現象かもしれませんが、これは歴とした現実です♪」
「さっき僕が身を呈して実証したばかりだろ! 信用ないのか僕は!」
「信用とかそういう問題じゃないでしょうが……で、神に選ばれたっていうのは?」
「よくぞ聞いてくれました♪」
左手を軽く振る天使。すると三人の脳内に、神々の会議の様子が転送されてくる。
「うおおおっ!? 美人のお姉さんが沢山いる!? ああいや、天使さんも十分美人ですよ!」
「そう言って頂けると光栄です♪」
「口説くな口説くな……」
身を乗り出して天使に熱い視線を送り出した稀里椰を諫め、来芽は続けて質問した。
「つまり俺達は、神々の代わりに戦う代理に選ばれたってことか」
「そういうことで御座います♪」
「いや、そういうことでって言われても……私たち、普通の高校生よ? 神様の代理で争うって言ってもそんな力はないし、何かのスポーツとかで競うわけ?」
「……もしかして、もしかしてなんだけど……デスゲーム的な? 代理として選んだ人間たちに殺し合いを強制する、的……な……?」
声を震わせ、顔を蒼くしながらがたがた震え始めた稀里椰に天使は微笑む。
「そうです♪」
「うわぁああぁあああぁぁあぁあ!! もうやだおうちかえるうううううう帰らせてぇえええぇぇぇえぇえ!!」
「嘘です♪」
「そんな怖い嘘吐かないでぇえぇえぇええぇぇぇえぇえ!!」
「五月蝿いわねコイツ……」
「残念なことに、もう慣れた」
ひとしきり叫び終わった稀里椰は肩で息をして、その場にへたりこんだ。三者三様の反応に天使は意味ありげに頷き、詳しい説明を始めた。
「この戦争は個人戦ではありません。チーム戦で行われます♪」
「チーム戦……? ということは、神話ごとに分かれて戦うということか?」
「いえ、そういうわけではないのです♪ 貴方達には好きなように軍を組んでもらって、それで戦います♪」
「……え、一体どういうこと? どの神話が一番強いか決めるんじゃなかったの?」
鈴葉の質問に、天使は苦笑いで答えた。
「最初はそうだったんですけどね……途中から、『それじゃあ面白くないじゃろ!』とか『何で俺とコイツが組まなきゃいけないんだ……!』なんて声が上がってきまして。神話というのも一枚岩じゃなく、その話の中でとことん仲が悪い組み合わせなんてザラにありますし。そんな声が出てきたので最初は個人戦にしようと思ったんですが……」
先程までの明るい語調は消え失せ、何処か暗い調子で天使は話しを続ける。
「個人戦だと今度、戦闘に向かない逸話を持った神が不利であろう、とご指摘が入りまして。実際に戦うのは神々ではなく
「あ……そっか、代理に選ばれたってことは僕たち、神様に見初められたのか!?」
「いえ、水那月稀里椰さんは確か……くじ引きで選ばれたような……」
「く……くじ引き!? え、そんな適当でいいの!?」
「
「それ遠回しにさ、僕を優秀じゃない方の人間に含めてるよな……?」
「さて。肝心の神話大戦ですが、人側の都合も配慮し、毎週末──主に金曜日と土曜日に開催される予定です♪ 細かい形式は追って連絡致しますが、武力だけでなく知力なども競う、様々な形式になる予定です♪」
「流すなああ! ちゃんと説明しろおおおお!?」
「そもそもの話なんだが、俺たちがソレに参加するメリットはあるのか?」
「代理に選んだ神にも依りますが、大戦中だけでなく日常生活にも加護を与えてくれるそうですよ」
「え、テストの山勘とかもよくなる!?」
「神頼み過ぎるでしょうが」
稀理椰は、鉛筆を転がすだけでテストを無双する自分を夢想したが、そんな妄想は鈴葉のチョップで払われた。
「加護だけでなく──もしも大戦で優勝できたなら。なんでも一つずつ、願いが叶えられるそうですよ?」
「え、ドラゴンボールみたいなノリで!?」
「そうです♪」
「面白そうだしやります!!!」
「即答だな。まあ、俺も参加するが」
「アンタたちねえ……」
怪しげな誘いに二つ返事で乗った、馬鹿二人。もう少し悩みなさいよと紅一点は嘆息するが、やがて「まあ、私も神社の娘だし。神様に会えるっていうのは、ちょっと魅力的ね」と頷いた。
「わかりました。全員参加ということでよろしいですね♪」
天使の姿が徐々に遠くなっていく。天使が動いているのではなく、稀里椰たちが後ろへ後ろへと移動している。
「それでは失礼致します。ああそうそう、最後に一つだけ──ようこそ神話大戦《ラグナロク》へ! みなさんの奮戦を、心よりお祈りしております♪」