それぞれ私服に着替えた2人は、錦糸町と呼ばれる町を歩いていた。
その道中、カゲロウは切矢から東京第零支部に来ることになった経緯を聞いていた。
「クソ真面目って、そんな理由でこんなところに飛ばされたのか?せっかくファーストになったのに、つくづく不憫なことだ」
「いえ、自分だからこそ、虎杖司令に今回の任を与えられたと思っています。そうでないと、あなたの扱いに苦労しそうですから」
「言うなぁ。だが、あながち間違ってはいねぇな。俺のところに来たやつは基本的に1年も経たずに出ていきたがるし、お前さんがどれだけ保つか見ものだな」
「何を他人事みたいに。それはあなたの匙加減でしょう」
「・・・なるほど。たしかにクソ真面目だ。こりゃあ虎杖司令が寄越してくるわけだな。そんなんじゃ、本部にいた頃も苦労しただろ」
「いえ、別に。任務以外で慣れあう必要性も感じませんし」
「お前、まじで筋金入りだな・・・」
真面目の一言で済ませるには少しばかり捻くれた性根に、カゲロウは面白げに笑いをこぼす。
ちなみに、現在切矢が着ている服はカゲロウのものだ。元々外出なんて発想がなかった切矢が私服なんてものを持っているはずもなく、仕方なくカゲロウの手持ちの中でサイズが合うものを見繕った。
「それで、今向かっている喫茶店とはどういう場所ですか?わざわざ自分を紹介しに行くということは、今後の任務に関わるということですか?」
「ん~、どちらかと言えば違う。あくまでプライベートな付き合いだが、完全に無関係とは言い切れんな」
「はぁ・・・?」
いまいち要領を得ない物言いに切矢は首をかしげる。
だが、その疑問はすぐに解消された。
今日一番の驚愕と共に。
「着いたな。ここだ」
「こ、ここって・・・!」
『喫茶リコリコ』。
ステンドグラスの窓に木造というゴシック調の建物は、DAのエージェントにとって決して無視できない場所だった。
「邪魔するぞー」
「おっ、赤城君じゃーん!いらっしゃーい!」
扉を開けたカゲロウをドアベルの音と共に迎え入れたのは、ブロンドヘアに赤目の活発な少女だった。
「“さん”を付けろ、錦木。俺の方が年上だぞ」
「え~?赤城君は赤城君じゃん!」
「ったく・・・」
「およ?後ろの人は誰かな?」
まるで無邪気な子犬のようにも見える少女を前に、切矢は最大限の警戒心を露わにしかけ、その前にカゲロウが切矢の前に立った。
「今日からこいつとルームシェアをすることになってな。紹介しに来た」
「・・・櫻木切矢と言います」
「ほほう?どうも、千束でーす!よろしくねー、櫻木君!あ、年はいくつ?」
「お前より一つ年上だとさ」
「あらら、また年上かー。じゃあ櫻木さんの方がいっか」
「なんでこいつはさん付けなんだよ」
「赤城君に“さん”は似合わないもーん」
「こいつ・・・」
カゲロウと仲良さげに話す少女、錦木千束を前に、切矢はどうにか他の客に不審に思われない程度に落ち着いたものの、それでも内心では緊張を抑えられないでいた。
なにせ、目の前にいる少女はこれでもファーストクラスのリコリスであり、その中でも“現役最強にして史上最強”という、カゲロウの対となるような存在なのだ。
つまりこの空間には、DAが誇る最強のリコリスと最強のリリベルが存在しているということになる。
そんな異常事態を前にして冷静でいられるほど、切矢の心臓は強くなかった。
「おや、赤城君。いらっしゃい」
そこに、店の奥から黒人の男性が杖をつきながら出てきた。
「ミカさん、お邪魔してます」
「ふむ、後ろの子は?」
「ルームシェアをすることになった、櫻木切矢です。今日はこいつにリコリコを紹介しに来たんですよ」
「そうか。よろしく、櫻木君」
「い、いえ・・・」
「それで、注文は?」
「団子セットを2つ、みたらしとあんこで」
「団子セット、みたらしとあんこね。コーヒーは?」
「ここに来る前に飲んじゃったんで、けっこうです」
「わかった、座って待っててくれ。千束、案内を頼む」
「はいはーい。こちらの席へどうぞ~」
千束に案内されるままカゲロウと切矢はカウンター席に腰を下ろし、そして千束は他の客に呼ばれて注文をとりに行った。
そのタイミングで、切矢は恐る恐るカゲロウに尋ねた。
「あの、赤城さん。彼女は・・・」
「正真正銘、本物の錦木千束だ。あ、俺たちのことも知っているからな」
「は、はい・・・」
いっそただのそっくりさんであってほしかったが、あっさりと否定されてさらに混乱した。
何を知っているのか、とは言わない。十中八九、自分たちがリリベルであるということだろう。
いったい、カゲロウと千束はどんな関係だというのか。
「あっ、赤城くーん!今日のボドゲ大会は櫻木さんと一緒に参加するかね?」
「いや、こいつの荷ほどきとか部屋の整理をやらにゃいかんから、今日はパスだ」
「え~。じゃあ、次は参加ね!」
「俺らに拒否権はねぇのか」
「櫻木さんはともかく、赤城君にはないねぇ」
「マジでこいつ・・・!」
「櫻木君、団子セットね。どっちにする?」
「えっと、あんこでお願いします」
「はい、どうぞ」
一人では答えを出せない問いに切矢の頭はショート寸前になるが、ミカに差し出された団子を食べることでどうにか落ち着くことができた。
ちなみに、団子は美味しかった。
* * *
「・・・あの」
「ん?」
喫茶リコリコで散々千束にじゃれつかれた後、支部に戻って切矢の部屋の整理整頓を終えてから切矢はカゲロウに気になっていたことを尋ねた。
「赤城さんは、錦木千束とはどういう関係なんですか?」
「どう、って言われてもなぁ・・・それを話す前に、まずは錦木のことについておさらいしといた方がいいか」
一応、切矢もリリベルとして千束の情報は最低限持っているのだが、改めて説明した方がいいと言うことで黙って聞くことにした。
「錦木千束。現役最強にして史上最強のリコリスであり、あの電波塔事件を解決した英雄だな」
そういうカゲロウの視線の先には、大きく傾いた電波塔が存在していた。
電波塔事件。
それは10年前に電波塔がテロリストによって占拠された事件であり、最終的にテロリストの自爆によって半壊、倒壊しかけるにまで至った。
だが、テロ事件の後、電波塔は解体せずに補強工事などで当時の姿のまま残され、『現代日本の平和の象徴』となった。
ちなみに、現在は平和の象徴として電波塔の代わりに“延空木”が建設されており、完成すれば高さは634mとなる。
「まぁ、あの様じゃあ解決とは言い難いが」
「ですが、テロリストは全員取り押さえることができましたし、最低限の成果は得られたでしょう」
「本当に最低限なんだけどな・・・っと、話を戻さねぇとな。あの事件は錦木一人の手によって解決された、なんて言われてるが、さすがにあれは誇張表現だ。あの時は規模が規模だったから、リコリスだけでなくリリベルも総動員された。俺もその中にいたが、あの事件でリリベルは壊滅的な被害を受け、リコリスも甚大な被害が出たが、その中でどうにか生き残っていた錦木が1人でテロリストを制圧した、というわけだ」
「その話は聞いています。ですが、赤城さんも痛手を受けた、ということですか?」
「あぁ。敵の中に最低でも1人、手練れがいてな。それこそ、並のファーストじゃ相手にならないほどの、だ。その結果、本隊は壊滅、遊撃のために本隊から離れていた俺が駆け付けた頃には1人2人くらいしか生き残りがいなかった」
「にわかには信じがたいんですが・・・どんな相手だったんですか?」
「女だった。銀髪で、年はあの時で15,6くらいか?あと、銃じゃなくて剣を持っていたな」
「え・・・剣ですか?」
「おう。このご時世に剣だ。それも、西洋剣みたいなのを2本。俺も目を疑った」
カゲロウの話を聞いて切矢は半信半疑の視線を向けるが、それを察したカゲロウは席を立って自分の部屋に入った。
少しの間ゴソゴソと音が鳴り、部屋から出てきたカゲロウの手には銀の装飾が施された1本の剣があった。
「これが、そうなんですか?」
「あぁ。相打ちで相手の片腕を壊しつつ何発かぶち込んだんだが、そんときに向こうが剣を回収する前に爆発が始まっちまって、そのまま置いて撤退したんだ。だから、こうして俺が回収したってわけだ」
「・・・回収してどうするんですか?」
「さぁ?でもまぁ、あそこで捨て置くのももったいなかったしな。観賞用にはちょうどいいだろ」
「そういうものですか・・・って、相打ち、ですか?」
「おう」
そう言うと、カゲロウはおもむろに服を脱ぎ始める。
上着を脱ぐと、右肩から左胸にかけて大きな傷跡が残っていた。
「こんな感じで、ざっくりとな。我ながら、よく生きていたもんだ」
まるで当時の様子を再現するように、左手を手刀にして傷口をなぞる。
殺されかけた、というにはあまりにもさっぱりしている様子に、どんな反応をすればいいのかわからない切矢は小さくため息を吐くにとどめた。
「それはそうと、話が脱線してませんか?」
「おっと、そうだな。錦木の話だ。とまぁ、そんな事情があって錦木は“電波塔の英雄”なんて呼ばれるようになったわけだが、その後に盛大ないざこざが起きたわけだ」
「・・・錦木千束の殺害命令、ですか」
当時の作戦には参加したことがなかった切矢だが、『上層部が“電波塔の英雄”の殺害命令を出した』という話は、嫌でも耳にした。それくらい、事が大きかったのだ。
「今になっても理解しかねますね。どうして、電波塔事件解決の立役者を殺害することになるんでしょうか」
「その疑問が出てくるあたり、お前さんはまともだな。本部にいなくて正解だ」
誉めているのか貶してきるのかわからない言葉は流して、切矢は問いかけた。
「ということは、赤城さんは知っているんですね?」
「あぁ。とはいえ、作戦に参加した奴でも真意を理解しているリリベルはそう多くない。表向きとしては、本部から喫茶リコリコ支部に移籍した錦木がDAにとって不都合な情報を流す可能性がある、ってことで命令が出たんだが、実際は違う。錦木の殺害命令の真の理由は、もう1つの呼び名にある」
「それは?」
「・・・“不殺のリコリス”。そいつが錦木のもう一つの呼び名だ」
カゲロウからもたらされたもう一つの呼び名を聞いて、切矢はその言葉の意味を理解するのに少し時を要した。
そして、どうにか疑問を口にする。
「不殺?・・・リコリスは
「あぁ。敵も味方も、殺さないし殺させない。それがあいつの信条だ」
「・・・理解できません」
頭痛を堪えるように頭を抑える切矢を見て、カゲロウは笑いながら口を開いた。
「だろうな。実際DAも、特に上層部からは理解されがたいもんだ。つまり、錦木の殺害命令の真の理由は、『殺さないリコリスに価値はない』ってのが答えだ。結局、殺害命令は撤回されて一応は収まったけどな。んで、だいぶ長話になっちまったが、これが俺と錦木の接点にもなる話だ」
「と、いうことは・・・」
「そうだ。俺も錦木の殺害作戦に参加したのが、最初のきっかけだ」
作戦自体はカゲロウが参加する前から行われていたが、最強のリコリスにたがわない戦闘力をもって尽くを返り討ちにしたため、そこでカゲロウに白羽の矢が立った。
電波塔事件で深手を負ってしばらく休養していたために参加が遅れた、という事情もあるが、あの“電波塔の英雄”とやり合えるということでカゲロウも作戦には二つ返事で了承した。
最強のリリベルと最強のリコリス。夢の対決とも言える組み合わせに、切矢は知らず知らずのうちに固唾をのんだ。
「それで・・・どうなったんですか?」
「ん~?ここに飛ばされた」
「・・・はい?」
だが、カゲロウからもたらされた結果は、あまりにも突拍子すぎるものだった。
千束との殺し合い・・・いや、片方は殺す気がないため少し違うだろうが、千束との戦闘の結果でなぜ左遷されることになるのだろうか。
「あ~、戦いに関しては、俺の方が有利だった。まぁ、相性の問題だな。殺そうと思えば殺せたんだが・・・あいつから不殺のことを聞いて、興味が湧いてな。戦力的にも殺すのは惜しいってことで、見逃すことにした」
「は?・・・え?」
「んで、まぁよっぽどの奴じゃなければ大丈夫だったろうが、万が一にも他の奴に殺されるのは癪だったから、俺がリコリコに通うことでDAを牽制したんだ。最終的に、ミカさんとリコリスの司令の交渉によって錦木の殺害命令は撤回され、俺は命令違反に任務妨害をしでかしたってことでここに飛ばされた、ってわけだ」
「・・・はぁ!?」
あまりにもめちゃくちゃすぎる展開に、切矢は声を荒げて立ち上がる。
対するカゲロウは、変わらずケラケラと笑いながら話を続けた。
「下手したら俺も処分対象になったかもしれんが、まぁ上も俺と下手に敵対するようなことは避けたかったんだろうな。錦木は殺しはしないからまだマシだったが、俺にそんな気遣いはねぇし、DAに移る前みたいに根こそぎ殺されるよりは、ってことだろうな。というわけで、ここで大人しくしていてくれってことで新しい支部を設立して、俺を押し込めることにした、というわけだ」
「・・・なんというか・・・本部で不自然なほどにあなたの話を聞かない理由がわかった気がします」
「だろ?」
なんて事のないように言うカゲロウだが、こんな手駒を制御できているかはともかく手元に置き続けることができている虎杖司令の手腕と苦労が身に染みた。
同時に、改めて自分に課せられた役割の重さを思い知る。
「・・・結局のところ、自分はどうすればいいんですか?」
「さぁ?俺に聞くな。あと、虎杖司令に聞いても答えは返ってこねぇからな」
「なんとなくそんな気はしましたが・・・」
「まぁ、流れでなんとかなるだろ。あの人、なんだかんだ言って俺には甘いし」
それはむしろ呆れられているか諦められているの間違いじゃないのか。
そう切矢は思ったが、言ったら言ったで地雷になる気がしたためどうにか飲み込んだ。
そして、この問題児としか言えない最強のリリベルに加えて、なんか問題児としか思えない最強のリコリスの相手もしなければならないのかと思いを馳せ、切矢は胃痛薬と頭痛薬を購入しておくことにした。