まさか幻覚が現実になるとは思わなんだ。いや、集団幻覚だったからこそ現実になった可能性も?
とはいえ、あんだけ人気だったんだし、割と不思議でもない。
「櫻木、仕事だ」
喫茶リコリコを訪れた翌朝、コーヒーを淹れたカゲロウからその情報がもたらされた。
「・・・さっそくですか?」
「偶然だとは思うけどな。俺は元々フットワークが軽い方だし、DAから依頼を持ち込まれることは珍しくない」
「それで、内容は?」
「ブラックマーケットの制圧だ。規模はそこまで大きくないが、手練れの護衛が複数いるらしい。詳細は不明だが、海外のPMCの可能性が高いな」
「その内容なら、リコリスの方が適任だと思いますが」
「動けるリコリスの中に対応可能な人員がいないから、俺たちに回ってきたんだろう。昨日は言わなかったが、錦木の殺害命令の撤回の条件として、俺が錦木の代わりに殺しの任務を引き受けることになってるからな。こういうのは多い」
「なるほど」
道理で、千束もカゲロウも生かされているわけだと切矢は納得した。たしかに、その条件なら上層部も断る理由はそれほどないだろう。
「実行時間は
「わかりました。でも、自分のベレッタがまだ届いていないんですが・・・」
リリベルは自動小銃のベレッタARX160を支給されるが、東京第零支部に移籍する際は街中を移動する必要があったため持ち出しを許可されなかった。そのため、配達業者に偽装したDAのスタッフが届ける手筈になっていたのだが、今回の任務は予定外だったため届けられるのは明日となっていた。
「俺の銃をやる。時間までに慣らしておけ」
「赤城さんの銃と言うと、あのリボルバーの中からですか・・・」
「使いやすいやつを渡してやるさ」
「はぁ・・・」
カゲロウの言葉に、切矢は微妙な表情のまま頷くことしかできなかった。
そもそも、リリベルの武器訓練は小銃が主で、拳銃もなくはないがそれだって現代の自動拳銃だ。リボルバー式の拳銃など、今まで一度も使ったことがない。
そんな状態で使いやすいものをと言われても、信用できるはずがなかった。
「ひとまず、今は朝飯だ。食べ終わったら下に行くぞ」
「わかりました」
一抹の不安を感じながら、切矢は割と美味しい朝食を頬張った。
ちなみに、今朝の献立はエッグトーストとサラダにコーヒーと、欧米風の少し贅沢なものだった。
* * *
「お前さんには、こいつをやろう」
朝食を食べた後、下の階層のミーティングルームにて、カゲロウは机の上に一丁の拳銃を置いた。
「あの、これは・・・」
「レミントンM1858・・・まぁ、今から150年以上前の銃だな」
「バカじゃないですか?」
差し出されたのは、もはや骨董品としか思えないような銃だった。
たしかに見た目は綺麗かもしれないが、それでは誤魔化しきれないほどに型が古すぎた。
「いえ、一応、どんな銃を渡されるかは考えていました。リボルバーだとしても、ベレッタやS&Wの物であれば現代でも使われていますから、その辺りが妥当だと考えていました。ですが、さすがにこれはないでしょう。150年前って、化石でも使わせるつもりですか?」
「お、おおぅ。めっちゃ言ってくんじゃん・・・」
初めてみる剣幕に、さしものカゲロウも少し及び腰になるが、反発されるのは分かっていたためすぐに立ち直った。
「まぁ、そう言いたい気持ちはわかる。だが、こいつに関しては別だ。たしかに見た目は綺麗なだけの骨董銃だが、中身は違う。っつーか、モデルがレミントンM1858なのは事実だが、作ったのはDAの技術部だ」
「はぁ?」
「DAの技術スタッフの中に重度のリボルバー好きがいてな、俺がリボルバーを使うってのを知って、向こうからいろいろと送られてくるんだよ。ここにある銃の半分くらいは、そいつが作ったやつだ」
「・・・もう半分は?」
「俺の趣味で集めたものだ。今回みたいなブラックマーケットの制圧任務で、本部に許可とって貰った。まぁ、今時リボルバー使う奴なんてほとんどいねぇし、向こうとしても都合がいい部分もあるんだろうな」
「はぁ・・・」
今までも大概だったが、もうここまで来るとリアクションを全て吐きだしてしまったため、切矢は曖昧に返事を返すことしかできなくなっていた。
「んで、このレミントンM1858 DAカスタムだが、なんかの映画に触発されたらしくてな。ダブルアクション化してるのはもちろん、シリンダーをスイングアウト式にしてリロードを最適化させ、精度・反動も現代戦で通じるように改善されている。これ作った奴は『理論上はリロード込みで自動拳銃と同じレートで撃てる』なんて豪語してたが、動きを最適化してもそこまではできねぇよなぁ」
「・・・まぁ、せっかくなのでありがたく使わせてもらいます。試し撃ちをしてもいいですか?」
「お好きにどうぞ」
そういうことで、切矢は射撃場に向かってさっそくレミントンを撃ち始めた。
装弾数は6発といっそショットガンの方がマシのように思える数だが、実際に撃ってみると思った以上に手になじんだ。リロードについても、最初は取り扱い書を見ながらで少し覚束ないものだったが、一度感覚を思えてしまえばカートリッジよりも早く装填できるようになった。
気付けば、足元には無数の薬莢が散らばっており、長い時間射撃を続けたことがうかがえる。
「精がでているな」
「赤城さん」
「すでに1時間は撃ち続けているぞ。そんなに気に入ったか?」
「・・・そうですね。思ったより手になじみました」
「それは何よりだ」
カゲロウに声をかけられるまで熱中していたことに、切矢はなんとなくバツの悪さを覚えて目を逸らした。
その先に、カゲロウがホルスターにしまっている2丁の拳銃が見えた。
「・・・S&W M19、ですか?」
「いや、コルトパイソンのバレルをS&W M19の本体に取り付けた、いわゆるスマイソンってやつだ。こいつは8インチだな」
コルトパイソンはコルト社が初めて製作したダブルアクション式のリボルバーだが、バレルの精度はよかったものの、トリガーのキレは同時期に発売されたS&W M19の方が上だった。
そこで、両方のいいとこどりをしようということで生み出されたカスタム銃が、このスマイソンだ。
「発想はアレだが、こうして使ってみるとけっこうしっくりきてな。俺の愛銃だ」
そう言いながら、カゲロウは視線は切矢に向けたまま、抜く手も見せずに発砲した。
連続した発砲音と共に、1秒と経たずに人型の的に6発の銃痕が刻まれた。頭と心臓に2発ずつ、両肺に1発ずつ、狙い違わず撃ち抜かれている。
あまりにもさりげなく見せられた絶技に、切矢は思わず息を止めた。
「こんなもんか。櫻木も、その様子なら任務までには問題なさそうだな。とはいえ、訓練はほどほどにしておけよ」
そう言って、カゲロウは射撃場から出ていった。
切矢は、先ほどカゲロウが見せた実力の片鱗を感じ、少しの間その場に立ち尽くしていた。
* * *
日が落ちて町がまどろみに包まれる頃、カゲロウと切矢は郊外にある廃ビルに潜入していた。
現在は二手に分かれ、2カ所ある出入り口のそれぞれの近くに待機している。
時計を確認して、カゲロウはインカムを起動した。
『櫻木、ポイントに着いたか?』
『はい。見張りが2名います』
『こっちも同じだ。さて、最終確認だ。今回の任務はブラックマーケットの制圧。中にいる人間の生死は問わないが、客の1人か2人は尋問のために残しておいてもいい。それと、周囲には取り逃し確保のためにリコリスも展開していて、そいつらに俺らの存在は知らされていない。制圧したら速やかに撤退するぞ』
『わかりました』
『3カウントでいくぞ・・・3、2、1、GO!』
合図を出すと同時に、カゲロウは物陰から飛び出した。
「きさっ」
ダダンッ!!
見張りが声をあげるよりも早く、カゲロウの早撃ちが2人の見張りの眉間を撃ちぬく。
撃った分の薬莢を排出して装填しながら駆け出し、扉を思い切り蹴破った。
「何者だ!?」
「こんばんは。んで死ね」
挨拶もほどほどに、カゲロウは両手にスマイソンを構える。
即座に周辺を見渡して渡された資料にあった装備を身につけている人員を視認し、片っ端から撃ち抜いていく。
小型から中型とはいえ狩猟にも用いられる.357マグナム弾が、次々に血の華を咲かせていった。
だが、リボルバーであるが故に2丁と言えど12発で撃ち切ってしまい、再装填を余儀なくされる。
「い、今だ!やれ!」
残った3人の護衛が、その隙を見逃さずに銃を構えて射撃しようとした。
その裏で切矢がレミントンを構えて援護しようとするが、それよりも早くカゲロウが行動を起こした。
空になった左手のスマイソンをホルダーにしまいながら右手のスマイソンの薬莢を排出し、それよりも早く左手に弾を6発持って排莢と同時に装填。空薬莢が地面に落ちるよりも早く発砲し、3人の護衛を撃ちぬいた。
この間、かかった時間はわずか1秒ほど。そのほとんどが排莢にかかった時間であり、再装填から発砲に至るまでの動作を認識することすら困難だった。
『櫻木、呆けるな。まだ任務中だぞ』
『っ、すみません』
インカムからカゲロウの叱りの声が届き、切矢は我に返って制圧を再開した。
その間、カゲロウは敵が動き出すよりも圧倒的に早く銃撃し、時には落下中の空薬莢を掴んで指弾として撃ちだしながら接近してアーミーナイフで喉を切り裂いていった。
切矢もカゲロウには劣るものの、慣れないレミントンながら流れるように射撃とリロードを繰り返して敵を殲滅し、時には逃げ出そうとした非戦闘員を逃がさないように仕留めた。
作戦開始から5分。こうして、たった2人のリリベルによってブラックマーケットは完全に制圧された。
「ふーむ、めぼしい物はなし、と。ま、大して期待もしてなかったし、こんなもんか」
「・・・いいんですか?DAが押収するものですけど」
撤退する直前、ブラックマーケットに売られていた銃を物色するカゲロウに、切矢は呆れるような眼差しを向けた。
「ちゃんと許可申請は出してるから問題ねぇよ。んじゃ、リコリスが来る前に退散するか」
「わかりました」
切矢はカゲロウの指示に頷き、前もって決められた脱出経路でリコリスに見つからないように廃ビルから退出した。
そして、合流ポイントに用意された車に乗り込み、カゲロウの運転によって現場から離脱していった。
「ふぅ・・・ここでの初仕事、お疲れさん。なんか感想はあるか?」
「そうですね・・・赤城さんの戦いぶりを見て、なんだか精神的に疲れました。史上最強のリリベルと呼ばれる理由、身に沁みて理解しましたよ」
「そうか。他の奴は俺の仕事についていくことすらやっとだったからな。その感想が出るだけ、お前も十分優秀ってことだな」
「赤城さんに言われても、素直に喜べませんね」
カゲロウの冗談交じりの問い掛けに、切矢は疲れ切ったと言わんばかりに脱力してシートにもたれかかりながら感想を述べた。
カゲロウから褒められはしたものの、キルスコアで言えばカゲロウは切矢の3倍以上を叩きだしている。途中から援護に徹しざるを得なくなった部分もあるため、切矢の中に達成感と呼べるようなものは欠片もなかった。
「それにしても・・・あれ、なんなんですか?明らかに動きが人間を辞めてるようにしか思えないんですが」
「さて、どうだろうな?ちょっと予想してみろよ」
「何でですか」と言い返す気にもなれず、切矢は目を閉じてカゲロウの戦闘を思い返した。
戦闘スタイルとしては早撃ちを軸とした近接戦闘で、時には懐に潜り込んでナイフを突き立てもした。
何よりも特徴的だったのは、その圧倒的なリロードスピードだ。排出した薬莢が落ちるよりも早く再装填し発砲するなど、よほど無駄のない動きと行動速度がなければ・・・
「・・・なるほど、反射神経ですか。反射速度が並外れて早いんですね。そして、その全てを活かしきる身体能力も持ち合わせている」
「正解だ。まさか、初見で言い当てるとはな」
切矢の答えに、カゲロウは掛け値なしの称賛を発した。
「お前の言う通り、俺の武器は反射神経だ。人間の行動である『知覚・理解・対応』の行動工程、常人なら0.3秒、リリベルでも0.15秒前後、そして0.1秒を越えることは決してないと言われている。が、俺の反射速度は0.05秒を割っている」
「なるほど・・・それなら、あのような非常識なリロードも、仮に再装填が間に合わなくても
守りに回ればどんな戦術・技術・工夫を練っても全てを見てから回避し、攻めに回れば常に先手先手をとって相手に何もさせずに制圧する。
これほどの逸材、世界を見ても片手の指の数ほどもいないだろう。あるいは、このレミントンもどきのリロード速度に関する話も、カゲロウなら可能かもしれない。
道理で、上層部も排除から懐柔に切り替えるはずだと納得した。始末のために犠牲を積み重ねるより、いっそ毒を飲む形になってでもこの戦力を取り込んだ方が都合がいい。
同時に、カゲロウが以前まで所属していた組織はよく手放す気になれたものだと思った。これほどの逸材がいるなら、単純な戦力で言えばDAと対等でいられるだろう。あるいは、それだけの取引材料があったということなのか。
その辺りの知らされていない事情にわずかばかり興味を持ったが、今は疲れが溜まっていてこれ以上頭を動かす気になれない。
ひとまず、今夜は帰ってシャワーを浴びたらさっさと寝ようと、切矢は車窓から街の景色を眺めながら思いを馳せた。
今回はカゲロウの解説回です。
まぁ、クロス先を知ってれば予想できる内容ですが。
向こうは剣をぶん回してますが、こっちでは銃をぶっ放していきます。