なお、たきなの出番はまだです。
切矢がカゲロウの下に来てしばらく経ち、その生活にも慣れてきた頃。
ある朝、カゲロウの携帯に入った着信から始まった。
「・・・お、司令からだ」
「虎杖司令からですか?」
「あぁ。なんだろうな」
カゲロウの携帯に虎杖からメールが来ること自体は任務の関係で珍しくないが、電話で話してくるのは割と珍しい。
そして、そういう時はだいたい面倒な仕事を頼まれる時だ。
少し嫌そうな顔をしながらも、カゲロウは電話に出た。
「もしもし。お久しぶりです、虎杖司令」
『カゲロウ、少し面倒な任務だ。櫻木はいるな?』
「えぇ、いますよ。ちょうど朝食を食べようと思ってたんですが」
『ならちょうどいい。櫻木にも聞こえるようにしろ。また、タブレット端末にデータも送る。そちらを見ながら話を進める』
「わかりました。櫻木、タブレットの電源入れてくれ」
「はい」
切矢がタブレットを起動させ、すでに送られていたデータを開いた。
「これは・・・」
「・・・司令、任務を確認しました。これ、本当ですか?」
『紛れもない事実だ』
送られてきたデータを見て真っ先に目に入ったのは、『消えた1000丁の銃の調査』と書かれたタイトルだった。
『事の発端は、先日リコリスによって行われた任務だ。とある廃ビルで銃の取引が行われるという情報が入り、商人および銃の確保のために複数のセカンド・リコリスが動いた。だが、トラブルにより商人は死亡、報告にあった銃は確認されなかった』
「トラブルというのは?」
『リコリスが人質にとられたタイミングで、技術トラブルによる通信障害が起こったらしい。そして、1人のリコリスの独断専行によって人質となったリコリスは助けられたが、武器商人は機銃の掃射によって死亡したそうだ』
「それはそれは・・・」
人質となったリコリスも災難だっただろう。敵に殺されそうになるだけならまだしも、一歩間違えれば味方の射撃によって死んだ可能性もあったのだ。とはいえ、結果的に生き残ったのであれば、ラッキーだったと言えなくもないが。
「にしても、ラジアータが技術トラブルで通信障害、ねぇ」
『それ以上の情報は私ももらっていない。深入りはしないように』
「はいはい。それで、俺たちも銃の捜索に加われ、ということですか?」
『部分的にそうだ。あくまでこれは情報部の仕事だが、お前にも使える伝手を使って探ってほしい。優先度は第二位とし、他に依頼が入ればそちらを優先するように』
「分かりました。期間は?」
『指定はない。だが、なるべく早く情報を掴んでもらいたい』
「了解です」
必要なことを聞き終えたことを確認してから、カゲロウは通話を切った。
タブレットを操作しながら、切矢はカゲロウに話しかける。
「それで、どう思いますか?」
「面倒、としか言いようがない」
「もっと具体的にお願いします」
気だるげな表情でぼやくカゲロウに、切矢は容赦なく詳細を求めた。
現在まで共に暮らしてきて、切矢はカゲロウに対して機嫌を窺いながら話すよりも、むしろ強気で接した方がいいと学んだため、こうして遠慮なく話すことも多くなった。
カゲロウも、それくらいでちょうどいいと言わんばかりに表情を引き締め、朝食を食べながら自身の考えを話し始める。
「いろいろとツッコミたいところはあるが、要点は2つ。商人とトラブルだな」
「商人について、何か不可解な点が?」
「不可解、っていうより、本当に捕まえたところで情報を得ることができたかどうか、けっこう怪しいところだ」
「そうですか?」
「裏の界隈じゃ、互いの素性や目的を探らずに怪しいものを取引することは、そう珍しくない。長生きをするコツでもあるからな」
後ろめたいことがある人間ほど、自分について探ろうとする動きは目障りでしかない。だからこそ、たとえ取引相手であっても深入りすれば殺すということも珍しくはない。
逆に言えば、そういうことを避けるために、敢えて深入りせずに商品を渡して代金をもらう以上のことをしない闇商人もまた、珍しいものではないのだ。
「DAがそれを理解しているかは怪しいところだが、それは大して問題ではない。てか、死んだ武器商人はマジでどうでもいい。問題は・・・」
「任務の最中に起きたトラブル、ですか。あり得るんですか?あのラジアータが通信障害なんて」
ラジアータ。
それはDAが誇るスーパーAIのことで、機密保持や隠蔽のためにすべてのインフラに対する優先権を持っている。そのために、そういったトラブルやハッキング、スパイなどに対しては何重にも対策が施されており、DAの絶対性の要にもなっている重要なものだ。
そして、切矢が知る限り、ラジアータで通信障害が起こったなどという話は今まで聞いた記憶がない。
そして、それはカゲロウも十二分に理解していた。
「まぁ、普通はありえないだろう。あれのセキュリティはそんじょそこらのスパコンとも比較にならないほどだ。仮にトラブルがあったとしても、通信程度なら別の回線を繋ぐなりしてすぐに対応できたはずだ」
「でしょうね。でしたら、いったい何が原因で・・・」
「それに関しては、当てがある」
「本当ですか?」
「内からは通信障害なんて起こりようがない。だが・・・」
そこまで言われて、切矢もハッとしたが、それでもすぐに難しい表情に戻った。
「・・・外部からのハッキング、ですか。ですが、それこそあり得るんですか?ハッキング自体は何度かありましたが、全て問題なく撃退しています」
「可能かどうかはひとまず置いとくが、それでもハッキングを受けたのはまず間違いない。虎杖司令がなんて言ったか覚えてるか?」
「・・・技術トラブルによる通信障害、それ以上の情報はない、深入りはするな・・・」
「そう。虎杖司令がそうやって念を押してきたってことは、知られるたら困るようなことが起きたってことだ。あるいは、技術トラブルの件すら、本来なら俺たちに知らされる情報じゃなかっただろう」
「そこまで徹底して隠蔽しようと動いているということは、それだけのことが起こったということ。つまり・・・」
「ラジアータへのハッキング、DAの絶対が揺らいだ、というわけだ」
DAは非公認ではあるものの、政府の協力と援助を受けている機密組織だ。そのため、僅かでも情報が洩れる可能性が存在すれば、政府は容赦なくDAを切り捨てるだろう。
だからこそ、リコリスの司令は徹底してハッキングの情報を隠蔽した。
「となると、この資料にある独断専行したというリコリスはスケープゴートとして使われた、というわけですか」
「武器商人が死んでる以上、独断専行は事実だろうけどな。だが、そうなると問題が2つほど増える」
「一つはラジアータをクラッキングしたハッカー、ですよね?」
「そうだ。そして、それが出来得るハッカーに1人、心当たりがある」
そう言って、カゲロウは切矢からタブレットを奪い取り、少しばかり操作してから返した。
切矢がタブレットを受け取ると、そこには先ほどまでの指令書ではなく、あるハッカーについてのレポートがまとめられていた。
「ウォールナット、ですか?」
「あぁ。ネット黎明期からすべてのハッカーの頂点に立ち続ける、いわば生ける伝説だ。素性は一切不明。家族構成はもちろん、個人なのかチームなのかすらはっきりしていない。わかっていることと言えば、神がかりなハッキング技術を持っていること、報酬次第でどんな依頼でも引き受けること。この程度だ」
「有名なんですか?」
「その手の界隈やダークウェブではけっこう有名だ。その分、恨みも買ってるがな。そもそも、今まで何度も死亡報告と生存確認を繰り返してるからな。そういう部分も、ウォールナットの正体の謎に拍車をかけている」
「なるほど。では、いったいなぜラジアータへハッキングを・・・」
「誰かに依頼されたからだろう。そして、その依頼主こそが面倒な問題だ」
そう言い切るカゲロウに、切矢は訝し気な表情を浮かべる。
「・・・なぜ、そう言い切れるんですか?」
「俺も詳しくは知らん。が、古巣に依頼を通じてウォールナットと接触した奴がいる。そいつが『あくまで依頼と報酬次第。自分から動くことは滅多にない』って断言してんだ。それに、もし本当にラジアータをハッキングする能力があるなら、なぜ今までハッキングしてこなかった?ラジアータはすべてのインフラに対する優先権を持っている分、ありとあらゆる情報が詰まっている。できるならとっくの昔にやってるはずだ」
「つい最近までDAのことを知らなかった、という可能性は?」
「ラジアータをハッキングできるということは、おそらくそれに匹敵する情報網か捜索能力があるはずだ。それに、DAの存在自体は噂程度だがダークウェブでも囁かれている。“犯罪者を殺しまわる謎の集団”って感じでな。それなら、独自でその存在を突き止めている可能性も高い」
「・・・つまり、こういうことですか?ウォールナットが今までラジアータをハッキングしなかったのは、個人でやるにしろ依頼されたにしろ、割に合う報酬がなかったから。だが、少なくとも今回に限れば、それに見合うだけの報酬を用意された。だからやった、と?」
「だろうな。個人のハッカーなんて、基本的に知識欲の塊のような連中だ。あるいは、DAではなく依頼主の方に興味を持って依頼を引き受けた、という可能性もある」
「そして、その依頼主こそが1000丁の銃の本当の売り手で、最低でもDAの最高機密であるラジアータの存在を認知している、ということですか・・・」
カゲロウの言う“面倒”の内容を理解してしまった切矢は、盛大に頭を抱えた。
もしこれらの推測が事実であれば、相手は自分たちの手に余ることになる。
そこへ、カゲロウがさらに追撃を加えた。
「今回死んだ武器商人は、おそらく仲介人だろう。そして、本当の売り手は1000丁の銃と実用できるだけの弾薬をDAに一切悟らせずに国内に持ち込むことができるし、買い手はそれだけの武器を使いきれるだけの人員を国内に引き入れているということにもなる。これは、今まで通りの任務と思ってかかったら、痛い目を見ることになりそうだな」
切矢は追加された情報を処理しきれずに頭から煙を吹きだしそうになる。
そして、今回ばかりはガラにもなく弱音を吐いた。
「・・・実は、その1000丁の銃取引はフェイクで、本当はそんなものはなかった、という可能性は?」
「それは素敵な可能性だな。現場に武器商人と機関銃が存在したことを加味した上で同じことが言えたらの話だが」
「ですよね・・・」
「おそらくだが、ニセの取引時間を掴まされたんだろう。DAも焼きが回ったな」
「待ってください。そうなると、ハッキングされる以前に細工が施されたということになりませんか?ということは、まさか上層部に・・・?」
「さぁな」
カゲロウはそのことについては触れず、そのまま朝食に意識を向けてしまった。
『知らねぇよ』と言いきらなかったことから、カゲロウには何か心当たりがあるようにも見えたが、ここで話さないということはまだ確証が持てないということなのだろう。
自分の中で情報を消化したいということもあって、切矢もそれ以上は尋ねなかった。
代わりに、気分転換も兼ねて話題を変えることにした。
「そういえば、例の独断専行のリコリスについても情報がありますが、聞きますか?」
「おぉ、せっかくだし聞いておこう。哀れなスケープゴートとして処分されることになったか?」
「いえ、支部に転属されることになったようです。リコリスの名前は井ノ上たきなで、セカンドです。転属場所は・・・」
そこまで言って、切矢は口をつぐんだ。
「ん?どうした?どこに飛ばされることになったんだ?」
「えっと、それが・・・」
切矢も情報を飲み込めないのか、カゲロウに問いかけられても言いよどむだけだった。
その様子を見てカゲロウも嫌な予感を覚えたところで、再びカゲロウの携帯から着信音が鳴った。
名前を確認すると、画面には“錦木千束”と表示されていた。
あからさまに嫌そうな表情を浮かべるが、ここで無視をすると後がめんどくさくなることを身をもって理解しているため、渋々電話にでた。
「おう。朝っぱらからなんだ、錦木」
『赤城君!聞いて聞いて!うちの店に新しい子が来ることになったんだって!』
「はぁ~・・・」
嫌な予想が的中したカゲロウは、それはもう深いため息をついた。
「・・・あのなぁ、仮にもリリベルにリコリスの転属情報を流すのはどうなんだ?」
『常連さんに新しい店員が来たことを知らせるだけなんで問題なしっ!これで私にも相棒ができる~!』
「そうか、せいぜい迷惑をかけないように気を付けるんだな」
『ちょいちょい!それはどういう』
千束が何か反論する前に、カゲロウはさっさと通話を切った。
そして、黙って切矢の方に視線を向ける。
「・・・そういうことか」
「・・・そういうことです」
いったい、どんな目論見があって転属場所に喫茶リコリコを選んだのか、ここにいる2人が知ることができるはずもない。
だが、この転属で千束が浮かれまくっているということだけは、2人にもわかったのだった。