TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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なんか文量倍増しちゃいました……。
前後編に分けたほうが良かったかも?


第10話 夏祭り

 そして時間は過ぎ、夕方。

 

「お、来た来た」

「ごめん、待った?」

「いや、今来たとこ」

 

 僕と彼は夏祭りの会場である近くの神社に来ていた。

 家が隣同士なのにわざわざ現地集合にしたのは彼の提案によるものだった。なんでも、その方がお祭りっぽいからだとか。

 

「よし、じゃあ行くか」

「うん」

 

 轡を並べて境内を散策する。

 至るところに祭り提灯が提げられていて、参道の両脇には様々な露店が所狭しと並んでいた。

 

 焼きそばに綿菓子といった定番の食べ物から、射的やくじなどの遊戯まで。どこかで見たことのある顔が並ぶお面の屋台もあった。

 

「ああいうくじって絶対当たらないよな」

「そういうもんなの?」

「前にどっかで聞いたことがある」

 

 へえ、そうなんだ。

 彼が苦笑しながら視線を向けていた屋台を見てみると、一等には最新型のゲーム機が据えられていた。

 

 確かにお祭りの屋台にしてはだいぶ豪華な景品だと思う。

 だからこそ子供達は夢を見てくじを引くわけで。……まあ、大体の場合ハズレかよくわからないおもちゃを貰うことになるんだけど。

 

「でもさ」

「ん?」

「ああいうので変なもの貰うのもお祭りの醍醐味みたいなとこあるよね」

 

 視線を彼の顔に戻す。

 彼はよく分からない、といった表情をしていた。あれ? 僕だけなのこれ?

 

「……ああ、お前ああいうの好きだもんな」

「へへ、まあね」

「別に褒めてはないぞ」

 

 何年か前、僕がまだ男だった頃に彼と来た夏祭りでは、変な形をした紫色のブーメランのようなものを貰った。

 多分ハズレだったんだろうけど、二人して『なんだこれ』って大笑いした記憶がある。

 

「で? 今年も引くのか?」

「いや、今日はさすがにいいよ」

 

 彼へのお返しのこともあったし、余計なお金を使う余裕はなかった。

 ちょっと寂しくもあったけどこればっかりは仕方ない。

 

「それよりシャア、何か食べたいものない?」

「食べたいもの?」

「そう! この間のお返しと言ってはなんだけど、僕が一つ奢ってあげるよ」

 

 彼の顔を覗き込んで返答を待つ。

 

「……?」

 

 なんだか彼の目が泳いでるような……?

 その視線を追っていると、彼が口を開いた。

 

「……一つ、だけか?」

「えっ、いやそれは」

「……ははっ」

 

 冗談だ、と彼が笑う。

 

 なんとなく流れで一つと言ってしまったけど、別に僕は何個でも良かったんだけどな。

 そのくらい助けられたわけだし。

 

「俺も金は持ってきてるからさ、一つだけご馳走になることにするよ」

「んー……分かった」

 

 どこか腑に落ちなかったけど、彼がそう言うなら仕方ない。

 そう思うことにして、僕たちは人混みの中を進んでいった。

 

 

 

 

「――あ、あそこが良いんじゃない?」

「だな」

 

 屋台での戦利品を抱えながらどこか落ち着けるスペースを探していた僕たちは、参道から少し外れたところにちょうど良い空間を見つけてそこに腰掛けることにした。

 彼は僕の手を引いて人の波をかき分けていく。

 

「いやー、人多いね」

「普段は全然いないのにな」

 

 雑然と設置された石のベンチに二人で座り、一息つく。

 その手には美味しそうなソースの匂いを中から漂わせているレジ袋が二つ。

 

「まあお祭りだからねえ」

 

 この神社は規模こそ小さかったものの、創建何百年とかでそれなりの歴史を持つ神社だった。僕も小学生の頃に地域学習で訪れたことがある。

 ただまあとにかく立地が悪く、少し小高い丘の上に建っているため本殿にたどり着くには(おびただ)しい長さの階段を登る必要があった。

 

 そんなわけで普段は閑散としていて、社務所の人たちも暇そうにしていた。

 これだけ多くの人が足を運ぶのはこの夏祭りと初詣の時くらいだった。

 

「ま、いいか。冷めないうちに食べようか」

「……」

 

 そう言って袋から容器と割り箸を取り出していると、ふと彼の視線を感じた。

 

「……シャア? どうかした?」

 

 気になって彼の方を見てみると、彼の目線は僕の手元に寄せられていた。

 

「えっと……フウ、そんなに食べれんのか?」

「え?」

 

 彼の言葉に思わず頓狂な声が出る。

 ……そんなに? 

 

 一応袋を確認するが、そこに入っているのはたこ焼きとイカ焼き、それから食後にと思って買ったベビーカステラだけだった。

 特段量が多いわけでもない。お祭りに行けば()()()このくらいは食べていた。それは彼も知っているはずだ。

 

 だから、彼の言ったことが分からなくて――。

 

「……大丈夫だよ?」

「……そうか」

 

 僕は、そう答えるしかなかった。

 

 

 

 

 程なくして、僕は彼の言葉の真意を身をもって理解することになった。

 

「うう……」

「だから言ったのに……」

 

 忘れてた。完全に。

 お祭りの雰囲気に当てられて、すっかり失念していた。

 

「まさかここまでとは……」

 

 この身体になって色んなところが小さくなっていたけれど、当然それは外見だけでなく内面も例外ではなかった。

 そう、今の僕は以前と比べて胃も小さくなっている。つまり食べられる量も減っているわけで。

 

『……大丈夫だよ?』

 

 数分前の自分の発言がフラッシュバックする。

 何も大丈夫ではなかった。

 

 病院に行った時先生にも言われてたのに、ものの見事に頭からすっぽ抜けていた。恥ずかしさとお腹の苦しさで感情がこんがらがる。

 

「まあ、あれだ。まだ慣れてないんだからしょうがねえよ」

「ありがとう……」

 

 彼のフォローが身に刺さる。

 何やってんだ僕は……。

 

 お祭りのたこ焼きってあんなに量があったんだな、と遠目に屋台を眺めながら考える。

 半分ほどでお腹いっぱいになるとは思ってもみなかった。

 

「じゃ、残りは貰っちまうぞ」

「うん、ごめん……」

 

 僕が残してしまったたこ焼きとイカ焼きを食べる彼を横目に見ながら改めて実感する。

 

 ……僕は変わってしまったんだな、と。

 

 前は彼と同じように、同じくらいの量をなんてことなく食べていたのに。今はもうできなくて。

 それが無性に寂しく感じた。

 

 

 

 

「――ふう、食った食った」

 

 十分ほどして、彼は自身が買った分の食べ物と僕のたこ焼き半分とイカ焼き全てを平らげた。

 さすが運動部。さすが男子中学生。

 

 ちなみにベビーカステラは後で食べよう、ということになって僕の手に握られている。

 

「シャアほんとごめん。助かったよ」

「良いって良いって。当初の通り、お前にご馳走になったことにするよ」

 

 彼が歯を見せてニッと笑う。

 大量にこびり付いた青のりに思わず吹き出してしまう。

 

「ちょ、笑いすぎだろ!!」

「あはは、ごめん……だって……ふふっ」

「おい!!」

 

 ひとしきり笑い終え、彼の顔を見上げる。

 彼は優しい目でこちらを見ていた。

 

 そして、「良かった」とこぼす。

 

「良かった……って何が?」

 

 僕が尋ねると、彼はなんだか慌てた様子で髪をかき混ぜて気まずそうに視線を下げる。

 そして数秒の沈黙の後。

 

「フウが、笑ってくれて」

 

 短くそう言った。

 

「……僕が?」

「ああ」

 

 吹き出すほどとは思わなかったけど、と彼が付け足す。

 

 僕が笑ってくれて良かった……?

 さっきの青のりスマイルは彼なりのギャグだったんだろうか。ギャグが成功するか心配していたってことなのかな?

 

 そんな僕の考えはすぐに訂正された。

 

「さっき、さ」

「うん」

「俺がお前のたこ焼きとか食べてる時……気付いてないかもしんねえけど、すごい悲しそうな目してたんだよ」

「……えっ」

 

 いや、確かになんとなく寂しいなあって感じてはいたけども。

 ……そんなに顔に出てた?

 

「それで、また気にし過ぎてんだろうなって思ってさ」

「……」

「だから笑わせようとしたんだ」

 

 …………ああ。

 

 うん、そうだ。彼はこういうやつだ。

 優しくて、気が利いて、こうやって誰かのためにすぐ動けて。

 

 ……ダメだ。

 また余計な心配かけちゃったな。

 ちゃんとしなきゃ。これ以上彼に迷惑を――。

 

「ほら。その顔だよ」

「……へ?」

 

 気が付くと、彼の手が僕の肩に置かれていた。

 手の触れたところから、じんわりと彼の熱が伝わってくる。

 

「その思い詰めたような顔。フウってさ、昔からよくその顔するよな」

「……それ、は」

 

 ……君に迷惑をかけたくないからで。

 僕が、君の隣にいられるようにしていることで。

 

 なのに、彼の手に籠る力はそれを咎めるように感じられた。

 

「その、もっとさ……頼ってくれても良いんだぜ? ……それとも俺、そんなに頼りないか?」

「……そんなわけない!!」

 

 思わず立ち上がり、声が大きくなる。

 

「だってシャアは優しくて……こんな僕にも寄り添ってくれて……頼りないなんて、そんなはずないよ」

 

 感情が昂り、堰を切ったように口からスラスラと思っていたことが通って出る。

 自分でも信じられないくらい言葉が澱みなく出てくるのを感じる。

 

「だから……」

「……ああ、分かった。だったらさ、これはからはもっと頼ってくれよ?」

「……で、でも」

 

 それは君に――そう言おうとした僕の機先を制して彼が口を開く。

 

「迷惑なんかじゃない。……いや、迷惑でもいい」

「……どっちだよ」

「お前になら迷惑かけられてもいいんだよ。むしろどんどんかけて欲しい」

「ええ……」

 

 分からなかった。

 生まれてこの方十数年幼馴染をやっていて、彼の言いたいことなんて何でも分かるつもりでいたけど、今この瞬間だけは彼の言っていることがさっぱり分からなかった。

 

 迷惑をかけられてもいいなんて。

 なんでそんなこと言うんだろう。そんなこと言われたら、僕はまた君の優しさに甘えてしまうのに。

 

 それでも、良いんだろうか。

 彼に迷惑を――いや、頼ってしまっても。

 

「……良いんだね?」

「ああ」

「後から取り消しても遅いからね?」

「今更そんな水臭いこと言わねえって」

 

 ……そうか。良いんだ。

 

 なんだか肩の荷が降りた気分だった。頬が自然に緩むし、口角は上がりっぱなしで、胸の奥から暖かいものが込み上げてくる。

 

「……ふふふ」

 

 溢れ出る笑みを堪えられない。

 再び参道へ戻る僕の足取りは、さっきより軽いものになっていた。

 

 

 

 

「……甘くね? これ」

「そう?」

 

 夏祭りを一通り楽しんだ僕たちは混雑が始まる前に撤退し、僕の家の窓辺で涼みながらベビーカステラを食べていた。

 さっきまで人混みの中にいたせいか、虫の音だけが響く闇夜の静けさが際立つ。

 

「なんともない感じ?」

「んー、どうだろ。この身体になってから甘いものがおいしく感じる気がするからなあ」

「……子供舌」

「うっさいな」

 

 ベビーカステラの甘さはともかくとして、甘味を以前より好むようになっていたのは事実だった。

 反対に、苦味にはさらに難色を示すようになった。コーヒーに入れる牛乳の量も増えたし。

 

 これが性別の変化によるものなのか、はたまた身体年齢の若返りによるものなのかはハッキリしなかった。今度、定期検診の時に聞いてみようかな?

 

 

「……そういえばシャアに聞きたいことあるんだった」

「俺に?」

「そ、俺に」

 

 ふと思い出したことを口にする。

 色々あり過ぎて危うく忘れるところだった。

 

「制服のことなんだけど」

「制服」

 

 ベビーカステラを頬張りながら彼が答える。甘いんじゃなかったのか。

 

()()なったからさ、学校に通うとなるとどっちの制服を着るか決めなきゃなんだよね」

「どっちのって……男子か女子かってことか?」

「うん、そう」

 

 理解が早くて助かる。

 

「それでシャアはどっちが良いかなーって」

「俺が決めるの!?」

 

 あ、いや別にそういうわけではない。

 あくまでも参考意見の一つとして聞いておこうかなーって思っただけで。

 

「別にこれで決まるわけじゃないよ」

「そう……なのか」

「そうそう、早速頼らせてもらってるだけだよ」

 

 夏休みも残すところあと僅か。どちらの制服を選ぶにせよ、返答を持ち帰っている身としてはさっさと決めてしまいたかった。

 いつまでも先生を待たせるのも悪いし。

 

「で、どう? どっちが良い?」

「うーん…………」

 

 彼は腕を組み、目を瞑って仰々しく悩み始めた。

 それを横目に、僕は袋の中に手を突っ込み最後のベビーカステラを掠め取る。うん、甘い。

 

 もぐもぐとベビーカステラを嚥下し、乾いた口内を屋台で買ったお茶で潤す。

 自販機に比べて割高だったけど、なんだか普通のそれよりも過剰に冷えてる感じがする。

 

 して、隣で頭を抱えてウンウン唸っている幼馴染を眺めてみる。

 聞いといてなんだけどそんなに悩むことだろうか。

 

「まあ無理に答えを出せとは言わんけど」

「………………」

「あれ、聞こえてない?」

 

 どうも結構深いところまで潜って行ってるらしい。声をかけたり、前に立って手を振ったりしてみたけれど反応がまるでない。

 

「うーん……」

 

 困った。

 ここまでガチ悩みするとは思ってなかった。こうなると長いんだよなあ……。

 

「ん」

 

 ふと彼の傍に置かれたペットボトルに視線を注ぐと、中身が空になっていることに気付く。

 さっき矢継ぎ早に食べてたから、喉が渇いてがぶ飲みしたんだろう。多分。

 

 どれお茶でも注いできてあげようか、と腰を上げた時だった。

 

「……よし!!」

「うひゃあ、びっくりした」

 

 彼が急に声を上げて立ち上がった。

 思いがけないことだったので、足から力が抜けて尻餅をつく。

 

「え、なにどしたの」

「フウ……俺は決めたぞ」

「あ、うん」

 

 ただならぬ表情で彼はこちらを見る。その迫力に思わず後ずさりしそうになる。

 制服のこと考えてたんだよね……?

 

「フウ」

「はい」

「……すまん」

「……ぇ?」

 

 彼の口から飛び出してきたのは、まさかの謝罪。平身低頭してフローリングと額が一体化している。

 意表を突かれ、しばし思考がフリーズする。三秒ほどして再起動。形だけでも首を捻ってみるがやっぱりよく分からない。

 

 口を開いたり閉じたりして言葉を探している様子の彼は、しばらく言い淀んだ後意を決したように顔を上げ、ゆっくりと重い口を開いた。

 

「……俺には決められない、ということが決まった」

「わお、相変わらずの優柔不断」

 

 夏休みも残すところあと僅か。

 ……本当にどうしようか。




暗い展開終わり!!

書き溜めも終わりなので続きが書け次第投稿します。
リアルがしばらく忙しいので若干時間が空くかもしれませんし、頑張って時間を捻出して数話更新するかもしれません。

まあどっちにせよ、よろしくお願いします。
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