TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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思ってたより早く書けた幼馴染くん視点です。


幕間その① 親友の懊悩

 俺の幼馴染は、よくできたやつだった。

 

 真面目で優しくて、外見的な意味だけじゃなくかっこいいやつだった。

 俺なんかよりよっぽど立派なやつで、子供心にあいつのことを尊敬していた。あいつのことが好きだったし、自慢の親友だと思っていた。

 

 ……いやまあ、本当に子供の頃のあいつは結構問題児寄りだったけど。

 でも、それもすぐに直った。正確な時期は覚えてないけど、気付いた時にはあいつは今のような性格になっていた。

 

 

 それでいて、とにかく自己評価が低いやつだった。

 俺も周りのみんなもあいつのすごさは誰もが認めるところだったのに、それを伝えるといつも『そんなことないよ』と困ったように笑っていた。何があいつをそうさせていたのかは今になっても結局分からないままだけど、そんなところも控えめで謙虚だとか評されていた。

 本人は気付いてないんだろうけど、あいつは相当に周りから慕われている。いつも気怠げそうにしていながらやる時はしっかりやり切るから、そういうところが頼りにされてたんだと思う。

 

 

 なんでもできる完璧超人。

 そんな風にあいつは見られていたけど、残念ながらそんな人間はこの世には存在しない。完璧なものなんてあるはずがない、とどこかの主人公も言っていた。

 

 俺から見れば、あいつは不器用なやつだった。一応断っておくが、もちろん(けな)してるわけじゃない。俺があいつのことをどれだけ敬慕しているかは既に述べた通りだ。

 

 あいつは誰かに頼ることを極度に避けていたように思う。

 どう考えてもそれ一人でやるの無理だろって分量の仕事をこなしていたのを何回も見たことがある。みんなも手伝おうとしてたけど、あいつは『いや、大丈夫だよ。ありがとう』なんて言ってやんわりと断ってた。

 普段散々頼られてるんだからちょっとくらい手伝ってもらったらいいのに、なんて思っていたけど、まあそれで毎回きっちりやり遂げちまうんだから大したもんだった。

 

 でも、やっぱりあいつも人間だから、たまに処理し切れなくなって俺に泣きついてくることもあった。

 ……そして、そういう時のあいつは決まって()()顔をしていた。それが見るに堪えなくて、いつだったか聞いたことあった。お前ちょっと頑張り過ぎじゃねえか、って。

 

 そしたらあいつは、また顔を右に傾けて、困ったように笑って――。

 

『……そんなことないよ』

 

 短く、そう答えた。

 

 分からなかった。

 なんでそんな風に一人で全部抱え込もうとするのか。

 生まれた時から一緒にいる癖に、俺はあいつのことを全然分かってなかったんだ。

 

 だから、あいつのことをちゃんと理解しようと思った。

 あいつが頑張り過ぎる理由を知って、あいつの支えになろうと思った。

 

 ちょうど、そう考え出した頃だった。

 

 

『――えっと……シャア、僕のこと……分かる?』

 

 

 

 ……あいつは女の子になっていた。

 

 

 

 

 部屋の中を気まずい沈黙が包んでいた。

 扇風機が送り出す温い風の音と、窓を隔てた先で大合唱している蝉の声がやたらと大きく聞こえる。

 

「……」

 

 どうにも居心地が悪くて、辺りを見回す。

 

 部屋の隅に陣取るしっかりとした学習机、あいつのお気に入りの赤いボディバッグが掛けられたポールハンガー、漫画と文庫本の割合が半々くらいの本棚、クローゼットの中に掛けられている制服。

 

 うん、間違いない。ここはあいつの部屋だ。

 つい数日前に訪れた時と何も変わっていない。もの寂しく床に打ち捨てられているズボンと目が合い憐憫の思いが募る。

 

 ……しかしまあ、この部屋の主はだいぶ変わってしまったようで。

 

 目の前では小さな少女がベッドに我が物顔で――実際我が物ではあるのだが――腰掛けていた。

 外見的な年齢の程は十二歳くらいといったとこだろうか。整った顔立ちをしており、肌は透き通るように白く、左目の下のほくろがアクセントのように燦然とその存在を主張している。

 身を包んでいるTシャツにはデカデカと『PRIDE of RESCUE』の文字がプリントされており、知り合いの消防士に貰ったというそれは、あいつのお気に入りのパジャマとして俺の中に記憶されていた。身体が縮んだせいか、さながらワンピースのようになっている。せめて脚閉じてくれねえかな。

 

「正直まだ混乱してるんだが……お前が言うには、朝起きたら()()なってたんだよな?」

「うん」

 

 彼(?)は特に答えに詰まる様子もなく肯定する。

 

「っは……マジか……マジでそんなことあんのか……」

 

 思わず両手で顔を覆い天を仰ぐ。

 よくテレビでこんなリアクションをするタレントを見たことがあったが、本当にこうしたくなるとは思わなかった。多分これ、人間の反射の一つだと思う。

 

 あまりにも現実的ではない状況を前にしながらも、俺の脳みそは至って冷静だった。ありとあらゆる要素がこいつはお前の幼馴染の風谷唯(かぜたにゆい)であると告げているのだ。

 細かな所作や立ち居振る舞い、全体的に纏ってる雰囲気なんかがもうあいつのそれ。容姿だってよく見れば節々に面影を探すことは容易かった。

 

「うーん……」

 

 九割方、俺の中では目の前の少女がフウその人であると確信していた。しかし、残りの一割を埋めるべく俺は質問することにした。

 

「フウ、一応いくつか質問をしたい」

「質問? ……ああ、まあそうか」

 

 彼は見るからに渋そうな顔をした。気持ちは分かるが、これも大切な作業だから我慢して欲しい。

 

「小二の時の話だ。俺とお前で校庭の端に秘密基地を作ってただろ?」

「うん。竹藪のね」

「で、そこに置いてあったタイヤの色。覚えてるか?」

「うっさめた黄色のでしょ?」

 

 即答だった。

 

「……正解。よく覚えてんな」

「そりゃまあ……ね?」

 

 何が『ね?』なんだろうか。そんな疑問を呑み込みつつ、質問を続ける。

 

「じゃ次は……小五だ」

「うげぇ、まだやんの?」

「そう言うなって」

 

 不満をこぼす彼を宥めながら俺は頭をフル回転させる。

 とりあえず小五と言ったはいいものの、何を聞くか全く考えていなかったのである。我ながら見切り発車にも程がある。

 

「……そうだ。小五の時、クラブ活動で学校の近くの川に入ったりしてただろ?」

「うん」

「そん時さ、ほら、なんか石積んで(せき)みたいなの作ってたじゃん」

「作ってたねえ」

「それの名前……覚えてっか?」

 

 この質問は半分グレーと言うべきものだった。

 なぜなら、質問者(オレ)が答えをはっきりと覚えていないのである。

 

「んーと、確かナイアガラ、だった気がする」

 

 しかし、彼はまたしても即答した。

 

 なんで覚えてんの……?

 てかナイアガラってなんだよ、滝じゃん。堰と滝って特に繋がりないだろ。音の響きしか似てねえぞ。

 

 脳内で過去の自分たちのネーミングセンスにツッコミを入れていると、彼はベッドから立ち上がり、下から俺の顔を覗き込んできた。

 

「で、どうなの? 正解?」

「……多分」

 

 長くぱっちりとしたまつ毛と、その奥に光る浅緑の瞳と目が合う。見慣れているはずの色なのに、まるで初めて目にしたかのような錯覚を覚え、思わず心臓が跳ねる。

 

「多分って……シャアも覚えてないじゃんよ」

 

 フウがジト目でこちらを見つめてくる。その表情にようやく以前の彼を見つけて、あらぬ方向に飛んで行こうとしていた意識をなんとか捕まえることができた。

 何だったんだろうか、今の感覚……。

 

「悪かったって。信じるよ、お前は間違いなくフウだって」

「それでよろしい」

 

 動揺を取り繕うように、俺は努めて明るい声で返事をした。

 

 

 

 

 その後フウが親の電話番号を知らないという衝撃の事実が発覚したりしたが、何とかフウの母さんに連絡をつけることができた。

 風谷親子の感動の再会を見届けた俺は、一旦自分自身の頭を冷やすためにも帰宅しようとしたのだが、昼食を作ってくれるというフウの母さんの厚意に甘え、ご相伴にあずかることにした。

 

 リビングに移動し、布団を剥ぎ取られて涼しげな掘り炬燵に腰掛ける。台所の方からは美味しそうなソースの匂いが漂ってきている。

 

「なんか悪いな、流れとはいえご馳走になって」

「別に、ウチでご飯食べるなんて今に始まったことじゃないでしょうに」

「そうだけどさあ」

 

 左隣の彼に目をやる。こうして並んでみると、より変化を感じる。

 以前は横を向けば彼の顔がそこにあったが、今は少し目線を下げたところに紺色が揺れている。元々背が高い方ではなかったとはいえ、こうもサイズ感が変わるとやはり戸惑いも大きい。この姿に目を慣らすにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 それにさ、と彼は言葉を続ける。

 

「今日は本当にシャアに助けられたから……その、お礼って言うか……?」

「助けたって言ってもなあ」

 

 電話しただけなんだけど。

 まあ、フウの助けになれたのなら本望だ。

 

「その……ごめんね、色々と」

 

 弱々しい声で彼がポツリと呟く。その声音には先程までの覇気は感じられず、どこか自嘲的な雰囲気が含まれていた。肩を落として視線を下に向けているその背中がさらに小さく見える。

 彼にかける言葉を必死に探し回るが、悲しいかな俺の語彙の引き出しはそこまで優秀ではなかった。

 

「……気にすんな」

 

 気を落とす親友にかける慰めの言葉一つすら思い付かなかった俺の口を吐いて出たのは、そんなありきたりなセリフだった。

 

 

 情けなさに押し潰されそうになっていると、パタパタと足音が近づいて来て、机の上に二つの皿がコトリと置かれた。

 

「お待たせ、お昼できたわよ」

 

 顔を上げると、そこには出来立てであることを誇るかのように湯気を上らせている焼き飯があった。普段より茶色がかった米の色と先程鼻腔を掠めた匂いから察するに今日はソース味のようだった。

 

「……っス」

「ありがとう、お母さん」

 

 気を取り直して昼食に向き直る。

 悩んでいても仕方がない。あれこれ考え込んでいても腹は減るのだ。俺は雑念を振り払い、両手を合わせた。

 

「ん」

 

 ふと隣に視線を向けると、彼が合わせた両手を解き、左手にスプーンを取って今まさに食べ始めようとしているのが目に入った。

 長い髪の毛が焼き飯に付きそうになっているが気付く様子はない。まあ、つい昨日までなかった物だからそこまで意識が回らないのは仕方のないことである。

 とはいえこのまま見過ごすのも忍びないので、彼の肩をポンポンと叩き制止する。

 

「ん? どしたの?」

「髪。そのままだと付くぞ」

 

 彼の所々ハネた髪を差して指摘すると、フウはしばらく怪訝そうな顔で自分の髪を摘んでジロジロと見つめていたが、俺の言葉の意味に気付いたのか、ハッとした表情になった。

 

「あー、そっかあ……どうすっかな、コレ」

 

 フウはサイドの髪を耳にかけたり後ろ手で結ぼうとしたりと四苦八苦する。

 

「ほら、結んでやっからそっち向け」

「うあ」

 

 俺はフウの肩を掴み、半ば強制的に彼の向きを回転させる。そしてポケットからヘアゴムを取り出して、手際よく簡単な一つ結びにしていく。

 

「えっ、ちょ、なんでゴム持ってんの!? てかなんで結べんのさ!?」

「まあまあ良いから」

「良かねえよ!?」

 

 ギャアギャア喚く彼を抑えながら手元でゴムを何回か捻り、そこに髪を通していく。後は形を少し整えてやれば完成だ。

 

「強いて言うなら、仁奈(にな)がいたからかなあ」

「そうかい……」

 

 目の前の小さな背中に在りし日の妹の面影を重ねる。

 今でこそやってないが、妹がまだ小さかった頃は母の代わりに髪を結んでやったりしたものだ。あの経験が今になって活きてくるとは、人生何があるか分からない。

 

「まあ、とにかく助かったよ。ありがとね」

「どうも」

 

 顔を見合わせて笑い合う。

 心なしか、ソースがいつもより甘い気がした。




2022 1/31追記
誤字修正しました。
報告ありがとうございました。
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