TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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第2話 変化と鏡

 翌日。僕は昨日より少し遅い時間にセットされた目覚まし時計の音で目を覚ました。

 

 相変わらず部屋の中が暑い。いつまでこんな寝苦しい季節が続くんだろうか。

 昨日も暑かったけど、今日はそれ以上に暑い気がする。なんだか背中がやけに汗をかいているような……。

 

「……ん?」

 

 ベッドから起きあがろうとしたところで、僕は違和感を感じた。

 

 視界の端に、何やら青いものがチラチラと映り込んでいる。それも一つや二つではなく、いくつかの束になっているようだった。

 

「……え」

 

 気になって手に取ってみると、それは髪の毛だった。

 濃い紺色のそれは、間違いなく自分のものであるのだが、あまりにも長い。最近床屋に行っていなかったが、ここまで伸びてはいなかったはずだ。

 

 身体中の汗という汗が冷や汗に変わり、思わず立ち上がる。

 すると、履いていたズボンが、ズルッとずり落ちてしまった。

 

「うひゃあ」

 

 つい情けない声をあげてしまう。

 しかし、その声も何かおかしいことに、一、二秒して気付く。

 

 ……なんだ今の声は。

 

 僕の声なのか……?

 いや、そんなはずがない。だって今のはまるで――。

 

 不安や困惑、錯乱といった感情が頂点に達し、僕は真実を確かめるために洗面所へと駆ける。

 廊下の天井が普段より高い気がしたが、今はそれどころじゃない。

 

 洗面所へ辿り着いた僕は、勢いそのままにライトのスイッチを叩きつけるように押す。一瞬、眩しさに顔を覆い、再び目を開くと――。

 

「なん……で……?」

 

 ――鏡には、困り果てたかのような表情をした少女が映っていた。

 

 

 

 

 僕は、一分ほどフリーズしていた。

 

 あまりにも状況が呑めなさすぎる。鏡に映っているということは、この少女は自分なのだろうか。

 

 いや、そんなはずはない。

 

 確かに僕は小柄だし、中性的な顔立ちをしているせいで女の子に間違われることもあったが、それも昔の話だ。

 僕は、れっきとした男なのである。

 

 しかし、鏡に映っているのはどこからどう見ても女の子だ。それに、よく見てみると髪の色だとか目の感じだとか、所々僕の面影があるような……。いやいや、そんなはずは……。

 

 このままでは埒が開かないので、ベタなやり方だが、自分の頬をつねってみることにした。

 夢ならば醒めてしまえばいいのである。さあ! 思いっきり!! ギューっと!!!

 

「……ったあ!!」

 

 ……普通に痛かった。どうやらこれはどうしようもなく現実らしい。

 

「うぅ……」

 

 ヒリヒリと痛む頬を抑え、うずくまる。

 そして、気付く。

 

「肌、もちもちになってる気がする……」

 

 

 

 

 痛みで逆に冷静になった僕は、改めて鏡の中の少女――もとい、僕自身を観察することにした。

 

 顔はさっき見た通りで、気怠げそうな目や紺色の髪が僕であることを主張している。

 起きた時に感じた背中の違和感の正体はこれで、見れば髪の長さは腰ほどまでに伸びていた。元々の長さを考えると、随分とまあ伸びたものだ。

 

 身体もやはり縮んでいるらしく、若干目線が下がっていた。さっき、廊下の天井が高く感じたのも気のせいではなかったらしい。

 

 その分、服もブカブカになっていて、上はともかくズボンは紐を結ばないとずり落ちる始末。

 幸い、身体が縮んだお陰でTシャツがワンピースのようになっていたため、ズボンはそこら辺に脱ぎ捨てておくことにした。

 

 胸はまるでなかったが、パンツの中に在るべき物もなかった。

 

「……なるほど」

 

 ……正真正銘、僕は女の子になってしまったようである。

 

 そう結論付けたはいいが、それで何かが解決するわけでもない。

 

「とりあえず……」

 

 両親に知らせよう。

 お父さんはもう仕事に行ってしまったかもしれないが、お母さんならまだいるはずだ。

 

 そう思って階段を降りていく。

 

「っと……んしょ……」

 

 小さくなった身体では、階段の段一つも大きいように感じる。そこまで縮んだわけじゃないと思うんだけどな……。

 この調子だと、今は届かなくなっている所がいくつもありそうだ。冷蔵庫の上の方とか。

 

――

――

 

 それなりに時間をかけて、なんとか階段を降り切る。なんだか先が思いやられるなあ……。

 

 ともかく、お母さんに報告しないと。

 なんて言えば良いか分からないけど。

 

「お母さん、その、僕……あれ?」

 

 リビングを見回すが、母の姿はそこにはなかった。

 

「あれー……?買い物かなあ……」

 

 しかし、机の上に特に書き置きはなかった。と、なると一体どこへ……?

 

 ……あ。

 

 そういえば、確か昨日――。

 

『お母さん、明日シャアと遊んでくるね』

『隼人と? 何時から?』

『えっと……朝の十時だったかな』

『あー……』

『……? どうかした?』

『いや、明日お母さんその時間、町内会の集まりに行ってるから……自分で起きてね?』

『ん、分かった』

 

 ――そんな会話をしていたことを思い出した。

 

「ってことはマジか……お母さんしばらく帰ってこないじゃん……」

 

 この緊急事態、いち早く知らせなければならないのに、まさかの外出中と来た。

 

 しかも、町内会の集まりとなると最低でも二時間は帰ってこないことは確実。なんなら会合自体が終わっても、その後ご近所同士で何時間も喋り続けるパターンもあり得る。

 

「いや、それよりも」

 

 あまりに非現実的なことが起きすぎてすっかり忘れていたが、そもそも今は何時だ?

 というか、この状態でシャアに会うなんて――。

 

「フウー、いるかー?」

 

 ――どうしよう。

 

 

 

 

 どうしよう。

 本当にどうしよう。

 

 今、僕の頭の中はそれでいっぱいだった。

 

 目を覚ましたら何故か女の子になっていた僕。そして、玄関先からはシャアの声。

 

 パニックになる頭で時間を確認する。

 

 ……午前十時ちょうど。

 ああもう真面目だなあ!!

 

 とにかく落ち着こう。一旦深呼吸をして、冷静に……。吸って、吐いて……。

 

「……ふぅ」

 

 少しばかり落ち着いた、気がする。そう思いたい。

 

「さて、と……」

 

 このまま出て行ったとしても、彼は僕のことを僕と認識できないだろう。いくら節々に面影があるとはいえ、今の僕の外見は女の子そのものだ。

 そのことはさっき散々観察した僕が一番よく分かっている。

 

 ……かと言って。

 

 このまま彼を待たせ続けるわけにもいかない。

 彼は優しいから、一向に出てこない僕のことを思って、要らぬ心配をかけてしまうかもしれない。

 

「それなら……」

 

 そんなことをするくらいなら。

 

 出よう。

 出て、会って、説明すれば良い。

 

 そうだ。彼ならきっと分かってくれる。

 

 意を決してドアノブに手をかける。

 

「うっ……」

 

 重い。毎朝開けているはずなのに、僕の心に比例してか、それとも単純に体格の問題なのか、今はすごく重く感じる。

 思わず引き返したくなるような重さだ。

 

 ……でも。

 ここで退いたら男じゃない!!

 

「あっ、でも今女か」

 

 そんな気の抜けたことを考えていたら、勢いよく開いたドアに引っ張られ、バランスを崩し――。

 

「えっ、うわっ!?」

「おー、やっと起きたか…っておわっ!?」

 

 ――玄関先にいたシャアに倒れ込んでしまった。

 

 

 

 

「ったた……」

「いって……」

 

 ドアに全体重をかけていた僕は、ドアが開いた瞬間に支えを失い、結果としてそのまま外に倒れ込んでしまった。

 そして、ちょうどそこにいたシャアが巻き添えになった。

 

「なんだよフウ、いきなり突っ込んできやがって……」

「いやごめんって……この身体だとどうも……あっ」

 

 身体を起こして彼の顔を見ると、随分怪訝そうな表情をしていた。

 

 まあ、そうか。

 

 幼馴染の家に行って、出てくるのを待っていたら見知らぬ少女に突撃された――というのが彼の置かれた現状だ。

 そんな顔にもなるよな。うん。

 

「えっと……シャア、僕のこと……分かる?」

 

 僕がそう問いかけると、シャアは屈んで僕の顔をジッと見つめる。

 

 ……そんなに縮んだ覚えはないんだけど。

 

「……その眠そうな目」

 

 うん。

 

「……その左目の下のほくろ」

 

 うん。

 

「……その困ったら顔を右に傾ける癖」

 

 ……えっ何それ知らない。僕、そんなことしてたの?

 

「お前……フウなのか?」

「うん……まあ、ね」

 

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 

「とりあえず、さ……」

 

 そんな空気を打破するように、僕は彼に語りかける。

 

「中、入らない?」

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