TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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お風呂回です。


第4話 お風呂と気付き

「……どうしたものか」

 

 僕は、洗面所の鏡の前で腕を組み、天を仰いでいた。見慣れた白色の天井が、いつも以上に白く、眩しく見える。

 

 母から風呂に入ってこい、と言われここに来たところまでは良かったものの、未だに踏ん切りがつかずにいた。

 

「……ふぅ」

 

 視線を正面に戻し、鏡に映った自分の姿を見る。

 今朝、目覚めてから幾度となく顔を合わせてきたその少女は、少しも目を逸らすことなく、ジッとこちらを見返してきていた。

 

「……これが、僕なんだよな」

 

 何度目かもわからないセリフを独り言ち、あはは、と力なく苦笑する。消え入りそうな声はそのまま部屋の隅へと吸い込まれていく。

 

 ……どうしても最後の一歩が踏み出せなかった。

 

 昼間散々観察していたじゃないか、と言われるかもしれないが、服の上から眺めるのと一糸纏わぬ姿の自分と相対するのとではわけが違う。

 もういっそのこと、誰かに服を脱がしてもらおうか。そんなことを考えて俯いた時だった。

 

「……あれ」

 

 ふと、鏡越しでない自分の身体に目が行った。

 

「……」

 

 間近で見るそれは、やはり幼かった。

 はっきり言って、傍目にはとても中学生とは思えないだろう。どちらかと言うと小学生の方が近い気がする。

 

 手も足も、何もかもが小さく、当然それは胸も例外ではなかった。

 触れずとも分かる、紛れもない絶壁。僅かな膨らみすら感じさせないそれは、貧を通り越して無の域に達していた。

 

 そして、同時に僕の中で一つの理論が閃かれた。

 

 ……これ、男の時とほとんど変わってないのでは?

 だいぶ無茶な理論であったとは思う。でも、こうでもしないと僕の身体は動かなかった。

 

 覚悟を決め、すぅ、と短く呼吸をする。

 そして、ワンピースのようになったシャツに手をかけた。

 

 

 

 

 結論から言えば、僕の理論は正しかった。

 

 男の時と何ら変わらない真っ平らな胸は、少しの動揺も僕に(もたら)さず、下もよく考えてみればトイレの時に既に見ていたため、さしたる問題ではなかった。

 見てしまえばどうということはないものだ。

 

「うん、まあそうか」

 

 もう一つ、気付いたことがあった。

 

 何となく予想はしていたが、生まれたままの姿の自分を見ても、そういった感情は起きてこなかった。

 恐らくこれは僕の肢体が幼いこととは関係ない。仮に、もっとアダルティな、妖艶な、グラマラスな――そんな形容が似合うような身体だったとしても同じことだろう。

 

 自分の身体に欲情するなんてことはないのである。

 

 ――そうして無事に身体を洗い終わった僕は、湯船に足をつける。

 

「あつっ……!」

 

 予想以上の熱さに、思わず足を引っ込める。その反動で後ろにすっ転びそうになったが、なんとか持ち堪える。あっぶな。

 

 今度は慎重に、手を湯船に浸していく。

 

 ……やっぱり熱い。

 白い肌が、みるみる赤みを帯びていくのが見て取れる。

 

 不思議に思って浴室内の操作パネルを確認するが、設定温度は普段と変わらない四十一℃。我が家で最も心地よいとされている数値だった。

 

 この身体になって、皮膚が薄くなったのだろうか。

 そんなことを考えながら、ゆっくりと。じわじわと湯船の中に身体を沈めていく。

 

 ……懐かしい感覚だった。

 まだお湯の熱さに慣れていない頃は、こんな風に入ってたんだっけ。本当に子供の頃に戻ったような気分だ。

 

「っはあぁぁぁぁ〜〜……」

 

 ようやく肩まで浸かった時、気の抜けた声が自然と口から出て、咄嗟に手で口元を覆う。

 思わず出てしまった変な声が浴室内に反響して、少し恥ずかしい。上気した頬が、さらに紅潮するのを感じる。

 

「……ふへへ」

 

 全身に伝わる熱が、疲れた身体に心地良い。当初感じていた熱さも次第に慣れてきて、純粋な快楽だけが僕を包み込んでいた。

 

 ……思えば、今日は本当に大変な一日だった。

 朝起きたらこんな身体になっていて。混乱しながらも自分の身に起きたことを確かめて。

 それで、両親と幼馴染に受け入れてもらえて――。

 

「一日中、ドタバタしてたなあ」

 

 この身体に色々と振り回されっぱなしだったけど。

 不思議と、笑みが溢れた。

 

 

 

 

 お風呂から上がった僕は、ベランダに出て、夜風に当たっていた。

 晩ご飯までまだ時間があったし、濡れた髪を乾かしたかったのもあった。

 

 今、僕の髪は腰のあたりまで伸びている。当然ちょっと拭いたくらいでは乾かず、僕は久しぶりにドライヤーを使うことになった。

 それでもまだ完全とは言えなかったので、こうして自然乾燥させているのだった。

 

「髪が長いってのも大変なんだなあ」

 

 風に吹かれる毛先を手でくるくると弄りながら呟く。

 

 正直切ってしまっても良かったけど、せっかく伸びたんだし、と謎のもったいない精神が働いたのでそのまま伸ばしておくことにした。

 まあ、あんまり伸びてきたら切るけども。

 

「……ん」

 

 ひんやりとした風が(ほて)った身体を撫でていく。日中の暑さが嘘のようで、秋が近づいていることを実感する。

 

 それは同時に、夏の終わりが近いことも知らせていて。

 

「夏っぽいこと……してないな」

 

 思い出したかのように、そんな言葉が出る。

 

 別に感傷に浸るつもりはなかったし、暑いのも好きじゃないけど。

 蝉の声だけで夏を終えるのは、なんだかもったいなく感じた。

 

「……」

 

 夏っぽいことってなんだろう。

 海? 花火? それとも夏祭りとかだろうか。普段こういったことをしないのもあり、なかなか思いつかない。

 

「やっぱり……」

 

 ……夏祭りかな。

 うん、一番それっぽい感じがする。

 

 彼を誘って、町内の夏祭りに行こう。ちょっと安っぽいけど、そこで屋台の焼きそばなんかを奢って恩返しもしよう。

 

「……うん」

 

 考えがまとまった僕は、夏祭りの日程を確認する為に部屋の中へと戻る。

 ちょうど乾き切った紺色の髪が、涼風に吹かれ棚引いていた。

 

 

 

 

 翌日、夕暮れ時。

 僕は病院の診察室の前にある長椅子に腰掛けていた。

 

 この日は朝から病院に行って、さまざまな検査を受けた。身体測定に始まり、血液、内臓、果てはレントゲン写真まで撮影した。

 昨日とは別の意味で忙しい一日だった。今日のお風呂は一段と気持ち良さそうだ。

 

 諸々の検査が終わって、今は最終的な診察を待っているところだった。

 特に異常がないことはそれぞれの検査の時に大体把握していたが、それでもやはり、こういった待ち時間は緊張する。

 

「……」

 

 気分がそわそわして落ち着かず、何の気なしにキョロキョロと辺りを見回す。

 廊下には僕たち以外にも多くの人が診察を待っていて、さすがはマンモス病院といった様相を呈していた。

 

 ……色んな人がいるんだな。

 それが僕の感じた率直な感想だった。

 

 自慢ではないが、元々僕は病院にかかることが滅多になかった。

 大きな病気になったこともないし、風邪なんかもここ数年ひいていない。不健康そうな見た目に反して、僕は健康優良児そのものだった。

 

 だから、だろうか。

 

 初めて足を踏み入れた大きな病院の空気感は僕にとって新鮮だった。子供からお年寄りまで。男の人も女の人も。本当に色々な人がいて。

 

 ……でも。

 みんな、どこか暗い顔をしていて。たくさん人がいるのに、妙に静かで。

 

「……」

 

 ……正直、あまり好きな感覚ではなかった。

 

――

――

 

「――風谷さん、四番診察室へどうぞ」

「あっ、はい」

 

 程なくして、看護師さんに呼ばれた。

 付き添いの両親の後を追い、診察室へと入る。

 

 大きなモニターと、様々な資料が置かれた机の前に座っているのは、今日一日僕を担当してくれた先生だ。

 歳のほどは六十くらいだろうか。白髪混じりの髪と、立派に(たくわ)えられた髭が印象的な人だった。

 

 軽く会釈すると、先生は目の前に置かれた椅子に腰掛けるよう手仕草で促した。

 

「さて、検査の結果ですが……」

 

 僕が席に着くと、いよいよ診察が始まった。両脇に控えている両親も緊張した面持ちになる。

 息を呑んで、先生の次の言葉を今か今かと待っている。

 

「血液、内臓、骨格等々……全て異常はありませんでした」

 

 ホッとした。

 

 こうして先生の口から問題がなかったことを告げられると、やはり安心感が段違いだった。強張っていた身体が少し柔らかくなる。

 

「じ、じゃあ……」

 

 左隣に座っていた父が口を開く。

 

「ええ。にわかには信じがたい話ですが……性別が変化した、と言うほかないでしょう」

 

 

 ()くして僕は、正式に出自不明の力で性転換した奇怪極まりない患者となったのだった。

 

 

「それで……息子はどうなるんでしょうか……?」

 

 今度は右隣に座っていた母が言葉を発する。

 

「そうですねえ……」

 

 先生は顎に手を当て、少し困ったような声色で呟く。

 暫しの沈黙が室内を包み、先生は何かを考えているのか、目を閉じる。

 

 壁に架けられた時計の秒針の音が十回ほど鳴った後、先生は徐に口を開いた。

 

「如何せん医学的にも前例のないことなので、こちらとしても具体的な治療法を模索できないのが現状です」

「……」

 

 ……そりゃそうか。

 分かってはいたが、少し気が落ちる。

 

 先生は間を置かずに続ける。

 

「ですが、性別が変わったという一点を除けば健康そのものであることもまた事実です。ですので、今後の方針としては……そうですね、一応経過観察として、定期的に来院してもらう形でいきましょう」

「……はい、分かりました」

 

――

――

 

――こうして、密度の高い二日間は終わりを迎えた。




とりあえずここまで。
また5話ほど書いたら投稿しますので、その時はよろしくお願いします。
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