TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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書き溜めができたので投稿再開です。
全6話を6日に分けて投稿していきます。


第5話 姉

 数日が経ち、僕が女の子になって最初の週末がやってきた。

 

 この身体にも少しだけど慣れてきて、今の自分がどこまで手が届くのかなんてこともある程度把握できた。

 洗面所やクローゼットなどは問題なかったが、台所は踏み台なしでは難しそうだった。食器棚や冷蔵庫の上の段なんかも、予想通り全く手が届かなくなっていた。

 

 そんなわけで、ここ何日かは踏み台にお世話になりっぱなしになっている。

 不本意ではあるが、こればかりは仕方ない。

 

 

 この身体になったことで苦労したことの方が多かったが、一つ良いこともあった。

 

 それはズバリ、お風呂。

 身体が小さくなったことで浴槽が広くなり、足を伸ばして入れるようになったのである。

 

 以前は少し膝を曲げて入らなければならず、どうしても湯船から身体がはみ出る部分があった。せっかく温まったのに、そこからまた冷えたりしていた。

 

 しかし、今は身体全体を湯船の中に収められるようになった。これによって入浴の質は向上。僕は少女になる前よりもお風呂が好きになったと思う。

 

 あとは、母が僕に化粧水と乳液、それから日焼け止めを渡してきた。

 なんでまたこんなものを、と尋ねたところ――

 

『女の子の肌は繊細なのよ』

 

 ――そんな答えが返ってきた。

 いまいちピンと来なかったが、普段通りのお湯の温度を熱いと感じるようになっていたりと、心当たりもあったので、そういうことなんだろうなあ、と納得することにした。

 

「……うん」

 

 自分の頬をむにむにと揉んでみる。

 スキンケアの効果が出ているのか、日を追うごとに僕の肌はしっとり、もっちりとした感触になっていた。

 

「……ふふ」

 

 小さく笑みが溢れた。

 自分の肌に触れてこんな気分になるのは初めての経験だった。

 

――

――

 

「――そうだ」

 

 ぼんやりとベッドに寝っ転がっていたが、やることを思い出し、ふと起き上がる。

 

 そうそう、夏祭りの日の天気予報を調べようとしてたんだっけ。

 勢いをつけて身体を起こしたその時だった。

 

「ん……っ?」

 

 僕の身体に、これまでに体験したことのないような刺激が走った。思わず身体が跳ね、困惑の声が出る。

 

「……なに、今の」

 

 形容し難い感覚だった。

 痛いような、痒いような。それでいて、少しくすぐったいような……?

 

「……」

 

 しかし、それも長くは続かなかった。次の瞬間には刺激は立ち消え、何事もなかったかのように僕の身体は平穏を取り戻していた。

 

 ……何だったんだろう、一体。

 

 誰もいない部屋の中心で一人首を傾げていると――。

 

 

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

 そして、少し遅れて母の声。

 

「唯ー、お友達が来てるわよー」

「……あ、うん。今行く」

 

 未知の感覚のことは一旦側に置いて、僕は足早に玄関へと向かった。

 

 

 

 

「いやー……唯ちゃん、可愛くなったねえ」

「お姉ちゃん……何回言うの、それ」

 

 来客の正体は、僕の同級生の浦川麗香(うらかわれいか)だった。

 金色の髪に真紅の目を持ち、側から見れば秀麗な少女なのだが、その……なんというか、ちょっと残念な子だった。

 分かりやすく言うと、『黙っていたら美人』。そういうタイプだった。

 

 初対面の時から僕を女の子と勘違いし、男であると分かった後も何かにつけて「可愛い」と言ってきて、僕のことを妹扱いしていた。

 僕も流されて「お姉ちゃん」なんて呼んでいるが、当然血縁関係は全くない。

 

「いやー、だってだよ!? ずっと可愛いなーって思ってた妹がとうとうリアルガチ妹になっちゃったんだからさあ……ねえ?」

 

 なにが「ねえ?」なんだろうか。

 あと、僕は妹ではない。……いや、今は妹なのかな?

 

「というかお姉ちゃん……随分とあっさり僕の言うこと信じるんだね」

「えー? そりゃ信じるでしょ」

 

 

 ――時を遡ること五分。

 

 踏み台の上に立ってドアスコープを覗き、来訪者が彼女であることを確認した僕は、この姿になった経緯をどうやって説明しようか考えていた。

 ……結局これといった名案は思い浮かばなかったので、身に起きたことを全て話して信じてもらうことにした。

 

 そう決めて、ゆっくりとドアを開けた。

 

 その先に立っていた彼女は涼しげな淡青色のワンピースを着ていて、手には日傘が提げられていた。

 

 やっぱり黙ってたら綺麗だよなあ、なんて思いながら彼女を見ていると、ハッと目が合った。

 

「……ぁ」

 

 彼女の視線が頭のてっぺんから足のつま先まで流れるのを感じる。

 そして、少しの思索の後。

 

「……唯ちゃん、可愛いね」

 

 一回目の「可愛い」が飛び出した。

 

――

――

 

「――だって、見た瞬間に唯ちゃんだ、って分かったもん」

「それは……どうも?」

 

 ……見た瞬間に、か。

 実際、彼女が僕を僕であると認識するまでのスピードは誰よりも速かった。

 一瞥しただけで目の前の少女と僕をイコールで結べるのは、後にも先にも彼女くらいのものだと思う。

 

 こうして変わってしまった自分を、何の迷いもなく認めてくれたことは素直に嬉しかった。伊達に姉を名乗るだけのことはある。

 

「それで……何の用で来たの?」

 

 本来の目的を思い出し、彼女に尋ねる。

 今日は特に約束をしているわけじゃなかったし、何か急用でもあるのだろうか。

 

「えーと……唯ちゃん、課題やった?」

「……」

 

 課題、というのは夏休みの課題のことだろう。

 そして、今は八月中旬。この時期にそんなことを聞いてくるということは。

 

 ……まあ、そういうことだろう。

 

「……テキスト部分なら教えるよ」

「!!」

 

 僕がそう言うと、彼女は満面に喜色を湛えて抱きついてきた。

 

「ちょ、おね――」

「唯ちゃんありがとおおお!!! 持つべきものは優しい妹だよおおお!!!」

 

 びっくりした。

 前から距離が近い方だとは思ってたけど、ここまで密着してきたのは初めてだった。僕が同性(おんなのこ)になったのもあるのだろうか。

 

「お姉ちゃん……」

 

 苦しいから離して――そう言おうとした時、またあの感覚に襲われた。

 

「……ぅあ」

 

 さっきよりも強い刺激。

 痛い。変な感じがする。なんだこれ。

 

「唯ちゃん……どうかした?」

 

 様子がおかしいことを感じ取ったのか、彼女はハグを解除して僕の顔を覗き込む。

 

「……いや、なんでもないよ」

 

 ぎこちない笑顔で答える。

 ……大丈夫。心の中で、そう自分に言い聞かせながら。

 

「……そう?」

「ほら、課題やるんでしょ? 教えるからさ、どこが分かんないか言って」

 

 腑に落ちない顔をする彼女を前に、話題を変えようと急かすように尋ねる。

 せっかく訪ねてきてくれたのだから、僕のことで無用な心配をかけるわけにはいかない。

 

「……あ、うん。えっと、英語のここなんだけど」

 

 彼女は若干戸惑いつつも、肩から提げていたバッグの中からテキストを取り出す。

 

「えーと……そこね、うん。任せて」

 僕はそれを横目に返事をしながら自分のテキストや筆箱を持ってきたり、二人分のクッションを用意したりとあくせく動く。

 

「……あ」

 

 最後に部屋の隅に立てかけてある丸テーブルに手をかけようとした僕は、あることに気付き立ちすくむ。

 

「お姉ちゃん……その」

「ん?」

「机運ぶの手伝って……」

「ああ……うん、良いよ」

 

 この机、材質の問題なのか見た目に反してかなり重い。当然今の細腕では持ち運べるはずもなく。

 

「その……手伝わせてごめん」

「全然。お姉ちゃんを頼るのは妹の特権だよ?」

 

 情けないやら、恥ずかしいやら。

 気にしないでいいよ、と言ってくれる彼女の顔が見られない。

 

「やっぱり……」

 

 ……この身体、慣れないなあ……。

 

 

 

 

 忙しなく始まった勉強会だったが、肝心の課題は滞りなく進んでいった。

 

「ここはほら、前置詞がモノだから……」

「……あ、なるほど」

 

 一時間もすれば、彼女が詰まっていた問題は粗方消化することができた。なんだかんだで地頭が良いんだろう。

 

 

「――はーっ、終わった終わった!」

 

 両手を広げて伸びをし、そのままクッションを背に倒れ込む。

 

「お疲れ様、お姉ちゃん」

「いやー、ほんと助かったよ。ありがとね」

 

 役に立てたのなら良かった。

 ……にしても、二時半か。

 

「途中でおやつ休憩でも挟もうかと思ってたんだけど、思いの外早く終わったね」

 

 時計の針は、想定よりもかなり早い時間を指していた。

 最低でも一時間半はかかると思っていただけに嬉しい誤算だった。

 

「唯ちゃんの教え方が上手いからだよ。いやー、ほんとに分かりやすかった!」

「あはは、そんなことないよ」

「またまたご謙遜を」

 

 ……本当にそんなことないと思うんだけどな。

 

 ここまで早く終えることができたのは、(ひとえ)に彼女の理解の早さによるものだ。

 僕が少し解き方を教えるだけで、さっきまで理解に詰まっていたのが嘘のようにスラスラと問題を解いていった。

 

「謙遜なんかじゃないよ」

 

 そう、彼女がすごかったんだ。

 僕はその手助けをしただけ。

 

「……そう? まあ、良いけど」

 

 彼女は不思議そうな目で僕を見る。

 そんなことないのに、とでも言いたげな視線だった。

 

 きまりが悪くなった僕は、逃げるように目を逸らす。真正面から褒められるのにはどうも慣れない。

 そうして目を伏せていると、彼女が不意に立ち上がった。

 

「……?」

 

 見ると、少し顔色が悪いような気がする。

 もしかして、無理を通して休憩を取らずに課題をやっていたのだろうか。

 

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

「……唯ちゃん」

「う、うん」

 

 なんだか声色にも余裕がないような気がする。本当に大丈夫なんだろうか。

 

 彼女は少し顔を歪めながら口を開き――。

 

「……トイレ、借りても良い?」

「……トイレ」

 

 青息吐息で、そう言った。

 

「……良いけど、場所分かる?」

「大丈夫……さっき確認したから……」

「なら早く行ってらっしゃい。顔色ヤバいよ」

 

 そう告げると、彼女はもの凄い勢いで部屋を出ていった。

 

 ……まあ、大事じゃなくて良かった……のかな?

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