TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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第7話 買い物へ行こう

 三十分後、僕は母の運転する車の後部座席で揺られていた。隣には何故か嬉しそうな顔をしたお姉ちゃんが座っている。

 

「……」

 

 僕たちは今、下着を買うために近隣のショッピングモールへと向かっていた。

 何故こんなことになったのかというと、僕が感じていた()()刺激が直接の原因だった。

 

 あの場では誤魔化せたつもりだったが結局彼女にはお見通しだったようで、トイレに行くふりをして、僕の様子がおかしかったことを母に伝えに行っていたらしい。

 つまりあの顔面蒼白っぷりは全て演技だったわけである。

 

「いやー、名演技だったでしょ」

「はあ……」

 

 彼女は自慢気にVサインをする。

 ……なんだか気を揉んで損した。

 

 

 

 程なくして、目的地のショッピングモールに到着した。

 休日の午後ということもあり、店内は人で溢れかえっていた。

 

 ここはこの辺りで五本の指に数えられる大きさを誇る施設で、雑貨屋に本屋、アウトドア用品店までと、かなり幅広い種類の店舗が集まっている。

 ここに来れば一通りのものは揃うので、僕も何かにつけて足を運んでいた。

 

「……っと」

 

 前を歩く二人から遅れないように後を追う。

 

 今の小さな身体では簡単に人の波に飲まれてしまうため、そこには注意を払わないといけない。歩幅も狭くなっているからか、早歩きのような形になる。

 彼女は手を繋ごうかと言ってくれたが、さすがにそれは恥ずかしかったので丁重にお断りさせていただいた。

 

 ふと、辺りに目をやる。

 時間帯的なものもあるだろうが、家族連れが多いように感じた。

 

 両手をお父さんとお母さんに繋いでもらって、幸せそうに笑っている子。肩車をしてもらって楽しそうな子。

 みんな幸せそうな雰囲気を纏っているように見えた。

 

「……」

 

 僕も、あんな風に周囲の目には映っているんだろうか。

 

「……いや」

 

 ないな。うん。

 いくらなんでもあそこまで子供みたいな外見はしてない。

 

 そう自分に言い聞かせると、僕は視線を二人の背中に戻し、足早に駆けていった。

 

 

 

 

 五分ほど歩くと、女性用の下着店が見えてきた。

 昔の僕はここの前を通る時、いつもなんとなく見ないようにしていたことを思い出す。

 

「まさか自分が入ることになるとは……」

 

 思わず引き()った笑いが漏れる。

 今の姿なら店内に入ることを咎める人はいないだろうが、他でもない僕自身がそれを咎めたかった。

 

「唯、行くよ」

「うう……」

 

 仕方のないことだと分かっていても、どうしても躊躇ってしまう。

 お風呂で自分の身体を見ることにも慣れてきたとはいえ、それとは別の恥ずかしさみたいなものがある気がする。

 

 顔を赤くして俯きながら、僕は店の中へと引きずられていった。

 

 

 

 今回僕が感じていた謎の感覚は、僕の胸に原因があった。

 

 最初に聞いた時はまさか、と僕も思った。

 何せ僕の胸だ。変わりまくった僕の身体の中で、唯一男の時の姿かたちをそのまま残していると言っても良い、あの壁のことだ。

 

 あれが正体不明の刺激の原因だなんて、とてもじゃないが信じられなかった。

 

 しかし、母が言うには僕が女の子になったことで乳頭の周辺が本当に微少ながらも膨らみ、それが服と擦れたことによって例の刺激が起きているとのことだった。

 

 ベッドから勢いよく起き上がった時、そして彼女に抱きつかれた時。

 思い返してみれば、確かにその通りだな、と納得した。あんな激しい動きをしたらそりゃ擦れるに決まってる。

 

 

『女の子の肌は繊細なのよ』

 

 何日か前に聞いた母の言葉が脳内に響く。

 ここだけは変わっていないと思っていたところまで変容していて、僕の中では最後の砦が崩れたような気分だった。

 

 

 

 

 夕方になり、あれだけいた人の数もまばらになってきた頃。

 僕は、フロアの一角にあるベンチに腰掛けていた。手には今後生活していく上で困らない量の下着が入った紙袋が握られている。

 

「はあ……」

 

 なんだかすごく疲れた。

 単純な疲労もあるけど、それ以上に店の雰囲気なんかに翻弄されて、二重に疲れていた。

 

 ぼんやりと天井の明かりを眺めていると、突然視界に真紅の目が映り込んできた。

 

「……お姉ちゃん」

「お疲れだね。お茶いる?」

「ああ……うん。もらう」

 

 彼女が差し出してきたペットボトルを受け取り、お茶を一口飲む。

 そして、再び遠くを眺める。

 

「ふう……」

 

 母はどうしているのかというと、同じフロアにある近くの衣料品店で服を見ているらしい。何でも、秋物を買ってくるとか言ってたような。

 

「唯ちゃんは良いの? 服」

「え?」

 

 そう尋ねられ、彼女の方へ顔を向ける。

 僕も服を見に行かなくて良いのか、ということだろうか?

 

「いや、僕は大丈夫だよ」

 

 確かに身体が縮んだことで大きくなった服もいくつかあったが、別に着られないほどじゃない。ズボンだって紐を結べば充分履くことができた。

 元々衣服に大した頓着もなかったし、まだ着ることができる以上新しく買う必要もないわけで。

 

 しかし、彼女は怪訝な面持ちで僕の方を見ている。

 

「あー……いや、えっとね」

「……?」

 

 どうしたんだろう。

 彼女がこんな煮え切らない受け答えをするのは珍しかった。

 

 いつも快活で、自分の思ったことを迷わず口にできるような――それが僕の知る彼女だった。

 

「……言いにくいこと?」

 

 促すように、彼女の目を見て語りかける。

 彼女の視線はあさっての方向を向いていた。

 

「そう……かもね」

「……」

 

 彼女は小さく首肯した。

 言いにくいことなら、無理に言う必要はない。気になりはするけど、是が非でも聞き出そうなんて野暮な真似はしない。

 

 だから、お姉ちゃんが言いたくなったら言ってね――そう言おうとした時だった。

 

「……女の子の服、なんだけど」

「……へ?」

 

 彼女は、とんでもない爆弾を投下していった。

 

 

 ……どういうこと?

 あまりにも衝撃的な発言だったため、僕の頭は理解を拒んでいた。

 

「つまり……?」

 

 それゆえに、説明を求めた。

 決して彼女の言ったことが聞こえなかったわけではない。一言一句、全てしっかりと耳に入っていた。

 

 しかし、脳が理解を拒んだ。

 彼女の言葉に、意味を紐づけることを拒否した。職掌たる情報処理を放棄したのである。

 

「唯ちゃん、女の子の服着ないのかなあって」

 

 彼女は独り言のように淡々と言葉を紡いでいたが、僕がフリーズ状態になっているのに気付くと、途端に慌てたような表情になった。

 

「あっ、いやごめん! 変なこと言っちゃったよね、忘れて!」

 

 そう言って顔の前で手を振り、自身の発言を訂正した。

 僕の頭はまだ再起動中だったが、何とか反射的に「うん」と返事することだけはできた。

 

 ……忘れてなんて、無茶言うんじゃない。

 

 

 

 

 結局その後も、僕の頭の中は彼女の発言でいっぱいだった。

 買い物を終えた母に対しても上の空で曖昧な受け答えをしていたように思う。

 

 そして今。

 晩ご飯とお風呂を済ませ、自室のベッドの上で昼間と同じようにぼんやりと寝っ転がっていた。

 

 そういえばあの時は夏祭りの日の天気予報を調べようとしてたんだっけ。

 そんなことを思い出すが、あいにく今はそんな気分じゃなかった。彼には悪いが、調べるのは明日でも遅くないだろう。

 

 考えるのは、やはりあの言葉。

 

『――唯ちゃん、女の子の服着ないのかなあって』

 

 彼女がポツリとこぼしたあの言葉。

 あの後彼女が慌てて訂正したため、真意は測り損ねたままだった。

 

「……どういう意味だったんだろう」

 

 額面通り受け取るなら……僕が女の子の服を着ることを期待していた?

 

「……」

 

 分からなかった。何故彼女があんなことを言ったのか。

 どうも釈然とせず、首を捻る。

 

「僕が……妹だから?」

 

 今の僕は生物学的にも正真正銘妹だと言うことができるだろう。血縁関係がまるでないことを除いては。

 世の姉という生き物は、妹に可愛い格好をさせたいものなんだろうか。そんなことを考える。

 

「可愛い……か」

 

 思えば彼女は僕が男の時から僕のことを可愛いと言っていた。

 そのせいか僕はそう言われることに慣れていたし、抵抗感もなかった。

 

 当時はどこが可愛いのかさっぱり分からなかったが、今は違う。

 今の僕は、自他共に認める美少女だった。実際に今日ショッピングモールを歩いている時、若干の視線を感じたりもした。

 

「ああいう視線ってほんとに分かるもんなんだな……」

 

 世間的に見れば僕は可愛い女の子で、そういった格好をしても何らおかしくはない。

 おかしくはないんだけど……。

 

「でも、なあ」

 

 今でこそこんなナリをしているが僕も男だったわけで。身体が少女のものになったからといって、なら女の子の格好をしましょう、とはならない。

 いくら可愛いと言われ慣れているといえども、それとこれは別問題だった。こんな僕にも男としてのプライドみたいなものがあった。

 

 別に、この身体になったからそういう服を着なければならないというわけでもないし。

 うん、そうだ。だから――。

 

「……僕は、着ないよ」

 

 そう、呟いた。

 何故か少しだけ胸が痛んだけど、気付かないふりをした。

 

 

 




タイトル付けるのって難しいですね
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