TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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第8話 決断と悩み

 週が明けて、月曜日。

 僕は母と一緒に学校に来ていた。

 

 この間と違って登校日というわけでもない。……というか、そもそも登校日なら親が同行するはずないんだけども。

 

 今日の目的は、担任への状況説明及び今後についての話し合いだった。

 大まかな話は既に父がしてくれていたので、細かい部分での擦り合わせといったところか。

 

「……」

 

 正直なところを言うと、気分が重かった。

 こうなった時点で避けられないことだと分かっていたし、いつかその時が来ることも覚悟していたけど、いざその時を目の前にするとどうしても気が進まなかった。

 

 早い話、僕は逃げていたんだ。

 学校のことについて考えることから。

 

 両親やあの二人は僕のことを受け入れてくれたけど、他の人が同じようにしてくれる保証はどこにもない。むしろ排斥される確率の方が高いだろう。

 

 そんなことを考えながら歩いていた僕の足取りは、鉄球でも括り付けられたかのように重かった。

 

 

 

 

「失礼します。風谷です」

 

 教室の前に着き、コンコンコンとノックを三回。少しの間があったあと、中から聞き慣れた声がした。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 返事を聞き、母が扉を開ける。

 その背中に隠れるようにしながら、僕も教室の中へと入る。

 

結城(ゆうき)先生、ご無沙汰しております」

 

 母が軽く会釈した先には、いつもと変わらない姿の担任が座っていた。

 こちらの姿を認めると先生も立ち上がり、いえいえこちらこそとでも言うように頭を下げる。

 

「……!」

「あ、どうも……」

 

 先生と目が合う。

 一瞬目を見開いて驚いたような表情をしていたが、すぐに元の顔に戻った。

 

「風谷……その、変わったな」

「あはは……まあ、はい」

 

 うん、これが正しい反応なんだよな。

 声には出さず、心の中で一人納得する。

 

 ……比較対象がお姉ちゃん(アレ)なのは酷かもしれなかったが。

 

「……さて」

 

 僕と母は並べられた椅子に座り、先生と向き直る。なんだか三者面談みたいな感じだった。

 

「ではまず、状況の整理から始めましょうか」

 

 そう言うと、先生は胸ポケットに挿してあったペンを手に取った。

 手元には何かの資料もあったが、何が書いてあるのかまでは僕の位置からは把握できなかった。

 

 それが少しだけ気になったけど、僕は言われた通り自分の身に何が起きたのか説明することにした。

 

 朝起きたらこの身体になっていたこと。

 病院にも行ったが原因は分からなかったこと。

 体調面での問題は今のところないこと。

 

 それから……。

 

「シャ…じゃなかった、炎開くんと四組の浦川さんには事情を伝えてあります」

「炎開と浦川……わかった」

 

 一応、二人のことも伝えておいた。

 

 

 

 

「――なるほど……」

 

 一通りの説明を終え、先生がゆっくりと頷く。

 僕としても現状は全て話したし、状況確認はこんなもので良いだろう。

 

 ……さすがに下着の件については話さなかったけど。

 

 手元の資料から顔を上げた先生は、僕のことを少し見てから母の方へと顔を向けた。

 

「彼が置かれている状況は概ね把握しました。……それで、今後のことなんですが」

 

 今後のこと。

 その言葉を聞いて、膝に置いていた手につい力が入る。

 

 今日は八月の第四月曜日。あと一週間もすれば夏休みは終わりを迎え、九月になる。

 ……そして、学校が始まる。

 

 僕も学生である以上、学校には行かなければならない。

 たとえこんな状況であっても、だ。それが『立派な人間』のあるべき姿だと思うから。

 

 

「授業を受けるにしても、さまざまな形があります。別室で授業を受けたり、保健室登校という手もありますし」

「保健室登校……」

 

 詳しくは知らないが、聞いたことがある。何かしらの原因でクラスに行けなくなった生徒が、教室ではなく保健室で過ごす登校形態のことだ。以前保健室を利用したときに、そういった子を何回か見たことがあった。

 

「これなら出席日数にもカウントされますし、衆目に晒されることもあまりないので今回の状況的には適しているかと」

 

 確かにそうだろう。

 今の僕の立場を考えると、それが一番丸い選択肢のように思えた。先生もそう考えて提案してくれたのだろう。

 

 ……でも。

 

「僕は――」

 

 ――これまで通り教室で授業を受けたいです。

 そう言おうとしたのに、言葉が出てこなかった。

 

「……」

 

 二の句が継げず、口を(つぐ)む。喉元まで出かかっているのに、どうしても声にならない。

 

 教室で授業を受けたいのは嘘ではなかった。紛れもない僕の本心だったし、心からの意思だった。

 

 でも、それ以上に――。

 

 怖かった。

 受け入れられないことが。誰かから拒絶されることが。

 

 

「……風谷」

 

 そんな僕を見かねたのか、先生が口を開く。その口調はどこか優しげだった。

 

「はっきり言って、クラスのみんなが風谷のことを受け入れてくれるかどうかは分からない。……風谷が考えているような最悪のケースになることもあり得る」

「……っ」

 

 最悪のケース。

 それは僕がみんなに拒絶され、クラスという枠から(あぶ)れてしまう未来のことだろう。

 

 ……嫌だなあ。

 そんな未来を想像して、暗い感情が心を支配する。

 どうせそうなるのなら、もう最初から諦めてしまおうか。

 

「……それでも風谷が教室で授業を受けたいと言うのなら、僅かでもそんな意思があるのなら、先生はそれを尊重するつもりだ」

 

 しかし、先生の言葉がそんな感情を吹き飛ばしていった。

 

「……え」

「どうなるかは分からない。やっぱり受け入れられないかもしれない。でも、やってみなけりゃ分からない。そうだろう?」

 

 ……それは。

 

「そう、ですけど……」

 

 やってみなけりゃ分からない。

 

 そりゃそうだ。

 そんなこと当たり前で、だけどそれはもしダメだった時のことなんか考えてないような人が使う理論で。

 

 ……そんな大雑把で無責任な考え方なのに。

 何故か僕は、どうしようもなく背中を押された。

 

 

「……先生。僕は……僕は、みんなと授業が受けたい、です」

「ああ、分かった」

 

 力強く先生が答える。

 その目は真っ直ぐこちらを見据えていて、この上なく頼もしかった。

 

「先生も全力でサポートするからな。みんなへの説明は任せろ」

「えっ、いやそんな迷惑をかけるわけには……」

 

 ただでさえこんな厄介ごとを背負わせてしまったのだから、そこまでしてもらうわけにはいかない。

 そう、思ったんだけど――。

 

「迷惑なわけあるもんか。生徒のために力を尽くすのは教師の務めだからな」

 

 当然だ、と先生は言った。

 

 それを聞いて、僕は面食らった。

 

 迷惑じゃないのか。

 教師の務め……というのはよく分からなかったけど、そういうものらしい。

 

「じゃあ……お願いします……?」

「ああ、任せろ」

 

 ……不思議な気分だった。

 

 

 

 

「うーん……」

 

 話し合いを終え、帰宅した僕はまたベッドの上でウンウン唸っていた。

 この身体になってからというもの、考え事が増えたように思う。

 

 今後の方針についての問題は大方解決したのだが、また新たな問題が僕の前に立ち塞がっていた。

 

「制服か……」

 

 事の発端は僕が教室で授業を受けると決めた後だった。

 

 そういえば、と先生が切り出してきたのは制服の話題。これまで同様学校に通うと決めた以上、制服をどうするのかという問題は避けては通れなかった。

 

 学生であるからには制服を着なければならない。

 では、男子の制服と女子の制服、どちらを着ればいいのか? という話だった。

 

 この身体は曲がりなりにも女のものだったが、僕の性自認は依然として男のままだ。

 だからこの問題はすぐに解決する――はずだった。

 

「ううん……」

 

 ……まあ、解決していないからこうやって唸っているわけで。

 

 なにも、どちらかの制服を選んだからと言って僕の性自認が変わるだとかそんな深刻な話ではない。

 僕が頭を悩ませているのは、校則についてだった。

 

 学生は(すべか)らく校則に従わなければならない。たとえそれがどんなに理不尽なものだったとしても、だ。

 そして僕の場合は、選んだ方の制服の校則が適用される。

 

 より細かく言うと、頭髪や服装に関する規定――つまりは風紀。こいつが曲者だった。

 

 仮に僕が男子の制服を選んだとすると、僕は男子とみなされ男子の基準に従って裁断される。当然この長い髪は風紀的に一発アウトだ。

 ちょっとくらい事情を汲み取ってくれても良いじゃないかと思うが、まあ、そう定められているものは仕方ない。

 

 

 で、僕としてはどうなのかというと。

 

「……」

 

 ……正直、この髪に愛着のようなものが湧いていた。

 はじめはせっかく伸びたんだから、くらいにしか思っていなかったが、この一週間、朝起きて寝癖を直したり、お風呂の後時間をかけて乾かしたり。あとは母に勧められて髪のケアなんかもした。

 

 そんなこんなで髪と付き合ってきた結果、僕にとって離れがたい相棒のような存在になっていた。

 いくら校則だからといって、これをバッサリいかなければならないのは心苦しい。

 

 理由は他にもあった。

 帰ってきてから試しにクローゼットに掛けてあった学ランを着てみたんだけど……その似合わなさといったら、それはもう酷かった。

 

 髪のせいなんじゃ、と思って後ろ手でまとめてみたりしたけども結局同じだった。

 今の姿で学ランは似合わなかった。もっと言うと、変だった。

 

「……んぅ」

 

 じゃあ女子の制服を着るのか、という話になるのだが、それはやはり若干の抵抗感のようなものを覚える。

 

 先生はどちらを選んでも良い、と言ってくれた。

 だからこそこうして迷って、ついにあの場では答えを出せなかった。

 

「学校が始まるまでには決めなきゃだよなあ……」

 

 枕を抱えてベッドの上を左右に転がっていると、ふとカレンダーが目に入った。

 明日の日付に赤い丸印が付けられている。

 

「……そうだ」

 

 明日、彼に聞いてみよう。

 そう結論付けて、僕は意識を沈めていった。

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