TS少女が自分の恋心に気付いていく話   作:雪澤

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重い話で日付跨ぐのもアレな気がしたんで今日は二話更新です。



第9話 悪い夢

 気が付くと、僕は真っ暗な闇の中にいた。

 

 辺りを見渡してみたけど、どこもかしこも真っ暗で全く状況が掴めない。

 右も左も分からず、自分がどこに立っているかすらはっきりしない。

 

 ……なんだこれ。

 この一週間色んなことがあり過ぎて、もう並大抵のことじゃ驚かない自信があったけど、これはもうそういった範疇を超えてないか……?

 

「……もしかして」

 

 これ、夢なんじゃないかな。

 だってそうだろう。こんなおかしな現象、夢でもなければ説明がつかない。目を開けてるのにどこまでも真っ暗で、それに目が慣れる兆しもない。

 

 どれだけ暗かろうと、普通は時間が経つにつれて目が慣れて少しずつ周囲が見えるようになる。暗順応、って言うんだっけ。

 

 だけどそれがない。

 もう体感でも五分以上は経過してるはずなのに、いつまで経っても辺りは漆黒に包まれたままだ。

 

 だから、夢なんだろう。

 現実の常識が通用しないことは全部夢だ。

 

「……とはいえ」

 

 それならそれで醒めてもらわないと困る。いくら夢だと分かっていても、こんな暗闇の中にいつまでもいるのは勘弁してほしい。

 どうやって醒まさせようか、そう考えている時だった。

 

「ん……?」

 

 一瞬、何かの音が聞こえた。

 その方向に顔を向けてみると、さっきまではなかったはずの光が見える。

 

 なんだろう。

 もしかしてあれが出口だったりするのかな。

 

「……行ってみるか」

 

 なんとなく気になったし、特にアテもなかったので僕はその光の方向に進んでみることにした。

 行って目が醒めればそれで良いし、ダメだったら他の方法を考えれば良い。

 

「やってみなけりゃ分からない……からね」

 

 何故か先生の言葉を思い出す。

 それがおかしくって、一人暗闇の中で微笑んだ。

 

――

――

 

 ――近づいてみると、光の正体は教室だった。

 

「……」

 

 暗闇の中にぼんやりと浮かんでいる教室。

 うん、明らかにおかしい。やっぱり夢なんだなこれ。

 

 僕の中で疑念が確信へと変わる。

 そしてもう一つ、気付いたことがあった。

 

「これ……うちのクラスじゃん」

 

 よく目を凝らして見てみると、机や掲示物の配置に見覚えがあった。

 後ろの壁にいつまでも貼ってあるクラスの名簿に、黒板の上に飾ってある体育祭の賞状。間違いなくうちのクラスだ。

 

 それに、見知った顔もいくつかあった。

 あれは小宮で、あれは委員長。そして――。

 

「……シャア」

 

 彼の姿もあった。

 相変わらず多くの人に囲まれ、何やら話している。普段と変わらないその光景に、少し安堵する。

 

「……あれ」

 

 でも、少しして様子がおかしいことに気付いた。

 彼の周りを人が取り囲むのはいつものことだったけど、その中心にいる彼の表情はなんだか苦しそうで、余裕がないように見えた。

 

 彼は誰かと話す時、いつも笑顔だった。

 どんな時も穏やかで、誰が相手でもその雰囲気を崩さなくて。だから彼は慕われていたし、頼られてたんだと思う。

 

 それこそ他の顔をするなんて僕の前くらいで――。

 

 その彼が、僕以外の人を前にしてあんな顔をしている。

 夢の中とはいえ思いがけない状況に、何があったのかという疑問が生じる。

 

『……くない…………うが』

『あいつ…………ない………ろ』

『……よ………ないよ……?』

 

 話し声が薄らと聞こえるけど、距離があるからなのかそれともこのおかしな状況が原因なのか、会話の内容まではっきりとは分からない。

 

 彼の声と、彼を囲むクラスメイトの声。

 それはどこか言い合っているようにも聞こえた。

 

「……」

 

 それが不安で。

 

 だから、気になってさらに近づいてみる。

 もう手を伸ばせば彼の肩に手が届きそうな距離だったけど、誰もこちらに気付く気配はない。やっぱり向こうから僕の姿は認識できてないんだろうか。

 

 そう思い、また一歩踏み出した時――

 

 

『――やめた方がいいって。あんな男か女かも分かんないようなやつと付き合うのは』

 

 

 そんな声が聞こえた。

 

「………………え?」

 

 遅れて、今度は彼の声。

 

『そんなことお前らには関係ないだろ!? なんでそんなこと言うんだよ!?』

『私たちは炎開くんのことを思って言ってるんだよ? 君も悪く思われるのは嫌でしょ?』

『だったら……!』

 

 

「え、なんで」

 

 彼が、責められてる?

 

 あの彼が。誰にでも優しくて、慕われている彼が。

 誰かに詰め寄られるなんて、そんなはずは。

 

 ……僕のせい?

 だって、さっきそう聞こえた。『男か女かも分からないようなやつ』って……。

 

 僕のせいで彼が責められてる?

 僕のせいで彼が悪く言われてる?

 

「……ゃ」

 

 やめろ。

 やめてくれ。それだけは。お願いだから。

 

 そうならないように頑張ってきたのに。

 この身体になってから一番恐れてたことなのに。

 

 

「やめろ!!!!!」

 

 僕は、精一杯の力を込めて叫んだ。

 でもその叫びはやっぱり届いていないようで――。

 

 

 ――ただ暗闇の中に虚しく消えていった。

 

 

 

 

 次に気が付いた時、僕の視界には普段と変わらない自室の天井が広がっていた。

 

 布団を跳ね上げて飛び起き、周囲を確認する。

 ……見える。部屋の中も、自分の姿もちゃんと見えている。足元にはしっかりと床に触れている感覚がある。

 

「……やっぱり」

 

 夢だった。

 当然、辺りを見回しても暗闇に浮かぶ教室なんてどこにもない。

 

「……」

 

 ……最悪だ。

 夢だと分かっても最悪の寝覚めだった。

 

 息は上がっているし、全身が嫌な汗でいっぱいだった。鼓動が耳の横で聞こえるほどうるさくて、手も震えている。顔は熱いのに目元には涙が滲んでいて、感情もぐちゃぐちゃだった。

 

「……はあ」

 

 脱力感を覚え、床にへたり込む。

 

 少し落ち着こう。

 大丈夫、あれは夢なんだから。

 

 僕の心の弱い部分が見せたただの悪い夢。    

 それ以上でもそれ以下でもない、取るに足らない出来事だ。

 

 激しく鼓動する胸を押さえながら自分に言い聞かせる。

 分かってる。大丈夫。冷静になれ。

 

 そう、思ってるのに。

 

「……っ」

 

 いつまで経っても僕の心は騒がしいままだった。

 心臓は全く鳴り止まないし、手の震えだって収まらない。呼吸だってどんどん浅くなっていく。

 

 なんで、と言いかけて言葉を呑み込む。

 

 ……理由は分かり切っていた。

 あの夢が、あまりにもリアル過ぎたからだ。

 

 僕が想像した最悪の未来。みんなに受け入れてもらえず、排斥されてしまう――そんな真っ暗な未来を夢の中とはいえ目の当たりにしてしまった。

 そのことが、僕の小さな身体に深く突き刺さっていた。

 

 頭の中で考えるのと実際に目にするのは全然違う。百聞は一見にしかず、なんてことわざもあるくらいだし。

 

「うぅ……」

 

 でも、それ以上に。

 

 それに付随して彼を巻き込んでしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。僕のせいで彼が悪く言われてしまうかもしれない。

 

 僕が最も恐れていたことが、この身体になったことで引き起こされてしまうかもしれない。

 それがどうしようもなく怖くて、辛くて、情けなくて。

 

 ずっと、ずっと分かってたのに。

 こうなった時から、ずっと。

 

 ……もう僕は、彼の隣には、いられないんじゃないかって。

 

 だって、今の僕は男とも女とも言えないわけの分からない存在で、とてもじゃないけど彼の隣にいて良い人間ではない。相応しくない。許されるはずもない。

 

 彼の隣にいたら、彼に迷惑をかけてしまう。

 なのに、『みんなと授業を受けたい』だなんて言って、彼と一緒にいようとして。

 

 ……矛盾してる。

 彼に迷惑をかけたくはないけど、彼と離れたくもない。

 生まれた時から一緒にいて、そこにいるのが当たり前で、今更離れ離れになるなんて考えられない。

 

「……」

 

 どうすればいいかなんて分からなかった。

 色んな感情が(ない)交ぜになって、答えのない自己問答をして堂々巡り。

 

 僕の心がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなった時――。

 

「――唯? なんか大きい声聞こえたけど大丈夫?」

 

 ドアの外から母の声がした。

 ハッと顔をあげて、意識がそちらへ逸れる。

 

「…………あ、うん。……大丈夫」

「そう? なら朝ごはんできてるから食べちゃいなさい」

「……うん、分かった」

 

 そう返事すると、母の気配が遠ざかっていくのを感じた。

 そして、僕は。

 

「……」

 

 ……落ち着いていた。

 母と会話したことで意識がそちらへ集中し、結果としてマイナス思考の沼から脱することができた。

 

「……うん」

 

 大丈夫、落ち着いた。

 悪い夢を見て気分が落ち込むことなんて誰にでもあることだ。

 

「よし、顔洗おう」

 

 ……多分、今の僕は酷い顔をしてるだろうな。

 そんなことを考えて洗面所に向かった。

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