ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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外伝:託された想い

 サイド3、ズムシティに分けられる区画のうちの一つ。

 第十三区画。繁華街の様相を訪れる人々に観せる場所。

 食事を提供する店は当然の事ながら、飲み屋等娯楽施設には事欠かない。

 表通りから細い路地を抜ければ、うら若き乙女が春を売る売春宿、目深に帽子を被る胡乱げな男が薬物を取り扱う小屋が散見される。

 環境良し、と言えるものではなく、確実に悪い。

 こんな所は情操教育に悪い事でしかなく、子供は近付けさせないようズムシティに住まう”良識”のある親達はこの場所を忌み嫌っている。

 それ故に、ズムシティに住む大半の子供達は第四区画にあるビジネス街や他の区画等にある商店街を観て社会学習をする。

 ”良識”の大人達が”下層”と言って蔑む場所。

 それがこの第十三区画である。

 枯葉色のつば広帽、ロングコートでその場所を歩く男。

 巌の如き顔つき、太い眉の下に鋭い眼光。豊かな口髭とがっしりとした体格は彼を実年齢よりも上方修正を周囲にさせるだろう。

 小奇麗な服装はこの場に相応しくなく、擦れ違う住民は「女を買いに来た”上”の奴か」と思い込んでいた。

 彼が裏道を歩いているのには小難しい理由は無かった。

 ただ道が縮まる、最短距離だったからである。

 裏道を突っ切り、肩を切らせて歩く様に周りが意図せず道を譲るが彼は気にせず、彼らも体が避けていた事に気づかなかった。

 彼はそのまま目的地に着き、他の飲食店に比べると幾らかこじんまりとした建家、酒場の扉を開けた。

 その酒場の名前は「エデン」という。

「ハモン、帰ったぞ」

 彼は中に居るであろう女主人に声を掛けながらつば広帽、ロングコートを脱ぎ彼専用に設けてもらったハンガーに掛けた。

 何時もなら脱がし、ハンガーに掛けてくれるハモンが居るのだが、恐らくは例のアレのせいであろう。すぐには出てこれないと踏んでいる。

 彼―――ランバ・ラルは一抹の寂しさを感じた。

 これが馴れか、とも思う。

「お帰りなさい。すぐに出れずごめんなさい」

「いや、良い。それよりもアイツは元気だったか?」

 入って正面にカウンター、左右には丸テーブルが幾つか並び青系統の落ち着いた内装が来客を歓迎する。

 この酒場を経営する主人、クラウレ・ハモンは頭頂で束ねた金髪にやや釣り目な碧眼、化粧は最低限であったが匂い立つ美女と呼べる容貌の女性。営業時間中はその仕草から妖艶になるが、彼女の本質は情に厚い”イイ女”。

 ラルが第十三区画に来る理由は彼女の為。

 情愛を交わした相手と過ごし、戦いに明け暮れる日常に浸かりきらない様にする。

 彼にとって、この女性とこの場所が補給線。

 絶対防衛ラインなのだ。

「あの子ですか? まだ塞ぎ込んでいますけど、何かと手伝ってくれて助かります」

「そうか…少し顔を出すか」

「そうしてください。ラルおじさんまだかな、ってあの子もボヤいてましたから」

「ほぅ。そうか。しかし、おじさんはまだ勘弁してもらいたい」

「仕方ないでしょう。あの子はまだ」

「ああ、いや。そうだな、呼び方はそれでまだ良いか」

「はい」

 彼の特等席、ハモンに一番近いカウンターの座席から腰を上げ、奥の部屋に続く扉を開ける。

 各種酒のボトルが入った木箱や食料雑貨が並ぶ通路を過ぎ、横並びに設けられた部屋、その一つにノックを数回。

「はい?」

 ぼそぼそ、と聞き難い声だったが、ラルは知っている。

「わしだ。入るぞ」

 間を置かず扉を開けると、

 寝台に机と椅子、クローゼットに服を掛けたハンガーが幾つか。それと小さなテーブルしか無い殺風景な室内が視界に映る。

「相も変わらず殺風景だな」

 コメントすると、昔なら「おじさんはこれに空のボトルが転がっているだけじゃないか」と憎まれ口を出したが。

「…」

 彼は口を出さず、ラルに視線を向けて、

「おじさん、おかえりなさい」

 半年前は明快で活発、感情(みなぎ)る声でラルを迎え入れた少年が。

 感情が衰えた、そう思わせるほどに枯れた声でラルに顔を向けた。

 灰色のかかったぼさぼさの黒髪、灰色の瞳には力無くガラス球のようだとラルに思わせた。実父に似たのだろう彫りが深い顔は今や色は白く、光の加減によっては青褪めているように思える。

 友人、フォッカー・イクスの遺児。

 少年の名はメルティエ・イクスと云った。

 

 

 

 

 

「ハモン様、ラル大尉は?」

 バーテンダーを務める細面の男、クランプは酒場内でのミニコンサートを終えた歌姫、ハモンに声を掛けた。

「まだあの子の所にいると。どうしました?」

「いえ、最近上がったカクテルの試飲をお願いしようと」

「あら。私もご相伴に預かっても?」

「むしろこちらからお願いしたいくらいです。御用意しますよ」

 クランプは小さく頷いて手元に視線を落とす。

「若は、まだ?」

「情に厚く、脆い子です。父を失って五年。次に友達を失ったのですから、塞ぎ込むのを止めろ、とはさすがに」

「フォッカー教授に、ダイクン様の御子、でしたか」

 フォッカー・イクス。

 技術工学専門の教授。

 ジオン共和国の作業用ポッドを改良したものをジオニック社と開発。試行錯誤しながら完成に向けて奔走していると彼とは親交の深いラルから聞いていた。

 噂ではダイクン派とされ、彼と彼の妻が事故死した際にラルが血相を変えて飛び出した事は今も覚えている。

 ジオン共和国の礎を作ったジオン・ズム・ダイクン。

 彼が急死の報はサイド3や他の影響を受けたコロニーでも悲しみに暮れたが、後任に指名されたデキン・ソド・ザビが台頭。

 ダイクン派の一掃粛清は後継者が行うものではない、とパッシングを受けたがそれが更に拍車を掛けザビ家の独裁を印象付ける契機となる。

 ダイクンの子息、二人は迫害を受け地球圏に逃亡。

 この時にフォッカー教授の遺児も地球圏に送り、ラルの父ジンバ・ラルに託している。

 その手助けをした事でランバ・ラル、クランプを始めとするラル隊は予備役編入を迫られラルはここ、エデンの用心棒を。クランプはバーテンダーの真似事をし、幸か不幸か中々に様になっている程手慣れてきた。

 シェイカーで小気味よく奏でる音を聴きながら、ハモンは奥の部屋に続く扉が開くのを願う。

「また二人が仲良く騒ぐのを見たい、でも」

 躊躇いがちに、呟き微笑む。

「少し、妬いてしまうかもしれませんわね」

 まるで童女のようだ、とクランプは見惚れていた。

 

 

 

 

 

「学校はどうだ。試験とか」

「満点とった。ハモンさんに見せたら喜んでくれた」

「運動の方はどうだ。走り方とか」

「長距離走で二位。短距離で一位。一〇〇メートル走でおじさんに教えてもらった走り方したら先生に息を止めて走るのは危険だから止めろ、って」

「そうか。友達は」

「…一人だけ」

「おお、そうか。どんな子だ」

「あまりしゃべりたがらない子。人形みたいで、綺麗なんだけど浮いてる」

「その子は」

「僕と同じ。友達が居ないみたい。だから転校生の僕とも話してくれてるのかな」

 友人フォッカーの子。

 故フォッカーとは年齢が離れ、道も異なったが気づけばよく話しよく共に飲んでいた。

 彼は手掛けてる仕事の事は一言二言愚痴を漏らすだけで、後は溺愛している妻と子の話だけ繰り返す惚気気質の困った男だった。

 苛立ち苦言を呈し、それでも止まらない彼に殴り合いになったのも今や良い思い出だ。

 ハモンに諫められ、学者の癖にやけに喧嘩に強い男と座り直して酒をよく飲んだ。

 ―――あれの良い所は、自分の妻以外女として見ずに話せる事だった。

 仕事の都合上雄の目で視られる事が多いハモンが嫌な思いをせず話せる相手。

 自分以外ではクランプと少数、あとは愛妻家のフォッカーだけだった。

 彼は、最後に飲んだ席でラルに言った。

「今度、自分の子とも会ってくれ。きっと気に入るぞ」

 適当に相槌を打ち、彼を帰らせた。

 その後、彼は事故死した。

 今生の際に出合えた事が、唯一の救いだった。

「メルティエ、お前は」

「明日も学校あるから、そろそろ」

 ―――キャスバル様との事、まだ忘れられぬか。

 何時か、この子が昔のように笑える状態になるだろうか。

「ああ、長居した。おやすみ」

「おやすみ、おじさん」

 それでもラルは、願っていた。

 

 

 

 

 

 

「今日は何処に寄る?」

「私ピアノのレッスンあるから」

「うわぁ、似合わねぇ」

「ちょっと、どういう事よ!」

「聞き耳しといて、そんな事言う。だからあんたは最低なのよ!」

「なんだと! 大声で話してたら聞きたくなくても聞こえるんだよ!」

「なんですって!」

「なんだよっ!」

 ―――五月蝿(うるさ)い。

 喧しい、甲高い声に辟易した。

 静かに席を立つ。

 背の半ばまで広がる蜂蜜色の髪を揺らし、円らな碧眼に級友とされる子供達を特に感慨なく一瞥しクラスを後にする。

 廊下を進めば男子女子限らず彼女の容貌、容姿に振り返る。

 そして決まって云うのだ。

「まるでお人形さんみたい」

 彼らはきっと、褒めているのだろう。

 しかし、その評価はアンリエッタ・ジーベルにとって不快を齎す。

 ―――私は、お人形じゃない。

 彼女の一族、ジーベル家はサイド3の名家であり、ジオン・ズム・ダイクンがジオン共和国と成す頃にはダイクンに近づき、ダイクン派として名を連ねた。

 しかし、デキン・ソド・ザビが発言力を増して行くと今度はそちらに擦り寄り、ダイクン急死後はザビ家一派となった。

 ダイクン派からは蛇蝎の如く嫌われ、ザビ家一派には信用できない厚顔無恥と評される。

 ジーベル家がそれでも名家として存続しているのは舵取りをする現当主の蝙蝠具合と、その一族が有するコネクション。

 地球連邦軍参謀と懇意に、中立コロニーサイド6の内務官とも親しくし情報源や融資を送る事で危害を加えない、加えられない身分を確立している。

 直接的ではなく間接的なものは多々あるが、現当主とその息子達は所謂(いわゆる)やり手であり、証拠を残さなければ何も手を打たないが、証拠を見つけたら最期。

 相手が自己破滅するように操作、導くのだ。

 このため、ジーベル家は影響力と発言力を有するよりも敵対者や反抗勢力が多い名家だった。

 その為、印象を和らげようと様々な趣向を凝らし、見目麗しい娘を政界に連れ出し、緩衝材ともした。

 ひたすら微笑む事を、大人の年若い雌を見る視線に汚されながら立っている事を強要された彼女は疲弊していた。

 耳を塞いでも、彼らの欲望を剥き出しにした声が届いてくるのだ。

 ―――綺麗な事を言って、心で人を蹴落とす、汚すことしか考えてない大人になんて。

 しかし、それは自分の父と兄達も同じだった。

 家族ならば、と思った彼女の期待は壊れ、心の寄り心を失ったままその日その日を過ごしている。

 ―――もう疲れちゃった。笑うにのも、声を聞くのも。

 意気消沈した彼女。

 普段子供ながら廻りの警戒を怠らなかった彼女が、この時ばかりは気を鈍らせていた。

「―――!」

 学校から帰宅する途中、横に脇道が在る通路。

 其処から手が伸び、彼女の腕を引っ張った。

 反射的に声を出す。

 助けて、と。

 一度小さな唇から喉を伝わって大気に発せられたその声、助けを求める声は。

 周囲を走るエレカー等の車両や、生活音に消される。

 引っ張り込まれる瞬間、黒髪の子が見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 大金で少女を誘拐する様依頼された男達は酒臭い息を吐いた。

 日雇いの仕事で日々を過ごしていた彼らだったが、先日何処からともなく現れたスーツ姿の男から一つ頼まれ事を引き受けたのだ。

「この写真の少女を攫い、成功した場合は―――」

 大金をアタッシュケースからチラつかされ、子供を一人攫う事、その後言われた場所に連れて行く事を依頼された男達はその日の仕事を放棄し、少女の下校する道をある程度覚え、攫う時期を計っていた。

 そして今日、ついぞ待った時期が訪れたのだ。

 少女は周りに同級生等が居なく、偶に男子生徒と下校するときがあったがこの日は他の生徒の姿が見えなかった。

 彼らは千載一遇の好機とばかりに先回りし路地裏に潜み、少女が通るのを待った。

 少女より先に件の男子生徒が通り過ぎ、少女の廻りに誰もいないと笑みを深めた彼らは、

「―――!」

 二人が少女の腕を引っ張り、最後の一人が彼女の口をタオルで塞ぐ。

 タオルの位置が悪かったせいか、一声漏れたが、幸いにも車両の音や近くで工事する破砕音に紛れて消された。

 彼女の口を塞いだまま、暴れる手足をロープで手早く結び、見た目が悪いが緩まないようきつく縛り上げた。

 くぐもった唸り声を上げる少女に、

「こりゃあ」

「写真で見たときも思ったが」

「上玉、だなぁ」

 彼らが売春宿で抱く女よりも、一つ二つもランクが違う少女。

 いや、雌。

 誰かの喉が、ごくりと生唾を飲み込む。

 このまま用意した車に運び、指定された場所に連れていけば大金が手に入る。

 ―――しばらくの間はいい暮らしに。

 そう考えてはいたが、彼らは足元で満足に抵抗できず動く少女に釘付けだった。

 すっと三人のうち一人が少女に腰を屈める。

「お、おい。何を」

「べ、別に連れて来いと言われただけで手を出すなとは言われてねぇ」

 何を言ってるんだ、こいつは。

 残り二人はそう思うものの。

「―――っ」

 彼らが自分に何をするのか、予想。いや知ってしまった(・・・・・・・)彼女は表情を青褪め一層激しく抵抗する。

 その動きが、乱れる服装が、扇情的だと男達に思わせるとは思いも寄らなかった。

 息も荒々しく近付く男達。

 拘束された手は上に無理矢理押さえつけられ、縛った足のロープだけ外し、開かされる。

 ビリィ、と力任せに服が裂ける音。

 彼女の肌と同じ白い下着が露わになる。

 呼吸に合わせて上下する胸、引き締まった腰のライン、震える太腿が、そして少女の目を見開いた碧眼の双眸から流される涙が、

 男達の欲望を、嗜虐心を極限にまで高ぶらせた。

 伸ばされる男達の手、其れを現実と知りながら彼女は心で拒絶。

(助けて!)

 だが、彼女には心許せる人は居なく。

(誰か!)

 家族でもなく、身の回りをする家人でもなく。

(助けて! ―――)

 何かと会話する機会が他に比べて多かった、目の死んだ少年が脳裏に過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいよ」

 少女を汚す事に躊躇いがない男に触発され近づいた男二人が横に文字通り吹き飛んだ(・・・・・)

 当然だろう。

 なにせエレカーが突っ込んできたのだ。

「なあ!?」

 驚き、少女の肢体にもうすぐ手が届く所で中断された男は背後を振り返る。

 男二人を吹き飛ばしたエレカーは壁に衝突。ボンネットはひしゃげ、走行できるのか怪しい。

 エレカーを走らせ、そのまま衝突させた相手。

 運転室から飛び降りたのだろう、学生服は泥に汚れ、砂が付いた顔。

 彼らは知らないが、生来の彼の表情に戻っていた。

 ―――友達を、守らなくては。

 生気が宿り、爛々と輝く灰色の双眸。

 厳しい顔つきに、握り締められた拳、仁王立ちするその佇まい。

 誘拐犯の男は腰を抜かし、

(―――メルティエ?)

 少女は出会った頃とは違う、彼の姿に目を奪われた。

 ずん、と一歩踏み込んだ彼に、誘拐犯の男は思い出したかのように拳銃を取り出した。

 安物で照星も怪しいものだが、それでも銃である。

「ち、近付くんじゃねぇ!」

 アルコールが切れたのか、震える手で銃を握り締め、目の前の少年に向けた。

 彼は慌てず、握り込んだ拳の間に隠した携帯を操作。

 ―――♪

 少女が持ち、いまや散乱した鞄の中身。彼女の携帯がクラシック音楽を奏でる。

 平時であれば「ああ、音楽か」で済むものも、緊張し不安定な精神状態では耳に届く音がより大きく、攻撃的に感じるもの。

「な、なんだぁ!?」

 頭で考えるよりも体が動く質だったのも幸いして、男は音源に目を向けた。

 そして彼はその隙を見逃さない。

 ―――おじさんと、ラル隊のみんなが教えてくれた通りだ。

 人間、視野を狭めてしまえば、どんな事でも気になってしまう。

 恐怖、不信、不安。

 何でも良い。

 相手が気になる、嫌がる事をしてやれ。

 小さな事でも、そいつが反応したならお前さんの勝ちだ。

 もう片方で隠した拳大の石。

 それを思いっきり男の顔、頭部に向けて投げ付ける。

 そのモーションに気付いた男は銃を一発、二発と撃ち込んだ。

「ぶげぇ!?」

 石は鼻頭に強打。

 そのまま路地に頭を叩きつけ、痙攣。

「人間殺すのに銃は過剰だ、針一本でいい。確かに石でも十分だったよ。クランプさん」

 呻き声も途切れ、満足に動けるのは少年だけになった。

「ジーベル。少し待ってて」

 穏やかな声で彼は言う。

 この状況を作り出したりしなければ、素直に応じれた。

 しかし、大の男を三人昏倒させ、発砲されたりもしたが勝利した少年。

 怖い。

 先ほど暴行を―――強姦未遂だが、危険に晒されたのだ。

 そして彼女の衣類は裂かれ、白い肌が顕のまま。

 羞恥心も覚えるが、そのまま彼がこの身に覆いかぶさったら、どうなる。

 でも。

 アンリエッタ・ジーベルだからこそ、この恐怖が妄想であると断定できた。

 彼は、

 ―――今度は、今度こそは、友達を守れた。

 この想いで溢れていたから。

 ―――私を汚す声じゃない。

「これで、良いか。声出せる?」

「…うん」

 柔らかく微笑む彼。

 父や兄に連れられて、そのパーティでこんな感じに笑う人は大勢居た。

 彼よりも格好良く。背丈があり、頼れる男と言われる人達。

 でも、

 ―――それでも、私は彼のこの笑顔が一番好き。

「図工で使うカッターがこんな場所で役に立つとは」

「…」

「ちょっとした実践教育だね。よし、これで切れた」

 自由になった手を数度握り、その後に自分の体を抱き締めた。

 少年は泥で汚れてしまったが、上着を脱いで肩に掛けてくれた。

「おし、これでとりあえずジーベルの家族に連絡を―――」

 パァン、と風船を割ったような音が路地裏に響く。

 ぴしゃ、と少女の白い貌に赤い飛沫が当たり。

「があっ」

 呻き左腕を押さえる少年を見て。

 彼の血だ、と判った。 

「この糞餓鬼がぁっ」

 更にもう一発。少年の右太腿が大きく震え、崩れ落ちた。

「ちっ、弾切れちまったか」

 ずかずかと、少年を撃った男は近付き、

「がああぁあっ!」

 脂汗を流して耐えていた彼の銃痕を何度も踏みしだいた。

「この糞が。お楽しみを潰しやがって」

「や、止めなさい!」

 震える体を抑えながら、少女は少年を助けようと声を上げた。

「あぁ、うるせぇ餓鬼共だ、少しこいつに解らせてやってからそっちも可愛がって―――」

「―――撃て」

 パァン、と音が再度、いや正しくは四回聴こえた。

 下卑た笑みを張り付かせた男が言い終わる前に右肩、左腕、両太腿を撃ち抜かれた。

 衝撃に踊り、見苦しく転倒し絶叫を上げる男。

 それを一瞥し、感情が発露しない顔と声で激痛に叫ぶ誘拐犯に枯葉色のつば広帽にロングコートを着た彼は言う。

「拳銃を所持。少年に発砲、更に負傷した少年に暴行。見れば少女にも性的暴行、それに準ずる行為をしていた疑い。子供らを人質にとった犯人に対し、我々は正当防衛及び負傷した子供達を迅速に病院に運び込むため、止むなく」

 そうして、彼―――ランバ・ラルは。

「射殺した」

 パスッ、とサイレンサーを内蔵した拳銃は小さな音を立てて、転がり続けていた男の眉間に穴を穿った。

「そちらは、無事か」

 拳銃をコートの裏に隠し、何時からか携帯を握り締めたまま彼は負傷した少年と少女に近寄った。

「は、はい。私は。それよりも彼を―――」

「メルティエ」

 ラルは、負傷した患部を見、弾が完全に貫通していると判断するや傍らに走り寄ったクランプから医療セットを受け取り、消毒処置を行う。

「ぐ、がっ」

「何故勝手に行動した。わしらに連絡する頭があったのだから、待てば良いだろう」

 続いて止血処理を行い、医療セットをクランプに押し付ける。

「―――」

「む? なんだ、もう一度言え」

 余程の事が無い限り納得はせん、とラルは聞いていたが。

「今度こそ、友達を守れたんだ」

 満足げに笑う、少年に毒気を抜かれた。

 撃たれて、傷を踏みにじられて、耐え切った。

 顔面は脂汗混じりだし、呼吸も痛みで荒い。

 撃たれた箇所は痙攣すらしている。

 ああ、だが。

 この少年は。

 

 

 

 

「ラル、頼む。私の子を、私達の子を」

 忘れない、今生の際に面し、彼が言った言葉を。

「強くしてやってくれ」

 そう伝え、息絶えた友人。

 

 

 

「強いじゃないか」

 思わず呟いた。

「へへっ…」

 褒められたと思ったのだろう。

 ぐしゃぐしゃの顔に、何時かまたと思っていた笑みを浮かべている。

「良くやった、息子(・・)よ。あとは任せろ。いまはゆっくりと眠れ」

 震える手で少年の頭を撫でる。

 其れを受け入れ、鎮痛剤を打たれた少年は疲労も極限状態だったのか、ひと呼吸後には眠りについた。

「ふふ。クランプ」

「は。如何なさいました」

 しかる所に連絡、パトカーや救急車のサイレンを遠くに聞きながらクランプは自らが隊長と仰ぎ尊敬する上官を見た。

「わしにも面白い息子が出来たよ。将来が楽しみだ」

 それは、戦士が後継者を見出したように、彼には思えた。

 

 

 

 

 




過去編のようなもの。
UA5000記念に要望があったラルさんに出演してもらいました。
ちょっと要望内容と異なるかもしれませんが、其処らへんはぐっと涙を飲んで下さい。

本編とUA10000記念に要望があった小話を執筆中です。
要望してくれた方、どうでしょう。
満足していただけたら小生も嬉しい限りです。

では、また次回で!

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