ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第十四話:先見する若者達

サイド3、本国ズムシティ。

 政庁の中にあるキシリア・ザビ少将の執務室で、彼女は子飼の部下―――自分が最も信頼する者からの報告を受けていた。

「それは誠か」

『は。小官の目でも確認しました。間違いない事実です』

 ノイズの音が彼の通る声を阻害するが、キシリアは一語一句聞き逃すまいと聴覚に集中した。

『連邦軍は我々のモビルスーツ、恐らくはザクIIを捕獲したのでしょう。それを独自に改修、運用しています。能力的には我々のザクの性能より一、二ランクが下がりますが。間違いありません』

「我が方のザク、それの粗悪品(デッドコピー)か」

『は。回収しようとした所、自爆を敢行。敵にしておくには惜しい奴でした…戦果報告として交戦記録と連邦軍ザクの識別反応を送ります』

「大戦果だ、良くやってくれた。無事帰還しろ」

「了解であります」

 彼女、キシリアが軍部に上がる前に負傷した元民間人であった彼を治療してからの縁。

 以来、彼女に忠を尽くし支え続ける突撃機動軍エースパイロット。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン少佐(・・)

(ライデンはやはり勘が良い。ルナツー攻撃をシャアが打診する際、最前線には出ずに情報収集に動くとの報告があった)

 彼女の専用PCには地球降下部隊護衛任務完遂後にライデンからの電報が届いていた。

 極秘コードを使用した、彼女とそれに近しい者でしか行えない秘匿回線でもある。

『シャア少佐ルナツー攻撃ヲ打診。我戦線突入ヲ控エ情報収集ニ当タル』

 彼の気性は長い付き合いでもあり知っている。

 最前線で部下を引っ張り鼓舞する前線指揮官として有能な男だ。人柄も相まって部下からの信頼も厚く、部隊を指揮する上で無茶な行動を控えるようになった所がポイントが高い。

 そして部下想いである彼が部隊員に武勲を立てさせたいと常日頃から思っている事をキシリアは知っている。

 自身と部下の功績を排してまで持ち帰った情報。

 恐らく、特定のポイントに出撃しては狭い情報では無意味と判断、作戦エリアを広く見渡す事で広く浅い情報を持ち帰る事にしたのだろう。

 結果として識別反応が独自に設定された連邦軍ザクのデータ収集、及び撃破記録。

 今後はこの連邦製ザクの識別反応と共に情報を各部隊に通達、混乱を避ける事が出来る。

(シャアめ。上に報告し、ドズルに情報を握り潰されでもしたか) 

 今は宇宙攻撃軍のドズル中将が何かと波立たせてこないが、現状の静けさが異常なのだ。

 常日頃から反目している故に作戦が遅々として進まない事が多々在ったのだから。

 現に、ドズルはシャアから入手した情報を公開して来ない。

 もしかしたら総帥たるギレンには情報を流しているかもしれないが、

「良い根性をしているな。未だ負けた事を悔やみ邪魔をするか」

 ふつふつと煮え滾る怒りをどうにか抑える。

 だが好機とも言える。

 ドズルはシャアに直々に会い別任務を与えている。

 それとは違いキシリアの下にはジョニーは帰還してもいないのだ。

 先に連邦製ザクの情報を開示、ドズルからも情報を提供させる。

 その上で糾弾するのだ「何故帰還が早かったシャアの情報を開示し直様(すぐさま)情報共有を成さなかったのか」と。

 この騒ぎでギレンからの心象が悪くなるであろうが、軍部でのドズルの信頼を失墜させる事が十分に可能だ。

 有益な情報は軍全体で共有して然るべきものだ。

 それに反し前線で戦う将兵や軍の機密情報を奪取されれば目も当てられない。

「ふむ」

 頭の何処かで冷静な自分は何処までも組織に対する益しか考えていないらしい。

 尤も、その”組織”にジオン軍全てが適用されるのか、と問われれば是と答えられない。

(逆の立場であったなら、私もそうするかもしれぬ)

 ふっ、と笑う。

「さて、この爆弾(・・)。どうしたものかな」

 三兄の命運を握っていると思えば愉快だが。起爆してしまえば宇宙攻撃軍は孤軍、最悪分解する。

(ドズルはともかく。属する将兵が哀れ、か)

 いっそドズルを放免させ、宇宙攻撃軍を吸収してしまえば。

「いや、無いな」

 宇宙攻撃軍は武人肌、ドズルの人柄に惚れ込んで傘下に入っている将兵が多い。

 突撃機動軍のキシリアにも魅力があって付いて来てくれる将兵が居る。

 だが、この二つの組織を合併させてお互い反目せず、というものは有り得ないだろう。

(無理だな。内憂外患なぞ、頭痛の種でしかない)

 彼女はジョニーが(もたら)した情報を分析する事に意識を変える。

(私にも多少心得があるが、専門的な分野では判別し難いものがある)

 餅は餅屋、である。

 連邦製は白いザクなのだろう、モニターに表示されたそれは外観では自軍のザクⅡとほぼ同じである。

(送られた情報分析を急がせねば。恐らく、地上にも居る筈)

 彼女は秘書官を呼ぶ鈴を鳴らす。

「キシリア閣下。お呼びでしょうか?」

 間も無く入室する秘書官―――ジョニーのファンである例の女性である。

「うむ。至急地球に居るガルマ大佐とイクス少佐に繋げ。火急の用件とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球、中部アジア地区。

 バイコヌール宇宙基地に於いて、若き将校地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐と第168特務攻撃中隊隊長メルティエ・イクス少佐は一つの事案を元に会議を重ねていた。

 第一次地球降下作戦は無事完了し、鉱山基地の占領も達成した。

 3月5日、占領区には多数のジオン軍が集結し残るアジア大陸の地区へ侵攻。順調に駒を進めている。宇宙から追加戦力も予定されており、疲弊した傷病兵を本国に送る手筈も進めている。

 万事順調である。

 恐ろしいくらいに。

「メルティエ、君の考えを聞かせて欲しい」

「ああ、まずは―――」

 空調が効いている室内は過ごしやすい。

 が、二人はここで四時間程頭を突き合わせて現在の状況を整理、今後の戦線について考察を重ねていた。

 二人とも軍服の上着を脱ぎ、シャツの上からでも判る引き締まった肉体を晒している。

 時折休憩を挟み、女性士官が顔を赤らめて入ってくるが。

「彼女はどうしたんだ?」

「風邪か、体調が悪いのかもしれないな。すぐ休むよう伝えておこう」

 二人は女性の視線に意識を向けておらず、ある意味完全に無防備だった。

「攻撃空母ガウの実戦配備が何よりも心強い。地球環境下では宇宙(そら)のように動けやしない」

「山や谷、地域によっては川や湖がモビルスーツの行軍速度を著しく低下させる。技術班には何か恩賞を以て報いねば」

「ははっ、さすが司令官。人を扱う立場を理解してらっしゃる」

「からかわないでくれ。信賞必罰は上に立つものとして当然の義務、そうドズル兄さんやキシリア姉さんから聞いているし。私もその通りだと考えての行動だ」

「…ギレン総帥は?」

「…ギレン兄さんは、その、大変忙しくて話す機会が中々とれなかった」

「そうか…忙しいのを邪魔しちゃ悪いもんな」

「ああ…」

 苦手意識があるのだろうなぁ、とメルティエは察し。

 今度電報でもギレン兄さんに送ろう、とガルマは考えていた。

「オデッサ鉱山基地の資源確保はマ・クベ大佐だったか」

 ぽつり、と少佐が呟くと、

「確か、キシリア姉さん…少将からきついお言葉を頂いて万事抜かる事無く補給輸送を行え、と厳命を受けたと聞いている」

 端正な顎に指を這わせ、大佐は聞いた事を告げた。

 ちなみに彼は第一次降下作戦終了以降、長髪を束ねている。

 長髪を指で弄るのは男子として如何なものか、と言われこっちの方が男前だ、と第168特務攻撃中隊の面々に囃し立てられた結果である。

 元々美男子だったガルマの子供っぽさが抜け、大人の色気が垣間見えた事で国民受けが更に良く(ひどく)なった。

 そのために髪を弄る癖の代わりに、顎に手を添える事が多くなり知的な青年を演出し部隊女性指揮官が黄色い声を上げている。

 が、当の本人は「何やら騒いでいるようだ」としか感じていない。

「何しでかしたんだ、あの根暗」

 捻りも隠しもしない物言いに、さすがのガルマも反論した。

「メルティエ。その言動はいただけない、人の陰口はよからぬ諍いを生む」

「わかったわかった。そう怒るな。マ・クベ大佐な」

「君は戦場に近いと責任感溢れる人間に成るというに、何故平時ではこうも」

「お説教は勘弁願いたいであります。サー!」

「メルティエ、少しは真面目にだね!」

 息詰まった時はこうしてメルティエが茶化し、ガルマが説教するという構図である。

 実際息抜きにもなるし、彼らはしばらく笑った後に再び会議に意識を切り替えている。

 メルティエは自分には備わらない将器を有した上で配下の意見を汲み上げる事を厭わない、真摯な友人を尊敬していたし。

 ガルマは己の目標たる人物が戦術、戦略にも明るく人の機微にも聡い事に大いに信頼を寄せ、友として隣に居る事に力強さを体感していた。

「ガウの航行距離は戦線が伸びるに連れ安定を欠く。この基地に常時配備する数を決めて、他の拠点へ配備。中継基地に一隻、本拠点になる場所には繋がる基地分のガウ。どうだ?」

「防衛拠点には割かない、という事か。それでは基地陥落時に撤退が出来なくなる」

「ガルマ、落ち着け。基地陥落時にガウを上空に飛ばすのか? 良くて拿捕、最悪蜂の巣にされるぞ」

「ぐぅ…そうか、その為の中継基地と本拠点のガウか!」

「そうだ。脱出出来ないのであれば他の基地からガウで攻撃、包囲する連邦軍へ爆撃とモビルスーツ隊降下で対処できる。防衛拠点には連邦軍の残存兵器、移動式ミサイル台座、迫撃砲で固めよう。時間稼ぎをメインにする」

「ならばその為のマニュアルを整理しなくてはな。あとはレーザー通信設備を基地毎に配備したい」

「ミノフスキー粒子下でもレーザー回線は有効だったな、確か。具申した補給物資の中に入っていないか?」

「オデッサ基地では既に配備されていると聞いた。実際にこの基地とその周辺基地には設置済み、連絡を常に厳にしてある」

 メルティエは大きく頷く友人ににやりと笑を見せた。

「情報の共有化は疎かにしない。基本に堅実」

「ああ、二度と君が矢面に出なくても済むような采配をしてみせるとも」

「大きく出たな…これは性分だから、気にしないでくれ」

 軽く胸を叩いたガルマに、気負いしなくていい、と首を左右に振る。

「意気込むくらいはさせてくれ。君の代理など誰にもできないのだから」

 バイコヌール基地駐屯となっている二人が、既に数えるのを放棄したくらいに戦場に出ている。

 ガウ攻撃空母の初運用を兼ねて三隻のガウ、十五機のザクIIと共に進軍している。

 前線で指揮を執る蒼いザクIIとその後方で援護、挟撃の指揮を執る褐色のザクIIにより連邦軍の防衛はズタズタにされ、他戦線で奮闘を続けるジオン軍により中部アジア戦線は既に大規模な撤退を強いられていた。主力部隊を自ら率い合流した後続部隊は各隊長を中核とした分隊を編成、じわりじわりと逸脱することなく戦線を拡大、補強していく。

 夜襲、奇襲、強襲を巧みに使い分ける。

 平野は元より山岳地帯も、湖畔地域も連邦軍既存兵器と違い踏破が可能なモビルスーツならではの戦術。

 そしてガルマが各分隊長の意見を聞き入れ、信用して任す事による将兵のやる気―――士気の向上が原動力となっている。

 ガウという攻撃と移動を兼任する足を手に入れ、降下するモビルスーツ部隊。

 この戦略も大きなウェイトを占めた。

 そして前線を押し上げる”蒼い獅子”と自軍を鼓舞し戦うザビ家の若き闘士に率いられたジオン軍は連邦軍にとって正に悪夢。

 巨人が列を成して進む姿など、悪魔の大行進にしか見えなかった。

 司令官の友人は常に結果を求められる立場に有り、部下を盾に生きる術なぞ持ち合わせてなく。

 文字通り自らの身体を盾に前に出て猛威を振るう。

 そして彼の部下は隊長を死なせまいと懸命に援護、時には無茶な彼を制止する。

 相互信頼で構築された部隊。

 彼らの代え等誰にも出来はしないし、代えさせる(・・・・・)気なぞ毛頭ない。

(私もあの様に部隊を率いてみたい。共に支え合う根強い絆を共有した私だけの部隊を)

 しかし、こうとも思う。

(彼らが私の手元に居てくれれば、これ以上心強いものは無い)

 憧れとはまた違う。

 欲に駆られた彼は猛省するのだが、この燻る感情は消えそうにない。

「中部アジア地区はオデッサを含めて占領、と」

 友人が悶々としている間、メルティエは暫定的ジオン占領区を地球に降りて手に入れた”世界地図”上に駒を置く。

「あとは北部アフリカ地区、だったか」

「地続きで向かえる場所はそうだが。このまま戦線を拡大しても良いものか」

「ふむ。戦力の拡散を強いられるだけだな」

「ああ、資源開発区等の重点的な拠点だけに絞り、守りを固める戦略も必要になると思う」

「地球は広い、か」

「その通りだ。向かえば勝利、しかし維持できなくては何の意味もない」

 腕を組み唸るメルティエと指で顎を挟み、ふぅと息を吐くガルマ。

 最初に根を上げたのはメルティエである。

 やはり補佐程度ならばやれなくはないが、さすがに戦場全体へは思考が広がらなかったらしい。

「これはキシリア閣下にお伺いを立てるべきか?」

 一番に戦略に秀でる人物の名を挙げる。

 地球方面軍総司令である立場故に、問題はない。

「いや、まだ地球降下作戦の第一次が終了しただけだ。第二次、第三次と予定されているのであれば足踏みはできない」

 そこにガルマが待ったを掛ける。

 用意された戦力が出撃せず停滞するのは不味い、と至る故に。

 姉は聡明、であるから問題点を洗い出し、其処を突き詰めた上で作戦の合否に向かうはず。

 だが、その間に時間がもし取られ、軍の動きが滞ればどうなる。

 先達者に、知恵者に聞く事は問題ではないのだ。

 先達者、知恵者、統率者の全てを纏めてしまっている人物に聞くのが悪手、とガルマは見た。

「戦力が押しているならば、攻めとれるだけ切り取り確保する、かね」

 同じ考えに至ったのだろう、最初に命令された通りに今後を構築していく。

「考えたくないのは、本国が実戦を、戦線の拡充路線に国力が足りうるか把握していない可能性だ」

「ギレン総帥だぞ?」

「ギレン兄さん…総帥とて人の子だ。神ではないし、私も地球に降りて感じたからわかった事なのだが。この大地は広すぎる」

 すっとお互い視線を合わせ、嫌な将来像を二人が共有した時。

「まさか」

「考えたくはない、友よ。ただ、幾度も勝利の熱に浮かれていても、生の実感を得た時も、私が進行具合を確認して地球の地図を見た時に」

「”まだこれっぽっちしか終わっていないのか”か」

「…そうだ」

 戦争が始まってまだ三ヶ月に入っただけだ。

 時間は短いし、大ダメージは連邦軍が被っている。

 ジオン軍もダメージが蓄積しているが、軍の維持にはまだ事欠かないのだ。

 いまは”まだ”。

 

 

 

 

 

 その日、バイコヌール宇宙基地へHLVの輸送団が到着。

 最新のモビルスーツを搭載したHLVは受け入れられ、輸送任務に就いていた人物と共にガルマ大佐の部隊に編入される。

 彼らが持参したモビルスーツ。

 地球環境下での運用を前提に見直され生産ラインに載ったMS-06J、陸戦用ザクII。

 そして、キシリア・ザビ少将より”蒼い獅子”へ送られたモビルスーツ。

 新鋭機YMS-07、先行試作型グフである。

 

 

 

 

 




ガルマさんがどんどん有能な指揮官へ変貌する回
本作のザビ家の人々(特にキシリアさん、ガルマさん)の株価上昇。
なんかすごい事になってるな。
大変嬉しい事だし、このまま突っ切っていいヨネ?

そしてキシリアさんが政敵を失脚させるか否かで悩み始めました。
今後のジオン軍はどうなるのか。

そして主人公グループ。最近スポットライト浴びせてないね。
仕方ないよね、前線描写最近ないから。
オリジナルキャラの見せ場がががが!

*矛盾点を修正しました。今後とも宜しくお願いします<(_ _)>

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