第168特務攻撃中隊は中東アジアへ地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐の部隊と共に進軍。
オデッサに駐屯するマ・クベ大佐の部隊も合流し、全モビルスーツ七十三機もの大部隊に膨れ上がった。
用意された九隻の攻撃空母ガウ発着に先立ってモビルスーツ部隊が侵攻。
進軍ルートは二つに分けられ、山岳地帯と森林地帯から攻め取る事となった。
山岳地帯にはガウ四隻を当て、見通しの良い上空からの高々度索敵で先行する地上のモビルスーツ部隊を支援。丘陵や渓谷ではガウに搭載された絨毯爆撃で殲滅を狙う。
森林地帯も同じく部隊を前面に送り、伏兵等の横撃、奇襲を受けた場合にガウ五隻が援護に駆けつけられるよう後方で待機となっている。
連邦軍は航空戦力に富み戦力の分散、挟撃が懸念される。
その為に敢えて固まった戦力をぶつけ、敵の全容が見え次第ガウの攻撃で一気に決める手筈となっている。長距離からの攻撃も予想されるので可能な限り先行部隊と距離を開けて運用。
山岳地帯はマ・クベ大佐のオデッサ駐屯部隊。
森林地帯にガルマ・ザビ大佐の中東アジア攻略部隊と分かれている。
これは指揮系統の混乱を避け、連携行動の差異がみられた為の措置。
そして各々の思惑が重なった為でもある。
マ・クベ大佐は第一次作戦では戦力を一気に投じ、降伏させる為に大部隊を用意したもののこれを過剰と上司のキシリア・ザビ少将に断じられた挙句、背水の陣で攻略に当たった。
攻略には成功したが、この経緯と内容が漏れ彼の評価は下がってしまう。
この時の名誉挽回を望むため、文官肌である彼が前線に出ているのであった。
ガルマ・ザビ大佐はというと今回の作戦で不当に功績を認められないエース部隊に、無理矢理にでも恩賞を正式に認めさせるためにマ・クベとは敢えて別れるようルートを設けていた。
無論、戦場での功績等は時と場合に寄る。
しかし、彼らは必ず武勲を上げるとガルマは確信していた。
友でもあり、”蒼い獅子”の異名を取るメルティエ・イクス少佐が戦場に出て戦果ゼロで帰還した事なぞ一つもなく。前線に出れば敵勢を崩し、哨戒に出れば敵未確認モビルスーツと遭遇する男である。
戦果を期待するな、というのが無理な話であった。
そして現在―――。
「ハンス! 上の哨戒機、落とせるか!?」
夕方に差し掛かる時刻。
赤く装甲表面を染められた機体が落下と同時に立ち並ぶ樹木を押し倒し踏み締め、ドンッと再び飛翔。
きっかり二秒後メルティエの搭乗するYMS-07、グフが存在した場所に砲弾が数発撃ち込まれ、地面が爆ぜる。コクピット内ではブースターのパラメーターが安定稼動域ギリギリを維持できるかどうか、という状態。しかし彼はモビルスーツの存在を印象づけるように激しく跳躍を繰り返す。
遅滞戦術を採る連邦軍砲撃部隊の繰り出す攻撃を引き受け、回避行動を継続する蒼い機体。
ショルダーアーマーは以前の愛機の物に換装され、スパイクの代わりに防御シールドに。
その分両腕の可動域が狭くなったものの、両肩の防御シールドに加え左手で専用盾を構える姿は鉄壁の如く友軍を魅せた。
飛び上がりと共に右手に装備された一二〇ミリライフルで応戦。
幾つか命中したのか、外部マイクを通じてメルティエに破砕音を教えてくれる。
61式戦車の大部隊が前面に展開する中、彼らは任された拠点制圧を成さんと突き進む。
森林に視界を遮られ、その奥には塹壕。其処に敵部隊は潜み砲撃を続けている。
現状では、メルティエに有効打が無い。
『任せな、大将!』
コムサイの上面に陣取り、磁力で張り付いたモビルスーツ。
ハンス・ロックフィールド曹長専用に狙撃に特化されたザクIが両手で構えた
彼が覗き込むガンスコープの中で四散する姿を一瞥、すぐに他の獲物に取り掛かる。
『ちっ、奥に下がりやがる』
続けざまに一、二機と撃ち落とす中で機首を返して自軍領に戻る数機。
「ヘレン、敵機の進路方向、割り出せ!」
止まない砲撃の雨の中。
時に三つの盾で防ぎ、時に森林の樹木を遮蔽物に、最後に回復したスラスターを吹かし飛び退る。
左肩の防御シールドは半ばから折れ、右肩側は虫食い状態。
専用盾も何時破砕してもおかしくはない。
肩部のダメージが腕に伝わり、マニピュレーターを通じて表示されるライフルのガンサイトが定まらない。
先ほどの応戦射撃で命中したのは偶然の産物。
今もライフルを撃ち続けているが当たった感じがしない。
『了解。操縦は私に任せて、ルート割り出し、できる?』
『はいっ』
落ち着いた声のヘレン・スティンガー軍曹と、元気の良い返事が響く。
「アンリ、敵位置把握はどうか!?」
『見つけたよ! リオ、行ける?』
『やれますっ』
谷を駆け上がった二機がバーニア光を散らし側面から敵塹壕へ向けて降下。
グフが三度程回避運動をしている間に、激しかった攻撃に衰えが出始める。
代わりに森の奥から上がる黒煙とドン、ドンと大気を叩く音が木霊した。
(―――いける!)
「ハンス、敵位置は把握できるか?」
『読み通りだ。敵さん慌てて下がろうとしてるぜ』
グフの左腕を引き寄せ、盾を正面に構え直す。
「アンリ、リオ! 下がれっ」
『了解!』
『下がります!』
威嚇射撃を続け五秒時間が過ぎるのを待ち二機のMS-06J、陸戦型ザクIIが森の奥から飛び出すとグフの背後に回る。モニターで目視するに、機銃等でザクIIの防御シールドが凹んだくらいで他に外傷が見られない。
「エダ、やれぇ!」
『発射』
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
幾重にも成る断層や褶曲によってできた構造谷の中腹に二八〇ミリバズーカが続けて命中。
ドドドドド、と衝撃と爆風で抉られた斜面から土が勢いよく噴き上がり土砂が下に向かって流れ濃密な砂煙が視界を黄色く染める。
一分経過。
自分の呼吸音と規則正しい電子音、グフの発動機が唸る声だけのみとなる。
三分経過。
『少佐、敵識別反応消失。及びルート確認完了しました』
ヘレンの声を聞いて構えを解き、可動音に粉塵が噛み込んだ異音が無い事を確認して、大きく息を吐いた。
「皆、大事ないか?」
半身を捻り、後方へとグフのモノアイを向ける。
背後のアンリエッタ・ジーベル中尉、リオ・スタンウェイ伍長が搭乗するザクIIは防御シールドを下ろし、各々が持った武器を構え直している。
奥から現れたエスメラルダ・カークス中尉はバズーカを片手に油断なく周囲を警戒しながら近寄り、上空を飛行するコムサイからハンスのザクIIが片手を上げる。
各自が声を上げ、メルティエは部隊員の無事を確認した。
「戦闘継続に影響が出た機体はないか?」
声が上がらない。問題は無いらしい。
(―――問題があるのが自分だけか)
「ヘレン、コムサイの稼働時間にまだ余裕はあるか?」
『あと五時間は行けます。戦闘を挟むとしたら三時間程に短縮されますが』
ノーマルスーツの内蔵時計を見ながら、
「日がある内に一度戻ろう。ガウに帰投後、第三補給ラインまで移動。補給後再出撃になる」
『了解、後方待機中のガウに連絡を取ります』
『おし、リオ行くぞ』
『りょ、了解です』
コムサイが低空飛行を開始するとザクIが上部から飛び、コムサイのモビルスーツハンガーに至るハッチに入り込む。続いて飛び上がったザクIIが同じようにハッチの中へ消え、閉じられた。
『ハンス機、リオ機の固定完了。少し待っていてください、少佐』
「了解だ。ついでで悪い、ガルマ大佐にC地点制圧の報告を頼む」
苦笑が漏れた了承を聞きながら、ヘルメットを外す。
ぼさぼさの髪が汗で顔に張り付く。
操縦桿を軽く押しガシュン、ガシュンとグフを歩行させながら、大きく息を吐き機体状態をサブモニターで確認。
側面モニターにはザクIIが左右に付き、索敵警戒に入っている。
「流石に盾の損耗が激しい…両肩と左腕に負担が掛かるな、やはり」
敵火力の矢面に立ったのだ。むしろ撃破されてないだけで御の字である。
「シャア少佐なら。いや、そもそも彼は矢面よりも奇襲を選ぶか」
宇宙での彼と戦った苦い記憶が蘇る。
”赤い彗星”シャア・アズナブル少佐。
彼ならば地上ではどの様な戦術を採るだろうか。
本作戦では部隊内での連携を重視し盾を三枚持つメルティエが前衛、中衛にアンリエッタとリオ、後衛にハンスとヘレン、エスメラルダに別れた。
前衛に三機、後衛に二機で良いと思うだろうが戦場の広さで考えるなら今回は正しい。
森林に阻まれ構造谷に囲まれては、幾ら高速機動が出来ようとも十分な移動範囲を保てないと判断。
それが三機も並べば尚更だ。
持ち前の回避率、防御力と耐久度に秀でたメルティエ機が攻撃を請け負い、ハンス機が上空から援護射撃。
こちらの動きを見ていた哨戒機を撃破後、迂回していたアンリエッタ機とリオ機が横撃を仕掛ける。
続いて奇襲に応戦するなら良し、下がるならば敵部隊を土砂で止めとなる。
今回は後者だったが、前者だったらメルティエ、ハンスとエスメラルダ機も前に出て圧力を掛ける手筈だった。
(今回は敵モビルスーツが出てこない。温存しているのか)
鹵獲した機体を改修した連邦製ザク。
グフの機動性と目眩ましが功を奏したから三機を相手に圧倒できたが。
(連邦はまだモビルスーツの戦闘データが圧倒的に足りない、だから動かず
全長一七メートルを越える事で観測距離も伸び、発射位置が高いため射程も伸びる。
固定砲台のトーチカでは不可能な移動も可能だ。
(あの時のパイロットは、道連れではなく、機密漏洩阻止に動いた)
四肢をヒートロッドで切断されて尚、諦めない闘志。
後続の仲間の為に自分と戦友を殺す覚悟。
(あの”覚悟”は、俺に必要なのか)
顔も見えない”誰か”の為に、苦楽を共にした部下を撃てるだろうか。
(わからない。わかりたくもない)
そう胸中で断じた自分は、きっと軍人失格なのだろう。
機密漏洩防止の為に自ら命を断つ。
誰でも出来うる行為ではない。
彼の成した行動は、素直に尊敬に値する。
ただ―――。
『メル、敵が来ると危険だから合流ポイントへ進もうか』
『同じく。不必要な戦闘は控える』
自分には出来そうにない。
「ああ、帰ろう。皆の所へ」
失いたくないから、敵を食い殺す。
「第168特務攻撃中隊、帰還に入る」
自分は”蒼い獅子”と云う獣なのだから。
夕闇の中、三枚の盾を持つグフに連れ添いながらザクII二機が戦場跡を去っていった。
彼らの地点から三〇〇キロメートル離れた森林、其処から去る機影に気づかぬまま。
陽動作戦から生じた中東アジア侵攻は第二次地球降下作戦終了まで続投し、中東アジア地区の大部分を勢力下に治める事に成功。
しかし逃散した連邦軍は主力部隊が本拠地に戻るとゲリラ活動を開始、中東アジア地区では散発的な戦闘が起こるようになり、防衛部隊と治安維持部隊が結成され事に当たった。
その為、ユーラシア大陸のジオン軍は広く浅い戦力を展開する事を迫られこれ以上の戦線拡大は維持できず硬直してしまう。
幸いにもこの侵攻で連邦軍航空戦力を大幅に削り取ることに成功し制空権を長期間維持。ガウ攻撃空母や後のモビルスーツ輸送機、ファットアンクルを大多数揃えることが出来た事が大きく空輸、物資投下する事で各戦線に補給が途切れるという最悪のケースは防げた。
だがメルティエ、ガルマの警戒心を嘲笑う様に連邦モビルスーツの戦線投入は確認できず終い。
連邦軍モビルスーツの存在は地上では蒼いグフ内の戦闘データと数少ない残骸から分析するだけとなり、二人の将校に大きな不安を抱かせ続けた。
マ・クベ大佐は用立てた専用グフで部隊を率い山岳に点々と築かれた航空、鉱山基地を攻略。
防衛戦力の予想外の抵抗と地形慣れしていないパイロットとモビルスーツに被害が及ぶが粘り強く攻め立て、遂に陥落した。
ガルマ・ザビ大佐は航空基地を始め大自然を利用した天然の要害を掌中に治めると既存設備を下地にモビルスーツ工廠、大型プラントの開発を技術班と工作班に命じ要塞化を進める。
施工完了前にこの地はガルマ・ザビ大佐の手を離れ、新たに地球に赴任するギニアス・サハリン技術少将が統轄。
充実した設備群に赴任当初は驚き、後に来る地球連邦軍の反攻作戦以降に「ガルマ様の先見の明には驚かされる」と側近のノリス・パッカード大佐に漏らしたという。
第三次地球降下作戦完了後は中部アジア地区にマ・クベ大佐、中東アジア地区にギニアス・サハリン少将と管理地域が分かれ次第に縄張り争いに入りそうになるが「補給線に滞りが見られた場合は”蒼い獅子”を差し向ける」との恫喝を前任者より浴びせられていたので補給物資のみ連携した。
尤もこれは、
「ガルマ様経由でキシリア様に報告が行ってしまうではないか」と恐れたマ・クベと、
「素晴らしい設備を用意してもらいながら刃向う等、恩知らずもいい所だ」と述べたギニアスの落とし所でもあった。
事実、”蒼い獅子”がユーラシア大陸に再び渡った時は補給線に意図的な綻びはなく、マ・クベから補給を受け、ギニアスからは中東アジア攻略の立役者として歓待を受けた。
今回語りが多い。
じ、次回は会話が多くなるかもしれんね!
次回、第168機動戦隊の面々に昇進は成るか。
ガルマさんとキシリアさんの関係はどうなるのか。
そして作者は本作品を何処へ向かわせる気なのか。
閲覧してくれた方、ありがとうございます。
次話をお待ちください!