ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

22 / 72
第十九話:思惑の先

 宇宙世紀0079。

 3月11日。ユーラシア大陸大部分の占領に成功したジオン軍は第二次地球降下作戦を発令。

 瞬く間に北米にある連邦軍の四大基地(キャリフォルニア、ケープカナベラル、ニューポート、メイポート)を制圧した。

 この背景には設定された降下ポイントが先日の”ブリティッシュ作戦”、コロニー落とし後の津波の影響で東西の両岸がほぼ壊滅していた事にも有るが、作戦前日に開始された第一次地球降下部隊による中東アジア戦線への大規模な侵攻が混乱を増長させた事も大きい。

 十分な余力をもってアメリカ自治州中部地方へ進軍するジオン軍には、一つの目的があった。

 ジオン諜報部、内通者を使い確認を急がせ、現地情報と三ルートから統合して確信したもの。

 旧アメリカ軍基地の位置を正確に特定し、彼らが優先したもの。

 ジオン軍上層部が第二次地球降下作戦の目標に北米を選んだ事には、理由があった。

 ―――核ミサイル施設。

 これを備えた軍事基地を中心に次々に占領、ないし抵抗を続ける場合は施設そのものごと破壊。

 幾つかの核ミサイル施設を支配下に置き、南極条約締結以降”使用しない”とされた兵器を手に入れたのである。

 そして万が一使用されたら脅威となる核の奪取に成功した事も重要だが、この作戦の最大戦果はもう一つの方にあった。

 それは、キャリフォルニア・ベースをほぼ無傷で入手した事。

 確かに、地上設備はコロニー落としの津波で全壊している。

 が、地球連邦軍総司令部であり大規模な地下兵器工廠のジャブローに匹敵するとされる地下施設は健在だったのだ。現に残された資源を活用して降下作戦に使用されたMS-06F、ザクIIを当日から作業に回しMS-06J、陸戦型へと改修可能としたほどである。

 以後同基地は地球攻撃軍の本拠地とされ、各種兵器の開発と生産を行う重要拠点に指定された。

 続く3月18日。

 ジオン軍は順調な作戦進行に戸惑いすら覚えながらも、第三次地球降下作戦を決行。

 コロニー落としの被災地であり壊滅的被害を被ったオーストラリア大陸にジオン軍将兵らが勢いを持って降下。

 彼らの勢いが空回りする程に、抵抗らしい抵抗もなく進軍。

 文字通り無人の野を行くが如く進軍し、大陸全土を制圧した。

 その後の部隊は資源採掘部隊とこれを護衛する一部の戦闘部隊を残し北上、アジア・インド地区の密林地帯を勢力下に収めている。

 この第二次、第三次以降のジオン軍降下部隊に対し、連邦軍はほとんど阻止に行動する事が出来なかった。

 それは何故か。

 理由は極簡単である。

 保有する戦力に底が見え始めたのだ。

 第一次降下作戦の際にルナツーから派遣した宇宙艦隊は壊滅、潰走となり追撃で更なるダメージを被った。

 連邦軍宇宙艦隊は他へ戦力を割く事もできず、ルナツーの完全防衛に移行。虎の子である鹵獲モビルスーツすら出しての防衛戦である。

 撤退する艦隊追撃を打診した宇宙攻撃軍”赤い彗星”シャア・アズナブルのルナツー防衛戦力を探る目論見は見事的中し、引き出しの中身を晒け出されてしまう。

 同戦域にモビルスーツ隊を率い前線に出るものの威力偵察に重きを置いた突撃機動軍”真紅の稲妻”ジョニー・ライデンが持ち帰った連邦製ザクとの交戦情報は連邦軍モビルスーツの投入、開発の可能性をキシリア・ザビ少将を通じてジオン軍上層部に伝わり十分に有益なものとなった。

 この功績でシャア・アズナブルは中佐に、ジョニー・ライデンは少佐に昇進している。

 少なくない出血を流したが、ジオン軍は地球圏軌道上に艦隊を配置。

 地球側から送られる戦力がルナツーに合流しないよう監視体制を採る。

 しかし地球側、地上の戦力はコロニー落としの影響がまだ続き、降下したモビルスーツ部隊の攻撃に遭い続けて余分な戦力等有るはずもなく。参加した将兵を散らし続ける籠城戦、撤退戦を強いられていた。

 連邦軍にとって不幸中の幸いだったのは、ジオン軍の最大動員数限度に限りがあり、それも国力の問題ですぐに到達するという事だった。

 地球の半分、大多数を占領されたとしても戦力分布は広く浅く過酷な地球の環境下は完全に調整されたコロニー内とは違う。

 根を上げずとも、将兵らに厭戦が広がると判断していた。

 それは正しく、同時に間違ってもいた。

 宇宙にはない天然の空気、水。

 それらが育む大自然。

 一日に吸う酸素量を考えずとも良い、摂る水や食料に神経を尖らせなくても良い。

 確かに地球の環境は容赦なく宇宙移民者を苛んだが、同時に恵みも地球居住者と同じように与え続けるのだ。

 宇宙を懐かしむ将兵らも多くは居たが、彼らも順応していき”慣れ”を覚える。

 戦線が広がるにつれて補給線の再構築を迫られ、やむを得ず後退も見られはしたが地上から多数の戦力が宇宙に戻る事態は起きず、着実とジオン軍勢力圏を広げていく。

 中部アジアにマ・クベ大佐、中東アジアにギニアス・サハリン技術少将、オーストラリアにウォルター・カーティス大佐が方面軍司令として配置され地球の豊かな資源を宇宙へと送る。

 第一次降下作戦から前線で指揮を執り続けたガルマ・ザビ大佐は相応の実力を持つと判断され、地球の要衝となった北米キャリフォルニア・ベースの最高責任者として就いた。

 この人事にはデキン公王、ドズル中将の口添えもあったが適正に問題ないとキシリア少将も肯定し、ギレン大将が任命を下した。

 この件でガルマ・ザビは准将に昇格。

 ひと月前までザビ家の御曹司だった彼は、ジオンの大器と称されるまでその名声を高めていく。

 開戦から四ヶ月が経過した時の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエ・イクスが率いる第168特務攻撃中隊は、配置替えのために移動するガルマ・ザビ准将の護衛を命じられバイコヌール宇宙基地から一時大気圏外にHLVで離脱。

 地球軌道上守備隊から代えのHLVを受け取り物資の輸送を済ませると、彼等に守られながら北米大陸に進入角度を設定、再び地球へと帰還した。

 この時に眺められた地球の意識が吸い込まれる鮮やかな青と、身体が飲み込まれる蒼い宇宙(そら)にメルティエは子供のように心躍らせた。

 大気圏を往復移動する疲労に負けまいと抵抗していた部隊員は「タフネス過ぎる」と青い顔を覗かせたが、部隊長も疲労している。以前見られなかった事で今見る光景を焼き付けようと必死だっただけである。

 無事新たな赴任先となるキャリフォルニア・ベースへ准将を送り届け、任務達成と相成ったが。

 バイコヌール基地に比べ高価な調度品に囲まれた執務室、恐らくはザビ家の人間が送り込んだ品々だろうその前で、ガルマは任務報告に現れた彼らに向き直った。

「メルティエ・イクス少佐。護衛任務ご苦労」

「は。ガルマ・ザビ准将、ここで我らは別れますが。お元気で」

 かっ、と軍靴を鳴らす部隊員―――といっても前線任務に就く者達だけであったが―――にガルマは一度頷き。

「うむ。貴官らには世話になった。まずは礼を言わせて欲しい」

「勿体無いお言葉です、准将」

 畏まる期間は短いながらも親交が深い青年に、新任准将は穏やかな笑みを浮かべ質感ある傷一つない執務席の机上から重なった封筒を取り出した。

「私から諸君へ送る。ささやかなものだが、受け取って欲しい」

「御厚意。感謝致します」

 ざっ、と敬礼する部隊員達に向け。

「リオ・スタンウェイ伍長、前へ」

「え。あ、はい!」

 幼さの残る少年がおっかなびっくり前に出る。

 戦場でやや痩せたが、更に凛々しくなった貴公子は変装したら少女にしか見えない彼に辞令を伝える。

「降下作戦以下戦線での功績を認め、貴官を曹長へ任ずる。今後も励みたまえ」

「つ、謹んでお受け取り致します」

 緊張によるものか顔を紅潮させたリオは封筒、ジオン公国の国章が刻まれたものを受け取った。

 敬礼して元の位置に引っ込むリオに苦笑を浮かべながら、メルティエは喜ぶ。

 伍長からの躍進。恐らくは士官学校を経ていないので高い地位には上がれないだろうが、小さな部下の昇進を喜ぼう。

 視線をリオからガルマに戻すと、

「続いてハンス・ロックフィールド曹長」

(―――あれ、続くのか?)

 公式の場では飄々とした態度を崩さない彼も緊張するのだろう、やや動きが硬い。

 彼の辞令が終わるとまた次に名が挙げられ、部隊員が目を白黒させながらガルマの前に立ち、昇進の辞令を受けて行く。

 これは本来ならば第一次降下作戦が終了後の人事だったらしく、続く戦線に部隊が休む暇なく引っ張られた為に遅れた分を合わせた結果らしい。一人当たり二回昇進辞令を行うのが面倒なので、一気に昇進とする事に決めたと後に聞く事になった。

 各々の昇進辞令が進み、アンリエッタ・ジーベル大尉となった彼女が元の位置に下がる瞬間、不安げな色を端整な貌に浮かせた。大尉に任じられたエスメラルダ・カークスを始め他の部隊員も高揚感から一気に鎮静し、ただ一人の人物を見る。

 ”蒼い獅子”の異名を取るエースパイロットにして部隊長メルティエ・イクス。

 彼にどんな沙汰がもたらされるのか、先程まで笑顔で昇進を喜んでいた全員が真顔で注目している。

 水を打ったかのように静まった執務室。

 ガルマはこの室内に満ちる緊張感に、やはり彼は良い部下を持っていると喜んだ。

 己の栄達に浮かれている表情を見せてた癖に、長が未だ賞されないと知ればこの有様。

 彼と生死を共にするパイロット達など、表情を殺しているがガルマの一言でどう転ぶか。

 モビルスーツ部隊を補佐する戦闘機乗り達も冷静な顔を見せているが、焦らすなと目で訴えている。

 ここにクルー達や整備兵達が加わればどうなるのか。

 上に命じられ行動を成す軍人、という雰囲気ではない。

 彼らの中で漂うのは、

(まるで、一族。郎党のようだよ、メルティエ)

 一人を戴き行動する群れ。

「降下作戦以下の戦線で群を抜く功績、司令補佐を成した貴官の貢献を踏まえ」

 ガルマがひと呼吸置く。メルティエを含む部隊員がごくり、と喉を鳴らした。 

「メルティエ・イクスを中佐に任じる」

「―――は。拝命承ります」

 感じ入った部隊員が見守る中、綺麗な敬礼を返す友人へ。

「それに伴い新たに任を受けて貰いたい」

 ガルマは申し訳無さそうに声音を使い、満面の笑顔を彼らに見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む…?」

 メルティエ・イクス中佐はぐらぐらと定まらない焦点に疑問を抱きながら視界が定まるのを待つ。

「ここは、俺の部屋か?」

 カーテンに仕切られた窓際から、うっすらと光が漏れる。

 薄暗い室内。

 天井の広がりは今まで暮らしたどの部屋よりも広い。三人、四人程部屋内に居ても息苦しさを感じない程。

 さすがにまだ調度品はライトスタンド、寝台、机、本棚等の基本的なものしか無い。

 キャリフォルニア・ベースへガルマを送り届けて以来使用を許可された自室。

 地下設備にある住居スペース、大多数が入る兵舎とは別棟の建家。

 其処にメルティエの自室は用意されていた。

 長期滞在を見越しての段取りだったのだろうと、今になって知る。

 数日しか経ってない為、少しの違和感がついて回るが仕方ない。

 一人の部屋にしては広すぎるのだから 

「確か、えぇと」

 昨日は確か、ガルマ准将から新たな任務を受けた。

 その後の記憶が朧ろ気だ。

 これは不味い。

 記憶が確かなら自分は今日非番ではない。

 キャリフォルニア・ベースの防衛兵器群の稼働率と、同基地内の把握に努めなければならない。

 連邦軍本拠地ジャブロー陥落の糸口すら見えてこない昨今。

 占領した軍事基地を強固なものとし、奪還を試みる連邦軍を迎撃する準備を進める事が急務。

 何せキャリフォルニア・ベースはコロニー落とし後の津波で地上設備が全滅、復旧の目処が未だ立っていない。現時点でも警備にモビルスーツ隊を充て、ジオン軍主力戦車マゼラアタックがザクIIが一機につき三両と地下設備で生産終了した機体を優先的に防衛戦力に回している。

 近々陸戦艇が配備されると聞いている。

 戦力拡充は願ったり叶ったりであった。

「…お、視界が、や…っと?」

 メルティエは天井から横に視点を変え、硬直した。

 頭の中で?が乱舞する。

 落ち着こう、もしかしたら眼球に異変があるのやもしれぬ。

 二秒ほど目を閉じ、開く。

(えぇ、どういう事なの)

 薄暗い部屋の中、浮かび上がる人肌。

 すぅ、すぅ、と呼吸に合わせて上下するたわわに実った胸、張りのある腹部、滑らかな太腿は自分の腕を挟み、その奥への防波堤としている。羽織っているのはワイシャツなのかボタンは閉じられてはなく大胆に開かれ、着てはいるが隠すという機能を放棄していた。

(そのワイシャツ俺のじゃ…ああ、右腕の感覚に違和感あると思ったらこれか、って酒臭いぞこの部屋!)

 酒臭い、のワードがヒット。高速で昨日の光景が頭に浮かび、過ぎて行く。

 昇進を祝って部隊全員で祝杯を挙げ、酔い潰れた人間も出たのでお開き、部屋に戻る、寝台に横になろうとしたら先客が居た、しかし疲れと酔いで睡魔に組み倒され、現在に至る。

(昨日の俺前後不覚過ぎて笑えないぞ、おいィ!)

 思わぬ事態に急ピッチで覚醒する意識。

 視覚、良好過ぎてやばい。

 聴覚、鼓膜に届く女の息遣いがやばい。

 触覚、抑え込まれた腕に太腿の柔らかさと質感、彼女の体温が感じられてやばい。

 嗅覚、酒精(アルコール)の臭いに混じる汗の臭い。その中に隠れる女の体臭を感じてやヴぁい。

(深呼吸はするな、戻ってこれなくなるぞ)

 緊張する呼吸器に伝令。サー、イエスサー!と従順な様子にほっとする。

(動くな手、裏切るなら軍法会議に掛ける)

 雄の本能に敗けそうになる腕、手、指を威嚇。女の身体を堪能しようとする動きを渋々止めさせる。

 蜂蜜色の、束ねていない長髪がさらりと流れ男の頬をくすぐる。

 身体を丸めて眠っているのか、彼女の顔が、小さな鼻、唇がすぐ目の前にある。

 彼女の呼気が甘く、意識に靄が掛かりそうになるのを感じる。

「んぅ」

 男の呼吸が当たったのか、睫毛を震わせむずがるように彼女は艶かしく姿勢を変えた。

(――――目は潰せねぇ!)

 寝台の上、シーツとの間で圧迫され、形を変える弾力性に富んだ半球、柔肌、その先の頂きからモビルスーツの高速機動でブラックアウトせんばかりの勢いで視界を封鎖。 

(ちょっとこの子無防備過ぎやしませんかねぇ!?)

 シーツの上にある物体、彼女の衣類を凝視し掛けるが全身全霊の首振りで回避。

 イカン、このままでは。

 血流的、膨張的な何かがイカン。

 待て、起き上がるな、静まれ、銃身を上げるんじゃない。

(朝から逃亡ミッション、発覚したら墓場とかヘビー過ぎとは思わんかね!)

 どういう意味の墓場なのか、ふと連想するが彼は深く考えないようにした。

 今は離脱せねば、と下半身に力を入れる。

 が、自分の脚が重い。というか何かが乗っている感覚。

 視線をそちらに向かわせる。

 薄紫色の髪が視界に入り、自分の足を抱き枕のように小柄な身体が抱え込んでいるのが解った。

 女性として、身体の発展が乏しいと嘆くのを遠くから見たり、聴いたりしてはいたが。

(止めてくれ、俺の自制心をガリガリ削るのは、止めてくれっ!)

 貧相と悩んでいる癖に情欲を誘う魅力が既に一杯一杯の彼を襲う。

 ズボン越しとはいえ四肢に絡み付かれ、普段表情が見えない癖にあどけない寝顔を見せるのは。

 卑怯だと思う、常識的に考えて。

(援軍はぁ、援軍はまだかぁ!?)

 首だけ何とか起き上がらせた彼の目には、

「なんでお前ら其処で寝てんだ」

 壁を背に寝息を立てるハンスとその肩や膝を枕に眠る戦闘機乗り、ヘレン・スティンガー准尉とフェイ・シンリン軍曹。

 一瞬素でツッコミを入れたが、身動きが取れないまま悶々と過ごし。

「中佐、おはようござ―――わあっ!?」

 食堂に現れない皆を探しに来たのか、控えめに扉から顔を覗かせたリオが訪問するまで。

 メルティエは煩悩と戦い続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「朝からえらい目にあったぞ…」

 頭と身体を何とかクールダウンさせる事に成功した彼は眠り続けるお姫様達がそう簡単に起きないと判断するや身体を引き抜き棚に置いてあったタオルケットを掛け、続いてハンス達を起こして帰らせるとリオに先に食事に行くよう伝えてからシャワーを浴びた。

 体を拭き、脱衣所から室内の様子を探るとまだ寝ているようであり、寝息が聞こえる。

(―――おっと、起つんじゃない。思い出すのも駄目だ。条約違反だ。静かにそいつを降ろせ)

 きかん坊を黙らせると彼は重い溜息を吐き用意された蒼い軍服、中佐を示す新調された第二種戦闘服を着込んだ。

 彼女達の艶のある唇、そこから漏れる寝息を聞きながら扉を閉め、施錠。

 腹の底から絞り出すように息を吐き続け、顔を上げた。

 大体は自室で思い出した通りの日程で問題はない。

 あれからガルマがメルティエ達に通達した事。

 今後しばらくはキャリフォルニア・ベースを拠点にする件。

 その為指揮系統を整える観点からキシリア少将麾下突撃機動軍から出向とし地球攻撃軍、北米方面司令ガルマ・ザビ准将麾下に入る件。

 キャリフォルニア・ベース防衛指揮は最高責任者のガルマが執るが、防衛機能回復後もモビルスーツ隊指揮をメルティエが執る件。

 略したが、だいたいこの三つだろう。

 これは司令部に総責任者が存在しないと有事の際に判断が遅くなる事、中佐のメルティエが大隊規模の指揮を執る必要が今後出てくる為のガルマからの厚意。

 要はパイロット意識よりも指揮者としての振る舞い方を覚えろ、と云うものだ。

 モビルスーツパイロットとして、ガルマに技術を教えた事が遠い昔に感じるメルティエであったが確かに必要な事でもあった。

 彼はモビルスーツ小隊規模の運用は問題ないのだが、中隊規模やそれ以上の指揮は今だに執った事が無い。

 アジア戦線ではガルマを総指揮者として捉え自分はその補佐、ないし実働部隊の一隊という認識だった。

 何時までもガルマが置いてくれるとは限らないし、甘えも良くはないなと考えるメルティエである。

 実はガルマが准将に昇格する時、ザビ家内で聞き届いてもらったのはキャリフォルニア・ベースへの配置替えでも建造される新型巡洋艦の譲渡でもない。

 キシリアの一部隊をそのまま自分の麾下にする事の許可、引き抜きを承諾させるものであった。

 これには流石にキシリアも怒りを覚え口論に入ったが、デギンとギレンの取りなしで暫定的な麾下とする事を認めさせた。

 ドズルはガルマの行動に感じるものがあったのか、始終沈黙を保ち結果を聞くと一言。

「お前の考えるままに成すがいい。俺は支持する」

 と告げ、妻子の元へ帰って行った。

 貸していた筈の部隊を持って行かれたキシリアは不満を隠す事無く退出。

 デギンは子供達の纏まりのなさに嘆くが、ガルマの成長に不安を抱きつつも喜び。

 ギレンは戦力の担い手が増えた事に笑みを浮かべ、末弟が妹と衝突するまで欲した部隊に興味を持った。

 そしてこの顛末はザビ家のみにしか知られず、渦中の人間であるメルティエが悟る事は無く。

(転属か、ガルマの下なら動き易い)

 正直、助かると胸中で思っていたのみである。

 この人事に伴い新しく部隊名も変更され、心機一転と友人の期待に応える為に任務に励もうと決意した。

 その翌日に朝から二日酔いと魅惑的な女体に悩まされ、陰りが表情に出ているメルティエ。

 色々と台無しである。

「どうしてこうなった」

 壁伝いに移動する新任中佐。

 幸い人通りの無い時間だった為、情けない姿を晒す事は免れた。

 しかし、途中で心配になって迎えに来たリオに肩を貸してもらい歩く姿。

 正直助かった、と思いながらも青年は痩せ我慢で頼らず歩こうとし、少年は平気です、任せて下さいと華奢な身体をぴたりと寄せる。

「な、なんて事なの」

 その二人の姿を、基地内勤務の女性兵士が目撃。

「まるで寄り添い合う恋人(・・)のよう…そ、そうか! そういう事だったのね!」

 現実を都合の良い方向へ変換する、妄想力高い人物が娯楽に飢えた基地内に流言。 

 爆発的な拡散をみせて広がるが。

「ふっ。冗談はよせ」

 と、ガルマ准将がコメント。

 その日のメルティエから常と比べて言動に力を感じなかった事を覚えていた彼が弁明。

 英雄でも体調が悪い時がある。それをゴシップとして楽しむとは人間として恥ずべき事だろう、と発生源を強く非難。

 悪質な部類以外は囃し立てる事が無くなったが、一部の女性兵士がメルティエとリオにねちっこい視線を向けることが散見された。

 

 

 

 

 

 余談だが、話を広めた女性兵士を突き止めようと暴走した人物が複数居り、とある内勤の女性兵士が”転属”した事を記す。

 なお、名前は控えさせて頂く。 




閲覧ありがとうございます。

合間に日常を挟んでみた。
こういう隊長職、どうだろうか。
リアルな戦争、重々しい隊員の描写を望む人は受け付けないかな。
こういう作風を受け入れてもらえたら嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。