北米大陸、キャリフォルニア・ベース。
同基地の司令室で最高責任者であるガルマ・ザビ准将とメルティエ・イクス中佐は、中部アジア戦線当時と変わらない雰囲気で過ごしていた。
ガルマ・ザビ。
ザビ家の貴公子、ジオン公国軍司令官として高い名声を持つに至った彼は国民から絶大な人気を誇る。連邦軍との開戦前まではお飾りと思い、実際そうなるだろうと予想していた軍関係者を大いに裏切る結果として彼は此処、北米方面軍司令ガルマ・ザビとして采配を振るう立場に在る。
開戦前までは坊ちゃん気質が目立ち、長髪を指先で弄う等到底軍人に向かないであろう、将来は学者等に就いて欲しいと願っていた父デギン公王に大変危ぶまれた。
しかし、蓋を開ければ姉キシリアが地球攻撃軍総司令となった第一次降下作戦の一指揮官として参入。当時のガルマ・ザビ大佐は主力部隊を率い重要拠点バイコヌール宇宙基地の制圧、中部アジア戦線の中核となって前線で指揮を執る。同地区の鉱山基地確保の為降下したマ・クベ大佐と連携して橋頭堡を構築し宇宙移民者として不慣れな地球環境下の中、戦線を滞らせる事なく拡大。
連邦軍を撤退に追い込み中部アジア、ヨーロッパ地区とジオン軍占領下に治めた。
その後の活躍も目覚しく、来る第二次降下作戦と共に大規模陽動を兼ねた作戦として中東アジアへ進軍。航空基地、軍事基地を多数攻略すると同時に同地区にモビルスーツ工廠を含む大型プラントの開発と工事に着手。
ガルマはこの大自然を利用した天然の要害が要塞化するの見届けることが出来ずに終わり、後任のギニアス・サハリン技術少将に後事を託し新たな赴任先であり地球攻撃軍の最重要施設とされたキャリフォルニア・ベースに駐留。
同基地の最高責任者ガルマ・ザビ准将と成り、南米に在るとされる地球侵攻作戦の最大の難所。
地球連邦政府総司令部、ジャブローに対する抑えとされた。
国の期待、将兵の信頼をその双肩に預けるに値する男。
これが宇宙世紀0079。4月2日現在のガルマ・ザビの評価である。
その彼に相席を許された将校、メルティエ・イクス。
軍関係者に「ガルマ准将の活躍はこの男無くしては語れない」と告げられた人物。
開戦前、宇宙攻撃軍に所属。親類の縁での処遇であったが、ジオン公国軍では対して珍しくないので省く。
”一週間戦争”では戦艦四隻余り、戦闘機多数を撃破。”ルウム戦役”には未参加だが連戦で中破した愛機ザクⅠをムサイ急軽巡洋艦の砲塔上で擱座、四肢が動かなくなるまで戦い続けた戦闘映像は鑑賞者に「鬼気迫る」とまで言わしめた。
但し信じられない事にこの戦闘は交戦記録に載らず、続く受勲式でメルティエ・イクスの姿は現れなかった。
その為戦時中に大尉まで上がるものも臨時大尉待遇とみなされ、少尉に戻す動きがあったが僚機の戦闘映像、当時彼が所属していた軽巡ラクメルの艦長一同の証言で一時保留とされキシリア少将がメルティエを少佐と部隊指揮官の待遇で召し抱える事で有耶無耶になった。
しかし数ヵ月後軍のデータバンクから改竄された形跡と彼の功績が他人に譲渡された事が発覚。
部下の正式な武勲を潰された事にキシリア、政敵である筈が武人肌のドズルによる糾弾が勃発するのだが、それは後の機会に語るとする。
少佐となった彼はパーソナルカラーに蒼、盾を背に咆哮する蒼い獅子がペイントされた専用ザクIIを駆り”ルウム戦役”で名を轟かしたエースパイロット、”赤い彗星”シャア・アズナブルとただの演習とは思えない激闘を演じその時の戦闘映像が戦意高揚の宣伝目的で流され多数の国民を魅了した。相対したシャア自身が実力を認めた事で戦闘映像が本物であると認められ、これは無名に陥ったエースに血が通った瞬間でもあった。
名実共にエースパイロットに返り咲いた彼は部隊と共に第一次降下作戦に参加。
今作戦直前にガルマと接触、何らかの遣り取りを経て彼の躍進を支える功臣(当時彼はキシリア麾下の人物なので支援者だとするものも居る)に名が挙がる。以降ガルマを前面に出し自らは一介のパイロット、中隊指揮官として補佐。
最前線で突破口を開く蒼いモビルスーツ、その後方で全軍の指揮を執る褐色のモビルスーツが戦線拡張の拠り所となり、今もこの二機と戦場を共にした事は兵士にとっての無形の誉れとされ根強い人気を誇る。
公私共に行動する事が多く戦場でも抜群の連携をこなす事から、主君と股肱の臣のイメージが付与されて情報誌やパイロットインタビューでも挙げられている。
最新の情報で中佐に昇進した事。見目麗しい女性、男の娘を囲っている等があり本国ではファンによる「英雄は色を好む」について議論、モビルスーツパイロットを目指す若手に様々な角度から夢を与えている。
これが宇宙世紀0079。4月1日付のメルティエ・イクスの実績である。
「どうしてこうなった」
メルティエは本国からの補給物資で届けられた情報誌を読み終え、力無くガラス張りのテーブルに置く。
「君は話題性に富んでいるな」
「好きでこうなったわけじゃないんだが」
「私は少し羨ましいよ」
同じく情報誌を読み終え、品の良い笑みを浮かべた青年が少し冷めた紅茶を口に含む。
「ガルマ、羨ましいとは?」
身分の、階級の違いさえ越して築かれた友人に問う。
「君にとってはただのトラブル。しかし、様々な経験を得た。そういう事も多くはないか?」
「ふむ…なるほど。経験か」
ガルマは降下作戦以降の生死を分かつ戦いの事を指し、
メルティエは開戦からの出来事を振り返り、今に至る経緯を。
「身から出た錆なのか」
うんうんと唸り顔色を赤くしたり青くしたり、肩を落としたりする友人をガルマは愉快気に眺めていたが。
「メルティエ、キャリフォルニア・ベースの防衛能力構築の進捗具合を聞いても?」
紅茶のカップを音もせずソーサーに置き、手を組んだ司令官に中佐も向き直る。
「モビルスーツ隊を防衛に充て、そのサポートにマゼラアタックの戦車部隊を随伴させている。幸いにも兵器工廠が健在で稼働状況に不具合が出ないならば時間を費やせば費やすほど兵器群は増える」
「問題は人員か。しかし各戦線も人手が足りない。防衛戦力に投入できる余裕はないか」
「いや、それがあるらしい」
指の腹を顎に当てて思考していたガルマが視線を上げる。
少し勢いがあったせいか、後ろで束ねた紫色の髪が撥ねた。
「待ってくれ。ギレン総帥にこれ以上遊ばせる戦力がないと通達されている。何処にあるというのだ?」
防衛戦力を遊ばせる、と断言された事に考え方の違いがあるのだろう。
思い出したのかガルマの端正な顔に曇りが生じた。
「キシリア少将の所だ」
「少将の所に、か」
ガルマは何かを考えるように目を閉じた。
貸しと捉えるか、押し付けられたと感じるかで対応が違う。
メルティエとは共有できない事柄に心苦しく思いながら、彼は先を促すため視界を開いた。
「突撃機動軍は戦力を中部アジアのマ・クベ司令に送っている。中東アジアに赴任したギニアス司令とオーストラリアのウォルター司令は地球降下作戦の為に抜擢された軍。指揮系統の上位はキシリア少将だが…其処から戦力を?」
「いや、
「宇宙で? 馬鹿な、ドズル中将の宇宙攻撃軍は送る戦力がないと」
「キシリア少将麾下突撃機動軍で、だ」
眉間に皺を寄せて考え出したガルマに、メルティエは苦笑い。
「怪しいだろう?」
「怪しい。怪しむなという方が難しい」
「何を送り込んでくると思う?」
「戦力の無駄を嫌うキシリア少将が送る、と言う事はモビルスーツ実験部隊か戦術試験部隊だろうか」
「何かしら問題を抱えたものだと推測するがね。兵器の実績を上げたいのか、部隊の存在を隠し、こちらに編入する事で”無かった”事にする。どちらかが妥当じゃないか」
「…我が姉の事ながら、酷い言い草だな」
「ま、上司と部下の関係だからおのずと知れよう、ってな」
「しかし、納得はできるのが痛い」
「ああ。願わくば親父殿が降りてきてくれ。来てくれたなら百人力どころの話じゃないのに」
メルティエが親父殿と慕う人物、養父であり”青い巨星”の異名を取るランバ・ラル大尉である。
ゲリラ戦の
今日までのメルティエ・イクスを作り上げた男、それがラルである。
「自慢話か?」
「自慢話だ!」
彼らは時折笑いを挟みながら、その日も遅くまでキャリフォルニア・ベースの展望に会話を重ねた。
キャリフォルニア・ベース地下施設兵器工廠。
既設の整備台を利用し急ピッチでモビルスーツ開発設備の機械群を構築するジオン軍工作班及び技術班。
設備は無傷に近いが中身のデータ、つまり連邦軍が有する兵器情報は消去され復旧は不可能と判断。
この工廠内でちらほら滲む血痕は同基地の陥落までこの施設内でデータ消去を実行した者と、作業者を守る為に最後まで応戦した兵士のものだろう。兵器工廠の管制室、その室内にもある事から最期のギリギリまで”戦った”のだと解る。
彼らが遺した戦果が現在進行形で開発スタッフ、整備兵達に多大な労力を強いている。一日耐えてもジオン軍が侵攻を止める事は無かったが、一日の遅れは今後のジオン軍の戦力に大きな影を差す。侵攻は止めても落とせばそれまでだが、維持と戦力の回復にはその一日が欲しいからだ。
ジオン軍にとって不幸中の幸いは設備稼働プログラムが生きていた事。
これが破壊されていたら第二次降下部隊のMS-06FをJ型、陸戦型ザクIIに早期改修する事は絶望的だった。
今も改修を施す機体が列を成し、完了した機体が順次地上に送られキャリフォルニア・ベースの防衛戦力。又は各地の戦線へ供給されて行くのだ。
「やはり、有ったのか?」
「ええ、やはり有りました」
メルティエは錆びた鉄の臭いが残る管制室でロイド・コルト技術大尉と通信設備群を調べていた。
管制室、開発室、兵器実験室の三つに有ったもの。
「集積した情報を中継地点で経由して、とある場所に送る。その手合いです」
取り外された大小のチップ。数にして百余り。
「送り先は解るか?」
チップを手に取り眺める。
他にも付けられていないか、手の空いた工作班は調査に基地内を捜索している。彼らは休み無く働き、しかし重要度を理解しているからか食事と睡眠を最低限に摂るだけで動きっぱなしだ。
彼らは良く動いてくれている。
戦場で緊張したまま休む事なく進軍を続け、戦闘した事もある。
その時の経験もあるから、青い顔をしたままの彼らに今は休めとは言えない。
今手を抜けば後々に響く。それを理解している故に。
「最終的には」
管制室のPCをチェック、ウィルス等を駆逐した後に使用したものを操作しながらロイドが告げる。
「というと?」
「幾重にも中継地点を経由、枝葉を広げ最終的に何百、何千、何万もの枝のたった一つが」
「ジャブロー、か」
「そうなりますね。しかし逆探も既に効きません」
「回線を切られている?」
「いいえ、中継地点を一挙に破壊したようですね。御丁寧に枝葉一つ一つです」
「ログを伝って辿り着く事は?」
「ログが一つ入る事に伝達と消去、それを全てが行っています。サルベージも考えましたが」
「数が多過ぎて、手が回らない?」
「それもあります。ですが中継地点を破壊されています。此処からは其処まで、です。つまりその中継地点までのログは追えますが」
「破壊され、今も残った中継地点を潰されている。打つ手なしだな」
「はい。中々、根気と根回しを強いる人間だったようで。惜しい人材です」
血塗られたPCの一つに視線を置き、ロイドが目を閉じる。
「思考を変えよう。つまりは連邦軍に情報が回る事を阻止できた、と捉えていいな?」
「現在も工作班が捜索しています。手が空いた技術班にも手伝わせています。長く掛かったとしても三日はかかりません、が」
「三日間、そしてそれを過ぎても対応した班員は」
「ええ。本来の仕事には戻れないでしょう。二日。最低でも一両日の休暇を頂きたい」
「ガルマ准将を通さなくてもいい、作業完了後に班単位で休暇を取れ。良いか、班単位だぞ」
「…ふふっ、最後の班には私も入ります。お任せ下さい」
班単位。つまりは班を区分け三日間複数班を動かせば、一つの班は三日間休暇を取る事ができる。これを交互に取らせて全員が三日間休暇を取れるようになる。許されるならば全員を休ませたいが、現状いつ連邦軍の攻撃に晒されるか判らず、そうもいかない。
抜けた班の分負担が増えるが、休暇を割増できると伝えれば彼らも無理を押して動いてくれるだろう。
実際は今が無理をする時と全員が理解しているので頑張っているが、辛いものは辛い。
休暇もなしで次の仕事、任務だと考えていた彼らは降って湧いた休暇を手にする為遮二無二に使命を果たして行く。
結果、エスメラルダ・カークス大尉に甘いと言われるメルティエの判断が功を奏し、予定より早く捜索作業が完了。
その後、整備兵と技術班が本領を発揮。
充実した設備群にモビルスーツ工廠を加え、改修作業とは別のスペースを次々と拡張。兵器開発実験場、試射施設等を築き上げた。
こうして迎えた4月4日。
キャリフォルニア・ベースモビルスーツ工廠でザクIIの地上発展機MS-06D、ザク・デザートタイプ。新型機MS-07A、先行量産型グフの生産に成功。
各数機を同基地防衛戦力として確保し、それ以外は各地戦線へ譲渡する事に決定。
各戦線を中古のモビルスーツでどうにか遣り繰りしていた部隊長は補給物資として送られた当時新型輸送機であったファットアンクルとその内で固定された新型機に驚き、思わず「ジーク・ジオン!」と叫んだ事が報告されている。
この件で中古モビルスーツを最前線に送り付ける行為をしている人物の目星を付け、証拠とその為に後退した各戦線の報告を添えその上司に提出した事を追記しておく。
時刻は夕暮れ。
キャリフォルニア・ベースの近郊、同基地から約一〇〇キロメートル程離れた山岳地帯。
基地側と反対方向から進行するルートの陰、もしくは構造谷の狭間等にレーザー通信機器や同設備に衝撃あるいは破壊された場合に飛び上がる仕組みの発炎筒を内蔵していく。大きさは四立方メートル程度でモビルスーツのバックパック上に背負う、もしくはモビルスーツ輸送機ファットアンクルで運搬。予め設置するポイントは決められており、現場で行うことは発見しづらい場所を見つけ、安定器を備え据付に不具合が無い様に気を配る事だ。
『これでこのポイントは最後ですね』
前面モニターの隅にウィンドウが表示、リオ・スタンウェイ曹長の穏やかな顔が映る。
「そうだね。警戒は怠らないように、二人とも」
『これでも目は良い方でね、任せてくれ』
リオと同様に表示されたハンス・ロックフィールド少尉が飄々とした表情に笑みを浮かべて応える。
アンリエッタ・ジーベル大尉は対象設備の設置と周囲警戒の為、哨戒任務に就いていた。
紫色のノーマルスーツ、その下から豊満な肉体が主張するがコクピット内では誰の目の保養にもならないだろう。そもそもパイロットシートから伸びるベルトで肩から胸、腹部を固定している為に覗ける場所など皆無なのだが。
彼女が搭乗するのは新型機ザク・デザートタイプ。
本機はMS-06J、陸戦型ザクIIをベースに過酷な環境下、特に熱帯・砂漠地帯での実戦データを基に開発された。
出力と一部装甲を強化し陸戦型ザクIIで成功した機体軽量化を更に進め、その浮いた分に冷却力の向上のためバックパックには大型冷却装置を増設、移動力向上のため腰部と脚部に補助推進装置を追加と関節駆動部に防塵用処理を施した。結果として本体重量が増し、運動性の低下はあるものの機動力の維持、劣悪環境下での
頭部には通信用アンテナが設置され、砂塵や雨天環境下での通信状況の安定度を考慮し三角錐状のマルチブレード式のシングルアンテナと、長短二種類又は等長のタイプも含むロッドアンテナを側頭部に設置したダブルアンテナがある。
アンリエッタ機はパイロットの要望でシングルアンテナを採用している。
固定武装に左腕部の増加装甲に装着されるラッツリバー三連装ミサイルポッドを採用。共有兵装が多いザクシリーズでは初となる。これは後に陸戦型ザクIIの左脚部にも増設する事が可能となり、陸戦型ザクIIに慣れたパイロットがザク・デザートタイプで出撃した時に不慣れな要因が消え、安定した運用の助けにもなっている。
アンリエッタは使い慣れた一二〇ミリマシンガンを手持ちに、腰のハードポイントに二八〇ミリバズーカとクラッカーを二基装備した基本兵装で出撃。
リオの搭乗する陸戦型ザクIIが通信機器を設置している中、ハンスが搭乗する狙撃専用ザクIと周囲の警戒に当たっていた。
「ファットアンクルの到着まであと八分程かな」
外部マイクが拾うのは木々の枝葉が風に揺らされる音以外はモビルスーツの駆動音くらいのもの。時間が流れるのを楽しむBGMとしては物足りない。
ハンスのザクIが見渡しの良い高台の上で膝を突き、狙撃長銃を構えている。モノアイレール上を留まらず流れている事から、彼は視点を変えて監視を続けているようだ。
安定器上で不具合が見られない事を確認したリオがザクIIを屈んでいた状態から立たせ、一二〇ミリマシンガンを構えた。
『通信機器の設置、完了です』
「了解。連邦軍が来ないとも限らないし、警戒継続してね」
『あいよ』
『わかりました』
アンリエッタはキャリフォルニア・ベースの状況把握で身動きが取れないメルティエの代理指揮官として部隊を率いている。
残りのパイロット、エスメラルダはファットアンクル護衛の為に輸送機に同伴。ファットアンクルはキャリフォルニア・ベースで補給後モビルスーツ回収に再度往復する。回収に彼女らが戻ってくるまでは現場待機だ。
戦闘区域ではないが、戦場。
本来ならば余計な事を考える事等無いのだが、
(前の事があってから、気まずくてメルと顔合わせづらい)
私事の件で精神ダメージを負っている彼女は気が緩むと、つい物思いに耽ってしまう。
彼女は回想する、あの夜の事を。
昇進祝いをしようと、ミーティングルームを一つ借り受けての事だ。
祝いの席で飲酒、特に問題はない。
酔いが回ったので退席、此処も問題はない。
何時もより酔いの回りが早く、自分が安息できる場所の方へふらふらと。この時に気づけば良かったのだが、酔っ払いに周囲を気にして進めというのは無理だろう。不可能に近い。
施錠されていたので、予め
自動で施錠する音を聞きながら、火照った身体の要求のまま衣類を脱ぎ、寝台に散らす。
彼女には裸で寝る趣味は無かったので棚の上に置いてあったワイシャツに腕を通し、面倒に思えてボタンを掛けずに寝台の上で横になる。
はて、いつも寝台で迎える匂いと違う。
しかし嗅ぎ慣れた臭いだ。特に問題はなかろう。
(ああ、なんかあんしんする)
働かない脳は諦めて、睡眠欲に身を任せた。
それから、後の事は良く覚えていない。
朝起きたら裸の上にワイシャツ、タオルケットを掛けられ少し離れた場所にエスメラルダが寝息を立てていた。
何故に、とは思うが部屋の内装が、広さが違う事に一秒も掛からず気付き本来の部屋の主が畳んでいった自分の衣類を見つける。
無論、下着込みである。
「にゃあああああぁあぁぁあああっ!?」
理解した上での絶叫である。言葉に特に意味はない。無意識に叫んだ、それだけである。
アンリエッタはさっと自分を確認。
身体に寝起きの汗以外の体液等は付着していないし、痛む場所は一つもない(心理的なダメージで
(私に…僕に魅力ないって事? どういう事なのさ? わけがわからないよ!?)
自制心で本能を打倒、手を出さなかった
ちなみに、彼女は貞操観念がゆるいわけではない。
十四、二十の頃に性的暴力に未遂とは云え曝されている。その為に家族の兄弟でも身体に触れられると拒否感と生理的嫌悪で精神が不安定になる事がある。以前に比べて大分マシにはなったが、触れられる=襲われるとトラウマが根付いてしまった事で近しい者でも意識しなければ手で払い除ける、悲鳴が漏れる等がある。
今でもエスメラルダやヘレン・スティンガー准尉等の親しい同性が居なければ街へ出る事すら苦痛を孕むのだ。
所属先がキシリア・ザビ少将麾下で最も安堵しているのは実は彼女であったりする。
同じ女性であり、何かと黒い噂が聞こえるが上司として信頼もしている。男性が上司だと色々と考えてしまう事があるからだ。
メルティエの部隊に呼び込んでくれた事もポイントが高い。
そんな彼女をして、この言い草である。
唯一男性で触れても問題がない人物。
意中の人、というやつである。
想い続けて幾星霜、とまでは行かないがいい加減進展はしたい。
客観的に見ても、彼女は理想的なスタイルの持ち主。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
俗にいうボン、キュ、ボンである。何処を歩いても男女の視線が向けられる程に。
そんな優良物件が無防備で寝ていて、手を出さないとは。
(まさか…いや、でも)
あの時のエスメラルダ、彼女も同様にただ寝ているだけだった。
つまり、スタイルの嗜好ではない、と。
まさか、と睨んで”あの騒ぎ”である。
流言した人物をあの手この手で突き詰め、尋問もしたが。
「あの二人は絶対にできていますね、私の目は確かです!」
妄想の産物の上、見事に腐っていた。話にもならない。
騒ぎの元凶だ、とガルマ准将に突き出したが。
彼が自分を見る時の畏怖に満ちた感情は何だろうか。
自分はか弱い婦女子だと言うのに。
別に安売りするわけではない。
が、そろそろ男女の関係になってもいいのではないだろうか。
両親は応援してくれている。というか彼を気に入っているので仕事の合間に会う度に「早く孫の顔がみたいなぁ(チラッ)」と言葉で括弧内も含めて言う。どうにかしたい。
政略結婚の見合いを打診してくる兄弟は手を打とう。顔を合わせるだけで嫌悪が沸いてくるのだ。身の丈というものを教えてやらねばなるまい。
つまり、彼女は自分を取り巻く状況を鑑み、こう思うわけだ。
私に手を出さないメルティエが悪い!と。
何と言う事だ、彼は彼女を大事に思っている余り自重したというのに。
しかし代弁者が居ないため、止む無しである。
(でもなぁ、顔を合わせる度にお互い視線逸らしてるんだよね)
という事は、相手も意識しているという事。
押せば、行けるか!?と意気込む彼女。
『大尉、お迎えが来たみたいだぜ…大尉?』
反応が無い事に訝しんだハンスだが「むむむ」と腕を組んで考え込んでいる彼女をモニター越しに確認。
ああ、病気発症中ね、と呟く。
『リオ、大尉はもの患い中だ。輸送機に通信入れてやってくれ』
『え? あ、はい…』
あらら、こっちもか、とハンスはコクピット内で独り言ちた。
『あーもしもし、通信届いているか』
溜息を吐いたハンスは、夕陽に姿を歪まされたファットアンクルに向けて通信を開く。
彼は大将居ないとダメだわこの部隊、と確信したくない現実を直視していた。
キャリフォルニア・ベースを確保したら、しばらく内政(という名の開発)ですね。
問題はガンダムは何時出来るのか、それによる。
ハンスは苦労性。これは確定事項。
次話あたりで新部隊名のアンロック予定。
しかしUA30000突破に驚く。
これがガンダムのネームバリューか…影響力すごい。
お気い入り600突破、重ねて御礼申し上げます。
拙作ですが、今後も閲覧していってください!