ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第二十二話:キャリフォルニア・ベース(中編)

 時は宇宙世紀0079。

 4月4日にジオン軍地球降下部隊、その補充部隊がスエズ運河付近に降下した。

 補充部隊はヨーロッパ方面軍と共に中東でゲリラ活動を続ける連邦軍を攻撃、アラビア半島内部やイラン高原へと追い払う事に成功する。

 ジオン軍はアラビア半島北部からカスピ海周辺域を制圧するや、部隊を再編成。

 三分の一はそのまま中東部方面軍ギニアス・サハリン司令と合流、要塞化した秘密基地とは別に本部基地をカイロに設ける。残る三分の二はアフリカ北部方面軍とし、北アフリカへと進行した。

 補充部隊は数こそ第一次、第二次降下作戦に劣るものとなった。

 が、局地戦用に改造されたMS-06J、陸戦型ザクやMS-06D、ザク・デザートタイプに加えジオニック社の新型機MS-07Bの先行試作型を投入。

 さらに高速陸戦艇ギャロップ。MSを支援するフライトユニット、ドダイYSを加えての連携戦術を行い戦力的には遜色のないものであった。

 アフリカの諸自治州では、かつて地球連邦政府が打ち出した宇宙移民計画、強制移民政策に反発が消える事なく続いており、その際に生じた弾圧が恨みを残し続け、連邦議会内の発言力の低さから反連邦感情が強い。

 そこを突き、開戦前に「連邦崩壊後の独立」を条件にジオン公国への支援を約束した地域も多かった。ジオン軍は他の地区で行ったモビルスーツによる蹂躙や都市群破壊は控え地元政府や住民の協力を得ながら勢力を拡大していく。

 ジオン軍はこうした自治州に降下ポイントを切り替え部隊を安全に送り込むことに成功する。

 しかし、既存の地上兵器に遅れをとるモビルスーツ、ジオン軍ではなかったが連邦軍は圧倒的な物量で対抗しジオン軍の攻勢を耐え抜く防衛作戦を執る。

 アフリカ戦線は両軍が激しい攻防を繰り広げる激戦区と化した。

 開戦の狼煙が上がったのは、4月10日の明朝の頃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベース、モビルスーツ工廠内の兵器試験実験場。

 工廠内では生産設備群と兵器試験実験場が隣接、もしくは同一区画内に収まっている事が多い。

 それは何故か。

 簡単な事である。

 生産完了したモビルスーツの性能試験へスムーズに入れるようにしてあるためだ。

 生産完了後に即性能通りに動く、という保証は出来ない。

 新品と云われているものは、ただ規格品を当てたというだけではない。

 何かしら人の手が入り求められた数値をクリアして納入される。

 モビルスーツも同じ。いやそれ以上に兵器の中でもコンピュータの塊とされているこの精密機械の

塊はクリアしなければいけないものが多い。

 機体の構造耐久テスト、環境下で各機器が正常に動くかどうか、コクピットからの指令が途切れる場所はないか。

 核融合炉の出力上昇率(エネルギーゲイン)安定域、関節部分のスムーズな可動、それに伴う歪み音の有無。

 マニピュレーター感度と装備された武装のデータリンク、ミノフスキー粒子下でのセンサー感度や有効距離等、センサー系統を通じての装備武装の有効射程距離、及びその他の演算処理。

 これら全ての各OS(オペレーティングシステム)の統制、メインCOM(コンピュータ)には機体制御とデータリンクした武装の照準やセーフティ設定等、サブCOMは機体制御に伴う調整や指向制御の規定された制御数値。

 機体の状態が稼働領域、その規定値を満たすか自己診断を正確に下す事ができるか等。

 さらには搭乗予定されているパイロットのデータを入力し、即起動できるよう手回しを行う等がある。

 この項目は多岐に渡り、一つ一つを実行していたらモビルスーツ一機生産するのに莫大な時間がかかる。

 ではどうするか。

 簡単な事である。

 人ではなく、機械で行えば良い。

 規定された数値以上のものを正規パーツとして、下回るものは出戻り再び手直しを経て正規パーツ試験に当てられる。合格したパーツは登録された設計図から読み取っていき、ラインに沿って作業アームが実際に機体を組み立てる。

 これには開発支援システムの存在が大きく寄与。

 部品一つ一つの性能をデータベースに登録、必要な部品を規格化された製品から、求める性能のものを選び揃えていくのだ。運用や研究によって得られた新しいデータを入力、アップデートするだけで諸条件に基づいた部品、部材を必要な性能を満たすものを自動検索、抽出する。

 知識や発想をもとにエンジニア、技術者たちがシステムを活用し設計、開発、生産まで滞り無く進める。

 こうした開発支援システムの完成、モビルスーツ兵器の確立と供給が今日のジオン公国軍の飛躍を支え、助けているのだ。

 では、一度組み立てができてしまえば終わりなのか。

 残念ながらそうではない。

 試作開発された機体は大抵期待値の半分も満たないのが普通である。

 その機体の性能を試験する為、モビルスーツは兵器試験・実験場で何度もトライアルをこなす。

 これは企画された性能に近付き、予定された性能を数値が叩き出すまで続けられる。

 そして規定性能をクリアしてもテストパイロットや実際に現場で面倒を見る整備兵との情報交換を経て問題点を洗い出し、改善点を明らかにするのだ。 

 これが終了して初めて量産体制へ移行する。

 MS-07B、グフはYMS-07の運用データを基に機体性能の規定化が図られついに生産ラインへ。

 しかし、B型は後々問題になった固定兵装の関係で固定兵装をオミットされたA型に戻る。

 これもまた、現場での意見を汲み取って変更された一つの例である。

 では、生産ラインに上がれば試験実験場は要らないのか。

 そうではない。

 マイナーチェンジ、カスタマイズ、追加兵装の考案等にもこの区画は必要である。

 パイロットからの要望、整備側からの希望で外観から内装まで多岐に渡る変更を繰り返すモビルスーツには”完成”という言葉が当て嵌らない。

 人が居る分だけ様々な改良を試みられるモビルスーツが”完成”を遂げた時。

 そのモビルスーツは後期型、新型機に自らが立つ座を譲るという事なのだから。

 キャリフォルニア・ベースモビルスーツ工廠、兵器試験・実験場。

 その一つの区画で搭乗機の運用データを確認していたメルティエ・イクス中佐はケン・ビーダーシュタット少尉からの報告を受けていた。

「連邦軍の偵察部隊?」

「はい。連邦軍の偵察部隊がキャリフォルニア・ベースからニ〇〇キロメートル程離れた場所で発見されたそうで」

 蒼いモビルスーツ、専用グフが整備作業が完了しモビルスーツデッキに固定。モビルスーツから作業アームが順番に外され、アームレールに沿って移動していく。次のモビルスーツへ向かうのだろう。これも全てコンピュータ制御された整備支援システムで動いている。人間は管制室でのモニタリング。後は整備兵が補修作業等で人の目が必要な時に出てくるくらいだ。

 こうして極力人が必要な所を潰し、マンパワーを別に向ける。

 その為、現在の職人は力技よりも知識量を至上とした。

 そしてそれは、力を必要と感じさせないために性別の壁を取り払う事にも成功している。

 モビルスーツパイロット、整備兵、開発班に女性が見られるのもその一つ。

 男だけの職場、というものは前時代的と云われるほどになっている。

 その代わりに風紀の乱れや痴情のもつれ等、管理側への負担が多くなっているのだが。

 ―――閑話休題。

「ニ〇〇キロメートル? 随分近いな。レーザー通信機器の増設は其処まで至ってないのか」

 彼は自分の部隊が毎日キャリフォルニア・ベースの周辺でレーザー通信機器、感知式センサー等を設置して回ってくれている事を知っている。

「キャリフォルニア・ベースの全周囲に設置はまだかかります。一日、二日では到底及びません」

 レーザー通信機器は音響探知機の性質が強く想定された音源に反応するが距離は半径一〇キロメートル、感知式センサーは人や対象する高さに置き、一点の空間を通過したら反応するものだ。

 幾つ設置しても足りる、という事はない。

 少なくてもいまのメルティエたちの現状はそうだ。

「動ける部隊も少ないから、尚更か」

「防衛部隊、工作部隊に力を割いていますからね。仕方ないと思いますが」

 本来のキャリフォルニア・ベース最高責任者はガルマ・ザビ准将。

 その彼が不在の場合はメルティエが代行司令官として指揮を執る。

 しかし、先日からはそれを変更。駐屯するダグラス・ローデン大佐が有事の際は指揮を執る事となっている。事後承諾で准将に許可を得たが、多少のお小言を頂戴するだけで済んだ。

「それで、少尉の部隊と合同で事に当たれと」

「は。他にも参加するようですが、キャリフォルニア・ベースで補給を受けてからと聞いております。本作戦中には合流できないかと」

「了解した。合同作戦、無事終わらせよう。少尉」

「は。一度部隊に戻ります、作戦時間は」

一五〇〇(イチゴウマルマル)だな。こちらも部隊に戻る、また後で」

 敬礼を交わす。

 メルティエは年長の彼に敬われるのに少し慣れが必要だった。彼の部隊は若く、指揮官である彼が有事以外では厳しく律しない事もあるため、厳格な古参兵で固められた部隊に比べると随分と緩い。ケンのように年齢が近く、きびきびとした行動を見ていると毛色は違うが副官のサイ・ツヴェルク少佐を連想させる。

 ケンの方は若くしてエースパイロット、異名を取る人物に礼儀を尽くすべきだろうと思い。また階級も尉官と佐官の違いが在る為にこういう畏まった態度で接している。自分の行動で他者が不快に感じられるのは御免被るし、ケンの部隊は”外人部隊”と言われるほど正規兵から歓迎されず、煙たがられ厄介者扱いされる時もある。

 逆に佐官、将校のメルティエが彼らを迎い入れ、補給物資やモビルスーツの整備に気を遣ってくれる事はこれまでの経験からしてまず有り得ない出来事に入る。

 何かを企てている、良からぬ事をさせる気ではと部隊員が心配を募らせている程だ。

 あべこべではないか、とケンは苦笑した。

「目標から一〇〇キロメートル程の所でファットアンクルから降下、帰りはおよそ九時間後にするか。日付が変わったら撤収することにしよう」

 移動手段の便宜すら図るのだ、この人物は。

 戦場から撤退する時に「貴様らは歩いて来るがいい」そう侮蔑を込められて告げられた事すらもある。「金欲しさの傭兵部隊」と罵られた事も一度や二度ではない。

 同じジオン軍で、こうも落差がある。

 背を向けて自らの部隊が集まっているだろう場所に歩き去る若い中佐。

 ケンは今まで有り得なかった対応に感謝と、自分より力を持っている事に対する劣等感を僅かながらも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は一五三〇(イチゴウサンマル)

 日光の日差しが気分を活気づかせ、燦々と照らす陽気が気分を高揚させる。

 ―――休暇中であれば、の話である。

 メルティエ率いる部隊は哨戒任務、及び占領下に置いたキャリフォルニア・ベース近郊の調査に向かっていた。先の連邦軍偵察部隊の確認、可能ならば壊滅させる事が目的となる。

 既に三隻からなるファットアンクルからは降下、モビルスーツでの歩行で報告が上がった場所へ各自が警戒を厳に搭乗するセンサー類、外界を映すモニターに目を皿のようにさせて移動。以前に設置したレーダー通信機器や感知式センサーに問題や連邦軍の部隊が来てから影響がないかを確認も並行して進められた。

「どうだ二人とも、設備に不具合は出ているか?」

 メルティエ専用機の蒼いグフは一二〇ミリライフルと専用盾を構えたまま、機体を屈ませて通信設備の状況を調べるMS-06J、陸戦型ザクⅡへとモノアイを向けた。

 幾つかある大木の中、其処に隠したレーザー通信機器とその手前にある斜面に向けて発せられた感知式センサーを確認していたリオ・スタンウェイ曹長は、地上に伸ばした自機のマニピュレーター上に乗り腕を伝い、コクピットハッチに飛び移る。

『問題は見受けられません。設置時に映した映像と、現在の位置を照らし合わせても移動された様子はなしです』

 プシュ、と排気音を上げてザクⅡが立ち上がる。一二〇ミリマシンガンを両手で構え、モノアイがレール上を滑りグフに向けられた。

『こちらガースキー。問題ありませんぜ』

 メルティエの前面モニターには今作戦に参加している隊員全員のウィンドウが表示されている。

 右上から順にアンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉、ハンス・ロックフィールド少尉、下の最後にはリオ。

 左上からはケン、ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹、オペレーターとしてユウキ・ナカサト伍長と並ぶ。モビルスーツ八機に戦闘支援浮上車両(ホバートラック)を含む中隊規模となった。

 移動管制室となるホバートラックは通信ユニット、各種センサーユニットを搭載している。車両にはユウキが搭乗し、遠距離通信装置や通信傍受能力などは戦闘で火器支援行動に入れる装甲ホバー・トラックに比べて高い。その代わりに戦闘能力は大幅に削られている。威嚇用の機銃が上に一門ある程度だ。

 これはモビルスーツで前線を構築、移動管制室となったホバー・トラックがこれを情報支援する事を前提にしたもので前線に出る事がない(あったとしたらよほど危険な状態)ために火器を積まず、その分通信装置等の充実化に当てた事による。

 現在の隊列は右翼にメルティエとリオ、左翼にケンとガースキー、中央にアンリエッタとエスメラルダ、ユウキ、高所にはハンスとジェイクという具合に分かれている。

 リオは設置した事から機器の取り扱いを知っていたし、十四の年齢とは思えないほど機械関連の知識が深い。最年少でありながら今後重要とする通信設備の担当になった理由はこれだ。

 ガースキーは従軍経験が長い事から様々な任務に就いた経験で、この手の扱いには慣れているとケンから紹介された。試すわけではないが、自身が信頼する部隊秘蔵っ子のリオと比べてどう違うか気になった。

 知識に経験が伴うと、やはり違うとメルティエは認識した。

 リオは繊細に機器を取り扱い誰から見ても教本に載れる程綺麗に仕上げるが、前線に配置するものなのでダミーコード等を含めた配列にしている。

 それを本人ではないガースキーが確認に手を入れ、探られた形跡や不具合等が出ていないかを判断している。他人が構成したマニュアルにない機械を調べる等、さっと問題があるかどうかを確認する事ができるだろうか。少なくともメルティエには彼らと同等の早さで調べ上げる事は難しい。

 尤も、ガースキーが嘘を言っている可能性がある。

 先に終えたリオに遅れてはならぬと思い、終えたと嘘の報告をする。

 が、メルティエはそう思う前にその考えを消している。

 信頼すべき人物かどうかは目を見て決めているし、ケンが自信を以て推薦するくらいである。プライドを刺激されて嘘を吐くような人間とは思えなかったし。彼は通信伝いだがこう漏らしていたのだ。

「綺麗に作り過ぎてるねぇ、ダミーも入ってるが。もう一つクラッシュも挟んでおこうや」

 彼は追加しているのである。

 無効化、もしくは乗っ取る時に一定の手順以外でコードを解除した場合にクラッシュ、つまりは機器を殺し、その前に異変を伝える発信をするトラップを。

 ケンは職人気質のガースキーに苦笑し、ジェイクは自慢するように鼻を鳴らした。

「芸達者な仲間が居るのだな。ケン少尉」

 つられて苦笑いを浮かべると、モニター越しの彼と目が合う。

『頼りになる仲間ですよ、中佐』

「よし、二人ともこの調子で頼むぞ。ハンス少尉、ジェイク軍曹、ユウキ伍長。敵影は見当たらないか?」

 高台で右、左に別れて周囲を注視している二人と、音響探知機で周囲の音源を探る一人に問う。

『はい、中佐。今のところは何も』

『こっちには見えねぇぜ、大将』

『センサーに感なし、本当に居るのか?』

 真面目に返答するユウキ。ふぅ、と息を吐くハンスに。訝しむ、というよりも疑っているジェイク。

「発見報告された場所はもっと奥だ、ジェイク軍曹。先は長いぞ」

『了解。いつでもかかって来いてんだ』

 好戦的な言葉を吐き、しかしザクⅡの一二〇ミリマシンガンを構える動きはスムーズだ。流れる動作には手練と感じさせるものが、確かにある。

『ジェイクぅ、焦んなよ。派手に転ぶぞ』

『ガースキーさん!』

『二人とも、作戦行動中だぞ』

 茶化すガースキー、怒るジェイク、宥めるケン。

(面白いチームだ。雰囲気が良いな)

 戦場で気負った感じがしない。だが油断や慢心からくるものではないだろう。 

 ただ、

(ユウキ伍長、暗いというか陰りが見受けられるが。ケンは何か知っているだろうか?)

 一人だけ会話に加わらず黙々と従事する姿勢が気を引く。

 真面目だから、仕事に手を抜かないから、とも違う。

(どうしたんだ、彼女は)

『メル…中佐、そろそろ移動開始?』

『周囲に反応なし』 

「了解だ。各機通常移動で前進。間違っても高速機動(ブースト)はするな」

 アンリエッタ、エスメラルダが少しじれたのか移動を促す。

 メルティエは全軍前進を指示しながら、高熱反応を残すブースターの禁止を決めた。

(いかんな、気になるのなら任務完了後にそれとなく聞けばいい。今は前を見よう)

 ズシン、ズシンと巨人達が前進を開始。

 各機のモノアイが動き、一歩進むごとに周囲に目を向け異変がないか気を配る。

 もし、敵が近くに居ると仮定すれば理想は奇襲だが、強襲でも問題はない。

 だが、敵からの先手。不意打ちだけは避けるねばならない。

 予測不可能な攻撃は、どんな人間でも回避できないものだ。

 相手の思考を読み取れない限りは。

「さて、どう出てくるかな」

 蒼いグフは空を仰ぐ。

 反り返る胸部、其処には盾を背に咆哮する蒼い獅子が、太陽に挑もうとするかのように見えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の音が耳朶に届く。

 ベースキャンプの簡易シャワーから注ぐ微温い水を身体で受ける。外の熱気で汗をかき、それに吸い付いた粉塵を洗い落とす。爽快ではないが、幾分気が晴れるので良しとした。

 シャワー水は整った顎に、頬を濡らし額を伝って背の半ばまで垂れた銀髪へ。首から伝わりほっそりとした、しかし肉付きの良い肢体へ道を作る。高名な彫刻家が丹精を込めて仕上げた造形美を持つ彼女の身体は、もしも覗き込む男が居たら生唾を飲み込み、次の瞬間には足を進め彼女に襲いかかるだろう。

 芸術的な美しさと、抗え難い欲を誘う美女。

 備え付けの用途に応じた洗剤で頭髪、身体を洗い水滴を弾く褐色の肌に手に取ったバスタオルを当て、軽く拭く。

 彼女の右の瞳は琥珀色で、射抜くような鋭さを秘めていた。

 しかし左の目は、瞼の上から醜い傷が走り、開かない。

 代えの服、連邦軍士官の軍服の上に投げられた黒い眼帯を手に取り、左目があった場所に当て、後頭部の辺りで紐を結ぶ。

 色気のない下着を身に付け、最後に軍服を着たら彼女はぼぉとしていた意識を切り替える。

 ―――軍人の貌は、情熱的な彼女の容姿とはかけ離れ、冷え切っていた。

「エリー、状況は変わらずか?」

 空気に親密性でもあるのか、彼女のハスキーボイスはよく通る。

 布一枚隔てた所で待機していた彼女の副官、エリー・カワズミ中尉は双眼鏡を下ろし、野戦帽の下から覗く糸のように細い黒瞳を上官が居るであろう場所に向けた。

「は。高熱源反応がなく、視覚頼りですが」

「どう見る?」

「恐らくは先日に偵察した折、捕捉されたものと推測します」

「昨日の偵察は、話を聞かぬ阿呆だったな」

「は。仇討ちと称し、軽率な前進をされておりましたな」

 発言した人物を思い出したのだろう、中尉は細めた瞳を彼らが進軍停止しているであろう場所に向けている。

「確実に、敵部隊と接敵、開戦となります。如何なさいますか?」

 シャワー場から出てきた上官に敬礼、長身の女性は銀髪を吹く風に踊らせて進む。

「阿呆共は当て馬にする。敵の戦力把握に、有効に使わせてもらおう」

「了解であります。こちらからの投入戦力は?」

「小出しにして勝てるものかよ、全力だ。しかし接敵はしない」

 彼女は進む。小休憩をとっていた者たちが後ろに付き従う気配を感じながら。

「今回の目的は敵の殲滅ではない。運用データが最優先」

 視線が向かう先には、夕暮れに染まる空と同じ、赤い巨人。

「目的と手段を履き違える事は無い。精々、動く的になってもらうさ」

 防塵の為に張られたシート。しかし其処から飛び出た二門の砲身を肩に担ぎ、ジオン軍の曲線的なものに対し直線的な外観。片膝を付き、地面に添えられたマニピュレーターに足をかける。

 頭部のゴーグル型のセンサーユニットは光を宿さず、ただ待ちの(てい)で主の帰りを待つ。

「行くぞ。戦場へ」

 連邦軍第16独立機械化混成部隊隊長、エルフリーデ・フレイル大尉。

 彼女は振り返り、見上げる隊員に下知を告げた。

 

 

 

 

 

 




暁の地平線に、勝利を刻みなさい!(違

閲覧ありがとうございます。

キャリフォルニア・ベース防衛のため、基地近郊を調査する。
その彼らに襲いかかる敵。
命運を握るのは、だれか。
第二十三話「キャリフォルニア・ベース(後編)」に続く。







エキゾチックな女性って素敵ですよね。

作者です。ご機嫌如何。
太くて長いものが向けられています。オリ主どうなっちゃうの!?的幕引きです。

では次話をお待ちください。恐らくは今週内に上がると思われますお!

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