ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第二十三話:キャリフォルニア・ベース(後編)

 キャリフォルニア・ベースよりニ三〇キロメートル離れた山岳地帯。

 その高台に囲まれた場所にメルティエ・イクス中佐率いるモビルスーツ部隊は身を潜ませていた。

 ユウキ・ナカサト伍長が搭乗する戦闘支援浮上車両(ホバートラック)音響探知機(ソナー)に反応。

 彼らは元々丘陵だったがキャリフォルニア・ベースにジオン軍が侵攻した際、砲撃や爆撃で地形を変えた場所が幾つか点在する中の一つに移動。小休止を取りながら探査の結果を待っていた。

「ふぅ」

 コクピットの中で軍服の襟元を緩め、ケン・ビーダーシュタット少尉は溜まった疲労を吐き出すように一息した。

 常に気を張るなど、まともな神経ではやっていられない。一息入れて心身を休ませなければどんな優れた兵士であろうと、能力を十全に使え切れはしない。

 考えるまでもなく、当たり前だと思う話。

 だが、脅威や緊張の連続に曝されると、人間はまだ平気、大丈夫と根拠の無い余裕(・・)を露にする。

 虚栄心なのか、意地っ張りなのかは本人のみ、もしくは自身ですら気づいてないケースもある。

 しかし、危険な状態である事には変わりない。

 自らも陥った事がある事から、中佐は休憩を挟むタイミングを大事にしている。

 そう彼の部隊員から聞いた事がある。

 なるほど、ケンも同意見だった。

『伍長、敵はまだ見つからないのか?』

 しかし、気が逸るジェイク・ガンス軍曹は苛立ちを隠さずそう漏らした。

 元々好戦的な人物なのだろう、待ちの戦術には向いてないとみえた。

 彼が搭乗するMS-06J、陸戦型ザクIIは地形が複雑な山岳地帯、砲撃等でくり抜かれたような斜面を難なく通り静かに歩行さえしている。

 これはつまり、彼の操作技術やOS(オペレーティングシステム)を通してCOM(コンピュータ)に蓄積された実戦データが十分に優れている事を指している。

 暴論だが宇宙空間を飛行するだけなら、赤ん坊でも出来る。操縦桿を押せばいいのだから。

 ただし、AMBAC(Active Mass Balance Auto Control:能動的質量移動による姿勢制御)システム等に代表される資質が大きく関与する動きは、パイロットにそれ相応の能力を要求する。

 それは動体視力、判断力、反射神経、耐久度と大きく四つに分ける事ができる。

 対象物を精度良く視認、求められる事態に臨機応変に処理、それに対する自らの動き、機体がかける力に圧壊しない肉体。

 どれか一つでも欠けていれば適正査定に響く。

 適正査定が低ければ当然の事ながらパイロットにはなれない。

 既存の兵器より高価な代物を取り扱う事もそうだが、モビルスーツパイロットにエリート意識を高めてしまう原因はここにもあった。

 そしてここは地球。宇宙とは違う環境下だけに歩行すらままならないパイロットも見られた。

 ジェイク・ガンスという男は己の能力だけでモビルスーツパイロットになり、その操縦技術も自らの努力で高めてきた。

 故に高慢な態度が出てしまうのだが、それだけ(・・・・)で戦争に勝てるわけではない。

 ユウキのようなモビルスーツ部隊を支援するオペレーター。

 ダグラズ・ローデン大佐、ジェーン・コンティ大尉のように前線には出ないが全体指揮、物資の手配、任地先での交渉等の煩雑な手続きをこなす人間が多く居て初めて戦闘、戦争に進めるのだ。

 突撃して勝てるなら苦労しない。

 しかし、目の前の戦闘にのめり込むのがパイロットの(さが)でもあった。

『ジェイク。ちったぁ落ち着け、ピリピリするなよ』

 年長のガースキー・ジノビエフ曹長が呆れを滲ませた声を出す。

 彼はジェイクとは違い、モビルスーツ操縦を一つの技術として捉えている。

 ジェイクのようなエリート意識もなく、モビルスーツパイロットの肩書きを一種のステータスだとも思い込んでもいない。

 扱えるから使い切る。

 パイロットの誇りはあるが、戦場には持ち込まない。

 彼のような認識のパイロットは少なく、そして貴重だ。

 それだけ意識の差による弊害が蔓延しているという現実。

 そして事態に直面したときに緩和、協調性を作る事ができうるからでもある。

「ユウキ伍長は精査中だ、もう少し待とう」

 しっかりした語調で言葉を吐き、ケンは油断なくモニターを見る。ザクIIのモノアイレール上を動かして視点を幾度も変え、前面モニターを切り替え側面モニターにも気を配る。

 彼は元々軍人ではなく、コロニー建造に関する知識を評価され徴兵。それからはジオン国籍のためにこの戦争に参加。他の三人も似たり寄ったりの都合で戦後の国籍を得るためだけに戦場に出ている。独立を叫び戦うジオン軍人にどこか冷めた目で見るのは、なにも不当な扱いを受けているだけではなく、立場からでもあった。

 だからこそ”外人部隊”等と呼ばれている。 

『すいません、もう少し時間をください』

 実際申し訳なく思っているのだろう、彼女の声が通信機からコクピットに流れる。

『気にしないで、戦場で一箇所に留まると落ち着かなくなるものだから』

『探知に集中してくれて良い』

『ま、気長にやろうぜ。この手合いは痺れた方が負けってもんだ』

『途中で確認したレーザー通信も途切れてません。周囲は安全ですから』

 アンリエッタ・ジーベル大尉が気落ちするユウキを励まし、エスメラルダ・カークス大尉は問題ないと告げ、ハンス・ロックフィールド少尉も気を遣い、リオ・スタンウェイ曹長が進軍中に確認したレーザー通信設備に電磁波の乱れが無い事を保証した。

 階級上位の援護射撃に、さすがのジェイクも閉口。

 ガースキーとケンも思う所があるのだろう、黙っている。

 ”外人部隊”と蔑まれてきた彼らは、”この部隊”にどう接すればいいのか困惑するのだ。 

 開戦から今日までで、真っ当な(・・・・)ジオン軍人に期待するのは諦めていた故に。

『はい、ありがとうございます』

 ユウキの沈んだ声に、僅かながら張りが出てきた。

 純粋に応援と受け入れて、礼すら述べる。

『ユウキ伍長。この先三〇キロメートルまでは音源反応がない、でいいのだな?』

 確認する指揮官の声に、

『はい、今も探知していますが反応が見当たりません』

 冷静に事実だけ述べる声。

 勘も鋭い彼女は、確認する中佐の言葉に何か感じたのだろうか。

『よし。ケン少尉、ガースキー曹長、ジェイク軍曹』

 中佐に呼ばれた彼らはコクピット内で思わず身構える。

 このタイミングでの名指しは良い捉え方なぞ、できはしない。

 前進を命じられるのか、と三人―――いや、四人ともそう考えた。

 確かに彼らはメルティエの正式な部下ではない。

 直近の部下を危険に晒すよりも、臨時参入の人間を当てるのは極当たり前だろう。

 信頼とは一朝一夕では築けない。

 信用も同じ、能力を知らなければ同様に。

 彼らは”外人部隊”。

 最初から弾除け代わりに前へ立たされなかっただけでも、まだマシな対応だと思っていた。

「は。何でしょう」

 ケンが代表して硬い声を発する。

 解りきった事を尋ねる自分が少しばかり嫌になる。

 何時もと異なった対応に躊躇っていた意識が、覚めていく。

 自分たちは”外人部隊”。

 正規部隊からは除け者にされ、罵倒される”金で動く傭兵部隊”。

『まずはアンリエッタ大尉、リオ曹長はバックアップ』

 呼ばれた二人のザクIIから排気音、立ち上がる姿をモニターで眺める。 

『ハンス少尉は目で迅速に敵を発見する事に注力、エスメラルダ大尉は』

 ぼぅ、とザクIとはいえ専用機持ちの狙撃機がモノアイを光らせる。 

『ユウキ伍長を護衛しろ(・・・・)。彼女が部隊の目だ、やらせるなよ』

 ガードを託されたMS-07A、先行量産型グフが専用盾を掲げて了解の代わりにする。

 モニター上の部隊員のウィンドウを眺めると各員が納得、あるいは諦めの表情をしている。

 ケンたちは困惑を戸惑いに変えた。

 彼らの反応が掴みきれないのだ。

『改めて。ケン少尉、ガースキー曹長、ジェイク軍曹』

 ごくり、と鳴った音は誰からだ。

 聴覚に集中するあまり、その音がやけに大きく聴こえた。

『俺が突出する。援護を頼む、敵を捉えたら即応戦する。出るぞ!』

 蒼いYMS-07、試作型―――メルティエ・イクス中佐専用グフが三枚盾を構え、その空いた空間から一二〇ミリライフルが覗く。

(―――部隊長自ら囮!? 正気かっ)

 止めなくては、もし彼を失えばどんな仕打ちが自分たちに降り掛かるか予測がつかない。

 彼はキャリフォルニア・ベースの最高責任者、ガルマ・ザビ准将が友と呼ぶ人物なのだから。

 エースパイロットとはいえ慢心に過ぎるとも思う、戦場にはどんな不測の事態が待っているか判らないのだ。

 何時まで舞台の主役(エース)とは限らない。

 端役が主役を倒す事がこの戦場という舞台では見る光景の一つなのだから。

 この場に留めて、我々が、せめて自分が出よう。

 そう思い口を開くが、

「了解!」

 自分の腹から力強く響く声。

 それは自分の意図した言葉ではなくて。

 けれど、自然と喉から外に吐き出された。

 戸惑いもあるし、不信の念は早々取り払われる事はない。

 ただ、背中を守れと言われた事が、嬉しかった。

 続くガースキーとジェイクの声にも戸惑いが多分に含まれている。

 けれど、自分よりも力強い声だったのは、とても記憶に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来やがったな、ジオンめっ」

 キャリフォルニア・ベースから三〇〇キロメートルの高台に機体を隠していた第03機械化混成部隊の生き残りである彼らはアジア戦線からジャブロー防衛に回され、分隊長と隊員を失った憤りを燻らせたままこの地を踏んでいた。

 連邦製ザク、砲撃タイプを戦力とする彼らは高機動戦闘に向かないモビルスーツながらも凹凸の激しい場所でのゲリラ戦は得意としていた。

 敢えて自らの場所を教え、引き込み、二方向、三方向からの射線で敵を蜂の巣にする。分隊長であったジャック中尉の教えをそのままに、彼らは必勝をきしてタイミングを図る。

 荒れた土地での機動テストを兼ねたために、今回はホバートラックの支援を受けられない。

 後続部隊は背後に居るが、その指揮官に接した時の態度がいけなかった。

 昂ぶっていた状態で匂い立つ美人に会う。

 それが何よりもいけない。

 手が早い早漏野郎が、文字通りタマを潰されて悶絶する姿を視界に。

 熱線が注ぐ場所で冷え切った視線を地べたのゴミ(・・)に向ける指揮官。

 怒り狂う彼女の配下は可燃物(・・・)を蹴り上げてこちらに寄越すと一切の助力を拒否。

 荒くれ者で揃えられた第03機械化混成部隊。

 モビルスーツという次世代兵器を扱うためにエリート意識が無駄に高い。

 加えて素行が悪くても使うしかない。モビルスーツを扱う適正値が出ているのだから。

 だからといって何でもまかり通るわけではない。

 ジャック中尉亡き今、分隊長を任された彼は人を襲うのはやめろ、と何度も隊員に言ってきた。

 それでこの始末である。

 彼は泣きたかったが、落とし前にモビルスーツを一機譲渡させられ、余りの事に意識が飛んだ。

 判ったのは自分がクソと思った若いモビルスーツ乗りを射殺し、連携するよう通達された部隊とは絶縁されてしまったという事だけ。頭が沸騰せず、今もモビルスーツを訓練通り動かす自分が信じられないくらいだ。

「お前ら、識別反応が出ないが、モビルスーツに違いない! 視界に入っても決めた場所に来るまで撃つなよ!」

(命令を違えたら、俺が殺してやる!)

 怒りに任せて射殺してから、他の隊員は素直に従い始めた。

 もっと早くしていれば(・・・・・)良かった、と彼はつくづく思う。

 そうすれば、後続部隊と連携できたというのに。

「―――! 来たな、ジオンめ」

 ガシュン、ヒュバッと高台に着地、バーニア光を夕暮れの中で閃かせる機影がモニターに映る。

(―――あれは)

 右手の操縦桿、親指の辺りにある二つのボタン、その下を押す。

 ピッ、カシュン、と電子音の後に拡大される映像。

 重量感を感じさせず、地を蹴る蒼い機体。

 ミノフスキー粒子下で通信が途切れる前にジャック中尉から報告を受けたモビルスーツ。

 ザクとは違う外観、蒼いモビルスーツで、胸部にはエンブレムのようなもの。

 肩部に差異があるようだが、機体色とエンブレムは間違いがない。

 盾を背に咆哮する蒼い獅子が描かれた蒼いモビルスーツ。

「きぃぃさぁまぁかぁああぁぁああああっっ」

 彼はたっぷりと仇敵をモニター内に収め、設定した射撃地点に蒼い機体が踏み込んだ瞬間、両手操縦桿のトリガーボタンを押し込んだ。

 凶相を顔面に刻んだ男は、ジャックの得意とした三兵装同時発射を無意識に行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「中佐っ」

 リオのザクIIがモノアイに映すもの。

 こちらからは全貌を見る事は出来ないが、高台に潜む敵勢力が身を晒し続ける蒼いグフへ砲撃を開始したという事。

 敵勢力―――ゲリラ組織ではなく恐らくは連邦軍だろう、その砲撃はリオのモニターに映る限りは三、四つの方向から射線が通っている。

 高速で飛来する大小の光。それらが全て、触れれば高強度の装甲を纏うモビルスーツを噛み千切り、粉砕し、四散させる。撃音は止まらず山岳地帯に響き渡り、林から一斉に飛び出す鳥類、生い茂った草原から走り去る動物を追い立てるかのようだ。

 しかし敵はそんな事象に目もくれず、跳躍し大地を駆けるグフに攻撃を加え続けている。

 リオは高台にきらりと光る反射に目を細め、操縦桿のスロットルを握り込む。段階的に、しかし拍子を置かないアップにザクIIの発動機が悲鳴を上げる。

 サブモニター上の出力上昇率(エネルギーゲイン)の安定域が降下、その後もリオの願いを聞き入れザクIIがバーニアをゴウゥッ、ゴウゥッと断続的に吹かす度にグラフは上下に乱れる。

 危険域に届かないまでも無茶な機動。

 それはリオ自身も理解している。

 理想とした機動をに程遠く、しかし勢いに乗るザクIIは早い段階で最高速度に到達。

 目前の大岩を踏み台代わりに、大きく蹴って跳躍。代償に大岩に亀裂が入り崩れる。

 その音が、思ったより大きく。

 ヴィー!と警告音が、敵機に照準された事を教える。

 リオを捉えた連邦製ザク、その砲撃タイプが小回りの効く手持ち銃、九〇ミリブルパップマシンガンを向けそのまま射撃。

 脚を体育座りするように胴部に近づけ、脚部推進器を開放。ドウッとアポジモーターが機体を前方に押し出し、そのまま更にスラスターの力で加速。チュン、チュチュチュンとかざしたザクⅡの防御シールドに火花が散り、弾丸に抉られる。

 小さくない衝撃、それが連続にザクIIを、コクピットを揺さぶる。リオの意識にもノイズが走るが、モニターを睨む。

 敵がバーニアを使って後方に飛ぶ、その間は肩に担いだニ四〇ミリキャノンも小型ガトリングガンも撃たない、撃てないのか動作しない。

「―――ふっ」

 短く息を吐き、右手の操縦桿のトリガーを押す。加えて左手の操縦桿を後ろに引き、離す。

 リオのザクIIは右腕に装備した一二〇ミリマシンガン、そのガンサイトを飛んだ敵ザクの脚部に合わせ、引き絞る。

 マズルフラッシュでモニターが染まる中、敵のザクは足に衝撃、弾丸を受けた衝撃で引き倒されたような体勢で空中に浮かぶ。

「やあっ!」

 イメージ通りに崩した敵機。先ほどの操作で腰を屈め、飛んだザクIIの膝蹴りが敵コクピット―――ザクIIのものと同じならば装甲部に守られた胸部と推定―――に重量物と重量物が衝突する重みと轟音が外部マイクから、そして機体から金属の悲鳴がコクピット内に響く。

 力の向きに従ったのか、抵抗する動きを成せなかったのか。

 四肢を地表にだらりと向けて吹っ飛ぶ鹵獲ザク。背中から派手に乾いた大地に倒れ、粉塵を巻き上げ跡を残して止まった。

 膝蹴りに使用した左関節部に不具合が出たのだろう、モニターの視点がやや沈み込むように揺れるが動きを止めた敵機に自機を走らせ、両肩に三発、脚部に四発、固定武装の砲身に一発ずつマシンガンを撃ち込む。撃たれる度にモビルスーツの四肢が跳ね、装甲の破片が飛び散る。

 その姿が人間を想像させ、飛び散る鋼片が夕陽で血に、肉片にリオの目に映る。

 ぐっと歯を食いしばり、嘔吐感を堪えて続ける。

 銃口から昇る硝煙、その先で完全に無力化された鹵獲ザク。

 殺さず、敵戦力を打倒した。

 大きく息を吐き、先ほどのイメージを払拭するため首を振り、青白い顔を上げる。

 リオは兵士に、軍人になってまだ日が浅い。

 モビルスーツパイロットを大きく失ったジオン軍。戦力回復として民間に広めた適正試験の結果、徴兵を受けた少年兵。

 それがリオ・スタンウェイの人生の岐路。

 地球降下作戦から始まった戦線でパイロットとして、純然たる戦力として既に戦果を残している。

 つまり、既に敵を倒しているという事。

 それでも、リアルなイメージはリオの精神に負担をかける。

 何時までも慣れない自分に、弱さを突きつけられるようで嫌だった。

 第一次地球降下作戦が終了した戦場跡で、頼れる狙撃手に相談した事もある。

 彼は最初目を見開いた。その様子にびくりと怯えるリオ。

 しかし、殴る様子も無ければ詰る雰囲気もない。

 それどころか、彼は飄々とした顔に微笑みを浮かべてすらいた。

『馴染まないでいいんだよ。そんなもんは』

 兄貴分として接するハンスは、眩しいものが目に入ったように細めて悩む少年に語ってくれた。

『慣れたらもう戻って来れなくなる。だから、いいのさ。弱いままでよ』

 壊れ物に触れるように慎重に髪を梳くハンスは、どこまでも優しいとリオには思える。

 粗野に振舞う彼は仮面(ペルソナ)で、本当の彼はこっちの方だ。

 そうリオには感じさせた。

 このままで良いと励ましてくれた彼と、

『メルティエ・イクスを信じろ。お前が従う、この俺を信じろ』

 胸に宿る言霊と共に。

 リオ・スタンウェイは戦場に身を置くのだ。

 側面モニターにはズゥン、と重量物が落下した震動と共に排気音を放出して立つ、蒼いグフ。

「中佐」

 敵が寄せたのだろう。火線が飛び交う中、三枚の盾で仲間を守る蒼い獅子。

 そしてその蒼いモビルスーツを守り、障害を蹴散らすように敵へと急襲する三機のザクII。

 ゴウッと再びバーニア光、残火を残して飛ぶ彼は本当に群れを率いる獅子のよう。

 群れのボスたる彼の背後に高速機動(ブースト)して補佐する三頭の精鋭。

 最後に残った敵へ、彼らは容赦なく追い詰め、牙を立てるのだ。

 それはリオの抱いた理想像に似て、呼吸を揃えて駆けるパイロットたちに嫉妬した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつで最後だ」

 屠ったどのモビルスーツよりも正確な射撃に、何時ぞやの戦場で相対したモビルスーツと瓜二つな攻撃にメルティエの意識は冴え、その戦闘に没入した感覚はグフの動きをより鋭敏にさせた。

 専用盾を前方、やや上方に向けて投擲。

 鹵獲ザクに向かい、即席の遮蔽物と化して飛来する鉄の塊。

 しかし瞬きの間に弾痕に埋め尽くされ、弾け飛ぶ。

 その瞬きの間に、メルティエは両手の操縦桿、そのコンソールを叩く。

 バシュッ、と排気音とは違う抜ける音を捉え、操縦桿を前に押しながら、再度コンソールに入力。

 バーニアから勢いよく吐き出された炎を背に、蒼いグフは両肩の防御シールドを強制排出(パージ)、両腕をクロスさせて互いに装着されたシールドを掴むと、前方に再度投擲。

 重なり合うシールドが二回遮蔽物の役割を果たし、そして更に上方に向けて投擲した分、敵のガンサイトも上がったようだ。

 後ろ蹴りの要領で上げた脚部のアポジモーターで地表にグフの体を下げ、そのままスラスターの運動力で前方へ頭から突き進む。

 どん、とパイロットの身体に掛かる重力加速度に、ミシリと筋肉と骨格が悲鳴を上げる。

「―――断つ!」

 高さ六メートルにも満たない位置から両腕を振るい、手首下に収納されたヒートロッドがジジジと空気を焦がし、擦れ違い様に敵の四肢を絡みつき、高熱で溶解、両断する。

 ドスン、と自由落下で地上に叩きつけられた敵ザクの胴体。

 ザムッと砂塵を上げて着地する蒼いグフ。

 前方からの奇襲を成功させたメルティエは、身軽になった愛機の上体を起こし、手放す前に盾から抜き取った剣を模した発生器、その柄を握る。マニピュレーターを通じてエネルギーが収束したヒートサーベルはブゥンと音を立て、ダルマとなった敵のモノアイに突き付けた。

「降伏しろ。降伏すれば南極条約に基づき」

「―――ちゅういのぉ」 

 目の前のモビルスーツから外部スピーカーを通じて、

「かたきぃいいい!」

 怨嗟が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連邦軍第16独立機械化混成部隊隊長、エルフリーデ・フレイル大尉は短く言葉を発する。

「撃て」

 ドゥン!と保有するモビルスーツの数だけ砲身から人間大の砲弾が放たれる。

 それを一機につき八発。

 自らが駆る赤いモビルスーツ、RX-77-1A、ガンキャノンAも二基の両筒を肩の専用架台に当て、砲撃に参加。

 前面モニターが砲撃と共に発せられる煙に巻かれ、ホワイトアウトとなるもすぐに霧散。

 照準を合わせたジオン軍の蒼い新型機とその廻りで警戒したモビルスーツ、合わせて敗北した第03機械化混成部隊の残党(・・)に二四〇ミリキャノン砲による一斉射。

 ガンスコープからしばらく射撃地点を伺っていたが、諦める。

「次の地点へ下がるぞ。敵が食いついてくる様ならば迎え撃つ。撤退するならば追撃行動に入りつつ、証拠品(・・・)を破壊する」

 彼女がガンキャノンを下がらせようと一歩引いた空間。

 ―――ギュン!

 飛び越えて、後方で砲撃姿勢を取っていたRRf-06、ザニーの右肩部に被弾。

「ほぉ」

 被弾した直後に爆散。頭部と胴部に甚大な損傷を受けたザニーがどうっと地面に叩きつけられる。

 ―――炸裂弾頭式狙撃長銃。 

 彼女は知らない事だが、キャリフォルニア・ベース地下施設に残っていた炸薬を弾頭に成形。

 扱いが難しく、コストが高いものの開発したものだからと無理矢理に狙撃用弾丸に作成した代物。

 実行犯はロイド・コルト技術大尉である。

 そして、

「見つけた」

 ぼそりと告げられる若い女の声。

 崖上から砲撃したエルフリーデの目の前に出現する青い機体。

 ギュン、と膝関節の軋む音を残し飛び退く。

 其処へ振り落とされるヒートサーベル。

 エルフリーデはガンキャノンの頭部に装備された六〇ミリバルカンを掃射。

 回避どころか突進を選ぶ青いモビルスーツ、グフ。

 弾丸を専用の大型盾で受け止め、半身を現わにしてヒートサーベルの突きを放つ。

 機体の上体を反らし、高熱の刀身をやり過ごすが砲身が下から貫かれ、溶断。

「やるな、貴様」

 サーベルを持つグフの拳を掴み、そのまま敵機に向けて残った一基の砲口から一撃。

 しかしその向けた砲身は下から掬い上げるように振り抜かれた盾の先端で射線を変えられ、不発に終わる。

 両手を動かしたグフ、その上半身に向かってバルカンが唸りを上げて撃ち込まれる。

「甘い」

 グフは数発装甲表面に穿たれるも、右脚をガンキャノンの左足に引っ掛け、刈り取り転倒させた。

 モノアイスリットを穿たれ、一部機械部分が露出するが其処から覗く眼光が凄みを増す。

 サーベルを引き寄せ、胴部に向けて突きを放たれるが、ガンキャノンは背部スラスターを最大限に、水平移動で避け左太腿部に裂傷を作るに留まった。

「そちらもだ。はっ!」

 離れ際に右脚を振り上げ、突きのために伸びきったグフの右腕、その肘部を強打。

 バキリ、と嫌な音と共に破壊された右腕が地面に落ちる。

 ケーブルやフレームが無残に千切れ、エネルギー供給が消えたために、刀身が空気中に拡散。

「もう一息だというに」

 しかしエルフリーデのガンキャノンに目標を絞ったのか、一五キロメートル以上離れた先から放たれた弾丸が音を後ろに飛来。

 小刻みに足の裏にあるサブスラスターを使って左右に機体を揺らして躱す。

(この青い奴といい、狙撃手といい、厄介な)

 腕を失い、武器を落としたグフに照準を合わせるとモニターに黒い線が入る。

 身体に走った悪寒に反応、更に機体を後退させると鞭のようなものがガンキャノンのゴーグル型センサーユニットの前で停止。

「―――目眩ましか!」

 バリッと発光、そのままモニターを焼く青白い光。反射的に目を瞑り、潰されるのを防ぐ。

 これも彼女は知らない事だが、ヒートロッドは高熱で溶断する以外にも高電流を流し、ショートさせる使い方もある。

 それを今回は視界封鎖のために利用したのだ。

 彼女の視界が回復する頃に、モニターを埋めるように広がるもの。

「蒼い獅子!」

 胸部の盾を背に咆哮する蒼い獅子が大きく映り、その後に訪れる衝撃。

「がふっ」

 思わず息が漏れる、重い一撃。

 直前までの位置的なものから、蹴り飛ばされたとみる。

 叩きつけられる前に背部、足部のアポジモーターでバランスを取り、地面に着地した。

「―――エリー、煙幕(スモーク)弾掃射」

『了解であります』

 後方で応戦していたのだろう、くぐもった返事の後に打ち出され、敵との間に落ちる弾頭。

 そこら空気の抜ける音を出して白い煙が周囲を包む。

 ダンッ、と飛び上がり機体を後退させながら、コクピット内で反応する友軍機を確認。

(最初のと合わせて、二機やられたか)

 ちらりと視れば、その最初のザニーや倒された機体を抱えて移動する部下の機体がある。

 煙幕の放出を合わせて後退したのだろう、吹き晴れた対峙場所には敵のモビルスーツは存在していなく。

「あのパイロット」

 青いグフを守ろうと飛び込んできた蒼いグフ。

 その左腕は胴部の根元から無く、右腕は手首から先が砕けていた。

 砲撃を咄嗟に防御した結果だろうが、それでも健在だった事に驚きを隠せない。

 満身創痍は自身であろうに、それでも友軍機のため向かってきた。

(死にたがりか? それとも青いモビルスーツのパイロットと親密な関係だからか)

 少しばかり興味が沸いたが、

「また、遭うだろうさ」

 彼女は被った損害を片目で眺めながら、自軍領土へ進路を取った。

 次の戦い、次の次の戦いのために。

 

 

 

 

 

 




やったぜ、おとっちゃん。
10100文字超えだ…ガハッ(吐血)

読み応えがあれば嬉しい。そう思いながら執筆してみたよ(゚∀゚)
戦闘回を挟むと一気に時間の流れる速度が低下するね。
これは長く書けるという事だな(震え声)

大きい矛盾点は追って修正しますが、パラレルなノリで暖かく見守ってね!
(オリ主出てる時点で察してもらってる筈…筈っ)

ところでそろそろ、
「オカンキシリアまだー?」ヽ(`Д´)ノ
されそうで怖い。
宇宙編まで待機しててくれたまへよ。皆の衆…
要望多かったらフライング出演考えようかしら。クフフ

では、閲覧ありがとうございました。
次話をお待ちくだされ!

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