ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第二十四話:訪れる人々

 キャリフォルニア・ベース地下施設、そのモビルスーツ工廠。

 ほぼ専用と化したモビルスーツデッキに佇む、とある機体。

 それを見上げながら、ロイド・コルト技術大尉は眼鏡をくいっと押し上げた。

「これはまた…やってくれました(・・・・・・・・)ねぇ」

 彼が眺めるのは蒼いモビルスーツ。

 YMS-07M、先行試作型グフ。その専用機―――だったもの。

 頭部はブレードアンテナが半ばから折れ、その下のモノアイスリットも大部分が剥がれ落ち、レール可動部とモノアイが剥き出し。夜中にこんなものを見たら竦み上がるだろう。

 胸部はパイロットのエンブレム部分が擦れているが他の部分は装甲部分が飛び、腹部のコクピットハッチ辺りだけが唯一無事な場所であろう。綺麗に残る色加減でいっそ浮いている。

 右肩部はショルダーアーマーがないどころか、右手首より先もない。固定武装のヒートロッドの巻き取り装置もおじゃん(・・・・)になったのか、半端に伸びている。

 左腕なぞ、肩の接合部分から消失している。胴体部まで焼けた跡がある事から砲撃でも受けたのか。ダメージコントロールが出来ているのか判断に困るところである。

 下半身も腰部のアーマーが千切れ、脚部の接合部分が露出。その下のアポジモーターはここに運び込んだ時点で力尽きたのか、デッキ上に無残に転がっている。

 誰が見ても、誰から見ても大破である。

「量産体制が整ったと思ったら試作機が死んだでござる」

「実戦データが色んな意味でやばい。砲弾の爆撃を潜り抜けるとか」

「左腕が吹き飛んだ時の映像、見た?」

「見た見た。リオくんの機体に当たりそうなやつ、ヒートロッドで切り飛ばしたんでしょ」

「その時の衝撃と過負荷で自壊。それでも壁駆け上がって大尉の援護に飛び込むんだもんなぁ」

「必死というか、健気というか」

「ショタロリこそ至高! つまりそういう事ですね!」

「おい、二等兵が復活したぞ。スパナ持って来い」

「【蒼い】うちの部隊長が色々おかしいスレ124【果実】」

「仕事中に何スレ上げてんだ。いいぞ、もっとヤレ」

「職場に腐臭が漂っています。だれかタスケテ」

 はぁ、とロイドは重い溜息を胸から吐き出す。

 この蒼いグフとその部隊は敵モビルスーツ五機撃破、一部奪取に成功した。

 二八〇ミリキャノン砲、小型ガトリングガン、取り回しが良好な九〇ミリブルパップマシンガン等の兵装がそれにあたり、現在は試験実験場でデータを採取中である。鹵獲されたザクIIに搭載されたものであるからして、既存のザクⅡにも有効利用できそうだ。

 特に地上部隊は遠距離への攻撃手段に乏しく、ガウ攻撃空母等による高々度からのビーム砲、爆撃等で支援行動を行っていた。モビルスーツの高さを利用した間接射撃が可能となれば戦術の幅が広がり、状況次第では先手を維持したまま敵戦力を駆逐できる。

 自らが改修を手掛けた機体を大破に追い込まれ、遺憾の至りである。

 が、新しい資材(おもちゃ)を提供されるのであれば、やぶさかではない。

 前線に出るから壊される、ならば砲撃機体をあてがえばいいのでは、と脳裏に横切る。

(駄目ですね。前線でゼロ距離砲撃とかしそうです)

 両腕で敵を掴み、頭部もしくは胴部に砲口を当ててくる絵が易々と描けた。

 結論、意味がない。

(むしろ、多種多様の兵装に重装甲モビルスーツが向いてそうな感じがしますね)

 目線の先の蒼いグフ。

 実戦データ、戦闘映像からしてロイドの閃きが的を得ているように思える。

 部隊内での機動力、重装甲故に先頭を走り囮になった。本人と隊員からはそう聞いているし、佐官を矢面にする事に目を閉じれば実際妥当、いや当然の判断だろう。

 機動力と重装甲を有しておいて後方指揮。確かに勿体無いにもほどがあろう。

 だからといって、鋒矢の陣形で突撃する行為に理解が及ぶ事はないが。

 部隊の目を優先する事は大事だ、モビルスーツにはない情報収集能力を持つ戦闘支援浮上車両(ホバートラック)はあくまで支援車両。火力、装甲はモビルスーツと比べるに値しない。その為にMS-07A、先行量産型グフを護衛に就けた。結果は先遣部隊を囮とした砲撃部隊の攻撃にこちらのモビルスーツ部隊が窮地に立たされ、前線の大規模音響、高熱源反応に緊急事態と察したユウキ・ナカサト伍長に推され、敵軍の第二射目にハンス・ロックフィールド少尉が狙撃で威嚇し、エスメラルダ・カークス大尉のリーダー機への強襲が功を奏して撤退させる事で戦闘が終わる。

 被害としてはMS-06J、陸戦型ザクIIの小破二、中破二。

 グフの小破、専用機グフの大破が報告。

 エスメラルダ機のグフも、A型ではなくB型であれば相手の赤いモビルスーツを捕獲、破壊できた可能性が高い。

 しかし彼女は続いてA型を希望。B型への改修はなしとした。

「関節と指の動きが硬い。だからイヤ」

 フィンガーバルカンとヒートロッドを内蔵した弊害を指摘され、自信満々に彼女へB型をアプローチした技術者が轟沈。床に膝をつき頭垂れる姿は相当にショックだったのだろう。

 しかし其処へ「ざまぁwww」とはやし立てる連中が跋扈、拳で語る社交場に発展した。

 ちなみに件のエスメラルダはその場から足早に去り、興味関心ゼロであった。

 人間、興味のない出来事には無関心で居られる、という見本でもある。

 部隊の状況と指揮官の男が採る行動に思考を戻すが、ぱっと出るようであれば苦労しない。

「ううむ。新しい企画書でもあれば一枚噛ましてもらうのですが」

 ザクII、グフに変わるモビルスーツ。

 企画、開発段階で様々な用途のモビルスーツが打ち出されているが、試作機の試験運用にはまだ道が遠いとロイドはみていた。

 ザクIIは汎用性が高く兵装を変えればどの様な状況にも対応ができる傑作機。

 グフは量産体制が確立した、現行の最新型である。

 これ以上のモビルスーツを用意する事なぞ、出来るわけがない。

「我らがエースパイロット殿には、自重という言葉を辞書で引いて頂きましょうか」

 口元を三日月に変えた彼は、後ろで騒がしくしている整備兵に振り向き、指示を与えだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の裏側、グラナダ基地。

 サイド3に向けて資源を供給する同基地は拡張、発展を続け、表側にある月面第一都市フォン・ブラウンに続く第二都市グラナダとなった。 

 そして現在はジオン公国軍キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍本拠地としてジオン本土最終防衛ラインの一角を占める重要拠点とされる。放射状に広がった地下都市はジオン公国軍の軍事要塞だけでなく兵器工場や試験テスト場としても機能。

 その地にキシリア・ザビは居城を移し、指揮を執っていた。

 ズムシティに居た頃と変わらぬ室内は秘書官が気を遣って用立てたもの、外界の風景こそ変わったがキシリアにはむしろ「我が城」と思えるべきものに概ね満足している。

「随分と勇ましくなったな、イクス中佐」

 スクリーン越しに地球に派遣した、派遣させられた部下に声を掛けた。

『は。キシリア閣下は変わらず、安心しました』

 メルティエ・イクス中佐は宇宙(そら)にいた頃と違い容貌に変化がみられた。

 彼の灰色の掛かった黒髪は心労からか灰色に染まり、同色の眼光は鋭く定まり、野性味が付加された彫りの深い顔立ちは彼女の審美眼からしても十分な男前と云える。

 中佐を示す通常の軍服、ジオン公国軍第二種戦闘服は特注品で蒼いカラーが彩る。刺繍入りのマントを羽織り、以前立ち会った時に挙動不審で落ち着かなかった彼は、もう居ない。

 それでもその灰色の眼に慢心の様子はなく、ただ敬服が見られるのは彼の根っこが、心根が変わらないという証左なのだろう。

「ほぉ。どう安心したのだ」

『御前で会った時と同じ、目を奪われる所作です』

 確かに、メルティエを目の前で待たせた光景が目を閉じれば瞼の裏で現れる。

 今もそうだ。呼び出しはしたが、並行して案件を裁決している。

 面白い男だ、とキシリアは思う。

 当初は珍獣のような見方、早すぎた買い物をしたかと思いもした。

 しかし、ドズルとの権力闘争に使った演習で予想よりも高い成果を残す。

 その後も戦功の機会を与えようとキシリアが采配する事になった地球降下作戦では第一陣を見事に飾り、初陣の我が弟ガルマに加勢。手柄と期待に応える功績をもたらしたではないか。

 ガルマの強い要望により、地球のキャリフォルニア・ベースへ駐留としてはいるがメルティエはキシリア麾下である。地球降下作戦が終了後には昇進をとも考えてはいたが、ガルマの横槍で成し得る事ができず終いとなった。グラナダのモビルスーツ開発部が”蒼い獅子”の戦闘データに刺激されて完成まで漕ぎ着けたYMS-07を一機送るだけにとどまる。

 貢献の度合いをみても、足りないだろう。

 ”真紅の稲妻”ジョニー・ライデン少佐には専用の新型機と、彼のために設えた特殊部隊を設立する予定だ。

 オデッサとその近郊の支配強化を進める中部アジア方面軍司令マ・クベにも建造中の新型巡洋艦を手配している。

 他の配下たちにもそれ相応の褒美を与え、忠誠心に響かせる。

 信賞必罰が上に立つ者の義務。功を以て忠を尽くすのが臣ならば、労を賛え信を置くのが将であろう。

 ギレンあたりには前時代的と笑われ、同政敵のドズルには理解が得るであろう。

 しかしその考えを変える気はない。

 少なくてもこの戦争が終わるまでは。 

「女の扱いがいまだなってないな、中佐」

 ふぅ、と息を吐く。

 スクリーンの中の男は顔に「え、まだ駄目でありますか」と書いてある。

「尚美しくみえる、とせよ。同等よりも上に、磨きがかかったと言われれば悪い気は起きまい。言い方一つにもコツがあるのだよ」

『は。勉強になります』

 うむ、と一つ頷き手前に書類を引く。

「ところで、中佐」

『は。如何なさいましたか』

「連邦軍の鹵獲したザク、その改修型。倒せたようだな」

『おっしゃる通り、撃破に成功しました。その後敵方の砲撃に遭いましたので完全な回収はできませんでしたが、数点ほど確保しました』  

 目線を下げ、今にも頭を下げそうな部下を労う。

「良い。我が方のザクを連邦がどの様にしたか、探る手助けになる。回収したものもグラナダへ送るようにせよ」

『は。現地の技術班が調査したデータと共に送ります』

「うむ。大金星よ。今後も尽くせ、よいな」 

『了解であります』

 敬礼するメルティエに鷹揚に頷き、通信を切る。

 そしてキシリアは部下と会話中、沈黙を守った人物に視線を止める。

「どうだ?」

 艶のある黒髪は腰まで届き、元は快活な女性であろうに今は鳴りを潜め、暗鬱な表情を見せている。

 少佐の軍服に身を包んだ彼女は、ぽつりと声を漏らす。

「どう、とは」

 彼女からしてみれば、わざわざ引っ張り込んで来ておいて、通信会話を聞かせただけ。

 察しろ、というのは中々に酷い。幾つか頭には浮かんではいるが、

「功績を上げた男に、女を充てがうという事で?」

 彼女は、自分にとっての最悪の部類から挙げていく。

「奴は既に囲っている者が居る。其処は心配なぞしておらんよ」

 キシリアは彼女の言葉に嘆息し、混ざりたいのであれば、好きにせよとも添えてやる。

「閣下、私は」

「問題とする件については、耳にしている」

 足元から上がり始めた相手の目を見詰め、キシリアは続けた。

「しかし命令は受理され、行動を採ったのは少佐。それは覆す事が出来ない事実」

「―――あたしはっ」

 感情に火が付いた、そうキシリアは青い瞳を細める。

「催眠ガスだって、眠らせて移送するだけだと、聞いたんだっ!」

 渦巻く怒気に顔を歪め、罪悪感に襲われているのか自身の身体を抱く。

 ぐぐっ、と彼女が握る手から音がする。

「内容がどうであれ、行動は実行され結果が残っている。だろう、少佐」

「―――っ」

 食いしばった唇から赤い雫が覗く。

 許容できない事なのだろう。上からの命令は絶対、と軍人として理解しても。

「故にだ、少佐」

 高級感のある机上で、キシリアは細い指を組んでみせた。

「”蒼い獅子”に(あやか)ってはどうだ」

 ぴくり、と彼女の身体が反応する。

「それは―――」

「媚を売れ、体を開けと言うつもりはない。必要ならば少佐が施して(・・・)やれば良い」

 視線を右往左往する女性、その所作に”初心”だな、と感じたが空気が読める女傑は声を発さない。

「あの男には今後モビルスーツ大隊を率い転戦してもらう。地球か、宇宙かは情勢次第だ」

「地球、ですか」

 降下作戦参加すら禁じられた少佐は、当時を思い出したのか苦い表情を面に出している。

 相当に”溜まっている”のだろう、キシリアを前に感情の表現を止めていない。

 普段ならば無礼であろうが、今はこのままで良い。

 ”素直”になろうとしているのだ、指摘してまた”殻”に入られても困る。

「そうだ。一度少佐の部隊を解散、経歴を白紙に戻した後に地球圏へ送る」

「かい、さん…? ちょっと待ってください!」

「急ぐな、少佐。貴様の部下も同様だ。モビルスーツ大隊分の人員だぞ、貴様の部隊そのままそっくりだ」

「は、はい。すいません」

「良い、今回は目を瞑る」

 頭を垂れる少佐を見やり、

(やはり、激情家よな。アサクラめ、人物像すら偽るか)

 彼女を一目見て疑念を抱き、次に不審が募り、今に至り確信を得た。

 戦時中は(てい)の良い捨て駒、戦争後はコロニー内の虐殺を追求された場合に備えた生贄。

 それが彼女に残った、用意された未来。

 これが戦争、政争。

 人間というものが何処まで非道に、他人を虐げることができるか。

 それを目の前に様々と突き付けられるような、キシリアをして軽くない衝撃を与える。

(メルティエ・イクスは、これを知ればどうなるか)

 以前に軍に横領、賄賂を行う者が存在し粛清したと述べた。

 その時、キシリアを前にして見せた嫌悪を剥き出しにする形相。

 青い、とも。清廉に過ぎるともとれる様子。

 キシリアも戦時中の物資不足でなければ、ある程度は目を瞑り泳がすだろう。

 どこの組織にもこの手の人間が存在するのだから、いちいち相手にはしていられない。

 ただし、見せしめの為に何度か惨たらしい結末、親族郎党に到るだろう罪科は課す。

 締め付けるのも為政者の務め、であるならばと彼女は遂行する。

 彼女は感情のコントロールはできる。

 ザビ家の女だ。出来なくては早晩に死ぬ事も有り得る、十分に。

 そう言う意味では彼女の配下、ジョニー・ライデンやメルティエ・イクス等は危うい。

 マ・クベのように割り切れる人物が好ましい。

 独自の諜報機関を要している彼は、他の者では不可能であろう貢献をキシリアに捧げている。 

 しかし、人心掌握はジョニー・ライデンらの方が上手だろう。

 中々に難しい問題ではある。

 どの様な人材だろうと扱えるマ・クベに委ねるか。

 手厚く扱うジョニー・ライデンに託すか。

 しかし前者は言動に敏感な少佐の手綱を握り続ける事ができうるかどうか。

 後者は一癖も二癖もあるパイロットや、ある機関で育成される人材の適用試験も抱える。

 彼女は今日まで思考を巡らし、白羽の矢をメルティエ・イクスに立てた。

 大隊規模の部隊運用を今だ行動に移せず、地球に居る。

 激戦区の中へ送り出せば、問題が吹き荒れようとも何かと都合がつくのだ。

 キシリアも慈善で少佐を迎え入れるわけではない。

 彼女の指揮能力、モビルスーツ操縦技術は高く第一線級の人物。

 惜しむらくは、開戦時に降れた任務。

 その一点に尽きる。巡り合わせ、運の悪さとも呼べてしまう。

 不運に弄ばれた女を。強運、悪運に愛された男の元へ送る。

 こうすれば彼女が率いる部隊をそのまま、大隊規模を目標にする機動戦隊に転属できる。

 キシリアは貴重な人材と優秀な部隊を手に入れ、構想し望む部隊を増やし。

 少佐は悩む問題、悪名を取り払い。もしかしたら”番い”を手にするやもしれぬ。

 どちらにも得がある。損があるとすれば向こう(・・・)だけだ。

「では、本日付で貴様を原隊から除名。突撃機動軍所属とする」

「は。よろしくお願いします」

「私兵扱いと見倣されるが、そこは融通の代償と割り切れ。少佐」

「いえ、寛大な処置に、御礼を申し上げるだけです。閣下」

 ジオン公国軍から一度除隊。その後キシリア・ザビが擁する私兵に落とし、再度ジオン公国軍突撃機動軍へ参入。

 この手順の中で彼女の、彼らの経歴を洗い落とし、開戦前の実戦経験者として国軍ではなく、キシリア個人が取り立てる。

 後は彼らが抱える悪夢を、罪悪感を薄れさせ自暴自棄にならない事を祈るだけであった。

 後日、キシリアのやらんとしている事を察知したギレンであったが。

「ふっ。茶番事か」

 一笑に付し、この件で有機的に動く部隊が誕生すると思えば良かろう、と相手取ることもなく。

 総帥のお目こぼしを得た少佐―――シーマ・ガラハウは地球圏へ至る行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キシリアとの通信が終えた後。

 メルティエは執務室から自室に戻り、吹き出す脂汗の中、蒼い軍服を脱ぎ私服に着替えた。

 彼の身体には先日の戦闘で受けた裂傷、打撲の痕が痛々しく残る。

 ノーマルスーツの上からのダメージに包帯や治療薬、鎮痛剤で騙し騙し日々を過ごしていた。

 室内には空気の換気をしてくれたのか、見舞いに訪れたアンリエッタ・ジーベルは彼の容態を見て水と各種薬を用意して近寄る。

「―――むっ」

「? どうした、アンリ」

 テーブルの上に置いた彼女に礼を言って薬を水で流し込みながら、円らな瞳をくわっと見開いた彼女に怪訝な目を向ける。

「うぅん、何かこう危険を感じたというか、新手の気配というか」

「ふむ…敵襲なのか?」

 女の勘は時として、最新機の探知機より優れていると聞いている。

 主に養父(ランバ・ラル)から。

 しかし疼痛に苛まれているメルティエは行動不可能である。

 用心だけはしようとは思うが、

「あ、ごめんね。おかしな事言い出して」

「いや、何事もないならそれで良いさ。こっちこそ悪いな、見舞いに来てもらって」

 気のせいだと、メルティエというか自分に言い聞かせているような様子。

 彼女は連日様子を見に来てくれているのだ。その疲労が溜まっているのかもしれない。

「アンリ、今日はもう戻ったらどうだ。疲れているようだし」

「大丈夫だよ。睡眠時間ちゃんと摂ってるし、食欲もあるんだから」

 先ほどの悩みは解消したのだろうか、肩越しにこちらを見て目を細める彼女。

「そうか…無理だけはしないでくれな」

「いや、メルに言われたくはないなぁ。その一言」

「あー…その、なんだ。反省してます」

「ちゃんと学習する反省をしてほしいかなー」

「ぐぬぬ」

「なにが、ぐぬぬ、だよ。まったく」 

 口喧嘩では勝てないと悟り、寝台に倒れ込むように横になる。

「ミルクティでも淹れるね。飲んだら一休みしなよ」

「ああ、そうする」

 ふぅ、と仰向けになって息を吐く。

 服用した薬が効き始めたのか、意識が薄れそうになる。

 耳に届くのは彼女の鼻歌。機嫌は良いようだ。

(なんか、良いな。こういうの)

 漠然とした幸福感からだろうか、ぼぉと彼女の方へ視線を向ける。

 小さなキッチンで沸騰した薬缶を持ち上げ、カップに注ぐ後ろ姿。

 休憩中に顔を出してくれたのだろう、軍服の上にエプロンというちぐはぐさが笑いを誘う。

 蜂蜜色の髪が揺れる、ほっそりとした背中を辿り、何時しか臀部へ至る。

(おいおい、人間意識が弱くなるとその手(・・・)の考えしか浮かばなくなるのか)

 愕然とするも、じーっと見続ける。

 体と心は別物なのだなぁと他人事のように処理した。

「さ、出来たよ」

 振り返りにっこりと微笑むアンリエッタにドキリとしながら、

「お、おう!」

 メルティエは若干覚醒した意識に救われた。

 あのまま、ぼぉと見ていたらどうなっていた事か。 

 身体を起こしながら、彼は益体のない事を考え。

「おじゃまします、中佐」

「お見舞い」

「大将、無事か?」

「ハンス、それってどういう意味なの?」

「中佐、執務室から飛び出したと聞きましたが、問題事ですか」

「いや、普通に自室に戻っただけだろう、ユウキ」

「あのよぉ。お邪魔になってるんじゃないか、俺たち」

「ま、挨拶だけはしとくか」

 カップを受け取ったメルティエとアンリエッタがドアを開けて入ってくる面々に小さく驚き、

「見舞いに来てくれたのか、すまないな」

「今みんなの分、淹れるね」

 お互いに顔を合わせ、くすりと笑った。

 これはそんな、彼らの戦傷を癒す日の事。 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。4月30日。

 キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍所属、メルティエ・イクス中佐。

 彼が率いる部隊は同日、地上部隊と宇宙からの補充部隊により再結成され、本部が設立を受理。

 この部隊はキシリア少将直轄の特務機動戦隊とし、部隊名”ネメア”と呼称。

 飛び掛る獅子のシルエットを部隊章とするこの部隊は地区調査から基地防衛、侵攻援護等多岐に渡る任務を与えられ戦果を残し続けた。

 盾を背に咆哮する蒼い獅子をエンブレムとするモビルスーツは、部隊解散のその日まで先頭を駆け続けたという。

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。

さて、作者はえらい勢いで膨らんだ本作品を読みながら、
「どうしてこうなった」
「どうしてこうなるまで放っておいたんだ!」
「ほのぼのストーリーを描くはずが、激戦区突入ストーリーを提出してしまったでござる」
 と戦慄しております。











よし、作者。
夜逃げの準備だお!(ダッ)


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