ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第二十六話:芽吹く願望

 声が聞こえる。

『……? ………!』

 懐かしい、声。

 いや、待て。

 懐かしいという事は、自分は何処かで聞いているという事。

 何処でだろうか。

 それに、此処は何処だ。

 曇ったガラス越しに見ているように、視界に入るもの全てが不鮮明に過ぎる。

 靄が掛かっていると言ってもいい。

 ただ、自分は此処が何処か理解はしている。

 思い出せない、それだけだ。

 言葉が喉元まで出かかっている、と表現すれば分かるだろうか。

 もどかしい気持ちをどうにか抑え、声が聞こえる場所へ視線を向ける。

 相も変わらず、ものが明確に見えない。

 湖だろうか、本来なら煌めく水面が映るはずだろうに。今は鈍い光にしか思えない。

 その岸に立っているものが、影法師を通じて人だと解る。

 だがそれも辛うじて、だ。

 影法師の先、いや元が動き回ればこの不鮮明な世界に溶け込んで分からなくなる。

『……? …………。……?』

 複数の声。

 彼ら、だろうか。

 声がまた発せられた。

 聞きたい。

 自分は彼らの声が、聞きたい。

 彼らと言葉を交わしたい。

 口から、喉から、腹から自らの声を出そうとする。

 出ない。

 何故。

 喉に手をやる。

 喉は忙しなく動き、声を其処から出そうと必死に。

 口に指をやる。

 口は彼らに言葉を、声を掛けたくて空気に吐息を混ぜるだけ。

 何故だ、何故。

 ―――俺の声(・・・)は何故彼らに届かないんだ。

 喘ぎに近いものしか漏れない。

 頭を垂れて、腹を見れば。

 黒い空洞、其処には何も存在しなかったのか、血も出なければ肉も見えない。

 確かなのは、何も無いという事。

 不意に冷たい感覚が背を伝い、首に触れ、ぞくりと身体が震えた。

 ―――消える。

 違う、自分はそんなものを望んではいない。

 声だ、声を出せ!

 二人の名を呼べ!

 言葉を、もう会えない彼ら(・・・・・・)に言葉を投じろ!

 呼吸が出来ず、酸素不足で崩れる膝。

 ―――構わない。

 彼らに伸ばした手が、地面に向かう。

 ―――構わない。

 体を動かさない癖に、どくん、どくんと脈打つ心臓がやけに耳に響く。

 ―――構わない、だから。

 不鮮明な世界が何かに濡れる。

 頬に流れる水に似たそれ。

 ―――俺の声を、此処に(あらわ)せ。

 視界の上下が変わる。

 どうっと倒れる身体が、ひどく遠くに感じられた。

『……兄、……たの!?』

『……シア、……つけ』 

 何もかもが判らない世界で、駆け寄る音と視界に掠る金色の房。

 断片でも嬉しい。

 彼らの声が届いた事で世界が更に歪む。

 かちり、かちりと欠けた破片が揃うように。

 腹部は元に、呼吸は整い、心臓は定期的に脈を打つに戻る。

 体に残るのは、脳裏にチカチカとする不快感だけ。

 瞬きしたら、ほら。

『メルティエ兄さん、大丈夫?』

『どうしたというのだ、メルティエ』 

 太陽のように眩しい金髪、澄んだ翡翠の瞳。

 将来は絶世の美人、美女だと囃された二人の顔。

 その彼らの瞳に居る、当時はまだ黒髪だった自分。

「キャスバル、アルテイシア」

 声が、紡げた。

 少年はこちらに先を促すように、じっと双眸に捉えて。

 少女はこちらを不思議そうに、膝を着いて近づいてくる。

 何時かの、木漏れ日の中で過ぎ去った他愛もない時間。

 二人が生きていれば、少年はエドワゥ・マス。少女はセイラ・マスという名前。

 ―――待て。やめろ、見せるな。

 場面が切り替わる。

 少年は飛行機で長い旅路に向かおうとしている。

 ―――おい、やめろ!

 色褪せた風景。

 その中で目前の彼に何事かを話す。

『友人だから困った時には助けに行く、か』

 少年を見送りに行き、最初で最後の約束をした。

『ふっ。期待しないで待っているよ、メルティエ』

 自信家の少年は、言葉とは裏腹に優しい笑顔で。

 ―――やめろ、やめろ、やめろっ!

 間も無く帰った屋敷の前で青褪めて佇む妹分。

 何事かを聞くと、彼女は自分の胸で泣き崩れた。

『メルティエ兄さん、キャスバル兄さんが』

 飛行機の事故。  

 友人の死。

 違えられた約束。

 果たされない想い。

 もう二度と手に入らない刻が、男の意識を浮上させる。

 ―――()それ(・・)を見せるなぁぁぁああっ!

 それは、もう壊れた約束の記憶。

 メルティエ・イクスがキャスバル・レム・ダイクンを喪失(ロスト)した。

 ただそれだけの、咎の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギャロップ級陸戦艇は荒れた地を滑るように進む。

 その進路上に湖や河川があれども水上移動で何のその、である。

 砂塵を撒き散らしながらの航行で位置を特定され易そうに思われるが、風が強く空に塵が昇らなければ案外見つかり難かったりもする。

 この高速陸戦艇は主砲に機関砲等の武装群と整備も可能なモビルスーツ格納庫を持ち、小隊規模の移動基地として今後のジオン軍地上部隊に大きく寄与するだろうと見込まれている。

 だが装甲と防御力が戦艦に比べて脆く。また、本艇には居住スペースが存在しない。

 その問題を解消するため牽引するドームのような形状のカーゴがキャンピングトレーラーの役割を担う。

 カーゴそのものは自走不可能だがホバークラフトの浮遊能力を有している。

 内部には補給物資やらを積載するので決して広いとは言い難いが、プライベートスペースの確保ができればよっぽどのものではない限り文句を言わないのが人間である。

 そのギャロップを四隻保有する部隊。

 突撃機動軍所属特務機動戦隊ネメア。

 キシリア・ザビ少将麾下のこの部隊は少々他の部隊と毛色が異なる。

 この部隊は一方面軍駐屯部隊ではない。

 独立部隊として各戦線に出没し侵攻軍の援護、防衛拠点の加勢、新型モビルスーツの運用試験、戦線直近の軍事基地偵察等多岐に渡る事を想定して設立された。

 ネメア機動戦隊統括責任者はダグラス・ローデン大佐。

 ダイクン派と知られる彼をこの立場に据えた理由。

 それはダグラス個人が有する各方面に通じるコネ、豊富な人脈を持つ事。

 そして何よりも確かな戦略眼を有する指揮官が圧倒的に足りない現状を鑑みての人選である。

 部隊長は前身部隊の指揮官を務めたメルティエ・イクス中佐。

 ”蒼い獅子”の異名を取る彼はモビルスーツ部隊を率い、前線指揮の役割を担う。

 後方指揮はダグラスが執るが有事の際、つまりはミノフスキー粒子下での通信断絶時は各艦艇の艦長に委任される。

 当然の事だと思われるが、これは必要な取り決めだ。

 手を抜けば離反行為、命令違反等と取られたり色々と面倒な事態に陥る。

 特に寄せ集めの部隊であれば、尚更の事。

 そして、メルティエは総括責任者のダグラスと同位指揮権が付与された。

 これはダグラスが万が一に暴走した時に対する措置であるが、監視役の意味合いが強い。

 通達を受け「最大戦力が首輪代わりとは」と本人を目の前に豪快に笑うダグラス。

 さすがの”蒼い獅子”も苦笑を禁じ得なかったという。

 こうして大まかにも決めるべき事を済ませた彼らは、早速とばかりに出撃。

 所属機となった新型モビルスーツの試験運用。

 その性能がカタログ通りのものか確認。

 それとは別に大気圏内に馴染んでいないパイロット。彼らに重力の感覚を付けさせるためだ。

 今の特務機動戦隊はお披露目となったMS-06G、陸戦高機動型ザクII。MS-06K、ザクキャノンの性能を都度チェックし、ロイド・コルト技術大尉と随伴するメイ・カーウィンへ問題点と改善点を含む報告書を提出、各ギャロップ搭載機の小隊運用を兼ねた演習の日々である。

 一つ訂正すべきはMS-06Gは二機受領した事。

 うち一機はシーマ・ガラハウ少佐の乗機となり、現在も試験運用中である。

 もう一機はメルティエ・イクス中佐の乗機となった。

 しかし中佐の特性を最大限に活かす為、と大義名分を掲げた変態たちが本領を発揮。

 キャリフォルニア・ベースを出航する前はシーマ機と同じだった筈が、格納庫を開けて出現した奇天烈なモビルスーツは追加ブースターによる推進も合わさって予想以上の高速機動を体現。

 そして、パイロットに掛かる負担も倍増である。

 スラスターの全力全開、それだけでパイロットを危険に晒す代物だと発覚した。

 試験時は数値以上のデータを入手し小躍りしていた変態どもは一斉に動きを停止。

 地上で擱座した蒼いモビルスーツを大急ぎで回収した。

 結果として、追加ブースターを撤去。

 スラスター起動時の姿勢制御、これを確立するまで作業は続けられた。

 実際、パイロットのメルティエは疲労骨折寸前だった。

 これは今までの疲労が蓄積した結果に依るもので、何もこの一件で至ったものではない。

 しかし、そう診察した軍医が迂闊にも(・・・・)この件を外に漏らす。

 幾人かが中佐専用機の改造を指揮した人物を探し求める事態へと発展し、大いに揉めた。

 しかし、ここでは割愛する。

 ギャロップ一番艦のミーティングルーム、というよりも談話室といった感じの場所。

 其処にアンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉、ハンス・ロックフィールド少尉が集っていた。

 この三人のみで席を囲む、というのは意外と珍しい事でもある。

 アンリエッタはともかく、エスメラルダとハンスは仲が悪い。

 というよりはエスメラルダ個人ががハンスを嫌っているというべきか。

 前身の第168特務攻撃中隊に入隊してから、部隊長のメルティエとハンスの仲は「昔からの友人」と思われるほど仲が良い。入隊してすぐザクIとはいえ専用機を用意され後衛、狙撃手として全幅の信頼を寄せられているのは彼だけだ。

 前線で陣頭指揮を執り自ら戦闘に参加するメルティエ。

 その死角から首尾良く攻撃を加えようとするものならば、漏れ無くハンスに射抜かれる。

 馴れのようなものを感じさせる彼らに、何も思うなというのが無理だろう。

 メルティエには累は及ばないが、ハンス個人に対して文句を言う人間は多少居る。

 ほとんど口論で済ますが、頭に血が上ると殴り合いの喧嘩まで発展した事もある。

 風紀を乱した、と問題に挙げられ営倉入りを経験もしている。

 それでも彼は転属願いは出してないし、周りもそのような動きは見せてはいない。

 それは何故か。

 接すれば判るが、彼は言動が乱暴だが面倒見の良い男だ。

 口が悪い事、素っ気ない事を除けば何かと世話を焼き、手伝ってくれる好漢だという事実。

 学がない事を彼は気にしてはいるが、人間性を見直せばそんな事は些細な問題である。

 出来る奴がやればいい、それだけなのだ。

 ではそんな彼を、何故エスメラルダが嫌うか。

 実際は嫌うというよりも、対抗心と表す方が正しい。

 これは自分の定位置だと思っている場所に他人が居座った、と彼女が認識した事に起因する。

 最近は部隊規模が大隊となった分。色々な人種がこの部隊に、メルティエの元へ集う。

 参入した人材は豊富で、それは熟練したモビルスーツ乗りだったり、天才肌なメカニックチーフだったり、一癖も二癖もある初老の大佐に蠱惑的な美女、海賊気質な集団とそれを率いる女傑等。目に入らない人間も入れれば尚増える。

 一気に膨張した部隊員、人材に自分の居場所を盗られそうで大変不機嫌、ご立腹状態である。

 MS-07A、グフの慣熟機動中にヒートサーベルと専用シールドで独自に格闘戦を磨き、今までの一気に距離を詰めるものとは違う、小回りが効く高速機動の上達に精を出すのも其れが理由だ。

 彼女の最近の刺々しさ、その理由を聞けば一笑に付される事だろう。

 気にし過ぎだ、と。

 それでも彼女自身が気にしている。

 其処が問題であり重大なファクターだ。

 故に、今日も彼女は紅瞳を半眼に、周囲を威嚇して過ごす。

 将兵たちが遠巻きに怖いもの見たさで様子を伺うが、目があったら何をされるか堪ったものではないので盗み見るに留まっている。

 アンリエッタは普段、首の後ろで束ねた蜂蜜色の髪を今は下ろしている。

 彼女は所謂名家の人間で所作や座り方、佇まいに生まれの良さが出る。

 無意識に滲み出る品の良さとも言うべきか、それをいつもは意識的に雑にする。

 彼女は以前性的暴行を未遂とはいえ経験した身。

 女性らしい振る舞い、仕草を除こうと生来からの口調を直したりと試みている。

 もっとも、彼女の女性を象徴するスタイルが見事に邪魔をして結果は出せないでいるのだが。

 瞳を伏せた物憂げな表情。

 浅く椅子に腰掛け揃えた足を流す姿。

 小さな唇から時折漏れる吐息。

 思考の海に沈む彼女は周りに深窓の令嬢の印象を与え、通り過ぎる将兵が「!?」と振り返る。

 が、不機嫌を隠そうとせず半眼に睨む虎、手をヒラヒラと振るうハンスに逃散している。

 注目される理由が個々人にある三人が集う理由。

「メル、大丈夫かな」

 ぽつり、と両手で抱えた水入りのコップに視線を落としたアンリエッタが呟く。

 エスメラルダは半眼をすぃ、と彼女に向ける。

「心配?」

「うん。体もそうだけど」

「…ま、大将の憔悴した顔は初めて見た」

 長い足を組み直しながら、ハンスは通路の奥へ顔を向ける。

 その先にはメルティエに割り振られた部屋がある。

「任務に伴った疲労ではない」

「何か、あったのかな。キャリフォルニア・ベースを出た時から?」

「出撃前は問題なかった筈だ。直前に話したメイの奴からも聞いてきた」

 ハンスはテーブル上のコップを掴みぐいっと呷る。

 微温い水に不満があるが、贅沢は言えない。

「モビルスーツに乗ってから、って事なの?」

「其処でしか現状は見えてこない」

「あのモビルスーツか。確か、あれで大将へばってたな」

「疲労骨折寸前だと聞いてる。作った人間は私刑も辞さない(ギルティ)

「んまぁ、下手すると部隊長を事故死に見せかけてって取られるからな」

「大問題」

「へぇへぇ…俺の分も残しとけよ」

「早い者勝ち」

「はんっ、上等だ」

 視線を交わす両者。ぐっとテーブルに手を置き、

「ちょっと、二人とも真面目にしようよ!」

 ばんっ、と叩いた音とアンリエッタの睨みにすごすごと座り直した。

「しかしなぁ、大将も出て来ねぇし。いっそ問題のモビルスーツを見に行くか?」

「メイ・カーウィンに話を聞くのも手」

「おい、俺が聞いてきたって言ったろ」

「時間を置いて思い出す事もある」

「確か、メイちゃんも一番艦の格納庫だったね。ちょうどいいかな」

 考えてもこのままでは埒があかない、動くべきか。

 三人は顔を見合わせ、小さく頷く。

「おや、良い所に。ちょいとすまないね、場所を聞きたいんだが」

 がくっ、と上体を崩した三人は声の主を探す。

「ガラハウ少佐?」

「悪いね、部屋を探すより聞いちまった方が早そうだ」

 彼女自身がモビルスーツパイロットである事から外に出て砂塵に見舞われることも多い筈だが、腰まで届く黒髪は艶があり、彼女の動きに合わせてさらりと宙に踊る。彼女の部下たちとは違い、軍服には特に目立つ特徴は見受けられない。

 気になるのはエスメラルダ。

 彼女がシーマの体、その一部分を凝視している事くらいだろうか。

「案内、と言う事ですが。何処へ」

「部隊長さんに少し、ね。先のモビルスーツ、動きが異常だ。諫言でもとね」

「異常、ですか」

 アンリエッタがシーマに向き直る。

「地上に降りてまだ短いが、中佐の動きは異常さね」

「おいおい、ちっと待てよ。何を根拠に」

「じゃあ、あんたは宇宙空間に居るような機動、出来るかい?」

「再現できる機体、だった」

「再現できても、再現しちゃいけないんだよ。こういうのは」

「何故?」

「…ハァ、近くに居過ぎて毒されたのか。はたまた同じなのか」

 彼女は額に手をやり、大きく息を吐く。

 その態度にハンスがぐっと足を進めようとするが、前にいるアンリエッタがそれをさせない。

「少佐が気づかれたのは」

「機体性能の数値を出す。結構な事だろうけど。中に居るのは人間だよ」

「それは」

「いいかい、良く聞きな!」

 びくり、と三人の身体が震える。

 メルティエも何時かの場所で、たった一度怒号を放った事がある。

 その時は有無を言わせず従わせる、させられる感覚だった。

 彼女の一喝は諭す、問題点を直視させられる。

 そういう感覚に三人は捕われた。

「分かっているようで、解っていない。中佐は人間だ、確かに多少頑強で反射神経が優れている。だがそこまでだ。いいかい、中佐は人間だ。モビルスーツの部品、機械じゃない(・・・・・・)

 彼らが沈黙し耳を傾けた事を確認してから、シーマは続ける。

「技術屋がよく陥る事だがね、人が機械の性能を引き上げると信じてる節がある。これは事実だが同時に間違いだ。人は機械の性能を引き出すことは出来ても引き上げることは出来ない。設定されてる性能以上を顕現できたら、それは人間じゃあないよ。組み込まれた機械か得体の知れないナニカ(・・・)だ」

 彼女自身も、地上から蒼いモビルスーツの動きを見て驚いたのだ。

 だが、あれはなんだ。

 人間はあのような動きについていけるのか。

 自分の乗るザクII、陸戦高機動型でさえ身体に掛かる負担は決して小さいものではない。

 地上に着地した蒼い機体を、最初はまた飛び立たないのかと思い眺めていた。

 しばらくしてから気付いた。

 メルティエの戦績と”蒼い獅子”という色眼鏡で誤解していた。

 初対面の彼女でこう(・・)なのだ。

 今まで同じ戦場、部隊を共にした人間は感覚が麻痺っているに違いない。

 彼は其処を歩く兵士のように、血肉を持つ一人の人間で。

 人体が耐えられない衝撃に勝つ事は出来やしない。

 動かせたから、動くからの話、次元ではない。 

 動かした後に倒れては意味がないのだ。

 メルティエも含め、此処に居るのはモビルスーツパイロット。

 つまりは最前線組である。

 戦場に赴くのだ。少しの手違いで簡単に死ぬ。

 だからこそ、パイロットや整備兵は万全を期すために不安材料を潰しにかかる。

 性能向上を見込まれても、装備を取り外すケースが有る。

 生還を望むからこその処置。

 死んでこい、と送り出す気なぞ無いのだ。

 故に、機体に不安が残る新型機の運用試験は万全の体制で臨むもの。

 前線に出して計るものではない。

 試験無しで投入するという事は、いつ起爆するか解らない爆弾を抱き込むに等しい。

 メルティエの場合、運用試験中に敵モビルスーツと遭遇する等仕方がない状況もあった。

 だがそれはYMS-07の時。

 今回はMS-06Jを基礎にした上の改修機、G型である。

 J型は地上部隊の主力モビルスーツで、今もなお実戦運用データを採取しているだろう。

 だが、一つ数値が入れ替わるだけで連鎖反応のように状態が変わる。

 それがモビルスーツ、高性能機械の塊。

 機械はそれで良いのだ。

 問題は乗り込む人間がいるという事。

 シーマ・ガラハウにとって、メルティエ・イクスは危険感度の低さが目に付く。

 放っておけば確実に命を落とすだろう部類の人間。

 彼も問題だが、周りの人間も問題がある。

 だから、わざと(・・・)場所を聞く(てい)で目前の三人に接近した。

 戦場で怖いのは何も。敵の銃弾ではない。

 味方の過剰な信頼、期待が人を殺すのだ。

 シーマ自身、この問題に直面した事はない。

 ただ、全くもって正反対の問題に直面したことはあり、そこから考えが至っただけ。

 まだ希望も失望も抱いていない男に、勝手に死なれては困る。

 せめて、どっちかを見せてから、だ。

 それに御同輩の連中にも思うところがある。

 だから、彼女は問う必要があるのだ。

「あんたたちが見てるのは、人間かい?」

 彼は成し得た事が多過ぎる。

 それ故の弊害。

 彼ならば大丈夫。

 その甘い考えが、その毒が今回至っただけの事。

「それとも、機械を動かす部品かい?」

 一人のパイロットとして。

 一人の指揮官として。

 一人の部下を預かる身として。

「答えを聞かせてもらおうじゃないか」

 シーマ・ガラハウは考えを改めるよう、直談判に乗り込んできたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…此処は」

 視界が安定しない。ぐらぐらと揺れている。

 だが、何れは治まるだろう。

 それまで呼吸を整えて待つ事にする。

 何か―――大事なモノを、見ていた気がする。

 漠然とした捉え方、けれど夢を見ていたのだろう。

 内容は思い出せない。

 良い夢だったのか、悪い夢だったのか。

 うなされていた、とは思いたくなかった。

「…体、動かん」

 霞がかかった頭、うまく回らない思考は分かり易い体の不調を感知。

 普段の体温とは違う熱を感じさせ、鈍い痛みを伴っている。 

 それに加えて、四肢に力が入らない。

 視界も回復してきた、つまりは目に問題はない。

 首は僅か引き攣るが動かせた。

 熱は体が負傷した部分を治癒しようとする働き。

 痛みはそこに負傷箇所があるのだと知らせてくれている。

 鎮痛剤、体に負担する動きを抑えるための弛緩剤まで投与されている。

 いまのメルティエ・イクスはそれ以上の行動が成せない。

「…熱いな」

 自分は寝台の上か。

 仰向けで助かった。俯せだったら呼吸し辛い。

 今の時刻が気になる。

 窓がない室内は空調が効いている以外は照明も点けてないので完全な暗闇だ。

 照明を付けたくとも、スイッチのある場所まで手が動かなければ届かない。

 これは、参った。

 部隊員の顔が脳裏を過ぎる。

 いつかの時のように、心配になったリオが現れたりするだろうか。

 ハンスが懲りずに酒を持参して入ってくるかもしれない。

 エスメラルダは看病と称して隣で読書に耽る可能性が高い。

 何かと気遣うアンリエッタは、下手をすると体の汗を拭きかねない。

(眠っている、場合じゃ、ないな)

 ぐっ、と体に力を入れる。

(待ってる奴らが居るのに、体が動きやしない)

 無理だと現実を再認識。

 力を抜き、息を吐く。 

 体に走る熱と痛みにも、ある程度馴染みうとうとと意識が沈みそうになる。 

 その瞬間を狙ったように、ノックの音がメルティエを起こす。

「誰だ?」

「シーマ・ガラハウです。御休みのところを申し訳ありません」

「少佐? どうしたのだ」

 頭の中で考えた来客で、該当しない人物が訪れる。

 何事かと思うのは、悪い事ではないだろう。

 彼女の声が硬い事もある。

 問題が発生したのか、とりあえずは話を聞かなくては。

「どうぞ、少佐。恐らくはロックされていないよ」

「では、失礼します」

 シュッ、とスライドしたドア。

 外の照明が差し、室内が僅かに見渡せる。

 シーマは靴音を聞かせて入り、

「中佐殿に話―――いえ、教えておきたい事があり、参りました」

「ん。少佐、口調は普段通りで構わない。それで、内容は」

 男の矜持か、肘と腹筋を意識して使いどうにか上体を起こす。

「それでは」

 メルティエは一瞬何をされたか分からなかった。

 何故、起き上がった体が寝台に押し付けられているのだろう。

 いや、正確には起き上がりきったところで、押し倒された。

「―――人に甘える事を覚えな、坊や(・・)

 思わず寝台の上で体をよじらせながら、

「どういう意味だ、少佐」

「自分に酔ってるわけじゃなさそうだね」

 彼女が覆い被さるように上に居る、動くこともままならない体が更に制限を掛けられた。

「生き急ぐな、ってことさ。それとも死にたいのかい?」

「貴様、巫山戯るのもいい加減に」

 怒りを孕んだ言葉は耳朶に寄せた女の臭い、横顔が真剣だった事で止めた。

「死なせたくない奴が居る、だろう?」

「―――っ」

 確かに、居る。

 そして約束を守れなかった者も、居る。

「あんたが死んだら泣くんじゃないのかい」

 自分が、死ぬ。

 自分が死んだら、彼女は。彼らは。

「死んだらそれまでさね。達観して潔く死ぬより、足掻いて抗って生きた方があたしは好みさ」

 生き足掻け、死を受け入れるな。

 失った人間は戻らない。

 還ってはこない。

「泣かせたくない相手が、自分が死んだら後を追うとも考えなかったんだね」

 ―――身勝手な男だ、と浸透させるように囁く。

 だから、勝手に死ぬなというのか。

(俺は間違っていたのか? 間違いを犯すところだったのか?)

 混乱する。

 そう簡単に、受け入れられる筈がないだろう。

 良かれと思ってやった事が、実は意味のないものだと言われたら。

 己を蔑ろに―――体を盾にすることは、守ることに繋がらないのか。 

「自分よりも、相手に生きていて欲しいと思うのは、傲慢なのか?」

 それは自問自答に近い。返事を期待してはいない呟き。

「自分の命を大事にすら出来ない奴に、他人の命を大事になんてできやしない」

 相手はそうは捉えず、子供に諭すように、言い聞かせるように。

 女の貌は、自分の首近くに埋まっている。

 自分の胸と肩に広がった、彼女の黒髪がひどく綺麗に見えた。

 ―――だから、簡単に人を殺しちまう。殺せるんだよ、坊や。

 聞き難い言葉は、宙に溶け込んですぐに消えてしまう。

 ただ、その言葉は彼女の懺悔に聞こえて。

 ただ、彼女の力強くも無い、言い聞かせるわけでもない呟き。

 それは男が不思議に思うほど、すとんと胸に落ちていった。

 誰かと一緒に居たいなら、生きたいならもっと自分自身にも気を遣えと。

 ひと(・・)の盾になることと、ひと(・・)を守ることは違う事。

 似ているようで、まったく合わないのだと、メルティエ・イクスは教わった。

 ならば、脳裏で横切る人たちを自分が失わないために我が儘になろう、とも。

 誰も彼も失いたくはないわけではない。

 其処まで幸せな頭を持ってはいないし、無理だろう。

 ただ身近な人を泣かすことも、泣かれることも嫌だと思った。

 身近な人間だけ、手の届く範囲にしか伸ばせない。

 人間一人の腕は短く狭いのだ。

 だが、この範囲だけは譲れない。

 なんと言う傲慢か。

 言葉にすれば辟易とするだろう、夢見がちな考えだと、甘いと断じられるやも。

 それでも、自分の新しい願望を歓迎した。

(決めたよ、僕は(・・)

 ひとひとり助けること、救うことは思うよりも難しいだろう。

 ただ、難しいからやり甲斐もあるんじゃないか、と。

(あんな想いは一度で十分だよ。何度も合ったら潰れてしまう)

 屈託なく笑いながら、男は何処か憑き物が落ちたように。

 疲れ切った意識を手放した。

 

 

 

 

 

 時は宇宙世紀0079。5月8日。

 地球攻撃軍総司令キシリア・ザビは連邦軍の潜水艦、その建造ドックを活かす水陸両用モビルスーツを投入。

 これらが中核となった潜水艦隊は連邦軍領海を次々に侵攻、瞬く間に制海権を奪取。

 連邦軍の活動区域を更に狭めることに成功した。

 また、各方面軍ごとにガウ攻撃空母を旗艦とした航空部隊を設立し、戦線に派遣。

 空と陸、場合によっては海からも攻撃を受け、連邦軍地上部隊は壊滅していく。

 その攻撃部隊に、部隊章に獅子のシルエットを戴く部隊が加勢。

 北米から中東戦線に渡り、激化する戦場に投入されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
そしてUA52000突破ですぞ!
原作ガンダムの影響とは分かっているものの、嬉しい限り。
これも誤字指摘・評価・感想等で励ましてくれる方々のおかげです。
重ねて感謝いたしますお!










さて、本日も逃走の時間だぜっ(脱兎)

さて、今回のお話。
内面話を一つ、と思ったんだ。
共感できない事も多々あると思う。
作者も誰かを失って戦時中、なんて経験ないから妄想の産物でして。
赤い人と生き別れしてから、凝り固まった問題に直視。
あと性能限界まで挑めるからって盛り過ぎでしょ、いい加減にせぇや。というお話し。

安全に関しては十分に見るとは思うんですが、戦時下でそこまで頭が回る技術肌の人居るかな?
そう考えて今回の内容になりました。
暴走した結果、とタイトルに書けば良かったかしら。
少し悩む。
おかしい。
弱ったオリ主を抱き締めて慰める、ちょっと濡れ場的お話ができると思ってたのに。
どうしてこうなったんだ…!


感想に寄せられる、本作品を楽しみに待っておられる方が包囲網を気づいてるとの事。
こんなに嬉しいことはない…(そう言いながら包囲網の穴を探す作者)
表現や構成が荒い、設定が甘いながらも待ってくれてる人が居る。
また次回を楽しみに待って頂ければ、執筆の励みになるというもの。

ところで、この時期地上で激戦区って何処でしょ。
第08MS小隊がそろそろ出てきそうな中東?
作者もそう思って本文最後に入れたのですが、どうだろう。
自信がないんだ、すまない。

最近とみに熱中症に陥る人、台風の影響で被災されるニュースが多い。
塩分水分の補給、被災時の用意等気をつけてくだされ!

そいでは、次話をお待ちください!

*第08MS小隊は10月以降の活躍。作者、勘違いしちゃいました
 時間軸が作者を惑わすんだ。誰かタスケテ!

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