ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第二十七話:緑の地で

 ズシン、ズシンと地鳴りを伴う足音。

 最初に聴いた時は御伽噺の巨人だ、と思った。

 けれども、口の中で留めてよかった、と毎日この音を聞く度に思う。

 こう見えても自分は男勝りとか呼ばれ、女では手を出さない荒事に首を突っ込んでいるのだ。

 小さい頃バアバから聞かせてもらった御伽噺を今でも覚えてるし、異国の恋物語に興味津々だったりもする。

 実はお化けも苦手、というか怖い。

 もしバレたら、父からみんなのリーダーを任されているのに恥ずかしい。

 ようやく、大人たちも話を聞いてくれるようになったのだから尚更だ。

 森林の奥、沼地のもっと向こうの方から聞こえる大きな足音。

 近くなれば近くなるほど、その存在感を増していく。

(これ、知らなかったら御伽噺の巨人にしか思えないよ)

 あの時は集落のみんなが大いに慌てたし、自分も同じくらい、いやそれに輪をかけて騒いでたかもしれない。

 前後不覚になる、とはああいうことを言うのだ身を以て体験した。

 良い経験、とは言えないのが切ない。

 でも、良い出会いはしたと彼女は思っている。

 ズシン、ズゥンと森林の間から姿を現したのは、やはり御伽噺から抜け出たような巨人。

 頭の一つ目は爛々を赤い光を帯びて、ブゥンとこちらを威嚇する。

 起動音、モニターの拡大縮尺でこうなるんだ、とあの人は教えてくれた。

 大きな四肢は森林を傷つけないように、静かに、でも人の動きのように躱していく。

 おっかなびっくりといったその姿は、妙な愛嬌があって自分は好きだ。

 最初は怖かったのに、あの人が動かしてると思うと表情が緩むのは何故だろう。

 広場にそのまま足を踏み入れ、停止する巨人。

 プシュー、と体の至る所から空気が抜ける音、足廻りなんか砂を軽く飛ばすくらいの勢い。

 気づけば子供たちが近付き、その風音と勢いにじゃれて遊んでる。

 若い親たちが慌てて止めるけど、見慣れた光景になりつつある事も手伝って他の親たちは笑って見守っている。

 あの人が集落の皆に受け入れられた証拠のように思えて、自分も小さく笑い声を上げてしまう。

 巨人はその大きな体躯を屈ませて、膝を地に着ける。

 左腕をお腹辺りに運び、その位置に固定。

 プシュー、とまた空気が抜ける音。

 その後にゴゥン、と胸の装甲が上方にスライド、左右に有る固定フレームというものが僅かに間を開ける。

 ピッ、ピッと最近聞き慣れた電子音。

 カツン、と装甲板に足を掛ける靴音。

 外に出てきたのはあの人。

 やや乱れた、この地方では珍しい灰色の髪。同じ灰色の瞳は差し込む日の光で細められ、その後に下で集まってる集落のみんなを見て目を丸くする。彫りが深い顔に優しげな笑みを浮かべて、彼は手を挙げた。

「こんにちは、みんな。今日もお邪魔していいかい?」

 蒼い軍服に、湿気を含んだ風が靡かせる黒いマント。

「いらっしゃい、メルティエ!」

 そう言って笑顔を見せる橙色の髪の少女―――キキ・ロジータは蒼いモビルスーツパイロット、メルティエ・イクスを歓迎した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その一週間前。

 戦線に連邦軍の攻勢が見られる、と報告を受けた突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメアの主要陣は所有艦のギャロップ一番艦に集っていた。

「連邦軍が攻勢? この劣勢の現状で、ですか」

 口火を切ったのはサイ・ツヴェルク少佐。

 金髪碧眼に甘いマスクの青年は軽く目を伏せ、何か考えるようにその細い顎に手をやる。

「実際に確認したわけではない。しかし事実として、偵察部隊が未だ帰還していないらしい」

 重く答えたのは同部隊統括責任者、ダグラス・ローデン大佐。

 初老に差し掛かるであろう、彼が持つ落ち着いた雰囲気は適度な緊張感と安心感を与える。そしてダグラスが発言すれば注目が集うのだ。

 豊かな指揮官の経験と、場の操作に長けた老獪。

 それがこのダグラス・ローデンという男である。

「不味いね。時間が経てば経つほど偵察隊の生還は絶望的だ」

 淡々と事実を述べ、しかし眉を顰めて偵察隊の安否を考えるシーマ・ガラハウ少佐。

 腕を組み、彼女の豊かな胸がやや強調される。がこの場に其処に視線を落とす阿呆は居ない。

 心ではどう思っているか判断しかねるが、ここに居るのは空気が読める(おとこ)たち。

 意志力で顔と視線を水平に置いているのだ。

 間違っても、下にではない。

「しかし、我々にこの件を流すという事は探索に赴け、という事ですか?」

 不快を表情に出ないよう磨り潰しながら、ケン・ビーダーシュタット少尉が訊ねる。

 尉官ながら、一隊の指揮官としてこの場に参加した彼は実務的な質問を行う。

 偵察隊の現状がシーマが予想する通りならば、この場で留まっているよりは出撃。

 だが、他者の意思で部隊が動かされるのは面白くない。

 元”外人部隊”と呼ばれた隊出身の彼は、ただの便利屋扱いされる事を許容したくはないのだ。

 そして、同じような気持ちをこの部隊全員に抱かせない為。

 彼は「自分の麾下部隊ですればいいだろう」と言っている。

「確かに、思う所はある。大佐、ギニアス少将は何と?」

 思いを汲んで発言するのは、メルティエ・イクス中佐。

 この場でただ一人、ジオン公国軍第二種戦闘服の軍服に蒼色を許された彼は、その色に因んだ”蒼い獅子”の異名を持つ。

 メルティエは自分たちが今居る地区を任された人物、アジア中東方面軍司令ギニアス・サハリン技術少将の名を出す。

 しかし、ギニアス少将は副官のノリス・パッカード大佐に指揮を一任しているのは周知の事実でもあった。

 とすれば、今回の件はノリス大佐からだろうと至るのは容易な事。

「うむ。敢えて言うなら、皆の思う通りだ。聞けばギニアス少将麾下部隊は防衛ラインの構築及び戦線の維持で手一杯、だとな。通信を入れてきたのは彼の副官、ノリス大佐だ」

「自分たちの部下ですら、助けに行く余裕はない。そういう事かい?」

 ダグラスの口が閉じない内に、シーマの苛立たしさの籠った声が上がる。

「士気が下がると思うが、しかしそれでも助けられるのであれば助けたい。そうノリス大佐は考えたのだろう」

 同じ指揮官からの見地か、ダグラスはシーマに目をやる。

 無論、下ではない。

 彼女の目を見ての発言である。

「上の人間ってのは、どこも一緒かい」

 吐き捨てる声は、彼女が宿す火そのモノに思えた。 

「シーマ少佐、今は現状を踏まえて考えよう。偵察隊の連絡が最後に途絶えた場所は?」

 メルティエは後ろでじっと待機していたオペレーター、ユウキ・ナカサト伍長に声を掛けた。

「はい、本拠点カイロから東南へ向かう予定だったようです。境界線を通過、その三時間後に途絶えています」

「三時間? 向かえばすぐじゃないか!」

 ケンが信じられない、と頭を振った。

「その時間すら惜しい、という事なのか。しかし、他戦線で目立った乱れはない」

 サイも訝しみ、ユウキが表示した地形情報と戦線地区のモニターを確かめる。

「何か問題ごとでも抱えているのか。中東アジア戦線は」

「中佐、その件は後にしよう。今は彼らの安否、その確認からだ」 

「…了解。悩めば悩むほど、不要な諍いの種を蒔きそうです」

「うむ。わしも一発、若造の顔を張らんと気が済まなくなりそうだった」

 メルティエとダグラスが苦い笑みを浮かべ、戦線地区のモニターに視線を置く。

「完全な森林。視界やセンサー類に悪影響が懸念されます」

「この時点でハンスとリオは向かないか。森林を焼き払う前提なら問題ないが」

「確かに、ここいら一帯には今だ暮らす地球住居者(アースノイド)が居る。やったら最後、ゲリラ化だ」

「デリケートな話も噛む、か。地形慣れしたパイロットでないと大惨事になりかねませんね」  

 サイ、メルティエ、シーマ、ケンが意見を述べ、ユウキがくるりとモニターを背に彼らを見る。

「わしはこの任務にメルティエ中佐と、ビーダーシュタット隊を推す」

 ダグラスが声を上げ、モニター前のコンソールを操作。

 名を挙げた一人と一つの隊のモビルスーツを表示した。

「中佐のグフ、少尉の隊はデザートタイプだ。劣悪な地球環境に耐えうるし、前作戦行動では良いチームワークで敵陣に突入している」

 YMS-07M、先行試作型グフ専用機。

 MS-06D、ザク・デザートタイプ。

 共に地球の劣悪環境下で行動することを前提に作られている。

 特にデザートザクは砂漠、熱帯地帯での行動を視野に入れて設計、開発されたモビルスーツ。

 今回のようなモビルスーツのみの行動では正に打って付けと言えた。

「ケン少尉の隊は確かに三機ともデザートタイプですが、イクス中佐が同行するのは?」

 サイが疑問を口にする。

 確かに三機編成かつ、同機体のビーダーシュタット隊はパイロット間の連携も取れている。

 其処にメルティエを付け、行動を共にするということはグフについてこさせるという事。

 機動力、運動性能ではグフに劣る三機。

 メルティエの機体は高機動に設えたもの、完全なワンオフ機と言って遜色がない。

 もしそのグフが先行した場合、意識しなければデザートザクの動きに不調をもたらすだろう。

 視覚に頼る生物は、対象が速く動くとそれに釣られて動こうとする。

 無理をして機体を動かした結果、木に足を取られて転倒する等は想像に難しくない。

 ケンたち優れたモビルスーツパイロットでも、その手の失敗は起こす時は例外無く起こす。

 では、グフがデザートザクと同じ速度で行軍すれば、と思うだろう。

 それだとグフ本来の機動力、運動性能を活かせない。

 結果として三機の後方にグフを置き、遊兵として運用するしかないのだ。

 逆にデザートザクが一機、グフ三機ならばデザートザクを先行させ機動力に優れたグフがそのフォローに入る事も可能だが。最新型のグフは最前線を支える戦線にも配備が滞っている。資源の問題が積み重なり生産体制は確立したものの、素材が無いという事態に陥いっているのだ。

 ジオン軍の慢性的な資源不足が(あらわ)になった結果と云えるが、今回は別の問題も抱えている。

 本国を守護する宇宙要塞ソロモンが完成された。

 続くア・バオア・クーの完成が近づき、内部のプラント群やモビルスーツ工廠の稼働を開始した事が響いているのだ。

 防衛戦力を充実させたが、その分の資源が目減り補填に地球の資源を充てていた。

 当初は宇宙からモビルスーツの補給を送る手筈だったが、キャリフォルニア・ベース等重要拠点がほぼ無傷で手に入り地球でのモビルスーツ設計、開発が可能となる。

 予想よりも相当早いペースでの生産ライン拡充である。

 資源が枯渇するのは火を見るより明らかであった。

 そのしわ寄せがキャリフォルニア・ベースに集まり、ジオン軍が占拠する中でモビルスーツ工廠の稼働が早期に実現したのにも関わらず、現在は既存のザクIIを改修するだけに留まっている。今もピストン輸送で資源、資材が送られており到着次第稼働するだろう。

 しかし、今は無いのだ。

 故に、廃棄予定だった中佐のグフは余った資材で修復。

 搭乗予定だったMS-06G、陸戦高機動型ザクIIはグフから転用したパーツが多い。

 そのおかげでグフの足りない部品やパーツをG型から使い、機体復活となったのだ。

 問題であったメルティエの操縦で損耗する箇所の部品、これはザクのものを使用して対応。一部補強を必要としたが、グフのものよりはと技術班の涙ぐましい働きがこれを支えた。

 ちなみに、残ったものはシーマ機の予備パーツとして置かれている。

「もし部隊を左右する事案が発生したとしても、彼ならば対処可能だ。これはガラハウ少佐にも、ツヴェルク少佐、ケン少尉にも遂行できない。モビルスーツ小隊の連携、技量に優れたビーダーシュタット隊。最前線で選択肢を迫られても対応可能なエースパイロット、イクス中佐。現状これ以上の最善は出てきそうにない。みなはどうかな」

「個人じゃなく、小隊での連携を前面に出されちゃ流石に何も言えないねぇ」

「内容は了解しました。最善を尽くします」

「納得致しました。しかし、イクス中佐にはジーベル大尉、カークス大尉が居ります。彼女たちには何と説明を?」

「二人はイクス中佐とケン少尉らの抜けた穴を埋めてもらう。これ以上の戦力を提供すると、我々に与えられた防衛任務に支障をきたす」

「…なるほど、了解しました」

 サイが気遣うようにメルティエへ視線を向ける。

「まぁ、任務の都合だし、二人も納得するだろうさ」

 そんな副官の肩を叩き、メルティエは彼自身納得できていない任務に当たるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、メル」

「体平気そう」

「ん?」

 ギャロップのモビルスーツ格納庫へ入ると、先客が居た。

 モビルスーツのコクピットへ続くタラップを軽快な音を立てて降りてくる姿。

 アンリエッタ・ジーベル大尉、エスメラルダ・カークス大尉。

「あ、隊長さん」

 弱気な声音で挨拶するメイ・カーウィンの三人。

「三人か、まぁ居ても不思議じゃないか」

 彼女たちのモビルスーツが搭載されているのはメルティエと同じギャロップ一番艦。

 格納庫ハッチを正面に見ると右にエスメラルダのMS-07A、先行量産型グフ。中央にメルティエの先行試作型グフ、左にアンリエッタのデザートザクと作業アームでハンガーに固定されている。

 そして格納庫から艦内に続く通路が中央のモビルスーツの後ろにあり、其処から姿を見せた男に女性陣は気づいたのだ。

「機体の調子を見ていたのか?」

「一応ね。前のザクとほとんど同じだから、僕はあまり変わらないかな」

「グフ、とても良い子」

 尋ねるメルティエにアンリエッタは肩を竦めて、エスメラルダは深く頷きながら答える。

「アンリは機体OS(オペレーティングシステム)の書き換え、相変わらず早いな」

「前の機体からデータをインストールして、微調整するだけだから難しくはないよ」

 微笑み「難しくない」と言う彼女。

 だが、膨大な電子機械の集合体であるモビルスーツがインストールと片手間で問題ないか。

 答えは否である。

 新たな機体にこれまでのデータをインストールする場合。

 主に問題に上がるのは性能差。これは機体性能差が広がれば広がるほど調整に手間取る。

 変換された数値、これをシュミレータ上で確認。微妙な変化を捉え、以前と比べてモビルスーツの動きに差異がないかをパイロットの目で調べていくのだ。優秀なパイロット、そして経験を積ませたデータを保有する者ほどこの作業は長引く。機体によっては四肢の可動領域が異なる事が多いのだ。内部機構の規格、仕様の違いで関節を曲げる、腰を屈める早さ等も僅かな差だが違う。

 例えば腰を屈み、脚で地を蹴る等のタイミング。腰を屈みきるよりも跳躍してしまうとその後の上体を反らす動き、跳躍で得られたはずの高度が下がる等の乱れが生じる。

 その乱れを消す、スムーズにモーションを実行させる為にパイロットは日夜頭を悩ませる。

 この調整作業はモビルスーツパイロットと、自負する人間には避けては通れない。

 なにせ自分の理想とする機動、動きをモビルスーツに覚え込ませるのだ。

 こればかりは整備兵も助言を送ることはできても手は出せない。

 故に、モビルスーツパイロットという職種の人間はただ動かせる()()では足りえない。

 プログラマーの仕事も兼ねていると言える。

 無論、初期状態のモビルスーツには基本的なモーションが登録、実行できる段階で出荷。そのまま手を加えずとも行動出来うるよう施されている。しかし、士官学校や訓練、実戦で自ら培った動き、癖を自機に”自分自身の動き”を伝える事は重要な一つの儀式でもあった。

 彼らの「これからよろしく」という挨拶、自己アピールの場面。

 ただの兵器と捉えず、相棒と見るこのやり取りが生死を分かつ事は珍しくない。

 戦場の刹那の時。脳裏に走る動き、反射的な動きに機体が対応できるか。

 その為に乗り手は機体とのコミュニケーションは欠かせないのだ。

「だとしても早すぎるだろう。さすがだよ」

 アンリエッタはこれを蔑ろにしているわけではなく、単純に作業速度が早い。

 彼女の機体は、綺麗と感じるほど滑らかに動く。

 それだけ、機体とのコミュニケーションに抜かりはないという事だ。

「ん、ありがとう。褒められると嬉しいものだね」

 指と指を絡ませながら彼女は言う。

「メル、後でグフの調整に助言を。機体の癖を知っていたら教えて」

 しかし、ここで小柄な同僚がインターセプト。

「はいよ。今から出る事になっているから、時間取れた時でもいいか?」

 応じた男にぴくりと反応する女。

 そして近しい者しか分からない、口角を僅かに持ち上げ勝ち誇るロリ型美女。

 だが、そんな彼女たちも彼の言った内容に反応する。

「構わない。今から出るなら私たちも?」

「いや、俺とビーダーシュタット隊で東南戦線に」

「別の小隊と?」

「ああ、捜索任務だ。連携が取れているケン少尉の隊と、現場で面倒な事態に対処するための俺だな。要は現場責任者で行ってこいって事だ」

「それじゃ、僕たちが同行できない理由は?」

「防衛戦力にこれ以上穴を開けられない、とさ。頼りにされているみたいだぞ」 

 と、軽く告げると二人は何やら考えている。

(おんや。てっきり、任せてよ的な流れになると思ってたんだが)

 言い方がおかしかったかな、と考えるが然程問題がないように感じる。

(ガラハウ少佐にあんな事言われたばかりだし、メルの分も頑張らなきゃ。でも小隊の連携ならこっちも負けてないと思うんだけど、何か理由でもあるのかな。―――何点か気になる所はある。けれど、私は彼の帰る場所を守ろう。それが今出来る事だから)

(おかしい。隊の練度では決して彼らに負けないし、演習訓練でも互角以上の自信がある。そもそも単独でメルを送る理由が? 現場責任者と彼自身言ったがそれならば尚更自分たちが同行すべき。ビーダーシュタット少尉の階級も私たちの方が上。東南戦線はここよりも地形が悪いと聞く、それが理由か。デザートタイプで構成されたモビルスーツ隊ならば頷ける。しかし、そう考えると最初の問いに戻る。グフ二機とデザートザクで構成された隊をそのまま当てない理由が―――)

 うん、と頷いて彼を映す碧色の瞳に強い意志を秘めるアンリエッタ。

 今まで開いていた赤い瞳を半眼に、高速思考を開始するエスメラルダ。

「気をつけてね、メル。地球は少し場所を移すとがらりと変わるから」

「お。ありがとうな、気に掛けてくれて。二人も俺が離れた後、頼むな。何かきな臭いんだ」

「何か?」

「ああ、なんだろうな。守りに徹してる? 違うな、守りを固めているが近いか」

「謎解き?」

「いや、俺の捉え方だ。すまん、意味不明だったな」

 灰色の青年はそのまま、自分に用意されたモビルスーツに足を運ぶ。

 二人はそのまま彼を見送るが、彼の残した言葉を吟味する事を始めた。

 不可解だが意味のない事を言う男ではない、と彼女たちは知り得ている。

 そんな事とは露知らず、メルティエは内心、自分の口から出た不明瞭さに嘆く。

 彼はそのために、メイの視線に気づくのが遅れた。

「メイ、機体整備ありがとうな。今度はしっかりやるさ」

 少し早口で青年は少女の傍らを過ぎようとして、足を止めた。

「…おい、どうした?」

 裾を引っ張られた。

「あ、あの、ごめんなさいっ」

 勢いよく下げられる頭、手も引かれたのでメルティエの腕もつられる。彼はメイが体勢を崩さないように、腕に掛かる力に流される事を選んだ。

「試験運用の件か。さすがに俺も体が音を上げるとは思わなかった。それに今度はそこも改善されているんだろう? 後はパイロットの力量になる、メイが組み立てたモビルスーツなんだ、乗りこなしてやるさ」

「うん。あ、用意したカタログには目を通してくれた?」

「勿論、其処は抜かりない。安心しろ、”蒼い獅子”はタフなんだぜ」

 少し乱暴に彼女の頭を撫でてやり、不器用なウィンクをする。

 見慣れないものだったからか、それとも滑稽だったのか、少女は大きく口を開けて笑う。

 気落ちしていた体に巡る、光のような彼女の笑顔にメルティエは微笑んだ。

「あははっ、うん、信じてるよ。私のモビルスーツ、お願いしますっ」

「あいよ、任された! メイはそういう顔してる方が良い、好きだな」

 背を向けタラップを上がっていく男。

 後ろで「好き!?」とわたわた両手を大きく振るう少女には気づかない。 

「さて、行こうぜ。相棒」

 腹部のコクピットハッチに足を掛け、乗り込む。

 アイドリング状態で主の帰還を待っていたグフは直ちに起動を開始。

 ブゥン、とモノアイに力が宿る。

 しかし、このモビルスーツを初めて見る者がいれば「グフ?」と首を傾げるだろう。

 かつてのグフの頭部、その造形が残るのは人間で言う顔の部分だけ。他は兜を被ったような肥大化を遂げ、長物のブレードアンテナが日本に存在したとされる古代の戦国武将のよう。両肩はザクの防御シールドよりも厚みと丸みがあるものが張り出し、腕はグフのものを利用しているのか手首下にヒートロッドの先端が覗き、胴体部だけはグフと同一だが腰の下部にはサブバーニア、両脚部には補助推進付きのG型、陸戦高機動のものを流用している。コクピットのフレームには従来のものより優れた衝撃吸収材で囲い、急激な重力加速度にパイロットが耐えうるよう再設計。その分重量が増したが、同機のバーニア群はそれを補って余りあるものであったため、パイロット安全優先の名の元に実行に移された。

 今ある資材、全てを使って建造したモビルスーツと言われても納得してしまう出来である。

 YMS-07M、先行試作型グフ専用機。

 グフ現地改修型。後に型番のMからグフM型と称される機体。

「隊長さん!」

「なんだ、お嬢さん」

「気障な言い回し、似合わないよ!」

「うっせぇ!」

 同機が一人の男を慮って十四の少女が再設計、()()させた機体であると知る者は居らず。

「あははっ、行ってらっしゃい、()()()()()!」

「あいよ―――メルティエ・イクス、グフ、出るぞ!」

 後世では”蒼い獅子”の操縦に応える機体を技術陣が考案、改修を施した機体と伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特務遊撃大隊ネメアが構える前線基地、元連邦軍防衛施設に土塁や防御機構に原型を留めている建造物を利用しただけの場所から出撃した四機のモビルスーツは、情報通りであれば偵察隊が最後に定時連絡した地点へ足早に到達。

 同地点の索敵、捜索に入るが三十分を切らない内に取り止めた。

 見つけてしまったのだ、彼らを。

 いや、彼らであっただろう、残骸を。

 作戦に使用したMS-06J、陸戦型ザクIIは三機。

 目の前で破壊されたモビルスーツ、その数は三機相当分。

 コクピットハッチは砲撃を喰らったのか、内部構造が剥き出し、搭乗者は即死。

 内一機はコクピット廻りは無事で、脱出できたのか形状が残る右腕を胴体付近に近づけて擱座していた。

 この生き残りを保護する為、メルティエ率いる隊は夜間にも関わらず捜索を続行。

 低光量視野、赤外線視野等のモビルスーツに搭載された視覚機能を頼りに暗闇の森林を歩行。

 それもモビルスーツで。

 戦闘状態と同等の集中力による疲労が彼らを苛む。

 下手をすれば偵察隊を全滅させた敵勢力と接敵するかもしれないのだ。

 神経が磨り減る行為に、しかし彼らは諦めることなく継続。

 メルティエはもとよりケン、ガースキー・ジノビエフ曹長、ジェイク・ガンス軍曹もこれには反対はしなかった。

 正直、辛い。緊張で呼吸は乱れているし、空調が効いたコクピット内で汗が額を、顎を滑る。

 ミノフスキー粒子が散布されていない状況。

 通信装置に問題はないが、つまりここは従来の電子機器が遺憾なく発揮されるという事。

 超距離誘導ミサイル等の兵器が猛威を振るう場所に、彼らは身を置いているのだ。

 誰かが大きく息を吐いた時、モビルスーツの赤外線視野に動き回る反応が見られたのだ。

 その時、発砲ないし攻撃する意志を見せていたら、自分たちはこの場にいなかっただろうとケンは回想する。

 人間だと視認した四人はモビルスーツの銃口を下げ、現地住民に囲まれるままに彼らの好意的ではない案内に導かれ、集落へと訪れていた。 

 案内役の十代半ばにしか見えない少女と厳つい男たち、彼ら促されるまま奥へと足を運ぶ。

 ケンたちはモビルスーツで待機。

 メルティエだけが降り、囲まれるまま集落の中を歩いて行く。

 最初はケンが交渉に降りようとしたのだが、メルティエが制止。

 責任者が赴かねば彼らも気を悪くするだろう、とケンに機体を頼んでいったのだ。

 確かにその通りと頷き、今は彼のグフを守るように自機を立たせている。

「―――以上が私から挙げられる内容です。如何ですか」

 指向性マイクをメルティエたちが入った家屋、恐らくは族長の家に向けている。

 盗み聞きとも取れるが、そもそも外に漏れる音が悪いのだ。

 隣でしゃべってるように思えるほどの音声収集に、ケンは苦笑した。

「ふむ。確かに負傷した人間を保護している。謝礼、というのなら物資も受け取ろう」

 傲慢な態度だ、と思わなくはないが偉ぶらなくては舐められるのだろう、と改めた。 

「では、彼を」

「いや、条件を一つ加えてはくれまいか」

 メルティエが話を締結に運ぼうとすると、族長が待ったを掛けた。

「どういったものか、内容を聞いてから返答させていただいても?」

「ああ、構わんよ」

 口調が柔らかくなった、とケンは感じた。

 下手の声、というか。頼み事を漏らす声音に近い。

「では、お伺いしましょう。条件とは?」

「…あんたの話を聞いて確信した。そちらにとっては小競り合いだが、こっちとしては天変地異の前触れにしか思えん轟音、地震の毎日なんだ」

「心労、お察しします」

「それに、あんたには黙っていた事なんだが、ジオンにも連邦にもここは目をつけられていてな」

「…我が方だけではなく、連邦軍にも、ですか」

「ああ、使者と名乗る奴が来たよ。高慢持ちな奴だったから、蹴り返してやったがな」

 周囲の人間の声だろう、野卑な笑い声がマイクを通して聞こえる。

 ケンは眉を顰めた。

 彼らの声がその理由ではない。多少は入るが。

 連邦軍が使者をこの集落に派遣したことも驚くが、それよりもジオン軍も使者を出した事だ。

 彼はこの話をダグラス・ローデンから聞いていない。ブリーフィングを通じて、一言もだ。

 ダグラスは部下を蔑ろにする人物ではない。

 ケンはそう信じている。信じたい。

 ならば、中東アジア方面軍が、特務遊撃大隊を欺いたと取るしかない。

()()なのか! なんで、こうもジオンは人を利用する事しか―――!)

 彼は気を許せば憤慨の声を上げたくなる喉を全力で抑えた。

 族長は行ったのだ、蹴り返した、と。

 つまり高圧的に接した、不当な扱いをした事に彼らなりの流儀で応対したということ。

 偵察隊の件は真意を掴み切れないが、使者の件は完全な尻拭いだ。

 いや、下手をしたらケンたちが知らない事とはいえ前回の件でそれ相応の態度で臨まれていた。

 知らぬうちに命の綱渡りを上官にさせていた、させられていたケンは感情の爆発に頭がどうにかなりそうだった。

 ケンの様子を知ったガースキーとジェイクも、マイクを通して内容を聞いている。

 さすがにケンほど思考を乱される事は無かったが、自分たちが身を寄せた駐屯部隊への疑念が生まれるもの無理はない。よくある事だ、と二人も熟知していて遣る瀬無さを体感していたが、何度身に降ってきても慣れることはない。

 ガースキーはまだ自制できたが、ジェイクは歯軋りの音を止める事は出来なかった。

 中佐を助けるか、と操縦桿を握る手を固くする。

「だが、あんたは別だ」

 族長の続く言葉でぴたり、と三人は操縦桿の手を置いたまま聴き入る。 

「あんた、今まで来た軍人と違うな。こっちを見下ろすどころか、腰を下げて目線を上に置いてくれている。正直、戸惑ったよ」

 ぎしり、と床の軋む音。

「うん、わたしに変な目向けて来ないしね」

「―――あの野郎、キキにそんな目を…ブッ殺してやる!」

「わわっ、父さん! 周りのみんなが追い返すときに代わりにやってくれたから!」

 ―――なんか家庭の声が聴こえた。主に溺愛する娘に対する父親的な何かを。

 毒気が抜けた三人は操縦桿から手を離し、様子を伺うまでに気が戻る。

「あー、その、つまりは?」

 中佐も呆気に取られたらしい。表情が見られないのは残念だ。

「ああ、コホン。あんたを信用したい、できればこの集落に定期的に訪れてはくれないか」

「定期的…パトロールのようなものでよろしいので?」

「ああ、そいつでいい」

「なら、定期哨戒のルートにこの集落を入れてみましょう。隊のものに」

「いや」

 一泊、間を置かれた。

「すまねぇ、あんた以外は信用できん。まだ使者と名乗る奴らにされた行為で頭に血が上ってる者も居る。あんた以外の軍人が来たら、皆が不安がるのだ」

「自分だけ、ですか。同じ軍人の身ですが、怖くないんですかね」

 申し訳なさそうな声音、実際中佐の身分の彼がパトロールに駆り出される等は前代未聞だ。

 他の軍属では拒否。それだけ信用を抱かせるものがメルティエにある、という事。

 元”外人部隊”であった彼らは、思い当たるものがあった。

「こう言っちゃなんだが、あんたは俺たちと似てる気がするんだ」

「似てる、とは。自分は宇宙移民者(スペースノイド)ですが」

「いや、そういう事じゃねぇさ。大地の匂い、というか親近感というか」

 ケンたちは思わず苦笑いを浮かべた。

 表現に困るのだろう。自分たちも似たようなものなのだ。

「あんたが居れば、またドンパチ音が聞こえても気にはしても気にならねぇ、五月蝿いが眠れるだろうとさ。そう思えるんだ」

 ―――あの時、あの場所、あの戦場で”外人部隊”を己の部隊に迎え入れた男。

「具体的な理由じゃなくてスマねぇ。だが、俺も集落の安全を考えなきゃならんのだ」

 ―――獅子は群れ(プライド)を率いる動物だ。

「軍人さん、お願い。あれから眠れない子も居るの」

 ―――ならば、”蒼い獅子”は庇護を求める者にどうするか。

「了解しました。巡回には、私が向かいましょう。今日は遅いので、滞在を許可願えませんか?」

「おお、すまねぇな。軍人さん」

「いえ、それに軍人さん、というより名を呼んでもらって良いですかね」

「確かに、”客人”に失礼だな…聞かせてもらえんかね?」

「おっと、待遇が良くなりましたね。助かります、私の名は―――」

 がやがや、とにわかに騒がしくなる真夜中の集落。

 後世、メルティエ・イクスが”人誑し”と称される逸話。

 その一つが出来上がった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。
今回長文です。
前編、後編に分けようかと思いましたが分けると微妙な感じになると思って決行。
読みづらい?
感想で読みづらい意見が見られたら短縮頑張ろう。
特になければ据置(継続するとは言わない人間)で。

キキさんの登場に「!?」とされている方が入れば嬉しい。

メルティエは人の気分が落ち込んでた時に偶々現れ背を叩いてやったり、励ましたりする。
「こいつ良いヤツだな」と思ったら危険信号。
誑し込まれてます、大いに危険です。
しかし、人が参ってる精神状態に這い寄ってくる。
そして囲い込む(!)。
健全な精神状態であれば「おう、ありがとな」で終わる事。
それを状況と偶然の産物で追い詰め、その支配領域を増やしていくのだ…!
なんというぐう畜。





いや、冗談ですよ。
人間苦しい時に手を貸されたり、優しくされると甘えちゃいますよね。クフフ
ケンたち外人部隊は強制徴兵された挙句に正規軍からあの対応。
さすがに精神的にくるものがあると思う。
若いけど自分たちを迎え入れる正規軍人、かつ陣頭指揮を執る上官。
心揺さぶるものがあった、という描写をして来たつもり。
足りなかったらごめんなさい、もう少し突っ込んでみます。
鋼の精神だから孤独で問題ない、と言われると謝るしかない上代です。
今回は対象が民間バージョンでお送りしました。
心理描写は次話で出せればと思いますが、冒頭のキキさんで少しは伝えられたかのぅ。


さ、上代は包囲網突破に勤しむぜ(逃亡)


最後に、お気に入り登録・評価・感想ありがとうございます。
気づいたらUA60000・登録800越え、感謝感謝でござる。
続く次話をお待ちくだされ!

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