「そうか。やはり、彼は地上部隊駐留なのだな」
室内に響く声で目覚めたララァ・スンは、その主を探す。
間を置かず、その姿を見つけることができた。
ベッドから然程離れていない、窓際に立つ青年。
無駄な肉が無い、絞り込まれた体躯。
長身の部類に入るだろう、彼は前に会った時よりも背が伸びていたのだから。
すらりと伸びた手足と合わさり、彼の容姿を目に映してしまうと、雑誌の掲載されたどのモデルも一つ、二つほどランクが下に見えてしまう。
絶世の美人とは、彼のために在る言葉なのだと。そうララァは思えてしまう。
彼女の目覚めを察している筈なのに、青年は今だ背を向けて立っていた。
ぼぅ、と見つめていると、昨夜はその逞しい背に腕を回し、抱かれていた事を思い出す。
そして、その時読み取った彼の思いも。
ララァは生来人の思考、考えを読み取る力が優れていた。
その為、男女の営みを続けている間も思考を汲んでしまう。
無論、彼女はその手の経験が圧倒的に不足していた故、行為に高揚し快感に流されながらでは、流石の彼女も彼の深層意識まで入る事は出来なかった。
人を知ろうとしてしまう性癖にも似たこれは、言葉で交わすよりもその人となりを手早く、嘘を混ぜずに彼女に教えてくれる。
誰も彼も思考を読み取ろう、という事はない。
あくまでも、ララァ・スンという少女が好奇心を刺激された人間にのみ行う。
一つの甘えの形なのだが、これを理解し、能力を愛してくれたのは今までの人生で彼だけだ。
戦争以前から貧しい暮らしの中で、家族を除いては迫害や化物の視線で虐げられた彼女が己を認めてくれた青年を求め、身も心も捧げようとするまでにさして時間はかからなかった。
彼女は彼を愛し、彼は彼女の中の何かを求め、それを愛した。
今は離れて暮らしてはいるが、時折彼女の元へ帰って来ては今回のように肌を重ねている。
彼は通話していた携帯端末を下ろし、こちらを見る少女に視線を向けた。
「ララァ、起こしてしまったか」
「いいえ、中佐。そろそろ起きようと思っていましたから」
青年の名は、シャア・アズナブルという。
ジオン公国軍に所属し”赤い彗星”の異名を取る軍人。
彼は、”赤い彗星”の特徴の一つであるマスクを外しており、その素顔を晒していた。
傷一つ無い端整な容貌は、彼女が抱いた感想のそれ。
世の女性たちは、彼が歩いていれば視線を釘付けにされるに違いない。
「…ん」
ララァはシーツで褐色の肌と、行為の名残を彼の視線から阻んだ。
胸元まで上げられたシーツは彼女の瑞々しい肢体を覆う事には成功した。
しかし、その造形の浮き彫りを隠す事はできなかった。
シャアは扇情的な光景に目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「すまなかった、シャワーを浴びてくるといい」
少女の首まで広がった紅みに、羞恥心を理解したシャアは再び背を向けた。
彼女の足音がシャワールームへ入り、水音が届いてからベッドに移る。
ララァとの触れ合いで人の温かみに馴れ始めた彼は、彼女の残り香が漂うベッド、そのサイドテーブルに置いた首飾り―――ロケットを手に取り、その中に隠した写真を眺めた。
「ままならんものだ」
其処には金髪碧眼の少女、その左右に小さい頃の自分と、僅かに灰色がかかった黒髪の少年が並んで写っていた。
微笑む少女、穏やかに笑う自分、そして照れたようにはにかむ少年。
「今の私を見たら、怒るか。怒るだろうな、アルテイシア」
パチン、と軽い音を起てて、ロケットは閉じられた。
「旧友を欺いているのだ。怒るだろうよ」
ふっ、と自嘲する青年は、
「お前はどうだ、メルティエ。あの頃のように、泣いてくれるか」
遠く離れた地球に思いを馳せ、それから自分がする事を頭の中で整理し、ロケットを赤い軍服のポーチに押し込んだ。そうしなければ感傷に耽ると思ったからだ。
「…困った時には助けに行く、か」
ただ、十年前の飛行場で別れた時の少年の顔。
それが鮮明に思い出されるのが、嫌だった。
ドドドドドッ、ブゥン、ゴスッ、グシャッと大気を震わす音が断続して響く。
ウー、ウーと喧しいサイレンの音が、不意に止まった。
ズゥン、プシューと足音、排気音がそれに続き、気温差により生じた霧が次第に晴れてゆく。
剥がれたコンクリート、その上を踏み締める全長一九メートルを超す巨人。
ジオン公国軍の切り札にして主力兵器、モビルスーツ。
その蒼いモビルスーツの足元には、砲撃タイプの鹵獲ザクが上半身を蜂の巣にされて倒れており、周囲を見れば頭部を失い崩れ落ちたもの、コクピット部を重量物で強打され、破砕した機体等が転がっていた。
轟々と燃え広がる連邦軍駐屯地。
蒼い巨人は敵戦力が完全に沈黙したのを確認し、静かに佇んでいる。
特徴的な長物のブレードアンテナ、頭部は兜を被ったような形状で通常のものと比べて肥大化を遂げている。モノアイスリットには支柱がなく、レールに沿って動くモノアイは滑らかに動く。
両肩には大きく張り出した防御シールド、その下からはブースターが二基ずつ覗き、右腕には一二〇ミリマシンガン、左腕にはスペアの装甲材を流用した専用シールドが握られていた。
複合装甲が目立つ胴体部の胸に、盾を背に咆哮する蒼い獅子のエンブレムが存在感を放つ。
腰部の側面にドラムマガジンが装着、背部には左右対の剣を模した発生器、ヒートサーベルが固定され、股関節の下にはサブバーニアが見受けられる。
脚部側面は増設されたサブバーニアが備わる。装甲版で覆っていないが、これは空冷式を採用しているためではある。被弾すれば使用不可能になるだろうが、新たに図面を引くよりも増設するのが容易い。そして、いざとなれば脱着も可能なので、この状態となっていた。
YMS-07M、先行試作型グフ専用機。
グフM型と称された本機は、既にグフというモビルスーツの姿から逸脱した機体である。
頭部化は各部に増設、埋設したバーニア群のコントロールが従来のグフではシステムに多大な負荷が掛かり、
ベースとなったグフに比べて使用する各部の供給エネルギー不足を補う為に胴体部の複合装甲、その下に既設のものに加えて補助ジェネレーターを搭載。腹部のコクピットフレームを衝撃吸収材で覆い、機体がパイロットにもたらす衝撃、重力加速度の緩和を図られている。
両肩部は急旋回、補助推進の役割を担うブースターを二基の計四基となり、その推進部を守る為に防御シールドが張られ、あえてシールドとブースターの間に空間を残すことで直接ブースターにダメージを及ばさない工夫がなされた。
脚部のサブバーニアはMS-06G、陸戦高機動型ザクII由来のものだが、格闘戦に主眼を置いた為に足の爪先や踵、足首周りを補強。蹴打や悪辣な地面に着地しても脚部を損なう事なく行動が出来るように手が加えられた。
これらは全て、YMS-07とMS-06Gの有り合わせ、その他資材で再設計された機体である。
設計者であるメイ・カーウィンが折角なので、とジオニック社へこのモビルスーツの登録申請手続きを行ったところ「情報公開を求める」と通達を受けた。
後日新たな型番を送られると共に、本社では本機を基に改良版、もしくは性能を落としての普及版モビルスーツを発表するだろう。
とある人物曰く、やり過ぎた見本。
とある人物曰く、愛の成せる
本機は突撃機動軍特務遊撃大隊の所属機とされ、搭乗者は”蒼い獅子”メルティエ・イクス中佐。
強化装甲、高機動力、運動性を実現させたこのグフの進化は、新型機開発に行き詰った開発陣に大きな刺激を与えたとされている。
パイロットのメルティエが毎日密林地帯を行軍し、微細な機体調整を行った結果が今回の戦闘で反映され、特に近距離戦、格闘戦では敵が対応する前に先手を取り続けた。
物陰から弾幕を隠れ蓑に忍び寄り、横身や背後を視認するや強襲。
相手からすれば奇襲。周囲に響き渡るようにマシンガンで敢えて攻撃、容赦無い弾丸の牙に晒されたモビルスーツが崩れる間に、腰のヒートサーベルを逆手で握り、振り向いた新たな犠牲者の首を刎ね、棒立ちにさせるとその”遮蔽物”を最後の一機に蹴り飛ばす。ぶつかり、抱きとめる形になったモビルスーツが胴体部を晒した瞬間、
強力な重力加速度を伴い、機体に掛かった加速と自重をブレンドした踵落とし。これが人間で言う胸骨板に相当する部位を粉砕、削り取るように装甲をへしゃげ、中のコクピットに筆舌し難い衝撃を叩き込んだ。
残るのは完全に無力化された三機の連邦軍モビルスーツ、それを成し得た一機のジオン軍の蒼いモビルスーツが立つのみ。
「敵戦力無力化に成功した。残る機影は見受けられないが、どうだ。ユウキ伍長」
背の高い建築物の裏で、機体に自己診断プログラムを起動させたメルティエはオペレーターに声を掛ける。
長物のブレードアンテナが性能を発揮しているのか、ミノフスキー粒子がさほどでもないのかは判断がつかないが、実際に戦闘区域から三〇キロメートル離れた
贅沢な装備だと、彼は苦笑した。
『こちらユウキ。
「ん。どうした?」
ピ、ピと前面モニターに表示される診断結果を視線で追い、確かめるように機体を動かす。
足運び、重心移動、着地後の姿勢。
診断結果も、パイロットの感覚でも機体に問題は見受けられない。
戦闘継続に支障はない、ということ。
『無理を、なされていませんか』
「無理無茶が専売特許…ああ、待て。そう睨むな、その問いには再びどうした、と聞くが」
『…血が』
「む? ああ、すまない。そういう事か」
メルティエは口元に手をやり、濡れた指先を見た。
どうやら自覚症状が無いまま、身体に負担をかける機動をさせていたらしい。
内臓を痛めたのか、血が付着していた。
確かに口の中に粘つき、喉にも張り付くような感じがある。
つまり、人体を脅かす機体性能をこのモビルスーツは有しているという事。
メイ・カーウィンは持ちうる技術力と、手元にある最高のもので処置をしてくれた。
それでもやはり、パイロットに掛かるダメージは存在する。
本来ならば、人類には対応する事はない速度に身を置き続けているのだ、こうもなろう。
そして、今回に限って言えば戦闘状態で、機体のスペックを最大限活かす行動を採るとどうなるのかを確認するため、敢えて無茶を冒したのだ。メルティエのこのザマは、自業自得であり彼女が気にする事ではない。
しかし、教えてくれた事に感謝している。
他の男もそうだろうが、帰還する度に女に心配げに見つめられると中々に
負傷して帰るなどをしてみれば、泣きそうな顔をされるだろう。
いや、あれは泣く、もしくは気に病む公算が高い。
生来の活発な性格が目立つが、メイは責任感と誠実に溢れた女性だ。
それが再び、男に害をもたらしていたと知り得れば、どうなるか。
必要に迫られる前に性能を確認したのだが、その理由は通じるだろうか。
整備主任、設計者のメイ・カーウィンにならば通じるだろう。
しかし、青年の体を気遣う優しい女の子のメイ・カーウィンならば、どうか。
(…自重しよう。怒られるのは慣れもするが、女の涙は無理だ。耐性なんぞ無い)
彼女の献身の行動は、メルティエという懲りない男に、強力な自制を促した。
他にも気に掛け、時に彼の無茶を容認、時には叱る有り難い人も居る。
其処に、メルティエの甘えがあるのは確かだ。
苦笑しながら「しょうがないね」と言う人に加えて。
じっと見ながら揺れる瞳が足されたら、どうか。
過酷な戦闘を耐え抜くメルティエも、こればかりは耐えられそうになかった。
(ガラハウ少佐も、他人に甘えろ、と言っていたし。そこも考えないとな)
当時は先の事なぞわからん、とばかりに突き進む、目の前を走る事しか頭になかった。
そんな時期に自身を気遣う事を諭し、我儘な願望を抱く契機になった女性。
自らにも抱えるものがあるだろうに、見ちゃいられないと世話をしてくれたのだ。
あれ以降は上官と部下の関係だが、何事かあれば力になろうと思う。
(難しいもんだ。生き残る事すら難しいのに、人間てやつは…ふむ)
しかし、ユウキの視点から考えたら気の毒なことをした。
コールされてウィンドウを開いたら、口から血を流す男が表示されたわけだ。
外見では判断がつかないが、驚いただろうか。
「被弾を受けると、機体が硬直する危険がある。あのときは一気に仕掛けるべき局面だった。僚機が居れば、また違う展開が望めたのは確かではある」
『…了解です。すいません、弁えない言を申しました』
「いや、気に掛けてくれたのだろう。悪い気はしない。本区域は後続の方面軍部隊に処理を任せ、友軍と合流する、最寄りの隊はどこかな?」
『はい。ジーベル隊、ビーダーシュタット隊が戦闘終了し、艦隊護衛に就いています。離れた場所ではガラハウ隊が戦闘を継続中です』
前面モニターに送信された戦場の位置関係が表示される。
マップ中心に彼ら特務遊撃大隊が保有するギャロップ級陸上艦艇が四隻。
其処に六つの反応が左右に展開、これが護衛に就いたモビルスーツを示している。
「ギャロップ四隻からの一斉射撃は?」
移動基地としても運用可能なこの陸戦艇は、支援火力に優れた艦艇である。
艦体前方に有る航行ブリッジの両側に連装大型機関砲が各一基ずつ、後部に主砲、大型連装砲塔が一門。主砲は実体弾式だが、直撃すればモビルスーツですら耐え切れない威力を誇る。
ただし、仰角を掛けての曲射以外は監視塔やエンジンポッドの位置の都合により、左右三十度ほどに制限される。
しかし、後方援護としては十分なものだ。
今回は方面軍の航空隊が索敵、視認した情報をダグラス・ローデン大佐が指揮を執るギャロップ三番艦の戦闘ブリッジに送信。受信した情報を元に艦隊による間接照準射撃を仕掛ける手筈だ。
『射線が通らない事で一時取り止め、現在移動中とのことです。その陣地確保の為に補給を終えたガラハウ隊が先行偵察、接敵となりました』
相手も長距離からの攻撃を警戒、山等を遮蔽物にして隠れていると言う事だろう。
その為、伏兵や遊撃隊を危惧したシーマ・ガラハウ少佐が隊を率いて進軍。
彼女の勘は当たり、現在敵部隊と交戦に入ったというところか。
「なるほど、了解した。ユウキは艦隊に帰還しろ。それと直衛に就いているハンスに伝えてくれ」
『何と伝えましょうか』
「打って出る。例のモノに火を入れろ、と」
同胞が戦っている時に、本隊合流などしてはいられない。
”蒼い獅子”は、獰猛の上に仲間想い。
彼の上司、キシリア・ザビ少将が評価し許されたこの異名は、伊達ではないのだ。
密林、特に熱帯地域での戦闘は厄介なものだと、シーマ・ガラハウ少佐は舌打ちした。
砂漠地帯を経験した者から比べれば、まだマシだと思うだろう。
しかし、彼女はその地域で戦闘行動を採る、ないし執った事はない。
宇宙では漂流物や、四方八方からの流れ弾に注意しなければならない。
地上という環境は場所を変えれば注意点がガラリと変わるもの。
高度差、建造物の有無、気温変化は宇宙でも経験がある。
だが地形情報、特に地形の強度というやつはモビルスーツパイロットを一層気難しくさせる。
歪んだ地形や凹凸はモビルスーツの足首、関節部に負担を掛け、両脚の高低差が酷い場合は転倒する事がある。
そればかりか泥のような脆弱な場所では踏み込んだ分、機体が抜けなくなる可能性が出るのだ。建造物ならばデータがある以上、耐久度チェック等はやろうと思えばできる。
しかし、一歩踏み込んだら沼地など、視認しづらい密林等では防ぐのは容易ではない。
熱帯地域も、搭乗者と機体に負担を掛ける意味ならば似たようなものだ。
機体が駆動する度に生まれる熱とは別に、外気温が拍車を掛け、太陽熱が更に増幅させる。
隊長機以外も陸戦仕様のモビルスーツと言えど、パイロットは地上経験のない人間。
砂塵に塗れたが、風も吹きここと比べて気温も低い荒野演習の時に掴んだ癖が、ここで仇となる結果になった。
そも高速機動を頻繁に行えない状況というのが、苛立たせる大きな原因の一つだ。
一撃離脱の戦闘こそがモビルスーツのやり方だと彼女は思っているし、実戦で証明してきた。
今は逆に。この、一手一足に気を配る進軍。
正直に言えば、この手の類は不得手だ。
判明している敵方の情報を基に機体速度、加速地点、攻撃、離脱のポイントを定めて徹底するのが彼女が率いるガラハウ隊である。一方的な攻撃、あるいは敵を引き摺り込む戦術で武功を上げ、隊員を失うリスクを殺し続けてきた。
違えない戦術眼とこの手腕、采配がシーマ・ガラハウを一流と云わしめる所以である。
この女傑は先手を打つだけではなく待ちの戦術、後手も得意とする指揮官。
故に、シーマにとって必要なのは圧倒的な物量ではなく、正確な情報だ。
であるのに、彼女は敢えて先行し接敵するという行動に出た。
その理由は、然程難しいものではない。
ピ、ピ、ビン、と電子音が反応。
識別反応が敵を特定、シーマは表示されたデータに目を細めた。
彼女が思った通りのものが、モニターに映る。
―――鹵獲したザクIIではない、連邦軍が開発した新型モビルスーツだ。
「やはり居たねぇ、大砲付きだ。お前たち、距離を詰めるよ!」
『了解です、シーマ様!』
連邦軍が展開したと予測される陣地に、メルティエたちが以前遭遇したという中距離、遠距離型モビルスーツが居ると踏んだからに他ならない。
山岳を前に陣取り、こちらの艦隊と同じく間接照準射撃を狙っていたのだ。
彼女が睨んだのは、敵方モビルスーツと長距離攻撃可能な兵器群による飽和射撃。
メルティエと行動を共にしたユウキが通信量増大、音響反応膨大で補足不可能と連絡を入れた事で、シーマは勘づいたのだ。
ダグラス・ローデン大佐も予想できたのだろう。
威力偵察を申し出たシーマへ、即座に許可を出した。
(あの嬢ちゃん、いい耳と勘してるじゃないのさ!)
少し悔しいが、シーマの中で今回の大手柄はユウキ・ナカサトで確定。
ならば。メルティエ・イクスを越える戦功を立て、あの不器用な坊やに頼りになる人材が多く居ることを突き付けてやろう。
「馬鹿正直に真っ直ぐ行くな! 地雷、速射砲が在ると思いな、相手を舐めると死ぬのは自分だよっ」
茶褐色と紫色のザクII。MS-06G、陸戦高機動ザクIIのスラスターを噴射させると共に、後ろに続く五機のザクIIに反対側から敵陣地を大きく迂回するルートを転送、真横からはスラスター全開で距離を詰めるよう、指示を出す。
バーニア光と、高熱源反応を晒すこちらに敵の目が向く。
ドドドドドッ、と牽制射撃だろう弾幕が張られる。
ドウッ、ドウッ、とその中に紛れ込ませた砲撃が木々を薙ぎ倒し、地面を抉る。
大気を震わす轟音、身体に掛かる加速度でコクピット内の機器がガタガタと騒ぎ立つ。
「はん、狙いを付けるのが遅いよ! いいかい、照準てやつはねぇ」
操縦桿を前に出し、スロットルを絞り、親指のグリップを押し込む。
彼女の癖を念入りに覚え込ませたザクIIは空中に身を置いたまま脚部の補助推進を利用して鋭角に動き、敵の射線に触れないどころか近づけさせもしない。
マズルフラッシュ、銃口からの硝煙が敵陣地に煙幕のように広がる。
しかし、もう遅い。
ザクIIの彼我距離の演算処理は終えてしまったし、彼女の目は獲物を逃がしはしないのだ。
「―――こうするんだよっ!」
構えた一二〇ミリマシンガンが火を吹く。
ダムダムダムダム! 鳴り響いた数だけ正面に捉えた敵モビルスーツに着弾、衝撃により体勢を保てないまま後ろに倒れこむ。其処を逃す事はしない、滑稽にもバーニアを吹かしながら藻掻く相手を冷たく見据え、グリップ下のボタンを軽くタッチ。
ブゥオン、ザクIIのモノアイが光った事に触発されたのか、鈍重な機体を立たせようと必死だ。
「ほぉら、アタシからのプレゼントさ。受け取りな」
彼女が選択した兵器は、
球状に六つの突起物があるそれを、空中から投擲。腹部の上に落ちるように放り投げる。
カッと光を発し、突起がそれぞれの方向に爆散。
断片がモビルスーツの装甲を切り裂き、その中に爆風が入り込み、散々に焼くのだ。
許容ダメージを超えたのか、それとも核融合炉にまで食込んだのか。
果たして、そのモビルスーツがクラッカー以上の爆発を見せ、周囲建築物を吹き飛ばした。
シーマはその光景に一瞥する間も無く、周囲にマシンガンを掃射。ザクIIを着地させ衝撃を殺しきる前に跳躍、形が残る背が高い遮蔽物、管制塔の裏へ身を隠した。
「こっちは一機潰した、そっちはどうだい?」
オンライン通信はまだ表示されてある。彼女は別方向から攻撃を開始している部下からの返事を待った。
『シーマ様、こっちにも敵がいます。しかし形状が―――』
ノイズが入り込み、音信断絶。
ミノフスキー粒子が高濃度散布されたか。
もしくは、撃破されたか。
彼女は硬い表情を
戦闘の音は途絶えていない、応戦中という事。
多弾頭ミサイル架台、敷設された
『―――ぃ、しゃら―――せぇ!』
部下たちと距離を縮めたおかげか、ブレードアンテナが通信を傍受する。
(―――良し、良し、良し!)
赤い唇の口角を上げたシーマは操縦桿のスロットルをフルに絞込み、フットペダルを勢い良く踏み込む。
ドンッ、ザクIIは脚部のサブバーニア、背部のスラスターを全開で機体を推して上げた。
ゴウッ、と最高速度に達した機体は各モニターに風景を正確に処理できないまま施設上を翔ぶ。
体の奥にずっしりと、抜けずそのまま掛かる重力に抗い、彼女は自機を最前線へ向かわせると、土煙や破砕した断片が舞う場所に辿り着く。そこには鹵獲ザクIIをベースに組み立てたのか類似部が多いモビルスーツとMS-06J、陸戦型ザクIIが組み合い、手に持ったヒートホークをコクピット部があるだろう、その胸に振り下ろした。
ザグッジュウ、と装甲を溶解し、高熱電磁波で形成された刃が半ばまで至ると、敵モビルスーツは痙攣を起こしたように動き、力尽きたように四肢を投げ打った。
その機体が最後なのか、五機のザクIIは損壊した箇所はあるもの、欠けずに隊長機を迎えた。
「やるじゃないか。このまま拠点確保と行くよ、敵基地後方から攻撃が来ると思いな」
『了解で―――』
ヒートホークで敵機を倒した、ザクII。
その頭部が、爆散した。
「―――散れぇ!」
頭が認識するよりも、口から指示を飛ばした。
己も機体を攻撃に晒された方向から逃げるように兵器格納庫だろうか、その影に隠れた。
シーマ機の方へ二機、他二機は別方向の棟に逃げ込むことに成功した。
被弾した一機は不揃いに降下する砲弾の中で、倒れ伏したままだ。
今も、頭部が壊れた事で身動きが取れない右足と左肩に砲弾が命中。
左肩が設定された衝撃力以上のダメージで自壊、その反動で機体を横滑りさせたが、続く砲弾が楔を打ち込むようにザクIIを地面に抜い立て、爆発。
パイロットの呻く声が聞こえるが、彼は悲鳴や助けを呼ぶ声を出しはしなかった。
絶叫は喉元まで迫り上がっている筈だ。
ひゅ、ひゅと息が漏れる音が聞こえるのだ。息を殺して攻撃から身を隠した部下たちにもこれは聴こえている。
だが、一人を助けに行けばその仲間が危険に晒される。二次被害だ。
それを熟知しているが故に、死ぬ恐怖と戦っている男は声を、喉を抑えようと懸命だった。
何もできず、自身を守ることに集中せざるを得ないシーマたちは、歯軋りや無言を守ることで仲間の無事を祈る事しか出来なかった。
『―――くそっ』
「ヤメな! 見届ける事が出来ないなら、目を背けてろっ」
我慢できず、機体を中腰から立ち上がらせたザクIIをシーマは制止。
右腕がまだ存在している。なら、最高速度で飛び出し、擦れ違いざまに拾い上げて退けることも考えはした。陸戦高機動型の、この機体なら部下のザクIIよりもその可能性は高く救助も見込めるだろう。
しかし、被弾したらどうなる。
戦場で一番怖いものは流れ弾だ。
それがいま、目前で飛来し続けている。
被弾し、倒れたザクIIがまだ爆発せず原型を留めている事が奇跡に近い。
敵は間接照準射撃すら、まともに扱えてないという情報を入手することはできたが。
ミノフスキー粒子で構成されたメガ粒子のビームが行き交う戦場ならば、更に砲撃を攪乱する事ができた筈だ。命中せずとも、その地面を穿つ又は空中に軌跡を残せばその残滓からミノフスキー粒子が電磁波を乱す。この方法でシーマ率いる隊は、開戦当初の連邦軍宇宙艦隊を翻弄したのだ。
ギャロップに搭載された火器は全て実体弾。ザクIIも同じく。
自らの土俵ではない戦場では、こうも打つ手が限られる。
宇宙とは違い、地球は手厳しい。
「悔しいが」
しかし、宇宙に居た時と比べて、変わった事もある。
「あとはさ」
良くも悪くも、此処は勝手が違うようだ。
高熱源反応をザクIIが発見。
それは友軍側、とある前線基地の占領に向かった男たちの識別反応をサブモニターのミニマップに表示していく。
「アタシらの部隊長サンに、任せようじゃないか」
爆撃能力を
―――ドン、カァン! と被弾、爆砕する音と遅れて響く撃音。
空中で機動する中、部隊長が隊一の腕前を誇る狙撃手が、敵部隊に攻撃を開始し始めたのだ。
「なんだ、ちゃんと甘えるやつは居るじゃないのさ」
二条の軌跡を大空に残し、山を越えた先に布陣する敵方へ攻め込むド・ダイ。
―――ただ、相手が男なのは、ちょっと頂けないねぇ。
シーマの口元は綺麗に弧を描き、くっくっくっと笑いを押し殺すのに苦労した。
「ハンス、具合はどうだ?」
『すこぶる悪いね、照準が安定しない。予測射撃で撃ち抜くのが精々だ!』
再び、爆砕音と撃音。
それでも外す事なく丁寧に当てていく狙撃手に怖い怖い、と返事してグフのモニターに映る敵陣を見据える。
確かに、大砲付きが居る。
しかし、あの時とは違う機影も混ざってはいないか。
一瞬は見えたが、外観を捉える前に砲撃の硝煙、敵の攻撃を回避することに集中を割いたせいで確認できなかった。
不安材料が増えたが、ここで帰還するわけにも行かない。
「そろそろ降下に入る。ド・ダイのコントロール、そっちに渡すぞ」
『あいよ。二、三回往復したら陣地に戻る、だったよな』
「それでいい。無理はするなよ」
『大将ほど、無茶はしねぇさ』
メルティエは専用シールドを腰のハードポイントに設置、マシンガンを持つと空いた左手で基地より持ち出したモビルスーツの下半身ほどある箱状のもの―――コンテナを持ち上げた。
さすがに一〇メートル近いもの、重量物を片手で持つと重心に異常が入り、コクピット内に警告音が発せられ、
〈過積載による重心変動、バランサーに支障が発生します。不要な装備を破棄してください〉
「はいはい、AI音声でもアルテイシアは説教がお好き、と」
本人が聴いたらガチ説教待ったなし、である。
何気に絶世の金髪美女が
成長すれば、こんな感じだろうという身勝手な妄想の産物である。
妄想の、産物である。
『大将』
「どうした?」
『いや、戦場でもよ…昔の女の音声引っ張ってくる奴ぁ早々居ないぜ』
「誤解招く言い方はやめろ。文句はメイに言ってくれ、彼女の仕業だ」
『なるほどな…通信中にその声が混ざったら何事かと思うぜ?』
「ああ、そうだろうよ…ああ、メイに言うの止めておけ。今はちょっとナイーブなんだ」
『あいよ』
ハンスは敵に殺される前に女に刺されないだろうな、と中佐を心配した。
蒼いグフはド・ダイ上で機体を屈ませ、跳躍。
ザクIとド・ダイは直進、その場に残された蒼い機体は自由落下を始める。
第一次降下作戦の記憶が蘇り、情報部に対する恨みも再燃するが、今は忘れることにした。
高度差もあるだろうが、目立つバーニア光はド・ダイのみ。
必然的にそちらへ火線が集中するが、ハンスは更に高度を上げ、ジグザグを織り交ぜて回避。
その間は反撃できないが、降下する機体に目を向けさせないのが大事だ。
大気を裂く音、重力に押さえ付けられる感覚に耐えながら、メルティエはサイドボードのパネルを操作。左手のマニピュレーターを通してコンテナの内部情報をリンク、起動設定をメインコンソールに移す。
高度五〇〇メートルを切った辺りで、流石に敵も降下するモビルスーツを発見したらしい。
対空砲やらが向けられ、火線があっという間に集まる。
別れたド・ダイ側に向いていた照準が、こちらに回る。
しかし、
「対応が、少しだけ、遅かったな!」
メインコンソールに指定されたキーを入力。
盾代わりに構えたコンテナに機関砲が着弾、ガガガガッと穿たれるが、その間に展開したコンテナの中身が露出する。
その中身は、携帯型六連式スモークディスチャージャー。
〈スモークディスチャージャー、セット、発射〉
スモークディスチャージャーはトトトトトトッ、と軽快な音を残して向けられた地表へ飛び込み、着弾地点からブワッと白、黄、赤、青、黒、緑と発色煙を三キロメートルに及び蔓延させた。
蒼いグフはその範囲から逸れたザクに酷似したモビルスーツの脳天目掛けて空になったコンテナを叩きつけた。
コンテナが衝撃と反作用でぺしゃんこになり、その分威力は通ったのか、敵機は横に倒れこむ。
メルティエはグフにヒートサーベルを左手に構えさせ、頭部と腰部、続いて両肩部を断つ。
本来なら、コクピットごと潰したほうが良い。
しかし、それは成さなかった。
「さて、行くか」
敵兵を生かすべき、などは本当に余裕があるときだけ。
その信念は尊敬に値するが、自分は其処まで上等な部類ではない。
理由は、極々簡単なものだった。
ランバ・ラルの息子は、ゲリラ戦法を心得ている。
敵の注意を引く音、地雷代わりのものがあるならば、
ただ、それだけだった。
「キャスバル、アルテイシア。お前ら、今の俺を見たらどう思うんだろうな」
信じられないと叫ぶのか、人でなしと糾弾するのか。
「でも、生き残ることに必死なんだ、
蒼いグフは彩られた煙幕の中へ、その姿を消した。
〈視覚状況、悪化。視界確保のため低光量視野、赤外線視野に切り替えます〉
淡々と報告する、妹分の声を模した機械音声。
錯覚だろうに。
まるで彼女が責めているように、メルティエには聴こえた。
以上となります。
上代です、ご機嫌如何。
まず、最初に申し上げることが一つ。
アンケートの件ですが、決して感想の方では募集致しません。
以前にも活動報告の方でアンケートを実施したり、しようとしてましたので。
気遣ってくれた方には感謝と、文が足りず不安に思わせたようで申し訳なく思います。
第三十話以降で、活動報告にアンケートを募集する告知を出しますので、
よろしければ、そちらへコメントをお願いします。
次が第三十話ですので、作者、ガクブルしながらアンケートを上げさせて戴く所存。
コメント0は悲しいので、アンケート募集しましたら活動報告へコメントお願いします。
お願いします!(大事な事なので二度言う必死な人)
さて、今回は赤い人がアダルティ。
資料によると3パターンほどシャアとララァの出会いがあるらしいのですが、
ある程度摘みつつ、本作品ではこのような関係になります。
手に取った事があるライトノベル、ガンダム小説でも臭わせた文があるので、
こんなもんだろうかとチャレンジしてみました。
抵触するなら、文章改竄する予定です。
相も変わらず誤字連絡、感想お待ちしておりますヾ(*´∀`*)ノ
ところで、何かタグ付けたりした方がいいのかしら。
オリジナル展開、独自設定以上に本作品を表現する言葉…
メイちゃんマジ女神、あたりか(`・ω・´)
では、閲覧ありがとうございました。
続きをお待ちくだされ!
さて、作者、逃げるわ!(イイ笑顔でサムズアップ)