ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第三十二話:爪痕

 

 

 

 聳え立つ山合い、大きく枝葉を広げる大樹の背、地平線から昇る陽。

 激戦を生き抜いた後の夜明けが、こんなに美しい。

 感動を胸に秘めて目を離し、少し視線の位置を変える。

「無残」

 そこには瓦礫跡と化した陣地、前線基地が横たわる。

 空へと延びる黒煙。折れた砲身、残骸と化した鉄の塊が元密林であった荒野に広がる。

 踏み潰された61式戦車、墜落し半ばから消失したフライ・マンタが多数。

 そして荒野の真ん中で巨体の影を落とす、ビッグトレー級陸戦艇。

 その中で、地上から天へと向けられる機械仕掛けの巨人の手。

 胴部を打ち抜かれ、四肢が砕かれ擱座するモビルスーツが点在している。

 随伴機として従ったマゼラ・アタックも、運命を共にしていた。

 戦場跡に降り立った監督官に検分され焼け焦げ、ひしゃげた装甲板に書かれたサイン、刻印から未帰還者が戦死へと書き換えられていく。

 彼らが足早に去った後。

 その物言わぬ骸の前には思い思いの姿勢で、戦友であった人物を偲ぶ兵士の姿が見受けられた。

 独りで歩く、豊かな薄紫色の髪を側頭部で二つに束ねた女性は呟いた。

「居ない?」

 彼女が所属するジオン公国突撃機動軍、特務遊撃大隊ネメア。

 駐留部隊である彼らが連邦軍攻勢の報を受け、駐屯軍へ加勢を決定したのは三十二時間前。

 ギャロップ級陸上艦艇四隻、モビルスーツ十五機、爆撃機十二機の戦力を有する彼らは援軍でありながら、敵の守りが強固な戦線へと配置された。

 敵陣地、前線基地のほぼ正面である。

 期待されてのことだと疑念を一度は払い、ネメア主要陣が練った作戦を前線司令部へ提案。

 しかし、返答は彼らが予想したものとは異なる。

 駐屯軍に拒否された特務遊撃大隊は単独で当たることとなり、駐屯軍に失望したものの交戦。

 会戦から八時間後。支援基地をメルティエ・イクス中佐が奇襲、長距離兵器群を察知したシーマ・ガラハウ少佐が構築されつつあった敵陣地を強襲、共に陥落させる事に成功する。

 敵前線基地と陣地側面からの長距離攻撃によりガラハウ隊は後退、遊撃兵の役割を担うイクス隊が陽動も兼ねて前線基地攻略に掛かり、損害を受けたガラハウ隊に代わりビーダーシュタット隊が陣地防衛に入った。

 モビルスーツ隊が大きく動いた時期に、ネメアのギャロップ艦隊にフライ・マンタを中心とした敵航空部隊が急襲。

 直衛のアンリエッタ・ジーベル大尉率いる小隊が迎撃に入るが、山合いを利用し防衛側であることもあって有効打が打てず厳しい戦いを強いられた。艦隊への損害は軽微に留まるも、モビルスーツ隊にダメージが蓄積、小隊長機中破、僚機小破となった。

 帰還したガラハウ隊が弾薬を補給すると再度出撃、艦隊防衛に回り守りに厚みをもたせ小隊壊滅を防ぐ。その際にシーマの号令の下、ツーマンセルで現存隊を編成。隙を小さく、密度を濃くした采配が功を奏し、中破以上の損害を出さずよく保った。

 矛を交えながらも、膠着状態に入った両軍。

 しかし、会戦から十八時間後に事態が急変する。

 中東アジア方面軍司令代行ノリス・パッカード大佐が直衛の精鋭と共に駆けつけ、単独で強烈な横撃を展開する連邦軍に与え、敵方を大いに混乱させたのだ。

 駐屯軍が目の前の戦線にのみ掛かり、支援行動をろくにしなかった事もあってか、警戒が手薄だった事も大きく起因。たった六機のモビルスーツ隊に、連邦軍は隊列を崩され一部の隊が戦線を離脱するまでに至った。

 パッカード隊が稼いだ時間にダグラス・ローデン大佐は孤立する前線へ、ド・ダイYS要塞爆撃機十機による爆撃隊を編成。苦しい戦いを続ける前線を助けるため、艦隊の守りを薄くするリスクを負い派遣を決定した。

 夜間飛行を強行するヘレン・スティンガー准尉率いる爆撃隊は最初陣地に侵入した戦車隊を叩こうとしたが、通信量が多い一帯を発見。ビーダーシュタット隊が最後に送った戦地情報とも合わせ、隠れる指揮車輌を肉眼で視認する。これを撃破し、敵部隊の目と頭を潰すことを第一とした。

 十機からなる爆撃機の攻撃を浴び、指揮車輌を破壊後はモビルスーツが大破したビーダーシュタット隊を回収。加えて護衛機を就け、残った五機のド・ダイは奮闘を続けると先行して救援に向かった自軍と合流、ノリス大佐の下へ駆けつけ、連邦軍本隊を叩くことに成功したのだった。

 その跡地となる激戦区を赤い瞳に収めながら、小柄な彼女は歩を進める。

 蒼い装甲板が地上に無いことを確認して、しかし機影すら見つからない事に彼女は半眼になる。

「何処?」

 敵別働隊の進軍を単機で留めたハンス・ロックフィールド少尉が、崩壊した前線基地で蒼いモビルスーツを救助。此方のギャロップ艦隊を攻撃。その後の反撃で撤退した連邦軍の残存航空隊、フライ・マンタと遭遇。突破し振り切ったとも報告を受けている。

 彼女の後方には、ド・ダイ爆撃機とその上に載るMS-07A、グフが身を置いていた。

 大きな損傷は見受けられないが、シールドを失い、装甲表面に弾痕が多く残るそのモビルスーツは膝を突き、腹部のコクピットハッチ下に手を添えたまま動きを停止している。

 爆撃隊に先駆けて、ノリス大佐麾下のモビルスーツ隊を援護していた彼女はノリス大佐の駆るMS-07B、グフカスタムが敵陸上艦艇のブリッジにガトリングガンを浴びせ、沈黙させるのを見届けると戦車部隊にグフから一二〇ミリマシンガン、ド・ダイには八連ミサイルランチャーを自動照準で攻撃、航空部隊を失った連邦軍地上部隊を蹂躙した。

 今頃ギャロップ三番艦の航行ブリッジでダグラス、ノリスの両名は面会し此度の件で話し合っているのだろう。駐屯軍に対する意見と、礼に欠けた対応の謝罪を済ませているのだ。

 特に荒々しい面々が揃うシーマ・ガラハウ麾下は訪れたノリス大佐とその配下に狼藉こそ働かなかったものの、歓迎の態度は微塵も表しはしなかった。

 危うく同朋を一人失うところだった事を聞き及んでいたので、ノリス大佐が目を伏せ謝罪の言葉を口にすると苦虫を潰したような顔で下がっていった。

 静かな迫力に当てられたとでもいうべきか、荒くれ者たちは「こいつは相手にしちゃなんねぇ」と零しながら解散している。

 彼の不在中に面倒が起きなくて良かった、と当時の彼女は拳を下げている。

「ん?」

 聞き慣れたド・ダイの駆動音。

 空を見上げれば、改修したド・ダイが片方の推進基で飛んでいる。

 黒煙をもう片方の推進基から漏らし、被弾していることは明確だった。

 そのド・ダイは年若い整備主任が手掛け、部隊長と狙撃手に託された一品。

 攻撃能力を排し、プロペラントタンクを積み飛行時間を延長。空いた積載能力分、モビルスーツを二機搭載可能とした運搬航空機。

 ド・ダイの上、其処には確かに二機のモビルスーツが在る。

 一機はMS-05L、ザクI・スナイパータイプ。

 頭部はモノアイとそのレールが剥き出しで機構部が完全に露出、全身には弾痕が散りばめられ、肘関節部に命中でもしたのか、だらんと左腕が下がっている。

 曲線状のフォルムは欠け、脚部などは大きく穿たれバーニア噴射口が晒されていた。

 バックパックにも被弾したのか、ジジッと漏電音と青白い光を見せている。

 その大破寸前の機体が掴む右手、

「―――え?」

 ザクIが支え続けなければ、ド・ダイから転がり落ちてしまうだろう。

 力無く座り込んだ蒼いモビルスーツ。

 その機体は四肢こそあるが、()()()()()()()

 肩口部は接合こそしているものの、無理な力で動かしたのか通常の位置よりも外へ可動部が出てしまっている。肩から伸びた防御シールドは高熱波を受け続けたのか、形状を留められず端部が溶けて変形さえしていた。

 脚部には、補助推進に設けられたサブバーニアが無く、強制排除(パージ)した名残か増設部と装甲板に焼け焦げた線が走っていた。

 頭部と胴体部は無事だ。

(良かった)

 彼女はほっと安堵の息を漏らし、また随分と酷い有り様だと見上げる。

「――――!」

 ミノフスキー粒子下を突っ切った今でも、ずっと外部スピーカーで話しているのだろう。

 高度差と風に流されて聞き取れないが、ハンス・ロックフィールドの声だと分かる。

 だが、何故。

(ハンスの、声だけ?)

 耳に馴染んだ、メルティエ・イクスの声がない。

 それに、彼の声音に宿るものは何だろうか。

 注意深く二機の姿を見れば、微かに、そう本当に僅かな力でザクIは蒼いモビルスーツを掴んだ胴体部を揺らしている。

 ああ、どこかで見たと思えば。

(何故、そんな事をしているの)

 ハンス機の揺さぶりは、緊急時の救命方法で被災者に声を掛ける動きと似ていた。

 何か、冷たいものが彼女の胸に刺さる。

「―――! ―――だっ」

 そんなに懸命に、あの人の機体に呼び掛けないでほしい。

 嫌な想像が当たってしまいそうで、怖いではないか。

「っ!」

 どうして、駆け始めたのか彼女には分からない。

 気づいたら、愛機のグフへ駆け寄ろうと向かっている。

 薄汚れた黒煙で軌跡を乱し、滑空するように本隊位置へ向かうド・ダイ。

 コクピットハッチに乗り込むまでに、飄々としている筈の―――していなければならない男の声が響く。

「大将! もう少しだ、もう少しで戻れる!」

 その声は励まし、呼び覚まそうとしていたようで。

 彼女の中で、嫌な予感が孕み続ける。

 ゴウン、プシューとハッチが閉じ、外部へ排気したグフが起動を開始。

 コントロールを有するグフの起動に連動して、ド・ダイも機動可能までアップし始める。

「起きろ! しゃべんなくていい、目も開けなくてもいい!」

 ゴウッ、とド・ダイがモビルスーツと共に空へ上がる。

 ハンスの切迫した声は途切れず、地上の兵士たちも何事かと集まり始めた。

「起き続けろ、大将! ()()()()死ぬぞ!」

 聞きたくない言葉が彼女の耳に入る。

 予感が的中したが、心を占める感情は暗いものだ。

 順調に速度を上げ、高度が下がり始めるド・ダイに接近する。

 ハンスの苛立ちと焦りを多量に混ぜた、鋭い舌打ち。

「くそっ、推進力が『ロックフィールド少尉、今通信回線が』―――担架だっ! 軍医と衛生兵をモビルスーツ格納庫に集めろ!」

『わ、わかりました!』

 慌てる中で聞き返さず、求められた行動を遂行するユウキ・ナカサト伍長を見直した。

 損傷がない彼女のド・ダイは推進力を失い降下し始める運搬航空機に接し、前に回ると後部ワイヤーロープを発射。

「ハンス、固定を」

「すまねぇ、助かる!」

 大破寸前のハンス機がこのまま失速する航空機と共にあれば、確実に爆散してハンスも死んでしまう。彼女のド・ダイに乗り移させてもコントロール権はグフに設定されてる。

 再設定はド・ダイのコクピット部で直さなくてはならない。今となってはもう無理だ。このまま墜落しないよう維持しながら、前方のド・ダイで牽引しなければならない。

「容態は?」

 難易度は高い、なんてものではない。

 空中で、別機体を牽引なんぞ何処で学ぶというのか。

 しかも、しくじればハンス・ロックフィールドは愛機と運命を共にし、察するに意識を混濁させ、今にも失いかねないメルティエ・イクスが死んでしまう。

「意識は辛うじて、刺激を与え続けないと不味い。外傷は酷くない。止血処置はしたが出血が酷い分、急がねぇとやべぇ」

 何をやってこうまでなったのか。

 何故、また無茶をしたのか。

 どうして、独り傷つく事が多いのか。

 いい加減、人の心を掻き乱す行為は自重すべき。

『ギャロップ一番艦のモビルスーツ格納庫ハッチに、軍医の方と衛生兵に集まってもらえました』

「了解。すぐに向かう」

 ユウキの報告に応えた後は操縦に集中しようと通信を切る。

 操縦桿を慎重に動かし、サブモニター上に表示されたバランスと推進力に集中する。行き先を入力済みなので、この二つだけに神経を尖らせれば良い。

 気流が乱れ、制御不能にならない事を祈り、ミニマップ上に表示された艦艇へ早く着けと願う。

「馬鹿」

 必ず、問い詰めてやる。

 誓わせてやる、自身を大事にすると。 

 解らせてやる、代えの効かない身である事を。

 それでも、今はただ。

「本当に、馬鹿」

 ただ、生きてと願う。

 エスメラルダ・カークスは背後に犬猿の仲の狙撃手と、その対称の位置に居る男を生かすために、朝焼けの空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次から次へと問題が重なるものだ」

 苦い笑みを浮かべ、肩を回すダグラス・ローデン大佐。

 その向かいでは目を閉じ、厳しい顔のノリス・パッカード大佐。

 本戦線参加者は徹夜であり、二人の顔も疲労の色が濃い。

 休みを入れずに二人は今後連携を密に取り、情報共有化を図ろうと話し合っていた。

 少し雑談を挟み、ノリスが暫定司令部として据える基地へ帰還することを告げ、握手を交わしたところに飛び込ん来た急報。

 メルティエ・イクス中佐、連邦軍新兵器と交戦、負傷。

 現在はギャロップ一番艦、その医務室で現在治療中とオペレーターに詰めていたユウキから報告が上がったのだ。ダグラスは彼が突出型パイロットである事を知っているので、後遺症の残るものでなければ良い、と聞いていた。

 心配はしているが、生きてさえいれば今回の事が良い薬になる。

 苦い経験は彼の血肉となって、より厳しい戦いで生き抜く糧になる筈だ。

(パイロット足りうる男に、指揮官足り得る考えを叩き込まねば…むぅ、難しいな)

 エースパイロットとして名を馳せ、部隊の中心人物であるメルティエ。

 部隊指揮官、パイロットとしても有能なシーマ・ガラハウ。

 小隊運用に長け、柔軟な発想のケン・ビーダーシュタット。

 他にも彼らを支え、指揮官代行を務める人材も居る。

 今回は総戦力で事に当たり、各戦闘区域に割り振った。

 しかし、前線指揮官が複数名居るのだ。

 一気呵成に攻め立て、占領区域を広げる手も有効。

 その後ギャロップで陣地を築き航空部隊で警戒ラインを上げ、電撃戦を繰り返す事も可能だ。

 今回は情報不足もあり、慎重に敵情を探る事を優先した。

 戦況は後手に回ることになるが、慌てて攻め込むのは得策ではないと判断した。

 結局、戦略的なものではなく現場主体の戦術的優位から勝利した。

 悪手ではなかったが、妙手を取れなかった指揮だったのが悔やまれる。

 今回も長い付き合いのケンたち、実行部隊長のメルティエが被害を被っている。

 ケンたちは敵に包囲された中で最良の選択肢、肉を切らせて骨を断つを実践。

 モビルスーツを大破させたものの、見事敵部隊を壊滅させた。

 メルティエは連邦軍が開発したモビルスーツと目される兵器と遭遇、撃破に成功。

 捕獲しようとして、自爆に巻き込まれたと聞いている。

 その前に砲撃に遭い、手傷を負っていたとも。

(運が良いのか、悪いのか。女難の相がある事は確実なのだが)

 ”蒼い獅子”の異名通り、前線で活躍するのも良い。

 だが、やはり格闘戦特化型のモビルスーツはネックだ。

 どうにかして前線、いや、最前線から離すことができないものかと常々考えていた。

 此度の件での悩みではない。以前から抱えるものだ。

 確かに彼が前線に姿を現せば力強さ、頼もしさは他の人間では与えることはできない。

 各アジア戦線でも活躍するエースパイロットは多数存在する。

 その中で”蒼い獅子”と同等、それ以上に味方を鼓舞し敵を射竦める歴戦の勇士は片手の指を満たすかどうか怪しい。”青い巨星”の後継者が下した自らの評価は知れないが、既に戦線に影響を与える人物となっているのだ。

 影響力の度合いでは例外として現北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将が居るが、准将自ら「この身の盾となった獅子が居たからこそ、安心して采配を執れた」と述べている。

 ネメアという屋台骨、その支柱に前身の隊から在籍する古参者とダグラスが目をかけ期待しているケンたち、キシリア・ザビ少将から増員として送られたシーマが勿論居る。

 しかし、大黒柱は間違いなくメルティエであった。

 彼が後方から指揮する人間であれば、ダグラスは用済みとなりうるかもしれない。

 今では、補佐役の立ち位置でも良いとさえ思う。

 あの将校を失えば、部隊は瓦解する。文字通りの中心人物であった。

 彼が自分の立ち位置に座ると言うならば、ダグラスは喜んで譲るだろう。

 だが、あの若獅子はパイロットである事に拘りがあるようで、老指揮官を手放さない。

 自ら腰を上げれば、慌てて座らせようとするだろう。彼はそんな人間だ。

 ダグラスも彼を見守っていなくては、今回のように何をやらかすか心配になる。

 コレさえ無ければ、一軍の長として問題ない男なのだが。

(まったく、難儀な男よ)

 初老の彼には年が大きく離れた弟か、息子が居る心持ちだ。

 それだけに、前に出れば出るほど密度を濃くする流れ弾、可能性が上がる集中砲火が恐ろしい。

 戦場に安全な場所等ないことは十二分に承知している。

 それでも、生存率の向上や被弾を避けるべくして事態に備えなければ。

 スタッフのロイド・コルト技術大尉やメイ・カーウィン整備主任に長距離、せめて中距離に主軸を置くモビルスーツプランを立ててもらうべきだろうか。機動力に優れた機体では前線に飛び込みかねんし、さじ加減というものが難しい。守りを固めようにもその重さで身体に支障が出ているのであれば、意味を成さない。

 開戦時はMS-06、ザクIIに主力モビルスーツが変わった中でMS-05、ザクIを愛機としていたのだ。

 機体性能に頼った戦闘では大戦果なぞ上げられまい、性能を出し切るのならばまだしも。

(ふむ。確か)

 先日、月のグラナダ、キャリフォルニア・ベースからモビルスーツが送られてきている。

 カタログスペックを精査せずに戦場へ送り込むことなど到底無理だったので、作戦には投入していない。技術班、開発陣も前回の失敗でパイロットの安全性確保を優先している。良い傾向だが、パイロットにも無理な操縦を自重するよう求めねばなるまい。

 届いた機体はキシリア少将の御眼鏡に適ったものと、ガルマ准将からは現地適応型だ。

 思えば、不可思議な事象ではある。

 ダイクン派を主要陣に据える部隊に、ザビ家から厚い補給が届く。

 少将はダイクン派でも能力があれば重用する、という考えが見て取れる。

 准将からは派閥など関係なしに、友人に対する心ある援護だろう。

 上下、男女関係なく親しまれる人物。

(悪人では無いことに、ここまで安堵させられる人間はおらんなぁ)

 苦い笑みが、更に深まった。 

 メルティエ・イクスという人間を育てた人物に感謝しなくては。

「ローデン大佐」

「何かな、パッカード大佐」

 航行ブリッジに差し込む朝陽の中、ノリスは佇む。

 何処か、殉教者のようだと初老の男は思った。

「思いの外、貴隊には迷惑を掛けた。何かこちらでまかなえるものはないだろうか」

 責任感が強い(いわお)の軍人は、視線を下げることなく訪ねた。

 謝罪ではなく、助けることで贖う。

 好ましい漢だが、それ故に配下の動きが彼を損なわせているのが惜しい。

 調べたところ、中東アジア方面軍はサハリン家所縁ある者も属しているが、大多数はジオン国防軍に在籍していた者が入り混在しているようだ。

 現に大佐と此処へ来た者たちは質実剛健な将兵。

 駐留してから対談した前線司令官やその周りとは明らかに異なる。

 地球に派遣、ないし降下したものにはエリートやベテラン勢が多い。

 新兵や優秀な兵士でないものに地球環境で軍事行動ができるか危ういし、脱走されてはかなわない。

 そう思っていたが、どうやら”はぐれ者”や”能力欠如者”も降下してきているようだ。こちらの部隊も問題を抱えているが、それはやはりどこの部隊も同じなのだろう。

「一つある」

「聞かせて頂きたい」

 互いに目を合わせたまま、逡巡もない。

「我々が駐留する前線基地、其処から遠くない場所の集落とは協力関係でしてな。

 其処へは中佐が自ら足を運んで巡回士の役を負っていた」

「”蒼い獅子”自ら? そこまで重要な場所とは」

「我が方と連邦軍の境界線上に位置する重要な場所、という意味では正しい。そこには我々が接触するまでに両軍の使者を名乗る輩が訪れていたそうだが?」

 訪ねるが、ノリスは渋面を浮かばせるだけだった。

「存ぜぬか。この集落を束ねる族長からは到底応じれない態度で接せられたとも聞いているが」

「申し訳ない。私の不徳がなした暴挙であろう」

 ダグラスはそうは思わないが、本人が述べているのだ。

 付け込むのが大人の仕事、というもの。

「頼みたいのは、まさにここなのだよ。パッカード大佐」

「…我々が忌み嫌われている場所を、巡回せよと?」

「我が方でも、ここの巡回を求められたのはイクス中佐のみ。彼以外では心象が悪いのは確実だ」

「彼以外は、ですか。いえ、分かりました。こちらで引き受けますが」

「無論、中佐が回復次第変わってもらおう。集落の民を刺激したくはない」

 その言葉を聞いて安心したのか、巌の軍人は息を吐く。

 彼も嫌悪の視線を受ける兵士の心象を考えれば、長く行いたくはないだろう。

 だからこそ、充てがったのだが。

「彼らからは何か対価を得ているので?」

「近郊の範囲で連邦軍の動きを伝えてくれている。レーザー通信設備でな。感知式センサーの網も張っている。座標は後ほど送るが、触らんでくれよ」

「何か問題が?」

「情報の共有化はする。そう睨まんでくれたまえ。点検の手順もあるし、防衛機能も設定されているのでな。間違えて手傷を負わせたくはない」

 肩を竦め、うちの部下は神経質でねとも付け加えた。

 無論、嘘である。

「…随分と過激な通信設備群ですな」

 訝しげにするも、部下を負傷させるわけにはいくまいと頷く。

「うむ。族長の娘が、この点検方法を知っているのでね。彼女が居る場合は離れている事もお勧めするよ」

 この場に中佐が同席していれば咳き込むこと請け合いである。

 しかし彼は此処には居らず、代わりにノリスが顔色を変えた。

「なっ、民間人に機密漏洩とは!」

「信頼関係を構築するために必要だった、と言わせてもらおう。誰のせいでここまでする羽目になったか、理解して頂きたいものだな」

 こちらの不手際ではない、そちらの尻拭いをさせられたのだと声にも怒りを滲ませた。

「それを言われると、弱い」

「何、別に責め立てる事はせんよ。過ぎた事だ。しかし、しかしだ、パッカード大佐。民間人との協力は不可欠だ。彼らはこの土地で生きる術を心得ているし、我々よりも地形に明るい。現地協力者は、信用できる者は大いに越した事はない。そうではないかな」

「そうまで言われれば、納得せねばなりますまい。この件は後ほど話を詰める、でよろしいか?」

「ありがたい、助かるよ」

 敬礼を交わし、ブリッジから去る肩幅の広い軍人を見送る。

「ふふ、若い連中を応援するのは()()()な」

 口角を上げた初老の男は艦長席の隣、司令席にどっかり座る。

「中佐、もう少し人の目を気にせねばな。…仕方がない、さり気なく忠告しておくか」

 その時に、あの青年はどういう顔を見せるのか。

 ダグラスは会話内容を知っているように告げることを、心に決めた。 

 休憩を終えたオペレーター組がブリッジに入ると、ひどく機嫌が良い大佐を見て首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東南アジア地区、連邦軍領域の荒地を走るビッグトレー。

 上空にフライ・マンタ隊、地上は61式戦車隊で固めたこの部隊は中東アジア戦線に楔を打ち込むべく出撃し、敢え無く撃退されたものだ。

 それだけで済めば、まだ良かった。

 勢いに乗じたジオン軍は境界線前に食い込んでいた前線基地、中継基地を奪取。

 幸いにも基地機能を破壊することには成功したが、戦線が東南側へ寄せてしまった事は覆しようのない事実。元の基地があれば内部構造など知れようが、破壊してしまえば建設に時間は取られても、内部事情が分からない。奪還作戦が発令したとき、どちらが有利となるか。

 部隊責任者イーサン・ライヤー大佐は険しい顔で思考に耽る。

 モビルスーツの有用性、戦略的価値は宇宙からここ地上でも遜色ないもの。

 巨砲主義に懸念すべき事があったが、ライバルと見たレビル将軍に異を唱えた事に発した今回の侵攻。大惨敗の結果が彼の肩に圧し掛っていた。

 だが、それは置いておく。

 実際に見るまで、モビルスーツの脅威を正しく捉えていなかった。

 捕虜の身となったレビルの戯言だ、と切り捨てていた。

 それが、大きな間違いであったと悟る。

 縦に大き過ぎる二足歩行で動く兵器。

 戦車で一当て、倒してしまえば鉄屑であろうとさえ、出撃前までは思っていたのだ。

 だが、現実はどうだ。

 奴らは高速で動き、戦車の砲撃を避けて迫る。

 その手に持つマシンガン。

 あの口径なぞ、戦車のものと変わらないではないか。おまけに連射さえ可能ときている。

 射程距離も、あの巨体が向きを変えれば比べるべくもない。

 飛ぶこともできる相手だ、やり方次第で距離なぞ、どうとでもなる。

 彼が率い、戦場に散らしたものが多い。

 戦車五個大隊を率い、帰還できたのはビッグトレーを護衛する二個中隊のみ。

 航空戦力は尚の事酷い。出撃前は三個大隊。この中域に存在するのは一個中隊だ。

 戦力の要、ビッグトレー二隻を投じたが、一隻はイーサンの影武者として討たれ、もう一隻はイーサンが搭乗するこのビッグトレーだ。

 基地に残された連邦軍モビルスーツ、ガンタンクを接収して戦力にする試みもあった。

 しかし中継基地陥落の報を聞き、ジオンに渡すくらいならばと基地ごと破壊するよう別働隊に指示を与えたのだ。

 その後も航空部隊による敵艦隊襲撃、奪取された基地に敵部隊を留めた上で三個中隊に分けて一斉射を繰り返す戦術。物量で圧倒するこの戦術で勝利を掴みに挑むが、大敗を喫した。

 他の戦線ではジオン軍を近寄らせず一方的に攻撃できた。こちらが進めば下がり、引き込みのつもりかと疑ったが、ただ後退していただけだった。

 問題は鋒矢のように基地を陥落させた、獅子をエンブレムにする部隊。

 本隊を警戒させていたパトロール隊も戦力に当てた頃、攻め込んできた六機の手練。

 あの機動兵器、モビルスーツというものは既存の兵器を圧倒する。

(レビル。お前の言うことが、正しかった)

 悔しい。

 悔しいが、レビルの言は正しかったと認めるしかない。

「だが、このままでは終われん」

 車長を含め、意気消沈するブリッジクルーが周りに居る中。

 イーサン・ライヤーただ一人、戦意に燃えていた。

 それがジオン軍に対してのものか、個人に対するものか。

 もしかすれば、彼自身にすら分からなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 宇宙世紀0079。5月24日。

 連邦軍内部でとある事件が発生する。

 奇跡の帰還を遂げた、レビル将軍の強硬に推進するモビルスーツ開発。

 これを擁護、後押しする幕僚が現れ始める。

 予想外の味方にレビル将軍と以前より協力して推進していたゴップ大将らは驚くも彼らを望外の援軍と喜んだ。この事件以降、巨砲主義の懐古派は勢いを徐々に削り取られて行く。

 同月。次世代兵器を取り扱う部隊設立案、その適正検査も推められる。

 東南アジア戦線から帰還したFF-X7の実戦データを入手。

 RX-75の廉価型を考案。61式戦車に変わる兵器としての検討と生産ライン確立の計画を発令。

  

 

 

 

 同年。6月13日。公国軍、新型機動兵器試作機の開発に成功。宇宙要塞ソロモンに実戦配備。

 宇宙要塞ア・バオア・クー完成。

 これによりア・バオア・クー、ソロモン、月面基地グラナダによる本土防衛ラインが完成。

 同月。公国軍に資源が正常に回り始まる。

 ア・バオア・クー、ソロモン、グラナダのモビルスーツ工廠にて新型機の開発に着手。

 キャリフォルニア・ベース及び中東アジアの大型プラントが本格稼働を開始。

 MS-07、グフが各戦線に実戦配備。

 固定兵装の扱いに難を示したパイロットの意見を集約。

 結果、固定兵装をオミットしたA型がB型の生産数より上回る。

 MS-06現地改修型が正式採用。

 既存のJ型の生産が多数を占める中。D型、K型、G型が生産、戦線への投入開始。

 潜水艦隊の戦力、水陸両用モビルスーツの開発が進められる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

アンケートの小話は、以前から要望があったリオ。
設定があまり露出しないエスメラルダ。
みんなが愛するガルマさん辺りだろうか。

出演求めるキャラクターはユウキ・ナカサト伍長が多いね。
彼女、幸薄いから優しく接したくなる。
作者もゲーム中にオペレーター選択出来る時は大抵彼女です。
気になるところは、幾らかある。
ガンダム戦記のノリで描写していいのか。
それとも頼れるオペレーターさんで活躍すればいいのか。
…え? 悲劇のヒロイン枠?
やったらジャイアント・バズで消し飛ばされそうですから、やらないよ!
…やらないよ!?(読者の武器を下げる事に必死な作者)

連邦軍が動き出しました。
ジオン軍は更にアグレッシブ。


そして、上代は現在柔軟運動中。
何故かって?
逃げるんだよぉーー!(ジョジョ走りをする作者)

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