ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第三十四話:取り巻く人たち

 

 客員として搭乗するチベ級重巡洋艦、その通路をリフトレバーで抜けながら、ランバ・ラル大尉はすぐ後ろに居るクラウレ・ハモンに声を掛けた。

「ハモン。本当に良かったのか」

 この会話は既に五回ほど繰り返しているが、それでも心変わりしてくれれば、と僅かな希望を胸に彼女へ問うのだ。

「はい、あなた。此度の戦場へは付いていくと。約束したではありませんか」

 ハモンは涼しい目元を細め、やんわりと窘める様に言葉を紡ぐ。

「思い出の場所だ、手放す気など無いと常々言っていたではないか。今から向かう場所は地球だぞ。一度降下すれば早々と戻れるものではない」

 凛とした表情、頑なな意志もラルの好みとするところではあるが、愛する女に帰る家、場所となってもらいたいと願うのは我が儘なのか。

 ゲリラ戦のエキスパート、モビルスーツのエースパイロットと謳われるラルだが、この難攻不落の相手を突破する術は見当も付きそうになかった。

 それにラルが言う思い出の場所、酒場「エデン」は彼自身にとっても思い入れが深く、ハモンとの出会いの場所でもあった。

「そこにはあなたと、あの子が居るのです。家がないなら、其処へ作って移りもします」

 ニコリと微笑み、私、(したた)かな女ですから、と告げるハモン。

 ラルは遂に観念して背を向けた。

「地球に骨を埋める覚悟と言われれば、是非もない。……わしに付いてきてくれ、ハモン」

「はい、あなた」

 ブリッジへ至る扉が排気音を立てて開かれると、ラルとハモンはそれまでの会話が無かったかのように、表情を消して滑り込む。

 チベの出航準備に入っていた艦長のフェルデナンド・ヘイリン大佐とそのブリッジクルーが二人を迎え、ヘイリンはラルと握手を交わし中へと招き入れた。

「よろしく、ラル大尉。名高い”青い巨星”を地球へエスコートする役目、光栄だ」

 ヘイリンはちらり、と後ろにいるハモンに目をやったが、気にせずラルに戻した。

「こちらこそ、ヘイリン大佐。貴官が指揮する艦隊は精強と聞きます」

 地球降下作戦の降下部隊護衛に就き、何度も連邦軍と交戦したヘイリン艦隊は開戦後に新設された部隊ではあったが高い迎撃、任務遂行率を誇り、宇宙攻撃軍の中でも着実に頭角を現している。

「ルウム戦役には参陣叶わなかったが、艦隊指揮をドズル中将から任されている。中将からの信頼には全力で応える所存だ。それに、今の立場は君の御子息のお陰だよ」

「倅の? 失礼ですが、それは」

 艦長席の隣に浮かびながら、ラルはハモンと顔を見合わせた。

「”軍功帳”には、私の戦績とされてはいるが。私の指揮による戦績に、幾分加味されたものでね。本来ならば、彼が戴く栄達が分配されている」

「大佐、それは」

 確かに、”一週間戦争”後に意気消沈している姿を見掛けてはいたが、それが原因なのか。

 しかし、もし真実そうであったとしても、漏らして良い部類のものではない。

 その話が本当にそうであれば、将兵からの信頼を組織が失い、瓦解されかねないものだ。

 例え一兵士の問題であっても、何れ身に降りかかるものだと捉えれば、どうなるか。

「構わないさ。少なくとも、此処に居る連中は全員知っている」

 ラルとハモンが目を向ければ、クルーたちは静かに頷いた。

()()()を起こした将校が昇進し、前線で武威を示した人間に音沙汰がない。加えて受勲式にも出席できないとなれば、誰でも気づくと言うものだ」

「……それを打ち明けて、小官にどうせよと?」

「別に。君から御子息に打ち明けてもいいし、胸に仕舞っておくのも自由だ。ただ、彼には伝えて欲しい」

 ヘイリンは目を閉じ、過ぎ去ったブリティッシュ作戦時、所属機であったMS-05Bとパイロットの姿を浮かべた。

「”正当に評価するものは必ず居る。フェルデナンド・ヘイリンも其の一人である”、と」

「はっ。承知しました、必ずや伝えましょう」

 ラルが敬礼すると、ヘイリンを始めブリッジクルーも同様の姿勢を取った。

「子は親の背を見て育つというが。”青い巨星”は、”蒼い獅子”を生み出したのだな」

「星から生まれた獅子ですか。ロマンチストですな、大佐」

 ははは、と互いに顔を合わせ、

「良い男だ。わしの娘にどうかね。んっ?」

「本人に直接問われては如何ですかな。わしも馬に蹴られたくはないものでして」

 婿に寄越せ、いいや断る、と即答し笑い合いながら同じやり取りを続ける。

「あの子、行く先々で揉め事に巻き込まれてなければ、いいのだけれど」

 ハモンは腕を組み、困惑したブリッジクルーと共に親同士の語り合いを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。モビルスーツの生産が安定してきたな」

 キシリア・ザビ少将は月面基地グラナダの執務室で、満足げに目を細めた。

 その瞳は備付のPCモニターに向けられ、ザクIIを始めとする既存モビルスーツの生産状況、現在開発を進めている新型機の進捗具合が載った報告書を読んでいた。

 統合整備計画。

 メーカーごとに異なる部材や部品、装備、コックピットの操縦系の規格、生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上、機種転換訓練時間の短縮をはかった計画である。

 また、兵士不足による学徒動員などを見越して、操作系のフォーマットを統一することで未熟なパイロットでもモビルスーツを効率的に運用することも目的としている。

 兵士不足もあるが整備兵、技術者の人材不足も懸念されていたため、共有できるのであれば越したことがない。

 マンパワーは何処も不足していた。連邦軍と比べる国力に大きく差があるためである。

 当初は渋った各メーカーも、各々に類別された商品を任され、買い上げる事を認めた契約書を突き付けられては嫌とは言えず、開戦前に発せられた計画が半年以上の時間をかけ、ようやく軌道に乗ったのだ。現行機は据え置きか、パイロットが望むならば改修される手筈である。

 提唱者はマ・クベ。

 開戦前に計画草案を作り、キシリアを通じてギレン・ザビ大将に挙げられ実行に移された。

 彼はこの功績を以て、地球降下作戦前に大佐に昇進している。

 以降長期戦略、諜報に長けた人物として、キシリアの懐刀とされた。

「キシリア様、ジョニー・ライデン少佐が面会を希望されています」

 受話器のスピーカーから流れる、聞き慣れた女の声。

「ライデンか。良い、通せ」

 何時もの将官用ヘルメットを色艶共に高級感漂う机上に置き、ふわりと広がる赤毛混じりの金髪を背に滑らせ、顔半分を覆うマスクを首筋まで下げる。

 丁度良い、休憩がてらに話を聞こうという(てい)だ。

「畏まりました」

 秘書官に返事をすると、しばらくして紅い軍服の将校が入室した。

 金髪碧眼の伊達男、”真紅の稲妻”ジョニー・ライデンその人である。

 彼は素顔を晒す上官に瞬きしたが、その後は普段通りに戻った。

 瞬きの間に見て取れた感情に薄く笑い、ザビ家の女は近寄る美丈夫を見上げる。

「ジョニー・ライデン、召還に応じ罷り越しました」

「ご苦労。早速だが、経過報告を聞きたい」

 敬礼する少佐に鷹揚に頷き返し、早速訊ねる。

 久方ぶりの部下と話す出来事は多々あるが、まずは面倒事、厄介事を処理するに限る。

 それに、彼女の関心を惹く内容を紅い将校は持っているのだ。

「はっ。フラナガナン機関より当部隊へ配属となった者について、御報告致します」

 ライデンは携えた書類を並べ、携帯端末を操作して近況を伝える。

 静かに聴いていたキシリアは時に質問を交え、ライデンは過不足なく報告を続けていく。

「では、その両名は使えるのだな?」

「小官の目で見て、ですが。どちらも優れた反射神経、動体視力を兼ね備えています」

「ほぅ。”真紅の稲妻”がそこまで推すか。興味深い」

 キシリア・ザビにとって、智ではマ・クベ。武ではジョニー・ライデンを一等重用している。

 他にも人材は居るがこの二人は階級に差はあるものの、別格であった。

 次点で地球降下作戦に従事、今も地上で活躍している佐官も居る。

「このユーマ、イングリットなる者。期待して良かろうな?」

「実戦で鍛え、素質を開花すれば、小官と同程度まで伸びるかと」

「なるほど。それまでの才か。大事にしてやれ」

「はっ」

 来客用ソファーに座るよう促し、彼女手ずから淹れた紅茶を向かい合って啜る。

「して、キマイラはどうか?」

「資材、技術面で問題はありません。どちらかといえば、将兵不足が顕著です」

「仕方あるまい。どの部隊も同じような問題を抱えている」

 特務編成部隊、キマイラ。

 ジョニー・ライデンを実行部隊隊長にした、キシリアが擁する特務部隊の一つ。

 一つの目的を見据えて設立した部隊であり、多くの資金と資源を充てがってもいる。

「メルティエ・イクス中佐の、ネメアとは合流は?」

「ならん。イクスは突撃機動軍の広告塔でもある。今や国民の人気を得るに足るガルマと近しい”蒼い獅子”が表で目を引くからこそ、裏で物事が回るのだ」

「左様でした。ともすれば、人材が育つのを待つしかありますまい」

「近々、宇宙攻撃軍が再度ルナツーへ攻撃を仕掛ける可能性がある。共同戦線を張り、新兵を伴い戦場に慣れさせる事も考えよ」

「検討しておきます。……イクス中佐に関係するものですが、お耳に入っておられますか?」

 カップをソーサーに置き、ライデンは上司に尋ねた。

「現在は中東アジアから東南アジア地区へ、駒を進めているとしか聞いてはおらぬな」

「連邦軍モビルスーツ、それに類似する兵器と遭遇したようです」

 カチャリ、とキシリアのカップが鳴る。

 珍しく、ソーサーへ乱暴に置いたらしい。

「詳しく申せ」

「詳細はこちらに。我が方の技術班も確認しております」

「……何故、イクスは報告を上げてこないのだ」

 記憶媒体を受け取り、軽い失望を抱きながら漏らす彼女へ、ライデンは答えた。

「遭遇戦で負傷、三日間昏睡していたようで。今は意識を取り戻したと」

「それは誠か?」

「三つのルート、うち一つはマ・クベ大佐からのものです。情報確度は信用に足るかと」

 キシリアは血色の良い唇に指を当てると僅かの間、思考を巡らした。 

「そうか、確かライデンは地球軌道上へ部隊を率いて出ていたな。その時にか」

「おっしゃる通りです。通信回線で伝えるべきではないと思い、御前に参りました」

 キシリアは静かに頭を下げる忠臣に手を振り、面を上げさせた。

「良い判断であった。”蒼い獅子”ですら手古摺る相手か、難敵よな」

「ZMP-50Dでは装甲を貫通するどころか、弾かれているそうです」

「あれは我が方のザクが主力とする兵器。それを無効化したと言うのか?」

 疑わしい事実。

 いや、出来れば嘘であってほしい。

 ザク、MS-06シリーズはジオン軍主力機であり、現行保有数が最多なのだ。

 そのザクの基本兵装であるZMP-50D、一二〇ミリマシンガンは広く普及された武器の一つ。

 他にも二八〇ミリバズーカ、クラッカー等の武装は存在するため、ザクの攻撃が完全に無効化されるわけではない。

 それでも国力で大きく連邦軍に劣るジオン軍の切り札、モビルスーツの火力が通じない敵モビルスーツが出現するとは、正直考えたくもない難事であった。

「確か、イクスのモビルスーツは」

「グフタイプをベースに現地改修された機体です。しかし武装はザクと変わらず、グフのヒートサーベルを保有する程度だったかと」

「あれは、どうやって敵モビルスーツを打倒したのだ?」

「ネメアから提供された映像を見るに、圧倒的な機動力で敵の懐に入り、格闘戦を仕掛けヒートサーベルで無力化を狙ったようで」

「ふむ。それは一般の兵士で再現可能なものか?」

「無理でしょう。下手をすれば内臓をシェイクされ、使い物にならなくなりますよ」

 首を振り、即答した”真紅の稲妻”にキシリアは納得したようで頷く。

 ”蒼い獅子”の同僚と上司が、揃って人外と評した瞬間である。

「エース級でなくては、倒せなかった。恐らくは練度を上げていないパイロットを相手にか」

 開戦前に連邦軍モビルスーツと交戦もしている。

 当時は今エースとして活躍しているパイロットが参戦、会戦から圧倒的優位のまま終了した。

 それが地上では、敵モビルスーツの性能に遅れを取ったという。

 全くのゼロからのスタートではないにしろ、こちらの技術力が遥かに上だと思っていたが。

 連邦軍が技術部に、天才でも居るのか。

 それともジオン軍が開発を発注している、どこぞのメーカーを抱え込んだのか。

 内部に情報提供者が居るのか。間諜の類はキシリア機関が始末している筈。

 が、地球のマ・クベにも情報漏洩対策に何か手を打つ事も必要だとキシリアは思い直し、これを最重要案件とした。

「量産されれば、面倒な事になる。報告書を纏め、私宛に送信を。次の会議で総帥に伝えよう」

「今すぐにではなく、ですか?」

「策も何もなくただ報告するのは兵士の仕事。将は打開策も掲示せねばならぬ。そういうことだ、少佐殿?」

 悪戯気にクスリ、と笑った妙齢の女性に、青年将校はドキリとする。

「装甲片でも回収できておれば、良かったのだが。詮無きことか」

 惜しむらくは、話す内容に色気が全くなかった事であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、キャリフォルニア・ベースへ。歓迎するよ、ゲラート・シュマイザー少佐」

 キャリフォルニア・ベース、最高責任者の執務室。

 其処に迎え入れたガルマ・ザビ准将に、シュマイザーは静かに敬礼を取る。

「着任の挨拶が遅れ、申し訳ありません。ガルマ・ザビ准将」

「なに、互いに忙しい身。その点は理解しているつもりだ」

 一特務部隊の指揮と、重要拠点の総指揮では遥かに次元が違う。

 元々第一次地球降下作戦以降、部隊を率いて戦った経験が若い准将にはある。その事から言った言葉であろうが、シュマイザーは内心酷く困惑していた。

 彼は開戦前のガルマ・ザビを知っている。

 士官学校主席で卒業、将来を渇望されジオン公国を双肩に担う人物である。

 が、貴公子然とした振る舞い、隙が目立ち要職に就く一族の中で唯一浮いている青年。

 少なくとも、当時のシュマイザーら一般将校の印象はこんなものだった。

 しかし、地球降下作戦以降、ガルマの戦功は他の将官を押し退けて一際注目を浴びる。

 降下部隊と共に先鋒を任され、文字通り各地を転戦に続く転戦を重ね、ジオン軍支配領域を伸ばしていったのだ。今やジオン軍の中で、彼の実力を疑うものは存在しない。

(デギン公王が溺愛し、ドズル中将が期待する将器があったというわけか)

 シュマイザーの知り合いも、ガルマに一助したという。

 何かと苦労をしたらしく、灰色混じりの黒髪の対比が変わっていたことに同情した。

 白髪ではないのだから、と励ました時に睨まれもしたが。

 第二次降下部隊の活躍、ガルマ准将が防衛戦力を分散せずに集約し、戦力が整え次第順次部隊を派遣した事で攻略した基地に連邦軍が入った事態も遭ったが、基地内部構造を完全に把握している指揮官自ら工作員を率い、奇襲を仕掛け敵戦力をそのまま確保する戦果を上げる。

 この基地内の戦闘機、戦車、輸送機を全てキャリフォルニア・ベースに接収。

 今も技術班が性能を解析中だ。

 もしかすれば、ジオン軍に大気圏内で活躍する兵器、あるいは既存兵器の大幅な改修が見込めるかもしれないのだ。大気圏内のデータ不足に悩まされているジオン軍には、正に天からの贈り物であった。

 現状はモビルスーツに頼っているが、あれは宇宙空間、地上対応も見据えて開発されているが対空能力がそれほど高いわけではなかった。

 戦闘機はほぼ直線、ないし旋回時に大きく膨らむ軌跡を描くので、その時にマシンガンで撃ち落とすしかないのだが、高速で飛来する点を相手に正確な射撃は難しい。

 位置を特定した後の予測射撃が当たるのは半々か、それ以下であった。

 宇宙空間ではないので、戦闘機と同じ軸に機体を寄せることもできないし、AMBACがある分相手より位置移動が容易ではあるが、空中戦を考慮に入れたモビルスーツは未だ生産されていない。

 大きくジャンプ、滑空しながら戦う程度が限界であった。

 その開発に必要な素材が手に入ったのだ、キャリフォルニア・ベースに在籍する技術者が矢次早に兵器群の輸送を求めるのも仕方がない事と、現場の人間も理解を示した。

 この時、基地攻略に工作員を率いたのがイアン・グレーデン中尉。

 現在は功績を認められ、昇進し大尉となっている。

 彼の隊が接収した戦果を輸送する中、護衛任務に就いたのがシュマイザーたち、闇夜のフェンリル隊であった。

 同隊は、試験型のセンサーシステムを搭載したモビルスーツを所属機としている。

 レーダー、センサーを以て敵軍の早期発見、撃破を狙うシュマイザーの部隊方針が正しく機能する任務だった事もあり、少数ながら各個撃破する戦術で連邦軍と矛を交えた。

 彼らが警戒した範囲に敵反応が検出すれば、先手を仕掛け撃破ないし撤退に追い込む。

 首尾良く彼らを出し抜けたとしてもグレーデン率いる直衛隊が控え、撃滅する二段構えである。

 奪還、破壊任務を帯びた連邦軍はその都度、狼に喰い千切られ、荒野や山岳地帯に亡骸を晒すことになった。その分彼らも無傷では居られず、強引な突入を防ぐために立ち塞ぎ、少なくない損害を被っている。

「モビルスーツの補充、物資の受領確認しました。キシリア閣下から任務が下るまで、我々闇夜のフェンリル隊もキャリフォルニア・ベース防衛に就きます」

「それは心強い。音に聞くシュマイザー少佐とその精鋭が守備に入れば、南米から押し寄せる連邦軍も恐るるに足らない。期待させてもらうよ」

「はっ。有事の際は、万全を期して臨みます」

 声や態度に嫌味、厭味も無い。純粋な歓迎と世辞ではない期待が寄せられる。

 この対応がゲラート・シュマイザーをして純朴な青年と器量の深い指揮官が同居する、特異な人間だと感じさせた。

「それで、少佐の隊は今何処に?」

「第五滑走路で物資搬入作業、それが終われば休暇を。許可を頂ければ基地周辺の巡回に出す予定です」

「ふむ。では、これを。役に立つ筈だ」

 大きく頷いたガルマは、予め用意していたのか。封筒を差し出す。

 それを受け取るが、表題も何もない。

「准将。これは?」

「キャリフォルニア・ベースの巡回ルート、及び今現在機能している通信設備の配置図だ。巡回、哨戒に出るときに役立ててくれれば、嬉しい」

「なるほど。十分に役立てて見せます。通信設備は現状、どの程度まで把握できているのですか?」

「私が覚えている限り、キャリフォルニア・ベースの二七〇キロメートルまで。潜水艦隊が編成された事もあって、水中とその区域に対空レーダーを順次張っている」

「……二七〇キロメートル、ですか。確か、キャリフォルニア・ベースの四方二五〇キロメートルには中継基地、更に一〇〇キロメートル先に前線基地が配してありましたが」

 ガルマが今も腐心しているのは、キャリフォルニア・ベースを中核とした防衛網の構築。

 二七〇キロメートルまでレーザー遠方監視、二五〇キロメートルの位置に在る中継基地と定時連絡を交わし有事の際は後詰に向かえる様に取り計らい、中継基地は一〇〇キロメートル先に前線基地を設け、同様の措置を取る。

 海岸側には連邦軍が破壊を試みたデータバンクから幸いにもサルベージに成功した、大型プラットフォームを海上に建造。移動も可能であるため、連邦軍に位置を特定されない様にランダム航行となっている。勿論、キャリフォルニア・ベースのレーダー範囲内を、である。

 さすがに核ミサイル施設の扱いだけは、上官に当たるキシリアにお伺いを立て対応策を練った。南極条約締結時に建造及び使用を禁じはしたが、保有については触れていない。今となっては、核弾頭を所持しているだけで該当基地を侵攻ルートから外す可能性もあるのだ。

 誰も核爆発に巻き込まれて死にたくはない。

 つまりは、そういう事であった。

「前線基地は建築中で、今だ機能していないが。5月に入る前に少し、連邦軍の先遣隊と前線基地を叩いてもらったのでね。時間に余裕がある内に、こちらの防衛能力を高めておきたい。南米がすぐ近くにあるのだからな。何れ来るジャブロー攻撃に備えなくては」

 ジャブロー攻略時には防衛戦力をそのまま、侵攻部隊に組み込む。

 重要拠点の守りを固める戦略が、地球連邦総司令部ジャブロー陥落に向けて用意しているものだと語る。穏やかながら熱意を以て前線に身を置く青年の意気込みを、壮年の指揮官は感じていた。

「感服致しました。ジャブロー攻略には、我々も必ずお供しましょう」

「おお、そう言ってくれると助かる。ならば、それまで互いに壮健でありたいものだ」

 封筒の中に有る記憶媒体を指で確かめつつ、シュマイザーは一つ尋ねた。

「5月に交戦した、とおっしゃりましたが。その部隊は今何処に?」

「うん? 気になるかな」

「連邦軍モビルスーツの噂は良く聞くものですから。実戦データが存在するのならば、是非に」

「それならばキャリフォルニア・ベースのデータバンクにある。検証のために見ておきたいならば許可を出そう。少佐の部隊理念に役立てれば、彼も喜ぶだろう」

 親しみを込めた笑みをガルマは浮かべたが、シュマイザーは自分ではない他の誰かに向けているものだと察した。

 自らを卑下する気はないが、労わる様な感情を向けられるほど少佐は准将に貢献していないと思うが故に。

「彼、と言いますと?」

「少佐。君も良く知る人物だよ。私の代わりに補給手続きを採ってくれた筈だ。直接は会わなかったのかな?」

 シュマイザーの脳裏に思い出されるのは、取り沙汰された灰色の青年ではなく。

 旧知の友人に連れられ、挨拶に勢い良く頭を下げる黒髪の少年だった。

「……メルティエ・イクス中佐ですか。なるほど、合点がつきました」

「うむ。すまないが、そろそろ仕事に戻らせてもらおう。裁可を求めるものが多く上がっているようなのでね」

「はっ。長居してしまったようで。失礼いたします」

 退室し、通路を歩き自分たちに充てがわられたスペースに向かう。

(軍属になった時、私かラルの隊へ配属になると思っていたのだが)

 士官学校以前から目を掛けていた分、当てが外れたときの落胆は大きい。

(良い男に成ったようで嬉しいぞ、メルの坊や。私も負けてはおれんな)

 シュマイザーは気づかず男臭い笑みを浮かべ、心なしか足も軽やかに進む。

 スペースに着き、中に入れば。

「いい加減代わりなさい、今度こそ私が勝つのよ!」

「うるせー! もっかいやれば勝てるかもしれないんだ、黙ってろよっ」

 コックピットを模したシミュレーターの内外で騒ぐ男女、それを呆れた表情で見つめる二人の男たち。

「全く。飽きもせずよくやるものだ」

 ル・ローア少尉が目を閉じ、見飽きた光景に淡々と。

「まぁ、久しぶりの基地内での休暇です。やりたいようにさせときましょうや」

 マット・オースティン軍曹はいかつい顔に似合わない意見を述べ。

「それは何度も聞いたわ! いい加減反省ってものを覚えなさいよ!」

 シャルロッテ・ヘープナー少尉は噛み付きかねん勢いで捲し立て。

「そっちこそ、装備の切り替え(スイッチ)くらい早くしてみせろってんだ! 何回その隙に落とされてると思ってやがる!」

 ニッキ・ロベルト少尉が負けてたまるかと大声で怒鳴っている。

 はぁ、と戦場から離れ感傷に耽っていた指揮官は、己の隊を再び視界に収め、再度息を吐いた。

「何をしている。外部に丸聞こえだぞ、少し外聞を気にしろっ」

 靴音を鳴らし静かに怒りを込めれば、若い男女は恐縮し、眺めていた二人も姿勢を正した。

「自らを省みない者は決まって無残な最期を遂げる。仮想練習でこの有り様なら、やり直しが効かない戦場ではどうなる? 今此処で答えを聞くつもりもない、精進しろ。以上だ!」

 彼は珍しく語尾を荒くし、部下を戒めた。

 人間誰しも、懐かしい記憶に思いを馳せている時に邪魔をされれば、機嫌が悪くなるのだ。

 それは冷静沈着なゲラート・シュマイザーも、例外ではなかった。

 彼は気を取り直し、部下の戦績だけでも確認しておこうと、シミュレーターの画面を覗く。

 其処には、二人が負け続けた仮想敵、蒼いグフが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイド7のとあるコロニー。

 地球連邦政府とジオン公国が戦争に突入する前に建造が開始されたばかりで、今も未完成だったが居住は始まっていた。

 コロニー公社が入り、建造計画自体は進むものの、長過ぎるのではないかと一部の住民は思っていた。

 開戦前から竣工しているのだ。住居スペース、工業地区と並行して開発された一部のスペースと宇宙船ドックが今だ完成を見ない。立入禁止区画化されているのは安全の為だと付近に近寄る事さえ警備員に阻まれる始末であった。

 極稀に、腕白な子供たちが鬼ごっこの鬼役に警備員を見立てて一悶着起こし、罰則こそ無かったが保護者への厳重注意が()()、以降はその手の遊びは禁じられた。

 既に6月が過ぎ、半ばまで差し掛かった。

 それでも、今だ開発終了となってはいない。

 医学生の卵として、実地研修代わりの医療ボランティアに参加していたセイラ・マスは、他愛のない話に興じる付近住民の井戸端会議を聞きながら、確かにと胸中で頷いていた。

 擦れ違うときに流れてくる会話、彼女らは内緒話をしているつもりでも、周りの迷惑を考えない音量だ。

 嫌でも耳に入るし、聞きたくなければ耳を塞ぐしかない。

 セイラもそうしてやりたかったが、奇異の目で見られ、不要な波風を立たせる積もりもないので、日々耐えているのだ。

 しかし、噂話とは言え、貴重な情報源の一つでもあった。

 人の目というものは完全遮断が難しい。

 何時、何処で、どの様な行動を取っているか。自身では把握していないような事でも、他人にとっては印象的なものである場合もある。炊事、洗濯、掃除、家族の世話等であくせく働く主婦層は案外目敏く、何事かを観察している。

 ちょうどセイラの耳に入ったものも、その手の類であった。

「知ってます? また輸送船が入ってきたそうですよ」

「ドックは、確か。使えるものが限られているという話でしたね」

「配給が増えるのは助かります。うちは年寄りが多くて、不安ですから」

「うちも子供が。我が儘ばかりで」

「そうですか? 利発で良い子じゃないですか」

「猫を被るのが上手いだけですよ、まったく」

 現在は戦時中も合わさり、各家庭に配給品が送られている。最近は特に多いと主婦の方々が喜んではいるが、其処まで以前の配給が乏しかっただろうか。

 暴動や飢餓に晒されていないだけマシではあったが、何時までこのコロニーでボランティアに従事したものか。

 疲労や栄養不足、切り傷打撲で診る患者は確かに居る。

 勤務している医療スタッフだけで十分に回せるだろうが、セイラが居る分休憩や休暇を取れる。

 居なくても問題はないが、居てくれると助かるくらいなものだ。

 確かにその程度ではあったが、仕事に関しては大体満足を得ている。

 彼女自身大仕事に関わりたい、という意志はない。困っている人を助けたい一心で医者の道を目指したのだ。治療を受けた人々からの感謝の声と、スタッフから助かったと言われる生活にやり甲斐も感じてはいる。

 ただ、このコロニーには気になる事があって、深入りしたくはないが突き詰めたい衝動も彼女の中に渦巻いてはいる。

 好奇心というものだが、自制できるものではあったので、彼女は長らく放置していた。

 夜勤が終わり決められた居住区を目指しながら彼女は、コロニーを巡る何かと腑に落ちない現状と仕事疲れもあり、僅かに苛立ちを感じていた。

「はぁ……」

 自室に入ると電子ロックを確認して明日の用意を進める傍ら、チャリと金属音を立てたロケットに触れる。

 独りになってから、ロケットを指で弄うのが気を紛らわせる癖になっていた。

 マス家に養子入りしてから、医者の道を志してからも、二人の兄を忘れた事は一度もない。

 一人は事故で失い、もう一人はこの宇宙に居るだろうか。

 セイラと同じ金髪の兄は、良く手を引いて遊んでくれた。

 後見人のジンバ・ラルから、よく説かれた話もあった。兄は立場上聞き入るしかなかった。

 彼女自身は割と流していた。老人の執念のようなものに絡みつかれるようで、嫌だったのだ。

 もう一人の黒髪の兄は、良く構ってくれた。

 昔はやんちゃしたものだ、と思えるくらいに振り回した記憶がある。

 偶に泣きそうな顔で追ってくる彼が好きだった。こういう時は金髪の兄が忙しい時であったから、その分彼に甘えていたのだ。

 パチリ、と軽い音の後。

 今では叶わない、二人の兄に挟まれて微笑む幼い頃の自分。

 キャスバル・レム・ダイクン、メルティエ・イクス、アルテイシア・ソム・ダイクン。

 三人が三人とも笑顔の、今はもう遠い頃の写真。

 彼女たちを取り巻くものに対しては不幸だと言えるが、この時は確かな幸せがあった。

(あれから、会ってない)

 過去に囚われない様、歩いてきたつもりだ。

 ラル家に引き取られた兄と、直接会う事はない。

 連絡は取り合っていた時もあったが、彼が士官学校に入る頃には過疎ってしまった。

 セイラも本格的に勉学に身を入れていた時だ、仕方がなかった。

 疲れている時に昔を思い出すと、ふと考えてしまう事がある。

 泣き虫ではあったが、その分優しく他人に気を遣う少年だった。

 今も泣き癖は治らないのか、不必要な苦労を背負ってはいないか。

 兄キャスバルが既に居なくとも、妹アルテイシアが傍に居なくても。

 彼は、笑っていられるだろうか。

(感傷だわ。今日は酷く疲れているみたい)

 口煩いスタッフは、溜め息を吐く分だけ幸せが逃げると言う。

 幸せが現在進行形で訪れないのだ、溜め息くらい好きに吐かせてほしい。

 気分を変えようと軽く頭を振り、着替えを手にバスルームへ向かう。

 しばらくして部屋に流れる水音が、物悲しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

執筆して来た本作品。
振り返れば結構な人出てます。名前だけしか出てない人も含めるとかなり居ます。
ふふ、間違えないようにしなきゃね…(震え声)

物語が9月突入すると更に出てくる可能性高いからね!
アムロとか白いヤツとか白い悪魔とかがね!

タイトル通り、メルティエさんは今回お休み。
ええ、休みなのでナニしてるか知りません。
……ちょっとクラッカー用意してくる。

初登場のセイラさん。言葉遣いとか長文じゃないと表現しにくいね。
彼女が長セリフ言う時ってあんましないような気がするけども。

ぼちぼち小話も出荷予定。
次話を執筆しながら最終確認ですな。
そいでは、次話をお待ちくだされノシ

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