ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

40 / 72
第36話:カリマンタン攻防戦(前編)

 朝焼けに彩られる空。

 雲が魅せる明暗が、自然の尊厳さを訴える。

 それは生命の起源たる地球が、戦いに身を置く種に抗議しているように感じられた。

 

 癖毛だが豊かな金髪の下、蝋のように白い顔に日の光を浴びて、じんわりと入る温かみを感じながら、ギニアス・サハリン少将はこれが感傷だと分かってはいた。

 今からこの地を。自身が知らぬ多種多様の生物が住まうこの場所に、災いを蒔くのだ。

 それを自覚したからこそ、朝焼けの温かみが体に染み渡るこの刹那も、腹の中身が氷に変化したように冷たく感じるのだ。

 眼下の風景を汚すだけではない、多数の将兵も故郷から離れた遠いこの地で命を散らす。

 この世に一人しかいない肉親、妹のアイナ・サハリンにこれから強いる事に対しても。

 採った選択がサハリン家に、自分にとって最良であったのか自問する心の持ち方にも。

 自分にも、良心の呵責というものがある事に何故か可笑しく、何処かで安心していた。

 

 だが、既に賽は投げられたのだ。

 事態は動き、何百何千という将兵たちが一つの目標に向けて行動を進めている。

 彼はガウ攻撃空母の戦闘ブリッジ、その司令席に体を預けながら思考に耽る。

 

 若く未来の展望に目を輝かせていた自分が、大量の宇宙線を被爆してから、何年過ぎた。

 栄華を誇っていたサハリン家が没落してから、何年経過した。

 

 闘病の将来が確定したあの日から目の前には暗闇が広がるだけで、短命の宣告を受けては絶望の淵に追いやられ、庇護者を失い斜陽の名家当主となってから、幾日潰えていったのか。

 

 ザビ家と親交があったサハリン家は、デギン公王のお情けで”名家”のステータスを奪われていないだけだ。しかしギニアスが病に蝕まれてからは、それすらも怪しいと言えた。

 デギン公王よりもその長男、ギレン総帥がジオン公国を動かしていると言っても過言ではない。

 公王の権威が健在である内に、総帥へ力を示す必要があった。

 彼は合理主義者であり、有能な人物を起用する。

 利がある人間だけ、と狭い門ではあったが総帥のお墨付きが入れば、少なくとも取り潰されることはないとギニアスは考えていた。

 ギレン自身が稀有な実力者である上に、その人物から見て有能、取り壊すには惜しいと思われなければならない。

 難事ばかりがギニアスの心中を重く沈ませるが、ここで没するわけにはいかないのだ。

 有力者と目される事。それが成し得なかった場合、サハリン家はギニアスの代で断絶となる。

 

 難病を抱える兄を置いて、妹に当主を譲る事も考えなかったわけではない。

 幸か不幸か、アイナは見目麗しい婦女へと成長はした。

 やはりと言ってしまうべきか、控えめに見ても当主の器ではない。

 万が一継いだとしても、一族郎党の命運を握る舵取りが覚束無いと断じてしまえる。

 理想論者でもある妹には、人の汚い部分を直視させられる政界は荷が重過ぎるのだ。

 

 ギニアスとアイナの幼少期から傍に仕え、見守ってきたノリス・パッカードですら、この意見に対して反論の言葉を飲み込んだのだ。

 あの時ほど、ギニアスは病に侵されたこの身と、既に失せた両親を恨んだことは無い。

 自身もいつ病に敗死するかわからず、独り残す妹とサハリン家に何を遺せるか。

 能力重視となるのであれば、サハリン家の家名(ブランド)を背負える資質ある者を婿に取らせるべきか。

 ギニアス自身は短命と切り捨てていたし、今も戦争で未亡人が増えているのだ。縁談は今も上る話ではあったが、これ以上他者に割く時間もないし、未亡人を作る事も避けたかった。

 

 彼はクリアしなければならぬ難題、雑事が多い事に疲労を感じ、額を揉んだ。

 中東アジア方面軍は占領したマレーシア中心に位置するボルネオ島を拠点に戦力を二つに分け、西カリマンタン、東カリマンタンへ同時攻撃を仕掛ける。

 占領したスリアン、タワウ基地で補給、整備中の部隊も随時出撃する予定だ。

 連邦軍の抵抗、自軍の損耗を考えて中部カリマンタンは東西から挟撃、圧力を掛けて制圧する。

 両軍の最終目標は中部カリマンタンに位置する重要拠点、パランカラヤである。

 

 西カリマンタン攻略はギニアス自身が執る。

 第一目標は内陸部のシンタン、第二目標は湾岸部に位置するポンティアナック基地だ。

 特にポンティエアナックは潜水艦隊を有するという。水深からの魚雷で我が隊の潜水艦隊、海上を走るギャロップが轟沈する事がないよう警戒を強める。

 

 東カリマンタン攻略は彼が最も信頼する武人、ノリスに委任した。

 第一目標はタラカン、第二目標にバリクパパン基地を捉えている。

 東カリマンタンの主要基地は全て湾岸部に存在し、内陸部には支援基地が点在する程度だ。

 

 寄せ集めの色が濃厚な東カリマンタン攻略部隊は各部隊に独自行動を認可。

 ノリスが珍しく強く提言したものは幾つかあるが、特に重点を置いたのは以下の二つだ。

 南極条約厳守、住民に対する行動に幾重にも制限を設けた事。各部隊長に承諾のサインも書かせ、問題発生時は厳罰に処す構えを見せた上で出撃を許可している。

 オデッサ基地、マ・クベ大佐から派遣された潜水艦隊は全てこちらに回した。

 地続きの重要拠点が無い事が大きいが、上陸しても基地制圧までで内陸部に手を伸ばす事がないからだ。援軍だが上位命令が効かない連中を扱うには、ギニアスの経験が足りないのだ。

 

 対する連邦軍も東南アジア地区に残る戦力を掻き集め、防衛の備え有りと報告を受けている。

 これはマ・クベの手の者で、彼が補給以上の手助けをする事にギニアスを含めて驚いた。

 幾つか理由が挙げられるがその中でも最も大きいものは、マ・クベ本人とヨーロッパ方面軍司令に着任したユーリー・ケラーネ少将にある。

 この二人は相性が(すこぶ)る悪いらしく、協力体制を築くならば近くの好かん輩より遠くの顔見知りの方がマシ、とマ・クベが判断したらしい。

 

 無論、諜報部の人間が言ったわけではない。

 ギニアスが全ての内容を聞き終え、マ・クベと旧知のケラーネの人物評を彼なりに照らし合わせた結果である。

 概ねはそうなるだろうと思っていたが隣人、隣地の間柄でこうも上手くならないのだと分かると我が軍の人事配置は間違っているのでは、とさえ思ってしまうのも無理ない事ではあった。

 

 元は人間関係の(もつ)れとは言え、この地を去る前にガルマ・ザビ准将が取り持った誼が、再び重きを成した出来事の一つに数えられる。

 ギニアスはこれを奇貨ではなく奇縁と思い、北米大陸に今も居る若き将官に感謝し、戦功を必ずや挙げてみせようと強く誓う。

 

 作戦時刻に達する時、一技術将官に武官の魂が宿った瞬間でもあった。

 

「ギニアス閣下。ガウ攻撃空母一番艦から八番艦まで、用意完了との事です」

 

 ガウ攻撃空母のブリッジ。

 そのオペレーターが報告した内容を、艦長席の壮年の少佐が司令席に座るギニアスへと告げる。

 ギニアスが搭乗するこのガウ一番艦を司令部にした西カリマンタン攻略部隊は、正に大部隊の名に相応しい陣容を誇っていた。

 

 空にガウ攻撃空母八隻。搭載モビルスーツ二十四機、航空機六十四機。

 海はユーコン級潜水艦五隻。搭載モビルスーツ十機。

 陸をギャロップ陸上戦艇十隻。搭載モビルスーツ三十機。航空機三十機余。戦車三十機余。

 

 更に東カリマンタン攻略部隊には援軍が確約されている。

 現地合流部隊は決戦と聞いてか各戦線からモビルスーツ二個中隊、戦車二個中隊、航空二個小隊までに膨れ上がった。

 合流部隊は陸上戦力に加えられ、ノリス・パッカード大佐の麾下に入ってもらう手筈だ。

 

「よし。現時刻を以って作戦開始とする。各ガウ攻撃空母より、搭載機ドップを出撃させよ。

 予定通りの進路を取れと厳命しておくことを忘れるな」

 

 復唱し、内容を各艦に連絡するオペレーター班。

 

「作戦開始! 航空部隊第一陣、出撃!」 

 

「目標、連邦軍東南アジア地区西カリマンタン、シンタン及びポンティアナック!」

 

「航空部隊第一陣発艦、32機! 隊列は単横陣!」

 

 ガウのモニターに横一列に並ぶ護衛機ドップ、ドダイ爆撃機混成部隊が表示。

 敵基地方向へと進み、二つに別れた。

 

「航空部隊、敵地を視認! 鶴翼陣に移行!」

 

 翼を広げるように、左翼と右翼が先行。

 そのままシンタン基地が在るだろう上空へ向かう。

 

「敵からの対空攻撃なし、基地設備発見できず!」

 

「やはり、射線や攻撃位置から特定されるのは嫌か。航空部隊から敵地情報は送られているな?

 情報分析、急げよ! ドダイはともかく、ドップはあと二往復半しか持たんぞ!」

 

 ジオン軍の狙いは先制爆撃ではない。

 

 航空部隊は連邦軍が攻撃してきた位置を特定する為の囮。ドダイは用途があるのでそのままだが、ドップは搭載火器の弾薬を三分の一に減らした分光学機器を装備。

 敵地威力偵察を兼ねた護衛機として運用している。

 

 これは過日の戦いで、敵航空戦力が半減以下しか無いと断定した上での変更点。

 そして、連邦軍は航空部隊を投入しては来なかった。

 

 まず一手目は成功と見て良いだろう。

 ギニアスは指示を終えると小さく息を吐いた。

 

「了解です、司令!」

 

 一瞬、司令と呼ばれ誰だと思ったが、自身である事に気づく。

 思えば、このような場所で司令と仰がれ、指示を飛ばす事なぞした試しがない。

 常に基地の奥深く、屋敷の中で居た為だ。

 被曝の影響で、命が尽きる日まで満足に身体を動かす事ができない。

 片腕であり、忠勇無比のノリス・パッカードが常駐戦場を心掛けて尽くすに至った理由の一つでもある。

 

 今は隣には居ないが、共に戦地に立っている。

 幼き頃に抱いた、歴戦の勇士と戦列を組む事は、叶うことは決してないだろう。

 

 だが、見よ。

 

 指揮官として、いくさ場に赴けたのだ。

 

 重責と容態で息苦しい肺が、高揚感と長らく捨て置いた夢を吸い込み膨らむ心地。

 

 目を瞑れば彼が師となり、教鞭を取って叱られた頃を容易に思い出せた。

 

(あの頃の、お前がくれた知識と時間、無駄にはせんぞ、ノリス!)

 

 気を緩めれば喉元にせり上がる、何時もの重い塊を留めて殺すと、ギニアスは腕を振るった。

 

 それは大きく、病身の体とは思えない雄々しい動作であった。

 

「各部隊に情報送れ、敵地さえ分かれば各自が採るべき最良の選択が見えて来る筈だ。隊はまだ動かすなとは伝えろ、今動けば次の一手の邪魔になると告げておけ!」

 

「はっ!」

 

 艦長席に座る少佐、サハリン家に長く仕える重臣の彼もギニアスの姿に触発されたのか、司令席に体を向けた。

 

「司令、砲撃長に一言」

 

「――――うむ」

 

 差し出されたページングを受け取る。

 通常ならば艦長が行うべきだが、この一番艦に搭乗した人間は全てサハリン家の人間で占められている。

 遅い初陣となったが、ギニアス自身も声掛けは必要だと理解していた。

 

 長らく待たせた、侘びも兼ねて。

 

「砲撃長、間も無く出番だ。鋭い一撃を期待しているぞ」

 

『お任せください、司令。焙り出しにも貢献させて頂きます』

 

 硬い声と物言いが、ノリスを思い浮かばせる。職業軍人という者たちだ。

 言葉少なげだが、それ以上は意味を成さないと分かった。

 

「うむ、頼むぞ。航空部隊はどうか」

 

「シンタンに爆撃、敵側反応なし!」

 

「ポンティアナックに先行した部隊から入電、敵に動きなし!」

 

「すぐには尻尾を掴ませないか……情報分析、割り出せたか」

 

「敵地特定できず、しかしミノフスキー粒子が散布される地帯を捕捉!」

 

 ギニアスは拳を額に押し当て、何事か思案した。

 

「ミノフスキー粒子は囮、その地から逆方向に港或いは平たい場所が物資輸送の拠点。どうか?」

 

「島ですからな、その可能性は十分にあるかと。ミノフスキー粒子散布時間も気になりますが」

 

 艦長がモニターを睨み、見識を述べた。

 

「最初の火砲を其方で受ける算段やもしれん。少なくとも航空部隊は一度帰投する必要がある」

 

「では、敵物資輸送拠点を叩くので?」

 

「当該地域、出ます!」

 

 オペレーターの声でモニターを見ればポンティアナックは湾岸部であるから当然として、シンタンに繋がる水路が三つ、周辺部には港とそれに面した軍事基地が確認できた。

 

「そうだ。ただし陸と海からでな。陸上部隊、潜水艦隊に座標を送れ。軍事拠点は襲撃し、破壊。港と漁村及び現地民の被害は最小限に抑えるよう厳命。彼らは今後の貴重な情報源、協力者と成り得る。だが、匿った人間には容赦はするな、その手合いはもう引き込めない」

 

「了解しました!」

 

 良く通る声だ、とギニアスは若いオペレーターに感心した。

 

「艦長、ミノフスキー粒子が散布された地域へガウによる攻撃を開始する用意を。

 ミノフスキー粒子は専用機関がなければ蓄積、放出ができん。囮とはいえ、潰す必要がある」

 

 ギニアスはそう言って少佐に目を向けるが、彼が視線を置く位置に気づいた。

 

「む。……すまん」

 

「いえ、ギニアス様も御緊張なされている、と分かり安心致しました。余りに堂々と指揮を執っておられたので小官は不要な存在では、と肩身が狭かったものですから」

 

 にかっと笑う少佐。

 

 コホン、と漏らした咳は、ギニアスの体を蝕む類のものではなかった。

 

「砲撃長、ミノフスキー粒子発生地に向け砲撃を頼む」

 

『はっ。戦果をただちにお見せ致します』

 

 ページングを戻す際、やるぞ、てめぇら!と怒号が流れた。

 

「士気旺盛ですな」

 

「うむ、喜ばしいことだ。オペレーター、各ガウにミノフスキー粒子発生地に一斉砲撃を伝達。

 潜水艦隊が襲撃、陸上部隊が上陸するまで情報をリンク。

 ガウの砲撃と潜水艦隊の攻撃で基地守備隊が混乱している間に、陸の制圧部隊を基地内部へ突入させろ。ミノフスキー粒子拡散弾頭は用意できているな?」

 

「はい、ネメアが用立ててくれました。数は揃えるには足りませんが、先制攻撃分には十分です」

 

 ミノフスキー粒子散布機能がない、またはビーム砲による着弾地点への強制拡散ができない場合に急遽用意された特殊弾頭。

 その名の通り、ミノフスキー粒子を充填された専用の弾頭だ。

 これはモビルスーツに装備されるクラッカーを基にしている。設定時間を切ると五箇所の突起が外に向かって突き刺さると共に、内圧から解放されたミノフスキー粒子が外気に混じり撹拌され、あとは風向きに潜んで地帯に電波妨害をもたらし、風速が無ければ自然に濃度低下するまではその場に滞留し続ける。

 制圧威力よりも敵地に混乱を起こさせる為の弾頭である。

 

 が、見当違いの場所に撃ち込んでは意味がないどころか、ただの不透明地帯を作り出すだけだ。

 取り扱いは十分に注意されたし、とネメアの技術大尉が念を押していたと聞いている。

 

「同時攻撃で敵の情報封鎖、行動抑止ができるな」

 

「はい、未だに敵側から攻撃が無いことが気になりますが、足を見せたくは無いのでしょう」

 

「ならば航空部隊に伝達。陸上部隊が音響探知(ソナー)での情報収集に入り次第、住宅地から森林、山に至る出入り口に爆撃。敵が動かないのであれば、動揺を誘え」

 

「レーダー索敵もガウによるビーム砲、潜水艦隊のミノフスキー粒子拡散弾で高密度に無効になりますからな。連邦の救援、援軍に対する蓋が航空部隊。出て来ずともソナーで爆撃による振動を跳ね返した位置を特定、見つけ出すわけですな」

 

 少佐に頷き返すと、ギニアスはページングを取った。

 

「難しいが、静止パターンを押さえておけば連邦が動き出した時に察知できる。用心の一つだ。

 ――――アイナ、機体に火を入れておけ。そうだ、何時でも動けるようにだ」

 

 ギニアスは気遣いの表情を見せたが、それが妹へのものか、機体に向けたものかは少佐には判別できなかった。

 

「心配する事はない。エスコート役は蒼い獅子だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久方ぶりの大戦(おおいくさ)だなぁ」

 

 ギャロップの後方、本来はカーゴに当たる場所はドーム状のものではなく、艦船の甲板デッキに似たものに変更されていた。

 

 海風に靡く黒髪に波の飛沫に細めた黒眼、元は白かったが強い日差しで焼けた赤銅色の肌、精悍な貌の青年は一見荒ぶる海の男に映るが、生憎と彼の仕事場は宇宙、今は陸地の上だ。

 彼の二十半ばの人生では漁業を営んだ事もないし、海に然程興味もない。精々飲んでみたら塩辛く、酷い目に遭った程度だ。

 裾を捲くり、襟を開いて着崩してはいるがジオン軍の第二種戦闘服が示す通りの軍人。その襟元にはモビルスーツパイロットを示す金属製の徽章。尉官以上に与えられるマントも少し草臥れてはいるが、彼の背で舞っている。

 

 ジオン公国地球方直軍第4地上機動師団所属、サイラス・ロック中尉。

 彼が評価され出したのは中東アジア戦線、その中の対戦車戦闘をMS-06F、ザクIIF型で活躍。

 当時の上官、ガルマ・ザビ大佐から昇進と新型機MS-07、先行量産型グフを受領した。

 その後も戦車部隊を相手に戦い続け、連邦軍から青い虎と恐れられたエースパイロット。

 グフを擬人化したような肉感的な女性「グフレディ」がパーソナルマークな事でも有名だ。

 サイラスは現地合流部隊の二個小隊を率いる身だ。

 戦地に向かう為にギャロップに曳行されている最中で、気晴らしに降りてきたが、あと五分以内に搭乗機のコックピットに戻らなくてはならない。

 

「さすがに、ここらじゃ見えないな」

 

 彼が探しているのは戦場になるであろう、上陸ポイントではない。

 そうであれば、彼の視線は地平線に向いていなければおかしい。

 彼は自軍、友軍機の群れからお目当ての機体探そうとしていたが、見える範囲では無い事を確認して肩を竦めた。

 

「やっぱ。現地合流組に居るわけがない、か」

 

 そうでなくては、と彼は独り喜んだ。

 

 サイラスは本来マ・クベ大佐麾下に入りオデッサ鉱山基地攻略に加わる予定であった。

 しかし、地球攻撃軍司令に就いたキシリア・ザビ少将の采配で急遽配置換えとなり、第一次降下部隊の補充増員としてガルマ大佐麾下に編入した経緯を持つ。

 以来地上で戦い続け、周囲では古株として見做されていた。

 

 であるからこそ。中部アジア、中東アジア戦線と続く中でとある二人と轡を並べ、戦い抜いた無形の誉れが彼と彼の隊で強く息づいている。

 戦場の中央から前で指揮を執るガルマ・ザビ大佐の直衛隊を務め、采配を直に見た事もある。

 補給網に対する電撃戦、山岳地帯を利用した誘引戦法、司令部を急襲し一気に破壊した市街戦。

 

 彼の指揮下で参加した作戦を超える充足感を得る戦場に、サイラスは未だ出会っていない。 

 常に前線に立ち、幾度も集中砲火の中に身を晒し続け友軍を守ったメルティエ・イクス少佐。

 

 無茶と無謀を実践する死にたがりに見えるが、敵に注目させて引き離す動き、追って来なければそのまま強襲を仕掛ける、つまりは敵陣に喰い込む等は他の誰にも真似はできないだろう。

 

 そして、彼が不利に陥る前に確実に入るガルマ隊の横撃、その切り味の良さには何度も驚嘆したものだ。サイラスも戦闘展開に加わっていたが、ああも読めるものなのか、指揮官とは場の読みを違えない超常の生物だと誤った認識をしたほどだ。

 

 ちなみに、誤解は他の指揮下に入った事で確認できた。

 

 あの二人の連携が()()()()()()、という結論に由ってだが。

 

 今はキャリフォルニア・ベースを拠点とする北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将。

 特務遊撃大隊ネメア、その実行部隊長メルティエ・イクス中佐となり、あの連携がもう見れないのだと思うと残念の気持ちが強い。

 

「ああいう信頼関係は、ずりぃよなぁ」

 

 憧れてしまうではないか、自分も何時かは、と。

 指揮者から全幅の信頼を受けて、前線に立つ。

 将兵から厚い期待を寄せられて、戦場に赴く。

 

 何と心躍る晴れ舞台か!

 

 戦う場所でしか身を立てられない人間にとって、これほど渇望するものはあるまい。

 成り代わってやる、と思わなかった時はない。

 だが、あれは予想以上に厄介な人物であった。

 

「来てくれて助かった。次も頼っていいか」

 

 互いの愛機が損傷、パイロットも疲弊した中で屈託なく笑い掛け、あの男は頼るのだ。

 

「仕方ありませんな、次も助けてみせましょう」

 

 いとも簡単に承諾した自分に気づき、メルティエに邪気が混ざらない笑みを返した。

 放っておけば、勝手に死地に飛び込んでいく男なのだ。

 仕方がない。背中を守ってやるか、と。   

 敵愾心で背を追っていた青い虎は、警戒心無く頼る蒼い獅子を戦友と認めた。

 虎視眈々と隙を窺うより、戦列を組んで戦い頼られる昂揚感が勝ったのだ。

 

 あれは人誑しだ、とサイラスは思う。

 

 強者である癖に、弱さを晒して人を惹きつける。

 強者と印象付けた後に頼まれた者は、頼られると満更でもない気分に乗せられ、与したくなる。

 二心が透けて見える、思わせる類が在ればすべからく切り捨てる事もできるだろう。残念な事にメルティエにはそれがない。

 一度手酷く裏切られなければ、あの実直さは変わらないだろうし、ともすればあの男はあのままが良いとさえ思わせる。

 

 無論、彼の経歴や人ととなりに悪感情を抱く人間も多く居る。

 大半の内容が階級差別と羨望による嫉妬なのだから、始末に負えない。

 彼と戦場を共にしていなかったら、自分もそっち側だったのかもしれない。

 

 全くもって、仕方がない。

 

「苦労してるみたいだなぁ、メルの旦那」

 

 心中に雑味なく、助けてやろうと思わせる人間。

 

 サイラス・ロックにとってのメルティエ・イクスは、そういう人物であった。

 彼は時間が迫った事もあり搭乗機のグフ、そのコックピットに乗り込む。

 

「お前ら、行けるか?」

 

『はっ! 問題ありません』

 

『何時でも行けます!』

 

 等と威勢が良い部下の返事を聞きながら、

 

「蒼い獅子に青い虎が加勢するんだ、今回も勝ち獲りに往くぞ!」

 

 グフと多数の陸戦型ザクIIが、モニターに捉えた目的地に向け、モノアイを輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミノフスキー粒子拡散弾、まずは成功と言ったとこかい?」

 

 ポンティアナック北部に位置するシンカワン、その港湾部を制圧したシーマ・ガラハウ少佐麾下のギャロップ二隻は上陸前に撃ち込んだ例の弾頭の性能を体験していた。

 

 レーダー機能に重度の電波障害、通信回線も断絶状態。

 効果は抜群だ。腹立たしいくらいに。

 

「これで相手のレーダーにも映りはしないが、情報遮断はやはり痛い。たいしたモンだよ。

 コッセル、隊は何時動ける?」

 

 彼女は戦闘ブリッジで収集、情報解析を進めるオペレーター班の様子を眺め、隣に直立する強面の副官に尋ねる。

 

「シーマ様の一声で、何時でも発進できるようにしてあります」

 

 軍人というよりも海賊という表現が似合う男、デトローフ・コッセル中尉は、基本的にシーマが司令席に居る時は戦闘中でない限りこうして隣に居る事が多い。

 これはシーマ・ガラハウの片腕を自負している所以でもあり、艦長の立場よりも彼女の副官という身分に重きを置いている為だ。

 コッセルがシーマを階級付で呼ぶ事がなく、敬称に様を付けるのは彼女個人に対する篤い忠誠心からくるものだ。

 

 シーマ自身は当初は何度も階級付で呼べと注意したが、コッセルは頑として譲らずに呼び続け、今ではガラハウ隊の中に浸透している。

 

「イイねぇ。それじゃ、始めようかね。ルッグンが先行偵察、次いでモビルスーツ隊、後続に戦車隊だ。

 配置間違がないように伝えときな。格好悪い、ってね」

 

 指揮棒代わりの広がった扇子をヒラヒラと揺らし、隊列に乱れを出すなと副官に告げた。

 頷いたコッセルはやはり、艦長という役職を連想させない隆々とした腕で艦内マイクを握る。

 

「了解しやした。厳命しときます。配置確認、抜かりないか徹底しろ、今すぐにだ。

 ――――いいか野郎ども、早漏野郎はシーマ様に見限られると思え!」

 

 ピシャリ、と扇子が畳まれた。

 

『了解、何時もの三割増しで確認しまさぁ』

 

『そいつは大変(てぇへん)だ!』

 

『おい、誰だよ、今配置換え嘘吐いた奴!』

 

『やらかさねぇようにしねぇと。あ、でも蔑みの視線も』

 

『いいから早く戦車に乗り込めよ、てめぇのケツでかいんだからよ!』

 

 コッセルの指示という名の景気付けに、各格納庫から頼もしい野郎どもの馬鹿騒ぎがブリッジ内に入り込む。

 ブリッジクルーがゲラゲラと笑う中、シーマは頭痛に悩まされたようで額を押さえた。

 

「はぁ、偶には静かにやれんもんかネェ」

 

 まぁ、その方がらしいか、とシーマは口元に弧を形作った。

 

「敵潜水艦、航空部隊による上陸阻止も思ったより抵抗が弱い。むしろ無い。

 コッセル、ミノフスキー粒子下へ入る前に司令部から入電した文、間違いはないね?」

 

 ギャロップからルッグンが、単横陣で飛び立ったのを見届けてシーマが問う。

 

「へい。ダグラス大佐麾下は本隊とは分かれ上陸し進軍開始せよとのモンでした。

 ダグラス大佐はポンティアナック制圧に向かっています、イクス中佐は別任務のようですが。

 我々は別働隊になりこのまま南下、軍事基地制圧が任務と。間違いはありません」

 

「やれやれ。うちの部隊長はよくもまぁ、面倒事を押し付けられる。何度目だい?

 聞いてみりゃあ、降下作戦以来、無茶と無謀しかやってないように見えるよ」

 

 呆れた顔で扇子を開くと、緩慢な動作で扇ぎ始める。

 ブリッジ内は空調が効いている、暑いわけではなかったが熱帯、密林地帯での行軍が多かった為に扇ぐ事が習慣になっていた。

 地球に降りてからの、新たな癖だ。治すほどでもないのでそのままにしている。

 

『シーマ様、お先に!』

 

 モビルスーツ隊の小隊長が出撃前の挨拶を入れた。

 彼女は扇子を畳み、モニター上に映る小隊長の顔に向ける。

 

「稼いできな。トチるんじゃないよ!」

 

『任せてくだせぇ。行くぞ、てめぇら!』

 

 地上であるにも関わらず、三機の陸戦型ザクIIがバーニア光を閃かせて出撃した。

 大きな音とあの光は敵の注目を集める。

 

 そう、彼らは囮役。陽動を兼ねた突撃小隊。

 続く第二小隊とも同じような掛け合いを終える。

 このモビルスーツ隊は先ほどの小隊とは違い、歩行で戦地を進む。

 第一小隊が威力偵察兼敵の気を引き、先手を打たせる。

 そうして敵の位置を特定したところを、第二小隊とそれに続く戦車、マゼラ・アタック隊による攻撃で殲滅するのだ。

 

 本来ならば、シーマも出撃し第一小隊に加わるのだが。

 

「アタシの機体はまだか?」

 

 気を落ち着けて問うた積もりだったが、苛立たしい色が混ざってしまう。

 コッセルは慣れたもので、彼女に体ごと向いて報告する。

 

「今整備中ですが、左肩に一撃受けています。片腕でシーマ様を出撃させるわけにはいきやせん。

 奴らもあと五分も待たせないと言っています。今しばらく、ご辛抱を」

 

 シーマは扇子で口元を隠す。

 彼女の愛機MS-06G、陸戦型高機動ザクIIが出撃できない事には理由があった。

 

 上陸するために連邦軍の部隊と交戦、相手は少数のフライ・マンタ等であったがギャロップはミノフスキー粒子拡散弾頭に切り替えた為に防衛能力が著しく低下、ルッグンは四連装二十ミリ機関砲等を搭載しているがそれとは別にザクIIも出撃。

 カーゴの上やギャロップの主砲周辺部に登り、対空砲代わりにしたのだ。

 戦闘事態は相手が哨戒隊、偵察だったのかそれほど手間取ることはなかった。

 

 問題はその後だ。

 

 中部カリマンタン、ラマ山方面から砲撃が開始されたのだ。

 オペレーターによる情報解析結果では、百キロ以上からの長距離砲撃だという。

 フライ・マンタに紛れた航空機が長距離レーダー搭載機で、ミノフスキー粒子に妨害される前に友軍に敵位置を送信、受信した支援部隊が砲撃開始したと推測するが、百キロ以上離れた場所からミサイルではなく砲撃なのが気になった。

 

 確かにミサイルではミノフスキー粒子下に入った瞬間、誘導先を失い不発に終わる可能性が高いが、長距離砲撃が可能という事はトーチカが配備されているという事だろうか。

 シーマは以前の戦いでネメアが遭遇した連邦軍モビルスーツ、中距離支援型のタイホウツキや長距離支援型のタンクモドキらの存在を懸念していたが、こちらが発射したミノフスキー粒子拡散弾の散布内に入った為に調査を断念した。

 

 把握しているのは長距離砲台に準ずる攻撃を連邦は可能とし、その攻撃にまんまとシーマの機体が被弾した結果であった。

 

 着弾箇所は左肩。

 威力も申し分ないものだったらしく左肩口から先が消失、爆散したのだ。

 現在は予備パーツを接合、操作と可動に問題ないか整備班が確認している。

 

 他にも被弾した機体があったが、それらは前線に出ずギャロップ直衛として残す。

 シーマのザクIIだけ、整備完了後に出撃に充てる。

 何より、人様に一撃与えた連中に”お礼”をしなければ、腹の虫が治まらないというものだ。

 彼女の気勢を知る人間だからこそ、大人しく司令席に腰掛けたシーマの中で渦巻く感情に兢々としているのが解っていたし、尊敬と恐怖は別物だった。

 

 今の状態のシーマの隣に立つコッセルくらいなものだ、同一にしている人間は。

 

「まったく」

 

 彼女が言葉を紡ぐ。

 五分待った、と言わんばかりに司令席を立ち、モビルスーツハンガーに向かう。

 

 扇子でピシャリ、と音を立てながら、

 

「どうしてくれようかネェ?」

 

 彼女の美貌に沿う、妖艶や蠱惑的なものが表現される事はなく。

 

 ただ、獲物を前にした肉食獣がどう狩りとってくれようかと、舌なめずりをする様子に似て。

 

 その紅い唇から覗く舌は、退廃的な魅力を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多数の部隊に混じりシンカワン南部に上陸した、特務遊撃大隊ネメアのギャロップ一番艦。

 その格納庫で任務概要を聞いた件のメルティエ・イクス中佐は感情を隠す事無く、言葉に表した。

 

「ドムで護衛だと? 馬鹿を言う!」

 

 格納庫を忙しく行き来する整備兵、ジオン軍兵士が着込む緑を基調としたノーマルスーツの中で、彼の蒼いノーマルスーツは一際目立つ。

 他者の視線を気にする性質(たち)ではあったが、今はそこまで気にする余裕はないらしく、注目されようが知った事ではないと神経を太くしているようであった。

 

「メル。少し落ち着いて」

 

 任務内容を伝え、彼の肩に手を置いたのはアンリエッタ・ジーベル大尉。

 彼女も同じようにノーマルスーツを着ていたが、その上には軍服を羽織っていた。

 

 そうする理由は、何も難しい問題ではなかった。

 

 ノーマルスーツというのは、身体のラインが浮き出るものだ。

 筋骨隆々なパイロットなら堅い筋肉が目につくし、女性の柔らかい曲線が部分で主張する姿は人の目を惹きつけて止まない。人が通路で転倒したり、壁にぶつかったりする事故はまさかの()()が原因であった。

 

 アンリエッタもその事は知っているし、男性の視線は感じている。男が思うより女は他人の目に敏感、と言われているのは身体に刺さるこの類のものが大きい。

 彼女も軍に籍を置く身。気恥ずかしいが一種の慣れを覚え、前までは軍服で身を隠す事はしていなかったのだが、とある出来事の後に上着を羽織るようになった。

 他者の視線なら無視、気付かない様に流している。

 

「わかってはいる。だがな、余りにもドムの特性を――――どうした?」

 

 メルティエが振り返り、アンリエッタを視界に収めると彼女の頬は朱を差したように染まった。

 

 理由は察して然るべきである。

 

 しかし残念ながらこの男は、すわ風邪か、と驚き彼女の両肩を掴む。

 事実体調を崩す隊員が居た為、過剰な反応ではない。

 

「だ、大丈夫。僕はほら、体温高いから」

 

 それは逆に不味いのでは、とメルティエの瞳に疑念が宿る。

 が、(ようや)くこの男も理解したようで、後ろ首辺りを掻きながら余所を向いた。

 

「いや、すまん。せっかくドムを乗りこなせたと思ったら、こうされればな」

 

「気持ちは分かるよ。でも、周りも見ないと」

 

 彼女の周囲を見渡す仕草に、メルティエも倣う。

 

 整備兵は機体のチェックや、兵装の確認に今も走り回っているが部隊長の苛立ちを気にしているようで幾度か目が合う。

 戦車、戦闘機のパイロットもやはり気になるのだろう、様子を窺っていた。

 

「……配慮が足りなかった。気をつけよう」

 

 彼は一つ深呼吸を置いて、無理やりに怒気を引っ込めた。

 予めメルティエが激昂すると予想していたダグラスは、目の前に居れば彼がいち早く溜飲を下げるであろう女性、アンリエッタに任務内容を伝えメッセンジャーとしていた。

 

 他にも蒼い獅子に意見を述べる事が可能な人物は居るが、現在は別働隊や他の任務で出払っているし、言葉を労さずとも受け入れさせる事が出来得るのが彼女であった。

 

 結果は大成功、ダグラスの勝利である。

 

 その様子に其処ら彼処から安堵の息が漏れたのは、気のせいではない。

 少なくとも、アンリエッタはほっと息をついている。

 

「機体には向いていないかもしれないけど、任務は任務だよ」

 

「解っている。ドムを活かせない任務なのが悔しいだけだ」

 

 メルティエは試用運転を経てドムを高く評価していた。

 熱核ホバーによる高機動、水上移動は他に類を見ない移動範囲をモビルスーツに約束している。

 搭載兵器群も火力に富み、前線で活躍する事間違いなしと断言できた。

 重モビルスーツの名を体現する、分厚い装甲が鎧めいて頼もしい。

 

 しかし整備主任メイ・カーウィンによれば、性能面や図面から読み取れる設計思想を視ると細身になる筈だと言う。建造する際の手直しで重装甲に相応しい堅牢さとなったのでは、と少女は推測していた。

 頷いて理解を示したのはロイド・コルト技術大尉で、他の者も同席して聞いてはいたが話についていけなかった。

 

 意外にもメルティエは合点がついたようで頷いた時に、見栄張るなよ、といった視線が突き刺さりはしたが、彼なりの推察を語るとメイとロイドが感心の目で見た事から、天才と鬼才以外で理解した人間と認められた。

 少女と変態から更なる信頼を勝ち取り、他の技術屋からは羨み、妬みが増した瞬間である。

 

 メルティエは元々企業に属す人生設計だったので、工学関係には明るい。

 彼のモビルスーツ操縦が一般とかけ離れているのは、ここにも要因があったりする。

 

「護衛機で潰す……戦力の無駄遣いじゃないか」

 

 要するに彼はドムの性能を理解したが故に、尚更任務に納得でないのだ。

 駄々を捏ねる子供のような大人に、どうしたものかとアンリエッタが思案していると。

 

「軍人、任務を全うすべし」

 

 二人の前に、仁王立ちする小柄な影。

 

 風に踊る薄紫色のツインテールは艶を秘め、その憂いを帯びた紅い瞳は半眼、人形の如く精巧な容姿。華奢な腕を組み、こちらを見上げる少女と見紛う幼さが抜け切れない見知った女性。

 そして、そのノーマルスーツはえらく平坦であった。

 

「おい」

 

「ちょ、止せ、エダ! 吹っ飛んだ、今整備長吹っ飛んだから!」

 

 何やら察知したエスメラルダ・カークス大尉の鮮やかな後ろ回し蹴りが、彼女の背後で肩を竦める所作をした中年の整備長のビール腹に直撃。

 彼は耳に残して置きたくない類の、豚のような奇声を挙げて機体回収用に積んである大型ネットの山に突っ込んだ。

 メルティエは呆けていたが追撃に入ろうとする彼女を捕まえ、どぅどぅと宥める。

 

「良い蹴りだったぜ、嬢ちゃん」

 

 痛みによるものか、それとも別の類の感覚に酔っているのか。荒い息を吐きながら整備長は親指を立てた。よく見る光景なのか、他の整備兵は見向きもしない。

 整備長も解り切った結果なのか訴えもせず、千鳥足に似た足取りで持ち場に移る。

 

「あ~……つべこべ言わずモビルスーツのコックピットで待機しとけ、そう言う事か」

 

「そう。その通り」

 

 彼女の言いたい事を代わりに述べたメルティエは、振り向く”外見で騙されてはいけない人物”の脅威レーティングを一段階上げた。

 エスメラルダが整備長を睨みながら「しぶとい」と呟いたのを聞き逃さなかったのだ。

 

「そうだな、軍人が任務に私情挟んだら立ち行かないよな。初心に戻って任務に当たるとしよう」 

 

 どうやら、ドムの性能に酔っていたようだ。悪酔いする前に気付いてよかった、と彼は思い直し多分な照れもあってか手短に二人に謝罪と感謝を告げると、ドムのコックピットに繋がる作業台のタラップに足を掛けた。

 

「手綱を握れていない。入る余地あり」

 

「えぇっ、認めてくれてないの!?」 

 

 何やら二人が騒いでいるが、内容は聞き取れない。剣呑な空気は感じ取れないので、放って置くことにした。今近寄ったら被害を被る危険性が高い、と本能が警鐘を鳴らしているのもある。

 

(しかし、何で俺の機体だけじゃなく、アンリの機体も蒼いんだ)

 

 ネメア所属機のドムは二機とも蒼く塗装されている。敵の攪乱を狙っているのだろうか。

 パーソナルマークが右胸部に「盾を背に咆哮する蒼い獅子」がメルティエ機。

 同位置に獅子のシルエット、部隊章が描かれているのがアンリエッタ機だ。

 

 蒼い機体のコックピットに入り、起動シークエンスを確認。グフと比べて少し音が気になるが、停止からアイドリング状態に移る。

 自己診断結果にも稼働状況問題なしと表示され、外部スピーカーで外に出る旨を伝えると、周りで作業していた整備兵たちが離れ、見ればアンリエッタはドムのコックピットに入り、エスメラルダは自機に向かっているようだった。

 

 ドムが問題なく起動すると、熱核ホバーが仕事を始める。

 各モビルスーツハンガーの傍らに在る兵装ラックからMMP-78マシンガン、ジャイアント・バズを手に取り所定の固定位置にマウント。試作型ビームバズーカ、ヒートサーベルは固定装備なので既に背に有る。予備の弾薬、弾頭を腰周りに装備したこの重装備の出で立ちは、要請さえ受ければ何時でも前線に出る意思表示であった。

 

 ふわり、とは浮き上がらないが足を踏み出さなくてもモビルスーツデッキ上を滑るように走る。

 浮遊感、滑る動きに慣れた今となっては熱核ホバーの起動音以外静かなものだ。

 ギャロップの前部ハッチから出ると小ぶりな山々が広がり、密林とは緑の色合いが少ない森林地帯がドムのモノアイに映る。

 彼は自然という名の危険地域を睥睨しながら、任務内容に入っていた合流地点の方角を確認。

 アンリエッタ機が動き次第、向かう事にした。

 

(試験機体を実戦の、大規模作戦中にデータ収集とは。確かに良質のデータは取れそうだが、

 中々に無茶をする御仁だ。その分熱意もあるのだろうが、テストパイロットに妹君とは)

 

 方面軍司令ギニアス・サハリンの実妹アイナ・サハリン。

 彼女が搭乗する試験機体の護衛、実戦データ収集の援護が課された任務であった。

 その試験機体に対する意見が欲しいと、メイとロイドの両名が今現在も司令部に出頭している。

 作戦開始前からなので、意見を交わすだけでも大分時間がかかっているのが気になる。

 二人とも向かう前に自分の仕事を終えているので文句はないのだが、何時も見送ってくれた人間が居ないと寂しいものだ。

 

『大将、お先に出るぜ!』

 

『イクス中佐、お先に出ます』

 

 モニター上に彼の隊の直属機が表示。他にも友軍機の反応がミニマップ上に現れる。

 今回は別行動なので、モビルスーツの群れに混じって横を通り過ぎる二機にドムの手を振る。

 

 一機はリオ・スタンウェイ曹長が乗るMS-06K、ザクキャノン。

 蒼と紫で色分けされた機体で、その名の通り長距離砲撃仕様だ。友軍機にも散見される事から同種の機体で固まった運用になる。広範囲にばら撒く事はできないだろうが、モビルスーツの移動力でこまめな配置変えができるのは大きい。

 

 二機目にハンス・ロックフィールド少尉のMS-06GL、陸戦型高機動ザクII狙撃仕様。

 グフの過剰パーツで装甲面を強化、脚部補助推進器で以前のMS-05L、ザクI・スナイパータイプを大きく離す防御力と機動力を得た。

 

 しかし、シーマが駆るタイプに比べれば機動力では劣る。

 理由は特製のランドセルを背負い、其処にあるメインスラスターが従来のものに比べて七十パーセント程度しか推進力を有する事が出来なかったためだ。

 そのランドセルはどういったものなのか、というと。

 

(あれも、このドムと同じタイプなんだな)

 

 試作ビームバズーカ搭載型ドムを設計する上で、メイとロイドはもう一機用立てた。

 

 バズーカで大火力を試験する一方で、遠距離から狙撃するメガ粒子砲は実用できないか。

 

 ヒントはメルティエとメイが試験した、ビームバズーカにあった。

 メガ粒子を形成したIフィールドに、更にIフィールドでコーティング。多重層を構造化する事が成功すれば、ビーム照射を可能とする兵器が出来得るのではないか。

 

 無論、難題である。

 

 環境下で大きく左右されるのがメガ粒子であるし、減退率の問題が射程距離を短くするのだ。

 気温変化、特に雨や雪といった劣悪環境の中で照射等すればIフィールドが維持できず、霧散する可能性が高い。結局は実体弾を使用した狙撃長銃の射程距離が優れる点がある。

 

 ハンスのモビルスーツは以前の愛用装備、炸裂弾頭式狙撃用ライフルを両手で保持している。

 だが、実体弾も同じく環境で左右される。

 気温変化、風速、風の向きで到達位置、狙撃が狂う。

 

 この問題点をメガ粒子砲による狙撃は克服できる。

 照射はブレなく真っ直ぐに、空間を貫く。それこそ視線が通る様に、だ。

 それを目標にした代物が、手に持った狙撃兵装とはまた違う、長く重厚な銃身がランドセルの下面に固定され、寸胴なチューブで銃とランドセルを繋げている。

 狙撃の名手として知られたハンスが長距離メガ粒子砲、ロングレンジビームライフルを装備。弾頭の計算なしに狙撃を開始すれば、どうなるか。

 

 薄ら寒いものを背筋に感じながら、メルティエは何やら恐ろしい空想をしていた事に頭を振る。

 何せまだ試作段階で満足する距離に達していないと聞く。

 加えて、ザクIIのメインジェネレーターをフルに、ランドセルに内蔵したサブジェネレーターも同様に起動せねばビーム形成を達成しないとも。ドムと違って直結を手動で解除する事もできず、現行のザクIIに比べて駆動音と振動が大きい上に機体に溜まる熱量も相応で、音響探知(ソナー)熱源探知(ヒートシーカー)に容易に反応するのだ。 

 攻撃対象が射程距離内に入るまでは機体を起動できず。またその射程距離も環境で長短がある、という扱いが難しい機体となった。

 

 それでもハンスは喜んでこの機体に乗り込んでいる。

 自分の技量を見込んで用意された専用モビルスーツというものに気分が高揚しないパイロットはそうはいないし、何よりランドセルに内蔵されたジェネレーターは大破した愛機のものだ。

 降下作戦以来の思い入れがある分、どのような機体でも乗りこなす気概がある。

 

 彼はそういう男であった。

 安全装置を解除して自傷した挙句、機体を研究資料として奪われた人間とは大違いである。

 

(あ、いかん。考えると欝になる)

 

 何時ぞやと同じ気分、自業自得な分更にきつくなった。

 

『メル、お待たせ。何時でも行けるよ』

 

 云々と唸っていた頃にモニターに映る蒼い機体。

 よくよく見れば腹部や太腿部、関節部分が橙色だ。蒼一色ではなかったらしい。

 

(視野狭窄、一方的な私見の勘違いか)

 

 最悪、自分の女を弾除けの盾に設えたのでは、と疑念と凶気を伴う嫌悪感に苛まれていたのだ。

 

 奥底に住まう、この雌は己のものだと煩い奴が居る。

 

 彼女が自分の視線から身体を隠そうとするいじらしさに、勿体無く思いながら歓喜していた。

 周りの有象無象ではなく、自分の目を気にしているという意思表示が、酷く昂らせた。

 

(――――うお、独占欲強いな。まぁ、そうだろうとは思ってたが)

 

 小さい頃から自分ものは誰にも渡さなかった男である。

 兄妹のように親しかった金髪碧眼の少年と少女にも、所有物は頑として譲らなかった。

 唯一譲り共有した私物は、今は手元に無い。

 

『護衛対象、合流地点へ移動中。だそうだよ』

 

 彼の中にある、三大欲求の内の一つを燃え上がらせる声が届く。

 

(いい加減にしろよ、猿ではあるまい)

 

 握り拳を愚物の上でチラつかせてやる。自らの体の一部だが、彼は本気だった。

 想像した痛みに欲求が逃げると、メルティエはアンリエッタに応えた。

 

「ああ、わかった。こちらに問題がないよう、各計器類の再チェックしとくか」

 

『了解。でも、メルは何で其処まで重武装なの? 予備弾倉持ち過ぎじゃ』 

 

「万が一の備えだよ、護衛じゃ補給に戻れないだろうしな」

 

 往生際が悪いなぁ、と小さな声が流れたが、黙殺することにした。

 蒼い二機のドムは合流地点へ向かう為に水上を駆ける。

 波飛沫の中を走る爽快感を二人にもたらし、このまま走り続けたい欲求に駆られた。

 

 そう思って、三秒後には横に置いた。

 現在任務中である。

 

「さて、お姫様を迎えに行くかね」

 

 渋面で登場する騎士役が何処に居るのか、と不機嫌な相方に怒られた。

 改めない態度に怒った、というか表現に対する抗議だろう。

 女心は難しいのだ。

 

 しかし、その反応に楽しんですらいる自分が居た。

 

「融通が利かない妹君でなければいいな。本当に」

 

 誰とは言わない。

 散々人を振り回してキャッキャッ笑う金色の小悪魔が脳裏を横切ったが。

 メルティエは大人しい人物でありますように、と願いながら合流地点へドムを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。
断るのが遅いかもしれませんが、妄想と想像で今後も進めていくます。
温かい感想や応援メッセージも多数受け取っています、執筆の励みになるので嬉しい事です。
しかしながら真面目な戦争、戦闘を望む人にも嫌われる作風じゃないかと、一言評価と感想見ながら感じました。
不快感等を覚えた方はここらで切っておく事を推奨しておきます。


え。平気? 
おし、本作品に最期まで付き合ってくだされ。


まずは通例通り、激戦に入る前にのんびりと現状から入る回です。
登場人物追加、数回分だけのスポット参戦な感じ。
サイラス・ロックの登場は中東部で活躍した、とあったので来てもらいました。
勝手にサイラスの容姿を考えましたが、どんなもんかな。
金髪碧眼だと多数の登場人物と被るので、黒髪黒眼の青年に。
彼との関係は描写挟むと文章がえらい事になったので、泣く泣くカット。
ガルマとメルティエの戦いを他者が見たときの感想、大体がこんな感じではと代弁者に。
ギスギスした人間描写や関係をお求めの方は、残念。上代にそんな才能なかった。


カリマンタン攻略部隊。
エースパイロット多い戦場ですね、連邦軍息してますか?な状態。
そして、ビームバズーカ搭載型ドム、サハリン家の令嬢を護衛するため移動中。
代わりにロングレンジビームライフルを携帯したザクIIが戦場に足を踏み入れようとしています。
小型化できないから、大型化。複合型にすれば行けるよ!とメイちゃんが頑張った結果。
仕方ないよね、オリジナル展開と独自設定という奴がいけないんだ。
俺は悪くぬぇ!



ガウ攻撃空母で逃げようとしたから不味かった、ちぃ覚えた。
地道に放置されていたザクIで逃げよう。
補給部隊付です、と答えれば平気だって知ってるんだ。
第二戦級にザクI落ちちゃったからね。補給物資搬送しつつ、隙を伺おう。
見覚えがあるドムとヅダに要注意やで……あとビームザク。ブッパしてくるからね?


では、次話もよろしくお願いしますノシ


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。