ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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とりあえず、一言。

「(読むのが)遅かったな……(遅れた)言葉は不要か」

今回も文字数多い。時間があるときに読んで行ってください。










第38話:カリマンタン攻防戦(後編)

 西カリマンタン地区、中央部に位置するシンタン。

 その名を冠する軍事基地が街とそう離れていない事に、メルティエ・イクス中佐は不味いとモビルスーツのコックピット内で呟いた。

 彼は戦場と距離が近い事もそうだが、ミノフスキー粒子で付近住民が混乱に陥り暴徒と化さないかを懸念していた。

 元住民による暴走の名を借りた略奪は正直に言って、手に負えない。

 暴力を肯定されたと錯覚した若い男、喧嘩っ早い連中を中心に起こるのだが、一応市民扱いなので射殺でもすれば後々問題に挙がる。

 

 これらに対処するには陸戦隊による歩兵部隊が市街を占拠、鎮圧させた上で軍事基地の制圧に乗り出すのが定石。

 士官学校以前の、常識ではあるのだが、メルティエにはそれを待つ時間を許されていなかった。

 

「試験機体の、アプサラスのメガ粒子砲をここで試せと言うのか」

 

 メルティエは自機に送られた電文、その内容に呻いた。

 

 彼が個別に与えられた任務は、シンタン基地占領ではない。

 中東アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将が建造した試作機動兵器モビルアーマー、アプサラスの稼働試験、その護衛だ。

 シンタン基地への攻略はメルティエが実行部隊長として属する突撃機動軍特務遊撃大隊、ネメアを現在動かしているダグラス・ローデン大佐が任されている。

 指揮下にはケン・ビーダーシュタット少尉率いるモビルスーツ小隊、シーマ・ガラハウ少佐麾下中隊規模の戦力がある。それに加えてメルティエ直属の小隊も。

 戦力的に十分可能だと思っていたし、何よりも彼らを信頼、信用していた。

 

 ネメアの実力を知るメルティエは、攻略作戦自体には問題を見出していない。

 

 頭を悩ませる問題は、アプサラスが持つメガ粒子砲だ。

 

 戦艦並、それ以上の威力を有する事は敵空母機動戦隊相手に立証済みだ。

 艦隊より放たれたミサイル群をビームで焼き払う行動に出た、メルティエの搭乗機、ドムが有する試作ビームバズーカ。

 それよりも高精度で収束され、かつ巨大な直径で撃ち出し、照射したアプサラスのビームは文字通り触れれば破壊される極光の大剣だった。

 

 内包しているメガ粒子、Iフィールドの多重構造の違いなのかは専門家ではないために理解が追いつかなかったが、メルティエに分かったのはその後に訪れたジェネレーターの出力が大幅に低下する問題だ。

 確実な冷却期間を置かなければ強制停止(オーバーヒート)の危険性があるため、海上での最初の一射以外は試していない。

 

 だが、今回はそれを試せと言う。

 街が射程に入らない方角から照射する形で任務を実行に移す積もりだ。

 好き好んで一般人を巻き込む気はさらさら無い。

 

 シンタン近郊の街を破壊しろ、とは命令を受けてないのだから、都合が良いように解釈できる。

 その隙間がある分、まだ温情があると思っていいだろう。

 

 ヨーロッパ方面の破壊活動は、正直趣味ではなかった。

 嬉々として市街を破壊する連中を統制するに苦労したことは今でも思い出したくない類のものだ。

 当時の侵攻軍総指揮を執ったガルマ・ザビ准将からの相談に、メルティエは度々呼び出された事がある。上に立つ者の責任を市民からの抗議と嘆きで十分に思い知ったのは、今のガルマにとってプラスに働いている。

 

 でなければ、あの時の苦労が報われない。

 

『こちらアロー・スリー。アロー・ワン、応答願う』

 

「ん。こちらアロー・ワン、アロー・スリー、どうぞ」

 

 コール音の後に、通信回線が開いた。

 ワイプにノーマルスーツを着用したエスメラルダ・カークス大尉が映る。

 

『侵入経路発見。いつでも作戦開始可能』

 

「! そうか、良くやってくれた。此度の第一戦功はアロー・スリーのものだな」

 

 メルティエは喜色に顔を歪め、ドムのアイドリングを通常起動に切り換えた。

 

『報告の為に一度後退した。ケン少尉のモビルスーツ隊を借り受けたい。内部から攻撃を仕掛ける』

 

「ローデン大佐からは先に許可を得ているのだろう?」

 

『……報・連・相は、大事』

 

 珍しく何か言い淀んだ彼女に、メルティエは不思議だった。

 

(単独行動で緊張しているのか、エダ?

 ――――()()()()終わらせてエダに合流するか、気になる事は潰すに限る)

 

「よし。アロー・スリーはレッドチームを率いてシンタン制圧に向かえ。

 ただし、〇五〇〇(マルゴウマルマル)からだ。それまでは身を潜めていろ」

 

『了解。指示に従います』

 

 エスメラルダのワイプが閉じた後、メルティエは一つ息を吸った。

 

「……アイナ・サハリン殿、聞いての通りだ。

 兄君のため、私の部下のために、アプサラスのテストを進めて頂きたい」

 

 別のワイプには、アイナ・サハリンが映っている。

 

 市街地に影響がある可能性を捨て切れない彼女は、作戦行動を拒否しているのだ。

 

『それは、脅迫ではないでしょうか』

 

 屹然とした顔で睨む女性に、メルティエは肩を竦めた。

 

「そうかもしれませんが、貴女の乗っているものは軍事兵器で、ここは戦場です。

 我々も市街地を狙う積もりはないし、影響がない場所を検討、調査した。

 これ以上は時間を費やせないし、友軍の援護行動も控えている。

 貴女が()()()()のは、理解もした。

 だが、今回は貴女の兄君からの注文(オーダー)です」

 

『それでも、それでも私が指示に従わないときは、どうするのですか』

 

 問答をしている時間はない。

 しかし、メルティエはアイナ・サハリンが一般人だという事をよくよく理解した。

 

 気丈な女に無理強いをさせる気はないが、無理をして壊れる危うさも嗅ぎ取っていた。

 生まれが同じなら、あの逞しい女傑も、このような女性になっていたのかもしれない。

 

 無茶な自分を諌める為に明かされた心情を、シーマ・ガラハウの発露をあの時に聞いていた男は、映像上で苦悶するアイナの精神を病める事態に追い込む気等なく。

 

「自分が突撃します」

 

『え?』

 

 無理強いをさせられると思っていたのか、苦悶の表情が抜けて呆け顔になり、瞬きをしていた。

 

「ただし、試射は実行してください。上空にメガ粒子砲を流すだけで構いません。

 貴女は()()殺さないし、殺せない。

 銃を突き付け合うのは我々軍人だけで結構。

 貴女は兄君を失望させないように、試験機体の運用データだけ回収、本隊に帰投してください」

 

 別に、自棄になったわけじゃない。

 

 基地上空にメガ粒子砲が流れれば、その分広範囲にミノフスキー粒子が散布できる。

 それを隠れ蓑に、ドムのビームバズーカで敵防衛兵器群を破壊、残りは現包囲部隊と攻め込めば何ら問題はない。

 発射地点は割り出されるだろうから、ビームバズーカは一度きり。

 搭載した火器で自衛に専念、その間に包囲部隊が突入、後続部隊が戦線に参加、あるいはエスメラルダの潜入が成功すれば内部から攻撃を加え、管制室を制圧すれば終了だ。

 

『それで、良いのですか?』

 

 良いか悪いかで問われれば、悪いし告げてよいのであらば、最悪の一言だ。

 

 予定していた大型メガ粒子砲の援護。

 これが無くなれば、シンタン兵器格納庫への一射で大幅に敵戦力を消滅できる。

 できなければ、同胞が出血を強いられる。

 

 友軍を生かす事を考えるならば、他の人命は二の次、三の次にすべきだ。

 

 だが、彼女は軍籍に身を置いた人間でも軍属でもない。

 サハリン家の令嬢が、軍事兵器に乗っているだけで確かな司令系統もなく、軍の命令を遂行する義務もない。

 

 名家の令嬢であった女が、自分のために軍属になり、懸命に尽くす姿を知っているが為。

 メルティエは、最低限の試験で帰投させる最悪の判断を下した。

 

 アプサラスのメガ粒子砲で焼き払えれば、シンタン基地等簡単に陥落できる。

 その為のビーム兵器搭載型。

 その為のモビルアーマー。

 その為の”アプサラス”なのだ。

 

 だが、パイロットが()()では役に立たないし、存在するだけ邪魔だ。

 

 そもそも、メルティエ・イクス中佐は「試験機体の護衛」でこの場に居る。

 間違っても「一般人に戦争を教育する教師」でも「御令嬢のお守り」でもない。

 

 在る筈がない。

 

 軍属であれば、ただの一般人であれば、それ相応の対応をしてやる。

 だが。方面軍司令の妹君、戦争を知らない一般人、その護衛をやらされている。

 

(大砲を、簡単に打てる化け物機体に乗っている癖に、「私は撃てません」と言う。

 何の冗談だ、何の茶番だ、何の為の強襲用機動兵器だ!?

 ふざけるなよ、ギニアス・サハリン。

 ()()覚悟がない人間を戦場に放り込んで、何が司令官か!)

 

 初陣は済ませていると、よくぞ蒼い獅子に吠えた。

 

 ただの素人、善人ではないか。

 

 直下で起こる戦闘は、善人に見せるには惨い事になる。

 帰らせなければいけない類の、人間だ。

 

「ええ、構いません。私が()()になれます。貴女は人を撃たなくて済む。

 互いに良い条件です。作戦開始時間は聞いていましたね?

 その時間きっかりに、シンタン基地上空にメガ粒子砲を放ってください。

 終わり次第全速力で帰投しなさい、()()()

 

『――――ッ』

 

 アイナは怒りに美貌が歪めるが、煽って早急にこの場を離脱させた方が互いの為だとメルティエは悟っていた。

 

 傲慢な男だ、とアイナは思ったが、彼女は聡明だった。

 

 足手まとい、役立たず、人の命を奪う恐怖に縛られたアイナは、唇を噛む事でその場をやり過ごすしかない。

 

『あなたが此処で、そのモビルアーマーの実績、功績を残さなければ、あなたのお兄さんは立場が危ういよ』

 

 ――――其処で冷たい囁きが無ければ、そうであったろうに。

 

「アンリ? 一体何を」

 

『ギニアス・サハリン少将は公王デギン・ソド・ザビ自らの裁可を得てそのモビルアーマーを建造している。

 つまり、公王の期待に応えなきゃいけないんだ。解るかな?

 ギニアス少将は今回の大規模作戦で確かな功績を求めてる。

 基地一つ分を大混乱に陥れるような、強力で防ぐ手立てがない威力の顕示をね。

 そのアプサラスは、それが出来る。出来てしまう』

 

 アンリエッタ・ジーベル大尉は押し黙るアイナ・サハリンに優しく、鼓膜に響かせていく。

 突如起こした彼女の行動に、何か理由があると察したメルティエも同じく沈黙した。

 

 自分が知らない女の顔をしていると、興味があった事もある。

 何か問題が発生したとしても、自分が被れば良い。

 男はそう決め、耳を澄ませた。

 

『知っている筈だよね。サハリン家の財貨からも供給があるとはいえ、ジオン公国から充てられる資源からすれば微々たるもの。

 ここで望まれる功績を残さないと、あなた達は本国から切り捨てられる可能性がある。

 当然、アプサラスの開発計画は良くて凍結、悪くて封印、抹消。

 デギン公王の期待に応えられなかった()名家に、帰る場所は在るのかな?

 

 ――――無いよね』

 

 今後の展望、今すべき事を述べ、放置すれば進む明日を広げて見せた。

 そして思考が追い付いた頃合いに、落とす。

 

 前文は優しく、後半に掛かるにつれて甘く語りかけ。

 最後は、淡々と告げる。

 

 ワイプ上のアイナは苦しむように胸に手を当てた。

 ヘルメットのバイザーで顔色は確かめようはない、ただ肩が上下している事から心理的圧迫感を与えられているようだ。

 自覚が、心当たりがある故のものだ。

 

 其処を突かなければ、こうもなるまい。

 外せば、先ほどのメルティエのように反感を抱かれて、後の禍根になるだけだったろう。

 

『あなたが乗っているのは軍事兵器だよ。

 それに乗ったという事は、人を殺す事に同意したのと同義語なんだ。

 そんな積もりは無かったとか、兄の為とか、そう言う詭弁は良いんだよ。

 実際動かして、アプサラスの実験に関わっただけで同じ類と見られるんだから』

 

『わ、私は』

 

『綺麗な手のままで、体で居たいなら、屋敷の奥でお人形のように居ればよかったのに。

 でもあなたは外に、よりにもよって戦場に出てきてしまった。

 戦争する道具を駆って、あなたは今此処に来てしまった。

 あなたがここで尻込みすれば、あなたを守ろうとした人、支えた人の意志が無駄になるね。

 アイナ・サハリンは、多数の人間が望まぬ道を辿る事より、自分が綺麗なままで居たい?

 なら、ここで別れましょう。

 

 あなたは、サハリン家を()()()()()()

 それで、この話は終わるよ』

 

 愛する女が誰かを唆す。

 いや、死地に向かう愚者の為に、彼女は魔女になる事にしたのか。

 

 メルティエは、ただ綺麗なままで居たいならそれでも良いだろうと、と捨て置く積もりだった。

 彼なりの優しさ、譲歩であり、一般人というカテゴリーが思考を狭めていた。

 

 アンリエッタは、場違いな所に足を踏み入れ、人を傷付ける兵器に乗って人を傷付けたくないと訴え、行動を否定する相手を許せなかった。

 そうであるならば、何故テストパイロットを引き受けた、と問い詰めたい所を抑えて、自分が望む道筋に誘導する。

 

 彼女は自身が酷い女である事は、十年前から知っている。

 家名を背負う重責を知らぬ温室育ちの御同輩に、一つ教授してやろうとさえ思ってさえいた。

 

『私は、私が、守る』

 

『無理しないで良いよ。人間誰しも大事なものがあるんだから。

 手、綺麗なままで居たいんでしょう?』

 

『――――いえ! いいえ! 

 私はサハリン家の女です。家を守る義務と使命が、この血にはあります。

 私は、アイナ・サハリン、なのだからっ』

 

 血を吐くような声色で、サハリン家の令嬢――――アプサラスのパイロットは叫んだ。

 

 メルティエはアンリエッタが映るワイプに視線を置く。

 

 彼女の満足げに、しかし陰りが見えるその微笑みが、どうしてか嫌いになれなかった。

 

 人がそれぞれ持つ責というものを、感じさせたからなのか。

 

 惚れた女の貌は、どれも綺麗だと毒されてしまったからなのか。

 

 彼が確信したものは、シンタン基地は確実に墜ちる。

 それだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンタンへ三方向から至る水路、その北側の川に身を潜めていたエスメラルダはノーマルスーツに内蔵された腕時計を見た。

 時刻は〇五〇〇。作戦開始時刻だ。

 

「こちらアロー・スリー。レッド・ワン、応答を」

 

『こちらレッド・ワン。通信良好です』

 

 エスメラルダは手早く起動シークエンスを終わらせると、モニター上に映る自己診断結果、機体の各部状況に視線を走らせ、モビルスーツを立ち上がらせた。

 水の中で動く為、水泡が漏れるがすぐに止む。

 

「これより作戦開始。私が先行する。貴方達は一キロほど離れて、後方警戒しながら追従を」

 

『了解であります。ご健闘を、大尉』

 

 レッド・ワン、ケン・ビーダーシュタット率いる小隊はMSM-07、ズゴックを起動、警戒体勢に移行した。

 

 エスメラルダは一呼吸置いたあと、MSに備わった音響探知(ソナー)熱源探知(ヒートシーカー)でセンサー有効範囲三千メートル程を索敵、水中航行を開始する。

 青白い光が空中を焼いたようだが、あれがメルティエが言う援護射撃なのだろうか。

 光が閃いた先、基地内から強力な電波障害が発せられた事から、あれがミノフスキー粒子によるメガ粒子砲なのだと理解した。

 

 作戦は予定通りらしい。

 戦闘を予見して緊張が体中に走るが、エスメラルダは控えめな胸を膨らまし、深呼吸を繰り返し平常に戻そうと努めた。

 

 薄暗い河川を約五キロ潜航しながら、事前に目星を付けた藻の密集地帯に機体を寄せる。

 

(間違いない。此処)

 

 彼女はケン達が追従している事を確認すると、右腕を藻の密集地帯に向けた。

 黄色い粒子が収束し、三秒後に発射。

 メガ粒子砲の一撃を受けた藻は蒸発、消滅しその裏に隠されていた非常用ゲート、シンタン基地内部に至る通路に風穴を開ける。

 ゲートの四方にメガ粒子砲で穴を開け、左手に六本の鉤爪、アイアンネイルを突出させると大きく振りかぶり、殴打。

 

 中心線を打ち抜かれたゲートが内部にくの字に倒れ、エスメラルダは赤外線をモビルスーツに当てられるが、特に動じずカメラに向けてメガ粒子砲を放った。

 

「レッドチーム、進撃開始を。隊列を組み換える」

 

『了解、基地に攻勢を仕掛けます。

 しかし、その機体はステルス性が高い。追うのも苦労しましたよ、センサーが騙されるので』

 

「この子は隠密奇襲用。強襲用機体のMSM-07と一緒にしてもらっては、困る」

 

 エスメラルダが搭乗するモビルスーツ。

 MSM-04、アッガイ。

 本機はジオニック社が開発した水陸両用モビルスーツの一つ。

 焦茶色とクリーム系ブラウンで塗装された、全体的に丸みを帯びている形状。

 モノアイレールは横方向の全周ターレットに加え、上方向にも設置されており、頭部はあるが首が無い独自の外観をしていた。

 水陸両用モビルスーツとしてMSM-03、ゴッグやズゴックの開発に着手したが、これらは高出力のジェネレーター搭載のため生産コストが高いという問題点を抱えていた。そこでコストを抑えた廉価版の水陸両用MSの開発が計画される。

 先のモビルスーツとは違い高出力の水冷式熱核反応炉ではなく、生産コストを抑えるため水冷式に改造したMS-06、ザクIIのジェネレーターを流用した結果、非常に低コストのモビルスーツとして完成。

 

 しかし開発チームはただの廉価版ではなく、一つの方向性を定めて本機開発に臨んでいる。

 

 それは、ステルス性。

 これを活かした敵占領区への潜入偵察、強行偵察による直接偵察行動である。

 

 ミノフスキー粒子下では索敵が難しく、MS-06等の従来のモビルスーツはレーダー波に対する考慮はほぼされていない。その一方で敵陣奥へ電子システムによる索敵が非常に難しくなり、本機はそれを打開する為に開発、建造されたと言っていい。

 ほぼ全て偵察行為は車両や航空機任せだが、これらの機能をモビルスーツに搭載、運用しようと試みた。

 ステルス性を上げる為に、モビルスーツの可動部数削減を目指し、適した作動油と部材間のすり合わせ、防音材により外部への音漏れ軽減に成功し静粛性の確保に至る。

 また、丸い独自の形状はカメラや赤外線への探知を低減させるべく排熱も考慮され、頭部一箇所に集約される等。レーダー波対策に機体の各所を曲面で構成、レーダー波の反射率を低く抑える事でミノフスキー粒子下外へのステルス性を向上させている。

 

「私も、前に出る」

 

 エスメラルダが操縦桿の入力キーに指定コードを打ち込む。

 

 アッガイは指令通りに、偵察モードから戦闘モードに移行。

 静粛性を保つために可動部数を固定したロック機構を解除、前身するズゴックより長い伸縮自在の両腕を披露した。 

 右腕をアイアンネイル、左腕を六連装ロケットランチャーに変更したアッガイは、軽快な足音を立てながら基地内部へと侵入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――電波障害!? 基地に攻撃してきたのか」

 シンタン基地、兵器格納庫で機体の最終調整を終えたアルベルト中尉は愛機に乗り込み、現状況を確認。RX-77-1、ガンキャノンのレーダー索敵が完全に麻痺っている事で敵到来を把握した。

 逃げ惑う整備士の中に、警備兵やパイロットが居た事を認めた。

 だが、去来するものは無かった。

 

 逃げたければ、逃げる努力をすればいい。

 彼は、そんな些末事に構ってはいられなかったのだ。

 

「高熱源反応!? もう基地内部に居やがるのか!」

 

 敵の位置が分からない、まずは外に出るべきだとスラスターを吹かして格納庫外に出る。

 そのままカメラを左右、上下に走らせ、サイレンが鳴る響くシンタン基地を見回す。

 

「うっ!?」

 

 直後、アルベルトの視界を光りが焼く。

 

 反射的にガンキャノンの腰を屈め、衝撃に備える動きを取った。

 まず耳に入ったのは水が蒸発する音、次にチリチリと溶ける音。

 その後に爆音、悲鳴、何か重量物が落ちる音に加えて、再びの爆音。

 

「一体、なんだって――――うおっ!?」

 

 視力が回復次第、モビルスーツを立ち上がらせて周りを見渡せば、先ほどまで在った兵器格納庫が消失していた。

 

 兵器格納庫から思い切り良く飛び出していなければ、自分はこの世から消えていた。

 

 嫌な汗が顎を伝い、叫びだしたい衝動を殺すのに奥歯を強く噛みあわせる必要があった。

 心臓の音が五月蠅い。

 それが、自分が正直者である反応に思えて、何処か可笑しかった。

 

「う、おぉおおおっ!」

 

 電子音を聞き、アルベルトはカメラをその方向に回し、操縦桿のトリガーを引く。

 

 バシュ!と噴霧器のような音を立てて、明るい赤色の光線が発射される。

 基地内部に足を踏み入れたMS-06J、陸戦型ザクが横からその腕を射抜かれ、胴体部を貫通し、更に抜けて左腕をも断撃した。

 何が起きたのか分からない、とザクの頭部が青空に向けられ、どうっと斃れる。

 

 正式型番XBR-M79-a、通称ビームライフル。

 ガンキャノンに装備される主力兵装、その一つがザクIIをいとも簡単に撃破した。

 フォアグリップに左手を添え両手で持つ、アサルトライフルのような形状のそれは、ジオン公国の象徴であったモビルスーツを打倒するに相応しい威力を有している。

 

「くそ、くそ、何だこの威力は!? もう少し早く用意しろよ!

 部下どもを失った代わりが、この銃一丁かよ、ふざけるな、ふざけるなよ!」

 

 異変に気付いたジオン軍のザクIIがマシンガン、バズーカを向けて前進。

 アルベルトは基地建造物の残りを盾に、両肩の二四〇ミリ低反動キャノン砲で応戦、足元に着弾し体勢を崩したザクIIにビームライフルを撃ち込む。

 光線が前に倒れたザクIIの胸から股間部まで貫通し、機体は爆散した。

 

 荒い息を吐きながら周囲を確認すると、基地の防衛兵器群は外部に向かって掃射している。

 中に侵入した敵は、先駆けか。

 

 アルベルトは基地外縁部に面した飛行場を見る。

 もうすぐ、傷病兵や機密資料を満載したミデアが出る。

 

 それまでは、持ち堪えなくては。

 

 最後の部下が、あそこに居る。

 

 最愛の妻と、生まれる子が、後ろに。市街地に居るのだ。

 

「くぅっ!」

 

 先ほどのザクIIを率いた小隊長機なのか、グフタイプが外壁を飛び越え、右手を向ける。

 その指先から発射された弾丸が、ガンキャノンの上半身に跳弾。

 コックピットを衝撃が揺さぶり、ビームライフル、キャノン砲の照準が合わない。

 

 バーニア光を見せつけながら肉迫するグフに、

 

「おりゃぁああっ!」

 

 頭部に備わった六〇ミリバルカン砲を浴びせ、左手の大型シールドで防御した隙に足で駆けながら、スラスターによる推進力で突撃。

 覗き込み窓が無いシールドで視界を遮られたグフは、ガンキャノンの接近を許し、両手で構えられた銃身が赤く光った後に胸部を撃ち抜かれ、背面から倒れ込む。

 

 もう一撃加え、爆発を確認した頃にエンジン音を集音マイクが拾い、ミデアが視界に入る。

 一、二、三隻のミデアはアルベルトからすればノロノロと、姿を現した。 

 

「馬鹿野郎、早く行け!」

 

 暖機運転を終えたミデアが徐々に滑走路へ進む。

 

 アルベルトはミデアの護衛に入ろうと飛び、直後衝撃で地上に叩きつけられた。

 

「っぐ、がはっ」

 

 サブモニター上では、ガンキャノンの左脚消失と出ていた。

 彼は呻きながら操縦桿を押し、ガリガリと装甲表面とコンクリートを削り合わせながら進み追撃から逃れる。残った右脚のアポジモーターでうつ伏せから仰向けに体勢を変え、飛び込んで来たモビルスーツにビームライフルを放つ。

 

「うっ、回避するのか!」

 

 空中で回避したモビルスーツは頭頂部をガンキャノンに向ける。

 

「ごめんなさいの癖に、撃ち込んでくるのかよ!」

 

 頭垂れた謝罪のポーズはブラフとでもいうのか、頭部にある六つの穴からロケットランチャーが射出され、幾つかをバルカンで撃ち落とすが残りが右肩と胴体部に着弾した。

 機体を揺さぶる振動でコックピットの機器にヘルメットが当たり、バイザーが砕ける。

 

「ぉおおおっ!」

 

 バルカンで応戦しながら、ビームライフルを発射。

 でかい図体だが装甲はそれほど自信がないのか、バルカンから身を逸らした。

 その位置に予測射撃したビームライフルの光条が突き進む。

 

「当たっ――――嘘だろ!?」

 

 撃ち抜いたと思ったのは、水色と蒼の機体色の残像。

 そのモビルスーツ、ズゴックは両腕の鉤爪を開き、発射口をアルベルトに向けた。

 

「出鱈目すぎる、ジオンってのはこんな奴らばっかか!?」

 

 追突の警告音に従い、バーニア噴射口の向きを変え、敵のビーム攻撃から致命傷を避ける。

 

「――――くあ、しま、ぐおっ」

 

 操縦桿を握りしめた拍子に指がズレ、肩のキャノン砲を発射。

 低反動とはいえ、浮いた状態では衝撃をうまく拡散する事等できず、ガンキャノンはコンクリートに機体を滑らせ、摩擦抵抗の末、動きを止める。

 

「怪我の功名って、やつか……ザマァ、みやがれ」

 

 アルベルトの視界――額が割れて血が目に入ったのか、赤い――にはキャノン砲を予測していなかったのか、二発中一発を受けたズゴックが左腕を破砕され、その衝撃で空中回転しながら地上に落ち、同じようにコンクリート上を滑って行った。

 爆発の音が、しない。

 まだ、あのモビルスーツは破壊できていない。

 

 肘を立てて上体を向けると、ミデアが三隻、飛び立つところだった。

 

「あばよ、ヒーリィ。達者でな……」

 

 アルベルトの意識は、其処で途切れた。

 

 彼のガンキャノンを、ズゴックのアイアンクロウが貫いたからだ。

 

 その光景を、マット・ヒーリィ少尉は、上空から目撃していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵の輸送艦か」

 

 ランバ・ラル大尉は率いた部隊と共にシンタン基地外周部に設置された砲台を破壊し終え、上空を飛行するミデア輸送艦を捉えていた。

 

『ラル大尉、あのミデア輸送機は傷病兵を移送しているそうです』

 

「そうか。その情報が届いた、という事は管制室を占拠したな」

 

 青いモビルスーツ、グフ後期飛行試験型は両手の指先から昇る硝煙に包まれながら、輸送機の軌跡にモノアイを向ける。

 

『撃ち墜とさない、のですね』

 

「気に喰わんか、クランプ?」

 

 ラルはネメアから譲渡されたギャロップ陸戦艇、その戦闘ブリッジで指揮を執っているであろう副官に問うた。

 

『いえ。我々は軍人であって、殺人者ではありません。

 若も同じお考えのようですし、胸を撫で下ろしているところです』

 

「ほう。違いが分かるようになったか、あの愚息も」

 

 彼は整えた口髭の下で、満足げに笑い、グフの針路を基地内部に向けた。

 

 粗方破壊されたシンタン基地。

 思ったよりも敵兵器の残骸が少ない。

 兵器格納庫に向けて大型メガ粒子砲を照射したと聞いたが、あの大きく穿たれたクレーターがそうなのか。

 話では戦艦並と聞いているが、それ以上の破壊力を有しているように思える。

 

「ポンティアナックも落ち、シンタンも落ち、西カリマンタンはこれで仕舞いだな」

 

 基地出入り口で破壊されたザク、グフを見るにある程度の戦力があったのか。

 カメラを滑走路に向ければ、斃れている敵モビルスーツと片腕を失った我が方の水陸両用モビルスーツが座り込んでいた。 

 回収班、衛生班が囲む中、ネメア技術班のロイド・コルト技術大尉が敵モビルスーツに走り寄り、検分を始めていた。

 小さい女の子、メイ・カーウィン整備主任だったか、が同じように近寄ろうとして蒼いパイロットスーツを着た男、メルティエに掴まっていた。

 

 その機体はつい先ほどまで稼働していたモビルスーツ。

 

 コックピット内には、亡くなったパイロットがまだ居るのだ。

 

「技術屋、というのはやはり好かんな」

 

 遺体を切り開いて弄ぶ。

 機械群に対して、その考えは当てはまらないだろう。

 

 中に死んだままの人間が居ることを除いては。

 

 潰されたコックピット・ハッチから、血が流れているのが見て取れた。

 その部分を取り除かない限り、あのモビルスーツは人体と何ら変わらない。

 

 棺桶だと称しても良い。

 つまりは、墓泥棒と同じというわけだ。

 

「まぁ、街の被害がゼロというのは上出来だ。息子よ」  

 

 基地から二十キロほど離れた場所にある、水運都市シンタン。

 

 その市街には、戦争の傷跡は見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東カリマンタン地区。

 ジオン軍の猛攻を立て続けに受け、主要拠点とされたボンタン湾岸基地、サマリンタン中継基地と周辺部を失った連邦軍東南アジア方面カリマンタン駐屯部隊は戦線を大きく後退、バリクパパンに籠城。

 彼らはアムンタイ基地からの援軍が来ることを願って、最後まで抵抗を続ける決断を下した。

 中部カリマンタンの中心部、カリマンタンの最重要拠点、パランカラヤには最新型の兵器が導入されている筈であったが、ジオン軍によるミノフスキー粒子高濃度散布をされた今となっては、後詰要請が本部に届いているかどうかさえ、怪しかった。

 

 サンピト、パンジャルマシン基地はパランカラヤの支援基地である為、この緊急事態に於いても援軍到来は期待できない。東、西方面が崩され陥落すればパランカラヤ最後の防衛線がこの二つの基地になるからだ。

 南カリマンタンのマルタブラは要塞化が進んでいたが、連邦軍占領下であった為に防衛部隊をそれほど割いているわけではなかった。その戦力は既にボンタン、ポンティアナックに割り振られており、両基地が陥落したという事はつまり、そういう事なのだ。

 

 絶望感に彩られる中、バリクパパン基地司令は不退転の決意の下に集結した残存戦力で同基地を固め、押し潰しに掛かる敵軍の侵攻を迎撃、ひたすら時間を稼ぐ事に専念した。

 

 ――――この一戦が、カリマンタン防衛部隊の一助になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイラス・ロック中尉は次々に放たれる砲弾に「奴らは無限に生まれる弾薬庫を持っている」と半ば信じかけた。

 飛来するフライ・マンタはカミカゼ仕様なのか、恐怖という感情を置き忘れたパイロットが操縦しているのか、森林や山岳を利用した低空飛行による至近爆弾により友軍機を爆散させている。

 

「こいつはたまげた。あいつら、生きて帰るつもりがない」

 

 サイラスは配備が間に合ったMMP-78、一二〇ミリマシンガンでフライマンタの機体中央部、あるいは操縦席のあるキャノピーを撃ち抜きながらMS-07A、グフを大きく後退させた。

 

 彼が率いるモビルスーツ二個小隊が、左翼に展開した部隊の最後尾。

 

 つまりは、殿軍だ。

 

 彼が所属していた大隊はこの豪雨とも、嵐とも取れる砲弾に激しく打ちのめされ、応戦の甲斐も無く撤退している。

 残存戦力しか無いとたかを括った大隊指揮官、少佐階級の男を役者不足とは思っていたが、まさか()()()()とは恐れ入る。

 

「お前ら、まともにやり合うな。ありゃ冥土の土産に首獲りに来てやがる」

 

 指示に意識を割いた瞬間、マシンガンの牙を抜いたフライ・マンタの接近を許す。

 

「はっはー! 気骨のある奴は、大好きだぜ!」

 

 サイラスはグフのスラスターを全開で前進させ、左手に持った専用シールドで船首を殴り潰すと、その機体を思いっ切り蹴り飛ばした。

 内部に抱えた爆弾と共に爆発四散した航空機、それには一瞥もせずに再びグフを後退させる。

 

『隊長、敵が圧力を強めてきました、後退速度を上げた方が!』

 

「焦んな。足元を掬われるぞ、地上に倒れた連中の仲間入りをしたいか!?」

 

 サイラスのグフを一番最後に後退している隊、つまりは敵との最前線に居るグフの周囲には砲撃や爆弾、混乱した友軍機の誤射で斃れた友軍機の成れの果てが転がっていた。

 

(後ろには鈍行の友軍、前には距離を詰める連邦軍、足元には障害物と化した亡骸ときたもんだ。

 くじ運の無さを恨むね、いやマジで)

 

 横一列に並んだ戦車部隊。

 機動力に頼って突撃、内部から食い荒らす事も考えたが、すぐに断念した。

 

 その五百メートル程度後方から、更なる戦車部隊がある。

 絶え間ない砲弾、着弾地点が大幅に違う理由にも合点が付いた。

 

(戦車による二段撃ちというわけか。古来からの戦術に外れが無いってのは、嫌だねぇ。

 人類に進歩がないって云われてるようで)

 

 変化するのは、用いる兵器の違いだけ。

 

 サイラスはグフにサイドステップをさせて砲弾を回避、じりじりと迫る戦車の群れを見て笑った。

 

「大量だ、大漁だ、大猟だ!

 まったくもって、獲物を目の前にする虎の気持ち、あんたらに分かるかい?」

 

 返事の積もりか、砲身から二八〇ミリの鉛玉が見舞われる。

 

 背後からバズーカ、マシンガンの援護射撃が引っ切り無しに懸かる。

 部下達のお蔭で、サイラスは今も命を結んでいられる。

 孤軍奮闘であれば、エースパイロットと云われる彼でさえ既に地上に転がる鉄の塊に変えられていただろう。

 

 応戦しながら、しっかりと大地を踏みしめ後退するグフ。

 

「わぁからねぇよな? 分かったら、俺やメルの旦那と同じ、獣だもの」

 

 ――――虎は、機会を待つ。

 

 それが正しい戦闘の仕方だと、彼は弁える故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 質量弾が地面に衝突、膨大な土砂を空中に放り投げて飛散、ばら撒かれる。

 

 その中を黒と紫、灰色の機体色を見せて疾駆するモビルスーツ。

 MS-09、先行量産型ドムは飛来する長距離砲台、トーチカの砲撃を悠々と回避し、接近。

 右肩に担ぎ、その手に握られたGB03K、ジャイアント・バズから直径三六〇ミリもの弾頭を発射。

 衝撃音を残して爆散するトーチカには目もくれず、戦車部隊による濃密な弾幕にドムは熱核ジェットエンジンによる高速機動で難を逃れた。

 

 ――あと一瞬遅れれば、幾らドムとは云え、撃破されていた。

 

 ミゲル・ガイア大尉は、宇宙とは違う環境での戦闘に疲労を覚えたが、闘志を前面に出しこれを黙殺した。

 

 一基失ったトーチカ群より下がりつつも、連邦軍戦車部隊は交戦の意思を崩さない。

 三機のドムによる小隊以外、この地で戦い続けている隊は左翼から進行するモビルスーツ二個小隊のみ。

 他の部隊は被弾や補給、砲弾の雨に恐れをなして下がる始末だ。

 順調に勝ち星を挙げた連中は、ここで死んだら稼いだ勲功が消えると及び腰になった。

 

 そう、ガイアは認識していた。

 

「腰抜けどもめ、弱者をいたぶるしか能がない兵士しかおらんのか!」

 

 現場視点でしか理解できないガイアには知り得なかった情報だが、彼が侮蔑した友軍は実際はこの雨、嵐ともいえる攻撃の散々に受けて壊滅。全滅は免れたものの、再編と救助を必要としノリス大佐が自ら野外病院の護衛に就くほどの悲惨な状態であった。

 左翼で戦い続ける青い虎、サイラス・ロック中尉も所属する大隊が撤退。

 その殿軍を二個小隊で実行する等、過酷な状況に追い込まれていたのだ。

 

 エース小隊の位置付けで自由に戦線に加われるガイア達は、その内情を知らないが為に怒鳴り続ける。

 

 ガイアは自軍の体たらくに、苦虫を潰したような渋面になった。

 彼は先ほどの攻防で、果敢に挑んでくる連邦軍に頼もしさすら感じてしまったのだ。

 乗り越えるべき敵だと、ただの鴨打ちの標的ではないと。

 

 エース小隊。黒い三連星の一人に、確かな脅威を感じさせたのだ。

 彼らをして一個師団級の戦力と見る、レビル将軍がこの心境を知れば、この地で戦う将兵を大いに惜しんだ事だろう。

 それほどまでに、ガイア達は敵方のレビル将軍に評価されていた。

 

「オルテガ、マッシュ! 生きているな!?」

 

 ガイアは信頼する自らの両翼に問うた。

 

『守りは厚いが、攻められないほどじゃないぜっ』

 

 右翼のオルテガも現状に焦りを感じているが、頼もしい言葉を返した。

 

『仕掛けるタイミングは、大尉に合わせます!』

 

 左翼に居るマッシュも攻勢の意志に陰りが無いようだった。

 

「よし、一度迂回すると見せかけ、戦車部隊が釣れたら肉迫。

 用心深い奴が指揮官だった場合は、そのまま迂回。別働隊の援護に回る!」

 

 応、と答える部下の力強い返事を聞きながら、ガイアは上空から爆弾を投下するフライ・マンタに返礼としてMMP-78、一二〇ミリマシンガンを馳走してやった。

 薬莢が地に落ちるよりも早く、ドムはその場から退避。

 爆弾はその役目を果たす事ができず、地上を悪戯に穿った。

 

 ガイア達の小隊がこの地にいる理由は、ちょっとした事情が絡んだ結果だ。

 元々は中部アジア方面軍司令マ・クベ大佐が本拠点とするオデッサ鉱山基地に配属されたガイア達は、自らテストパイロットを務めた試作機YMS-09、プロトタイプドムで蓄積されたデータをフィードバック、先駆け量産されたこのドムで守備隊に就いていた。

 その彼らに、マ・クベは任務を言い渡したのだ。

 

「東南アジア、カリマンタンに中東アジアの連中が進軍するそうだ。

 エースである貴官らも、ここでパイロットシートを温める事に飽き飽きだろう?

 カリマンタン攻略の任、引き受けては如何かな」

 

 彼らが所属する突撃機動軍を統括するキシリア・ザビ少将の懐刀、マ・クベは上に報告する議案に飢えていた。

 採掘した資源は順調に宇宙や地上の生産プラントへ送られているし、占領下の住民に対する慰撫政策も彼なりに進めている。

 彼の地区は他に比べて万事順調であり、彼自身も裏で活動する諜報組織がもたらす情報の収集にも余念が無い。

 

 ただ、キシリア少将へ贈る()が足りないと感じていたのだ。

 

 そう思案していた折に、カリマンタン侵攻の軍を挙げる為に援軍要請を受けた。

 彼は7月10日に地球に降下したエース小隊がキシリアの肝入りで来ていた事に不満を感じていたこともあって、黒海の海域を防衛、哨戒させる為に編成した潜水艦隊を共に付けてガイア達を戦地へ送り出す事に成功した。

 勝利すればキシリア少将へ報告する内容に華を添える事ができるし、敗北してもガイア達が散れば不満の種を消す事もできる。彼はどちらに転んでも構わなかったのだ。

 

 当のガイアは見え透いた謀略を感じてはいたが、ドムのコックピットに居るだけの仕事に飽いていたのは確かにマ・クベの言う通りではある。

 信頼する部下と戦場に立つのはむしろ望むものではあったし、エースパイロットの矜持が戦時下で安穏と過ごす日々に強い拒否反応を起こしていたのだ。

 

 こうして、彼らは東カリマンタン攻略作戦に参加。

 中東アジア方面軍司令ギニアス・サハリン少将の副官、ノリス・パッカード大佐の指揮下に入りボンタン、サマリンタン基地を陥落させてこの地、バリクパパン湾岸基地に歩を進めていた。

 

 先の戦いで撤退した残存部隊と合併したのか、このバリクパパン基地は予想以上の堅牢さを誇る。

 誤解してはならないのは、ここがただの湾岸基地である、という点だ。

 西カリマンタン基地のポンティアナック基地より僅かに基地面積が広い、対潜兵器が多い程度。

 それ以外の対空、対地設備はボンタン、サマリンタンと同じか下回る。

 

 であるのに、今だ攻略が出来ていない。

 

 この戦線、この戦域は異状だと、ガイアの勘が告げていた。

 

「砲弾で釘付け、足を止めれば爆弾、逃げればトーチカか。徐々に身を隠す場所も潰すやり方だ。

 連邦軍も中々味な真似をするじゃないか。えぇっ!?」

 

 急旋回、背後に迫ったフライ・マンタを撃ち落とし、迂回する動きを敵側に見せる。

 オルテガ、マッシュ機もそれに倣い、追い縋る連邦軍の手を振り払いながら追従した。

 

「――――釣れん、か。

 冷静な指揮官が居るな。オルテガ、マッシュ! 予定通り別働隊援護に向かうぞ!」

 

 トーチカの砲撃をジグザグ走行で巧みに躱し、土煙と吹き上がる土砂の中、彼らは撤退した。

 

 左翼で殿軍を担っていた友軍に迫っていた連邦軍航空隊、戦車隊を逆に挟撃したガイア達は視界に入るザクやグフ、マゼラ・アタック隊の残骸を見届け、戦意を高めた。

 黒い三連星が援軍に駆け付けた為、サイラス達の殿軍は損害を出しつつも、全員が撤退に成功。追い縋る連邦軍も後退し、再び戦線は硬直の度合いを強める。

 

 友軍と合流して初めてその内情を聞き知り、ジオン軍が被った被害を悟るガイア達の背筋に冷たい汗が流れた。

 

 レビル将軍すら恐れるエース小隊。

 黒い三連星以下大部隊を多大な出血の下、撤退に追い込んだ守備隊。

 

 彼らは特に感慨も抱かず、生き残った将兵達は死んだ同僚、友軍へ静かに黙祷を捧げ、再び銃を手にする。

 補充や整備に行き交い、乱れる中で誰も一言も漏らさず、やるべき行動に乱れも無い。

 

 現地で戦い、一つの意志で繋がる群体を相手にしている、そう判断したノリス大佐は今まで相手にしてきた”連邦軍”という考えを捨て、死兵をどう相手取るか、その一点に思考を定めた。

 

 一度体勢を整えたジオン軍はパル、ポレワリから発せられた空母機動艦隊を駆逐した潜水艦隊、水陸両用モビルスーツの部隊と合流。

 

 敵湾岸部を黒い三連星、水陸両用モビルスーツ部隊が挟撃、制圧すると本隊を率いるノリス大佐が包囲網を築き圧力を掛け、抵抗が薄い部分から青い虎率いる部隊が基地内に突入、管制室を占拠。

 ジオン軍は空、陸、海の三方向から猛攻を一気に仕掛け、遂にバリクパパン基地の陥落に成功したのだった。

 

 そして、やはり。連邦軍守備隊は最後の一兵になるまで、抗戦の意志を覆す事はなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 後世の軍事関係者、戦史研究者はこの一戦についてこう述べている。

 

「彼らは生存を取るべき道を自ら捨て、死地に留まり続けた。

 同地で苦戦する同胞を敵から守る為に、敢えて孤軍で戦力比が凡そ二倍に匹敵するジオン公国軍に抗い続け同基地守備隊は全滅、所属した人員は全て戦死している。

 多種多様な人種が混在する連邦軍では、この劣勢の中での一致団結は非常に稀な意識統一が必要であり、戦況から見ても不可能に近い。

 だが、この奇跡が起きたからこそ、後退を続ける他部隊はパランカラヤに無事合流できた。

 バリクパパン基地の死力を振り絞った戦闘が起きなければ、ジオン軍は行軍速度を緩める事無く侵攻し、パランカラヤは交戦さえ許されず陥落していたと思うのは、この戦闘に参加していたジオン軍のパイロット、部隊の名を挙げれば至極当然の成り行きであり、我々からすれば決定事項のようなものだ。

 

 ほとんどの人間が後の一大反攻作戦オデッサやジャブロー攻防戦、キャリフォルニア・ベースでの派手で喧伝された戦闘に目を向けがちだが、このカリマンタン攻防戦こそがルウム戦役の後に挙げるべき、連邦軍とジオン軍の決戦に他ならない。

 

 この地で散った将兵達こそ、地球連邦政府が鎮守すべき英霊達である」

 

 ジオン軍が突破するに、旧世代兵器群に対し二倍の戦力を要した激戦の地。

 カリマンタン攻防戦の中で、”バリクパパンの嘆き”と語られるこの戦闘区域は、開戦以来辛酸を舐めさせられた連邦軍の意地が垣間見える戦場の一つとなった。

 東南アジア戦線で名を馳せたノリス・パッカード大佐や黒い三連星、青い虎の異名を取るジオン軍エースを何度も跳ね返し続けた同戦域は、快勝を続けたジオン軍に陰りを示す第一歩であるとされている。

 

 青い巨星、蒼い獅子が到来すれば、ここまで掛からずに勝てたと論ずる者も居た。

 しかし、大多数の人間は西カリマンタンで戦った二人のエースがこの地に投入されたとしても、籠城した守備隊が全滅するまで戦い抜いた結果には変わらず、下手をすれば単身突出傾向にあった蒼い獅子は戦死していただろうと推測している。

 事実、この戦域だけで激突した両軍とも全体の三割強近い損害が集中しているのだ。

 

 敵兵力と戦力、その喉笛を噛み破って死んでいった英霊達が眠る場所。

 

 自らを矢玉とし、戦い散っていた戦士達の慰霊石は、U.C.0083年7月20日、陥落し全員討ち死にした同月同日に有志と遺族達の手で設けられたという。

 

 そして、U.C.0079年7月28日。

 

 西、東の防衛ラインを欠いたカリマンタン司令部、パランカラヤは劣勢に立たされ、降伏。

 ジオン軍総司令部は占領した連邦軍主要施設から有力な情報を求めたが、陥落間際までに機密データは全て処分され地球連邦司令部、ジャブローに関するものは消去済みであった。

 また、同基地の司令官は陥落寸前に拳銃による自決をしていた為に、ジャブローへの糸口は完全に途絶えてしまう。

 

 メルティエ・イクス中佐以下ネメアの主要陣はこの報に焦りを募らせたが、カリマンタン攻略を成功したギニアス・サハリン少将は本作戦完遂と自らが開発、建造させた機動兵器、アプサラスの戦果に満足しており本拠を置く中東アジアに凱旋した。

 

 ネメアはラル隊に補給物資を分譲した後、中東アジアへ帰還。

 ラル隊は北米大陸へと去って行った。

 

 黒い三連星、青い虎らは防衛体制が構築されるまでの戦力として現地に留まった。

 

 カリマンタンは突撃機動軍から選抜された司令官が入り、主要基地以外の構築以外は住民の慰撫に心血を注ぐようキシリア・ザビ少将から厳命された事もあり、ゲリラ活動が一時頻繁に起こるもジオン寄りに傾いた住民による告発で一斉討伐された。

 住民による協力を見据えた行動なのかは未だ不明だが、キシリア少将が海底資源に興味を持ったのは確かであり、大型プラットフォームの建造を内々に進め、調査を行っていた事はU.C.0086年の追跡調査で発覚している。

 

 こうしてカリマンタン攻防戦は幕を閉じ、同地ではU.C.0087年まで大規模な戦闘は確認されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




閲覧ありがとうございます。

上代です。ご機嫌如何。


ま、待つんだ。
アンリエッタはメルティエの為に暗黒面に落ちただけなんだ、つまり悪いのはそこのライオン。
彼女は(話の)犠牲になったんだ!

最近、尽くすヤンデレも可愛いやん、と染まりつつある作者です。


心残りは「アッガイ、活躍させたかった」。
ただ、戦闘描写が現状難しい(連邦軍MSは出すのに制限有り、戦車、航空機等では描写しづらい)
作者の力量不足か。アッガイたん、ごめんよ……。


では、次話で会いましょうノシ

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