ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第41話:かの檻は破れない

 U.C.0079年8月10日。

 ジオン公国が有する月面基地グラナダより、二隻の巡洋艦が出航する。

 丸みを帯びた形状は艦艇というより航空機に近い外観で、宇宙船を巨大化させた印象が強い。

 事実、このザンジバル級機動巡洋艦は宇宙空間のみならず、大気圏突入と大気圏内の巡航能力を持つ大気圏内外両用艦であった。

 

 この性能はジオン公国本土、サイド3から地球までの長大な補給線を維持することを目的として建造されたもので、大気圏離脱時には打ち上げ用ブースターを装着しカタパルトを使用する必要はあるが、航行速度に優れた長距離移動艦船である。

 モビルスーツ搭載数は艦体側面と下部に設けられた格納庫を換装、または拡張する事で変動する独自の形式を採用している。更には部隊編成や作戦に応じてモビルスーツ、現在試用試験中の新型機動兵器モビルアーマーの配備可能と柔軟性に富んだ造りだ。

 ジオン公国宇宙艦隊主力を形成するムサイ軽巡洋艦に比べて太く、ずんぐりとした艦体は、全長二五五メートル、全幅二二一・八メートル、全高七〇・五メートルと大型艦船の部類に入る。

 この巨体を支える熱核ロケットエンジン四基は艦体背部に集中した分、強力な推進力を得られるが上下左右に配備された推進器は無く、小回りが利かない構造となっている。

 

 艦体自体の攻撃能力も高く、従来のジオン軍艦体と同じく主力のメガ粒子砲は前方固定式だが、主砲や対空砲は格納式を採用する事で大気圏内の空気摩擦抵抗軽減に一役買っている。また主砲は主戦場が地上に移った事で間接照準射撃を考慮し、火薬式の実体弾砲使用案を採った。艦首両舷には超大型ミサイルが埋め込み式に一発ずつ配備され火力に優れた設計を成されている。

 

 この新型巡洋艦は突撃機動軍のものであり、所属先の部隊も確定済みであった。

 先頭を行く緑色のザンジバルは、特務編成大隊の母艦キマイラ。

 続く黄色のザンジバルは、特務遊撃大隊の旗艦となるネメア。

 

 それぞれ地球に伝わる幻獣の名を冠した艦船は、その名が生まれた星へと針路を取る。

 

 宇宙に閃く真紅と明るい赤、青いモビルスーツを中核にした部隊がその二隻を護衛する中では、ルナツーにて戦力の温存と増強を行っていた連邦軍宇宙艦隊は手も足も出せず、敵部隊の降下予測地点に居る友軍へ迎撃要請を送るだけに留まった。

 

 しかし、ルウム戦役以降宇宙基地ルナツーで籠城策を執っていた彼らは気付いてはいなかった。

 

 その降下予測地点であるカリマンタン及び中東、東南アジア地域は既にジオン軍の手で陥落しており、その通信を受け取る施設があるバリクパパン基地は既に陥落し、後世語り継がれる激戦区であった事を、彼らは知らなかった。

 

 部隊長ジョニー・ライデン少佐の古巣である、プリムス艦隊と合流した彼らは最終調整を終えたザンジバルの大気圏突入試験に入る。

 道中の地球衛星軌道上にばら撒かれていた機雷群と設置していた哨戒部隊を撃破したキマイラ隊は、二隻の新造艦を伴い赤い流星となって地球へと降下した。

 

 宇宙を駆ける稲妻と、地上で戦い続ける獅子の邂逅は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 突撃機動軍特務遊撃大隊ネメアが駐留する基地は、中東アジア地区の東南外縁部に位置する。

 前線基地の役割もあるが、周囲は友軍で固められたこの立地は、ピリピリした空気には縁遠い。

 その宿舎のミーティングルーム兼フードコートに集った隊員達は各々が雑談に興じていた。

 幾つかある長テーブルの上に雑誌や菓子類を広げ、丸椅子に腰かけている。

 

 戦いに明け暮れた日々に、一時の安らぎは必要不可欠なもの。

 ネメア構成員と現地協力者の組み合わせは既に見慣れたもので、誰も咎めたりはしない。

 最初はどう接するべきか悩んでいた彼らも、快活なキキ・ロジータを次第に受け入れていた。

 良くも悪くも裏表が無い彼女は、付き合い方が分かれば良い友人足り得る。

 生活に地球由来の自然を取り込んだ地球住居者(アースノイド)の彼女と、機械に囲まれて生活する宇宙移民者(スペースノイド)の間には考え方の違いが有り、話好きなキキの性格も相まって退屈しないのだ。

 

「今日も賑やかな時間が過ぎる」

 

 誰もが思っていた、戦時下でも珍しい平和な午後の事である。

 

 しかし小さな来訪者が投じた一言で、この場は魔女裁判へと転じたのだ。

 

「お、おとうさん!」

 

 ――――その時、特務遊撃大隊ネメアに電流走る。

 

 矢先の出来事に全員が硬直し、僅かな沈黙を経て今まさに、活発に動き始めた。

 

「め、メル? どういう事なの、”お父さん”って。何なの?」

 

 小さく震える彼女の表情は、逆光で窺い知れない。

 ただ、きつく結ばれた唇が何かよからぬ決意をしていそうで、怖い。

 

「メル。事と次第に因っては、私刑も辞さない(ギルティ)

 

 淡々と宣べながら近寄る、ツインテールの虎は今にも踏み出しかねない勢いである。

 その手刀は地上に降りて磨きが掛かったとでも言うのか、嫌な凄みを見せる。

 

「え。えぇ!? こ、この子わたしより小さいんだけど! あれ、むしろ普通? あれ!?」

 

 頭脳明晰な天才少女にもバグが出る時はあるのか、側頭部に指を当てて云々唸り出した。

 できれば、始終そのままで居てもらいたい。爆弾発言は恐ろしいのだ。

 

「あり? メルティエ、実は手が早いの? おかしいなぁ、あたしの時は何も……」

 

 燃料を投下せん勢いの直情径行型少女には、是非とも黙って頂きたい。

 腕を組んだまま「でも、あんなに強く掴んで来たし……」とか言ってる場合か。

 

「中佐、やって良い事と悪い事、あると思います!」

 

 珍しく柳眉を逆立てた物静かな女性は、いつもの陰りは何処へやら声高に責める。

 何か手酷く裏切ったとでもいうのか、机を叩いて耳に痛い音を発してさえいた。

 

「んー? いつの頃に誑し込んだ女の子供だい?

 坊やの歳と嬢ちゃんじゃ、腑に落ちない点が……ああ、周りも聞いちゃいないネェ」

 

 器用に眉を上げ、扇子で口元を隠した女傑が疑問を呈した。

 もっと大きな声で言って欲しい。くっくっく、と笑っている状況ではないのだ。

 

「中佐。身から出た錆、という言葉は知っていますか?」

 

 実務で頼りになる副官が、あっさりと見捨てる。

 この手の助け舟は出さないと学んだらしい。雑事を叩きこまれる未来が自ずと確定した。

 

「七徹から解放されてみれば、面白い事になっていますねぇ」

 

 寝起きなのか、眼鏡を押し上げながら千鳥足そのままに寄って来た。

 眠った割には解消されない目の隈は濃く、不気味ですらある。

 

「ちゅ、中佐。ボクは信じてますから!」

 

 胸の前で手を握る藍色の少年は、紅顔を向ける。

 どういう意味の信じるなのだろうか、残念ながら問う機会はないようだ。

 

「大変だな、中佐。いやぁ、大変だ。実に。……わくわくしてきたよ」

 

 年輪が刻まれた沈痛な顔から一転して、愉快気に。いや、愉悦だと言わんばかりに顔を歪める。

 本音を隠さなくなった老人に、殺意が生じても仕方がない事ではなかろうか。

 

 この事態になった経緯は、然して難しいものではなかった。

 

 怪我が治り、両手両足が動けるようになった蒼い少女は退院の日を迎えていた。

 彼女は何か不安を抱いたのか、病室の一件以来見舞いに訪れる大人の連絡先をナースセンターより入手すると恐るべき行動力を発揮した。

 

 子供が利用した場合に採用される、保護者が代金を支払う後払い方法でタクシーを利用し目的地への突入を成功させた。それだけに終わるわけがなく、少女は対象を視認するや喉を震わせて声を出し、物理的に気付かせたのだ。

 

 ――――周りの人間も含めて。

 

 戦場で不意に訪れる危機に何度も直面し、その度に打倒してきた灰色の男もこの手の奇襲は即座に対応できなかった。時間が経過しながらも、何ら行動が取れない時点で”詰み(チェックメイト)”である。

 

 一瞬のうちに包囲網を築かれ、退路を遮断された渦中の男は胸中で叫ぶ。

 

(どうしてこうなった!)

 

 男の獅子の鬣を髣髴させる灰色の蓬髪が、今この時は萎びた蔓のようである。

 眼光鋭い灰色の瞳と戦場で研磨された精悍な顔は、今や精彩さに欠けていた。

 ジオン公国軍の野戦服を着崩し、捲った袖から覗く大小の傷で固められた両腕は、鼻息荒く接近する人間を押し留める最終防衛ラインであった。

 

 人生初の大敗を喫する、メルティエ・イクスは状況に凍り付いた思考をどうにか氷解させようと必死になるが、果たしてこの行為に疑問を抱く。

 

 別に疚しいことをしたわけではあるまい、と。

 ただ、この子との間で出来た自分への愛称が「おとうさん」であるだけではないか。

 特定人物との間で育んだ男女関係でもないし、周りが何やら喧しいが非難される筋合いはない。

 

 そう思うとこの状況は甚だ不本意なものであり、異議申し立てするべきだと奮起した。

 

「待て、騒いでいるようだが俺とこの子は別に」

 

「お、おとうさん。そっち行ってもいい?」

 

 小さな鞄を胸に抱いた少女は、ロザミア・バタムはタイミングを見計らっていたのではないかと訝しむほどの、狙い澄ました言葉を被せて来た。

 彼女はトコトコと小さな足音を立てて、周りの大人達の視線に晒される中で座った。

 

 ――――メルティエの膝の上に。

 

「お、おい。何を」

 

 突然の行動に驚き、狼狽えた。

 その反応が、周囲に更なる波紋をもたらした。

 

「メル、その子との関係、聞かせてくれるよね?」

 

 軋む音が、アンリエッタ・ジーベルの握った机から鳴る。

 背中を半ばまで覆う蜂蜜色の長髪が、今は彼女の貌を隠す幕となっていた。

 その整った顔立ちが見れない事に、これほど救われた心地はしない。

 恐らく彼女は、深い関係にある男の不貞をどう制裁するか考えを広げているに違いない。

 

 いつぞやの時とは違い、刃物を持ち出さない辺りは彼女の温情だろうか。

 

「時間切れはなし。きりきり吐くといい」

 

 重圧(プレッシャー)が増したエスメラルダ・カークスの視線が相手を射抜く。

 懐かしくも彼女を「エダ」と呼び始めた頃の、吹っ飛ばすぞ的なものを感じる。

 いつも興味なさげな表情だった彼女が、こうも感情を面に出すのは珍しいものだ。

 残念ながら睦言を交わすわけではなく、物理的な衝撃が襲い掛かりそうな現実が怖い。

 

 全力で脱兎したいが、側面どころか背後まで囲いが出来ている為に撤退不可である。

 

「何か、面白くない、胸がムカムカする」

 

 眉根を寄せ、胸に手を当てるメイ・カーウィンは視線を下げていた。

 これを機に直面する事案でも出たのだろうか、その湖色の瞳は揺れている。

 彼女を実の娘のように思っているケンやガースキーが近くに居れば良かったのだが、二人は宇宙に居る家族に送るプレゼントを求め、市街地へと向かっていた。

 何かを探るように、天才と称される少女は前を見る。

 

 嫌悪とも侮蔑とも違う、苛立ちを募らせた眼差しにメルティエは困惑した。

 

「何か二人とも、殺気立ってきたね」

 

 後ろ髪を撫で付けながら、キキは乾いた笑いを上げた。

 知らない子がメルティエを求めて来た姿に、自分を重ねてしまったのもある。

 それよりも問題なのは、真っ先に反応した二人だろう。

 会話が弾み親しみ易いアンリエッタと、掴み難いが相談に乗ってくれるエスメラルダの豹変だ。

 これはもしかして、男に気が有る女の行動に違いないのでは。

 

 他人を慕う感情をどう整理すれば良いのか、こっそり聞きに来たキキは目の前の状況に焦った。

 

「落ち着け、まずは誤解をどうにかしたいと思う。

 この子はロザミア・バタム。先日救助した民間人の少女だ。

 知っている人間も居るとは思うが、俺はここ数日はこの子の見舞いに行っていた。

 身寄りも無く、親戚縁者も居ないようだったから、助けた手前どうも気になってしまってね。

 この子が俺の事を”おとうさん”と呼ぶのは、親を求めた故だよ。

 まぁ、流石に挨拶もそこそこに養子縁組を迫られた時は驚いたが」

 

 軽く跳ね癖がある蒼い髪を撫でながら、メルティエは全員の顔を見ながら告げる。

 アンリエッタとエスメラルダに視線を置いた時間が長かったのは、彼にも理由が分からない。

 長い時間を過ごした二人にだからか、それとも彼個人が持つ情からのものか。

 

 とりあえず、流血沙汰は回避したいと思っている事は確かである。

 

「え、あ、そ、そうなんですか。すいません、早とちりを」

 

 話を聞くにつれて、ユウキの顔色は青くなったり赤くなったりと忙しい。

 しかし、恥じて頬を夕焼けの如く染めた彼女も、いつもと違った側面が見られて新鮮ではある。

 後ろで様子を見ている事が多いあのユウキが、机を叩いてまでメルティエを批判したのだ。

 

 彼女の珍しい姿に「何故こうも怒るのか」と内心首を傾げたが、近しい人に向ける感情であれば嬉しいものだと、怒鳴り返そうとする自身を引き留めた。

 その甲斐あって恥じ入るユウキを見る事ができたので、咄嗟の判断としては上出来であった。

 

「別にユウキが悪いわけではない。突っ込んできたこの子のせいだろうしな。

 アンリもエダも、とりあえずは落ち着け。個人的な話は後で必ず聞こう。

 養子縁組は、やはり俺個人の問題もあって承認できん。後見人か、保護者が良い所だ。

 ……ロザミア、そう嫌な顔をするな」

 

 面では至極冷静に、内心ヒヤヒヤしながらもどうにか二人の進軍を停止させたメルティエは奥に居る初老の男、何故か落胆した表情をするダグラスに視線を向ける。

 メルティエの正面に座るリオは、蒼い女の子の表情が曇った事に気付いてはいたが、膝に座らせている中佐がいつロザミアの表情を知ったのか分からなかった。

 

「ダグラス大佐、戦時中の民間人収容はどう対処すべきですか」

 

「基本的には安全地域、もしくは収容施設への護送が通例だ。

 同意の上で同行する事も可能だが、我々は教師でもなければ、ここはスクールでもない。

 戦場に連れ回す行為は咎められて然るべきだし、更にはこの子を保護すれば責任も付随する。

 私としては彼女の生まれ故郷へ帰す、安全地域への護送を提案する。

 其処がジオン軍占領地域であれば、輸送部隊へ預けるのも一つの手だ」

 

 頼られたダグラスは顎髭をしごき、先程までの茶目っ気は鳴りを潜め、真面目に答えた。

 彼は現実的な問題解決法を掲示して「如何するのかね?」と返した。

 

「おとうさん」

 

 登場時の積極性は何処へ捨てたのか、ロザミアが不安を隠さずにメルティエを見上げている。

 

 灰色の男も当初は駐屯軍へ、中東アジア方面軍の輸送部隊へ彼女を託す選択肢を選ぶのが妥当と思っている。

 

 その方が戦闘部隊に属する軍人としては間違えていないし、モビルスーツを主に扱う彼の部隊は軍事機密に溢れている。民間人を在籍させるのは大いに問題であった。

 当然の事ながら、ジオン軍尖兵の役割を課せられる彼ら戦闘部隊は常に生命の危険に晒される。

 前線でモビルスーツを操縦するメルティエ達もそうだし、後方指揮のダグラスや整備主任として参加しているメイも、協力者であるキキもそうなのだ。

 敵の立てた作戦如何によっては、後方襲撃等が立案されてもおかしくはない。

 

 むしろ大いに有り得る話であった。

 

 現在のネメアはガラハウ隊が矢面に立ち、イクス小隊とビーダーシュタット小隊が横撃を加え、多方向から攻撃を仕掛ける戦術を執っている。

 構成人数が多いシーマ麾下のモビルスーツ一個中隊が相手取り、敵に一当て、もしくは受け止めている間に強襲や奇襲を実行するのだ。

 これは速攻を優先している、というよりも後方へ敵の手が伸びる前に打倒する為である。

 彼らモビルスーツ隊を支える艦隊や支援部隊に被害が入る前に敵を潰す。

 ネメアの作戦参加率と転戦範囲が広い由縁は、この後方への被害を嫌う部隊損害軽減のやり方と引き際を違えない戦闘熟練者による戦力健在が多い事にあった。

 

 前線の将兵も大事だが、それを支える人間もまた大切である。

 工作隊を有する事もそうだが、モビルスーツを改修する技術班は貴重だ。

 戦場や環境に則した兵器運用は戦術の要となる。

 試行錯誤を繰り返しながらモビルスーツの可能性に挑戦する彼らは、代え難い人材であった。

 中隊長のシーマが前線で指揮を執り、メルティエやケンが率先して機動戦を臨む戦術はこうした部隊独自の理由が絡んでいた。

 

 それでも、過去に航空部隊の襲撃を許してしまっている。

 戦場に鉄則はあっても、絶対はない。

 

 それでも身近に置いている方が安全だろうと思える。

 自惚れた考え方だが、遠い地で失うよりは遥かにマシではないかと。

 

 少年期の慟哭が「もう手が届かない場所で喪いたくはない」とメルティエを動かすのだ。

 

「親の仕事都合で北米から中東まで渡って来たこの子は、帰る場所がないそうです。

 出身地があるならば帰した方が良いかもしれませんが、サンフランシスコと聞きました。

 あそこはキャリフォルニア・ベースが近い。我が方の最重要拠点の一つです。

 いつ連邦軍が攻めて来るか判りませんし、付近は要塞化が進んでいる話もあります。

 其処に子供一人では危険が過ぎるでしょう」

 

 事実と憶測を混ぜ合わせ、メルティエは「少女を保護する話」で進める。

 予想していたのか、ダグラスは口元に笑みを浮かべていた。

 だからこそ、彼は一般的な軍人が行う対処法を述べてくれたのだろう。

 

「まぁ、そうですねぇ。

 私も自分の妻子が戦場に成り得る場所に居ます、と言われれば手元に置きたがるでしょうし」

 

 話を黙って聞いていたロイドが、するりと同意した。

 何人かが「えっ!?」と彼を見るが、ロイド・コルト技術大尉は既婚者で二人の子持ちである。

 地球降下作戦前にロイドの部屋で、モビルスーツが地上で行動する際の注意点を技術屋の視点からレクチャーされていたメルティエは、その時に彼の机に飾られた家族写真を確認している。

 

「そうなると、事務手続きが必要ですね。

 中佐の弁も納得できるものでしたから、民間人保護の話を進めておきましょう。

 ……ああ、協力者も居ましたね? 同時進行でやりますよ。三日程度で済ませます」

 

 サイ・ツヴェルク少佐は期待を込めた視線に少し顔を顰めたが、軽く手を振って踵を返した。

 

 ネメアは特務遊撃大隊と呼称しているのに、実際は定数割れの部隊である。

 中東方面軍司令ギニアス・サハリン少将が施行した、募兵政策に民間人を軍人または協力者として取り立てる政策を人員不足のネメアも採用する事にした。

 キキ曰く族長は渋ったそうだが、条件付きで許可されたらしい。

 彼女の集落と縁が深いメルティエを通じて部隊統括責任者のダグラス、副官のサイと秘書官ジェーン・コンティ大尉を交えた面談で無事登用となった。

 

 その条件を聞いて大いに笑ったダグラス、呆気に取られたサイと最後まで上品な微笑みを絶やさなかったジェーンの三者三様の態度があり、後日とある基地で「どうしてこうなった!」と叫び声が上がるのだが、それはまだ先の話である。

 

「では、これで――――」

 

 閉廷します、そう締め括りたかったメルティエである。

 

 が、そうは問屋が卸さないのだと、身を以て知った。

 

「次のお題に行こうじゃないのさ。はい、メイ嬢ちゃんからいきな」

 

 肩をポンと叩かれたメイは椅子から立ち上がる。

 

「え、えと!」

 

 メイは反射的に立ったはいいが、内容が整理されていないのか、視線を彷徨わせた。

 

 照明を浴びて煌めいた蜂蜜色に、彼女は何か思い出したらしい。

 

「朝、メルティエの部屋からアンリエッタが出て来た件について!」

 

 ガタッ、と室内の至る所から音がした。

 

「にゃ、にゃにを言ってるのかな、メイちゃんは!?」

 

 慌て始めた女性に「コイツ、今噛んだぞ!」と注目した人間の心が一つになった。

 

「アンリ、儚い友情だった」

 

「え、ちょ、エダは知ってたでしょ!?」

 

「メルティエ、白状するんだよ!」

 

「朝、部屋から出て来た? うん? 何がおかしい……あっ」

 

「中佐、不潔です!」

 

 包囲網が縮まる中、口撃による集中砲火はジオン軍がエースパイロットも五分と耐え切れない。

 三十六計逃げるにしかず、と敵中突破を試みる。

 

 ――――が、駄目。

 

 彼女達はメルティエの呼吸すら読んでいるとでもいうのか。アンリエッタが袖を引くことで動きを殺し、エスメラルダに足を刈られては無様に倒れ、メイはその背中に飛び付き、キキも腰に張り付いて動きを制限する。

 出入り口にはユウキが回り込み、完全に退路が断たれた蒼い獅子は(ケージ)に拘束される動物の様相を晒していた。

 

「おっと、こいつはのっけから飛ばしてるネェ」

 

「そうだよ、私はこういうものを求めていたんだ。はっはっはっ!」

 

「随分と過激なスキンシップですねぇ……見てて飽きませんよ、本当に」

 

 傍観者になった三人は目の前の寸劇に愉悦を感じたのか、人様に見せられない表情をしていた。

 

「ボクはリオ・スタンウェイ。よろしくね、ロザミアちゃん」

 

「うん、よろしく。リオお兄ちゃん」

 

 先に安全圏に避難していたリオはロザミアと親交を深めていた。

 さり気無く体でメルティエ達を遮っている辺り、気遣いが出来る子である。

 もしかすれば、醜い争いは見せられないと彼なりに考えた結果かもしれない。

 

 ロザミアの相手をしながら、リオは肩越しにその現場を見る。

 

 そして、やはり自分の判断は正しかったのだ、と少年は思った。

 

 其処には抵抗すら許されなかった哀れな男の姿があった。

 雁字搦めに拘束されたメルティエが倒れ伏し、包囲者達は生け捕りに成功した狩猟者よろしく、ズリズリと長身痩躯の体を引き摺って去って行く。

 

 その光景を目撃した見学者達は、

 

「蒼い獅子、乙」

 

「酷くヤツレタ中佐と、ナニか漲った捕食者が見れそうですね」

 

「羨ましい、もげ……れそうだな、ありゃあ」

 

「ううむ、あの立ち合いでテーブルとイスが乱れていない。やりおる」

 

「いや、今見るべきところそこじゃないんじゃ」

 

「そんな事より幼女だろ、常識的に()考えて()

 

「中佐は犠牲になったのだ。我々の娯楽のな」

 

「おい、誰か憲兵呼んで来い。やばいのが混じってるぞ」

 

 等と、然程動揺もせずに見送った。

 彼らもまた、伊達に部隊発足時から行動を共にしていないのである。

 本人からすれば納得できないかもしれないが、実務と戦場以外ではメルティエ・イクスの評価はこんなものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張によるものか、誰かの喉が大きく鳴る。

 ブリッジのモニターには、地球へ向けて降下する二隻の巡洋艦が映っていた。

 大気圏突入時に発生する摩擦熱が艦船を赤く包み、残滓を散らして青い地球へと飲まれていく。

 戦闘ブリッジから固唾を飲んで見守っていたブリッジクルーの、安堵した息が零れた。

 

「あと十分、大気圏離脱が遅れていれば、危なかった……」

 

 キャプテンシートが軋みを上げ、硬い反動が重装宇宙服の中に入る。

 緊張から解放されたあとも、無意識に力みがあったらしい。

 気恥ずかしさを感じて宇宙服のヘルメットを外し、軍帽を被り直した。

 

「周囲に他高熱源反応はないな?」

 

「はっ。有視界監視では確認できておりません。

 レーダー索敵はミノフスキー粒子濃度が高く、今しばらく時間を必要とします」

 

 情報担当士の報告に艦長、パオロ・カシアス中佐は頷く。

 

「恐らく、あれはジオン軍の新造艦に違いない。

 撃破するに絶好の機会だったが、本艦は予定通り任務を遂行する。

 今後も敵との遭遇が懸念される、第一種戦闘配置は継続、このまま針路をルナツーへ向けよ」

 

 指示を受けた操舵士が針路を連邦軍宇宙要塞ルナツーへと向ける。

 その様子を視界の隅に捉えながら、パオロ中佐は皺が目立つ顔を厳しいものに変えた。

 

 彼が艦長を務める戦艦はペガサス級強襲揚陸艦二番艦であり、ホワイトベースと呼称される。

 

 その規模は全長二六二メートル、全幅二〇二・五メートル、全高九三メートルもあり、連邦軍の宇宙艦としては初のモビルスーツ搭載運用能力を持つ。

 最新技術が盛り込まれたこの宇宙戦艦は、モビルスーツ運用を前提に建造されている為に攻撃の遠距離と防御の近距離と火力充実化を図られている。

 これは中距離は展開するモビルスーツ隊に任せ、他をカバーする戦術思想である。

 また、あらゆる作戦行動に参加出来うるように設計され、火力は戦艦並となり航行速度は高速艇に次ぎ、物資積載スペースは補給艦に次ぐという万能仕様であった。

 更には単独での大気圏離脱、突入能力を有する本艦は、今後の中核を担う戦力として高い期待を寄せられている。

 

 搭載予定のモビルスーツは、構成する素材都合や安全に開発する理由から連邦軍とジオン軍の間で戦争が勃発した際に早々と中立を宣言したコロニー、サイド7にて建造を進められている。

 中立と謳いながら連邦軍研究施設を秘密裏に用立て、反攻作戦の肝であるモビルスーツ開発に手を貸してさえいるのだ。

 パオロ中佐は政治屋の宣誓ほど信用できないものはこの世に無いと、改めて思い知った。

 

 サイド7の態度は、ジオン軍に発覚されれば明確な敵対行動として攻撃される危険性がある。

 それでも連邦軍に肩入れしたのは、ジオン軍が実行したコロニー落としにあった。

 サイド規模で大量殺戮を行うジオン公国は、地球連邦政府が倒れれば他コロニーに対しても同様の措置や武力制裁を行うと想像させるに足りたのだ。

 何れは自分達も、と考えが及んでしまえば連邦軍が秘密裏に援助要請を打診してきた際に、拒否できるはずが無かった。

 

 尤も、其処には連邦軍がこの戦争に勝利すれば、協力者として恩恵に(あずか)ろうとする思惑もあるのだろう。

 将兵が命を燃やし、血の河を築く戦争すらも、彼らにとっては経済を回す一つの手段でしかないのか。

 

「やはり、政治屋という輩は好きになれんよ」

 

 好悪で物事を図る事はよろしくはない。

 が、パオロ中佐は胸に溜まるものを無理に治めようとは思わなかった。

 

「パオロ艦長」

 

 名を呼ばれた方へと目を向ける。

 

「ノア中尉か。どうかしたかね?」

 

 何処か血気に逸る若い尉官に用件を促した。

 

「はっ! 何故ジオン軍の新造艦を見逃したのでしょうか。

 大気圏突入時は如何な機動兵器であっても完全に無防備を晒します。

 本艦に搭載された火砲による斉射であれば、二隻とも撃沈できたと少官は思います」

 

 これが戦功稼ぎによる言であれば、パオロ中佐も相手にはしない。

 だが、このブライト・ノアという青年はこの場に詰めているブリッジクルーに聞こえるよう声を出している。

 ブライトはパオロのとった行動を理解していたが、クルーには考えが至らない者も多いだろう。

 

 艦船クルーは一つに向けて全員が行動する。

 パオロが優れた指揮能力を持っていようが、指揮下に入ったばかりのクルーとは絶対服従するに足る信頼が築かれていないのだ。

 その状態で誰の目から見ても「打ち倒せる好機」を逃せば、疑問を抱かれるのは当然の事。

 ブライトは極秘任務と、長い船旅に出たばかりで今後に差し障る”しこり”を作らないようにと「勲功稼ぎに熱心な素人」という泥を被りに来てくれたのだろう。

 

 でなければ、優秀な成績を残した士官候補生がこの類の質問をするわけがなかった。

 

「なるほど。尤もな質問だ、ノア中尉。

 確かにこのホワイトベースが有するメガ粒子砲であれば、大気圏突入に全神経を傾けた戦艦一つ撃ち抜くに容易いだろう。その能力はあるのだから。

 だが、我々は現在極秘任務中である。

 目的はジオン軍打倒ではあるが、本艦にはその手となり足となるモビルスーツが一機も無い。

 仮に、あの二隻撃破に成功したとしよう。

 この宇宙では戦闘の光がよく目立つ。メガ粒子砲の光線はさぞや主張するだろう。

 そして、ミノフスキー粒子を撒き散らして光は消える。残るは高濃度のミノフスキー粒子だ。

 ジオン軍の哨戒隊がそのどちらかを見れば、追跡行動に入るだろう。

 秘匿しなければいけない状況で、それが如何に危険な事か。

 目先の事に囚われ、本来の役目を疎かにしてはいけない。理解してくれたかな?」

 

「はっ! 艦長の御指摘通りであります。御教授痛み入ります!」

 

 さっと敬礼をして元の位置に戻る若手を見送り、中佐は落胆を感じていた。

 

 ブライト・ノア中尉に対してではない。

 

 士官候補生にこの茶番を演じさせた、ブリッジクルー達にだ。

 パオロ自身も配慮が欠けていた。これも反省するべき事だが、下の者にこうまでさせた尉官以上の人間は何を考えているのか。

 

 苦いものを感じていたパオロ中佐とは裏腹に、要塞ルナツーへ航行を開始した連邦軍最新鋭艦、ホワイトベースは順調に黒い海原を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

本作品のザンジバル級機動巡洋艦はこの設定で行きます!
搭載数が統一されてない=変更できる或いは拡張できる、とするしかなかったんだ。
キマイラのザンジバルは追加ユニット更に搭載数が上がるお。
ネメアのザンジバルも改造したいですね。

うん? 修羅場?
そんな事は無かったよ。人の話を聞かず感情をぶつけて去る、とかは無かったんや!

ズルズル引き摺られた中佐の運命は、そうだな。

タンパク質を搾り取られてるんじゃないかな、ええ。

今回初のパオロ中佐とブライト少尉。
作者、パオロをパウロとミスしていまして慌てて修正しましたよ、フフ。
ファンの方ごめんなさい。

ジョニー・ライデン一行とメルティエ・イクスと愉快な仲間達が遭遇した場合はどうなるのか。
んん、話に不要ぽいし、ザックリ切ろう。
そうしよう。

白い悪魔が起動し始める前に、作者は紛れ込んだホワイトベースに潜みつつ、逃亡するんだぜ。
宇宙でしかも連邦軍艦に潜入してしまえば、追っ手も断念するに違いない。

では、次回もよろしくお願いしますノシ

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