ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第44話:蒼紅の結託

 突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメアに譲渡されるザンジバル級機動巡洋艦は、ジオン軍次期主力に目される新造艦だ。

 以前乗艦したムサイ級軽巡洋艦に比べ搭載火器やその装備数と同様に他も充実しており、気になるモビルスーツ搭載数もハンガーが一個中隊規定数分の九つと多く、更には整備スペースも三機分用意されていた。

 しかも、これで増設余地もあると言うのだから恐れ入る。

 二個小隊が待機し、一個小隊は分解整備(オーバーホール)できる余裕というのは贅沢に過ぎるのだが、このザンジバルはそれを実現していた。

 特徴的なずんぐりとした外観はそのまま内部の広さを表し、各室の間取りはともかく、部屋数の拡張が成されていると思っていい。

 パイロットやクルーの搭乗員数もそれ相応なのだから、当然と言えば当然ではあるが。

 軍艦にしては居住性も十分確保されているし、下手な基地の宿舎を借りて駐屯するよりも艦内で寝泊まりした方が良さそうに見えるのは、果たして気のせいだろうか。 

 

「脱走者?」

 

 そのザンジバル艦内を先導する同軍特別編成大隊キマイラ部隊長、ジョニー・ライデン少佐の背へメルティエ・イクス中佐は声を投げた。

 

「ああ。正確に言うと、連邦への亡命者か。

 フラナガン機関でとある研究をしていた技術者なんだがな、こいつがまた厄介でな」

 

 気に障らない程度に靴音を鳴らし、淀み無く歩く二人の姿は熟練した兵士のそれだ。

 自軍圏内、その基地内であるのに弛まない緊張を保ったまま、平然と言葉を交わす。

 尤もこれは敵対行動への準備ではなく、ただ単純にそう身体を維持する事に慣れただけだった。

 

 両者にとって幸いな事に、ライデンはメルティエに悪感情を持っていなかったし、メルティエは同じ上司を戴くライデンをどうこうする気も無かった。

 更に踏み込んで言えば、蒼い獅子は行動力に富み、気遣いが出来るこの伊達男は好ましい(おとこ)と見ていたし、真紅の稲妻は己が全力で支える女性の下に、自身と同等の力量を持つ人間が居る事を頼もしく思えていた。

 

 ――――但し、必要であれば即座に対処する。

 

 崩れる事無く間に横たわる緊張感を残したまま、しかし互いに立場関係なく話せる人間に飢えていたのか。

 彼らは階級や年齢の上下を気にせず、言葉を重ねていく。

 

「亡命者とは……情勢だけを見る分に、連邦よりもジオンが優勢だと思うだろう。

 現場を知らない一技術者なら、尚の事そうじゃないか?」

 

「簡単なグラフで推し量れば、な。

 様々な要因と今後の伸び代で考えれば、どうだ? 少なくとも楽勝で終わる戦争じゃないだろ?

 んま、それよりも標的の話をしようや」

 

 ちょうどブリーフィングルームに到着したのか、ライデンは軽く手を振って入室する。

 メルティエは先ほどの言葉に在った、標的という呼び方に眉根を寄せた。

 

「身柄の確保、ではないのか。

 標的と聞くと殺害が主な任務に聞こえるんだが、どうか?」

 

「間違いじゃないもんでね。訂正する気もおきやしない」

 

「馬鹿な。フラナガン機関がどのような研究機関かはよく知らないが、持ち去った技術と敵側に渡った技術の摺り合わせとその対策が必須だろう。

 殺して終わるのは、最後の最期で行う要人暗殺だけじゃないのか?」

 

「キシリア様からの御注文(オーダー)だ。

 ――――と、言っても納得しないだろうしな。

 野郎がジオンで何をしていたか、口外しない事を条件に提示しても良いと許可が下りている。

 間違っても、破り捨てないでくれよ?」

 

 室内の司会席上にある書類を手に取り、ふっ、と軽く息を吐いたライデンが文書と写真で覆われたものを向けた。

 ライデンが感情の下で黒いものを漂わせた事に、メルティエは緊張の段階を一つ上げたが、自分にではなく手渡されたものに向けられていると悟り、視線を下げた。

 

 紙面の内容を思い出したのだろう、ライデンの表情筋が動き、そのまま適当な椅子に腰掛けた。

 乱暴な座り方だったが、それだけ不快だったのだろう。

 顔に険があるまま目を瞑り、メルティエが読み終えるのを待つ姿勢を取った。

 

 文書の触りの部分は、然して問題はない。

 内容はかつてジオン・ズム・ダイクンの提唱した人類進化説、ニュータイプの研究なのだろう。読み始めれば、宇宙に適応した人類の能力は地球に住まう人々に比べ優れている、と人種の差別化を刷り込ませる事から始まるのはいただけないが。宇宙に追いやられた意識が強い宇宙移民者(スペースノイド)からすれば、そうした考え方をしなければ、精神を守らなければやっていけなかったのかもしれない。

 過酷な宇宙環境に進出、適応する事で生物学的にも社会的にもより進化した存在へ。地球移住者(アースノイド)を進化できない人類、オールドタイプと定め、我らこそがニュータイプという新しい人類だと、高位に上げなければコロニーに住まう人々は地球連邦政府に未来永劫の隷従を強いられる。

 少なくともかつて聞きかじったニュータイプ説をメルティエが解釈したものはこうした精神的抑圧に耐える為の方便、虚構のヒトであり、空想の産物だと理解していた。

 

 これもそうしたジオニズムとも呼ばれる思想に賛同する文書なのかと思ったが、どうやら違うものだった。

 

「――――何だ、これは」

 

 その声は低く、冷たかった。

 女子供が耳にすれば、いや大の男でも聞けば震え竦むに違いない。

 

 モビルスーツではなく、人間を研究するフラナガン機関。

 これについて理解できたのは開戦後、一部のパイロットが高速の荷電粒子(メガ粒子砲)を高確率で避けるという事象を解明するためキシリア・ザビ少将が創設した研究機関であり、その所長がフラナガン・ロムという男だという事だ。

 旧時代にも残る、エスパーじみた能力を示唆する文面が所々見受けられるが、ライデンの機嫌を害しメルティエを憤慨させたものは、そんなものではない。

 標的となる亡命者クルスト・モーゼスがフラナガン機関で費やしていたものは、ニュータイプを打倒する為の研究。その研究内容と、ジオンを脱する前に行っていた過程だ。

 

「こんな事を、ジオンは、認めていたのか?」

 

「誓って違う。そいつの研究目的に通じるだけの、独断だ」

 

 逸る獅子に、稲妻は即座に否と投じた。

 

 戦争勃発前から地球連邦政府とジオン公国との諍いで親を喪った孤児達を保護の名目で収集し、素質がある子供を研究被検体に、そうでない者達は続く文面が黒く塗り潰されているので、詳細は不明だが幸せな未来ではない事だけは確かだろう。

 被検体に名前が挙がるマリオン・ウェルチという少女の経歴も似たり寄ったりだったが、彼女の項目は最後まで語られていた。

 フラナガン機関で公式ニュータイプとされている彼女は、クルストにデータを提供し尽力していたようだ。

 少女マリオンの持つ素質に、クルストがニュータイプに対する危機感を抱いていたのは確かなようで、データを基にしたシステムを組み込んだ試作実験機を建造している記述が有る。

 

 焦点は、そのシステムが作成された経緯だ。

 

「人の恐怖を、機械に転写だと? 何を考えている!?」

 

 生物が持つ原初の感情、恐怖が戦闘の感覚をより鋭敏にさせ、目に見えないものを知覚できるとクルストは踏んだ。

 事故で基地内のブレーカーが飛んだ時、実験中のマリオンを突然襲う暗闇に対する恐怖がその身の感覚を拡大、理解したというのを根拠に二度、三度と同じ状況に晒したとも。

 尤も、漠然とした恐怖は指向性が煩雑で、クルストとしては不満だったらしい。

 そうした中で一つの事件が起きる。

 少女が、女性が恐怖を明確にする行為とは、状況とは何だろうか。

 

「下種いだろ。やった奴も、それで仕上がったと喜ぶ野郎もよ」

 

 身が汚される、人格を否定される、人間の尊厳を奪われる事ではないだろうか。

 メルティエが視線を走らせた文面には、とある軍人から性的暴行を受け、被害者の少女が恐怖と忌避で精神を閉ざし昏睡したという記述。

 その彼女の状態をモニタリングしていた事実と、システム構築完成がクルスト・モーゼスの研究結果であった。

 

「恐怖で意識を拡大、忌避で敵を明確に視野へと収め、攻撃する」システムプログラム。

 そのシステム名が、EXAM(エグザム)

 名の由来が「裁くもの」とは、皮肉が効き過ぎてはいないか。

 

「事件の後に協力者マリオン・ウェルチが目覚めなくとも、必要なシステムは完成した。

 そこから実験機運用を目標に、軍は高性能試作機をあてがったらしい。

 しかしながら、どうも野郎は満足しなかったみたいでな。

 結局は連邦に高飛び、ってわけさ」

 

 手の中で紙が擦れる音を耳にするが気にせず、疑問を口にする。

 

「まて、そこで何故連邦なんだ?

 ジオンの高性能試作機で対応できないものを、連邦が用意できるわけが」

 

 ライデンは破り捨てない代わりに握り潰され、皺だらけになった書類をメルティエから取り上げ、ぶつぶつ文句を言いながら紙面を伸ばし始めた。

 

「はぁ、答えはカリマンタン攻防戦の際にネメアが回収した、連邦製モビルスーツだ。

 グラナダの技術班が一週間、二十四時間体制で解析した結果を何処からか閲覧した疑いがある。

 機密漏洩も含めて、現在調査中だ」

 

「カリマンタン、か。

 確かに、タイホウツキを原型留めて撃破した。その時の機体か。

 素材と共にうちの技術班が解析した結果と資料も添付したと言っていたが、連邦の技術力がそこまで来ていると信じられなかった、いや、信じたくなかったのか」

 

 当時解析に取り掛かったロイド・コルト技術大尉は、連邦製モビルスーツの性能はジオン軍のMS-06、ザクIIを遥かに凌駕する性能だと断定していた。

 その装甲は一二〇ミリマシンガンの直撃に耐え、ジェネレーター出力は新型のMS-09、ドムすらも上回る代物だというのだ。

 機体の追従性はMS-07、グフと同等だろうと報告されているようで、性能を述べればジオン軍のモビルスーツに迫るどころか、追い越してさえいる。

 敵として遭遇し、戦闘に入った経験のあるメルティエも同意できる内容ではある。

 何よりも、ロイドを始めグラナダの技術班が驚愕したのはコンピュータ群だと言う。

 規模がザクとほぼ同等でありながら、その倍以上のキャパシティを有しており、機体操作と火器管制に加え脱出機能等の管理も並行して処理できる。

 

 そして、恐るべきは教育型コンピュータと呼称される箇所だ。

 これはパイロットの操作を通じてコンピュータが学習、経験値を積み重ねていくというもので、手を加えずとも「現時点で最良の操作と判断を下す」プログラムだ。

 恐ろしい、というのはこのプログラムを複製、配布できるという点である。

 もし、エースパイロット級のモビルスーツにこの教育型コンピュータが内蔵され、経験値としてパイロットの操作技術を集積した後に全モビルスーツに搭載されたら、どうなるか。

 

 それはつまり、全軍がエース級の動きを見せるモビルスーツ部隊ではないだろうか。

 手動(マニュアル)制御であったものが、自動(オート)制御になる。

 無論、全てが自動制御化できる筈も無く、パイロット自身の力量もやはり必要ではある。

 だがパイロットの負担が大幅に削られ、他に思考を割く事が出来る点は大きい。

 訓練を終えたばかりの新兵は、姿勢制御だけでも苦労するのだ。それを肩代わりし、簡易的なものにする事が出来れば早期投入も見込めるし、失った戦力の補填も効くようになる。

 

 モビルスーツの装甲を易々と貫通する小型化に成功したメガ粒子砲、ビームライフルと表記されているその威力にも目を見張った。

 しかしジオン軍にとって悪魔的存在なのは、このコンピュータではないだろうか。

 コンピュータが蓄積した経験値分、機体の動きをスムーズにする。

 ジオン軍パイロットは個人がモビルスーツのプログラムデータを所持しているが、それは都度修正する必要があるものだ。

 そのところ、この教育型コンピュータは細微な手直しこそ必要ではあるが基本的に集積すればするほど、より良い動作と反応速度に上書きされていく。

 突き詰めれば機体に許された性能の中、僅かな操作で()()()動き、反応が()()()モビルスーツの出来上がりである。

 コンピュータ性能に問題があるように思えるが、機能の強化は難しいが劣化はそう手間が掛からない。反応を遅らせるスロットを挟むか、チップを噛ませれば済む。

 ともすれば要求される繊細な操縦技術を満たせるエース級が乗ればいいし、対応できないのであれば能力に見合った域まで機能を低下させれば良いだけの話になる。

 

 これを知ったキシリア・ザビ少将は、教育型コンピュータの複製を急ピッチで進め、生産可能になるや広く普及させる心算だとライデンは言う。

 どうやら独占する気はないらしく、それを聞いたメルティエは内心安堵していた。

 ドズル・ザビ中将麾下宇宙攻撃軍と、キシリア・ザビ少将麾下突撃機動軍は組織長同士の折り合いが悪い為に相反する事が多い。

 互いの機密を巡って争うほどだとも聞くし、同軍で睨み合いする余裕が無いのだから、これを機に関係改善が良くなるよう強く願った。

 

「なるほど。つまりは」

 

「超能力じみた知覚を付与する攻撃プログラム。

 こいつを十全に使用可能なコンピュータが、OS(オペレーティング・システム)が欲しかったってわけさ」

 

 ライデンは紙面に刻まれた皺の修正行為を諦め、そのまま封筒に放り込んだ。

 恨めしい視線がメルティエに刺さるが、何処吹く風よとばかりに流す。

 ついでとばかりに怒気も連行させた彼は、一度目を瞑り、一呼吸置く事で意識の切り替えを図った。

 

「さて、納得してもらったところで。どう割り振るか決めるか」

 

「そうだな。

 連邦軍に亡命すると発覚しているが、拠点を虱潰しとは行くまい。

 キシリア閣下が不特定多数に部隊を派遣するわけがないし、幾つか候補があるのだろう?」

 

「ああ。中立地帯のサイド7、連邦軍宇宙要塞ルナツー、そして地球の三ヶ所だろうとな。

 サイド7は中立だが、コロニー建造中であるし侵入しようと思えば幾らでもやりようはある。

 ルナツーは宇宙での連邦軍拠点ではあるが、此処は孤立しているから行き着くかどうか。

 既に地球へ降下していたとしたら、探し出すのが困難になるな」

 

「最悪は、その攻撃プログラムの大量生産に繋がるのか」

 

「いや、それはできないらしい。

 既にクルストがシステム複製を試みていたが、何故か上手くいかなかったそうだ」

 

「というと、システムはその実験試作機だけなのか?」

 

「ジオンに残った実験試作機に一つ。

 クルストが持ち去った三つの、計四つだな」

 

「四つ? おい、複製できてるじゃないか!」

 

 腕を組んで複製は不可能と語るライデンに、複製できた実績を知ったメルティエが矛盾を突く。

 思いの外室内に響いたのか「そう怒鳴るなよ」と耳を押さえる金髪の伊達男。

 

「今さっき読んだろうよ、モニタリングしていたって。

 つまりは、その四つが最初で最後の少女の叫び(フィードバック)って事さ。誰もがぶっ壊す気になるだろうよ」

 

 二人の青年は視線を合わせたまま、嫌悪剥き出しの表情を隠そうとしない。

 対面する相手にではなく、現在も逃亡した犯罪者への火種が積まれていくからだ。

 何も足のつま先から頭髪の先まで、義憤からこのシステムを破壊しようと燃えているわけではない。

 互いに軍人であるし、暴行を受けた婦女子を見た事が無い筈も無く、ましてや女の味も知っていた。

 少女マリオン・ウェルチが知人であるわけもなし、彼女を強姦した軍人やクルスト・モーゼスが仇敵であるわけもなかった。

 

「ああ、そうだな。その通りだとも」

 

 ただ、身近に近しい年齢の少年少女が居る。

 彼らは戦災孤児の身であったり、フラナガン機関に属していた子供達だが、マリオン・ウェルチではない。

 だが、境遇を重ねてしまえば、他人事と思えないのもまた道理であった。

 メルティエの部隊に居るリオ・スタンウェイやロザミア・バタム。

 ライデンの部下であるユーマとイングリッドが、これに当たる。

 短くはない時間を過ごし、命のやり取りをする戦場を駆けた人間達の絆は、血よりも濃く情が深いものだ。

 非凡な才や資質を持ったあの子らが同様の目に遭う、そう一度でも考えが()ぎれば、話は酷く簡単なものになった。

 

「で、兄弟(ネメア)。どう刈り取る?」

 

「無論、全機破壊する(息の根を止める)まで、だ。兄弟(キマイラ)

 

 殺害同意を交わした両者は、部隊間の情報共有と航行プランを詰めて行く。

 EXAM搭載機の完全破壊と開発者の絶対討滅は、恐るべき速度でさらりと決断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駐屯する基地の中で一番高い管制室に届きそうな巨体。

 黄色いザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」を見上げながら、リオ・スタンウェイは呟いた。

 

「……目立ち過ぎじゃないかなぁ」

 

 新造艦が降り立って以来、一目見ようとする野次馬が後を絶たない。

 軍務をちゃんとこなしているのか気にはなったが、問うのも野暮だろうと少年は思った。

 

「おっきー!」

 

 基地や軍艦等と縁が無かった筈の少女ロザミア・バタムすら気持ち騒いでいるのだ、軍属の身で落ち着けというのも酷なのかもしれない。

 軍属だからこそ落ち着かなくてはいけないのかもしれないが、真新しいものを見た時の高揚感を蔑にするほど逼迫した状況でもないし、問題はないのだろう。

 

「あまり近付いちゃダメだよ。人が多いから、ぶつかっちゃうし」

 

 離れないように手を繋いで来た二人は、軍艦周辺に集った将兵達から離れて見学していた。

 部隊内で歳が近く、メルティエから世話を頼まれたリオはロザミアの警護という名の”お守り”を任され、こうして行動を共にしている。

 持ち込んでいた書籍もあらかた読み終えた身としては、休憩時間を持て余していたので彼女と共に居るのは然程苦ではなかった。

 

「リオお兄ちゃん、今日からあの中で住むの?」

 

 年下の女の子から兄と呼ばれる事に、くすぐったさと照れを感じる。

 頼れる年上に囲まれたリオにとって、ロザミアとの時間は全てが新鮮な経験で少々お転婆が過ぎようとも不快ではない。

 哨戒任務から帰還したハンス・ロックフィールド少尉とヘレン・スティンガー准尉からは「本当の兄妹みたいだ」と囃し立てられ、買い出しから戻った部隊員からも同様にからかわれた。

 茶化されても怒りが湧かないのは、暖かみがある人達だったからかもしれない。

 触れた頬が熱いと感じるほど照れていたから、反撃できなかったのもあるけれど。

 

「えっと、確か設備視察と引き継ぎの取り交わしは昨日終えたから。

 ……うん、さっき中佐が最終確認に乗艦して行ったでしょ?

 問題点が見つからなければ、そうだね、今日からあの艦がお家になるね」

 

 そう教えてあげると、蒼い髪の少女は「お引越しだね!」と握った手を上下にブンブン振って顔色以外でも感情を表現した。

 急に腕が引かれて体のバランスを崩しそうになる。転ぶ事は無かったが、前後にふらついてしまった。

 

「わっ、ロザミィちゃん、いきなり動くと危ないよ」

 

 やんわり注意すると、小さな唇から舌を覗かせて「ごめんなさぁい」と言う。

 少女の様子に「あ、この子反省してない」とリオは悟った。

 

「……()()()()()に怒ってもらおうかな」

 

「え、ダメだよ、リオお兄ちゃん! おとうさんはダメ!」

 

 顔色を変えて握っていた手に縋り付くロザミアに、何気なく言ったリオは慌てた。

 ロザミア・バタムの保護者は唯一彼女にお灸を据える事が出来る人物で、リオ・スタンウェイに「あの子は相当のじゃじゃ馬だ、気を付けろ」とアドバイスしたのも彼である。

 少女の様子から怖がっている、というよりも嫌われたくないという面が強いのか。挙げるだけで効果覿面だった事に狼狽すらした少年だった。

 

「だ、大丈夫。本当に言ったりはしないよ。

 でも、謝るならちゃんとしなきゃダメって、中佐も言うと思うよ?」

 

「ちゅうさ? あ、おとうさんの事……? わかった、ちゃんとする。

 ごめんね、リオお兄ちゃん」

 

「うん、わかってくれて嬉しいよ」

 

 しっかりと頷くロザミアの頭を撫でる。

 こうした所作が自然に出来るメルティエとハンス、妻帯者のケンやガースキー達といった慣れた大人と比べるとリオの動きはどうしてもぎこちなく、緩慢だ。

 

「ん、えへへっ」

 

 けれど、不快ではないと笑顔を見せる少女に、少年は胸の内が暖かく満たされ手や指に絡む髪と、頭皮の撫で方で僅かに差がある変化に夢中となった。

 肩の力が抜ける、和むという感覚にリオは自らの相好が崩れている事を理解する。

 他人の視線を気にするタイプの少年ではあったが、今日はその意識を外しに掛かった。

 

「なぁ、そこの」

 

 そう最近できた妹分に大部分の意識を割いていたリオは、心休まる領域に踏み込んだ相手に対して表情が曇るのを止められなかった。

 ここまで「邪魔だな」と思ったのは、戦場にてメルティエの後背を守る事を取られた時以来だろうか。

 

「何でしょうか」

 

 自身でも驚くほど素っ気ない声に、しかし躊躇いはなかった。

 近づいてきた二人が、何処か不気味に思えたから。

 

「ほら、ユーマくんが空気読まないから(KYだから)、向こうも気を悪くしてるよ」

 

「ハァッ!? 別に邪魔してねぇし、一声掛けただけだし!」

 

「その”一声”が邪魔なんだよ。わっっかんないかなぁ~」

 

 視界に入った姿を見て、リオは何とも言えない印象を抱いた。

 其処に居たのは、癖の無い青髪の腕白少年と少し跳ねた金髪ツインテールの勝気な少女だ。

 両者とも、それぞれとある人物を二回りほど小さく、表情豊かにしたらそっくりそのままではないだろうか。

 

「あの、何か御用ですか?」

 

 が、似ている部分があろうとも既知の人とは違う存在だ。

 リオは普段よりも低い声音で尋ねた。

 

「あー……アンタら、ネメアだろ? オレ達はキマイラだ。

 周りが大人で固まってるのに、同じくらいの年の奴が居たもんで、声かけてみたんだよ」

 

「同じ突撃機動軍の特殊部隊、そんな中に自分達と似たような子が居たから、ついね」

 

 面倒だと乱暴に頭を掻く少年と、顔の高さまで手を上げて「ゴメンネ」と言う少女。

 初対面ながら同世代の相手に興味があるのか、ロザミアは声を出そうか迷っているようだ。

 握っている手に力が込められ、彼女が緊張しているのが判った。

 

「えっと、ボクはリオ・スタンウェイ。そちらの言う通り、ネメア所属隊員です」

 

 軽く握った手を振ると、促されたことに気付いた蒼い少女が髪を揺らして対面者に顔を向ける。

 

「ロザミア・バタム、です。よろしくお願いしますっ」

 

「お、オレはユーマ。キマイラのユーマだ!」

 

「イングリッド、だよ。ヨロシクね」

 

 気分を変えて言葉を交わすリオ、歳が近い相手と会話するのが嬉しいロザミア、パイロットとして関心がある搭乗機の話題に持っていくユーマ、その情報公開を阻止しながら小馬鹿にするイングリッド、と話題に花を咲かせる子供達。

 一通り艦内の案内が終わったのか、タラップからそれぞれの保護者が下りてくると、彼らは手を振りながら走り出した。

 

「ガキ共は、平和だねぇ」

 

「いや、悪くない。こういう日もアリだろう」

 

 慕う子供達に向けて肩を竦める伊達男と、表情を緩めた灰色の男。

 戦場に似つかわしくない雰囲気の中で集う彼らは、この時はこれが長い縁になるとは露ほどにも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、ロイド・コルト技術大尉は困っていた。

 悩ましい日々は途切れる事無く続くが、彼が純粋に困る出来事というものは少ない。

 その彼がほとほと困っている現実が、目の前にあった。

 ロイドが居る場所は今後自分達の仕事場になる、ザンジバル級機動巡洋艦ネメアのモビルスーツハンガーである。

 今も背後では所属機の搬入が続き、作業アームによって固定位置に付けられている。威勢のいい整備班の声、金属同士が擦れ合う音が響き合い、滞りなく進む作業は気持ちの良い眺めだろう。

 雄々しい山々や青い空、流れる雲という地球が育む自然には感動はしたものの、ロイドは機械的な色合いが濃い現場を見る方が好きだった。

 何も考えずに振り返り、その様子を時間が許す限り堪能したい。

 

「ドムが来たと思ったら、また面倒な子が来たーっ!?」

 

 ――――が、無理。

 大仰に頭を押さえ、発狂寸前な様子の歳が離れた同僚を放置するほど彼は薄情ではない。

 本音を言うなら、そんな親だと妻子に思われたくないから、だ。

 

「メイ・カーウィン整備主任、気持ちは私も同じですよ。全くもって。

 隊の性質上、潤沢な資材があるわけでもないのに。上から寄越されるものは生産ラインに乗ったものではなく、部品が乏しい試作機ばかりです。

 ええ、理由は存してますとも。ええ」

 

 眼鏡を押し上げついでに眉間を揉み解してから、前に立つ少女がわなわなと肩を震わせて凝視する()()を捉える。

 

 蒼い獅子のかつての愛機YMS-07M、先行試作機の専用機グフM型。あの機体に酷似する肥大化した頭部と長物のブレードアンテナは継承されてはいるが、その首から下は今まで見た事も無い外観であった。

 本機もビーム兵器搭載を念頭に置いているのか、形状が大型化されてはいるものの肩幅を狭めて可動部を確保した胴体は、どうしてか胸部が前後に張り出している。肩部は棘付を廃したグフのものに似ているが、肘から先は一回り大きいものとなっている。

 その理由は大気圏内での機動性向上のため、ジェットエンジン補助推進システムが内蔵されている事だ。前腕部はその衝撃荷重に耐え切る為の堅牢な規格を設け、先述の胸部は衝撃吸収と拡散を図る為に伸びる形に構造となった。

 腰部及び脚部はフレア状に広がったものとなり大型スラスターを各三基設けられ、合計九基からなる莫大な推進力を有し、行動範囲の広さこそMS-09、ドムに劣る代わりに瞬発力に優れ、空中戦や宙間戦では最高峰に位置すると送り付けたグラナダ基地開発陣は太鼓判を押しているとの事だ。

 更にはメインスラスターとなる大型バックパック、プロペラントタンク二基に加えその先端部に補助推進用バーニアスラスターが備わるアタッチメントも用意された、正に高機動モビルスーツであった。

 

 ロイドは統合整備計画後の開発機である事を何度も確認し、共有部品が意外とリスト内にある事に驚き、安堵した。

 最悪は構成部品が流通するまで死蔵する考えすらも内にあっただけに、戦力に加算して良いものならば前向きに検討しようと。しかし、暫定パイロットだろう彼には既に試験機体がある。だからといって、他の部隊員に「このあからさまな暴れ馬を御せ」と言うのは、正直気が引ける。 

 

「はぁ。誰宛てに送り付けて来たのか、論ずるのも野暮ですねぇ」

 

「ぐぬぬ……グフM型を踏襲している部分もあるけれど、全くの別物だよ。

 だけど! 各スラスター連動の、コンピュータ統制用にあの子から頭を剥ぎ取って、手に余った高機動パーツをまとめた感が半端ないよ!

 宇宙でも扱うのに支障がありそうなもの、地上にこんな、推進剤の代わりにロケットをぶちこみました的なモビルスーツを持って来られても!?」

 

 激昂するメイは自らが手掛けた作品を奪われ、良いように利用された形となっている。その為に私情が混じった思考に陥り、頑なに目前の機体を拒否したいのだろう。

 ロイドは当事者ではない。そのおかげか努めて冷静に、有するポテンシャルが十全に発揮された際に生じるパイロットへの負荷を吟味できる。

 また、月面基地グラナダに座す突撃機動軍の長キシリア・ザビ少将が教育型コンピュータに酷く興味と関心を示し、搭載機を早期に打ち出したい事も理解していた。

 グラナダ開発陣の提出した機体に。教材に使えると踏んだパイロットの技術提供をさせる為に。少将は可能な限り高性能機体を建造、用意して寄越した。

 戦争の長期化を見据え、地球の豊富な資源採掘に余念が無かった彼女らしい。

 今後生産されるモビルスーツに広く普及できる機体制御ソフトの開発は必要不可欠である。

 成程、尤もな話だった。

 だが、それはつまり。メルティエ・イクスの操作技術を搾取するためだけに、搭乗者のダメージを度外視した破格性能の機体を送り込んで来た、とも取れるのではないか。

 

「うーん、怪我が完治すれば、意外と乗りこなしそうで怖い……おや、どうしました?」

 

 ともすれば彼が機体性能を確かめる前に、安全装置(リミッター)を噛ませる必要性が顕在した。

 過去の運用データを洗い出し、エースの技術提供に相応しく又パイロットの安全を確保しなければならない。

 現場の”勝手な判断”でリミッターを取り付けるのだから、一人でこの件を処理しなければ。

 そうして5月頃に負った怪我が完治したことを確認した上で、リミッターを外した本来の性能を乗りこなしてもらう。

 これがロイドの立場で出来る最善だろう。彼は必要な制御装置とそれを設ける位置を見極めようと手元に在る機体の図面に視線を走らせ、ふと沈黙した少女の様子を訝しんだ。

 

 俯いたまま表情が窺い知れないが、突如その唇が言葉を紡いだ。

 

「け、が?」

 

 その声音が鼓膜に達した際に、長身痩躯の技術屋は自分がしでかした事を痛いほど理解した。

 他に意識を割いていたとはいえ、本人と軍医、部隊責任者であるダグラス・ローデン大佐以外では極限られた人間しか知り得ない情報を、うっかりと漏らしてしまった。

 キャリフォルニア・ベースに駐屯していた頃の機体試験中に負傷したメルティエの怪我は、実は完治していない。休み無く戦場に立たざる負えない状況と持ち前の責任感が悪い方向に回った結果なのだが、止まらない青年の容態を配慮しつつ各自が立ち回っていた。

 中東アジアでの戦いで傷口が戦闘中に開き、意識が混濁したまま重態となったが僚機として控えていたハンス・ロックフィールド少尉の尽力もあって、大事には至らなかった。

 その後はケン・ビーダーシュタット少尉やシーマ・ガラハウ少佐の部隊に最前線を担ってもらい、極力激戦区投入を控えるように検討する等を行う。当人は前線配置でない事に不満を漏らしていたが、関係者全員が黙殺。

 これらの甲斐もあって、8月が終わる頃にメルティエの怪我が完治するところまで漕ぎ着けた、というのに。

 

「あ~、いや。その、ですね?」

 

 珍しく焦るロイドはどう挽回すべきか、その方法を模索する。

 思わず口を手で覆い、メイと視線が交差しないようにハンガー内を彷徨わせた。

 コツ、コツ、とゆっくり近付く十代半ばの女の子に、二十代後半の男はたじろぐ。妙な迫力を身に纏った相手には性別も年齢も関係がないのかもしれない等と、益体もない考えが浮かぶが現実は逃避すら許さなかった。

 

「ロイド()()。話して、くれるよね?」

 

 仰ぐ少女の瞳は、深海の如く底を見通せないものだった。

 呑まれたロイドは心中でメルティエに深く謝罪しつつ、彼を売り飛ばした。

 何時の間にか彼女が手に持っていたスパナが、嫌に光沢を放っていた事も関係してなくもない。

 

 数時間後、話が飛び火した事で新造艦の内部が騒がしくなるのだが、とある男性が不幸な事故に遭う程度で問題はなかったと当直の警備兵は報告している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。


久しぶりの投稿です。今後ともよろしくお願いします<(_ _)>
メルティエ・イクス中佐に送り届けられたモビルスーツ、型番と名称は次話で明らかに!
賢明な読者は、文章を追いながら既に最適解を出しているだろう……タブン。

ん? メイちゃんがヤンでるって?
そんな事あるわけないじゃないですかぁ、ヤダナーモウ。
ちょっとおこになっただけです、ちょっとだけネ。

次回もよろしくお願いしますノシ

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