ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

51 / 72
第47話:彼らの拠点

 スペースコロニー、サイド7に移住したアムロ・レイは親一人、子一人の父子家庭で育った。

 誤解無きように言うならば、数年前までは母親は確かに居た。

 母親不在となった理由は然して珍しいものではない。

 ただ、父テム・レイの仕事の都合の関係で住み慣れた地球から離れ、宇宙に上がらなければならなかったという事で、その際に母は嫌がり地球に残った。それだけの話であった。

 夫婦仲が冷え切ったが為の離婚、別居ではない。

 只々母は地球移住者(アースノイド)である事にこだわり、父は無理強いをするほど母に強制はしなかった。また父は一定の理解を持った人であったから、人生の伴侶と決めて一緒になった母を地上に残すのも納得したようだった。

 別れる際にも「地球に戻ったら、また一緒に暮らそう」と母に告げてさえいた。

 母は頑固であったが、父は不器用であるとアムロは幼心に思った。

 ただ、離れたくないと。一緒に宇宙へ行こうと父が口説けば、あの母も最終的には折れ今も同じ住居で暮らしていたかもしれない。

 

 サイド7に住み始めた当初はよく浮かんでいた、そんな「たられば」の考えも何時の間にか頭の片隅にしか存在しなくなった。

 母が恋しいと思った事は、確かにあった。

 それは独りで起床し朝食を食べ、学校に通っていた頃は特に顕著だ。

 自分で父と共に宇宙へ行くことにしたのにも関わらず、家を何日も空けて仕事場から戻らない父を恨んでいたのも丁度この時期だろうか。

 そんな鬱屈とした日々も、父の着替えを届けに行った時に目に留まったもので一蹴した。

 書類で白い山を築いた父のデスクに飾ってあった写真立て。青い山々を背に親子で撮った写真、昔ピクニックに行った頃のものが真ん中でしっかりと陣取っていたものを見てから、不器用ながら家族を想う父親を知ってしまったから。家庭を省みない父親、というアムロが抱いていた像が霧散してしまった。

 それからは、ただ親に腹の中で文句を言うだけの自分が哀れに思えて、何か熱中するものを捜すようになった。それは逃げでは無い、視野が広がっただけだとアムロは思いたかった。

 帰宅した父にろくに返事もせず、自室で機械製作――父の得意分野の真似事――をしているのも、どうしてこんな事をしているのかアムロ自身良く解っていなかった。

 

 ただ、不器用な父が少年心に好きだった。

 

 父が高度で複雑な回路を作っていると思えば、その分野に足を踏み入れればテム・レイという男を少しは理解できるかもしれない、と。

 実際は到底及ばない代物だったと気付いたのは、さすがに心配になった父がアムロの自室に入り、外食に誘った時だったが。

 母との思い出を言うのは嫌なのか、それとも照れているのかムスッとした顔で黙り、我が子の学業で成績不振になった時も「お前が後悔しないなら、それでも良い」としか言わなかった父だ。

 その父が専門分野に話題が移った瞬間、まるで人が変わったように饒舌になった事は多分、一生忘れられないだろう。

 話を理解していないと悟るや、声高に教鞭を取り始めた時には焦った。

 入店した先の店員が、酷く嫌な顔をして父と自分を見ていた事も、遺憾ながら覚えている。

 

(まったく。親父ったら、子供みたいにムキになってさ。

 話の邪魔をするな、って店員を叱り飛ばすんだもの。参っちゃうよな……)

 

 嫌な思い出の一つだ、とアムロは断じていた。

 それでも何処かクスリと笑えるのだから、家族って、親子って不思議だなと思った。

 

「アムロ、ちょっと、アムロってば!」

 

 体を揺さぶる振動に、アムロは瞼を開ける。

 それでも暗い、黒い世界に「あれ?」と呟き、仮眠する前に自分でアイマスクを装着したのだと思い出した。

 寝汗だろう僅かな不快感にぶるりと震え、アイマスクを取り外す。

 

「もうっ、早く起きてくれても良いのに!」

 

 エレカーの運転席で仮眠をとっていたアムロは、甚く御機嫌が斜めのご近所さん、フラウ・ボウの怒り顔と見事に対面した。

 言葉少なに謝罪すると、睨んでいた少し雀斑が目立つ愛嬌のある顔が離れた。

 路面に置いていた配給品だろう荷物を両手に抱え直し、後部座席に次々と積み込んでいく。その姿を横目に薄手のジャケットとフレアスカート、運動靴という動き易そうな服の合間から見えた、若い少女の肌が少年の眠気眼に手厳しい。

 

 フラウの接し方というか、この近所付き合いの延長線上にしては距離感が近く、彼氏彼女の仲ではない現実がアムロを困惑させ、苛立たせる。

 彼女自身が世話好きな部類である事と、父から頼まれているからアムロを何かと気に掛けてくれているようだが、そういう関係ではないのに家や私生活に踏み込まれる身としては御免被りたいところであった。

 それでも強く言ったり、彼女を如何こうする気が起きないのは、フラウの存在を受け入れているのか、自身がただの面倒くさがり屋だからか。

 

 恐らくは後者だろう、とアムロは分析していた。

 

「趣味に没頭するのも、こんな時だから仕方ないとして。

 それで夜更かしで寝不足なんて、自己管理が出来ていない証拠よ!」

 

 フラウの言動に「君はいつから僕のお母さんになったんだ」と言ってやりたい。

 が、彼女の言っている事は非の打ち所がないほど正論であり、自分が悪い上に状況も不利と理解していては反論するのも億劫だった。

 フラウが助手席に乗り込み、シートベルトを取り付けた事を音で確認したアムロは、またブツブツと小言が続く前にエレカーを起動し、自分達と同じように配給品を受け取り家路に就く車両の群れに進入した。

 

「もうすぐ、テムおじさんが戻ってくるんでしょう?

 また不衛生な部屋だと怒られるんじゃないの、アムロ」

 

 えぇぃ、またかとアムロは知らず舌打ちをした。

 それを見咎めたフラウは、眉間に皺を寄せて渋面を作ってみせた。

 

「それに、勝手におじさんの仕事を盗み見る行為は褒められた事じゃないわよ。

 ほら、情報漏洩とか。露見した時の罰則が重いって聞くわよ?」

 

「フラウが黙っていてくれれば、良いだけの事じゃないか」

 

 勝手な言い分を口から放ち、その苛立ちが筋肉を動かしたのか、アクセルを踏む。

 ぐん、と加速したエレカーに、アムロの横から可愛らしい悲鳴が上がった。

 

「フラウ、運転に集中させてくれよ。事故は怖いんだから」

 

「まぁ!」

 

 それらしい理由を盾にフラウを黙らせようと、アムロは適当な事を口走る。

 彼女は目を真ん丸にして、言いたい事を理解したのかそっぽを向いてしまった。 

 カッとなって黙らせてしまったが、フラウが心配してくれた事はアムロも考えていた。

 サイド7の建造に技術派遣されたのだと、そう父から聞いていた。

 最初はちょっとした好奇心で、父が書斎に利用している部屋に忍び込んだ。

 何か面白いものでも、何か親子の会話にネタになるものはないかと。

 そんな軽い気持ちで、父が今何をしているのか知ってしまったのだ。

 

(コロニーの建造に、どうしてジオンのザクが出て来るんだ。

 外壁補修、組立なら作業用ポッドだろう。コロニー公社だってそうなんだから。

 でも、父さんのファイルから出て来たのは、ザクなんだ)

 

 流れる風景も、アムロの目を楽しませてはくれない。

 今は少しでも早く、自宅のモバイル内にある電子ファイルを読破したかった。

 

(RX-78、固有名ガンダム。父さんは、モビルスーツ開発に関係してるんだ。

 誰でもない、父さんだけができる。それはきっとスゴイ事だろうけど。

 でも、そのせいで、父さんは母さんと離れる事になったんじゃないか)

 

 ジオンに対する反撃の狼煙は、父の手で形を成すのだろう。

 戦争という政治手段を理解できない子供でも、そこまでの想像はついた。

 

(大人って、好きな事だけしてて幸せだなって思ってたけど。

 でも、やっぱり。全然、違うんだな……思い通りに出来なくなっちゃうのが、大人なんだな)

 

 地球から宇宙へ上がる時の、父が母に告げた言葉が、テム・レイという男の願いではないかと。

 渋滞に巻き込まれ鈍行する車体の中で、アムロ・レイは想像し続けた。

 そうして結局、沈黙に耐えかねたフラウ・ボウが声を投げかけるまで、アムロは大人になる事への不安と、面倒くささに頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運搬用大型トレーラー、サムソンやファットアンクルから次々と搬出されるコンテナの山。

 組織が、軍隊が行動する上での生命線である補給物資が集積するその地が、とある部隊にあてがわれてから既に五ヵ月が過ぎようとしていた。

 かつて中東区第三八〇集積所と呼称されていた場所は、周囲の森林を利用した迷彩処理(カモフラージュ)されたトーチカ、堀と土嚢で凹凸を設けられた塹壕とその内に隠された機関銃等により軍事拠点の体裁を整えつつあった。

 簡易テントや廃墟を利用した住居スペースもある程度は改善され、仮設住居が列を成し古来日本で言う”長屋”の様相を見せている。

 行き交う人間はジオン軍の軍服から分かる通り、数ヵ月前までこの地を()()していた地球連邦政府に連なる者達ではない。むしろ、今や不倶戴天の敵とされている人達であった。

 そんな彼らと言葉を交わし、釣った川魚や収穫した青果を卸しているのは現地民、地球に住まう人々である。彼らの表情に恐れや怯えといった忌避的なものは見受けられず、逆に井戸端会議よろしく兵士達と談笑に興じる仲の販売員も居た。

 値段交渉で白熱しているのか、「これは高い」だの「それじゃ売れん」と口論している場面さえあり、それも良くある光景なのか立ち止まる足はなく、通り過ぎる彼らは「またやってんのかい」「飽きもせず良くやるねぇ」と笑い捨てる始末であった。

 

 その中に混じり、三人の軍人が散策していた。

 きっちりと着込まれた軍服に靡く佐官を示すマント、背筋を正し腰の後ろに腕を置いて歩く初老の男。擦れ違う将兵達はみな敬礼し、彼はそれに頷きながら返していた。

 オールバックに整えられた白髪混じりの銀髪、年輪のように刻まれた皺は彼の経験と知識を伺わせ、目尻が下がり細まった青い瞳と穏やかに緩んだ口元には慈しみが覗く。

 ジオン公国突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメア指揮官ダグラス・ローデン大佐は、三歩ほど離れて追従する二人に意識を向けた。

 

「遠路はるばる、よく来てくれた。

 話は聞いているよ、着任前に大変な目に遭ったようだね」

 

「お心遣い、感謝いたします。ローデン大佐」

 

 ダグラスに返答したのは、尉官を示す胸章を軍服に飾る女性兵士であった。

 首後ろに流した黒髪は癖無くまとまっており、釣り目気味な黒瞳は映す風景に瞬きこそすれ動きが無く、注意深く周囲の物事を観察している事から彼女は冷静な人柄であると伝えてくれる。

 スラリとした脚と細い腰に華奢な印象を与えそうではあるが、捲った袖から延びる両腕にはしなやかな筋肉が主張しており、見る者が見れば鍛え込まれていると分かる。

 

 その後ろを歩く上背のある男は、野戦帽を目深に被り黙々と歩いていた。

 視線は先頭を行くダグラスから外さず、しかし不用意に近づいてきた民間人には反応するのか、振り幅の少ない両手は常に腰のポーチ辺りへ置かれている。

 短く切り揃えた金髪、今までと熱帯地帯では環境の変化がはっきりとしているのだが、表情筋は変わらず一文字に引かれた口元が彼を寡黙な人物だと物語っていた。

 骨格がしっかりとした大柄の体格は威圧感があり、身辺護衛としては頼もしく思える。

 

「本日付で我が隊に加わる人間だ、私も大事にしたいと思っている。

 本来ならもう一名此処に居たのだが、戦時中の不幸というものは何処にでも転がり、忍び寄ってくるものだ。君達に忘れろ、とは言わんが必要以上に気に病む事は無い。

 むしろ、意識が引っ張られる恐れもある。早い時期に折り合いをつけることだ」

 

 背中に当たる短い了解の言葉を聞きながら、ダグラスは二人の新参者を都市部の市場、とまではいかないがそれなりに賑わう広場へと連れ出した。

 一定の距離を保ち大佐の後を追う二人は、道中の異常さに気づいていたが、やはりその異常だと判別する感性が()()であることを確信できた。

 定められた区画に沿って立ち並ぶ晴天市場は、生鮮食品やそれを調理する出店、衣類や装飾品を販売するものから娯楽品を取り扱うものまで多岐に渡る。

 当然の事ながら基地周辺を巡回、もしくは休憩の合間に訪れた兵士達は周囲何処にでも視界に入る。彼らが拠点とする場所なのだから、不思議な事なぞ何もない。

 そう、不思議ではないのだ。

 この地を訪れて間もない二人の兵士の中で不思議、理解不能であるのは軍事拠点の周辺、敷地内に民間人が店を広げて商いをしている現状であった。

 それでなくとも彼らジオン公国軍は侵略者である。

 元々が地球連邦政府管理下の地へ侵攻し、占領している敵対国なのだ。

 であるのに、この光景はなんだ。

 地球降下前に入手した情報によれば、ヨーロッパ、アフリカ地域等は連邦軍と反ジオン組織との攻防で占領地域慰撫政策に四苦八苦していると聞く。

 例外と呼べるのは北米地域だ。コロニー落としの余波で一部深刻な被害を被った同地は、人々の内心は別として支援物資を配給するジオン軍を受け入れているとも。

 北米地域はキャリフォルニア・ベースを中心に部隊を広く厚く展開し、ニューヤーク市も庇護下に置く事で現地民との交流を深めているとサイド3、本国では流れていた。

 中東アジア地域はカリマンタン攻略以降の情報が途絶えていた事もあって、現地ゲリラとの攻防も懸念されると配属前に匂わされていたのだ。

 

 そういう緊張感を持って着任した二人であったから、目の前に広がるものが早々飲み込めるわけがなく。何時現地民が自分達を、全体指揮官であるローデン大佐に牙を剥くか手に汗握り、万が一の事態に即応しようと戦闘態勢を維持し続けていた。

 気さくにダグラス大佐と挨拶を交わす者は皆無であったが、存在に気付くと頭を下げる程度には認知されているらしい。

 そうした反応があればニコヤカに応じるダグラス・ローデンに、とうとう二人は混乱の極みに陥る寸前である。

 後ろの様子を知ってか知らずか、ダグラスは店頭に並んだ装飾品の吟味をしている一人の女性に目を留めた。

 

「ちょうど良かった。ナカサト曹長、今良いかね?」

 

「はい? あ、ローデン大佐。どうかされましたか」

 

 見定めていた品物を実際に手に取ろうと腰を屈めていた女性は、自分を呼んだ人物を確認すると立ち上がり、堅苦しくない程度に敬礼の体勢を取った。

 ユウキ・ナカサト曹長――他の隊員らと同様に昇進した――は、ダグラスの後ろに控える二人へチラリと視線を向けるも、特に何も示さず上官の言葉を待つ。

 

「休憩中にすまない。イクス中佐の所在を知りたくてね」

 

「イクス中佐ですか? 確か現在は地形探査の為、モビルスーツで出撃していますが。

 急用でしたら、副官のツヴェルク少佐に言伝を頼めば良いかと」

 

 ダグラスの質問に首を傾げながら、彼女はサラリと答えてみせた。

 

「ふぅむ、入れ違いになってしまったが。

 ツヴェルク少佐が居るのであれば、引き継ぎに問題はないだろう。

 どれ、彼なら艦のブリッジに居るだろう。二人とも、ついてきたまえ」

 

「あ、ローデン大佐。案内なら私が」

 

「いや、休憩がてら散策していると思えば問題はあるまい。

 ワシも体を動かさなくてはな、イスに座るだけが仕事ではないからね」

 

 休憩を返上して職務に戻ろうとした部下を手で制し、ダグラスは踵を返した。

 そうして後ろの二人を抜くと、反転して彼らの肩を叩く。

 気配無く肩を叩かれた二人は驚いてか僅かに体が動き、その様子にニヤリとした初老の大佐は、正面で目をぱちくりとさせる若い下士官に笑いかけた。

 

「ついでと言ってはなんだが、紹介しよう。

 本日より我が隊に着任となった、トップ少尉とデル軍曹だ。

 編成の都合でイクス中佐の隊へと編入される。よろしく頼むよ、部隊通信官(オペレーター)殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もうローデン大佐行っちゃったんだ」

 

 移動する三人を見送るユウキの隣に、購入した品物が入った袋を抱えた少女が並ぶ。

 橙色の癖の強い髪にアクセントの緑色のバンダナが目を引き、活発な印象を与える大きな青い瞳はキョロキョロと右往左往している。前を開けた野戦服の下に黒のタンクトップ、ホットパンツと身軽さを重視した服装であり、日差しに負けない瑞々しい若さを惜しげも無く晒していた。

 民間協力者としてネメアに関わる事を決めた少女、キキ・ロジータは露天商との値切りに白熱していた事もあって出遅れてしまった。

 恐らく遠目で気付いたのだろう。ユウキは彼女が交渉に取り掛かった青果屋は確か百メートル程離れ、その間も人々の往来で視界が通らないと思いはしたが、ローデン達が居たことをしっかりと把握していた事実に口を閉じた。

 

「ええ、新しく部隊に配属となった人と。

 それよりも目当ての物は買えたの? 今日はキキちゃんがメインなんだから」

 

「ん、ばっちりだよ! ばぁばがよく作ってくれたジャムの材料揃えたし。

 甘いのは疲れた時に良く効くって聞くからさ、働き尽くめの人に振舞おうと思って」

 

 ニカッと笑うと袋を軽く揺らし、中にある果実の存在をアピールする。

 天真爛漫なこの少女につられて、思わずユウキも微笑んだ。

 自分も人に気を遣う事はあれど、事務的なものや言葉を掛ける程度で何かを贈ったりはほとんどした事が無い。お節介だとか、ありがた迷惑と受け取られやしないかと思考が奔ってしまい二の足を踏む事が多々あるのだ。

 実行できたとしても、それらは以前の部隊から付き合いの長いケン・ビーダーシュタット中尉達やメイ・カーウィンら懇意にしている同性だけと数えるほどである。

 けれど、キキは気付いたのなら、自分にできる範囲でその人の為になるものを作り、与えようと動いている。生まれた環境の、育った過程の違いはあれど”気になったところ”は同じなのに。

 それが性格の持ち味だと、個性だと言い切るのは簡単な事だ。

 だからと言って、そのまま終わりにはしたくない。

 自分も気付けたのだから、其処から先に続くことをしたいと。

 最近になって時折現れる心の在り方、その変化に少なからず戸惑いはあるものの、ユウキは好意的に受け入れていた。

 

「そ、そうなんだ。んんっ、その、キキちゃん。ジャム作るなら、手伝っても良いかな?

 あの、私この後、時間まだあるから」

 

 頬が熱い。その自覚がある。上擦った声に、どもりもした。おまけにとって付けたような理由を口にしてから、更に体温が上昇した気さえする。

 視線もキキと合わし辛く、どうしても下を向いてしまう。

 慣れない事はするものじゃない、と胸中で呟く。

 自分という殻から、普段通りの自分という枠組みから一歩進むというのは、きっとこういう想いを重ねた先にあるんだろう。

 今までは通り過ぎるだけだった目に捉えた事に積極的になろうと、「悪人になろう」と決めたあの時から知らず置いたヒトとの距離感を少しずつ詰めたい。

 けれど、いざ”モビルスーツ隊通信士”の仮面を取り払うと、ユウキは元々内気なタイプであって、他人に提案する時はそこそこな勇気を必要とした。

 

「ほぁー、珍しい助っ人だ。うん、そうだね。二人でやった方が作業も進むし、楽しそうだし。

 いよーっし、今日はそれでやってみよう!」

 

 思わぬ助っ人の出現に、キキは瞬きの間だけ呆けていたが笑顔で承諾した。

 許可されたユウキは安堵の息を吐き、知らず緊張していた肩の力を抜く。

 

「おっと、今日も人が多いね。はぁーっ。

 人で溢れ返る都市部に興味持ってたけど、この人波でわたしはお腹一杯かな」

 

 周りを気にせず通行する連中から身を捻り、回避しながらキキは笑う。

 宇宙暮らしであったユウキも、戦争開始から久しい人波に揉まれる感じを味わい、微妙な表情を浮かべた。

 

「一年前までは、ここは軍の駐留所で、地元民は嫌って近づかなかった。

 そう言って、どれくらいの人が信じてくれるかな」

 

 行き交う人々の流れから抜け出し、一息吐いたキキは賑やかに売買をする地元民を眺めた。

 そうしている少女の横顔にある色は、ユウキには読み取れない。

 ただ、その地に住まう人々を変える事について、歓迎はしているのだと思いたかった。

 

「今は、嫌われる人達が居ない。だから、みんな寄って来たのかなって」

 

「人の気持ちって、真っ直ぐじゃないから、難しいかな。

 その時その時で、人間の感情は揺らぐもの。もちろん、最初からブレない人も居るけど」

 

 好悪の差でこうも違うと目を細めたキキに、ユウキは肯定も否定もせずに言葉を零す。

 

「本当、難しい」

 

 ユウキはこの人波を、活気を作った人間を知っている。

 

 彼はある村と懇意にあり、巡回士の真似事をしていた。

 行方不明者捜索の際に譲渡した物資以外にも提供したものがあるらしく、それを嗅ぎ付けた村々からも救援物資を望む声が上がっていたと聞く。

 が、彼はそれらには応えず、関係がある村にのみ交流を深めた。

 各村長は物資が供給される村に頼み込み、物資供給先の拡大を願う。

 懇意にしていた村長からも依頼された彼は、延ばしていた返答の中で物々交換を条件にした。

 これに村々は反発したが、彼は一顧だにせず「村の中で不用なもの、余ったものと交換する」「取引場所は自分と関係がある村と、駐屯地のみ」と強調して交渉の場を後にしたと言う。

 各村長は”彼らにとって価値のあるものと物々交換する”と思っていただけに首を傾げ、後日言われた通りに村では不用なもの、余りものを積んで向かえばそのまま救援物資と取り換えてくれた。

 自分達にとっては無用なものでも、相手にとっては有用だと知った村々はこぞってそれらを運び込む。対価に梱包された衣類や雑貨品、食糧を渡されて。

 次第に運搬する村の代表者達が彼の駐屯地に集い、その中で代替品や品物の交渉を重ねて行くと奇妙な物流が形成されていく。

 閉鎖気質な村々が一箇所に集い交流した結果が、現在の集積所の姿であった。

 既に彼、ジオン軍とは取引せず地元民のみでやり取りをする村も出始めている。

 逆も然りではあるがその量も月々減っている。ジオン軍の救援物資の上限もある為にこれは嬉しいと、佐官達は笑っていた。

 今や彼らジオン軍に望まれているのは、貧困に喘ぐ一部の村への物資提供とこの集積所及び道中の治安維持、取引場の提供である。

 これを狙って画策したのか、とシーマ・ガラハウ中佐は問うたというが。

 

「何処も物資不足だし、余裕あるうちは良い顔してて、無くなったら門前払いとか最悪だろう?

 人が集まる場所を作って、後は交わるかそのまま流れるかは賭けだったよ。

 流石に誘導はしたりもするが、強制は反感の芽を生むだけだから。こればっかりは運任せだ。

 ……上手く行って良かった、本当にそう思うよ」

 

 対する彼は、失敗したら目も当てられない騒動になると、虚ろな目と半笑いで。

 この返答を受けた途端、シーマは額に手を当て溜め息を吐いたと。

 その後に「博打は成功してなんぼ、だね」と彼を半ば肯定したというから、悪い受け方ではなかったと問答の場に居たエスメラルダ・カークス大尉から聞いている。

 彼が提供したのは交流の場と、それが実を結ぶまで時間を稼ぐための物資であり、その物資もまた彼ら現地民からもたらされる不用なもの、余りものを加工して充てていたのだ。

 それでも、生水を濾過する浄化装置や太陽光充電式の発電機は村々の救世主、代え難い存在で。これらを用意してくれた彼の人気はこの地では不動のものだ。

 

「難しい、か」

 

 そう言う彼女はある一人の男を脳裏に浮かべ、どうなのだろう、と口の中で呟いた。

 

 キキ・ロジータにとって、彼は異邦人である。

 地球に住まう彼女は侵略側に属する男と、当初は外敵として面通しの場で会っている。

 戦闘で負傷したパイロットを保護したキキの村に、捜索任務を帯びた男は兵器という名の巨人を従え、かといって護衛の共も無くを堂々と一人で乗り込んできた。

 先に出遭った連邦政府関係者との交渉で苛立ちが尾を引く村人達の”外の人間”に対する不信感は相当なものだったと、今でも彼女は思う。

 幾つもの敵意の視線が体に刺さる中で、男は交渉の席に着いた。

 敵対心露わに銃火器をかざす人の輪に踏み込んだ。その胆力と度胸にキキの父バレストが興味を惹かれ、次に交渉の中で戦時下で乏しくなった物資の譲渡を聞いた村人達が、キキ自身は何時から興味が芽生えたのか判らない。

 それは彼が現れた瞬間かもしれないし、連邦の交渉人らがイヤな目で見て来たと告げた時に激昂するバレストとキキのやり取りに笑った時かもしれない。

 期限の無い巡回の約束を律儀に守る彼は、パトロールに来る度に事情を知らない村人から銃を向けられ、キキ達が説明に奔走するという事もあった。

 手土産と称して持ってくる機材にバレストら年長者達が目を輝かせたのも覚えているし、それらを用いて焼き菓子や遊び道具を子供らに振る舞う彼は次第に打ち解け合う姿も。

 彼の人柄がこの地に住まう人々の感性に合うのか、次第に”外住まいの家族”扱いを村中からされていた。

 彼自身も「ここに来ると嫌な疲れが抜けて、何て言うか心地よい疲労感だけ残るんだよ」と身体に張り付いた子供達と遊びながら朗らかに笑う。

 水浴とその後の一件もあって、キキも彼を慕う感情に嘘を付けない。

 しばらくして、彼の代わりに訪れた兵士達に村中が詰問した。

 その「何故お前らが来る」よりも「どうして彼は来ないのか」が多くを占める事に、キキの胸を熱くさせた。

 村人の多くが、彼を余所者ではなく身内と見做している表れを実感したから。

 そんな彼と多くの秘密を共有している――実際はバレストも知っていた――事に、感情の高ぶりを覚えてしまうのも仕方がないと思う。

 時折疼くように胸を締め付けられる、しかし温かい気持ちが育まれる中で、彼が作戦中に怪我を負った事も、武勲を上げた事も村や近郊を巡回する兵士達から聞けた。

 父が言うに、その頃が一等挙動不審であったと。

 確かに、その時期は何も頭に入らず、フラフラと時間を浪費していた気もある。

 村の奥方曰く、旦那の帰りを持つ新婚妻だと。

 確かに、彼が来訪しなくなってから、何時も姿を現した方角を眺めて過ごした。

 キキを小さい頃から面倒を見ていた連中も、心配で飲酒の量が増えたと言う。

 いや、それは勝手に人を酒の肴にして騒いでただけだろうと、キキは憤慨した。

 

 そうして悶々と日々を過ごすうちに、民間協力者を募る旨を耳にした。

 その知らせを手にしたキキは正に獅子奮迅の働きを見せる。

 村を出るにあたり、溺愛する父を条件付きとは言え説き伏せ、許可を得た。

 キキのお供にと募る村人――実際はキキと同じ考えを持った村娘達だった――を家族に知らせ、家出同然の突発思考型突撃娘群を逃散させた。

 巡回兵士の基地帰投時に合わせ、その同行をもらうとそのまま既知のノリス・パッカード大佐に願い出る。あまりにあっさりと願いが通った事に拍子抜けするが、対応したノリスはキキがネメアの協力者と聞いており身辺調査も不要である事と、個人を勘ぐる趣味も持ち合わせない男であったが故に「有力協力者」と判をされる。

 用意された機体、慣れない操作に四苦八苦したが、其処は初心者であるから仕方が無く。

 しかし、行き場の無い感情をぶつける相手が出来た事は喜ばしく、発散するかのように操作習得にのめり込んだ。

 結果としてMS-06W、ザクタンクの操縦は民間協力者の中で抜きん出た実力者になったのは誰しも予想外の出来事だった。

 だがそれよりも配属先、受け入れ先が決まった方が彼女にとって大きい。

 ジオン公国突撃機動軍所属特務遊撃大隊ネメア第一中隊への配属。

 彼が指揮をする部隊、彼の最も身近に、キキは今その身を預けて居る。

 再会した時の、驚愕した顔とその後に露わになった破顔した笑いはすぐに思い出せる。

 尤も、その後事態を理解した彼がキキを村へ戻そうと動いた時は大いに慌てたが。

 父の承諾を得ている事と、彼の上官が既に認めた事であった為に結局彼も頷かざるを得ない状況になり、編成と部隊配置に更なる考慮を加味しなければならなくなるのだが、其処は部隊長の責務であって、キキの問題ではない。

 迎え入れた時のような笑顔で接してくれるだろうとは思わなかったが、即刻帰るべきだと真剣な顔で迫られた事が悲しかった。命のやり取りをする場所に親しい人が来れば当然の反応なのだが、キキは久方ぶりの交遊を温めたかった。

 なので、云々唸りながら部隊表と睨めっこしていた彼の隣にちょこんと座り、「もっと困れ」と念じる等情け容赦なしの心持ちだ。

 当日は悲しかったり恨めしかったりしたのでそうしていたが、翌日から気分を変えて普段通りに戻ったキキである。切り替えが人より上手いのかもしれない。

 であるから、彼の反応はいただけないわけだが。

 一般人と比べて多少の荒事には慣れていても、彼女自身は一人の少女でしかない。生粋の軍人ではない為に始めから円滑に進むわけがなかったが、キキの明るさと小さな気遣いが実を結び大概の部隊員とは良好な関係を構築している。

 その事で気を揉んでいた彼が仲良く話し合うキキと隊員達を発見し、ほっと安堵の息を吐いていたのも彼女は知っていた。

 

 会えない間に変わったのかもしれないと思いもした。けれど、自分の事を気にしてくれた彼は村に訪れていた頃の彼と変わらない。自分が想っていた通りの人であった。

 しっかりと認識したキキは、今日も「働き尽くめの人」に差し入れを持っていく。

 

 ちょっとしたサプライズにも喜び、気分転換に良いと会話に時間を割いてくれる彼の為に。

 メルティエ・イクスが稀に覗かせる、あの苦い顔を和らげたい。

 今はそれだけで、十分だと思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。寒気の中、如何お過ごしですか。
嬉しい評価と一言もらえたから、遂書ききっちゃったんだ。すまない。


第47話をお送り致します。
メルティエが出て来ない回も久しぶりだな、うん。

冒頭からアムロ出て来たとき、身構えた人居ますかね。
まだ彼、素人(民間人)ですから、あしからず。フフリ

補充員はトップ少尉、デル軍曹と第08MS小隊で出て来た軍人さん達です。
さて、これでメルティエ率いる第一中隊の面々が揃った事になります。
シーマ率いる第二中隊との溝が埋まるのはあるのかないのか、どうなるか。
大隊、というにはあと一中隊規模が必要なのですが、まだ足りませんね。
増援が来るのか、はたまた現地徴用なのかは先の事ですな。

気になるのはメルティエの行為、これグレーゾーンなのかな。
現地民慰撫の名目で物資譲渡やらしているので問題はないかと思うけど、基地周辺に街ができちゃう勢い。本人は点と点を結んで物流を繋げただけ、のつもり。
裁量範囲の中で行っているので、彼個人は問題ないか。

うん? モビルスーツの姿が見えないって?
大丈夫、上代の作品内だと良くある事なんだぜ。

ところで、うちのキキちゃんどう思う?
良妻賢母になりそうな逸材だと、そうは思わんかね……。


では、次回もよろしくお願いしますノシ

*タイトル付けるの忘れてた(*ノДノ)ヒェー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。