ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第49話:北の地より、東の友へ

「連邦軍の反攻作戦、か」

 

 キャリフォルニア・ベースの司令執務室、その主たるガルマ・ザビ准将は帰還報告書に目を通し呟く。不穏なものを臭わせる内容に、眉目秀麗な貌も僅かながら歪む。

 開戦から今日まで、既に九ヵ月が過ぎようとしている。

 一サイドのジオン公国と、人類生活圏の支配者として君臨する地球連邦政府では元々国力の差も大きく、それがそのまま投入できる物量と人材に直結しているのが悩みの種である。

 開戦初期の電撃戦、その要諦であるブリティッシュ作戦の失敗は痛恨の極みだと言われているが、ガルマとしてはそう捉えていなかった。

 よしんばブリティッシュ作戦の要であるコロニー落としが南米に着弾、連邦軍総司令部ジャブローに甚大な被害を齎したとしても、ジオン公国と地球連邦政府との間には国力という壁が依然として横たわっているのだ。

 一週間戦争と区切られる続くルウム戦役、地球降下作戦の地上施設攻略と制圧を成して、漸く連邦軍が一時的に沈黙した。ガルマはこれまで現地で矛を交え、戦場の砂塵に塗れながら戦った経験からそう判断していた。

 作戦失敗による各地球地区制圧はジオン公国にとっては全て、必要不可欠な軍事行動である。

 一対十以上に内在する敵国力を削り取らなければ地球連邦政府は息を吹き返し、必ず反撃に出るのは火を見るよりも明らかなのだから。

 古来より、軍事力で征服を成し遂げた国家はその数年は維持できたとしても、時代を経て更なる軍事力を背景とする国家に打倒される運命にある。

 ガルマ・ザビ。いや、ガルマ個人として思うべき所はただ一つ。

 ルウム戦役で捕虜となったヨハン・エイブラハム・レビル将軍を、重戦争犯罪人と本国へ更迭し「連邦の悪の象徴」と国民の戦意向上のプロパガンダに利用する事無く、即刻銃殺刑に処していたのならばと悔やむ。

 かの将軍が南極条約締結と戦争継続の決定打となった「ジオンに兵なし」の演説を行わなければ、戦争の早期終結は夢では無かった筈だと。

 

(彼が今の連邦軍を動かしているならば、我が方は決定的な一撃を穿たれる事となる。

 それまでに、この膠着した状況から抜け出なくては……我々に、ジオンに未来はない)

 

 敵本拠点に近い位置まで侵攻したというのに停滞した戦線が、そのままジオンの有り様を語っているとガルマは思えて仕方ない。

 一気呵成に攻め込み、この戦争を終わらせたい気持ちはガルマ以外にこの地へ詰めた軍人全ての総意であろう。

 しかし現実として、将兵を活かす補給線構築は急務である。

 このキャリフォルニア・ベースを核とし各戦線へと延びるラインは、ジオン軍北米方面軍全師団の物資を貯蓄、流通させる要衝である。生命線と称しても過言ではなかった。

 疎かにすれば、その分だけ部隊が潰え、万が一にもこの地が奪還されてしまえば北米大陸に駐留する全ジオン軍は撤退を余儀なくされるだろう。

 地図上を眺めれば、手を伸ばせばすぐに、易とも簡単に覆える地域だと言うのに。

 なんと、歯痒い事か。

 

(本国からジャブロー攻略作戦が未だ発案されず、宇宙のルナツー攻略作戦も同様だ。

 まさか、戦勝に浮かれているわけではあるまい。何故大々的な挟撃作戦が発令されんのだ!?

 我が方の切り札、モビルスーツは既に鹵獲され、解析されている節があるというのに!)

 

 ガルマとしては、まだ九ヶ月ではない。もう九ヶ月である。

 拭い切れぬ焦燥感が彼を悩ますのは、彼自身が起こした戦績によるものだ。

 第一次地球降下作戦に参加しヨーロッパ、中東アジアの前線で活躍したガルマは士気盛んな将兵を引き連れ、連邦軍が籠もる軍事拠点を電撃戦により次々と攻略した将帥である。

 この功績は全てガルマのものではない。彼の麾下ないし一時参入した中に、今となっては集結する事叶わぬ強者ばかりが揃い踏みした事もあるし、支える意気軒昂な彼らの意志を汲み取り、その上で熟慮断行な姿勢が結果に繋がったのだから。

 総指揮官たる彼が意思を統一し、その下で手となり足となる将兵が分隊規模で奮闘する様は味方にとって正に天兵の如き勇者の集団であり、敵にとっては地獄の悪魔が群れを成して攻めて来たと変わりない。

 彼らと一つの生物となって我武者羅に戦った結果、古参指揮官がぐうの音も出ない実力と英気、家柄も相まった故に「ジオンの将器」と称えられるまでになった。

 かつて親の七光りと目されるのを嫌がり、同年代の佐官に無理言って同行した青年が、こうも化けるのだ。

 連邦軍の反攻作戦が発令され、一致団結した敵部隊の中に自分達のような存在が居るとしたら、その被害はどれほどのものか。

 一地域解放されるだけで留まるだろうか。

 もしくは、現戦況を一変される事象が生じるかもしれない。

 それほどまでに、強力な個が集った軍団とは恐ろしいものだ。自分自身で体感し客観的に見ても身震いする結果が残っているのだから、嫌でも分かるというもの。

 ガルマは悶々とした思考を一時封じ、目の前の仕事に戻ろうと意識を切り替えた。

 まずは目先の事を処理しなくてはならない。

 自分も今報告に訪れた彼も、互いに時間を遊ばせる余裕はないのだから。

 

「V作戦というのを耳にした事があるが、どの地域奪還を狙ったものかは判らず仕舞いか」

 

 細い顎に指を当て、報告書を再度確認しながら執務席前で直立する佐官に問うた。

 彼、ゲラート・シュマイザー少佐は厳めしい顔のまま口を開いた。

 

「はい、残念ながら。

 その情報もパナマ攻略作戦を控え、偵察任務に就いた我々が敵拠点近郊へ進軍、航空輸送部隊を拿捕した中から入手したものです。最終目的地はジャブローに取っていたようですが」

 

 シュマイザー少佐率いる「闇夜のフェンリル隊」は新型機試験運用と勢力圏内の遊撃を課された特務遊撃大隊「ネメア」と違い、センサーシステム等の新型機材を搭載したモビルスーツの運用を基に設立された特殊部隊である。

 その特異性から接敵する敵軍を早急に察知する、死角から接近し奇襲を行う事を可能としたこの部隊は現在キャリフォルニア・ベース近郊の防衛と敵情視察を兼任していた。

 

「ジャブローだと? ならばルートを……いや、先があるのだな。続けてくれ」

 

「は。ジャブローまでにパナマを含む数ヵ所の拠点を経由し、到達するプランであったらしく直接のルートは引いてはおりません。恐らく、ダミーも幾つかあると見て良いでしょう。

 我々がミデアのコントロールを掌握しようとした所、機内で手榴弾を使用され、パイロット及びシステム部は」

 

「わかった! ……もういい。

 ジャブローに繋がる糸口は、全て勇気ある連邦軍の人間が潰しているのだな。

 それが再確認できただけでも収穫がある。ありがとう、少佐」

 

 労いの言葉を送りながら、ガルマは忸怩たる思いであった。

 このキャリフォルニア・ベースを占領する際も、ジオン軍上層部からは隣接地域の南米に関する情報入手を期待されていたが、徹底抗戦の姿を崩さない守備隊は孤軍奮闘の末に全員戦死を遂げ、コントロール・ルームでは射殺されるその瞬間まで作業を継続したスタッフにより、ジャブローに関するデータは全て消去され、リンクも解除される結果に終わっていた。

 ジオン軍に勇者は健在だが、連邦軍にも勇者は居るのだ。

 それが個人個人が今出来る最善手を採ったとしても、決死の覚悟というのは生半可なものでは辿り着けない境地なのだ。

 伝え聞くだけでも固い執念のようなものを感じ、今だ若い将官は瞑目した。

 

「実りもあった。報告書に在る連邦軍新兵器が確認できた事は喜ばしい。

 対モビルスーツ用の兵器では無く、モビルスーツ専用の武装。

 連邦軍がモビルスーツの実用化に向けて動いているという情報、その裏付けにもなる」

 

 連邦軍のモビルスーツ運用が間近に迫っている。

 敵モビルスーツは現時点でも少数は確認されており、それは中距離型と長距離型と火力支援を念頭に企画されたモビルスーツだと知ってはいる。アジア方面に駐屯しているツテから、情報提供と素材の一部を譲渡されているし、その解析と研究も基地内で進められていた。

 聞いている所では、我が方のザクによる攻撃を跳ね返し、パワーは現行新鋭機のドムにまで及ぶと聞いている。尤も構造規格の問題で、パワー比べをすればドムに軍配は上がるという話だったが。それは推論であって実証できてはいないのだから、信用はしなかった。

 希望的観測は油断となり思わぬ落とし穴になる事を、戦場で友と共に味わった事があるからだ。

 

「は。残念な点を挙げれば、我が方でも十分製造できる兵器群であり、転用したとしてもそう変わりはありません。欲を言えばアジア方面で確認されたという、ビームライフルなるものを入手したかったのですが」

 

「そればかりは仕方あるまいよ。専用武装と目されると、ネメアの技術官が言うのだから。

 タイホウツキを鹵獲しなければ、それも使用できないと断言されている。

 尚の事仕方がない」

 

「モビルスーツ個別の専用武装ですか、贅沢な事です。

 ですが、共有武装を入手できたのはある意味僥倖と言えるかもしれません」

 

 シュマイザー少佐が至極真面目に切り出した。

 ガルマも一つ頷き、基地開発部直通のコールに視線を置いた。

 

「モビルスーツの武装には必ず電子コンピュータが、システムとリンクするに必要な機材が搭載されている。ジオンのモビルスーツを手本としているならば、システムの円滑な機能の為に外部武装の精密な処理は其処に任せるのが合理的と見るに違いない。

 システム解析を急がせ、基地内のモビルスーツに武装とリンクするための認証コードを登録させておこう。マニピュレータの規格次第で正常動作に不安が残るかもしれないが、武装を現地調達できると分かれば今後は有利となる」

 

「はい。私も同意致します。継続戦闘能力は必須ですし、あちらには既に我が方の認証コードが割れていると考えて良いでしょう。

 連邦軍が武装の流用化を防ぐ為に規格を変えていれば良し、我が方は例え精度が落ちようと代用品として使えれば構わないのですから。

 射撃能力を失い、マシンガンの銃把で戦闘機やら戦車を潰すのはナンセンスですからね」

 

 冗談のつもりなのか、シュマイザーは口元に笑みを拵える。

 ガルマはそれがウケたわけではなく、思い出して小さく吹き出した。

 

「ですが、そうしてでも打倒しなくてはならない戦局は幾つもあります。

 敵より少しでも有利に事を運べるのならば、その為の努力を怠らない事が肝要ですから。

 ……説教じみた事を言いました、申し訳ありません」

 

「いや、構わない。

 むしろ、若輩者である私にとって、少佐のように歴戦の勇士から受ける言葉は千金に勝る。

 経験に基づいた話は、得難いものだ。今後も、機会があったら話してはくれまいか。

 ガルマ・ザビとしてではなく、ただ個人のガルマとして、貴方の話が聞きたい」

 

 視線を下げた壮年の佐官に、彼は頭を下げて頼み込んだ。

 その言動に目を見張ったシュマイザーはいかつい顔に似合わない穏やかな笑みを一つ、父性を感じさせる目で「構いませんよ。後ほど語り合いましょう」と言ってくれた。

 一礼して退室するシュマイザーを見送り、ガルマは時間と今後のスケジュールを見比べ、そっと席を立った。

 

 彼はバイコヌール宇宙基地駐屯時から変わらず時間を見つけてはキャリフォルニア・ベースを回り出会った兵達と言葉を交わしていた。一人ひとりと意思疎通するにはこうした方が近道だ、と友とする男と共に各部署の将兵らと言葉を交わし廻って以来の、ガルマ・ザビの日課であった。

 かつて、鼻歌を口ずさみ巡視という名目で基地内を散策する友に、ガルマは尋ねた事がある。

 こんなことが本当に必要な事なのだろうか、と。

 

「演説ってのはその日限りの燃料でしかないし、長く以て一週間程度だろうよ。

 過ぎたらどうすると思う? 演説に沿ったやり方で、それに見て解る戦果を要求されるんだ。

 大仰な事言ってその日誤魔化しても、明日は? 明後日は? 将来はどうする?

 人間ってのは学習する生き物だろう。何時までも誤魔化し何て効くわけないぞ。

 それでも何とか皆の意志をまとめなくちゃいけない、一つの目標にぶつかる仲間が必要だろう。

 偉そうな事吐かなくても、やるべき事やりながら一人ひとりの目を見て話して行けば、為人を知った人間は必ずとついて来てくれる。間違っちゃいないんだからな。

 信頼を築くのに近道なんざあるわけがない、ボタン一つで数値が上がるもんじゃないんだから。

 だからさ、ほれ、地道に行こうぜ。

 俺達が作るのは、その場凌ぎの信頼関係じゃないんだろう?」

 

 数歩先を行く友に、それでも食い下がると彼は怪訝な顔をして振り返り、一つ息を吐くと不意に一歩踏み出し、ガルマの瞳を覗き込むように言った文句を憶えている。

 

「話をした事もない人間を信用できるのか? 俺には無理だ」

 

 そう言われると、成程、と不思議に納得できた。

 反芻するように言葉を心の中で呟いた後に「だから君は、私に良くしてくれるのか」と友の目を見て返せば、驚いたように灰色の瞳を瞬かせ、照れたのか当時は赤銅色に侵されていなかった頬を掻いて「悪いか。真っ直ぐ過ぎるんだよ、ガルマは」と笑ってくれた。

 

 であるからこそ、世に名を馳せる若き将器は自身が信じた事を一つ、また一つ積み重ねて行く。

 

 ――――私は私らしく。君から、君達から受けた信頼と共に進もう。

 

 かの地でそう語った時に友は、メルティエ・イクスは子供のように笑い、賛同してくれた。

 

 ――――おう、ついて行くぜ。進路確保は任せて下され、我らが御大将殿!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な事態に、カレン・ジョシュア曹長は舌打ちした。

 そもそも、通達された任務からして嫌な予感がしていたのだ。

 敵陣で孤立した友軍の援護、もしくは目標モビルスーツの確保がその通達内容。

 カリマンタン陥落からこちら、敵の動きに戦線恐々しながら日々を過ごしている。

 カレンを含むアジア方面軍残存部隊はモビルスーツ適性検査を受け、現存する地下施設で秘密裏に建造されたモビルスーツのRGM-79[G]、先行量産型ジムの専任パイロットに任命され東アジア奪還任務を帯びたコジマ中佐麾下部隊に編入されたのが、つい三日前の出来事だ。

 日々モビルスーツの訓練に明け暮れ、色鮮やかな赤毛に陰が広がるほど疲労した中での緊急出動である。

 士気なぞ上がるわけも無く、他の部隊員も同様だ。

 上官である隊長だけはそうではないのか、声を張り上げて任務達成を胸に進軍していた。

 無駄にやる気に満ち満ちている上官に引いているパイロットは少なくない。

 その手合いは大抵早死にすると相場が決まっているからだ。

 軍人というのは験を担ぐ。

 科学的根拠も無いと分かってはいても、生死を決する最後は神頼みなのだ。

 ある種の信仰と言っても良いソレは、やはり的中した。

 情報通りだと目標が存在する平野に恐る恐る前進していた折に、ソレは来た。

 

『た、たいちょおぉぉぉっ!?』

 

 隊長機であるジムが、頭部を爪のようなもので破砕され、コックピットブロックがある胴体部にも同様に叩きつけられた。一点に揃えられた六本の爪――――実体剣は、寸分狂わず胸部にあるコックピット位置を貫き、その衝突と破壊力を示すように背面のランドセルすら穿ち抜いて、カレンのモニター画面に出現した。

 

「隊列を崩すな! 敵を囲うように動け! アイツを挟撃するんだっ」

 

 頬を伝う汗に触発されたカレンは、情けなく悲鳴を上げた同僚を叱咤するため通信機に怒鳴り、乗機が装備する一〇〇ミリマシンガンを連射した。

 隊長が戦死し、副隊長であるカレンに指揮系統が移ったものの、彼女もモビルスーツ戦はこれが初めてである。連邦軍には未だモビルスーツのノウハウは確立されておらず、彼女はこれを手探りで形作る人間の一人として選任されたのだ。

 

「畜生っ」

 

 自分を含める幾つものマズルフラッシュが全モニターを白色に染め、その光が彼女の生気に満ち溢れた褐色の肌を照らす。

 だが、その一斉射撃も、ぶらりと浮かんだ()()全て受け止められた。

 銃弾が命中する毎に人形のように手足を一貫性なく動かす、その滑稽であり哀れな姿がカレン達に耐え難い絶望感を刻み付ける。

 

「畜生っ」

 

 ジオン軍のザクIIの攻撃を弾き返した防御力、と豪語した整備主任を殴り飛ばしたい。

 易とも呆気なく、瞬時に目の前で骸にされ盾の代わりに扱われるモビルスーツ、ジムを睨みつけながら、カレンは見っとも無く震え上がりそうな体を抑えようと、マシンガンの反動で振動するコックピットの中で踏ん張った。

 

「ちくしょうっ!」

 

 盾代わりのジム、その物陰から伸びたものにカレンは息を飲んだ。

 その先を視線で追えば、一番近くに寄っていたジムのコックピット部に、あの爪が突き刺さる。

 金属がぶつかり合う衝突音、その後に爪と爪の間から光が溢れ、一息の間に突き刺さった胴体部、その後背から筒状の光が飛び出した。

 

 ――――あれは、即死だ。

 

 隊長機のように鉄の塊でぐしゃぐしゃに、ではない。

 その部分ごと焼き潰されたのだと、爪が引き抜かれた後に倒れ伏すジム、その胸に開いた穴から奥の風景を見てしまったが為に、カレンは理解できた。

 

「何なんだ、コイツは!?」

 

 影から覗くモノアイの光が鬼火のように、次の獲物を見定める肉食動物の目にも見える。

 マシンガンの弾数も尽きかけている。友軍機が銃弾を浴びせている間にジムを一歩分だけ後退させ、マガジンを交換する操作を行う。

 ゆらり、ゆらりと揺らめいていたモノアイが、カレン機で不意に留まる。

 ぐっ、と持ち上げられた隊長機の残骸が、軽く振られたと思った瞬間、急にモニターの中でその姿を肥大化させた。

 

「――――しまっ!」

 

 投げつけたのだ、奴は。

 モビルスーツ一機分の重量を片手で持ち上げ、それを投擲したのだ。

 そう理解するのに幾何かの時間を必要としたカレンは回避行動を取れず、マシンガンのマガジンを交換していた事もあって背中からボールよろしく投げ付けられたジムと衝突した。

 

「だっ!? この、好き勝手やってくれる!」

 

 怒りに思考が浸食されたカレンは足で衝突荷重を逃がし、その間にスラスターを吹かす事で体勢を維持する事に成功した。推進力を糧に勢いをつけて四肢が欠け、空洞の出来た胴体だけとなった元ジムを薙ぎ払う。

 其処には隊長だった人間が居たという認識はなく、既に邪魔な障害物と捨て置く見切りが出来ていた。生き残る為に思考が簡略化し、自らの生存率を上げる為に必死だったからだ。

 

 その折に、カレンの意識を引っ張る声が外部の音を収集する集音マイクから流れた。

 

『よくも』

 

 女の声だった。

 抑揚のない、女の声。

 ただ、這い寄るように耳に入る声が、コックピット内に響いていく。

 

『よくも』

 

 今度は先ほどの声よりも情感がある。

 聴覚に浸透するそれは震え、何かを堪えるように絞られた弦のよう。

 聞いているだけで、ゾワリと鳥肌が立つ幽世の住人の如き、コエ。

 

『よくも、よくも、あの人を』

 

 深い情念を感じたのはカレンが同じ女性だからか。

 揺るぎ無い怒りは極まった感情に駆り立てられた復讐者(リベンジャー)であり、しかしながら恐怖心を煽り忌避を呼び起こす声は、何処か美しい。

 艶やかさは無くとも、鼓膜に届く声は耳に残り惹き付けられる。

 

『お前らは、生かしては帰さない。――――帰すものか』

 

 モビルスーツ二個小隊で編成された救出部隊が一機、また一機と怨嗟の声を振り撒き舞う復讐鬼に潰され、焼かれて行く。

 距離を保とうにもあの両腕は伸縮自在なのか僅かな身体の動きと共に飛び掛かり、マシンガンで撃ち落とす前にスルリと戻る。そして物陰から飛び出した頭部が大きく、丸みを帯びた形状の機体は軽快な動きを遺憾無く発揮し、迎撃しようものなら鉤爪を突き立てられ、逃げようとすれば横腹や背面を容赦なく粒子を纏う光の線で穿ち抜いた。

 

「うあっ」

 

 カレンのジムに光線が当たり、その位置が右大腿部であった事もあり、大きく体勢を崩す。自走不能なダメージにコックピット内は今も続く呪詛に加え、耳に障る警告音の合唱する場となった。

 土と砂を削りながら横倒しとなるジム、そのカメラがあの復讐鬼が現れた方向を収める。

 

 其処には、カレン達が目標とする蒼いジムと、同色のモビルスーツが互いの胸にサーベルを突き立てて沈黙していた。

 その光景を目にしたとき、ああ、結局任務は失敗か、と他人事のように思い、カレンは何が可笑しかったのか狭いコックピットの中で嗤い、画像が乱れ始めたモニターに拳を叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイド7に寄港した強襲揚陸艦ホワイトベースは予定とする物資搬送を、その五十パーセントも満たす事が出来ないでいた。

 搬送開始から約三時間後にジオン軍の攻撃がサイド7内部で始まり、コロニーは現在混乱の坩堝と成り果てていた。

 今後の要となる新型モビルスーツの受領及び予備機材等を積載し、地球に帰還する筈だった計画に今亀裂が入り、刻々と破綻し始める中でホワイトベース全クルーはじわじわと広がる不安と緊張に晒されていた。

 

「艦長、サイドの住民は?」

 

 ブライト・ノア中尉は警報鳴り止まぬ艦船ドック内から視線を引き剥がし、艦長席にどっしりと座り戦況報告に耳を傾けるパオロ・カシアス中佐に向けた。

 

「無論、見殺しにはできん。誘導して艦内に収容しろ。

 ……ただし、事情が許す限りとする。この旨を各所にも伝えよ」

 

「了解、各所に伝達致します!」

 

 ブライトが忙しなく声を上げるオペレーターの元へ行くと、先の戦闘でホワイトベースに収容されていたシロー・アマダ少尉は居ても立っていられず、パオロに出撃許可を願い出た。

 

「パオロ艦長、私に出撃許可を。

 敵が内部に侵攻して来ているというのなら、その足となる敵母艦が必ずある筈です。

 其処へ向かい攻撃を加えてきます。良くて敵艦中破、最悪私の撃たれ損で終わるでしょうが、敵の注意を引きつけるには十分な筈です。お願いします、私に出撃許可を!」

 

 若い士官が放つ捨身の意志に、しかしパオロは応じず静かに首を振った。

 

「少尉、今は時期を見る時だ。我々に出来る事はジオンを叩く事か?

 違う筈だ、少尉。

 今成すべき事はサイド住民を可能な限り収容し、今後の戦いで必要となるモビルスーツを地球、ジャブローに送り届ける事に在る。その為にもジオンの動向を把握し、コロニーを出るタイミングを計るべきだ」

 

「ですが、このままでは!」

 

「……ホワイトベース出航に先駆けて、一撃見舞う必要がある。

 今ある気概はその時まで堪えるのだ。焦りは隙を生み、隙は即ち死につながる。

 わかるな、少尉」

 

 項垂れたシローからブリッジ・モニターに向き直ったパオロは搬出状況を確認する為、担当部署へ通じるインターホンを手にする。

 

「テム・レイ大尉、搬出状況の進捗を知りたい」

 

『――――は。現在モビルスーツ五機の搬入が終了し、各予備パーツも同様に終了しております。

 ただ、最重要機であるガンダムが試験場で調整を行っていた為、遅れています』

 

 技術士官であり、モビルスーツ整備主任として乗船する男の声が淡々と現状を報告する。

 想定していたし覚悟もしていたが、やはり現実のものとなると頭が痛いものだ、パオロは顔を手で覆いたいのを我慢した。

 V作戦と名付けられた一大反攻作戦の要、それがガンダムである。

 現在連邦軍が保有する技術の粋を結集して建造された最強のモビルスーツであり、反撃の狼煙を上げるに足る存在だとレビル将軍から聞いている。

 よりにもよって、その搬入が遅れているとは。

 

「大尉、無理を承知で言おう。可及的速やかに搬入を急ぎたまえ。

 アレは、ガンダムだけは何としてもジャブローに送らねばならん、今日まで計画を秘匿するために散った将兵が浮かばれないのだ。

 そして、ジオンは待ってはくれん。あれを拿捕されるなどもってのほかだ」

 

『理解しております。作業を急ぎます、艦長』

 

「頼む」

 

 小さく息を吐きインターホンを戻しながら、パオロは敵陸戦隊の侵入を阻む為に、機関室要員を残し全クルーを防衛に当てる決断を下す。その中にシロー・アマダ少尉、テリー・サンダース軍曹は配置せず、ホワイトベース出航時の護衛機として彼らと共に回収したセイバーフィッシュによる出撃を命じた。

 

 ガンダムの搬送が先か、ジオン軍による内部制圧が先か。

 軍帽を被り直し、時間との勝負だな、とパオロは口の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 時にU.C.0079年9月18日。

 この日、地球連邦政府とジオン公国との戦争に中立を宣言したサイド7が協定を破り、連邦政府に加担している証拠と実情を下にした攻撃が開始される。

 攻撃部隊はジオン公国宇宙攻撃軍、シャア・アズナブル中佐。

 中立を謳う各サイドが抗議するも、物的証拠を掲示したジオン公国はこれらを一蹴すると共に、ギレン・ザビ総帥は協定を破った地球連邦政府がサイド一つを接収し、それを隠れ蓑に長期間軍事行動をしていた事実を公表。更には今回の事件とサイド5を攻撃した無差別大量殺人を改めて弾劾し、地球連邦政府を支持する民衆と中立派に波紋を残し、ジオン公国に賛同する国民から爆発的な支持を得る事に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。花粉症なのか、くしゃみを頻発する人が増えました。
いや、マスクしようよ、皆さん。


第49話を読者の皆さんにお届けします。
ガルマさんが主人公みたいだって? ハハッ、こやつめ。
闇夜のフェンリル隊を出すと「我が隊による任務報告を申し上げます」とか言って難易度髙い情報入手してきそうで怖くね? 作者は怖い。不思議じゃない所が怖いの。


遂に解禁、アッガイタン無双。
いやぁ、アイアンネイルって、ガンダムの装甲普通に貫通できるんだね。
……あれって実体剣だよね、どんな合金で錬成されてるのよ。

アイアンネイル「ところで、こいつを見てどう思う?」
ルナチタニウム「すごく、大きいです……アッー!」


ホワイトベース隊に、シローさんが自然に入り込んでそうな気がする。
サンダース、しゃべれなかったな。次回以降に期待しよう。

最後に数行あるギレンの網はお気にせずに、さっと流し読みしてください。
コロニー落としで叩かれているジオンですが、コロニーごと攻撃して壊滅させた連邦が今度は中立協定を結んでいた筈のコロニー利用してたよ!って言いたかっただけです。ハイ

内容勘違いしてたら、すいません。


あ、今月これ以降ペースダウンかと思います。
逃走するフリではないので、気を長くして次の投稿を待って頂けたら幸いです。

??「ちょっと長めのオフいただきま~す。おやすみなさーい」


では、次話で会いましょうノシ

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