ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第51話:始動と蠢動

 U.C.0079年9月18日。

 この日、三つの事件が起きた。

 

 一つ目は連邦軍新型モビルスーツの秘匿に一助していたコロニー、サイド7の崩壊である。

 同コロニーは連邦軍が秘密裏にモビルスーツを開発、建造する為の工場プラント及び施設群を「コロニー拡張工事」と称して建築、提供していた。実際にコロニー公社を雇い、予定を何ヵ月も遅らせた上で工事施工を始めさせ、公共事業を隠れ蓑にコロニー住民を欺瞞しながらと非常に手の込んだ偽装工作であった。

 これがジオン公国軍部、ドズル・ザビ中将率いる宇宙攻撃軍に属するシャア・アズナブル中佐によって看破され、サイド7は中立から敵対に目されると「敵勢戦力の残滅及び敵性勢力の駆逐」を掲げたジオン軍の攻撃に晒され、一両日の内にサイド7は崩壊、新たな暗礁宙域の一つとなった。

 

 二つ目にサイド7を辛くも脱出した、連邦軍強襲揚陸艦ホワイトベースに関して。

 サイド7にて複数のモビルスーツとそれらの予備パーツの搬入及びコロニー住民を収容した同艦は先述の通り、サイド7を脱出した。

 しかしながら、無事とは到底言い難いのが現状であった。

 機材搬入率は予定した数値を満たせず。非常事態とはいえ多数の民間人を軍の最高機密に当たる新型モビルスーツとそれを運用する新造艦に乗せているのだ。

 

 この事態を悪化させるに足る原因として、ホワイトベース隊クルーの損耗度がある。

 同隊指揮官パオロ・カシアス中佐はコロニー内に侵攻したジオン軍を遅らせる為に正規クルーを迎撃部隊としたが、これが悪手となった。

 まさかの、正規クルー全滅である。

 パオロ中佐は時間稼ぎの為に出撃を下したのだが、モビルスーツが猛威を振るう戦地へ送り出された隊員達は元々戦車や航空機の出が多く、手慣れたもので応戦を開始した。

 ジオン軍は迎撃に出てきた部隊を発見するや、サイド7を連邦軍を匿ったコロニーと認定し強行偵察に移る。実際は偵察部隊長のデニム曹長が突出するジーン軍曹を制止できなかったと報告されているが、この行動がホワイトベース隊の戦力を著しく疲弊させた要因となっている。

 尤も、彼らが命を賭して迎撃したおかげでジオン軍の侵攻が遅れたと言えた。候補生や予備パイロットが居た事もあるが、ホワイトベース自体にダメージが無かった点が大きい。

 そのホワイトベースが停泊する艦船ドック前でジオン軍の侵攻を押し止めたのは、連邦軍モビルスーツのRX-78-2、ガンダムであった。

 同機は敵モビルスーツ、ザクIIと交戦した後にホワイトベースへと収容され、遅れてテム・レイ技術大尉の指導の下で稼働したRX-78-1、試作型ガンダムも民間人を誘導すると合流を果たした。

 両機共にパイロットが先の迎撃で戦死した為に今回の操縦者が暫定処置ながらメインパイロットに任命され、うち一人はテム大尉の子息、アムロ・レイと報告されている。

 

 またサイド7から報告に帰還した偵察員により、事情を汲んだシャア中佐は、ムサイ級軽巡洋艦ファルメル他二隻をサイド7に近付け中佐自らMS-06S、指揮官用ザクIIにて敵部隊の威力偵察に出撃するとドッキングベイよりホワイトベースが出航し、両軍は再び交戦状態となった。

 連邦軍がコロニー外にある時点で、ザク五機からなる偵察部隊全滅を理解したシャア中佐は交戦の中で連邦軍モビルスーツの装甲と火力を肌で感じ取り、連邦軍が開発したモビルスーツの性能に驚愕した。この間にホワイトベースを護衛する制宙戦闘機FF-S3、セイバーフィッシュによりムサイが一隻撃沈される等も重なり、相手取ったモビルスーツを翻弄し小破させるも現戦力では撃破叶わずと撤退する。

 多数の人材を失ったホワイトベース隊は乗船した民間人を臨時クルーに徴用し、連邦軍宇宙要塞ルナツーへと針路を取った。

 その背後に撤退したフリを見せて追跡行動に入った、赤い彗星を連れて。

 

 最後に連邦軍モビルスーツが、コロニー内に侵入したジオン軍モビルスーツを撃破した事だ。

 その題目だけ見れば、今も地上で繰り広げられる両軍の攻防に強い影響力を持つものではない。既存武装をベースに対モビルスーツ兵器の考案と開発、使用する連邦軍地上部隊は勢力圏を大きく塗り替えられながらも一定の戦果を上げているのだから。

 だが其処に、新型モビルスーツにはジオン軍の主力機ザクIIの攻撃が全く通じなかった事と、稼動間もない状態でモビルスーツ同士の戦闘に入りこれを撃破したとなれば、また違う視点で評価できるというもの。

 前者はジオン軍モビルスーツに比べ、連邦軍のものは性能高くザクIIを圧倒した現実を。

 後者は実戦経験の足りないパイロットでもモビルスーツを用意できれば即戦力足り得るという、連邦軍上層部にとって都合の良い事実であった。

 この件で連邦軍総司令部ジャブローにて指揮を執るヨハン・エイブラハム・レビル将軍は、身を以て体験した事もありモビルスーツ開発を強化する考えを更に固め、軍政に専念するゴップ大将の強力な後押しと各戦線を支える将官等の支援も加え、開戦以前から蔓延る大艦巨砲主義者の駆逐に成功し、以降連邦軍内の意識改革が滞り無く進められる事となる。

 

 旧来者の圧力や横槍を封じ込めた連邦軍は、ジャブローを始め工場プラントを有する拠点にモビルスーツ生産を改めて通達し、現存する部隊とは隔て新たなモビルスーツ部隊を編成しては戦況が劣勢または膠着状態の戦線へ投入する事を決定。

 部隊再編制による混雑と労力を除くと共に、再編するにあたり戦線が下がる事を憂慮したこの人事による隔たりが、前線を維持する現場部隊と戦線に逐次投入される遊撃部隊の間で差別という軋轢を生じさせ、異なる部隊同士の連携が難儀かつ困難なものとなるのだが、部隊が混在する現状では手の施しようが無く。幕僚会議の結果、大事の前の小事と切り捨てられる事となる。

 またジオン軍部にも動きがあり、シャア中佐から彼の私見と共に情報を入手したドズル中将は、ギレン・ザビ総帥に報告すると同時に突撃機動軍と地球攻撃軍を統括するキシリア・ザビ少将へ、シャア中佐の私見を除いた情報を提供し、先に連邦軍モビルスーツの脅威を知り得る少将と情報の摺り合わせを行い、敵モビルスーツに関して提携する事を確約させた。

 意外にもキシリア少将との交渉で事がすんなりと通ったドズル中将は訝しんだが、彼なりに迂遠に問うと「新型機を失い、部下も危うく()くすところだったので」と答えられ、元々武人肌であるドズル中将は納得し、其れが異名持ちのパイロットだとも知り、理解を深めた。

 

 これを知った総帥府が急に連携する両軍へ危機感を募らせたが、以前から情報交換のやり取りを内偵で確認していたギレン総帥は「漸く協力という言が辞書に載ったらしい」と一笑したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急激な重力加速度の連続から生還したアムロ・レイは左肩部が損傷したモビルスーツ、ガンダムから降り久方ぶりに味わう宇宙酔いに苛まれていた。

 モビルスーツハンガーに固定されたガンダムに、整備兵が声を上げて作業に入って行く。素人目からも慣れた動きに見えない彼らに心配になるが、アムロ自身は天井と床の区別がつかず腹の中でぐるぐる何かが動く不快感に襲われていた。吐き気もじわじわと食道辺りに上がり、喉元を緩めて口を覆うのが精々だった。

 

「よくやってくれた、アムロ君!」

 

 そんな少年の肩に手を置き、先程の戦闘結果に笑顔を浮かべて喜ぶ青年は相手の顔色が悪いことに気付いたのか、身体に負担がない程度に引いて誘導する。

 体調不良を起こして空間を漂う少年を放置して整備兵達が作業に没頭する中から抜け出ると、白を基調としたノーマルスーツを着込んだ青年はハンガーから通路に移ると壁にアムロの背を預け、息苦しそうに肩で息をする少年の様子を見守った。

 落ち着いたのか、アムロの呼吸が整い始める。しばらくして上下の認識が正常に戻り、壁に足を置いてぐるりと頭を天井に向けた。

 

「すいません、助かりました。えっと……アマダ少尉」

 

 小さく礼を言う赤毛の少年に、ヘルメットを脱いだシロー・アマダ少尉は笑い掛けた。

 彼の純朴そうな笑顔と穏やかな声が、脳内の口煩く高慢な軍人と比較され、やはり”らしく”ないなとアムロは思ってしまう。

 

「シローで構わないよ、アムロ君。

 それに、苦しんでいる人をそのままにはしていられないからね。気にしなくていい」

 

 腰の収納スペースにドリンクをセットしていたシローは、一つをアムロに手渡すと自分の分に口を付けた。受け取ったアムロはおずおずとストローを介して中身を飲み始める。

 

「ふぅ。……さっきも言ったけれど、良くやってくれた。アムロ君には感謝してもし切れない。

 キミやみんなのお蔭でホワイトベースは無事出航できた。

 さっきの戦いでも、モビルスーツで出撃してくれたもんな。本当に、ありがとう」

 

「あ、いえ。少尉が其処まですることは」

 

 目を見て話し、礼を重ねて頭を下げるこの青年に、アムロは困惑していた。

 モビルスーツに乗った責任、とやらで命令を一方的に押し付けるブライト・ノア中尉に苛立ちを募らせていたアムロだ。軍人という生き物に苦手意識もあれば、反骨精神も生まれている。

 であるのに、こうも真っ直ぐに年下の自分に接するシロー・アマダという人物は、ある意味強敵であった。

 シロー自身に問題がないとは言えないが、部外者が協力してくれた事に感謝するのは何も間違いではない。人として当然のことだからだ。

 問題は連邦軍最高機密である新型モビルスーツ、ガンダムを動かしているのが軍が用意したパイロットでは無く、民間人の少年という一点にある。

 軍人だけの事ではないが、職務に誇りを持って向かう人間の中に部外者が乱入し、直面した事柄に自分達ではなく部外者側に適性があったとすれば、素直になれないのもまた人間という生き物である。その感情が正しいかは別として。

 そうした人を呼びつけてモビルスーツに押し込んだ連中と、目の前でドリンクを美味そうに飲むシローが同じ生き物だとは思えない。

 勿論、彼以外にもアムロに同情的かつ友好的な軍人にリュウ・ホセイ曹長やテリー・サンダース軍曹等も居た。

 軍人に対する苛立ちは消えないが、ガンダムに乗らされて出撃したアムロを援護してくれたのも、目前のシローやリュウ、サンダース達であった。

 

「いや、当然のことをしているだけなんだ。

 本当は俺達がしっかりしなきゃいけないんだが、キミより上手くモビルスーツを動かす事が出来なかった。

 自分のことながら、不甲斐無いと思う。

 守らなきゃいけない人間に、これじゃ銃を握らせて撃てと強要したのと何ら変わらない。

 アムロ君は撃ちたくないのに、その引き金を引いてくれたんだ。

 ただ、知ってほしい。覚えてほしいのは、キミのお蔭で助かった人達が大勢居ることだ。

 これは俺達にとって事実で、すごい事なんだ」

 

「は、はぁ」

 

 これだ、とアムロはたじろいだ。

 この真っ直ぐで素直な軍人を、都合の良い大人と罵れない時点でアムロにとって強敵だ。

 口車で唆してまた出撃させ戦力として組み込む為の打算的な行動ではない、シローの邪気のない心根にどうしたものかとアムロは悩んだ。

 彼の言葉を素直に受け取るべきなのか。それとも、もう少し様子見するべきなのか。

 熱意を込めて語るシローを前に葛藤する中、通路に設置されたリフト・グリップに引かれ大柄な人物が二人に近寄る。

 

「褒め殺しは、人の成長を止めると聞きます。確かに彼の働きは目覚ましい。

 ですが、褒め過ぎると増長する危険性もある。

 アムロ自身も対応に困っていますから、其処までにしてください。少尉」

 

 黄色を基調とするノーマルスーツのサンダースが、シローを窘めた。

 アムロは天狗になっていると思われてカッとなったが、サンダースの厳しい顔に苦笑いをこさえた今の言葉が本音ではなく、困っている自分を助ける為のある種の方便だと悟り、勢い良くドリンクを飲む事で感情をクールダウンさせた。

 

「うっ、ゴホッ」

 

 突発的に咽る。どうやら器官に入ったようだ。

 苦しむアムロの前で、目を閉じたシローが一つ頷く。

 

「そうだな。言い過ぎると言葉の重みが無くなるというし、悪い影響があるかもしれないな。

 ありがとう、サンダース。気をつけるよ」

 

「いえ。気をつけてくれれば構いません。

 それに少尉もムサイを墜としています。功績としては大きく、大金星では?」

 

 今だ苦しむアムロの背を擦ってやりながら、サンダースがシローに話題を変えた。

 ゴツゴツとした力強い手に助けられ、アムロは感謝を伝えて一息つくと改めてシローを見やる。

 

「赤いザクを狙うにも動きが速いし、ガンダムの左肩にバズーカの一撃が当たるのを見たからな。

 あれを撤退させるにはどうすれば良いか考えたら、敵艦撃破しかないと思って。進行方向を逆算して向かってみれば丁度ムサイを発見できたんだ。後はありったけのロケットを撃ち込んで、偶々そのうちの一発がブリッジに命中したから、助かったよ」

 

 運が良かったとシローは照れ笑いする。

 つまりはガンダムを、アムロを救う為に敵陣に突っ込み、敵部隊の撤退要因を生み出す為に敵艦を墜としてきたという事。

 赤いザクの僚機と交戦していたサンダースやリュウは、シローのセイバーフィッシュが突如吶喊した事に「カミカゼか!?」と慄き、バズーカ被弾で混乱していたアムロは追撃して来ない赤いザクから距離を取る事が出来た。

 思い返せば、あの赤いザクはシローが向かった先に勘付いたように銃口を向けていたし、それを阻むようにサンダースやリュウが攻撃して、アムロも機体制御を取り戻したガンダムで反撃した。

 友軍を助ける行動に出たシロー、その意図を見抜いたサンダースとリュウも有能なのだとアムロは改めて思い知った。

 そして、知らない内に自身も援護行動をしていたと理解して、仲間意識のようなものに触れた気がした。

 

(こういうのも、悪くない、かな)

 

「少尉も自重してください。今回は仕方が無かったとはいえ、そのままで居ると命が幾つあっても足りませんよ。身を犠牲にして戦局を乗り越えるのは、物語の中だけです」

 

「手厳しいな、サンダースは。

 別に俺も戦死したいわけじゃないし、次はもう少し考えて動くさ」

 

「そうしてください。堅実的な行動をしてくれると、フォローし易いので」

 

 敵モビルスーツ四機、敵艦三隻を相手に無事生還した二人は笑い合う。

 そんな彼らを視界に収めながら、アムロは以前見た映像を思い出した。

 僚機を守る為に敵の攻撃を受け止め、立ち続ける蒼いモビルスーツの事を。

 

(サンダース軍曹がシロー少尉にそう言うのは分かる。実際、単機突撃なんて無茶だ。

 なら、あの蒼いモビルスーツに乗っているパイロットは、誰にも止められずに味方を庇いながら戦い続けているのか。

 誰もそいつに言えないってことなのか?

 ……それって、何か悲しいな)

 

 あのパイロットは、何という名前だったか。

 目の前で見落とした戦術や航行姿勢を採点し合う、頼れそうな軍人二人に聞いてみるのもいいかもしれない。

 確か、あのパイロットには異名が在った筈だと記憶から掘り起し、アムロは口にした。

 

「あの、蒼い獅子って、どんな奴ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メル、おはよう。気持ちの良い朝だよ」

 

 其処は白い部屋だった。

 彼の部屋は予め備わった家具以外の私物が少なく、それらも几帳面に整理されている室内は光を反射する白い布地が目立ち、全体的に白い印象だけが残る部屋となっていた。

 カーテンを引き、太陽の光を取り入れると更に顕著だ。白い色は目に優しいと聞いたが、この部屋は光量次第で瞳を刺激する。これでは逆効果ではないか。

 起こす度に彼へ眩しいと文句を言い「分かった分かった、今度良さげな家具を見繕うさ」と言質を引き出したのは何時だったか。

 忙しい人だから、自由な時間も限られている。

 それは理解していても、中々納得できないのが難しい所だ。

 

「今日も寝坊助かな。仕方ないなぁ……でも起きようよ、ね」

 

 ベッドで横になる彼に、アンリエッタ・ジーベルは微笑む。

 日頃からそうして、睡眠時間を削って職務に精を出す彼を起こしてきた。

 実務以外頼りない佐官と思われている彼が実は勤勉家で、事務能力が高いと知る人間は何人居るだろう。恐らくはエスメラルダ・カークスと上官のダグラス・ローデンだけ。

 エスメラルダは彼の行動を良く見ているし、ダグラスは彼の能力を見込んで部隊全指揮権を譲る話を内々に持ち掛けてもいた。

 他は知らない。知る筈も無い。

 知る必要も無いと、彼の「蒼い獅子」だけを見るのだから。

 

「みんな待ってるから、早く起きないと大変だよ?

 あれからエダは機嫌悪いままだし、リオも長いこと気落ちしてるんだから。ハンスなんか目付きがますます悪くなって、擦れ違う人が怯えてるし。ヘレンやロイド大尉もさ、心配で何度も見舞いに来てくれたんだよ。前の部隊の人、全員来ちゃったんだよ?

 ケン中尉やガースキー少尉、ジェイク准尉は出撃した帰りにいつもメルのドムを見て、拳握り締めてるんだ。思い詰めた顔してるから、早く起きて声掛けに行かなきゃ」

 

 けれど、彼を待ち望む人達は「蒼い獅子」以外の部分を見てくれている。

 彼が普段見せない姿を知って、理解してくれる貴重な味方だ。

 等身大のメルティエ・イクスを分かり合える、本当の仲間だ。

 

「メイちゃんがさ、必死にメルの戦闘データを修復してるよ。破損してるから大変だけど、それしかできないからって。ユウキも過去のデータからサルベージして手伝ってるよ、出撃後だから疲れてるのに。起きたらお礼とお詫びを考えなきゃいけないね。

 ロザミアちゃんも最近は落ち着いてるけど、毎日同じ時間になるとメルの顔見に来るんだよ? それが貴方のドムが機能を停止する時間だから、驚いちゃった」

 

 彼が意識を失ってからの出来事を話すのも、何度目だろう。

 軍医の診断結果では、身体の治癒機能が活発であるから身体に異常はないと言っていた。

 肉体的に再生が始まっている以上問題は無く、目覚めないのは精神的なものが関わっているかもしれないと。メルティエを起こすには物理的ショックは効果が無く、自然に目覚めるか声を掛けて覚醒を促すしかないと。

 それでも彼の身体に電気を通し、強制的に起こそうと考えた人間の顔を、アンリエッタや彼らは忘れはしない。

 耳にした瞬間にダグラスが激昂し、ソイツを殴り飛ばさなければ自分達がどう行動するか簡単に想像できる。

 

 彼の身体に危害を加える輩を通さない、彼が起き上がってくれるのを待つ彼女は、今日も変わらず声を紡ぎ続ける。

 忍び寄る諦観に声が震えるのを防ぎ、以前からメルティエを起こしていた声音で。

 

「キキちゃんが毎朝様子見に来てくれるから、僕も少し休憩しようかな。あの子の差し入れ、日に日に上達してる気がするから、食べて褒めてあげようよ。

 照れて顔真っ赤にするか、殴りながら抱き着いてくるかのどちらかだと僕は睨んでいるんだけど、メルはどう思う?」

 

 蜂蜜色の髪が、呼吸を繰り返すだけの男に零れる。

 指先に触れた彼は温かく、彼自身の生命力を表すように熱い血潮が巡っている。

 

「まったく、今まで足りなかった睡眠時間を今取り戻してるのかな。

 余り寝る時間が長いと身体に悪いしさ、そろそろ」

 

 髙温度の熱波が通過、貫通したドムの胸部下にあるコックピットは無事ではあった。

 

「そろそろ、さ」

 

 だが、内部は無事なわけがない。

 何時間もその高温度に晒され、発生器がエネルギーを失おうと残熱はそのまま有るのだから。

 

「そろそろ、起きよう」

 

 そうして衰弱した身体が再生を始めたのは、昏倒してから何日目だ。

 

「貴方と逢って変わった()が、貴方に遭う前の()に戻る前に」

 

 アンリエッタ・ジーベルは、メルティエ・イクスの頭を抱く。

 呼吸音が、彼の息吹が確かに在ると感じたいから。

 

「貴方が居ない世界は、酷く冷たいの」

 

 女を抱き締めてくれた男の両腕は、動かないまま。

 

 けれど僅かに。

 彼の心臓が、強く打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆらり、ゆらりと揺蕩う感覚。

 それは、離れて久しい宇宙(そら)の、働けばその方向へとひた進む無重力空間とは違い、身体を優しく揺さぶられているような、心地よいもの。

 豁達な森の少女と遭遇した水浴場での波打つものとは違い、波紋も無ければそれを起こす相手も無く。只々静かな空間を流れてゆく。

 おかしな事に此処に居るのだと頭で理解はしても、今自分の身体は下がっているのか、それとも上がっているのかさえ分からない。

 肉の感覚が死んでいる、とでもいうのか。

 脳裏を過ぎた嫌な考えに、ドクン、と鼓動が否定した。

 心の臓はまだ己が生きていると、雄弁に語り始める。

 光が差さないこの空間は暗く、昏く。視界が死んでいると錯覚するであろう世界だ。

 このまま、此処で朽ちるのだろうか。

 益体も無い考えだけが浮かんでは消える。それも囀り一つない静寂と、瞬きを幾度しようとも映すものが無いこの世界が原因に決まっている。

 だから、そう。

 

 このまま、消えるのも悪くはない、と。

 

 口にした水が五臓六腑に染み渡るような、極自然な浸透さに。

 微睡むように今の状況を受け入れようと、抵抗する気が失せている自己に、恐怖した。

 

(ああ。今、逃げようとしたな)

 

 硬直した顎はまるで縫い付けられたようで、ギチギチと筋肉の繊維が悲鳴を上げた。

 空気を取り込み呼吸を繰り返していた筈の肺は、肉と血で構成された器官である事を忘れたような冷寒さだ。それでも肺胞を収縮させ、宿主の意志の下で活動させる。

 

(こんなモンを受け入れて、たまるものかよ)

 

 身体の中に巣食う冷害に、男は牙を剥く。

 このようなものに負ける理由等在る筈が無いと。

 起き上がりで前後不覚に陥ったようなものだと、滑稽な嘘を真実(まこと)にして。

 障害を駆逐するように、弱った己を鼓舞するように男は身体その全てに血潮を巡らせて、

 

「――――――――――――――――――――――――ッ!」

 

 限界まで開き切った口角、その奥から放たれた大音声は、しかし空間を震わせることが無い。

 それでも、構わない。

 この身は既に、己だけのものではないと。

 消え墜ちることを飲もうとした、そんな愚かしい男を待つ大切なひとの下へ。

 故に帰還すべき、あの場所へ。

 自分が在るべき、彼らの待つ処へ。

 

「――――――――――――――――――――――――ッ!!」

 

 吠えよ。吼えよ。咆えよ。

 例え、喉破れ顎を切り落とされようと。

 例え、肺を侵され声漏らすこと叶わぬとしても。

 例え、心の臓を穿たれる一撃を、その身に受けたとしても。

 

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」

 

 異分子を嗅ぎ付けた()()()に肉を切られ、腕を刺され、脚を潰されようと。

 ()()()()()を途切れさせるもの等は無く。

 律動を刻むが如く、その体躯を奮わす。

 逃避を闘争に、不安を闘志に、思考回路を闘争本能に明け渡したモノは、見得ぬ灰色の眼で世界を睥睨する。

 四肢に絡み付いた黒い泥は無数の手で出来ているのか、それらは幾年も焦がれた代物に手が届いた亡者のようで、生命力に溢れる身体を這い回る。

 獣性に思考を染め抜いた男は、邪魔をするなとそれらを蹴散らし、一拍も間を置かず密集しては群がる粘り気が強い靄のようなものを()()()()()

 何事か囁く声が耳にではなく、頭の中に響く。

 それは彼らの妬みであり、生者への僻みであり、男を誰か知っての恨みであった。

 千切られようと追い縋る黒い群れの中で、まだまだ死ぬには早過ぎると、同じ手ではあるが彼らと違い二組の掌が男の背を押す。

 触れて瞬きの間に離れたものが、かつて自分にとって何者であったか。肉体の繋がりでしっかりと思い知らされた男は、再び別離を告げる事叶わぬまま、最期に願われた想いと共に意識の坩堝を突破する。

 

(簡単にくたばる理由が、消えちまったよ。父さん、母さん)

 

 離れる群集の内から助け、子から死ぬ理由を引き剥がした存在が還る。

 孝行等一つも果たせぬまま、彼らは去ってしまった。

 何処か満足そうに消えて行った二つの意志は、語りかけても既に無く。

 そうして荒ぶる感情が鳴りをひそめる頃、突き抜けた先に瞼を打つものがあると気付いた男は、長く機能を奪われていた視覚を開いた。

 

「――――これは?」

 

 蒼い世界が、男を包む。

 宇宙で感じた色とは違う。まるで絵具で塗りたくったような配色で、何処か淋しい情景。

 先程の堕落する空間とは違う、何も無くただ蒼い世界が尚更と気になる。

 境界を抜いた結果として身体感覚が蘇ったのか、今はしっかりと上下を認識できる。

 墜ちる感覚から解放された余裕が、意識を情報収集に傾けさせた。

 此処がどういうものか好奇心が刺激された事も、それに拍車を掛けていた。

 

 そうして視線を彷徨わせた先に、其れは居た。

 膝を抱えたまま動かない、触れたら折れてしまいそうな、線の細い人物を。

 この蒼一色に塗れた世界で、その人はぼんやりと青白い光を放って其処に居る。

 

 奇特な世界で独り在る人間に、関心を引かれない筈がない。

 どうしてこの場所から離れないのかも、()()戻らないのかも気になる。

 白色の粒子が頭上から零れていることに気付いた男は、その先に脱出口があるのだろうと見当を付けた。もしもまた妙な場所へ出たとしても、其処から出口を探れば良いと開き直る事にした。

 脱出に急き立てられた男が、出入り口の捜索よりもこの世界の住人と接触を優先したのは、確認したい事があったからだ。

 

(気のせいか? いや、それならそれで、構わない)

 

 蒼い世界を泳いで、青白い人物の下へ向かう。

 距離を詰めれば、その住人の輪郭が、容姿が鮮明に映った。

 明るい青色の髪は短く少年と見間違えそうで、その印象を強く否定するのは肉付の薄い女性特有の丸みを帯びた、不健康なほどに白い裸身であった。

 

 年若い乙女の裸身を見る男の身は、不可思議な事に一切の興奮を覚えなかった。

 彼女に魅力が無いわけではない。男の趣味趣向に合わなかったという事も無い。

 ただ、その方向に反応する余地が無かっただけのこと。

 

 男は、この少女を知っている。

 言葉を交わした事はおろか、こうして対面するのも初めてではある。

 ただ、男は少女を見聞きして覚えていた。

 

「君は」

 

 ――――下種な男共に汚された、哀れな犠牲者として。

 

「君の名は」

 

 ――――その犠牲者を生贄に誕生したシステムの名は、EXAMと云う。

 

「マリオン・ウェルチ、か」

 

 呆然と呟いた男の声が届いたのか、小さな体を抱く腕から俯いたままだった顔を上げる。

 その顔は裸身と同じく、雪化粧をあしらったように幻想的な美しさを匂わせた綺麗な貌で。

 彼女の姿を眼で捉えれば、世の男共は必ず鼓動を高鳴らせるだろう。

 だが、彼女の前に立った男は、別の感情に支配されていた。

 ポツリ、と。

 諦観を滲ませる淡々とした声が、男の動きを封殺する。

 

「今度は貴方が、私を犯しに来たんですか?」

 

 輝いていたであろう円らな紅石の瞳は人を惹きつける筈、だったろう。

 其処に生気は無く、底無し沼が如き淀みと泥濘が混在した、くすんだ瞳孔が男を映していた。

 ギチリ、と男の――――メルティエ・イクスの両拳が軋んだ。

 

「抵抗は、しません。

 だから、もう、殴らないでください。お願い、します」

 

 メルティエの身体はマリオンに縛られたように、その場から動けずにいた。

 いつかの、ロザミア・バタムの叫びをキャッチした時のように。

 目前で無感情に見上げる少女も、声にならない悲鳴を上げ続けていた。

 無意識の声なき声が、メルティエの脳髄を容赦なく攻撃する。

 

 痛い、と。

 触れないで、と。

 どうして酷いことをするの、と。

 

「ぐ、お」

 

 その声こそ、あの蒼いモビルスーツから送られた思念の根源であり、彼女を此処に縛り付ける鎖であり牢獄であった。

 

(何だ、これは。マリオン・ウェルチが体感した恐怖とでもいうのか?

 身体に圧し掛かる黒い、影? 全身の皮膚に突き刺さるこれは、視線なのか?

 ……まて、まさか、連中は。この影が、視線の群れが指すものが人間だというのなら。

 父のように想っていた人間に。気になる異性と認めていた人間に。

 抱いていた心を壊されたから、この子は此処に居るのか!?)

 

 子供が懸命に塗りたくった、昏く蒼い世界の中で。

 帰還を渇望される男は、冷たい世界に囚われた少女に出会ってしまった。

 

 ――――来ないで。

 

 蒼い世界の少女は、その瞳に”蒼い獅子”を映したまま。

 何処か溶け込むようにその場に居る獣の魂に、拒絶の言霊を投げかける。

 

 もう、裏切られたくはない。傷付きたくないから。

 信頼していたヒトと慕っていたヒトに、心身を踏みにじられたから。

 

 だから、マリオン・ウェルチは、メルティエ・イクスに期待しない。

 

 彼らと同じ()()であるヒトに期待なぞ、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
花粉症と勘違いした風邪引きが多いと思う、上代です。
後書きには今回のネタバレがあるので、不要とする方はここでストップなんだぜ。
特に問題ない人は読んで行ってください。













それでは。







キン〇・クリム〇ン!
アムロがガンダムに乗った、という結果だけが残る!!(マテ)

さて、作中文を追うと意外な場面が想像でき……おっと、ゴホンゴホン。
作者のアムロ、シロー、サンダースはこんな感じ。
シローとサンダースがギスギスしたままアムロと接する想像ができんし、問題ないかなーって。
読者の皆、一つ寛大な心で受け入れてくれ。
ちなみにシローはホワイトベースの真下から航行し、赤い人とザクII二機を抜いてムサイまで到達した模様。
サンダースとリュウが「KAMIKAZE」と勘違いしても仕方がない特攻状態です。

アンリエッタの場面は然して言わなくても分かるね。
ところで、傷付いた人間に更に追い打ちをしようと提案する奴、皆はどうしたい?
作者は射撃訓練の的にする。
ダグラスがブチ切れたのも「自分が殴らなければ、誰かがコイツ殺す」と即判断した為。
指揮官は辛いね。

メルティエの場面は生死の境から、精神世界に移った感じを表現してみました。
肉体的な文は彼の意識がそう感じたから、としか言えない。
想像しやすい単語を抜くとえらくふわりとした表現しか残らなかったんだ、すまない。

マリオンはクルストを信頼し、ニムバスと良い関係を構築していたと思っていた。
ここらへんはもう少し先の話で詰めて行こう。
まだまだ本作品にお付き合いください。


では、次話もよろしくお願いしますノシ

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