ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第52話:忍び寄るもの

「ブルーが敵に鹵獲された?」

 

 話に耳を傾けていた初老の男は連邦軍に帰属する研究所、その試験記録室で怪訝な声を上げた。

 ジオン公国、フラナガン機関から地球連邦に亡命したクルスト・モーゼス博士は、自身が開発したシステムを搭載したモビルスーツの略称名を呼び、続いて性質の悪い冗談を言う男だと通信端末越しに睨んだ。

 モニターに映る血色の悪そうな男、アルフ・カムラ技術大尉は博士の態度に立腹したようだが、荒れる気を静めて冷静に言う。

 

「間違いではありませんよ、クルスト博士。

 博士の開発したシステム、EXAMを搭載したモビルスーツ。RX-79BD-1、ブルーディスティニー1号機は中東アジア地区に三度目の出撃をした時に突如、帰還命令を無視しました。

 そのまま敵陣に籠もり、ジオン軍と交戦を繰り返し、同地で敵モビルスーツと相討ち。

 ……私もこれが性質の悪い冗談だと思いたい所ですがね。事実なんですよ、これがっ」

 

 しかめ面を晒すアルフに対し、クルストは「ほう」と息を吐いた。

 顔を歪ませ「帰還命令を無視した」と、不可解極まる事態に悩む男とは違い開発者である博士は納得してすらいた。

 理解できない徒からすれば、パイロットが起こしたある種の暴走だと見るだろう。

 その反応を理解できるのは、恐らくこのクルスト・モーゼスという男と極々僅かな人間だけだ。

 出撃した”ブルーディスティニー”が()()を感知し、行動に移ったのだと。 

 クルストも立ち会って過去に数回しかない現象ではあったが、この突発的な行動はパイロットを介したものではない。EXAMの内に宿るものが活動を始めてしまい、内外問わず全ての指令を無視したのだと確信しているものだ。

 地球連邦に籍を置くアルフには解らぬ事であったが、クルストは元々ジオン公国で研究を進めていた。当然あちらに残してきた同システム搭載機が存在する。

 システム開発段階でジオン軍から提供されたMS-08TX、イフリートを母体として改修したEXAM実験機、イフリート改がそれに当たる。

 モビルスーツ分野で連邦軍の上を行くジオン軍が用意した中で、システムに耐えられる機体がイフリート以外に無かった、という理由で決定されたものだ。

 ()()の特徴的な外見を思い出し、クルストは独り嗤う。

 

「敵のモビルスーツは、頭が大きかったろう?」

 

 初期のEXAMは構成上全ての機器を大型化する以外方法が無く、通常機と比べて頭部が大型になっている。他のジオン製モビルスーツに比べても目立つ筈だ。

 博士自身がブルーディスティニーの性能に触れているのもあり、最近出来たばかりの機体より幾度も実地試験を経たイフリート改とそのパイロットが遭遇すればどうなるかを検討すればその解も自ずと知れるというもの。

 如何に素晴らしいモノが造られようとも、扱う人間次第で如何にでもなるのが世の常だ。

 新しく組み立てた”作品”が旧いものに淘汰されるというのは気分的には良くはない。が、EXAM同士が出遭えば即戦闘に入る。

 例外もあるがそういう絡繰りが仕組まれているのだ、博士自身の手によって。

 クルストはマシンの性能にパイロットの技量で打ち勝った、その結果等はどうでも良かった。

 ただブルーディスティニーに搭載されたEXAMの存在と、戦闘データを求めるだけ。

 最悪は鹵獲したジオン軍の基地へ攻撃を仕掛ける必要もある。アルフがEXAMに嫌疑的な考えを巡らせてなければまだ連邦を利用できる。クルストは自分主体の考えを巡らし、

 

「……いえ? 頭部は普通の()()でしたよ」

 

「なに? ……ド、ム?」

 

 予想外の単語からオウム返しに尋ねた。その思わずといった様子にアルフも驚く。

 彼が知る限り亡命者クルスト・モーゼスという男は、常に不機嫌な面を張り付かせている気難しい老人だ。今も間抜け面を晒している、鳩が豆鉄砲を食らったような顔はした事が無い。少なくともアルフは見たことが無かったし、開発状況の問い合わせや情報の摺り合わせ等で面通しする事態は珍しくもないが、この類の表情は見た覚えが無かった。

 例え見受けられたとしても、親しみが湧くほどクルスト個人と友誼を結んでいるわけではない。ただ珍しいものを見た、と感想を抱くだけで終わるのも、この二人の関係であった。

 そして、クルストが固執するEXAM搭載機の行方が知れぬ現状況で、彼がアクションを示さない様子から疑念が募るのもまた無理からぬ事であった。

 

「ええ、ドムです。近々ジオンが開発したモビルスーツで、ザクやグフ以上に装甲と機動力が向上したもので、武装も一部グレードアップされているらしく火力もある。厄介なヤツですよ。

 投入時期は確か、カリマンタン陥落頃だったと記憶しています」

 

 アルフが指を額に当て、記憶を呼び起こそうと目を瞑る。

 その様子を一顧だにしないクルストは、久方ぶりに研究以外の事で思考を巡らしていた。

 

(ドム? イフリートではなく、あのドムか?

 確かに装甲と機動力は特筆すべき所があった。ツィマッドの売り込みが鼻息を荒くするほどに。

 しかし駆動系や出力、システム関係からEXAMの負荷には到底耐え切れないと見送られたモビルスーツだった。私がジオンを出るまでは、そうであった筈だ。

 性能でイフリートに負けたドムに、EXAMが関係ない相手にブルーディスティニーが負けた?

 機体許容を超えるスラスター限度や、パイロット負担を考慮した安全装置を解除してまで瞬発性を底上げする、指令コードも追加されているのにか?)

 

 他にも比較する要素がクルストの脳裏を横切るが、彼はそれらを留めた。

 

(違うな。ハードではなく、ソフトが影響していると考えた方が道理かもしれん。

 あの男をイフリート改より降ろす事無く、他にパイロットと専用モビルスーツを用立てた?

 ブルーに対抗できるものは。同じEXAMか、あるいは)

 

 思案に勤しむクルストに声が届いている、と勘違いしているアルフは言葉を吐き続ける。

 

「カリマンタンで投入されたドムは、ルウム戦役から名高い黒い三連星」

 

 エース小隊の名を耳にしたクルストは、予想が外れたのか渋面の上で眉間に皺を寄せ、

 

「地球降下作戦以降知られる、蒼い獅子ですな」

 

「蒼い、獅子――――メルティエ・イクスか」

 

 合点がいったのか、博士はポツリと呟いた。

 

「名前までとは、良く御存じで。

 ブルーと交戦に入ったドムのカラーは蒼かったそうで、恐らくは」

 

 クルスト・モーゼスは、メルティエ・イクスを知っている。

 軍人としてではない。被検体になる可能性があった男だったから、その名を憶えていた。

 フラナガン機関へ提供された戦闘データの一例に、メルティエのものが送られその解析及び研究を任されたチームにクルストは一時在籍していた事がある。

 

 あの男の戦歴を「運が良かった」で済ませるには、余りにも多様な戦闘展開が過ぎた。

 開戦初期に高速で飛来する制宙戦闘機をモビルスーツで蹴り飛ばすことから始まり、地球降下作戦以降は昼夜問わず最前線に身を置き銃火を浴びている。

 僚機を守る為に砲弾をMS-07、グフのヒートロッドで()()に切り爆ぜた行動や、空間が限られた屋内で敵機へ接近するに空中戦闘機動を取る行動は、まだ良い方だ。

 動体視力、反射神経を鍛えた上で戦闘経験を有するパイロットならば出来うるかもしれない。

 技量面では養父のランバ・ラルから教授された経緯が、土壌がメルティエ・イクスには存在した。

 

 また、宇宙空間の戦闘では機銃やロケット等の実体弾は命中するというのに、ミノフスキー粒子を有するメガ粒子砲の直撃は開戦時の一撃だけで、それも脚部を掠めた程度だ。

 実際には当時の乗機MS-05B、ザクIの装甲が高熱波に耐え切れず破壊されているが、それもモビルスーツの巨大な四肢の先端部からで、誤差の範囲と切り捨てられる所だ。

 そして、敵情視察や情報解析による索敵、発見よりも感覚的なもので捉えている節がある。

 情報管制士が部隊に配属されてからは鳴りを潜めていたが、クルストが連邦軍へ亡命する寸前に手に入れた情報では、中東アジア地区で撃墜された輸送ヘリから唯一の生存者を保護する時に同様な反応を示したとあった。

 

(機関に協力する被検体、ララァ・スンでも、クスコ・アルでもないとはな。

 素質だけならともかく、素養では到底二人に敵わない不適応者だとフラナガン博士が語っていた人間が、ニュータイプを駆逐する為のシステムに対抗した、最初の人間になるとは。

 敵地に隠れたブルーを、EXAMを触発し、戦闘の末がこの結果だと言うのならば、あの男は現人類(オールドタイプ)の敵――――新人類(ニュータイプ)かもしれん)

 

 クルストがフラナガン機関で見出した一つの答え。

 協力者マリオン・ウェルチを研究する事から恐怖した、新しい人類の可能性の芽を摘むに必要な手段がため、クルストはEXAMの開発と性能向上に全てを費やしている。

 ニュータイプによるオールドタイプの排斥を未然に防ぐ、オールドタイプによるニュータイプの抹殺こそがクルストの願い。

 現にオールドタイプの人間では打ち勝つ所か満足に手綱さえ握れないモビルスーツ、ブルーディスティニーを撃破して除けているのだ。ニュータイプの数が増え続ければ、いつの日かオールドタイプが打倒される未来は現実のものとなる。

 その答えが、やはり間違いではなかったと、クルスト自身に告げている。

 

「あの男と交戦し、生存した連邦軍兵士は居るのか?」

 

 クルストからの妙な問いに、アルフは首を傾げた。

 

「はぁ……ああ。確か交戦後に帰還したパイロットが、二人居ますな」

 

「二人、か。その者の行方は分かるかね」

 

「正確なものではありませんが、行方を知ってどうするので?」

 

「今建造中のブルーに乗せる」

 

「……生き残った彼らを当てると? しかし、ブルーは」

 

「君の考えは聞いていない。その二人をパイロットに抜擢できるのか、それを聞いている」

 

 アルフはクルストの発言に呆気に取られた。

 一方的な要求を突き付けるこの博士には何かと面倒を焼かされてきたが、ここまで酷い話は今回が初めてであった。

 そもそも技術屋のアルフが情報を入手するにあたり、大分無理がある。

 彼個人は情報局に特別有能なコネがあるわけでもなく、ほぼ”趣味”で情報収集をしている。今の仕事に有効に作用するから多少は労力を傾けているが、普通は噂話以上の情報を拾う事は難しい。軍関係者とはいえ、部署が異なれば担当する機密保護が薄くなるわけではないからだ。

 まず、危険な橋を渡っているのは間違いない。しかし、これがクルストに対する献身からの行動では無いのも間違いなかった。とはいえ、人間的魅力が欠片も見当たらない男だとしても、その異常な信念でシステムを構築した技術力は純粋な尊敬に値する。

 一人の技術者として、その能力だけは評価している。ただそれだけのことだった。

 

 だからこそ、技術士官アルフ・カムラは自らの手で、クルスト・モーゼス博士が求めるモビルスーツを建造してみたい。

 RGM-79[G]、先行量産型ジムの開発に携わったアルフは、ジムの性能を凌駕するモビルスーツに強い興味を持っている。EXAMシステムも当初はジムを搭載したものの、機体がシステムに耐え切れるものではなかった。結局はジムの原型となった高性能機RX-78、ガンダムを構成するパーツに要求スペックを満たせなかった不採用品、厳しい品質管理から外れた規格落ち部品を用いて建造されている。

 

 ガンダムを超えるモビルスーツの開発が、アレフの目標であり夢である。

 であるから、EXAMを十全に発揮できるモビルスーツの設計、開発を主導しているのだ。

 その目標へ、夢へ至る為にクルストとブルーディスティニーを踏み台にする。

 

「はぁ。わかりました、上と相談してみますよ」

 

 アルフはこれ以上クルストと会話する気力が消えたのか通信を切り、どうやって要求された人物のヘッドハンティングを成すか思案に暮れる。

 

 その努力が実るのは、約一ヵ月後のU.C.0079年10月中旬頃であった。

 件の一人、マスター・P・レイヤーは来たるオーストラリア奪還作戦へ参加する特務遊撃小隊、ホワイト・ディンゴの隊長として内定した事もあり動かせずに終わる。もう一人はモビルスーツの実戦データを収集する実験部隊、通称モルモット隊へ配属された事から実験機搭乗許可が下り、どうにかクルストの要求を満たす事が出来たのだった。

 

 ジオンの蒼い獅子と遭遇し、戦い生存したモビルスーツパイロット、ユウ・カジマ。

 彼は様々な思惑に因って自らも蒼い機体を駆り、メルティエ・イクスと再び対峙する定めとなる。

 

 少女の囚われた意志に導かれ、男達が戦場で激突する刻が、動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メルティエ・イクスがまず感じたのは、身体の重さだ。

 四肢が鉛になったように鈍く、繋がった胴体はベッドに括りつけられているのかと錯覚するほどに固い。それらが現実では無く自身が何ものにも拘束されていないと理解した時には、目を瞑るほどの頭痛が彼を襲った。

 この刺激は長時間瞼の奥に隠されていた瞳が、急に飛び込んで来た光量に驚いたのだと分かる。以前、閃光弾で目を焼いた体験から来る自己判断だ。恐らくは正解だろう。視神経が正常に稼働するまで幾何かの時間が必要だとも。

 次第に大きくなる各部痛覚の主張に唸り声を漏らし、凝り固まった筋肉が悲鳴を上げるのを黙殺して体を起こす。

 其処まで動き、自室に眠っていた事と誰かが近くに居る気配に漸く気付けた。

 

「メル、起きたの?」

 

 その耳朶に入る声音に、メルティエは驚いた。

 

「この声は、エダか? なんて声出してるんだ」

 

 鼓膜を震わせるのは、か細い声だった。

 ベットの横にある椅子に腰掛ける女性、エスメラルダ・カークスとの縁は長く深いものだ。

 士官学校時代から同軍同隊でそれは今も続いているし、現在は男女の仲でもある。

 精巧な人形の容姿、華奢な印象が強い外見からは想像不可な打撃、体術を得意とする女性兵士(ウェーブ)。常の半眼から見開かれた紅の瞳の威圧感は半端なく、士官学校時代に渾名された「虎」は伊達ではない。実技教練で屈強な大男を、たった一撃で昏倒できうる事からきている。

 静かに淡々と述べる口調から、感情の起伏が然程無いように振る舞っているが。彼女自身中々の情熱家だとも知っていた。

 

 そんな彼女が、外見通りの弱々しく細い声を、唇から零しているのだ。

 すわ何事かとメルティエが慄くのも無理からぬ事であり、好意以上の感情を交わす間柄故に彼女の声が発せられた方へ向き直る。

 また身体の彼方此方で抗議が上がったが、彼はこれまた封殺した。

 

「六十四時間三十二分十七秒」

 

「うん? 何の時間だ?」

 

 メルティエの記憶に在る淡々とした、いつもの調子に戻りつつあるが感情のブレが覗く。

 彼女から伝わる、最初に耳にしたものより明るいイメージにメルティエは安堵したが、代わりに呟かれた意味に疑問を覚えた。

 

「ドムから救出後、メルが治療処置を施行され、自室静養となり経過した時間」

 

「み、三日間意識が戻らなかったのか。俺は」

 

 昏倒していた時間を述べられ、気付いた彼は問う。

 それに彼女は僅かに首を振り、薄紫色のツインテールが動きに合わせて揺れた。

 

「今の時刻から言うならば、ドムが機能停止してから七日間は経過している。

 メルの意識はその前に失われているから、正しい時間は計測できない」

 

「……そうか。ドムは逝っちまったか。

 再生案が出るといいんだがな。こうも機体を失うと、さすがの俺も自信が無くなる」

 

 専用機化したグフと交換で宛がわれたとはいえ、申し分ない機体ではあった。

 十全に性能を発揮出来ただろうかと、あの乗り心地に慣れるまで苦戦したのも、懐かしい記憶に刻まれるのだろうと。メルティエは先立った相棒に瞑目する。

 五体満足で愛機と別れた事なぞ皆無であるこのパイロットは、胸中でただ詫びた。

 また、独りで逝かせたと。

 

「メル。今、貴方は思い違いをしている」

 

 空間に広がる声に、怒気が籠った。

 他人が聞いても判らぬ変化ではあるが、エズメラルダを知るメルティエは即座に反応した。

 しかし、思い違いとは何だろうか。見当が付かない彼は()()()()()視界で彼女を探した。

 

「モビルスーツは機械。貴方は人間。

 機械は部品を交換すれば何度でも蘇る、復帰できる。消失しなければ在り続ける事が出来る。

 でも貴方は人間で、身体を損なえば再生できるか難しい。()()()になんて、成らない」

 

 自身を大事にしろと。

 一つ間違うだけで、簡単に人間は死ぬ事を忘れるなと。

 

「メル」

 

 彼女のほっそりとした指先が、男の無精髭が伸び野性味が増した頬に触れる。

 エスメラルダのひんやりと、しかし内に宿る熱を感じるメルティエは只々黙った。

 言わんとしている事は理解できる。言葉と想いで心身を大事にしろと伝えてくれるのだ。成程、至極当然の事である。

 

 けれど、そうかと納得できる時は決まって――――。

 

「今、私が見える?」

 

「……………………………すまない」

 

 間を置いて、何か水音が跳ねる音と、触れる指先が震えていることから察する。

 嗚呼、今彼女は泣いて居るのだと。

 視界が歪んだ世界で、不思議と知覚出来る理由なぞ理解はできない。

 だが、(エスメラルダ)(メルティエ)を慮って泣いてくれている。

 その現実だけで。事実だけで彼には十二分な打撃を与えてくれた。

 

「安心してくれ。直ぐに治すし、捨身な行動は無くすよ。

 退き時を違えず退くのも約束する。酷い目に遭った、いくら俺でも学習するさ。

 だから頼む。泣かないでくれ」

 

 つくづく阿呆な男だと自嘲しながら、僅かに早口で言う。

 身に傷を付けるほど、訓練で痛い目に遭う度に”次は間違えない”と戒めた癖に。時折、生死の境を彷徨う悪癖が中々治らなかった。誰かを守る為に身を盾にして此処まで来たが、泣かせる為に戦い続けているわけではない。

 例え劣悪な条件下で戦闘していたとしても、それを理由にしてはいけない。

 不意に死ぬ事が多い戦時下なのだから。それに対して万全を敷くべきで、仕方がない等とは負けた言い訳にしかならない。そして負けてしまえば、高い確率で死ぬのだから。

 そして生還する意味を、メルティエ・イクスの勝利条件を今後は”違えてはならない”のだ。

 

「確約する」

 

 酷く緩慢な動作で、彼女の手に重ねる。

 体温が低い人は情が厚いという迷信が、強ち的外れではないと薄く笑う。

 

「どう、確約するの?」

 

 何処か期待するような、情熱が秘められた質問に。

 

「生き残る事に”容赦しない”ことを。

 盾を背にした獅子の、()()()()()を見せ付ける事にする」

 

 起動を開始する意志に呼応してか、心臓が強く脈打ち血熱を帯びると、全身に痛みが合唱する中で閉じかけていた感覚が再び機能し始める。貪欲に復調を求める身体が聴覚を回復させれば、彼女の呆れたように息を吐く音と、小さく零れた笑い声を彼が聞き逃すわけがなかった。

 

「そう。”おかえり”、メルティエ」

 

「ああ。”ただいま”、エスメラルダ」

 

 その返答に満足したのか、言質を確保したのか。

 エスメラルダは口元を緩め、メルティエの肩に額を押し当てた。

 

「帰るのが遅い。バカ」

 

 間近にあるエスメラルダの表情は、文句の割には穏やかで。

 

「悪かった、今度は遅れはしないさ」

 

 そう言って、背に回された腕の硬さと小柄な体躯を引き寄せる彼の強引さに、待ち焦がれた彼女は俯いたまま微笑む。

 

「次は無い、から」

 

 抱擁されたまま厚い胸板に吐息を当てて、体温と体温を交わす相手が戻った事にこの定まらない感情の高ぶりをどうぶつけてやるか、その答えを出すのに四苦八苦していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとーさんっ」

 

 開けた空間の出入り口に差し掛かったメルティエ・イクス中佐は、腰辺りに女の子にしては猛然と突進して来た蒼い少女を受け止め、くっ付くばかりで動こうとしない状態を打開する名目で抱き上げた。針のように細い身体は基地の防衛機構にと積み上げた土嚢一つよりも軽い。

 喜色で満ちた少女、ロザミア・バタムはさながら無邪気な仔猫のように、父と慕う男の腕の中で丸くなり、小さく喉を鳴らして甘える。

 

「まったく、お転婆盛りだな。もう少しお淑やかな方が男の子ウケ良いんじゃないか?」

 

 背に触れる程度に揃えた蒼い髪の少女は、頬を刺激する灰色の蓬髪がこそばゆいのかむずがる。頭を振ってイヤイヤする様子に苦笑を落とし、メルティエは視線を室内に向ける。

 特務遊撃大隊旗艦、ザンジバル級機動巡洋艦ネメア艦内の隊員食堂であるこの場所は、現時刻が午後四時という微妙な時間なこともあって閑散としていた。

 備付のテーブルや丸椅子は規則正しく並べられており、これらは備品も艦自体が新造艦である事もあって、目立った傷も無く真新しい状態を維持している。

 メルティエの存在を目視したのだろう、厨房の奥から料理長や給仕が頭を下げていた。其方に手を軽く振り、少女を片手で抱える男は自分を注目する人達の席へと歩を進めた。

 

「すまないな。随分と、待たせたようだ」

 

 声を掛けるより早く、彼らは腰を上げ敬礼を取った。目尻を下げて見渡せば真新しい顔もあり、補充員だろうと当たりを付ける。

 

「本当にね。寝坊助にも程があるよ?」

 

 艶のある蜂蜜色の髪を揺らした、アンリエッタ・ジーベル大尉が円らな碧眼、その片目を瞑ってクスクスと笑う。釣られてメルティエが笑みを浮かべると、綺麗な貌を魅せてくれた。

 

「御無事で何よりです、中佐」

 

 ケン・ビーダーシュタット中尉と視線を交わせば、親しみを感じさせる穏やかさで迎え入れた。不在中に苦労を掛けただろうとメルティエが思うと、ケンに通じたのか「如何という事はない」と小さく首を振る。

 

「少しは自重してくださいや。信頼してても気が気じゃありませんよ」

 

 呆れ混じれに、ガースキー・ジノビエフ少尉が言う。この場では年長者の彼が憎まれ役を買って出たのだろう。声に不満は混じるが、不愉快さが無いのがその証左ともいえる。苦笑して返せば、彼も笑みを浮かべてくれた。

 

「完全復活には程遠いみたいだな。その分俺達を頼ってくれ、大将」

 

 普段の歩き方、所作とを比べて今の体調を読んだハンス・ロックフィールド少尉が不敵な笑みを浮かべた。何処か猛々しい感じを受けて訝しんだが、メルティエは「頼りにしてるさ、いつも」と答える。しかし、その言葉を額面通り受け取らないのか、彼は肩を竦めていた。

 

「中佐が寝てる間、基地周辺の警戒は密のままだ。五月蠅くなかったろ?」

 

 自ら警戒に当たっていたガンス・ジェイク准尉が薄く笑う。

 労わりの言葉を掛けながら、珍しくノーマルスーツ姿ではなく尉官の軍服を着ているこの男に、その理由を尋ねると「……蒸れたんだよ。そう何着も持ってるわけじゃない」と成程、納得の返答であった。

 

「中佐、先日はボクが支援する筈が、守って頂き、その」

 

 視線を床に落とし俯いたままの、少年の頭に空いている手を置き、乱暴に撫でてやる。

 なすがままのリオ・スタンウェイ曹長が驚き、騒いでもメルティエは動きを止めてやらない。

 リオは落ち込んでいるのか、それとも悔しいのか。少年の湿り気を帯びた青い瞳が、怯みながらも上へ向かう。

 其処に在る灰色の双眸は、地球に降下する以前に見た獅子の眼は、あの頃と何ら変わらず少年を映していた。

 

「大丈夫だよ、リオ。メルティエはちゃんと頑張った人に叱責はしないって」

 

 リオの肩に手をやり、続いてメルティエの顔を覗き込むキキ・ロジータが明るい声を上げた。

 赤毛の少女に目をやると、その瞳は僅かに潤んでいた。彼女にも心配を掛けさせたのだと解し、一言詫びると「ん、いいって。ちゃんと帰って来てくれたし」と頬を夕陽のように染めてニコリと微笑んでくれる。

 その暖かな想いに、視線を交差させた男は動きを止めてしまう。

 

「突撃機動軍特務遊撃大隊ネメア配属となりました、トップ少尉です。

 地球に降下してまだ日も浅く、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

 咳払いをしてから挨拶した新任尉官に、メルティエは視線を送る。

 挨拶を交わしながら二、三の質問をし何か合点がいったのか、中佐は頷いて見せる。黒髪黒瞳の女性は訝しげにその様子を捉え、赤毛の少女が恨めしそうにしているのに気付き、内心で慌てた。

 

「同じくネメア配属となりました、デル軍曹です。

 微力ながら部隊を支える一員として尽力しますので、よろしくお願いします」

 

 壮年の軍曹に歓迎の意を示し、メルティエ以外の人間が軍曹に視線を集める。

 共に地球へ降下して来たトップもそうなのか、一様に驚き「お前、しゃべれたのか」と顔に書いてある。彼らの思考を察したメルティエは思わず吹き出し、アンリエッタに横腹を突かれて反省を促され、腹筋に力を入れて自制する。

 

 中佐復帰を聞いて食堂へゾロゾロと集まり出した隊員達に手を振り、言葉を交わすメルティエに甘い吐息が掛かったのは丁度人波が穏やかになって来た頃合いだった。

 

「快気祝いに立食パーティでもしたいところだけど、問題事が多く積み重なってるよ。

 ニュースもそれなりにあるけど、どれから聞きたい?」

 

「一番上と、三番目、七番目からで良い」

 

 灰色の男に言われ、目を瞬かせた蜂蜜色の女は「何か根拠はあるの?」と聞く。

 相手は「厄介なのと、面倒なのと、俺が聞きたいのがその順番にあるだろうな」と答えた。

 

「んん~? まぁ、いいかな。

 まず一番目、北米と南米を繋ぐ要所パナマ基地攻略のためネメア投入が決まったみたい。

 ガルマ准将がキシリア少将に要請を出して、正式に指令が届いたって」

 

「よくキシリア閣下が応えたな。いつからかは記憶にないが、一時期両者に緊張状態が走ったと耳にした事があるんだが。解消されたんだろうか」

 

「それは僕に聞いても分からないよ。気になるなら頑張って情報を入手して欲しいな?

 三番目はメルのモビルスーツ、また不具合起こして現在調査中だって。ロイド大尉とメイちゃんがこの場に居ないのはそのせいだね。

 メルのモビルスーツから戦闘データ抽出にユウキと、エダが立ち会ってるみたい」

 

「おいおい、俺はモビルスーツのパイロットだぞ。乗るものが無ければ何もできんじゃないか」

 

「これを期に艦隊指揮を執るのも手だよ。本当は出来るでしょ?」

 

 渋面を張り付けたメルティエに、サラリと突き付けるアンリエッタ。

 初耳な人間が多く「蒼い獅子の艦隊戦か……何か無理矢理砲撃戦で敵の頭抑えてきそうだな」と素直な感想を言い、他も似たようなものなのか頷く者がチラホラとあった。

 

「あー……アンリ、お前あとで覚えておけよ。

 それで、七番目は?」

 

「あはは、優しくしてね?

 七番目はメルが倒した連邦のモビルスーツ、それの解析が一応済んだみたいでさ」

 

「一応?」

 

「うん。機体に使われた材質、システムも今のジオンじゃ再現できないものらしくて、梱包が済んだら宇宙に送るらしいよ。月のグラナダか、モビルスーツ製造会社に研究資料として。

 機体に補助動力を差し込んで動かそうとしても、何故かシステムが起動しないんだってさ。機体を立ち上げる事も出来ないから、流石のロイド大尉も白旗上げたみたいだよ」

 

「そう、か。アレはもう動かないか」

 

 何処かほっと安堵したメルティエを、アンリエッタ達は不思議そうに見つめた。

 起動しないなら、まず一機目の撃破は完遂できたと。

 稲妻との約定を果たす為に、クルストと残りの機体を破壊しなければと。

 人知れず、獅子は弱った体躯に喝を入れた。

 

「おとーさん」

 

 メルティエから離れて様子を窺っていたロザミアは。

 

「どうして、()()()()()()()()女の人が居るの?」

 

 蒼い髪の少女は、獅子を連想させる男を覆う、蒼い意思を捉えていた。

 それは本来彼が発する生命に溢れたものではなく、暗く粘りがあるもので。

 

 ―――――。

 

 何処かで、声が聴こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます。
上代です。ご機嫌如何。

某ガンダムゲームでもBD2号機と3号機が遂に来ました。
そして本作品でも、開発に着手されてそうな描写が。

ところでウチの蒼い人、乗機ないんだけど。
彼の変態機動はもう見納めなのか……!?


次話に続くノシ

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