ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第05話:部隊設立

 メルティエ・イクス少佐は目の前の書類の山を切り崩すことに必死であった。

 能力を認めたキシリア・ザビ少将の麾下突撃機動軍に属する第168特務攻撃中隊、その手続きだ。

 事務方が幾らか処理しているとはいえ、メルティエが行うべき事は幾多に分かれ手が回り切らない。

 部隊を設けるという事は思うほど簡単ではない、と身を以て体験している最中だ。

 部隊新設の事務処理が終わっているとはいえ、実際に動く人間の確保、確認は当然の事ながら、実動員の手に委ねられる。

 

 まず確認すべきは保有する戦力。

 第168特務攻撃中隊はモビルスーツ運用を前提にした部隊なので、中核となるモビルスーツ戦力が無ければ立ち行かない。

 次には戦闘区域や偵察に使用する哨戒機の確保と必要な資材。旗艦となる艦船の使用申請と受理後は使用する艦船の状況確認。日用品やらの雑多をまとめた補給物資の申請と受け取り等だ。

 他にも特殊部隊等では使用する機材等で別途手続きが入る。

 今回はキシリアが専属の秘書官を通して手配してくれたので、大いに助かっている。

 

 この話を聞いて、メルティエは手間が減ったと喜び、他の人物は何か有ると訝しんだ。

 メルティエはモビルスーツ工廠で部隊分の機体を受領後、暫定的に旗艦となったムサイ級軽巡洋艦に入るとミーティングルームを執務室代わりとして占拠。

 現在は長テーブルをアンリエッタ・ジーベル中尉とエスメラルダ・カークス中尉、副官に任命されたサイ・ツヴェルク大尉と囲み、山積みの書類と戦争の最中である。

 

「物資搬入に遅れがみられます。出航時間を修正しておきます」

 

「ああ、頼む。こっちの確認は終えた。次はどの問題だ?」

 

「はっ。次の問題は」

 

 副官に登用された、サイ・ツヴェルク。実に有能である。

 金髪碧眼、甘いマスクに冷静沈着な言動は隙がない。淀み無く動き、個人の事務処理能力も高く、他三人の書類審査までする余裕を持つ。更には注釈や修正を入れ、余程の粗忽者でない限り内容が理解できる。

 

 正に世の出来る男代表。

 

 ――原隊から返せと言われても絶対に離さない。絶対に、だ。

 

 メルティエは固く誓った。

 

 そんな阿呆な事を隊長が考えているとは知らず、三人は事務仕事をせっせと励む。

 

 第168特務攻撃中隊。

 部隊人数百十名。保有戦力モビルスーツ五機、宇宙戦闘機三機。軽巡一隻。

 部隊名通りに中隊規模として突撃機動軍に申請、登録済みである。

 他部隊員は現在ムサイに補給物資の積み込み、受け取りに各所を回ってくれている。

 格納庫はロイド・コルト中尉が指揮。モビルスーツの格納と固定、宇宙戦闘機の各部チェック等を行う。彼の下に新人パイロットを当て、搬入作業に従事させてもいた。

 

 物を積み込むだけ、とは言えこれが中々に難しい。力加減を謝れば物資破壊が発生するのだ。

 機体を丁寧に、素早く動かすことが出来るかのテストになり、雑事も片付いて一石二鳥である。

 

「走り回っている皆には配属早々申し訳ない気がするな」

 

 彼が新しく接する部隊員への態度を決めかねていると、

 

「好印象を与えようと皆動いている。評価するのは結構だけど、甘い考えは自重」

 

 エスメラルダが即座に釘を刺す。

 

「む。そうだな、舐められたら後々面倒だし。助言感謝する」

 

「別に」

 

 時折会話を交わしながら山積みの書類を一つ一つ処理。各自持ち込んだモバイルで書類内容を照らし合わせている。

 軍部のデータベースにアクセスし、書類に不審な点はないか確認するのだ。

 開戦から共に死線を潜り信用、信頼できるアンリエッタ、エスメラルダはともかく。

 会って早々のサイ・ツヴェルクを引っ張り込みこの作業に充てる。

 普通の指揮官であれば正気を疑いかねない暴挙である。

 戦時下であれば、如何なる人物でも猜疑心で接し排せねばならない。

 どこに間諜の類が紛れているか判らないからだ。

 だからこそ、部隊長となる者は士官学校、もしくは初期の部隊で苦楽を共にした人間を引き抜く。それができない場合は一人で全てを抱え込むか、小さな雑事から任せ信用できると決断できるまでの距離感を置いたまま接することになる。

 信頼の基準が何処にあるかは、その個人個人で分かれるから明確な線引きなぞはない。

 アンリエッタとエスメラルダは士官学校以来の縁で、為人(ひととなり)をある程度は知り。パイロットとしても絶対の信頼を置いている。

 

 だが、サイ・ツヴェルク大尉にはそれがない。

 部隊設立時は間諜が入り込む絶好のチャンスだ。もしもサイが間諜だった場合、都合が良い様に処理されてしまうケースがある。

 

 例えば、裏で手を引き連邦軍を引き入れる、情報を引き渡す類から大規模作戦をリークして阻止部隊を編成する契機を作る等だ。

 

 無論、サイはその手合いでは無かったが自分の扱いに戸惑った事は確かである。

 入隊のタイミングや、ふとした事で嫌疑を掛けられる等はザラである。

 それでなくても、此処は陰謀渦巻くズムシティ。

 ザビ家のお膝元なのだから。

 

(無辜の信頼、というものか)

 

 普段の彼ならば笑止、と切り捨てるであろう。

 もしくは甘すぎる、とも。

 

(だが、悪くはない)

 

 今しばらく、彼という人間を視てみようとサイは書類を処理しながら考えた。

 人物を知ってからでも、遅くはないのだから。

 有能過ぎる故にかつての上官から妬まれた男。

 サイ・ツヴェルク大尉は面に出ないようメルティエ・イクス少佐の言動を注視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンリエッタは落胆を隠せずに居た。

 もちろん、目前の書類を片付ける事を忘れてはいない。

 現にメルティエよりも作業ペースは早い。

 彼女が思う所があるのは、ただ一つ。

 

(部隊副官、僕じゃなかった)

 

 部隊設立式を簡易に行った時の事だ。

 部隊長任命をキシリア・ザビから受けたメルティエ。次は副官。女房役とも言うべき役である。自分が呼ばれるかもしれない。次点でエスメラルダだろう。

 副官には有能な人物を、と考えるのが普通であろうと思われるが。その時々で異なる。

 部隊長と副官は信頼関係が無ければ立ち行かない。

 上層部から充てがわられる事もあるが、今回はキシリアとメルティエが協議しての人事と聞いている。多少は彼の手も入っていると思いたい。

 でなければ遣る瀬無い。

 人事の結果は副官にはサイ。モビルスーツ隊副隊長はアンリエッタである。

 ただし、エスメラルダは隊長補佐となっている。

 

(信用、ないのかな)

 

 士官学校以前から日頃メルティエと行動を共にする事が多かった。意識してやった事もあればそうでない時もある。

 確かに、強引な手を使って彼の此処まで至る道筋を作ったのは自分だ。軍人となって能力を発揮すれば、一般人に紛れての事故死も防げると思っていた。

 現在は専門の諜報組織とやらが存在し、どうあっても出し抜けない事に一人絶望したが子供の頃の自分にそこまで理解が及んでいるわけがない。

 お互い軍属となり、彼に過去の出来事をその都度恨みがましい顔でちくちくと言われたが、偶に感情の赴くままに反撃するも、本心を明かしたい気持ちを押し殺して接してきたのだ。

 

 学生の時分に攫われそうになった少女を、身を挺して救った少年。

 誘拐犯はジーベル家と対立した名家の一つ。

 ジーベル家を取り潰す以外にもそこの当主は好色で有名。捕まれば酷い目に遭っていたと思う。

 拳銃で腕と脚を撃たれながらも耐え、用心棒を生業としていた時期のラルが救援に間に合うまで時間を稼いだ彼女の英雄(ヒーロー)

 それから続く、彼との付き合い。

 副官に任命されると思っていた。期待していたのだ。

 信頼されていると思っていたばかりに、今回の結末に彼女は気落ちしていた。

 

 そんな彼女を見つめるのは、件の男である。

 アンリエッタは真面目だが、会話に相槌のみで全く関わらないのは珍しい。

 何かあったのか、と考えたが確証もなく問うのは下策。

 それが通れば一番楽ではあるが、普段協調性のある彼女が塞ぎ込んでいるのは並大抵の問題ではあるまい。疲れが溜まっているのかもしれぬ。

 時間も都合が良い、休憩を挟むべき。

 決して、メルティエ自身が書類の大地から逃げたかったわけでではない。

 

 そう、ほんの少しだけだ。

 

「一息入れようか」

 

「了解です」

 

「そうね」

 

 メルティエが書類を全て撃破して、ぐっと腕を伸ばす。メキメキ言う関節が少し可笑しかった。

 サイは感情に起伏なく、エスメラルダも書類をファイリングしながら応じた。

 

「……アンリ?」

 

「え、あ、ごめん」

 

「いや、集中していたのだろう。気にするな。一緒に休憩を入れよう」

 

 メルティエはやはりいつもと違う彼女に、しばし訝しげに見ていたが表情を緩めた。

 

「皆は何を飲む?」

 

「私はコーヒーですね」

 

「紅茶」

 

「バラバラだな……俺はどうしようかな。アンリも紅茶派だったな。待っていろ」

 

 彼らは設置されたドリンクバーに向かう。メルティエは一拍遅れて席を立ち、

 

「ん」

 

 蜂蜜色の頭に手を軽く乗せ、幾度か少し強めに撫でた。

 アンリエッタが視線を上げるも、既に男は背を向けていた。

 三人は傍から見ているとドリンクバーに集う学生のようだった。軍服でなく普段着であれば錯覚しそうだ。

 各自が好みの品目を選び、カップに注がれる音を聞きながら。

 この程度で嬉しくなる自分は随分安上がりな女だ、と胸中で溜息を一つ。

 

(――――えへへ)

 

 それでも彼の手があった場所に、自分の手を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生涯初の難敵を、強力な援護射撃の甲斐もあって打倒したメルティエは自室で休憩していた。

 疲労が睡魔を呼び出し、意識を手放すその瞬間を狙ったかの様に、着信を伝える電子音が鳴る。

 名実共に直属の上司となったキシリアからの突然のホットライン。

 すわ何事か、と眠気を手早く引き摺り倒し、顔色を変えて会話に臨んだ。

 

「閣下。それは誠ですか?」

 

 内容をまとめると「急遽決まった部隊同士の演習に参加せよ」との事。

 

 こちらはまだ新設してから日が浅く、全体訓練すら実施できていない。

 予定日を聞くに、一度できるか出来ないか、難しい所だった。

 

『既に総帥から認可を得ている。宇宙攻撃軍にも話は伝わっていよう、中止は有り得ぬ。

 大尉、安心せよ。貴様に必ず打倒せよ、とは言わぬ』

 

 ひと呼吸分の間を取り、通信機越しの青い瞳が冷たく光る。

 

『が、私に恥を掻かせるな、とだけは告げておく』

 

「はっ。重々承知致しました」

 

『うむ。吉報を期待する』

 

 返事を聞いた後に通信は切れた。

 

 ――試金石という事か。

 

 最悪、功績を残さなかった場合は即座に部隊解散の可能性がある。

 彼女は無用な無能者は嫌い、と明言している。

 時期が悪かった、等とは口が裂けても言えない。

 部下を激励、単なる発破を残されただけなのだが、こういった関係に疎い男は退路がないと勝手に思い込んだ。彼にとってキシリアの青い瞳は畏怖そのものだった。

 

 それに十分な戦力を充ててもらっている。主力モビルスーツを五機、うち一機は専用機だ。

 その専用機はメルティエ自身のものであるし、ロイド・コルト技術大尉の手も入っている。

 勝てないにしても、惨敗では立つ瀬がない。

 

 しかも、負ければ今後の部隊士気に影響が出る。

 部隊長であるメルティエの信頼にも関わってくると見て良い。

 

(ここで躓くわけには行かない。自分だけならまだしも、今後の部下達の将来が確定してしまう)

 

 懸命に働く部下に、昇進や褒賞で報いる事が出来ない事が如何に口惜しいか。

 ラルと、それを諌めるハモンの背中を見て感じた事だ。

 こうした彼の周囲を取り巻く背景が、受勲式以降失われた闘争心に火を灯した。

 

(手を尽くし、後は全力を尽くすのみ) 

 

 最低限の功績を確保するか、博打でも勝利を得るかのどちらかだ。

 敗北は許されない。彼自身も許さない。

 恐らくはドズル中将と交わした何らかのやり取りで出現した話だろう。詮無きことだ。

 ベッドのサイドテーブルにある通信回線を開き、サイ・ツヴェルクを呼び出した。

 

『少佐。如何なさいました』

 

「緊急で悪いが、今動ける部隊員を呼び出してくれ。ブリーフィングを始める」

 

『了解です。細かい話は後ほど』

 

「すまん、助かる」

 

 演習場所の、戦場を確認しなくては作戦も何もない。

 キシリアより送られた情報を頼りに、骨子を組み立てていく。

 勝ちよりも敗けない戦いをしよう、メルティエは手元のモビルスーツのカタログに目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドズル閣下も、人使いが荒いとみえる」

 

 白色に角飾りの付いたヘルメットに特注であろう真っ赤な軍服。

 顔半分がマスクで隠れているため、全容は知れないが均整のとれた顔。やはり刺繍入りのマントは彼の動きに合わせて踊る。

 

 担当宙域のパトロール後、機体をモビルスーツハンガーに固定している最中の通信回線だ。

 降って湧いた任務を一方的に告げて切る威圧感のある中将の声と、急に動きを停めたモビルスーツを不審がった整備兵からの問い合わせは厄介極まりない。

 

 恐縮する整備兵に軽く手を振り、ブリッジに移動した彼は副官の大柄な男に声を掛けた。

 

「ドレン、状況はどうか」

 

「はっ。ファルメルに問題ありません。何時でも出航可能です」

 

 ドレンは十歳ほど年下の上官に慇懃に答えた。

 

「に、と言うのが気になるな。どうした」

 

「報告ではモビルスーツの配備数に難有りと。現状少佐のザクを含め四機です」

 

 整った顎に指をやり、少佐と呼ばれた彼は副官に告げた。

 

「互いの部隊同士を演習という形で競わせ、自らの権威の優劣を決めようとしているのだ。

 まさか出し惜しみはせんだろう。再度ザクの補給を打診しろ」

 

「はっ。しかし、少佐の相手は災難ですな」

 

 ドレンは演習相手に同情した。

 聞けば部隊新設直後だという。士気を高くして任務に臨みたいであろうに。

 彼の目の前に立つ少佐はルウム戦役で活躍し名声を得ている。モビルスーツのエースパイロットであると共に戦術、戦略に秀でた指揮官でもあった。

 

「同軍とはいえ、情けは禍を招く。油断するな」

 

 敬礼するドズルから視線を外し、彼は黙考した。

 

(青い巨星が認める相手。蒼い獅子といったか)

 

 他のエースが認めたパイロットを相手に演習とは言え、モビルスーツ同士でぶつかる。

 

「ルウムでは見なかったが。どう出る」

 

 赤い彗星、シャア・アズナブルは笑みを深めた。

 その笑みは自信に裏打ちされており、負ける要素が見つからないと語っていた。

 彼は演習相手の部隊長が異名持ちと聞いていたが、ルウム戦役で名が通るわけでもなく、受勲式にも姿を現していない人物の事なぞ眼中に無かった。

 鳴り物入りは、権力や金で名や地位を買うのだと知っていた為だ。

 実績の無い権力者の子弟。シャアはそう思った。

 

 腑に落ちないのは、あのランバ・ラルが認めたという話だけだ。

 彼の人となりは知っている積もりであったし、権力に媚びるようは人物ではなかった筈だ。

 予備役を強要される中で、遂に折れてしまったのかと悔やんだ。

 

 酷く面子を潰せば、後々五月蠅いだろう。

 出来るだけ、彼ら権力者特有の無駄な自尊心を派手に壊さないよう気を付けるか、と。

 しかし、実戦を模した演習は、訓練と云えども事故はあるのだ。

 

 そう、()()は。

 縁浅からぬラルを歪めた相手かもしれぬ、手は抜く事は決して無い。

 ドレンを始め、ブリッジクルーに真意を悟らせる事無く、彼は決めた。

 

 赤い彗星の名を挙げる、踏み台にしてくれよう、と。

 そして、対峙する男の名を確認しなかったのは、シャアにしては珍しい事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は短め。
うんうん唸っても出てこないんだ。すまない。
先生、シャアさんが使い難いです。
ドズル麾下だと他にはマツナガさんしか頭に浮かばない。
ガトーさん? 彼、死に物狂いで突撃してきそうで怖い。

ところで、オリキャラがえらく出る事になるんだが。どうしよう(´д`)

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