ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第56話:エンカウンター(中編)

 湿気を吸った金色の前髪から滴が零れ、しっとりとした唇を濡らす。

 ノーマルスーツのヘルメットを脱ぎ、ブロンドの髪を掻き上げたい衝動に駆られるが、モビルスーツの操作を学ぶ時に安全上脱がないよう、厳しく言われているのを思い出した。ついで戦闘時に発生する閃光で目を焼く事もあるから、バイザーを開閉する事も厳禁と指導されていたことも。

 首元を濡らす汗を拭いたい衝動と戦い、辛くも勝利したセイラ・マスはコックピットの閉塞感とノーマルスーツの窮屈さに内心辟易しながら、しかし鉄の如き心持で表情を消すと今やるべき事へ改めて意識を集中する。

 

(身を隠す所が無い。……いえ、あるにはある。けれど、アレは盾にできない)

 

 モビルスーツがカメラから入手した地形情報が、逐次ヘッドアップディスプレイ上へ更新され、OSが地形情報をコンピュータにフィードバックする。

 そうしてシステムに異常が無い事を知ると操縦桿、フットペダルをゆっくり動かしモビルスーツの可動具合を確認しながら、セイラは建築物の群れを視界に入れた。

 外部情報が映し出されるディスプレイには、土埃が舞う荒涼の地に小さな街並みが在る。

 尤も、歴史ある建造物も無く風情も無いもので、大凡街の情景とは呼べる絵は無い。

 其処はただ単に人口数だけで「街」と呼んでいるような所であった。

 在るのは真新しい仮設住宅、修繕後が目に付く家屋、所々アスファルトが剥がれ窪んだ道路。

 「街」ならば必ずある人々の活気や息遣いが感じられず、物音はセイラが搭乗するモビルスーツの駆動音だけではないかと錯覚するほど、耳に当たらない。

 纏う雰囲気は、さながらゴーストタウンと言える。

 

(イヤな感じがする)

 

 しかしながら、人の存在は感じられた。

 それは家の窓や建物の物陰から飛ばされる、忌避するヒトの視線だ。

 別段忌み嫌う類の眼に敏感な訳ではない。好奇や好色に染まったものなら日常茶飯事ではある。が、嫌悪一色のものは向けられて久しいもの。

 どうして人の視線だと理解できるのか、常の彼女であれば不思議に思っただろう。

 けれど、今此処に居るセイラ・マスは「何者かに見られている」という意識が先行して、思考が其処へ留まる事は無かった。

 

(ジオン公国の侵攻から救う地球連邦軍の筈が、酷い嫌われよう。

 まるで山賊、野盗を見るように……そう、今の私達は彼らにとってはそういうものなのね)

 

 占領された連邦市民を救い侵攻軍から解放する立場であるのに、この地に住まう人々からは歓迎されるどころか「知らない」態度を取られる。

 それ以上の反応は存在せず友好も敵視も無く、ただ無視するだけ。

 しかも屋外に人は出さず、生活音すら消す徹底ぶりである。

 とはいえ、彼らの気持ちもわからないではない。

 戦場で散ったのは将兵ではあるが、戦火に晒されたのは彼ら一般市民だ。

 連邦市民と一括りで枠に放り込んではいるが多種多様な人々が存在するし思想の違い、考え方はそれこそ千差万別である。

 となれば戦争という行為を忌避し、何事があろうと無視を決め込む人も当然あるべきなのだ。

 それは我が身可愛さだったり、家族を守るための防衛であったり、生きることに疲れた人の逃避であるかもしれない。

 

(惰弱――――いえ、人は強くない。彼らを誹る事は傲慢に過ぎる。

 生き死にを安易に決める人間がきっと、異常なのね。現実は作り話(フィクション)ではないのだから)

 

 負担が掛かる緊張と疲労から発汗していたセイラは、横になるかシートに背を預けたかった。

 その欲求に従わないのは、何故だろう。

 彼女の生い立ちのせいか、育まれた教育の賜物か、それら全てにより形成された彼女の性質か。

 或いは、何か他の理由からか。

 体調不良の真っ只中に放り出されているセイラは、不可思議な状態を継続したまま操縦者と対極の位置にあるモビルスーツの手綱を握る。

 

『セイラさん、大丈夫ですか?』

 

 離れた場所に隠れている「ホワイトベース」から発信された、フラウ・ボウの心配そうな声がコックピット内に伝わる。

 レーダー索敵、管制担当で手一杯の正規通信兵の補助として、民間人のフラウが通信士の真似事をしているのだ。

 あの「ホワイトベース」に収容されてから生活班のお手伝いをしていた筈の彼女が、とある少年を案ずるが余り軍機に関わっているのは内緒の話だった。

 しかし彼女自ら選んだ道とはいえ、考えなしに過ぎるのではないかとセイラは思ったが、部外者に過ぎない自分が何を言っても響かないだろうと、見守る程度にしていた。

 きっと、純朴な彼女な根っからのお人好しなのだろう。

 其処が彼女の魅力であり、また危うさを感じさせる。

 ちゃんと、この少女(フラウ・ボウ)の想いがあの少年(アムロ・レイ)に伝われば良いのにと、思わずにはいられなかった。

 

『セイラさん? 大丈夫ですよね? ……セイラさん? セイラさん!?』

 

 不安げな声が通信機から漏れ出てくるようになり、セイラは力が入っていた柳眉を緩めた。

 今はモビルスーツに搭乗しているが、セイラはサブ・オペレーターを務めた事もある。

 先任者から見ると、感情混じりの声は相手を苛つかせたりするもので、ともなればフラウの仕事ぶりは目に余るものだが、相手を慮って必死になるフラウが可愛く思えた。

 

「感度良好よ、フラウ。返事が遅れてごめんなさい」

 

 謝意を含んだ返事を送ると、通信機の奥から男の声が走った。

 恐らく、ブライト・ノア艦長が急かしているのだろう。

 

『い、いえ! 大丈夫ならいいんです! えっと……わっ、ブライト艦長が前に出てくれって、言ってます?』

 

 予想通りだったので、セイラは「そう」と答えておいた。

 精神的余裕の無さを露呈するのは、上に立つ人間としては減点だと思うセイラである。

 先程とは違う意味合いで眉根に力が入るが、息を吐いて余分なものを抜くと、覚悟を決めた。

 

 彼女はちょっとした偶然からモビルスーツを操縦する事になり、この状況がセイラ・マスを説明していると言っていい。

 セイラは現在のホワイトベース・クルーと同じく徴用された軍属の民間人であり、暫定的軍人という中途半端な位置にあった。問題は待遇に対して拒否権が用意されていなかったことにある。

 その理由として、彼女がモビルスーツの操縦適性をクリアしていた事が大きく占めていた。

 ジオン軍がサイド7を襲撃した時に混乱に陥ったコロニーの住民に押し流され、けれど離ればなれになったアムロとフラウを放っては置けず、二人を探している時に搬送レールから逸走した貨物車を発見したのだ。その時、軍事関係のものは厄介だと近寄らなければ良かったのだが、呻き声を耳にしたのがいけなかった。

 搬送中に攻撃に遭い負傷したテム・レイ技術大尉が、軽くない怪我を押してモビルスーツを動かそうとしていたので、見て居られず手順を聞きながら動かしてしまったのが、更にいけなかった。

 モビルスーツ自体に問題はなかったとはいえ、初期状態のOSで難なく移動行動してのけた事態が、セイラの運命を狂わせたと言っていい。

 テムも最上位の軍規扱いである連邦軍試作モビルスーツを民間人に触らせた事で問題はあったが、敵軍による施設襲撃という非常事態、その緊急措置だったということで三日間の営倉入り程度で済んだ。が、巻き込まれたセイラは堪ったものではなかった。

 尤も、テムの息子であるアムロが単独で別のモビルスーツを動かし、敵モビルスーツを撃破した件が重大であった為に殆どの注目が彼に集まり、セイラの罪状は有耶無耶になった。

 その結果、お咎めは無くなったもののモビルスーツを動かした実績は残っており、なし崩し的に連邦軍モビルスーツパイロットとして組み込まれてしまったのだ。

 その彼女にとって救いだったのは、テムの救護にアムロやフラウから感謝されたことだ。

 厄介事が積み重なる中で、テムを救出した自分を迂闊と罵った日もあった。

 

 それでも、人命優先の行動は間違いではなかったと思える。

 色褪せずにある思い出の中、二人の兄がいつかの彼女を見て「アルテイシアは優しいな」と褒めてくれたことがあった。

 あの時は、猫や小鳥といった小さな命だった。

 今は医者になろうと勉学を修め、流血した人間を救えるようになった。

 また、何処かで「家族」に逢える日に、何事か言ってもらえるように。

 

 そして、その願いは案外早く叶うかもしれないのだ。

 宇宙での、銃火飛び交う空間での出来事が、セイラの背を後押しする。

 

「RX-78-1、ガンダム一号機。全機能問題なし(オール・グリーン)。セイラ・マス、前進します」

 

 セイラはまだ違和感の残るモビルスーツの操縦を行いながら、赤い機体を探していた。

 

(きっと、あの人はホワイトベースを追って地球に降りて来ている)

 

 宇宙で赤いザクIIに組み付かれた時に、敵パイロットと言葉を交わした。

 そのパイロットの声は、生き別れの兄と同じものだった。

 別人に成りすまして行方を眩ませていたこの世で最後の肉親。

 セイラにとって、失われた家族の匂いを持った、数少ない人物。

 

(キャスバル兄さん。どうしてジオンの軍人なんてしているの)

 

 実兄キャスバル・レム・ダイクン。マス家の養子となった時にエドワゥと名前を変え、飛行機の爆破事故で故人となった、セイラの家族。セイラの本名はアルテイシア・ソム・ダイクンといい、双方ともジオン公国の国父であるジオン・ズム・ダイクンの実子だ。

 これが世に流れれば一大スクープになろうが、奇異の視線を浴びてまで注目される生き方は好きではない。「ダイクン」を偲ぶ人々には悪いが、セイラ自身は名乗り出る気なぞ無いのだ。

 突然の墜落事故で実兄を失い、義兄が去った後の妹は、人間の喧騒を嫌う傾向にあった。

 世捨て人のような人生を送るのだろうと、そう心の何処かで悟っていたのに。

 完全な不意打ちで、実兄が敵側(ジオン)として出て来るのは、酷い冗談だと思う。

 拘束する赤いザクIIから伝わる言葉が降伏勧告であっても、それに反応したセイラが声を出すと相手も驚いたようで、捕獲する気であったくせに離れ、距離を開けたのだ。

 

(確かに、あの人は言った。アルテイシアか、と)

 

 だからきっと、あの『赤い彗星』シャア・アズナブルは、キャスバル・レム・ダイクンなのだ。

 自分がそうであるように、兄は妹の存在に動揺して撤退したのだ。

 ならばやはり、兄は生きていたのだ。

 どうやってシャア・アズナブルとなり、ジオンの『赤い彗星』と畏怖される人間になったのか。今まで離ればなれであっただけに聞きたい事、知りたい事は幾らでもある。

 

(あとは、メルティエ兄さんと連絡が取れたら……)

 

 モビルスーツが乾いた大地を踏み締める感覚をコックピットを震わす揺れで覚えながら、セイラは今頃産業メーカーの技術者となっているであろう義兄を想い、かつては失ったと思い込んでいた家族を取り戻せると、明るい未来があると希望に胸を膨らませいていた。

 

 ――――そう、()()()()()いたのだ。

 

 セイラの「あの人は暴力を振るえるような人間ではない」という想いから、義兄と慕う男と同じ名前のモビルスーツパイロットが存在する事を情報媒体から知っていたが、同一人物である可能性を無意識に拒み続けて来たから。

 以前と違い、その人物が記憶にある容貌と異なっていた事もある。当時の黒髪が灰色のものへと変わり、穏やかであった同色の瞳が鋭利な刃物のように尖っていたとなれば、同姓同名であっても別人、と認識したのは仕方がない事かもしれない。

 

 前に歩を進め、丘の陰に身を隠していると随伴機のRX-77-2、ガンキャノンが二機合流する。

 こうなればホワイトベース先遣隊として、威力偵察を開始しなくてならない。

 後続のアムロ達が出撃する事無く終われば良いと思い、またそうはならないだろうという予感がセイラにある。厭な出来事が起こる前触れとでもいうのか、背筋をゾワッとした怖気が鋭く走る。

 無意識に、胸元に忍ばせたロケットの上へと手を置いた。

 

『せ、セイラさん! 接近する敵影有り! え、えっとこれは』

 

 慣れないフラウがまごついていると、焦ったブライトの声がノイズ交じりに飛び込んで来た。

 

『先遣隊は現地点を防衛ラインとし、七時方向から接近する敵攻撃部隊を食い止めるんだ! 

 修理が完了次第、アムロとガンダムを出す! ホワイトベース警備任務のリュウ達はガンタンクで火力支援を開始しろ! 良いかリュウ、七時方向だぞ!?』

 

『艦長、接敵まであと僅か!』

 

 開きっぱなしのインターホンを通じて、マーカー・クランの悲鳴混じりの報告を耳にした。

 

『敵攻撃部隊の映像、出ます!』

 

『――――敵は、シャアじゃない……? だが、通常のザクではないな。ジオンの新型か?

 いや、アレは……!?』

 

 大気圏突破から一両日が経過し、初となる重力圏内戦闘の緊張がホワイトベース隊に走る。

 

『へっ、結局はなるようになるしかないじゃない、いやだねぇ』

 

「カイ、口を慎みなさい」

 

 随伴機のガンキャノンからカイ・シデンの自棄にも似た気勢が届き、セイラは窘めた。

 

『各員、機体の一部を蒼く染めたモビルスーツは相手にするな、全身を蒼一色のモビルスーツ一機を狙え、アレが隊長機だ。敵が気付く前に先手必勝、火力を集中して叩く!

 『赤い彗星』のシャアだって抜いた俺達ならやれる、今回も切り抜けるぞ。

 各員、敵部隊先頭にいる『蒼い獅子』を撃破しろ!』

 

 送信された敵地映像がディスプレイ上に展開し、全身蒼一色のモビルスーツが映る。その後背を一部同色にしたモビルスーツが護衛していた。

 踏み締めた大地から乾いた砂が舞い、晴天の陽射しに焼かれた装甲表面が陽炎を生む。

 右肩に「盾を背に咆哮する獅子」が描かれた、今まで見て来たザクIIとは違う新型の姿。

 

「……あれが、敵……」

 

 自分達とは違い驚くほど上体のブレがない静かな歩行、生物のような自然な足運びが『蒼い獅子』との間にあるパイロット技量の差を見せ付けられるようだ。

 しかし、此処を突破はさせない、とガンスコープを引き降ろし覗き込む。

  

(兄さん達と会うまで、私は銃を捨てないと決めた)

 

 艦船すら貫通させるビーム・ライフルにエネルギーを送り込み、リュウ・ホセイ曹長ら後方からの火力支援、その第一射を待った。

 後方からの火力支援による砲撃音に紛れ、狙撃する積もりなのだ。

 

(それを阻むなら、誰であろうと斃してみせる)

 

 アムロが搭乗するガンダム二号機のトリコロールカラーと違い、セイラの一号機は黒を基調としていた。試作機の意味合いが強い一号機は目立たない色を採用したのに対し、二号機は喧伝目的があった為に派手な塗装となっているからだ。

 黒いガンダムは両手でビーム・ライフルを構え、収束する光が発射の機を待つ。

 

 一呼吸置いた後に短い電子音が、セイラにエネルギーチャージ完了を告げる。

 

(このビーム・ライフルなら――――!)

 

 黒いモビルスーツ(アルテイシア・ダイクン)が、蒼いモビルスーツ(メルティエ・イクス)コックピット(心臓)に、狙いを絞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――掛かった』

 

 決して遠くない場所で、砲撃の着弾音の塊が鳴る。

 『蒼い獅子』は隊の先頭に出る、突出傾向の評判を利用した誘引はどうやら成功のようだ。

 シーマ・ガラハウ中佐は耳朶を打つ男の声に従い、情報を受信したヘッドアップディスプレイの更新結果を一瞥すると、気味悪げに口元を歪める。

 敵は部隊長機を仕留め、指揮系統の破壊と士気崩壊を狙ったのだろう。

 それは間違いではないのだが、大隊規模の部隊になると各隊に指揮官が当然存在する。それでも部隊長を喪えば一時的に混乱は起こるだろうが、特務遊撃大隊(ネメア)は作戦内容によっては隊の独自行動を認め、指揮官の裁量に委ねる所があった。

 カリマンタン攻略戦時に執ったガラハウ隊の別行動もその一環である。

 今回はそれほどの強権はないが、シーマは別働隊としてメルティエと同等の指揮権を得て行動していた。

 手早くMS-06G、陸戦高機動型ザクIIの方向を修正すると、ディスプレイ上に提示された位置へ推進剤を撒き散らして飛び、シーマ機が動くと一拍遅れて同型機が二機追従する。

 眼下に荒野が広がる真昼間の陽射しを背に滑空すると突如視界に入ったのは轍跡だ。それが続く先にクレーターがあり、其処からは硝煙を延ばす砲身が突き出ているのを発見する。

 このあからさまな標的に対し、腰撓めに構えたZMP-50D、一二〇ミリマシンガンを向けた。

 

「喰らいつけ!」

 

 小隊長機の号令に合わせ、三機から成る銃弾の雨を悉く受け、タンクモドキ――RX-75、ガンタンクは装甲板を穿たれ、重なる振動で機体が痙攣するように小刻みに動く。

 射撃を継続しながら着地し、脚を張らせる事で反動を地面に逃がせるようになり、集弾率を更に上げた横殴りの鉛の雨がガンタンクを強かに打つ。

 如何に一二〇口径の弾丸を防ぐと言えど、一点に集中すれば多装甲層を叩き折り、貫通することが可能だ。優れた耐久性、衝撃分散能力に長けた物質でも繰り返し荷重を掛けられれば弾性限度に届くように、永遠に防ぐ事などはできない。

 しかし、このルナチタニウム合金を突破するには「練度の高い射撃手」と「一点を撃ち続ける」が絶対条件となる故に、小火器で相対するのは避けたいところではあった。

 

「これで漸く一機、か」

 

 そう、まだ一機()()撃破できていない。

 装甲がザクII同様のモビルスーツ、これまで撃墜した艦船なら蜂の巣になっていてもおかしくは無い攻撃だった。

 その攻撃を受け続けて胴体に二箇所の覗き穴、右肩の破壊だけに留まるのは、矢張り出鱈目ではないか。敵はダメージが機関部に入ったのか機能停止したようだが、各機がドラムマガジンを使い切ってこの程度では、割に合わない所の騒ぎではない。

 この手合いが戦場に配備されれば、今後の戦闘展開はクラッカーとの併用攻撃(コンビネーション)、メインウェポンは二八〇ミリバズーカ一択しかない。相手の防御力が髙過ぎるのだ。

 そして、この地点に居た敵機は今撃破したものだけではない。

 突如ザクIIが三機が飛来する事態に呆然としていたようだが、僚機を破壊され漸く正気に戻ったのか残った三機が応戦してくる。が、反応は「遅い」の一言に尽きた。

 荒野とはいえ凹凸が激しい地形であったのも手伝い、予備のドラムマガジンを交換しながら跳躍し、対空火器なのか小型ミサイルによる連続掃射から逃れる。工夫も照準もあったものではない、ただ横薙ぎに放たれる火線に掴まる間抜けは部下に居ない。

 この狙い所か操縦桿のトリガーを引いただけのように思えるこの為体は一体何なのか、シーマは甚だ疑問であった。

 緊急任務の為出撃を命じられ、相手が連邦軍エリート部隊と聞き厳しい戦いになると踏んでいたシーマにとって、敵のまるで新兵のような動きは肩透かしもいい所だ。

 しかし、メルティエ・イクス大佐は何やら確信を抱いてる様子だった。

 恐らく『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐の追撃を受け続け、それでもまだ墜ちない敵部隊という情報が彼を狂わせているのではないかと。メルティエの判断能力を疑わざるを得ない。

 如何に『赤い彗星』がルウムの英雄と謳われようと、中身はただの人間なのだ。もし超人だとしても元は同じなのだから、人間と云う枠から逸脱した存在ではない。

 

(大佐は人間に夢を持ち過ぎだ。……いつ裏切られるかわからないってのに)

 

 メルティエを笑ったシーマだが、しかしそう思うと如何にして『赤い彗星』から逃げ切ることができたのかが次の疑問として浮上する。

 手応えから弱卒兵と評価を下したが、もしや何か隠し玉があるかもしれない。

 今はメルティエの判断を尊重して敵の追い込みに専念する事を決めると、シーマは林の中へ潜み散発的に発砲して攪乱を始めた。

 三機が移動しながら敵の方角へタイミングをバラバラに撃ち込み、相手の恐怖心と混乱を煽る。

 個々人の培った経験に因るが、攻撃側の意図を見抜いたり、障害物を利用して抗戦する、自軍領に退きながら応戦する等選択肢は多岐に渡るものだ。

 実戦で揉まれ都度行動して良かったものを無意識に選択するのが普通であり、戦場の状況次第で臨機応変に行動する人間はベテランと呼ばれ、各戦線からも引く手数多の人材となる。

 そして、そのベテランであるシーマらに追われる敵機は、

 

「こんな所へのこのこと、ピクニックでもしに来たのかい?」

 

 クレーターから必死に這い出ると、キャタピラが撒き上げる粉塵を被り抜いて後退して行く。

 回避運動も忘れたのかほぼ一直線で走る姿を見て、シーマは何とも言えない顔になる。

 一瞬は自軍が行った誘引戦術かと警戒したが、その可能性は低いと考えを捨てた。

 まるでなってない戦術機動が、演技のようには思えないのだ。

 散発的とはいえ命中はさせているし、追い込んでいるのだから嫌でも分かる。

 

(……何なんだ、コイツらは。新兵だとしても”逃げ方”くらいは覚えるもんだろう?)

 

 モビルスーツが生産されて間もない為に、扱うパイロットが育っていないのは理解できる。

 だが、この戦う覚悟すら出来ていないような為体は、一体何なのだ。

 その答えは、案外近くから発せられた。

 

『シーマ様、こいつらド素人ですぜっ』

 

 僚機から入る部下の声に、シーマは眉間に力が入るのを止められない。

 

「だろうね。“誘い”の積もりかとも思ったが、アレは違う」

 

(混乱して逃げ惑う新兵って所か。……エリート部隊ってのは、ハズレのようだね。

 しかし、だとしたら尚更『赤い彗星』を抜いた理由が見えてこない。

 まさか名声が地に堕ちた……いや、ルウムは生易しい戦場じゃない)

 

 敵機が恐らくは友軍と合流するだろうルートを急ぐのを止めず、しかし走る足を囃し立てる手は休めずマシンガンの照準も外しはしない。

 粘るかと思いきや、戦場から逃げる動きは正しく敗走のそれだ。このまま圧力を掛け続けて敵を追い込み、本隊の居場所を教えてもらうのも有効な手ではある。

 

「油断だけはするな。素人同然の兵隊にやられたなんて、笑い話にもならない」

 

 敵は、弱い。

 単純な火力、装甲は敵が上でもそれを活かせるパイロットでないならば恐れるに足らず。

 それでも部下を戒めたのは、戦場では何が起こるか分からないからだ。

 迂回して死角から敵が奇襲して来るなぞ、命の遣り取りの場では定石である。

 今この場所が長距離からの砲撃により、一瞬で焼け野原になる可能性だってあるのだ。

 だからこそ、

 

「――――全機、跳べっ」

 

 コックピット内で鳴る警告音に、シーマ達は素直に反応できた。

 各自別方向へ跳躍しながら、一秒前まで居た空間を赤い光が奔るのを見た。

 

『シーマ様! 奴ら、メガ粒子砲を』

 

「ちっ、厄介だねぇ。アレに当たるとお陀仏だ。撃ってきた方角は分かってるな? ザンジバルに位置情報回せ!」

 

 咄嗟に空中へと跳んだ為に機体が暴れる。

 重力によって地面に引かれ重心が捉えづらくなる最中、しかし墜落することなく機体を制御下に置くと滑空し、両脚に増設されたアポジモーターの推力により攻撃を受けた方角へとマシンガンを向け、威嚇射撃を行いつつ物陰へと滑り込む。

 屈めばモビルスーツ一機分潜む事が可能なクレーターは他にも点在し、僚機はシーマを倣うように身を隠した。

 頭上に走る赤い光線を忌々しく睨み、追撃を断念せざるを得ない状況に歯噛みする。

 

「……敵の弾も無尽蔵じゃない、マガジンなり交換しなきゃならない筈だ。

 攻撃が止んだら機動戦を仕掛けて仕舞いにする。

 お前達、覚悟決めな」

 

『了解です』

 

『へへっ、お供しやす!』

 

 こうしてシーマ達が足止めされている分、他の小隊に火線が集中している可能性がある。

 敵が従来の兵器群を使用しているなら問題は無かろうが、モビルスーツ相手となれば話は別だ。熟練の度合いにも因るが連邦軍は独自のモビルスーツを開発し、ジオン軍が唯一長じていた分野に足を踏み入れたのならば、今後苦戦は必至となるだろう。

 ジオン軍ですら一部のモビルスーツしかないメガ粒子砲搭載機が目の前に居る現状、その想像は俄然現実味を増す。

 

 であるならば、此処で撃破し敵モビルスーツの分析を急がなくては。

 多少の無理を押してでも、今後に繋がる成果を残す。

 シーマ達は先ほどまで胸中にあった侮りと油断を捨て、敵撃破を目標に行動を開始する。

 

「――――かかりなっ!」

 

 光線が途切れると目晦まし代わりにクラッカーを投擲、続く爆発と熱を帯びた煙幕にザクIIを突っ込ませる。機体が置かれた状況に警告音が鳴り響くが、シーマは当然の如く無視した。

 シーマ機と同様にクラッカーを使用した部下達と、受けた一撃が致命傷となる敵機へ肉迫する。可能な限り位置を隠す為にこちらからの攻撃はなしだ。

 先頭を走るシーマはここで敢えて再度クラッカーを投擲し、攪乱を狙う。視界が閉ざされた中での爆音は否が応にも注意を引かれる。

 相手が前後不覚に陥るか、それとも前方に集中し続けるか。

 ある種の賭けだが、何もせずに高速で接近するよりはマシだ。

 推進剤で大気を焦がし進む陸戦高機動型、その最高速度で迫るシーマの耳朶を、

 

『ゥオオオオオオォォォッ!!』

 

 敵軍と混信でもしたのか、部下とは違う野太い声が叩く。

 煙幕の薄い所、其処から半透明の覗くゴーグル型のセンサーユニットから漏れる光、それとは別に揺らめく赤い光は尾を引き、鬼火めいていた。

 ディスプレイ上にその映像が入った次の瞬間、センサーユニット近くから掃射される対空兵器が煙幕を穿ち、間髪置かずに空間を蹂躙する砲弾がシーマ機のすぐ横を通過する。

 

『うっ、其処か!?』

 

 周囲を覆う煙幕を力技で取り払ったタイホウツキ――RX-77-2、ガンキャノンの手に保持された赤い光を収束するライフルが、ほぼ直線で駆けるシーマのザクIIに定まった。

 

「チッ、動きが正直過ぎたか!」

 

 察知したシーマはスラスターの推進を維持したまま、脚部のアポジモーターで急旋回、進入角をズラしてメガ粒子の一撃を回避する。その光線は表面を掠る程度だったが、耐熱限度を超えたのか右肩のスパイクアーマーの一部が歪む。

 敵の射撃に反応した部下達がZMP-50Dから銃弾を放ち敵機を襲うも、ガンキャノンの装甲表面を抉るだけで致命傷には至らない。この左右から挟撃されている状況で機体の頑丈な部分で孔隙を受け、関節部を守りダメージコントロールしている敵パイロットは相当な胆力だ。

 

「一対三でよく、やる」

 

 こちらのマシンガンでは仕留めるのに時間が掛かり、対する敵ビーム兵器は必殺の威力を有する。

 故に、守勢に傾き反撃する機会を削られた相手へと接近した。

 その際に腰のハード・ポイントからヒート・ホークを引き抜き、白熱した刀身を態と視界に入るよう掲げてみせる。

 

『くっ、させん!』

 

 機体の上を跳び苛む弾丸より対艦兵装のヒート・ホークを脅威とみるのは妥当だ。

 如何に防御力があろうと、この一撃は防ぎようも無く装甲を高温で焼き切る。

 多少のダメージ増加を覚悟でシーマ機の迎撃を採った敵に、

 

「人間って奴は目の前で拳を振り上げられたら、どうしてもその先を見ちまう。

 今のアンタみたいにねぇ……トコロで、大事なことを忘れちゃいないかい?」

 

 火砲が向けられる前にシーマはザクIIに回避運動をとらせ、その場から退く。

 

『なっ』

 

 正面に武器を構えているガンキャノンは、左右両側から肉迫するザクII二機のヒート・ホークに対処できる筈が無く。

 更にその場へ釘付けにするマシンガンの衝撃で、回避するにも機動制限が掛かる。

 

「――――しっかり仕留めな」

 

 ガンキャノンの胴体部にヒート・ホークが振り下ろされるのを、シーマは冷静に見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シーマさんが渋々出演を承諾してくれました。
彼女は自分で止めを刺すよりも、状況を利用して敵を倒す人ではないかと思い、こんな展開に。
ちょっとした思い込みなんだ、異論は認める。

執筆速度が徐々に下がっていますが、続く後編をお待ちください。

次回もよろしくお願いしますノシ

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