ガンダム戦記 side:Zeon   作:上代

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第60話:北の大地 〈その3〉

 ザンジバル級機動巡洋艦「ネメア」のモビルスーツハンガーにて、メイ・カーウィン整備主任は子犬のような唸り声を上げながら、ある一機のモビルスーツ前を右往左往していた。

 

「ぐぬぬ」

 

 まだ幼い印象が残り迫力も欠ける彼女が睨み据えるのは、キシリア・ザビ少将より『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐が賜った蒼いモビルスーツ。

 生産された高機動型ザクIIの中でも毛色が異なるこの機体は、現在主な外装が排除され内部機構を晒したままとなっていた。

 しかし、この様相と成り果てたのは本機が解体処分となった訳ではない。

 試作機の意味合いが強い背景から実戦データや稼動効率、戦況から望まれたパッケージを追加すべく改造を施されているのだ。キャリフォルニア・ベース内でも実験試料扱いでフレームやパーツを製作しているが故の「現地改修」措置である。

 組立図とマニュアルを手に指揮を取る現場監督、ロイド・コルト技術大尉の鋭い指示が機械油と錆臭い中で映える。その普段と違う様子は不用意に近づけばメイも注意されかねないほどで、今も不用意に近づいた整備員が「何用か?」と現場監督に詰問されていた。

 一部フレームを変更するのか、モビルスーツ一機に四基の作業アームを導入した大工事である。作業員も相当数欲しい筈なのに、ロイドは改造開始時に居た人間以外を入れようとしない。理由は分からないが、少なくとも聞いて楽しい話ではないだろう。

 整備主任の立場でありながら、メイは外野でモビルスーツ完成後インストールするプログラムの確認をしていた。これも大事な作業の一つであるし、操作精度と密接な関係を持つ点からロイドがメイを蔑ろにしている筈が無い。むしろ、操縦指令を整調し、調整する作業を全て彼女任せにしている事から厚い信頼が伺える。

 大人に混じって子供が仕事をする、一風おかしな職場でもありながら彼らからメイへ向けられる信用は一技術者以上のものだ。

 最初に彼女を見た者は多少なりとも吃驚するが能力と実績は部隊長と責任者、及び同僚らの折り紙付きであり、ある種ネメア隊を象徴している人物でもある。

 そんな才媛である少女を悩ませるものは、この空間に複数あった。

 

「湿地帯から北米の環境に合わせるプログラム、もうちょいで終わるのにぃ……」

 

 作業を進めながらも彼女の意識を引くのは、蒼いモビルスーツ以外にもあるのだ。

 彼ら整備班、技術班は過去の北米地域の実戦データを参考に機種ごとのプログラムを作り、現在通常整備作業を施されているモビルスーツらを最適化させようと渡米中に励んでいた。

 そうして最終調整まで漕ぎ着けた所に、また大隊旗機に新開発機材を搭載する仕事を催促されたのだ。部隊内の機体関係に多大な影響力を持つメイ達整備班も、「最重要機密」と「最優先項目」を突き付けられれば承諾するしかなく。こうした上層部のやり方から二重の意味で、メイ達現場の人間は苛立ちを覚えていた。

 

(だいたい、外からこっちの機体を指示して欲しくないんだよ……あまりに怪しくて解析掛けなきゃ怖くて使えないし。カタログスペックが機体性能を十全に表現しているか疑問……前にメルティエを怪我させたから、どうしても不安になっちゃう)

 

 これも天才故の悪癖か、彼女は以前『蒼い獅子』のパイロット・データを閲覧した事を切っ掛けにモビルスーツの性能限界に挑戦した時期がある。

 何度シミュレーションしても問題らしい事項を検出できず、彼の操縦から成る機動力を底上げさせようと講じた、好ましくない結果が過去にはあるのだ。

 

(一回反省したのに、新しい機体でまた興味に火がついちゃって。

 わたし、なにやってるんだろ。子供扱い嫌いなのに、子供っぽいことしてた)

 

 脳裏を横切るのは、血糊が付いたヘルメット。

 好奇心に踊らされた彼女へ向け、汗に塗れ痛みに耐えながら作る男の笑顔。

 こんなモンはパイロットだから当然、と。

 気にするな、と。

 痛みが走るのか、時折震える手で頭を乱暴に撫でてくれた。

 思えば、あの事件が人を理解しようと接するようになった契機なのかもしれない。

 メイの生家であるカーウィン家は、ダイクン派だった経緯から政敵のザビ家に追いやられ離散している。父の友人であるダグラス・ローデン大佐の好意で麾下部隊所属となったもののメイを奇異の目で見る者は多く、それらから逃げるように得意分野で働く自己へと没頭していたから他者との距離感を忘れていた。

 いまも瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる。謝ることもできず青褪めるだけの彼女を撫でた、あの乱暴な手と優しい眼差しが「メイ・カーウィン」を、本来の人懐っこい少女を揺り起こした。

 だからこそ、慕う人が乗り込む機体に「おかしなモノ」が取り付けられる現状は看過できない。

 

(今度こそ、メルティエを守ってあげなくちゃ。

 そうしないとあの人また無茶ばかりするし、これ以上傷が増えるのかわいそう、だし。

 ……一回ビシッと、注意しなきゃダメなんだよね。

 でもメルティエを止められる人ってすんごく限られてるしなぁ。立場関係なくあの人が話を聞くのってアンリエッタさんと、他に誰が居るんだろう? あ、エスメラルダさんだ。医務室に連れて行こうとした時、メルティエが暴れてそれを一発で止めたもん!

 あれ、これは話じゃなくて説得(物理)ってヤツかな? 

 とすると……う~ん。なんかアンリエッタさんが猛獣使いに思えてきた!?)

 

 メイはため息ついでに思考を変え、ハンガーを見渡す。

 ハンガー内に整列している他ザクタイプのモビルスーツは、前回の戦闘でショルダーアーマーや機体の堅牢な部分に被弾したもの、消耗部品を交換するため一部外装が取り外されたものがあり、全てのモビルスーツに整備班の人間が張り付いていた。

 作業アームに合図を出す誘導者の張りのある声がハンガースペースに響き、電動工具の金切りと金属同士を溶接する音が木霊する。可動部に塗布する潤滑剤、焼けた鉄の臭いが何処からともなく漂う中でコンピュータ制御された機械群を操り、時に自ら手を入れる。

 此処が、彼らメカニックマンの戦場であった。

 

「トップ少尉とデル軍曹は初の地上戦なのに問題なし、かぁ」

「パイロットも機体も無事なのは良いことだな」

「お前ら、それ大佐の前でも言えんの?」

「うーん。目立った損傷箇所がないのがまた」

「そうだなぁ。改修と称して試験兵装積めないのが残念だ」

「もう少し様子見かしらね? どのくらい動けるのかデータがないと不安だし」

「おたくら、まだ懲りてねーのかよ。前に大佐が負傷してからメイちゃん達の監視が厳しいのに」

「いや、あれ俺らのせいじゃねーし」

「ちょっと、私達でもないからね!? あんなパイロットに負担が掛かる状態で渡さないよ!」

「そういや、大佐用のドムのパーツどうすんだろうな?」

「んー……あれは触らないでおこうや。メイちゃんが気にしてる」

「今は別の問題で頭抱えてるみたいだけどね。いいんじゃない?」

「大佐は居ても居なくてもメイちゃん困らせるのな」

「そりゃあ、大佐だしなぁ」

 

「おい。ガラハウ隊の、一機少ないが?」 

「ああ……撃墜された、らしい」

「連邦軍のモビルスーツにか。ガラハウ隊のパイロット、腕は確かだった筈だろ?」

「例のビーム・ライフルってヤツだよ。ガラハウ中佐が敵モビルスーツの情報持ち帰ってるから、今は技術班の解析待ちだそうだ」

「一撃でザクを撃破かよ。……おいおいおい、ウチのザクとパイロットで防げないって」

「まぁ。他の部隊じゃ、難しいだろうよ」

「こりゃ先送りされてた支援火力の充実化、再検討の余地アリだな」

「ガラハウ中佐が破損したビーム・ライフルを回収しているから、多少は進展するかもな」

「あー……確か、カリマンタンで入手したのはグラナダに没収されたんだっけ」

「徹夜でコルト大尉が調査してたから、何もできずに獲られたわけじゃあないけど。面白くない」

「まったく。上前だけ跳ねるから月にいる連中は好きになれねぇんだよ」

「大佐名指しで支給された機体が不具合の固まりじゃあ、信用も信頼もないだろうに」

「データ提供はほぼ強制だし、不良品押し付けられて調整させられている心境だわ」

「キャリフォルニア・ベースの設備、使わせてくれればなぁ」

 

 出撃前は其処に在った、今は空席となった一基のハンガーがもの寂しく思える。

 損害に大小の違いはあれど、これまで未帰還となったモビルスーツとパイロットはいない。これが日々戦場を闊歩する軍隊でどれだけ珍しく、類稀な出来事だったのか痛感した。

 

「ほれ。仕事まだまだ山積みだし、さっさと済ませようや」

「あいよ。……関節の防塵膜、ちっと切れ目あんな。取り替えるぞ、アーム回せ!」

「焼き付いているライニングはなし、と。ん~摩耗がチョッチあるね」

「それ、リオ曹長の機体だろ? あの子も大佐の真似する事あるから消耗が他より目立つんだよ」

「おほぅ。憧れの人に追いつこうと背伸びする、みたいな?」

「まぁ、じゃなきゃ砲撃機で大佐の機動に合わせようと思わんだろ」

「ハンス少尉なんて積載バランス崩れた機体で合わせるもんな……あれ?」

「言わんでもいい。言いたい事は大体見当付くわ」

「部隊長が『蒼い獅子』だからな。種別の差はあれど機動力は気にするんだろうさ」

「それで納得できるから、なんかウチの部隊長はズルイ」

「バッカ。部下守るために射線に割って入ったり、砲弾を白兵兵装でカチ割る人だぞ?」

「……やっぱ、色々おかしいわ。ウチの親分」

「でも、好きなんでしょ?」

「嫌いじゃないわ!」

 

 帰らない戦死者と失機へ僅かばかりの想いを送り、彼らはまた自分達の仕事へと戻っていく。

 彼らの中で共通しているものは、最善の状態で機体をパイロットへ戻すという使命感だ。

 こうして整備班は今日も作業を徹しで完遂させ、朝方様子を見に来たメルティエ・イクスを驚かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連邦軍がペガサス級強襲揚陸艦「ホワイトベース」。

 本艦は度重なるジオン軍の新兵器モビルスーツに苦慮した連邦軍が建造し、反撃の兆し足り得る切り札を収容する連邦軍初となるモビルスーツ搭載艦である。

 処女航海から様々な制限を課された本艦は、新型モビルスーツを受領したその日から激戦を踏破しており、ジオンの『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐の追撃に幾度も晒され、地上に降り立った後も『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐の強襲を耐え切ってみせた。

 僅か一月足らずで武勲艦と称せられる働きを成した「ホワイトベース」は、戦果に比例した本艦含む搭載機の修理とクルー及び搭乗員の休息を必要としていた。

 そんな彼らホワイトベース隊も、やっと幸運に見舞われたというべきか。

 火線に追われながらネバダを離脱し、南東へと退いた「ホワイトベース」は戦闘の最中に連邦軍総司令部ジャブローから派遣されたミデア補給部隊と合流しており、困窮していた物資不足も乗り切り束の間の休暇をとっていた。

 

「フラウ君。少しいいかね?」

 

 ホワイトベースの生活班に入り働くフラウ・ボウが声を掛けられたのは、干された大量の洗濯物が泳ぐ青空をぼんやり眺めていた時だ。

 呼び声に応じれば、テム・レイ技術大尉が甲板の出入り口に立っており、神経質そうな顔で口を開けたり閉じたりしていた。

 

「テムおじさん? どうかしましたか?」

 

 馴染みのある大人の様子に、首を傾げながらフラウは近寄る。

 軍属となれば立場的にアウトな接し方だが、親しい大人であるテムには余所余所しい態度は取りづらかったし、何より本人が了承しているのでテムとフラウの間に堅苦しい空気は流れず。

 

「いや……すまないが、アムロのことでな」

 

 ホワイトベース隊の整備班に尊敬されている技術士官は其処にはなく。ただ、子供の扱いに苦慮している父親の顔があるだけだった。

 

「アムロがどうかしたんですか?」

 

 テムの息子、アムロ・レイはミデア補給隊と合流してからは貴重なモビルスーツパイロットとして意見やデータ抽出に協力させられていた。このまま新型モビルスーツをミデアに搭載するのかと思えば、運用は現状維持とされ任務はおって通達すると告げられたと聞く。

 これにブライト・ノア中尉らは困惑したが「重要な任務」と「上層部からの期待」という言葉に踊らされ、ついでリード中尉を引き取る条件で承諾したとも。

 ミデア補給隊を率いるマチルダ・アジャン中尉の軍人らしい頼もしさ、大人の余裕を感じさせる「強い女性」にやられてしまったのだろうとフラウは思っている。

 このマチルダ女史にアムロも憧れを持っているようで、フラウは今の彼が嫌だった。

 

「少し、アムロの様子を見に行ってもらえないだろうか。どうも、私は避けられているようでな」

 

「えっと……はい、わかりました」

 

「申し訳ない。一時期は塞ぎ込んで心配してたんだが、今度は何か調べ物に夢中のようでね。

 手伝おうかと声を掛けると、嫌がられるんだよ。困った子供だ」

 

「はぁ……あっ」

 

 ――――親を失った子供に、よくもそんな事を頼めたものですね。

 

 フラウの、幻聴だろうか。

 彼女が居れば、そう言ってテムを詰ったかもしれない。

 補給物資の手伝いと備品チェックに追われ――――いや、考える事から逃げていたフラウは漸く帰らなかった人を受け止めようとしていた。

 サイド7を襲った大混乱の中で、助け連れ立ってくれた女性を。

 地球での初戦で、未帰還者となったパイロットを。 

 

(セイラ、さん)

 

 子供を心配する親、いや自分本位な振る舞いが目立つテムが姿を消すと、フラウはアムロに割り当てられた部屋へ向かう。

 フラフラと足取りが覚束ないのは親しい人を失ったと実感したストレスからか。それとも家族を亡くした悲哀の感情が再燃したのか。

 心が不安定のまま、フラウは彼を訪ねた。

 

「アムロ、いる?」

 

 その平坦な言葉が逆に部屋主を呼んだのか、少年は珍しく自分から扉を開けた。

 

「フラウ? 元気がないようだけど、何かあったのかい」

 

「あ、れ? アムロ、元気そう」

 

「へ? 一体何なのさ」

 

 何の用だよ、と苛立った声で言われればフラウも困る。

 テムからはアムロの様子を見に行ってくれと頼まれただけで、特にどうこうとは言われてはいないのだ。ある意味いつものアムロであるし、気落ちしている彼を想像していたフラウは目を回し手を振ってわたわたとするだけで。

 

「あっ」

 

 視点を迷走させていると、偶然に部屋の中を覗き込んでしまい。

 

「ん? ああ、ちょっと……考えてたんだ」

 

 アムロが部屋に閉じこもっていた理由に、行き着いた。

 少年が扉を開けっ放しにして戻る。それが入ってもいい合図だと分かったフラウは暗がりの室内へおっかなびっくり入る。

 作業中だったのか、アムロは椅子に座るとモバイルPCを操作する事に集中していた。

 目に悪そうな作業を黙々と続ける彼にフラウは注意しようとしたが、視界の明暗を無視してまで没頭するものは彼女自身も気になる映像だった。

 

「アムロ、これって」

 

 音声入力を外しているのか、当時の映像が流れるだけのもの。

 ディスプレイの奥に在るのはマシンガンを構え警戒するザクIIと、敵機に踏まれたまま沈黙するガンキャノン。そして、隊長機なのか一際存在感を放つ蒼いモビルスーツ。

 丁度膝立ちから直立する所で、その動作の間に手に持ったヒート・サーベルが閃き、真下にあるナニカを斬り割った。ディスプレイの中が拡大――――接近すると応戦せず、素早く跳躍して離れる。

 画面の右下から赤い光、ビーム・ライフルから光線が放たれるも蒼いモビルスーツは脚部から推進炎を散らし、一射、二射と回避する。三射目はガンキャノンの近くに居た敵機に向けるが、その前に二機のザクIIは地形を利用しながら後退しており、バック移動しながらマシンガンをガンキャノンに発射しようとしていた。

 すぐさまディスプレイが慌しく動き、倒れ伏したガンキャノンを越えると画面左下からシールドが出現し、画面が細かく震動する。

 

 戦いの経験が皆無のフラウは理解できなかったが、アムロの搭乗するガンダムが気絶したカイのガンキャノンのフォローに入り敵の攻撃を防いだ。いや、防がされたというべきか。

 映像をよく見れば、後退する二機のザクIIはガンキャノンに照準を合わせていた。敵はガンダムが攻撃する意思を示したから発砲したのだと分かる。

 そうして蒼いモビルスーツに追い縋ろうとガンダムが機動に入れば、ガンキャノンに攻撃を開始し止めを刺すか、ガンダムが反応すれば防衛に入った所で釘付けにすれば良い。

 ビーム・ライフルの銃口を向けようとすれば、空中にいる蒼いモビルスーツがライフルの弾丸でシールドの下部を強かに打ち据えた。次第にシールドを持つ左腕が下に引っ張られ、姿勢が前のめりになるガンダムの四肢を踏ん張らせ、転倒しないようにするしかなくなる。

 身動きが取れなくなった所で、ザクIIが腰部マウントから手榴弾をガンダムの足元に投げ込む。

 固唾を呑んで見守っていたフラウが小さな悲鳴を上げるが、彼女が想像する未来図が開かれる事はなかった。

 手榴弾は爆発する事無く、白い煙を拡散する。あっという間に視界を封じられたガンダムは敵の攻撃に備えるが、煙幕が晴れる頃には敵は完全に姿を消していた。

 残ったのは破損箇所の目立つガンキャノンと、腹部から頭部へ溶断されたガンダム一号機だけ。

 

「あっ、あぁ、セイラさん、そんな……そんなぁ!」

 

 オペレーターをしていたフラウも、ガンダム一号機にセイラが乗っていた事を知っている。

 だから、未帰還なのは分かっていた。

 ただ、戦死したことは分からなかった。

 親しい人の死を目で認めてしまったフラウは崩れ落ち、微動だにしないアムロへ縋り付く。

 彼女が訪問するまでこれを何度も目にしていた少年は無言で、また映像を見直す。

 パイロットの立場からすれば、ザクIIの連携は敵ながら流石と言わざるを得ない。

 事実戦闘分析のためこの映像を観たシロー・アマダ少尉、テリー・サンダース軍曹の両名は舌を巻き、リュウ・ホセイ曹長は「この速度でバックしながら、当ててくるのかよ」と呻いていた。

 しかしアムロが注意深く、審査するように注目していたのは蒼いモビルスーツ。

 情報から知る『蒼い獅子』に、払拭できない違和感をアムロは覚えていた。

 自ら注意を引きながら敵と衝突し、そのまま躍りかかる獣の如く敵を屠るのが『蒼い獅子』だと思っていた。言葉にすると単なる特攻、突撃兵にしか聞こえないが、その行動は驚嘆に値する。囮戦術かつ無視できない単一戦力で敵軍を翻弄し、脅威であるから否が応にも注目せざる得ない。

 誘引戦術も兼ねているこの戦闘スタイルは連邦、ジオンの両軍を合わせても極稀だろう。

 類似点から挙げるとしてホワイトベース隊で例えるなら、アムロとガンダムがそうだ。

 この最新鋭モビルスーツは火力、装甲、機動力を高い次元で確立している。

 『蒼い獅子』と同様の行動をやれ、というならアムロもできる。

 だが、友軍の損耗を防ぐ為とは言え、必然的に集中する火砲を潜り抜けることは生半可な覚悟では実行できるものではない。ザクIIのマシンガンを無効化するガンダムといえど、バズーカは内部機構にダメージを与えるし、ヒート・ホークが当たれば切断されもする。

 無効化するマシンガンも、その衝撃は「明確な殺意」としてパイロットのアムロに伝わるのだ。

 そうして実戦を経たアムロだからこそ、この『蒼い獅子』と呼ばれるパイロットは生還する思考を破棄している、もしくは恐怖が麻痺しているのではないかと疑いたくなる。

 

「……やっぱり、妙だ」

 

 その『蒼い獅子』が今回に限って退いている。

 それも僚機が後退する前よりも早くだ。

 セイラのガンダム一号機に止めを刺すまでに攻撃を受け損傷をした、その可能性はゼロではないが限りなく低い。

 派手な立ち回りこそないが蒼いモビルスーツは問題なく移動しており、微細な機動でアムロのビーム・ライフルを回避している。

 操縦に支障もなく、外観からも損傷は見受けられない。

 加えて、この蒼いモビルスーツの動きから更に湧き出る疑問がある。

 

「どうして、コイツは片腕だけで反撃しているんだ? 腰のシールドを構えもせず」

 

 退くならシールドを構え、生存率を上げる筈だ。

 どうして、無事な左腕を胴体前に固定しているのか。

 防御体勢だというなら、腰のハードポイントからシールドを握って構えればいい。

 パイロットがシールドの存在を失念していた、その可能性もあるだろう。

 しかし、搭乗者は『蒼い獅子』だ。

 複雑な操縦を駆使し高速で飛来する宙間戦闘機を蹴り砕くような人物が、友軍機を守る為に砲弾を受け止める行動を採るパイロットが、シールドの有無を忘れた等あるのだろうか。

 決定的なのは、ビーム・ライフルの射角から逃れるときも、左側からということ。

 ()()()、左腕を中心に攻撃を避け続けている。

 何かを守ろうとする、そんな意志をアムロは感じ取った。

 

「フラウ。僕の話を聞いてくれるかい?」

 

 しゃくり声を漏らす少女の肩に手を置きながら、少年は自身の答えを信じるように。

 目元を赤く腫れさせたフラウの瞳に合わせながら、アムロは祈願にも似た考えを告げた。

 

「セイラさんは、もしかしたら生きているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャリフォルニア・ベースの通路にて、風を肩で切って歩くランバ・ラル大尉は我が子との再会に思いを馳せ、抱えた包みを持ち直した。

 ただ単に親が子の顔を見に行くのとは違い、今回の訪問には理由がある。

 当直の夜間パトロールからラルが帰還すると、間を置かずアンリエッタ・ジーベル大尉から連絡が入り「メルティエ大佐の個人的な相談を受けて欲しい」と話を持ち掛けられたのだ。

 ラル達親子にとって親しい間柄とはいえ、本人からではなく彼女を通してコンタクトを取らざる得ない時点で息子が面倒な事態に巻き込まれた可能性を示唆していた。だが、軍人と云う職業以前に人間は大なり小なり抱えているもので。自分の子なら尚更しがらみがあろう、とラルは苦い思いを噛んだ。

 彼は不意に立ち止まり、重く息を吐くと淀みにも似た諦観を振り払い、手に伝わるじんわりと温かい包みを大事そうに抱え歩き出す。

 中身を知っているラルは巌の顔をやわらげ、目元を緩めた。

 

(まったく、ハモンめ……仕方がない奴だ)

 

 同室のクラウレ・ハモンがキッチンで何を調理しているのかと思えば、彼女が用意していたのはメルティエが昔よく強請っていたシナモンケーキだった。

 手早く包みに隠れてしまう前に覗いたあの香ばしい匂いと、生地の触感を想像させる絶妙な焼き加減が食欲を誘発させる。

 家族で囲む食卓に異常な執着をみせるメルティエにせがまれ、よく共に食事を摂った。

 流石に士官学校へ入ってから疎遠となったが、帰宅すれば必ず席に座っていた記憶がある。今にして思えば、子の我が儘はあの「食事を一緒にする」ことだけだったとラルは回想した。

 作って持たせたクラウレは、息子の相談事にお呼びが掛からなかった為に甚くご立腹だったが、ラルが男同士の話し合いも時には必要と宥めたのだ。

 自己申告の内容ほど平常ではなかった内縁の妻に、ラルは心の中で苦笑する。

 つまり、このシナモンケーキは母親が子を想う愛情と「誰か忘れていないか」という怒りが見え隠れする一品なのだ。息子が頼ってこない寂しさで拗ねていると言ってもいい。

 そういった思惟に敏感なメルティエのことだ、拗ねる養母の機嫌をどうやって直してもらうか頭を抱えるに違いない。ラルはこれから会う倅を少し哀れに思ったが、偶には家族の事を考える時間もあって良いだろうと考え直した。

 とはいえ、メルティエがクラウレよりも自分に相談を持ち込んだことでらしくない喜びを抱き、口髭に隠れた所で笑みを浮かべるラルである。

 

(戦線が一段落したら席を設けてやるか。

 今となっては互いに立場がある。が、偶には仕事を忘れて家族団欒も悪くあるまい)

 

 意外に、彼も子煩悩であった。

 目的地に到着したラルは小さく咳払いをすると、小気味よくノックをする。

 間を置いて、インターホンから聞き慣れた声が出力され間違いがない事を確認した。

 

「ん。……メルティエ、わしだ」

 

『親父殿? 少し待ってて』

 

 施錠が解除される音が鳴り、扉が開くと灰色の蓬髪が目の前に現れた。

 クラウレが作ったシナモンケーキの匂いをすぐさま理解したのか、子供の頃へ戻ったように随分と相好を崩したメルティエに招かれ、中へと進む。

 大きくなろうとも、やはり根っこの部分はそう変わらない。以前戦場で出会ったメルティエの面構えを見間違えかと思いそうになる。しかし意固地でもあった我が子であるから、観察の余地有りとして様子見する事にした。

 困ったものだ、と胸中で零した壮年の軍人は外気とは違う空気に触れ、

 

「他に誰かいるのか?」

 

 其処で、ラルは気が付いた。

 室内へ足を踏み入れた瞬間、奥のほうで小さいながらも僅かな物音が聞こえたのだ。

 生き物は己の感覚に正直にできている。

 特に聴覚があるものは、小さな音ひとつにすら反応を返すもの。

 人間という五感に優れたものなら、どれかの感覚に刺激され自らをよくよく制動していなければ体が動いてしまう。不意を打たれれば尚更のこと、正直になるのだ。

 少なくとも、犬猫の類ではない。

 特有の獣臭さがないし、なにより少年期のメルティエが愛玩動物に然して興味関心を示さなかっただけに断言できるものがある。

 であれば、件の相談事というのは対人関係なのだろう。その相手が奥に居るということ。

 看破したラルは包みを受け取ったメルティエに訊ねるが、

 

「ああ。……詳しくは、会ってからで」

 

 歯切れの悪い返事にラルは眉を顰めたが「良かろう」と返す。

 メルティエが言い辛そうにするのは、決まって説明できない事象か何処から話せばよいか困った時だけ。それ以外は包み隠さず自分達に打ち明ける子供だった。大人になって多少は変化しているだろうし、隠すべき所は隠すだろう。それでも嘘だけはつかないとラルは信用している。

 どのような人物がいるのか興味も湧き、一歩ずつ相手の出方を探るように押し入る。

 

 果たして、巌の軍人が視線は室内に居た人物へ注がれた。

 

「む――――――――ッ!?」

 

 その人物を目にしたときの衝撃は、『青い巨星』ランバ・ラルが完全静止し、指一本動かすことを忘れさせるほどのもので。

 彼が再起動したのは、呼吸すら忘れ見入り、自らの生存のため慌ただしく肺を動かす頃だった。

 

「こ、この方は!?」

 

 振り返ったラルはメルティエに問うが、

 

「親父殿」

 

 普段は表さない冷静な面で、養父を見つめていた。

 

「親父殿が思った通りだよ。間違いない」

 

 その答えを聞くや、メルティエの襟首を掴み荒々しく引く。

 

「ならば何故、このような場所に置く!?」

 

 淡々と述べる我が子に、ランバ・ラルは激昂していた。

 養子に迎えてから、メルティエを怒鳴ったのはさりとて少ない。

 叱咤激励の類は数え切れぬほどあるが、完全な怒りに支配されたのは今回が初めてだろう。

 部屋に入るまでは確かにあった暖かな感情は、一瞬の内に吹き飛んでしまった。

 

「偶然に戦場で保護できた。自室に匿う以外、此処じゃ無理だ」

 

「部隊長、大佐となったお前の部屋は出入りが激しい。最適な隠れ処と熟慮したのか?」

 

「俺は此処では監視されている。ガルマの側近に。いや、下手すれば部下達にも」 

 

「……アンリちゃん、ジーベル大尉をメッセンジャーにしたのは?」

 

「既に大手を振って親父殿に面会ができないからだ。

 このキャリフォルニア・ベースでは電話もメールも信用するのは難しい。秘匿回線も上位者なら盗聴できる可能性もある。相談にのってもらう体で来てもらうしかなかった。

 ……アンリは事情を知っている味方だ。少なくとも、俺が俺で在る間は」

 

「メルティエ、お前」

 

 モビルスーツの腕前で佐官に登り詰めた成り上がり者。

 開戦から今日まで墜ちる事無く、ザビ家のキシリア、ガルマに期待される男。

 名声と影響力が増すほどに、いつしか『蒼い獅子』の異名は敵味方から恐れられ、疎まれた。

 若者らしく我武者羅に、務めを果たそうと勇往邁進したのだろう。

 その結果が削り取られ疲弊した心身と悪意の坩堝に引き込まれる瀬戸際だというのなら、なんと性質の悪い結末だろうか。

 しかし、その道程に養父のランバ・ラルは共感できる。できてしまう。

 子の歩む道は、そのまま若りし頃の『青い巨星』がジオン・ズム・ダイクンのため、革命のために立ち上がり戦った記憶を呼び起こしたから。

 ジオンと共に立った束の間の充実感を経て、予備役という閑職に追いやられた事も。

 

(孤立したのは、わしら(ダイクンの名)のせいか)

 

 口から漏れ出る言葉を留められたのは、(ジンバ)を想う故か。それとも(メルティエ)を想う故か。

 もしかすれば、不慮の死を遂げた友人(フォッカー)の為なのかもしれない。

 落ち着かぬラルに解るのは、目前にある灰色の瞳は曇っていない事だけ。

 

「ラル、おじさん」

 

 酷く懐かしい呼び名が、過去を振り返る男を揺らした。

 その若干の照れ臭さと親しみが込められた通称は、幼い彼女の背が自分の腰までしかなかった頃の古い思い出だ。

 

「長らく連絡が取れず、申し訳ありません」

 

 凛とした表情は父譲りなのか、それとも兄譲りなのか。

 ただ慈しむその瞳は、間違いなく母譲りだろうとラルは思った。

 

「お久しぶりです。私――――アルテイシアは、懐かしいおじさんにまた会えて、嬉しいです」

 

 そして、成長しても愛らしい彼女のはにかんだ微笑みが、ラルから力を奪った。

 不要な分を抜いたようで、苛立ちが生んだ粗暴なものが失せたとでも言うべきか。

 身の奥底から湧き立つものは久しく忘れていた、若々しくも滾る活力と称すべきか。

 メルティエを解放し、美しい姫君に成長した女性へ。

 

「わしも嬉しく思います。大きくなった、綺麗になられました。アルテイシア様」

 

 慇懃に一礼したランバ・ラルは、小さくも確かに肩を震わせた。

 相対するセイラ・マス――――アルテイシア・ソム・ダイクンもまた、笑顔の貌を雫で濡らす。

 邂逅を果たした養父と義妹を、メルティエ・イクスは静かに見守る。

 

 

 

 後に地球連邦軍独立機動戦隊と呼称されるホワイトベース隊が、マチルダ・アジャン中尉率いるミデア補給隊より予備パーツを受領し、総司令部ジャブローを目指して南下。

 この情報をキャッチした北米方面軍司令ガルマ・ザビ准将は南下を阻止すべく動く気配を見せたが、呼応するかのように各地で蜂起した反抗勢力鎮圧のため木馬破壊作戦を断念する。

 が、ガルマ准将は少数による追跡任務をかの両名に命じた。

 一人は控えるパナマ攻略作戦がため招集した『蒼い獅子』メルティエ・イクス大佐。

 もう一人は木馬破壊任務のため、指揮下に入った『赤い彗星』シャア・アズナブル中佐である。

 

 ――――しかし。

 

 このホワイトベースを巡る戦いの裏で、一つの事態が動こうとしていた。

 時にU.C.0079年。10月01日の出来事とされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者からの作戦依頼『アンケート(其の弐)』

60話を迎えることができたので、記念に小話でも設けようと思います。
詳細は活動報告を閲覧してくだされ。
間違えて【感想に要望を送らない】よう、注意してくださいな。

では、次回もよろしくお願いしますノシ

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