ジオン反抗作戦。
埋設型ビーコンによる長々距離砲撃が功を奏し、南米と北米を繋ぐパナマ基地近郊からジオン軍を北米側へ撤退させる事に成功した連邦軍は、更なる圧力を掛けるため遂に反撃へと打って出る。
其の一手として進められたのが、連邦軍総司令部ジャブローの生産プラントで秘かに開発、生産されていたモビルスーツの順次部隊配備である。
サイド7で開発されたガンダムのコストを削減した簡易量産型RGM-79、ジム。
この先行量産型をモビルスーツ操縦教育が修了したパイロット一期生と共に各地へ派遣し、まずは歴史の浅い兵器であるモビルスーツの練度と理解を深める事に重点が置かれた。
いまだ本格的な実戦配備前のモビルスーツは挙動がぎこちなく、ジオン軍のそれに比べるとより機械的な動きが目立つ。角張った動きというか、必要以上な硬さがあるのだ。
これは開戦前のジオン軍も通った道なのだが、即戦力を期待されている連邦軍パイロットは実戦でコンピュータを”育成”する他なく。現場では人命よりもデータ、つまり機材が優先された。
その運用データ収集の為に設立されたのが第11独立機械化混成部隊、通称モルモット隊だ。
先述の通り、機材を最優先する事から花形である筈のモビルスーツパイロットの生存率は低く、これに所属するフィリップ・ヒューズ少尉は部隊初期メンバーや補充パイロットが戦場で”消費”されていく光景と現実を目の当たりにし、迫る死の足音と恐怖を「ジオン憎し」の怒りで上書きする毎日であった。
また、モビルスーツの存在を隠す秘匿性も重要視され、隊の基本目標が
これは敵軍という縛りでは収まらず、目撃者を含む全てと規定された。
同目標を第一に設けられた彼らモルモット隊も敵軍及び基地を制圧し、情報漏洩元を失くす事が優先事項に上げられている。
敵軍を、モビルスーツを相手に戦うだけに留まらず「見てしまった」人間にも銃を向けた。
それも一度や二度ではない。彼らは苦く後味の悪い仕事を「任務」としてこなす。
随伴する後方支援部隊に陸戦隊が居ることが、せめてもの救いだろうか。
直接手を下すのは、恐らくは彼らの「任務」なのだから。
時刻は
モルモット隊を運ぶ足、ミデア輸送機から出撃した彼らモビルスーツ隊は高々度からの夜襲を敵軍へ仕掛け、基地中央部を占拠。そのまま二機編成で左右に別れ、残存戦力掃討に移る。
パナマ基地に連なる元連邦軍基地を奪還する任務を帯び、五機のザクと防衛設備群を殲滅させたモルモット隊は、迎えのミデアが到達するまで付近を警戒しつつ現場待機を続けていた。
ジオン軍に占領された地を奪還する。
単なる任務達成というよりも、僅かながら戦争が収束へ向かうような気がしてフィリップは悪い気分ではなかった。何より「勝利」という分かり易い結果が良い。
このまま基地を押さえつつ、いつも通り陸戦隊や解析班が現場入りするまで待てば今日の仕事も看板だ。しばらくすれば、自室に戻って好きな曲を聴きながら健やかに眠れるというもの。
同僚と軽口を叩き、緊張していた身体をほぐそうと揺すり、生欠伸に身を委ねる。
――――そして、夜闇に紛れて到来したミデアの着陸を待ち侘びている時に、ソレは来た。
圧倒的な速度で戦闘区域に到着した
サマナ機はシールドを投げつけその間にビーム・サーベルを展開、敵のヒート・サーベルと切り結ぶが、見せびらかすように抜き出たもう一本のサーベルで膝から切り捨てられ、電灯を巻き添えにしながら横倒しとなり沈黙した。
僅か二〇秒の内にジムが一機撃墜、一機が中破されたモルモット隊は、迎えに来た筈のミデアが行方を眩ませた事で連戦する羽目となり、更に二〇秒が経過した頃には、フィリップのジムは左腕がシールドごと溶断され、目の前で爆発拡散した榴弾の影響か足回りの感度が悪くなっている。
それでもフィリップは遮二無二操縦桿を動かし、四つのフットペダルを複雑に踏み込む。
「何なんだ、こいつァ一体ィ!?」
ジムは残った右腕で迫るヒート・サーベルを捌き、握った九〇ミリマシンガンを撃ち放つ。
かつて教官の”しごき”に対して「いつか殴り殺してやる」と血反吐の思いで必死に修得した機体操作は、今正にその本領を発揮している。銃口が定まるは回避なぞ許さぬ必殺の距離だ。
機動力が何処まで上がろうと、瞬間的な攻防の結果は抗えない。
機動戦闘は一気に畳み掛けるか、次なる手を仕掛けては読み、また返す応酬となる。
今この時で言えば、フィリップが相手にチェックメイトを仕掛けたのだ。
敵モビルスーツがどう機体を逸らそうと只の悪足掻きに過ぎず「鉛弾を腹一杯食わせてやる」と彼は勝利を確信していた。
しかし、今日まで死神の鎌から逃げてきたが、遂に鎌の刃先はフィリップを捉えたのか。
マシンガンから発射された弾丸は敵機の僅かに前方を通り過ぎ、濛々と煙を上げる基地施設へと吸い込まれ、破砕音と炎の舌を大気へ伸ばし崩壊した。
撃破したと思っただけに、フィリップは次の動きが遅れる。
だが、それは仕方がないと言える。彼にとってはあり得ない結果だったのだから。
「避けたっ? この距離でか!?」
弾丸が放たれる直前、マシンガンの銃身を剣の柄で押し上げ射角を操作されたのだ。
精密な、人間的な小細工にフィリップは唖然とする。その間も敵から発せられる攻撃を躱せたのは彼がただのパイロットではない証左だ。
しかし、土壇場の底力で戦っていたフィリップの呼吸は先ほどの「受け流し」で乱れてしまい、致命傷は避け続けるものの彼を仕留めんと閃く二本の顎にじわりじわりと追い詰められる。
「ちっくしょう! 俺はぜってぇ死んでやるもんかいっ!」
それでも諦めない男フィリップは、失った左腕の代わりにジムの頭部にある六〇ミリバルカンで牽制し、無理矢理作った隙間を通るように後退する。
現状は完全にフィリップが不利である。その事は本人自身が痛いほど分かっていた。
片腕を失ったことで予備マガジンと交換することもできない、今しがたの機動でアポジモーターが音を上げたらしく、サブディスプレイにあるジムの自動診断機能が警告音を発し、早急な基地への帰還を打診している。
帰れるなら今すぐ背を向けて走り出したい。
が、それはできない相談だった。
状況的なものもそうだが、転倒したままのサマナを敵前に放置できず、殺されたアレックスの仇を討つ気持ちがフィリップにはある。
同僚達には「生きてナンボよぉ!」と謳う男だが、フィリップは義侠心のある男でもあった。
モルモット隊に課された制約もあるが、彼自身も撤退を拒んでいた。
「くそったれの、宇宙人野郎めっ!」
自身が知っている以上に、フィリップ・ヒューズという男は仲間思いの奴だった。
そう、それだけだ。
それだけのために、彼はまだ夜の帳の中で自壊寸前のジムを立たせ続け、己を奮い立たせる。
敵のモビルスーツが右のサーベルを振るえばバルカンで退かせ、左のサーベルを横に滑らせれば只の鈍器と化したマシンガンの銃身で敵の拳を殴る。
銃口部が完全に埋没したマシンガンを敵へ放り捨て、断ち切られる様を見届けた。
ランドセルからビーム・サーベルを抜くも、状況が好転する事はなく。
「うぉぉぉォオオッ! 早く起きやがれっ、サマナ! 死にてぇのか!?」
彼は焦る。
死の恐怖に屈したから?
否。この男は、そんなものでは膝をつかない。
勝てない相手に根負けしたから?
重ねて否。フィリップ・ヒューズは勝敗、己の限界を既に理解してる。
では何故、彼は焦るのか。
「くそっ、オーバーヒートかよ! ハッ、ザマァねぇな……」
フィリップ・ヒューズはただ、これ以上場を持たせられないことに、焦ったのだ。
彼は緊迫した中でも、機体状況を把握しながら戦闘していた。
敵の攻撃を回避して凌ぐ間に機体内の発熱が冷却能力を上回り、パイロットよりも先にモビルスーツが陥落したのだ。機動力の著しい低下は即ち死を招く。
硬いもの同士が衝突する音がコックピットを揺らし、内臓を背中に置き去りにされたような感覚に呻いた末に、彼は地面に叩きつけられたのだと漸く理解した。
今更になってシートベルトの肩と腹に食い込んだ痛みが迫り、歯の根から嘆きが漏れる。
相変わらずな高熱源体接近と機体損傷拡大の泣き声が想像以上に騒がしく、まるで下手な合唱のようだと彼は思う。
「ったく、お目覚めの
ぼやけた視界の中でフィリップは笑った。
罅割れ亀裂が走ったディスプレイに、重量感を表す太い脚が踏み出る。
蒼い脚部のそれは、バランス感覚が狂ってるのか側面部にミサイルなんぞを装備していた。
それもただのミサイルポットではない、六連式だ。
スマートな外見のジムを扱うフィリップにしてみれば、態々無駄な重量をこさえているようにしか感じられない。機動力を損なう所か下手すれば転倒するようなものだ。
ジムのカメラを上げれば、腕部に榴弾を射出する機構が見え、その先の手には高熱発生器の剣が爛々と熱気を放つ。
「オイオイ。蒼い肌してんのかよ、今時の宇宙人ってぇのは」
蒼い巨人は何か意味があるのか、両肩を赤く染め上げていた。
それは、敵の返り血を浴びたと、そう言いたいのか。
きっとパイロットは自信家で、傲慢な鼻持ちならぬ奴に違いないとフィリップは嗤う。
一向に攻撃して来ない相手を訝しんだが、次の動作で彼は理解した。
「こンの野郎、いい趣味してやがるぜ……」
蒼い敵モビルスーツは、恐らくフィリップがカメラで見上げるまで待っていたのだ。
でなくては、殊更ゆるゆると右手を振り翳し、ヒート・サーベルの先をジムのコックピット部に狙いなぞつけまい。
敵は手間を掛けさせたフィリップを串刺しにし、勝利の余韻を十分に味わう積もりなのだ。
「典型的なサディスト野郎だ……噂と本物は違うなァ、『蒼い獅子』サンよォ?」
蒼いモビルスーツと操縦に長けたパイロット。
数日前に北米大陸に渡ったとされる、ジオンの『蒼い獅子』。
その情報を作戦前に聞いていたフィリップは、目の前に存在するこのモビルスーツとパイロットこそがそうだと決め付けた。
でなれば、ジオンのザクより高性能のジムがこうも手玉に取られて堪るかとも。
「何が、英雄だ。ただの人殺しの、クズ野郎じゃねぇか……!」
夜空に掲げられたサーベルの狙いが定まったとき、フィリップ・ヒューズは吼えた。
アジア方面での住民に慕われるという噂もでっち上げで、実際は恐怖で従えているに違いない。
でなければ、地球にコロニーを落され苦しい生活を強いられた連邦市民が靡く筈がないのだ。
モビルスーツの腕が止まり、刺し殺されると悟った瞬間。
『――――フィリップ、応答しろ!』
蒼い機体の右腕にマシンガンが食い付き、拳ごとヒート・サーベルの発生器を破壊する。
爆音を共に突進してきた白い影を左のヒート・サーベルが迎撃するが、衝突音と軋む唸り声がフィリップを励ます。カメラの前で土煙と激しくダンスする乱入者の事を、彼は良く知っていた。
蒼いモビルスーツは右腕のグレネードランチャーを向けるが、打突用シールドがその手首を突き上げ射角を殺し、続けざまにマシンガンの小気味良い音が響き渡る。
「まったく、おせぇんだよ……」
思わずぼやいてしまったが、フィリップは戦闘に突入した時の状況は分かっている。
フィリップ、サマナ、アレックスが蒼いモビルスーツに遭遇している時に、彼は一機でザク三機を相手にしていた。腰の予備マガジンがない所を見るに弾倉が空になるまで撃ってきたのだろう。
右手を失くした蒼いモビルスーツに、到来したジムは果敢に圧力を強いる。
両脚のミサイルを封じる為に肉薄し、小火器程度しか使用できない間合いで戦闘継続するスキルは素直に流石だと思わずにはいられない。
ジオンのエース級がやりたい放題した分だけ、モルモット隊のエースが敵の包囲網を壊滅させて戻って来た。
「わりぃが……ちっとだけ、休むぜ……ユウ」
不吉な両肩を持つ蒼いモビルスーツに危なげなく激突するジム。
抜刀したビーム・サーベルと残るヒート・サーベルが暗闇の中でエネルギーをぶつけ合い、眩い光源として戦場を照らす。フィリップはヘルメットのバイザーに感謝しながら、意識を手放した。
突撃に無理に当たらず一旦退く蒼い敵機を更に押し出し、倒れ伏す友軍機から距離を稼ぐのは先に相手にしていたジムと比べ、同性能とは思えないほど機敏に動くモビルスーツとパイロット。
両腕の射出口から出るグレネードは建物の倒壊跡を作るだけで、新手のジムには通用しない。
まるで俊敏な相手と何処かで出会ったかのように、フィリップよりも多段な引き出しと踏み込みでジムを凌駕する蒼いモビルスーツと互角に渡り合う。
かつてアジア方面で
第11独立機械化混成部隊のユウ・カジマ少尉は、再び蒼い機体と対峙していた。
◇
「メルティエの内偵? ……姉上は、自身の部下を何だと思っているのか」
キャリフォルニア・ベースの執務室にて同基地最高責任者であるガルマ・ザビ准将は、此処より遠い月面基地で指揮を執る姉を静かな怒りをもって批判した。
サングラス越しに室内の調度品を眺めながら、その声を受けるは長身痩躯の男。
突撃機動軍特務編成大隊責任者、ヒュー・マルキン・ケルビン情報局大佐。
大佐の地位にある人間が、若くとも方面軍を束ねる青年に対してとる態度ではない。
そのあからさまな態度が鼻につくと同時に、何かを釣り上げようと画策しているようにも見え、警戒心をざわめかせた。
(以前メルティエを直属にしたいと申し上げた時の意趣返しの積もりか?
いや、ならば北米への援軍を打診した時点で断るだろう。何が狙いなのだ……?
そもそも、私から内偵の許可なぞ取ってどうするというのだ。一時的に指揮下に入ってもらうが、メルティエの上は依然として姉上の筈だろう。それに、私が内定を認める訳がない!)
上司部下の間柄以前に、ガルマ・ザビにとってメルティエ・イクスは恩師だ。
ガルマは地球に降りて以来、様々な角度から自身の思考を改めさせられた事がある。その起点や場所に居たのがメルティエという男だ。そうでなくとも共に戦場を駆け、背中を預けた二人の仲は他者が思う以上に堅い絆で結ばれている。
銃火飛び交う前線を維持し、突撃力に長けたメルティエ。
一歩引き全体を見る眼を養い、指揮能力を上げたガルマ。
ヨーロッパ、アジア方面で武名を馳せた両者は、能力が高いものに有りがちな競争心に踊らされることなく、反目する所か合力して基地攻略と防衛ラインの選定に動いた。油断もなく縫い目すら見せぬものだから、当時の連邦方面軍が恐れたのも無理からぬことであった。
その後も変わらず、北米大陸に残ったガルマとアジア方面へ戻たメルティエは、距離など関係がないとばかりに情報交換や物資のやり取りを行い、間に入る隙間がないほどに更なる信頼と信用を構築した。北米と南米の戦線が停滞したというのに真新しい敵情と細かな対応がとれた理由の一部がここにある。
メルティエも規模こそ異なるものの拠点を有するに至り、一角の人物となった。
両者の志向も似通った部分がある今では、公然に盟友と呼んでいいだろう。
友誼を交わす男の内情を探るなど、ガルマに許容できる儀ではない。
「どういう事か、答えてもらいたい。ケルビン大佐」
「は。どういう事か、と申されましても。小官には答えられぬ問いでございます」
慇懃な姿を晒しつつ若き雄を観察する壮年の佐官に、ガルマは苛立ちを隠さない。
否、隠すことができないと言える。
士官学校で苦楽を共にした気が合う友人、シャア・アズナブルとは異なる友情が、メルティエとガルマの間には在るのだ。
能力を高め合ったライバルとは違う、互いを尊敬し合う関係といってもいい。
不可侵の領域とは、こういう事を指すのだと彼は思う。
其処へ土足で踏み込んできたのだ、この姉の部下は。
到底許せるものではない。個人の友人としても、信頼に足る部下としてもだ。
無礼な目前の男もそうだが、諜報部を有するキシリアも何かと黒い噂が絶えない。
当初から怪しかったヨーロッパのマ・クベ大佐も何事か動いていると聞いている。
(……突撃機動軍の人間は信用できない。誰も彼もが好き勝手に過ぎる)
好き勝手の度合いで鑑みれば件のメルティエも相当なのだが、彼が私腹を肥やす人間ではないと理解している。部署を越えた情報交換や敵鹵獲品の提供も、本来ならば軍規を乱す事に繋がりかねない問題なのだが、危険を孕みながらも貢献してくれた事実を蔑ろにはできない。
何より個人的に好いている所が弱点だが、その甘さも受け入れている。
彼に出会い、人生観すら広がっているのだから。感謝こそすれ恨む事なぞある訳がなかった。
「正式な指令書ならばともかく、メッセンジャー程度で動けるとでも?
逆にケルビン大佐、君が今後の作戦に支障をきたす為に派遣された諜報員、とも言える訳だが。これについてはどう抗弁するのかね?」
「これは痛い所を突かれました。正式な書類一式を携えていない私には説得力がありません。
かわりに、メルティエ・イクス大佐はガルマ閣下が北米に招聘した人間。どちらを信用するかと問われれば、私もイクス大佐を推すでしょう」
淡々と語りながら、癇に障る笑みを口元に浮かせる男。
ヒュー・マルキン・ケルビン情報局大佐は油断ならぬ食わせ者かもしれない。
執務席に腰を下ろしたまま、ガルマはまた警戒度を上げる。
「ですが、イクス大佐は色々と問題を抱えていましてね。
ガルマ閣下もお分かりの筈です。今の特務遊撃大隊ネメアは戦力が整い過ぎているのですよ」
「それが何か? 彼は自ら矢面に立って敵軍戦力低減に尽力している。
整い過ぎていると君は言うが、彼らが手を尽くし戦力を増やしていただけだろう」
「……ガルマ閣下。我が方の事で誠に恐縮なのですが、少しお教えしましょう。
私が属する突撃機動軍という組織はキシリア少将より様々な役割を与えられています。
名に特務が付く部隊はその傾向が強い。キマイラ然り、ネメア然りです」
真面目に語り始めたケルビンにガルマは耳を貸す。
だが、若い司令官は表情を消していた。
「我らキマイラは少将自ら初期メンバーを選抜され、続く構成員も職種に長じた者達で固められています。キシリア少将からの特殊なオーダーを受理する為の専用スタッフのようなものです。
ネメアも同様ですが、こちらは初期メンバー及び宇宙側から送った補充以外全て現地調達で員数を確保している部隊です。その中に連邦軍諜報員が居る可能性もありますし、声高に申し上げられませんが、イクス大佐は身近な所にダイクン派が多過ぎるのですよ」
饒舌となったケルビンを、ガルマは机の上で手を組んだまま眺める。
それを話を聞く姿勢とみた壮年の佐官は、ただ一人の拝聴者へ言葉を贈る。
「戦線が停滞したこの時期に内部から問題事を起こしたくない、と。
無論、イクス大佐が潔白だと証明できれば何も起きたりはしません。その為にはまず、調査の手を入れなくては何事も先へは進みませんので」
「わかった。君達キマイラが北米で独自の活動を取る事を認めよう。
但し、幾つか条件を加えさせてもらう」
「条件ですか。伺いましょう」
サングラスの奥で眼が細まるのを感じながら、若獅子と友誼を結ぶ青年は告げる。
「まず第一に、北米での行動は認めるが便宜を図ることはない。
第二に、私の命でイクス大佐が行動している際は接触すること禁ずる。
第三に、調査で知り得た事を私にも報告すること。
以上、三つの条件だ。」
「ふむ。なるほど……独自行動は自己責任の範疇で。
ガルマ閣下の指示でネメア隊が作戦行動している時は同行も許可しない。
北米での行動は全て報告せよ、と言う事ですか」
「特に問題はあるまい。
君達突撃機動軍は私の指揮下にない。キシリア少将麾下部隊であるからね。
私が任されたここ北米で行動を取るならば、当然報告は上げてもらわねばならない。
既にイクス大佐とネメア隊は私の指揮下にある。作戦行動中に割って入られるような事をされれば支障をきたす恐れもあるのでな、こればかりは罰則も発生すると忠告しておくよ。
……私の発言と条件に、何か問題点はあるかね?」
「いえ、至極真っ当な話です。条件のことは了解致しました」
今の問答でケルビンは正しく理解した。
ガルマ・ザビの最大の支援者はザビ家だろう。それは彼の血筋と御家から寄せられる期待と信頼からみて確実だ。国民から愛され、実力ある功労者なのだから至極当然と云える。
では、この若い傑物の協力者は誰か。
「近々大きな作戦が控えているのでね、余り手広くしてもらいたくない。
ケルビン大佐ほどの人間なら、解るだろう?」
穏やかな笑みを口元から覗かせ、一つ頷いてやる。
ガルマは執務席からそのまま、敬礼を済ませ去るケルビンを見届けた。
執務室から通路を静かに、澱む事無く進む男の顔は確信に彩られている。
愉悦と評してもよいだろう。
なにせ彼は『ジオンの将器』と称えられる青年を観察できたのだから。
(メルティエ・イクスを封殺すれば、ガルマ・ザビは大々的に動けない。
事が始まる前に信頼が厚く、信用がある男がダメージを受ければ歩を鈍らせる。
大隊指揮官の不在程度ならば、その部隊を併呑して采配を振るえるのだろう。
前線指揮官が足りないならば、キャリフォルニア・ベースの人材を投入して埋めるのだろう。
それだけの地力と手数が此処にはある。ガルマ・ザビが創り上げた精鋭部隊がな。
だが、限られた切り札は何処で補充する?
地盤と駒を相当数持ち込んだ能力は高く評価できるが、ここぞとばかりに叩き付ける鬼札は揃えることはできただろうか?)
軍靴が通路に響く。
北米方面軍直轄基地の中を、突撃機動軍特務部隊の男が遮るものなしとばかりに進む。
(闇夜のフェンリル隊、ゲラート・シュマイザー少佐は突撃機動軍属の実験部隊。
彼らの機材と戦力は設立目的と遊撃が主なことから過剰戦力を有することはできない。
『青い巨星』ランバ・ラル大尉とその麾下部隊も同様だ。
困ったライオンが秘密裏に陸戦艇とモビルスーツを譲渡したようだが、戦力増強の為と言ってしまえば宇宙攻撃軍は反対できない。無償でもらうのだからな。
イアン・グレーデン大尉の戦闘支援小隊もネメア隊からの運用データで砲撃機のアップデートを済ませていると聞く、中距離以上からの火力支援ならば期待できるのだろう。
派遣したジャコビアスも狙撃機動小隊を任され、どうやら上手くやっているらしい。
其処にもネメア隊の運用データが絡んでくる……ご苦労な事だ)
階層ごとに設けられた複雑な通路を歩き、迷わず駐車スペースに出る。
職務熱心な巡回士に階級章を提示し、エレカーに乗り込み一息吐く。
ケルビンは部下を伴わずキャリフォルニア・ベースに居る。単独で行動するなど、彼の階級からすれば余りにも軽率過ぎるが
(そう。メルティエ・イクスがガルマ・ザビの協力者、いや最大有力者か。
単なる善意と敬意でそこまでやれるとは到底思えない。損得なしでできる訳がない。
でなければ、キシリア・ザビに警戒される所以がない……ふふっ、恐ろしくも滑稽な男だ。自らの行いで監視の目を強化させるとは、先見性がある人間とは到底言えんな。
我が方に多大な貢献をもたらしたとはいえ、『蒼い獅子』は所詮武一辺倒な成り上がりの男。精々点数稼ぎに使わせてもらうとしよう。
戦力と拠点を有し、地位ある人間との間にコネを作った。その上で腹に何を抱えているか知らんが、中身を暴かせてもらおうか。キシリアからの覚えが良くなれば、建造している「ミナレット」のアクセス権を有する私の影響力がやがてキマイラを統率する。
幻獣が相手では、いかにジョニー・ライデンと言えど聊か心許ないのでな)
ケルビンは何事もなかったかのようにキャリフォルニア・ベースを去る。
しかし、彼はエレカーを追跡する視線を察知できなかった。
確かにケルビンは追跡者を惑わす手段を講じていたし、進路は迂回ルートを取り、巧妙に群衆の中へ紛れ込んでいた。
エレカーも一般車両と同じものを利用していた。特別なものはないが迷彩は周りが勝手にしてくれる、そうしてケルビンは行動の隠密性について妥協していた。
車内では当然視界を制限され、距離を取らなければ目の高さ以上のものは視界に入りづらい。
軍事基地であるキャリフォルニア・ベースも近く、航空機の騒音もそれなりにある。
その中に混じる音を感知しろ、というのは酷な話であろう。
ケルビン本人もモビルスーツパイロットであったが、航空機の音調など知らないのだから。
遥かに距離も離れていれば、聞き覚えのあるモノアイの作動音も分からない。
『目標を捕捉、追跡を再開します』
「了解。位置取りも大事だが、連邦との境界線にも留意しろ」
『任せてください、小隊長。……第二班と情報リンク完了しました。
ポイント地点通過後、帰還します。』
モビルスーツのコックピットで指揮を執るジャコビアス・ノード中尉は、久方ぶりに見るかつての上官に然したる感情も表れぬまま指示を出す。
部下のザクIIから送られる高々度からの地上映像を眼に入れながら、追跡機として出したモビルスーツを載せるドダイの推進残量を確認した。
上空から監視されている事に気付かないケルビンに、ジャコビアスはただ淡々と計器チェックをするだけだ。
ふと脳裏に過ぎるものも、
(ジョニー達は上手く地球の重力とやれているのか。まぁ、辟易しているだろう。
最近は境界線上に連邦軍らしき影が伸びている。私達が連中と合流できるのがいつ頃になるかは読めんが……あの腕白小僧とお転婆娘の躾は望むべくもない、か)
追跡対象ではなく、自分の家族達に関するものだけだった。
彼らは
その彼らが、家族以外に情けを掛ける事はなく。
ジャコビアス・ノードは、標的と成った男の行き先を只々追うだけだった。
誤解、という現象は如何なる状況でも自らを死地へと投げ入れる。
ケルビンは一つ、痛恨の誤りを抱えていた。
過去少なからずザビ家の情報を得てしまい、評価を下したのがケルビンの限界と云うべきか。
ガルマは既にサイド3で育てられた坊やではない。
先ほどの会話でガルマが瞳に宿すもの。内で熱を孕んで燻り、しかして冷たく覆うもの。
幻獣であるキマイラ、想定敵と認識する『ネメアの獅子』と其処へ集う”
他人が踏み込んではいけない、交渉に使ってはいけない所に触れてしまったら。
その不快な蟲をどうしてやるか、彼は己の主人であるキシリアの下で知っていた筈だった。
権謀と政治寄り、支配者の思考をとるヒュー・マルキン・ケルビンは知らない。
ガルマ・ザビとメルティエ・イクスの間に在る、上下関係を越える繋がりを。
共に戦い生き抜いた者達の、絆の固さと情け深さを知らなさ過ぎた。
おかしい……書き直しても「ジャコビアスの搭乗する狙撃仕様ザクに射殺されるケルビン」が何度も何度も出てきてしまう。何たる登場>退場の鮮やかさよ……!
こいつは事件だ(謎)
モルモット隊の話は然程問題なく書けたのに、ガルマとケルビンの話がまとまらなかったんだぜ(即退場過ぎて)。
……殺意高いなぁ(他人事)
では、次回もよろしくお願いしますノシ
※アンケートは今週の土曜日で締め切ります。気になる方は作者の活動報告へドウゾ※